首輪付きと白い閃光と停滞の異世界物語   作:紅月黒羽

8 / 8
お久しぶりです紅月黒羽です。
お伝えしたいことは色々とありますがそちらは後書きの方で書かせていただきます。
遅くなってしまい申し訳ございませんでした。


第7話 道標

 ラキラを目の前にして長門たちは身動きが取れなかった。それは相手の力量が分からないからという問題ではなく、下手に動けば即座に沈められるというその身から発せられる圧に抑えられていたからだ。後方で艦載機の発艦準備をしようとしていた加賀と瑞鶴ですら、距離があるというのに弓に矢をつがえた瞬間に水上に伏せられる自分たちの姿が想像できた。

 

「なぁ、あんたがこの艦隊の旗艦か?」

 

 突然の問いかけに一時自分に聞かれたことが分からなかった長門。しかし、先程より圧が減り僅かにだが緊張が解れる。未だに油断はできないが今のところは問題ないと判断し、(ラキラ)の問いに答える。

 

「ああ、そうだ。私がこの艦隊の旗艦の長門だ」

「なら言っておくぞ。これが最後通牒だ。あんたらはここで退()いてくれないか?」

「断る」

 

 ラキラの提案は即座に一蹴される。当然だ。彼女たちの目的は深海棲艦を沈めることだ。それを邪魔したラキラの提案に乗るなどありえない。無理はするなと言われたがここで退いては艦娘の名が廃る。

 それが勇気であれ無謀であれ長門は一歩も退く気などなかった。連合艦隊の旗艦としての誇りも戦艦としての矜持も何一つ捨てることなどないとその瞳が語っていた。仲間たちもそれを承知の上で長門に付き従っていた。

 

「なんでそう、ハッキリと言うんだ……。もう少し考えるとか、撤退したっていいだろうに、どこに行っても戦こういうバカってのはいるもんなのか?」

『お前もそのうちの一人だぞ、バカ』

 

 長門の即決に思わず独り言のように愚痴る。レイドに何の抑揚もない声で横槍を入れられたが不満そうな顔だけしてブレードを身構えた。それが開戦の合図と受け取ったのか艦娘たちも展開を始めようとしていた。最後通牒といった手前、もう後戻りはできないが刃引きはしてあるのでそちらのほうは問題ない。

 

「各艦、輪形陣を形成しつつ敵艦へ砲撃!加賀と瑞鶴は艦載機の発艦を急げ!」

「「了解!」」

 

 流石の練度と言うしかないが、艦娘たちは素早く陣を組みラキラの攻撃に備えていた。先程ラキラが滞空しているのを確認していたため、艦砲による攻撃より艦載機による航空戦の方が良いと判断した結果である。

 敵の戦闘力がどれほどか分からないため加賀と瑞鶴を守るための最前の手と判断した長門だが、なにか胸の内に言いえぬ不安があった。

 

「第一次攻撃隊。発艦始め!」

「ここは譲れません」

 

 矢を放ち艦載機を発艦させる加賀と瑞鶴。二人とも数は先の戦闘で少々減っているが、今回は残数の3割に相当する量を使った。さらに二人が装備している艦載機は高い対空性能を誇る「烈風」だ。二人の練度も踏まえれば撃破は無くともなにか成果は挙げられると艦隊の誰もが思っていた。

 

「遅いな」

 

 一瞬、消えたと思えるほどの速度でラキラは後方へQBをし方向転換をした後上空へと向かっていった。現状、武装と言えるのはのは左腕に装備されたレーザーブレード(02ーDRAGONSLAYER)のみだ。更には、まだ生身でのレイドの扱いに慣れていない。そのせいで全開のQBやOBはできない。

 だが、この程度(・・・・)の相手をする分には問題ないとラキラは考えていた。

 

「なによあの加速、あんなの人が耐えられるわけないじゃない!?」

「ちょっとこれは予想外……かな」

 

 目の前で起きたことを信じられないと瑞鶴と最上が呆然としていた。自分と加賀の能力を踏まえてもどうにかできると考えていた瑞鶴だったが現実は、放った烈風はラキラに追随することすら難しく未だに距離が開いていた。

 他の艦娘たちもそれぞれ思うところがあっただろうが、今はこの化け物をどう相手するかを考えることしかできなかった。

 だが、もうそんな時間はないと告げるようにラキラは次の行動に移っていた。

 体を弾丸のようにし急降下をしていく。途中、烈風とすれ違うが発射された機関銃はQBによって避けられ、近くにいた数機がブレードによって斬り墜とされた。

 

『コジマ粒子がなくとも動くとは言ったが、PAはないんだ。あまり無茶はするなよ!』

「ああ、分かってる!このまま最短距離で突っ込むぞ!」

 

 それと遅れて艦娘たちの対空砲火が始まるがこの程度の弾幕は数えきれないほどラキラは経験していた。直撃しそうな砲弾はブレードで弾きながら小破していた熊野へと狙いを定める。

 だが、それにいち早く気づいた長門が熊野とラキラの間に立った。不安が当たったなど後悔している場合ではない。

――分かっていたならばすぐに行動に移せ。今、自分ができる最善の手を尽くせッ!

 

「チッ、狙いがずれるが恨むなよ!」

「砲塔の一つや二つくれてやる!」

 

 ジュワッと金属が溶けるような音が響き、長門の体が後方へ大きく弾き飛ばされる。

 ラキラの速度から成る物理エネルギーによる衝撃。直に触れていないというのに艤装を通じてくるレーザーブレードによる熱。それらにより片膝をつき長門の顔が苦痛へと歪む。

 

「長門さんッ!?」

 

 熊野が悲痛な声で叫ぶ。それに対し「大丈夫だ」といささか無理のある返答をしながら立ち上がる長門。

 これで長門の砲塔の一つが使用不可となったが被害はそれだけに収まった。ラキラは尾を引きながら再び上空へと向かい再度狙いを定める。自分たちの不甲斐なさに加賀と瑞鶴が歯噛みするが今は残っている烈風を発艦させるしかなかった。

 

「大丈夫デスカ、長門!?」

「あぁ、砲塔が一つ使えなくなっただけだ。まだ戦えるさ」

 

 ラキラから視線を離さず叫ぶ金剛。

 気丈に振る舞う長門だが、ラキラにつけられた傷は、程度とは裏腹にひどいものに見えた。

 砲塔は根元から融解しほとんど形を成しておらず、付近の素肌には熱によるやけどの跡がついている。

 誰もが分かっていた。長門が無理をしていることを。

 

「そんな風に心配しなくていい。熊野は無事か?

「……はい。長門さんが庇ってくれたおかげでなんとか」

「そうか。なら、ヤツを倒すぞ」

 

 艤装の調子を確かめる。幸い損傷した砲塔以外は問題なく動く。弾薬も燃料もまだ十分にある。

 太股(ふともも)辺りがやけどで、滲むような痛みはあるが大した問題ではない。衝撃も決して軽いものではなかったが伊達に戦艦を名乗ってはいない。これくらいならばあと数回は耐えられるだろう。

 

「……はいッ!」

「いい返事だ。加賀と瑞鶴も悔やむな。元々正体不明の敵だ、無傷で勝てるとは思っていない。それよりも今はヤツの攻勢をできるだけ崩すようにしてくれ、頼む」

「……了解しました」

「了解!」

 

 再び艦隊の指揮を取り、立て直す。心配そうだった金剛も対空に意識を向け、半ば放心状態に近かった最上も熊野に諭されラキラを狙う。先程と変わらないように見える光景だったが今回は違う。長門の指揮一つで全員の戦意が高揚していくのを艦娘だけでなく上空で見ていたラキラも感じていた。

 

「今度はさっきみたいにはいかなそうだな」

『だがやることは変わらん。接近して叩き斬る。それだけだろう?それに、なんだか楽しそうじゃないか、お前』

「そうか?そんなつもりは無いんだが。久しぶりの戦闘に無意識に体が反応してるのかもな」

 

 こちらに向かってくる烈風を眺めながら、己の胸の鼓動が高鳴っていくのをラキラは感じていた。こちらは刃引きもしているし命を取ろうとまではしていない。だが、艦娘たちは本気でこちらを堕とそうとしている。それだけでラキラが楽しむのには十分だった。

 

『さっきより数が多い。まずは艦載機の数を減らしながら詰めていくぞ!』

「オーライ!それじゃあ、システム管理頼むぜ。相棒(レイド)!」

 

 鐘打つような返事とほぼ同時にQBをし迫りくる烈風を迎え撃つ。放たれる機関銃の弾幕をブレードで防ぎきるのは無理がある。だが、今まで数多くの戦いを経験したラキラは降り注ぐ弾幕の雨の中を上手くすり抜けていく。

 それでも練度の高い加賀と瑞鶴の艦載機の攻撃を全て避けるのは至難の業だった。

 装甲の薄いストレイドと言えどコア部分やアームやレッグパーツは装甲が厚くはなっているが、それ以外の場所や関節部分などはかなり脆い構造となっている。更には、フレームで体の大部分は覆われているが腕や脚、胴体の一部分は完全な生身だ。そういった部分に被弾しないようにしつつ、この弾幕の中、烈風を斬り落とさなければならない。

 

「あの数でも墜ちないというの……」

 

 放った烈風を見ていた加賀がポツリと言葉を漏らす。その視線の先では、時折被弾しつつも着実に艦載機の数を減らしこちらに接近してくるラキラの姿があった。ラキラが動く度に旋風が巻き起こる。いくら艦載機が編隊を組んでもラキラに直撃させることをできずにいた。その事実に加賀の中に徐々に焦りと恐怖が浮かんでくる。

 

「大丈夫ですよ、加賀さん」

 

 そっと静かに近づいてきた瑞鶴は、微かに震えていた加賀の肩に手を置いた。この不利な戦闘の中、どういう訳か瑞鶴は、にっと歯をむき出しにしながら笑っていた。それは自暴自棄や開き直りといった表情ではなく、どこかこの戦闘を楽しんでいるように見える。

 

「貴女、どうしてそんな風に笑えるの?」

 

 加賀にはなぜ瑞鶴がこの状況で笑えるのか理解ができなかった。いや、理解する余裕すら加賀の中にはなかった。

 その質問に瑞鶴は何ともない様子で答えた。

 

「だって、嬉しいからですよ」

「嬉しい?」

「はい。加賀さんの隣で一緒に戦えて、あんな化け物みたいな敵を相手にしなきゃならない。そんなこと、この先あるかも分からないじゃないですか?それに……もし、この戦いに勝てたらその時私は成長できてるのかなって楽しみなんです。もしできたなら、加賀さんにまた一歩近づけるんじゃないかって」

「…………」

 

 加賀は静かに目を伏せる。

 その言葉を聞いたとき内心加賀は、己自身を叱責した。

 今まで、どんなことであろうと瑞鶴に勝っていると思っていたのに唯一、心だけは負けてしまっていた。傲慢にしか過ぎなかった自分にうんざりするが、それと同時に少々頭にきたことがあった。

 

「……呆れたものね。その程度で私に近づけるなんて思ってたなんて。あなたが見てきた私の姿はたったその程度しかできない艦娘だったの?」

 

 こんな能天気で、鎮守府では騒いでばかりの娘に自分が追い付かれるなんてことは絶対に認められない。

 加賀は、ゆっくりと視界にその間抜けた顔を入れながら勢いのまま言葉を発していった。

 

「私と簡単に並ぼうとすることにも頭にきたけれど、なによりも私のことをそんなに低く見られてたことに一番腹が立ったわ」

「か、加賀さん?」

「だから、教えてあげるわ。一航戦と並ぶとはどういうことかを」

 

 矢筒から新たに矢を引き抜き、深く息を吸い込みながら引き絞る。

 視線は決してラキラから離さない。必ず墜とす、と並ならぬ気迫が体から溢れていた。その姿を瑞鶴は隣で固唾を呑んで見守っていた。

 ぎりぎりとしなる弓。上空ではラキラが三次元に動きながら次々と烈風を切り墜とす。撃墜された烈風の残骸が海面へ落ちる。

 ラキラが加賀の方へ視線を向ける。加賀は矢を放った。

 新たな増援に舌打ちをするラキラ。だがこれで終わりではない。加賀は既に新たな矢を取り出していた。

 

「まだよ」

 

 加賀は立て続けに第二射、第三射を放つ。これで加賀の矢はもう尽きた。それは実質、これが墜とされれば加賀はもう己を守る手段がなくなるということ。しかし、逆に考えればそれほどのリスクを負ってまでのことを彼女はこの攻撃に賭けていた。

 

「……必ず、成功させて見せるわ」

 

 放った矢が艦載機へと変化し、ラキラを取り囲むように飛行する。

 頃合いを見て加賀が艦載機に指示を出す。艦載機はラキラの全方位を囲む形へとなった。味方同士で被弾する恐れがある普段では絶対にしない、加賀が即席で組んだ編隊。それは大きな賭けではあったが、このまま続けていてもこちら側が不利になるという予想に基づいての行動だった。

 

『どうやら搭載していた艦載機を全部出したようだな。しかも今までと動きが違う。このままだと囲まれてやられるぞ?』

「冷静に報告してくれるのはありがたいが、生憎、数が多くて手が回らないんだよ!」

 

 ラキラは苛立ちを露わにしながらも、一機、また一機と迫りくる烈風を斬り墜とす。視界の隅で新たに接近してくる烈風の姿を捉える。

 PA(プライマルアーマー)があれば、と無いものねだりをする。だが、コジマ粒子が無いこの世界で完全ではないがネクストとして動けるだけまだましだろう。それでも、せめて全身にフレームがあったのなら、と考えてしまう。

 生身の部分さえ無くなればある程度の無茶はできた。しかし、それがある今、そんな無茶をしようとは思わなかった。

 故にラキラは避け続ける。無論、ただ避けるだけではない。迫りくる烈風を少しづつ減らしながらチャンスを待ち続ける。

 

「レイド!ブレードの出力を上げろ。今すぐ!」

 

 ラキラの言葉数は少なかったが、その思惑は文字通り一体となっているレイドに、それ以上言葉を発さずとも伝わった。

 それでも返答がくるまでには僅かだったが隙間が生まれていた。

 

『……そんなことをしたらお前にデカい負担が掛かる。それにブレードやジェネレーターにもどんな影響が出るか――』

「ああ分かってる。だけど、これを突破するにはこうするしかない!死にさえしなけりゃそれでいい!だから、頼む!」

 

 ラキラは必死になって嘆願する。ラキラがやろうとしていることは確かに、機体と装備の性能を見るに可能だ。それにラキラの操縦技術を踏まえれば十分実現はできる。

 だがレイドは即座に返答することができなかった。ラキラの腕の良さは今まで一番近くに居たからこそ分かる。だからこそレイドは躊躇ったのだ。これをやればかなりの負担がラキラを襲うだろう。信用できる相棒だからこそ、大事な相棒だからこそ、レイドはあまり無茶はさせたくはなかった。

 機械が意思を持つなど、ましてや感情があるなどと馬鹿げていると誰もが言うだろう。だが使うものがそれを大事に、長い時間を共に過ごしたからこそレイドは今ここに居る。

 

『……やれやれ、俺の相棒は傷つきたがりのとんだマゾ野郎だったらしいな』

 

(そうだな……。お前はいつもそうやって生きてきたな)

 

 無茶をするなと言って聞くような奴じゃないことは最初から分かっていたはず。そもそもラキラが無茶をしなかったことがあっただろうか。ブリーフィングで何度言っても聞かず、酷いときに機体と身体共々ボロボロだったこともあった。

 だが、ラキラは必ずミッションを成功させて帰ってきた。どんなに傷つこうとも、どんなに醜悪な姿を晒そうとも、生きて帰ってきた。

 ならば、それだけで十分ではないか。現実にはありえない『奇跡』を起こすわけではない。

 ただ少しだけやろうと思えばできるような『無茶』をするだけだ。

 

 

『タイミングはお前に任せる。一発、アイツらの度肝を抜いてやれ!』

「あぁ!分かった!」

 

 そう答えるなり、QB(クイックブースト)で方向転換をし烈風の渦の中心へと向かっていった。途中、何発か弾を貰ったが、痛みに気を取られる暇はない。元から数では負けているのは分かっている。ラキラはもう被弾の一つや二つ程度気にはしなくなっていた。

 ラキラにとって今は、眼前と迫ってくる烈風を突破することが先決だった。ならば自分がすることは、その状況を覆す一手だけに集中していればいい。

 

「あの中に突っ込んでいったの!?」

「何をしようとしているのか全然予想がつかないわ……。それでも、あの数を突破するのは不可能なはず」

 

 加賀は至って冷静だった。それは己に対する自信なのか、後輩の前でもう弱音は吐かないという意思なのかは分からない。

 烈風を全て切り墜とすことは不可能に近く、あの数の中を無理に通ろうとすれば艦載機とぶつかり合い、全身が守られていないラキラにとって大きなダメージとなる。

 どんな考えがあるにせよ加賀はラキラが烈風を撃墜しこちらまで接近してくるとは考えていなかった。

 ――だが、それは相手がまともであればの話だ。

 

「いくぜぇぇぇーーー!」

 

 自殺とも思えるような行為だがラキラは恐れることなく烈風の波に呑まれていった。

 すぐにラキラの声は聞こえなくなっていた。聞こえるのは波の音と烈風のプロペラ音のみだ。

 艦娘たちはラキラが無謀な行為をして自滅したと誰もが思った。最期まで対空砲火をしていた金剛と長門でさえそう信じていた。それが楽観的過ぎる考えだったが、彼女たちはそれだけ精神的にも肉体的のも疲労していた。

 だが――

 

「はあぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

 瞬間、内側から西洋の剣のように飛び出した光が一瞬にしてあらゆる方向に薙ぎ払われた。

 その剣の大きさは、規格外と言うべき他なかった。

 十メートルを優に超える刃にその半分程もある身幅。不規則に波打つ、紫色に発行する刀身は見るものすべてを引き込むような危うさがあった。

 さらに、それほど巨大な剣をラキラは通常『線』として扱う剣を『面』として振るった。当然周囲を飛行していた烈風たちが無事なはずもなく、今でも焼け残った残骸が海上へと落下していく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 荒い息を吐くラキラの全身には滝のように汗が流れ出ている。自身の体と、一体化したレイドの両方の負荷がラキラにのしかかっていた。既に、ブレードも無理に出力をしたせいで形を保てず、本体からは火花が飛び散っている。

 もはや満身創痍といった様子だがラキラはまだ止まらなかった。未だ長門たちを無力化できていないというのにこの有り様には自分でも笑ってしまうがこのまま彼女たちを放っておくこともできない。性能差は歴然だと思っていたが、存外、数の差というものは辛いものがあるとラキラは改めていた。

 それに加え、どれだけ自分が機体(レイド)に甘えていたかもわかった。自分があそこまで戦えたのは本来のネクストにあるPA(プライマルアーマー)に頼っていたことが大きかった。レイドに言われたとおり、無いなりに考えて動いていたつもりだったのだが現状を見るとよほど考えが甘かったらしい。

 

「うそ……。こんなこと、ありえるはずが……」

 

 声を震わせながら膝から崩れ落ちる加賀。他の艦娘たちもラキラの規格外の性能に言葉を失っていた。

 ラキラを倒すための大きな賭け。それは、彼女がこれまで培ってきた技術を証明するものでもあった。しかし、ラキラはそれを凌ぎ、一瞬にして状況を一転させた。

 己の技術が通用しない力の差、普段は醜態を見せまいとし、内心では大切に思っている後輩の前での失態。その二つが加賀の自信(プライド)を崩していく。

 

「来るぞ!各艦、再度対空砲火を厳としろ!瑞鶴は残っている烈風を出せ!」

「は、はい!」

 

 長門が命令を下したと同時にラキラも接近を始めていた。だが、その動きは先程より遅い。

 当然だ。無理にブレードの出力を上げたため体には過剰な負荷がかかっている。そんな状態で先程までと同じように動けるはずもなく、その動きはもはや落下に近い。しかし体がボロボロになってもその目に宿っている意志だけは煌々と輝いていた。

 

「はぁ、はぁ……。レイド……機体の状況はどうなってる?」

『ブレードはオーバーヒート間際で振れてあと一度。負荷のせいでEN回復も遅れている。それに伴って各部ブーストも性能がガタ落ちしている。ハッキリ言って満身創痍だ』

「上等……。一回で決めればいいんだろ?だったら、あの陣形の中に飛び込んでまとめてぶった切ればいい」

『あぁ。それだけの大口を叩けるなら何の問題もない。艦娘たちもまだ混乱している状況だ。今しかないぞ』

 

 腐ってもネクストだ。たとえ満身創痍だとしても満足に連携も取れていない艦隊の弾など当たりはしない。なけなしのエネルギーでQB(クイックブースト)を繰り返す。

 徐々に距離は縮まっていき、やがてラキラの射程距離に入った。その間にレイドのEN回復機能も必要分程度には回復していた。

 ラキラはブレードを構え直し、溜まったエネルギーを解放する。

 

「これで終わらせるぞ!」

『もっと早くに決めてくれたら良かったんだがな。まぁいい。さっさとしてくれ。でないと俺も少々キツイ』

「……なんか急に素っ気なくないかお前?」

『いいから、疲れてるんだ。軽口は後でいくらでも聞いてやる』

 

 開戦時と同じように軽口をたたき合う二人の様子は先程まで満身創痍とは思えないほどだった。しかし、機体には未だ火花を散らしている部分もある。それほど余裕がないことはラキラも承知の上だ。

 空気抵抗を減らすべく、身体を地を這うほどに下げ弾幕を潜り抜けながら狙いを定める。

 

「なっ!?あんな体勢で!?」

「あんなボロボロなのに。まだあれだけ動けるの!?」

 

 底が見えぬ性能に恐怖すら覚えた艦娘たちだったが、もうそこはラキラのブレードの届く間合いだった。

 瞬間、ラキラは更に速度を上げた。隠していたわけではない。そこまでする必要がないと判断していたのだ。油断としか言えないが、今はそれが役に立った。

 先程までの速度に目が慣れてしまっていた長門たちはラキラの姿を見失っていた。そして、その瞬間に勝負はついた。

 

「っ……!?」

 

 気づいたときには、装備していた艤装が全て切断されていた。その次に訪れる身を焦がすかのような熱に膝をつく。苦悶の表情を浮かべる長門たちをラキラは。一人海の上に立ち見下ろしていた。思っていたよりも損傷の激しい艦娘たちを見て少々バツの悪い顔をするが、長門に見られたら突っかかれそうなのですぐに直す。

 

「なぜ……止めを刺さん……?」

 

 まだ息が整わぬうちに長門が上半身を起こそうとしながらラキラに問いかける。ろくに体も動かないというのに未だその瞳には闘志が宿っていた。

 

「その必要がない。俺の目的はアイツらを逃がす時間を稼ぐこと。お前たちを沈めたって何の得もありゃしない。本当は楽に終わるはずだったんだがおかげさまでこっちもボロボロだ」

「ならなぜ、奴らに手を貸した……?」

「……」

「そのような見たことのない艤装をつけていても分かる。貴様は人間のはずだ。私たち艦娘が守る存在であり、私たちを指揮する者……。なのになぜ人類の敵に手を貸す?」

「それは……俺の心に従ったからだ」

「心だと?」

「お前たちが人類の味方だってことは分かっていた。深海棲艦が敵であることも。アイツらも最初は俺のことを敵だと思っていた。でも戦艦棲姫(アイツ)は攻撃をしてこなかった。むしろ俺たちの話を聞いた後見逃そうともしてくれてたんだぜ?」

「そんなこと、あるはずが……」

『オレの中にその時の音声がある。疑うというなら聞かせるが?』

「っ……いや、いい。そんなヤツも確かにいたな……」

 

 不意にあまり思い出したくない記憶が蘇り目を伏せる長門。少し懐かしむ様子も見受けられたが、それもすぐに消え悔しさを感じさせるような表情へ変わった。過去に何かしらの因縁があることは戦艦棲姫の言動から薄々察してはいたが、ある意味似た者同士だなとラキラは思う。

 

「話を戻すぞ。その直後お前たちが攻めてきた。その時の戦艦棲姫(アイツ)の姿を見てどうしてもこいつは守らなきゃダメだって思ったんだよ。戦艦棲姫は過去のことも含めて仲間のために自分の命を捨ててまで償おうとしてた。まだ付いてきてくれている仲間もいるってのに。そんなの放っておけるわけないだろ?一人だけ先に逝って仲間たちを残すなんて俺には許せなかった」

 

 長門も戦艦棲姫と同じように己を犠牲にしてでも勝利を手に入れようとしていた手前口をはさめずにいた。気づけば艦娘全員がラキラの方へ神妙な面持ちで顔を向けていた。

 

 「それにな、恥ずかしい話だが戦艦棲姫(アイツ)はな、似てたんだよ。俺の大事な人に。弱い奴に手を差し伸べて、口うるさいけど面倒見てくれて、なにかある度に心配してくれる、そんなあの人に……。別に戦艦棲姫のことを詳しく知っているわけでもない。会って一時間もたったかどうか。だけど、理屈とか抜きにそう思っちまったんだよ。コイツは俺が守らなきゃならないんだって」

「そんな感情的な行動で人類を敵に回すというのか、貴様は?」

「さぁな。人類の敵になろうと思ったわけでもないし、自分の命を犠牲にしようとしてた戦艦棲姫が見てられなかっただけだ。だが、アイツらを沈めようとするなら俺は喜んで人類の敵になる」

 

 肌を心地の良い風が通り抜ける。自分の気持ちをハッキリと言えたからそう感じたのだろうか。

 些か面倒なことになってしまったと思うラキラだったが、何にせよこれからどうするかは決まっていた。

 

「お前らが何と言おうと、俺は戦艦棲姫に付いていく。目を離した隙にまた自己犠牲にでも走りだされたら困る。それにこの世界についても聞きたいことがあるしな。レイドを使ったとしても知れることには限度があるだろうし」

『……』

「待て、この世界とはどういう意味だ?」

「あぁ、言ってなかったか。実はな、この世界とは別の世界で戦ってたんだが、紆余曲折あって負けちまってな。それで目が覚めたらこの世界に来て、当てもなく彷徨ってたらこんなことに巻き込まれたってわけだ」

 

 死んだ、という言葉に長門たちは一瞬驚いたような表情を見せた。そのことを当の本人は大して気にしていないように話すのだからこちらの毒気も抜けてしまうというものだ。

 それを他所にラキラは昔のことを思いだしていた。ロクな世界ではなかったが退屈はしない。戦いを求めれば自ずとやってくる。むしろそんなことしかなかったような世界だったが不満はなかった。

 それもやはりセレンがいたというのが大きいのだろうが。

 

「あなたの世界でもこの世界と同じように人類の敵がいたのデスカ?」

 

 金剛が興味本意にラキラに尋ねる。

 ラキラは苦笑を浮かべながら金剛の質問に答えた。

 

「そうだったならもう少しまともな世界だったんだろうが、生憎とそんな都合のいい存在はいなかった。俺が戦っていたのは人間さ。あの世界ではそれが普通だった」

「人間同士で?なんでそんなこと……」

『生きるためだ。人間は闘争によって生きてきた。それが今も続いているだけだ。この世界の歴史だってそうだろう?今じゃ深海棲艦のおかげで世界中で同盟が結ばれているが、その前は様々な国が互いを牽制し合ってたそうじゃないか。深海棲艦が現れなかったら遅かれ早かれ俺たちの世界と同じような道を辿っていたかもしれないぞ?』

「それは……」

 

 レイドの言っていることは正しい。太古の時代から人間は戦うことで生きてきた。それが時代とともに変化しただけで、人間の闘争本能は未だ消えてはいない。あまりに不躾な物言いに言い返したくなるが正論が故言葉が出ない。

 その様子にラキラが申し訳なさそうに頭を搔きながらフォローを入れる。

 

「あー……。レイドはこう言っているがあまり気にしないでくれ。あくまで可能性の話だしコイツはちょっと口が悪くてな。気分を悪くしたのなら謝る」

「いいや、事実なのだからそれは受け止めなければならんだろう。貴様が謝る必要はない」

「そう言ってくれると助かる。コイツも根は悪くないんだがな」

『……うるさい。それよりさっさと話を進めたらどうだ。俺たちの身の上話なぞしてても時間の無駄だぞ』

 

 少し不機嫌そうにしながらレイドはこれからについて話を進めようとしていた。

 もう少し他人に愛想よくできないかと思うラキラだったが、これも愛嬌かと一人で納得していた。

 

「お前たちの上の奴と話がしたい。通信は繋げるか?」

「待て。貴様に手を貸す義理は無いはずだ」

「それはそうだが、このままじゃお前たちも回復するまでは動けないだろう。この海域も完全に制圧したわけじゃなさそうだし、アイツらみたいな戦う気のない深海棲艦ばかりとは限らないし」

「それでも貴様の手を借りるなど……」

「……良いんじゃないかな長門さん。僕にはこの人が悪い人には見えないよ。さっきも言ってたけど、時間稼ぎだけが目的だったみたいだし、もしそうじゃなかったら僕たちはもう海の底に沈んでた。彼にそんな気はなかったとしても僕たちには借りができたわけだし、ここはひとつこれで貸し借りなしってことにしないかな?」

 

 長門は最上の提案に顎に指をあてながら思案する。唸りながらも借りを作ったままは嫌なようで渋々といった様子で最上の提案を飲み込んだ。

 

「仕方ない……。金剛お前の方から提督に通信を繋げてくれ。私の艤装はダメージを受けすぎて使い物にならん」

「了解しましター!」

 

 嬉々とした様子で金剛は鎮守府と通信を始めた。理由としては恐らく……というかほぼ絶対、提督絡みだからだろう。

 その様子を横目にラキラは損傷個所を確認しながらこれからのことを考えていた。

 恐らく、これからはまたあの世界と同じように戦いを続ける日々が来るだろう。それについては何も問題はない。だが、正義も悪もなかったあの世界と、明確な悪とされている深海棲艦がいるこの世界とでは勝手が違ってくる。自分の身の振り方もいつかは考えなくてはいけないだろう。

 戦艦棲姫を守りながら自分はどこへ向かうのか、そんなことを考えてしまう。

 それでも、今はまず目の前のことだけを考えるようにしよう。先のことはその時にしか分からない。

 そもそも自分は考えるのは得意ではない。

 戦うことしか能がない。

 大方人として褒められるようなこともない自分がこんな感情的に動くとは思わなかった。

 しかしこの気持ちはきっと昔からあり続けたものなのだろう。

 拾われた恩、助けてくれた恩。それに対する感謝の心。まともな心などないと思っていた自分に残っていた人間らしさ。

 戦艦棲姫は自分の進むべき道を照らしてくれた。右も左も分からない真っ暗な海の上で目印となる灯台のように彼女は居てくれる。それはセレンと同じだった。

 ただ一つ違うことは、今度は自分が守る側になったということ。死んだ後に恩返しというのもおかしな話ではあるし都合のいい話でもあるが、この気持ちに嘘はない。

 だったら今は戦艦棲姫の手助けをできる限りやろうと、そう思う。

 

「そういえば……」

 

 状況を整理していてふと思いつく。あの二人はどうなったのだろうと。生き延びているなら特にこれと言って何もないが、自分が死んでしまってこの世界にきたというなら……。

 最後の瞬間はよく覚えていないが、もしかしたらあの二人(・・・・)も……。

 

 

 




まずは改めて、投稿が遅くなってしまい本当に申し訳ございませんでした。
理由としてはモチベの浮き沈みが激しく中々納得のいく形にならなかったことと
こちらが大部分なのですが、今年から社会人となったため時間を上手く使えていなかったことが理由です。
収入が入ってくるようになり色んなものに手を出したり、友人と遊んでいたりなど小説に時間を割かなかった自分の落ち度ですが少しでも早く投稿できるように頑張っていきますので皆様、どうかよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。