想像以上に変身術が厳しい。初回は問題なかったんで甘くみていた。まだ数えるほどしか授業を受けていないが、早めに対策を考えておこう。
とりあえず出来自体は補習も含めて及第点は取っているとは思う。ただまあ、毎回これほど苦戦するとなるとどうも億劫だ。最低限試験の時までにこの苦手な印象を克服しておきたい。流石に学年一とか目指す気はないが、何か上手くいくコツがないものか。暇を見てマクゴナガル教授に尋ねるとしよう。
他の科目については……まあ問題ないだろう。強いて言うなら、魔法薬学で右隣のハッフルパフ生が毎回おもしろいことをしでかしているなと思うくらいだ。彼は一体何を目指しているのだろうか? スネイプ教授もきっと怒り以前に、その点が気になっていると思う。
さて、予定通りゴーストについて獲得した情報をここにまとめておくとしよう。ここ一週間、隙を見てはゴーストらの様子を窺い、話しかけては情報を集めたのだ。話を聞いたのは主にサー・ニコラスと修道士殿である。寮所属のレディは会話すら成立しなかったので割愛。男爵殿も声をかけても仕方なさそうだったので省略。男爵はともかく、仮にも寮所属のゴーストの意味とは一体……いいんだけどさ別に。
興味を持ったのはゴーストの持つ記憶についてである。彼らがゴーストに至る過程、特にその身が変化した際のことを覚えているか、更に言えばその時の明確な記憶が存在しているか否か。
幸い、話をすること自体、彼らにとっては楽しみであるようで、世間話くらいならわりと気軽に交わしてくれた。記憶云々以前に、感情の発露に関して言えばゴーストになろうとも衰えないようである。
しかし一方、自身が死亡した時の話は彼らにとって面白い話題ではないらしく、聞けば少しくらいは答えてくれるのだが、どうもはぐらされているかのような印象を受ける。そのため気になって図書館で調べたのだが、読んだ本によると彼らは未練を残しこの地に意識を残したものだという。言い方は悪いが「死に損ない」という存在そのものだそうだ。まあだからこそ、その感情はともかく死ぬ間際の未練について語りたがらないのかもしれない。魔法界においては彼らほどの未練を残す存在の方がよほど珍しいわけで、そしてその事実自体、彼らにとって誇るべきものでもないのだろう。恥とすら考えているかもしれない。
彼らの存在そのものに対する疑問に対し、彼ら自身の供述がどうも要領が掴めないというか、参考にならない。そのため、極めて私的な考え、もとい推測になってしまうが、とりあえず考えていることを整理してみようと思う。
ゴーストという存在で興味深い点は三つある。それは以下の三つである。
・記憶の蓄積
・別種の生命体
・土地による影響
まずは一つ目の記憶の蓄積から。
端的に言ってしまえば、ゴーストが昨日の出来事を覚えているという点が面白い。それはつまり、実体もなく、死後は身体的変化のない彼らであるが、記憶に関してはどこかに蓄積されているということである。
サー・ニコラスも修道士も、どちらもおよそ数百年ほど以前の人物であり、まず当然彼らが生きていた当時のことを覚えている。そして昨日、自分が挨拶したことも同様にして覚えているのだ。
もちろん、そのうち忘れることの方が多いはずであるが、ともかく幽体となってからも記憶はどこかへ蓄積されているという事実に変わりはない。果たしてゴーストになった後の記憶はどこに蓄積されているのか? そして、こうした記憶の蓄積それ自体は生物(という言葉には当てはまらないかもしれない彼らであるけれども)にとって変化と言える。別の言い方をすると、ゴーストでありながらも経験を積むことができるのだ。これは面白い。
二つ目の別種の生命体。これは先の変化(=経験)とも関連する。
ゴースト誕生の瞬間など見たことも、まして見たいとも思わないが、ともかく死した肉体から霊体へと変化する際の作用というのはとても興味深い。
その瞬間の供述は残念ながら当人から聞くことができなかった。しかし仮にそれを聞く機会があれば尋ねたいのは……たぶん不躾な質問になるが、彼あるいは彼女の遺体はどうなったのかということである。遺体が失われた今なお彼らはゴーストとして元気にやっているあたり両者につながりなどなさそうだが、そうなると彼らは生身から別種の、精神体のようなものへ変化しているということになる。
それはもちろん、未練を残した「死に損ない」なのかもしれないが、先に話した通り、ゴーストであろうとも経験を積むことができる。
感情が存在し、記憶も存在し、更には多少なりとも変化が見受けられる。連続した生命の形と言うことはできないかもしれないが、彼らは未だ別種の生命体として“生きている”ということはできないだろうか? 無論、それが生産的かどうかは別として。
そして最後に土地による影響について。
以前エクトプラズムの件で話した通り、歴史的価値、おそらく魔法族の影響が強い場所によくゴーストは存在しているように……見える。その点をちょっと考えてみたい。つまり土地(ホグワーツ城)が持つ影響力というものは存在するか、そしてそれがゴーストの発生や維持に寄与しているか、という二点である。
そもそも個人的な未練によって発生するゴーストが土地に依存しているなどと考える時点で怪しいが、実例としてホグワーツに異常発生しているエクトプラズムを見るとどうも否定しきれない。
土地とゴーストの関連を検証する簡単な方法は、ホグワーツのゴーストらに魔法省あたりにしばらく滞在してもらうことである。……まあなんとなく無理そうなのでこちらは諦める。しかし逆に、ホグワーツにゴーストが滞在することができるか、という線では検証できそうだ。これがわかればゴースト自身の不在所性というか、幽霊は旅人のようなものだと想定できる。彼らはただ単に、居心地が良い場所に滞在しているというだけになる。
彼らにとって居心地が良い……ホグワーツもそうなのだろうか? 歴史的価値、つまり彼らにとって馴染みのある時代の建物だからということで定住しているだけなのだろうか?
自身の疑問は突き詰めると『ホグワーツそのものに何らかの力場が存在するか?』というものなのだが、ゴースト側から見るとそんなものは存在しないのかもしれない。あってもせいぜい居心地が良いという程度のことなのかもしれない。
そして、過ごしやすいかどうかというごく主観的な印象に対する回答はゴーストによって異なるはずであるし、仮にこの質問を参考にするなら多くの意見を聞かなければならない。しかし残念ながら僕が知り得るゴーストとは指で数える程度である。……結局、彼らの言葉からは、僕が求める答え――ホグワーツ自身の影響力というもの――は得られなさそうである。
……そろそろ眠くなってきたな。
ゴーストに始まり、ホグワーツについてといろいろと考えてみたが、結局僕が知りたいのはゴーストとホグワーツの関係ではなく、エクトプラズムとホグワーツの関係である。なんだか盛大に遠回りをした気がしないでもない。
僕がホグワーツの影響力というものに拘るのも、エクトプラズムがやたらと多いホグワーツ城に何らかの理由があるのではないかと予想してのことだ。ホグワーツに限らず出現するという時点で少しばかり限定的な仮定になるけれども、少なくとも量的増加はホグワーツという土地に何らかの要因があるとは思う。
そして、これはなんとなくといった類の印象論になるのだが、あのエクトプラズムはゴーストとは別種のもののように感じる。
入学してから感じていたことだが、彼らの行動、生徒しか用いないであろう抜け道、食堂、手洗いの利用、さらに彼らの身長等々を勘案するに……こいつらはホグワーツの生徒なんじゃないだろうかという疑念すら湧く。
流石に寮による偏りは未だに理由がわからないが……なんだろうか、あるいは彼らはもしかして土地が持つ歴史を再現しているとでもいうのだろうか? だとするとホグワーツにだけエクトプラズムが大量に存在する理由に……ならないか。それが本当なら各地にもっと湧いているはずだ
しかし仮にホグワーツ自身が持つ歴史の再現……いやもっと広範に捉えて仮にエクトプラズムが土地の持つ記憶を再現していると考えると、彼らは過去のホグワーツ生なのかもしれない。根拠はないけど。……もっとも、この仮定は結局『そもそもじゃあなぜそんなものが自分には見えるのか?』という根本的な疑問へと帰着する。ぶっちゃけこれがわからないことにはどうしようもない。いつものことだが、結局こうなるのだ。
……明日は日曜日だが、もう寝るとしよう。
予定としては、勉強は少し休むとして……そうだな、ハッフルパフの友人から聞いた厨房でも探してみることにしよう。詳細は聞き逃してしまったが、あるいはこいつらが抜け道発見以外に役に立つかもしれない。仮に元生徒なら厨房から食べ物をくすねるくらいのことはしていると期待しよう。
実は今回も更に文章を分割していたりする。
分割した部分がテーマに沿わないし、長すぎたってことでそちらは次回やります。計画性のなさが浮き彫りに。
そして時間軸が隔週というのもちょっと細かすぎるので、もうちょい間が開く予定。
ギャグもそのうち挟むとして、時々はこんな感じに主人公が考えてばっかになりそう。世界観考察が好きだから書いてるわけだけど需要あるのかこれ?
次回予告
主「鶏が先か卵が先か」
追記
食堂じゃなくて厨房だったんで修正。