空きコマの時間は大抵図書館の中で自習をするか、先生のいる研究室、職員室に質問に行くか、校内をプラプラと散歩するかのどれかで時を過ごす。
今日は校内を散歩の日だ。
図書館も捨てがたかったのだが秋晴れの空を見ると外へ出ざるをえない気がしてしまったのだ。
それに今日は勉強ができる気がしない。たまには一休みもいいだろう、と。
特技は自分を甘やかすことだということにしておこう。
一冊の本と、ウォークマンと、財布を持ちいざ秋空の下に繰り出す。
歩いていると日なたと日陰で温度が明らかに違うことが分かる。
日なたはあったかさが心地よいのだが日陰はひんやりとした空気で包まれており冷たい。
地面と自分の影を見つつ、光と影それぞれの陣地を交互に行き来する。
幼いころに誰かとやった影踏みみたいだ。鬼はいないけど。
あっちへこっちへフラフラとしている間に目的としていた自販機まで辿り着いてしまった。
校内には幾つかの自販機が設置してあるが、ここの自販機だけは側に椅子とテーブルが幾つかあり本を読みながらコーヒーを飲むのにはもってこいだ。
小さなカフェテリアって訳だ。
いつも買うお気に入りのコーヒーを買い椅子に座る。
手元に本を用意し、ふと、サワサワと風で揺れる紅葉した木々を見上げた。
赤やオレンジの葉の隙間から薄水色の空が見える。
風も少し冷たくなってきたが今日なんかはまだあったかい方だ。
秋空に 映える紅葉 真っ赤だな
心に浮かんだままに繋げたら見事に何とも言えない俳句が一句できてしまった。
小学生が詠んでいそうだ…
それに季重ねじゃないか…
自分の表現力に呆れ、つめたい心と手を缶コーヒーで温めつつ視線を戻した。本のページを捲る。
「ガタンッ」
誰かが自販機で飲み物を買ったようだ。
その誰かが落ち葉を踏みしめこちらへ向かう音がする。
チラッと見るとこの夏まで同じ弓道部の部員だった子だった。
寂しかったのかもしれないし、誰かと話をしたくなってしまったのかもしれない。突発的に。
僕らしくもなく話しかけることを考えてしまった挙句不意に言葉がついて出てきた。
「…君も空きコマ?」
彼女はおそらく今から読もうと思っているであろう一冊の文庫本を手に、こちらを見た。
「そうだよ、空きコマは暇だし秋空の下で本を読もうかと」
「僕もだ。こうしてるとなんだか落ち着くんだよね、勉強しないといけないのに」
「お互い受験生なのにね」
そういうと彼女はふへへっと笑った。
「と言うかめちゃめちゃ久しぶりだね、元気にしてた?」
「部活が夏に無くなって以来、妙に廃れた気分でいるけどまぁ元気だよ」
「分かる。あ、そういえばこの前昼練に顔を出したみたいだね。お弟子ちゃんが言ってたよ」
「師匠としてたまには顔を見せて指導しないと顔が立たないからね。」
「そんなことを言って…お弟子ちゃんが可愛いんでしょうが」
「まっ、そうともいう。」
彼女は僕の隣にあった椅子に座った。
僕も開いていた本に栞を挟み閉じる。
「大学でも君は弓を引くつもりなの?」
大学での弓道は高校と違い完全に体育会系になってしまうもので、多少の抵抗はあったがしかし…
「一応…ね、引くつもりではいるけど、目指している大学に入れたら、の話になるかな。君は?」
「うーん、私は今のところまだ何も決めていないけれど、出会ってしまったからにはまたいつか弓を執ると思っているよ。」
「すごく意味深長だね」
「目指している大学には弓道部がないんだもの」
「そうなのか…」
「だから大学ではなく一般で引くかもだし。まだそこらへんは未定」
「ふぅん」
「でも、この学校での弓道は、本当に楽しかった。」
懐かしむような顔でそう言う彼女はどこか遠くを見ていた。
「中学の時は人数の少ないゆるゆるの吹奏楽部だったし打ち込むってほどでもなかったのよ。弓道部に入って、厳しい部活とは言えないまでも個々で頑張れたかなって。ほら、弓道は根本は個人競技だし。府大会にも勝ち進める経験もできて…本当にいい夢を見れたな。」
「僕も、そう思う。」
珍しく饒舌な彼女を前にして戸惑うとともに、いい言葉が見つからず返すには少し素っ気ないなと感じたが、そうとしか返せなかった。
僕もあんなに何かに打ち込むこと、頑張ることができたのは初めてだったと思う。
僕以外にも同じ部活に彼女のような同士がいたことを初めて知り、今になってもっと色んな部員と話しておけばよかったなと感じた。
彼女はそれでもう満足したように缶コーヒーの蓋を開け、一口飲んだ後文庫本を開けた。
その隣で僕も本を開ける。
ようやく本の世界に浸れる。
ふと、文字を辿る前に、日陰に小さな花が咲いているのを見つけた。
冷たい風がその小さな花の間を吹き抜け、小さく揺れた。