冬はつとめて。
千年前、今はもう名も残さぬ女が春夏秋冬のをかしを含むその時代の文学とやらを書き連ねたその紙の内容は、千年後、受験生をしている僕にまで届いた。
なぜ一番有名な春の冒頭にしなかったのかと聞かれたら答えは単純、今が冬だからだ。
雪のふりたるはいふべきにもあらず。
今朝も雪が降っていた。否、低く降っていたとでも言うべきなのかもしれない。
積もるのは嬉しいが雪のせいで路上が凍ったりして滑りやすくなるのは白き灰よりもわろしだと思う。縁起が悪いし。
早朝、少しオレンジの薄まった光が雲の隙間より教室にさすなか古典の教科書をパラパラ漫画のように捲りながらなぜそんな考えに至ったのかは分からないが、そのようなことを考えていた。
「おはよ、ぉっ?!」
なんで疑問形なんだ。見やると普段おちゃらけている印象があるクラスメイトが入ってきたところだった。
「ほぉ〜珍しいなお前がこの時間帯にいるのって」
こちらを見てニカッと笑いながらそう言う彼の方こそ昔はよく遅刻をしていたイメージがあるので、この時間帯の彼に驚きなのだが。
「雪が積もると学校までバスも車も止まって出て来れないんだ。だから早めに出てきた。」
「あーなるほどね!俺はべんきょ〜」
その声を聞きこの学校はおちゃらけていながらも真面目な側面がある生徒が多いよなーとつくづく思う。切り替えがハッキリしているというか。メリハリがあるというか。
「最近朝ここで勉強してる奴も減ってきたんだよなぁ…って俺も来始めたの三ヶ月前の話だけどな!古文頑張れ!」
と言い残し彼は僕から少し離れた自分の席についた。
朝の教室で勉強するやつが減ったのはそいつらが学校に来なくなったからだ。
勿論集団登校拒否や集団インフルエンザと言うわけでもなく、ただ来ない。きっと家で勉強しているのだろう。もはや授業を受けている人数の半分も揃わないコマもある。
教室の空席の分焦りを感じるがそんな中でも、僕も彼のように笑っていたい。
気が散ってしまった。古文はやめよう。
古文以外の教科の参考書か問題集かを取り出そうと引き出しに手を突っ込む。
小さな紙が手に当たった気がした。
ゴミなら捨てようと思いそれを引っ張り出すとどうやらノートの切れ端のようだ。裏返すとそこにはこう書いてあった。
「昼休みに屋上で待ってます。」
…………えっ
頭の中が空白になった。スペース連打である。
こ、これは新手のいじめか?
ここに書かれた通りに屋上へ行ったら、わざわざ連れてくる手間が省けたぜ、さぁ靴を脱いでここから飛び降りろとか言われるんじゃないだろうか。ってそれはどこかのヤクザの文言だ。否、この学校にヤクザはいない。
また文体は丸文字である。従って男ではない。
おんなあああああ?!
いや、男が成りすましている可能性だってある。今のご時世、グ◯グル先生を使って、『丸文字』なんて画像検索すれば一発で誰かの丸文字が引っかかるであろう。
だがなんのために寒い中屋上に呼び出す?教室でいいじゃないか?
思案に耽るうちにクラスメイトは続々と教室に入ってきていた。その全員を吟味する。この中に書き手がいるのだろうか。
もやもやを抱えたまま一時間目開始のチャイムがなった。
午前の授業中、僕の脳味噌の養分は全て紙片のことに費やされたが考えても考えても何も生まれなかった。
昼休みのチャイムがなると、背もたれにかけていた上着を羽織り即座にワンフロア上の屋上へと駆けた。
ギギーッと屋上へと通じるドアを開ける。
チャイムとほぼ同時に教室を駆け出してきたというのに屋上には既に先着がおり、屋上のど真ん中に座っていた。見知ったドヤ顔だった。
「待ってました師匠!何してたんですか道草でもモグモグ」
「いや待てチャイムと同時に走り出した人より早く屋上に着いて…弁当モグモグしてるだと?」
てかお前か……
あの紙片はお前なのか………
「瞬間移動の仕方、教えましょうか?」
「…どうせ四限が空きコマだったんだろ」
瞬間移動の種明かしをせずに弁当を片付けた。
「てかあの紙はお前だったのか、もう少し字体角角してただろなんだあの丸文字は」
「ググれば丸文字のお手本なんて一発で出てくるんです。知らなかったですか?!ちなみに普段使わないHBのシャー芯を入れて書きましたてへ」
というかやっぱりグ◯グル先生だったのか。
さぶいっ、と言いながら震えるくらいならわざわざ屋上に呼び出す必要もなかっただろうに…
「で、なにか用事でもあるのか?先に言うておくと、すまんがガ◯ガ◯君早食い対決は来月に持ち越しだぞ。」
「伏せれてないです。了解しました。
いやはや、最近なかなか師匠に会えなくて…」
自意識過剰ながら寂しかったのだろうか、という思考がふと頭をよぎる。まぁ弟子の場合、友人は多いからそんなことはないのかもしれない。
「…暇なので心をかき乱してやろうと」
「おい」
「冗談です」
何か期待しましたかっと笑う。その笑顔でさえ久々に見ると少し安心する。だが少々小悪魔どころではない悪が混じってる。さては闇の道に一歩踏み出してるな…
「もうすぐ受験本番ですよね、師匠」
「来週末に迫ってるんだぜ、誰かさんみたくここでモグモグしてる暇は無いのさ」
「合格祈願です、受け取ってください」
「………」
緑色の小包をもらった。
「なんだ?どんぐりか?」
「なんでどんぐり渡すんですか、私はトトロですか。開けてみてください!」
「やりかねないからだろ」
包を解くと見覚えのある白くてフワフワのキャラクターが合格御守を持っているキーホルダーが出てきた。
「これまるうさっていうキャラクターなんです」
「あーラインスタンプとかでよく使ってたやつか」
「そうです!バレンタイン兼お年玉兼クリスマス兼誕生日プレゼントも兼任してますです」
「随分と兼任するんだね。クリスマス、誕生日に至っては去年の話なんだけど」
「いやぁーいつも師匠からは受け取ってばかりで何も出来てないってことに一昨日、コーヒー飲みながら気づいて…メインは合格祈願なんですけどね!」
「一昨日まで気づかなかったことに驚きを隠せない」
手の中のまるうさとやらを右手でむにーっとつねる。
癒される………かもしれない。
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ。」
誰かからプレゼントをもらうなんていつ以来だろうか。
正直に嬉しい。内心口角が上がる。
「んじゃあっ、用事はこれだけですし、師匠に会えましたし私はこれにて去りますので〜どうぞごゆっくり喜びに浸っていてください」
「寒空の下に師を置き去りにするなよ…」
キーホルダーをポケットにしまい、屋内へのドアへ向かおうとするとふと目の前を白いものがちらついた。
「…雪か?」
弟子が振り返って驚く。
「あっホントだ雪っすね!一回やんだのにまた降り出したかー積もればいいなぁ」
嬉しそうに言いながらドアを開けた。
冬はひるつかた。
そう心で呟いて今度こそまっすぐドアにむかって歩いた。
なんでこんなに長いのだろう。