A.P.238/2/20
修了任務は終わり、帰還した研修生達はそのほとんどが試験に合格し、新たなアークスとなった。なかには、突然のダーカー異常発生に怯え2度と戦う気を無くしたものも居たがそれはそれで仕方が無いだろう。それが戦場だ。実力と相応の勇気、即時の判断力と運が無ければ死んでしまう。
ーーあぁ、疲れた。
あまりの疲労に顔を歪ませながら、任務終了報告を終わらせ、広いロビーをあてもなく彷徨う。メディカルセンターへ検査のために預けた娘のヒカリのことも気になるがその足取りは遅々として重かった。
「お、よう!あんた、さっきの戦いでダーカー相手にとんでもない戦いをしてた水琴とかいうルーキーだよな!俺はゼノ。よろしく……って、挨拶する余裕も無さそうだな……ほれ、肩貸してやるからメディカルセンターまで頑張ろうぜ?」
赤髪の青年ゼノは、そう言うと肩を差し出してくる。すまない。とだけ言いゼノに身体を預ける。
「これでも一応先輩だからな。後輩の世話をするのが先輩ってもんだ……っつってもあんたの場合、戦闘面じゃ大したこと出来ねぇだろうしこんな事くらいしかやってやれねぇけどな。……にしてもあんた、見た目の割に随分軽いんだな、ちゃんと食べてるか?」
どうやらこの先輩は、随分と世話焼きらしい。メディカルセンターに着くまでずっとこちらを心配してくれていた。とても、ありがたいのだが疲れのせいでまともな応対が出来ないのが申し訳ない。メディカルセンターの前で待っていたフィリアに私を預けると今度、一緒に飯でも食おうぜと言って赤髪の先輩は走り去っていった。
「今呼ぼうと思ってたんですが、ちょうど良かったです。ヒカリちゃんの検査は終わっています、体調も安静にしていれば戻ると思います。」
「そうか。良かった。」
「良かった。じゃありませんよ、全くもう。そんな1人で歩けなくなるほどの状態になるまで無理しないでください。あなたもメディカルチェックを受けたらしばらく絶対安静です。」
「……す、すまない。」
そのままメディカルセンターの中に進む。奥には、センサーのような装置がありそこで30秒ほどじっとする事によって全身くまなく調べることが出来るらしい。アークスの技術力の高さはとんでもないな。
機械から送られるデータを確認するのに少し時間がかかるため私は別室のベッドで休む事になった。ベッドには既にヒカリが寝かされており、私も隣で泥のように眠った。
一時間ほど眠っただろうか?電気の明るさに目を慣らすようにゆっくりと瞼を開く。まず、目に入ってきたのはフィリアだった。そして、その隣にいるのは、ナベリウスで倒れていた謎の少女、マトイだった。ヒカリは未だに眠っている。少し楽になった身体を起こしフィリアに検査の結果を聞く。
「……結論から言うとあなたが保有するフォトンの量に異常が見られました。いままで、すぐに疲れてしまったりしていたのはそのせいかと思われます。」
「ソードが使えなかったのも……?」
「はい。フォトンの過剰供給によるものと思われます。本来、多くのアークスは貴女ほど多くのフォトンを持つものは居ないため汎用型のソードもその方達向けに調整されています。そこへ、あなたが大量にフォトンを流し込んでしまったために回路が壊れてしまったようです。」
「……なるほどな。で、こっちの少女は?」
本当は知っているのだが、話をスムーズに進めるためにわざと知らない風に説明を求める。
「こちらは、マトイさんと言います。今日の修了任務でナベリウスの奥で倒れていた所をアッシュさんとアフィンさんが見つけて、運んできてくれたんです。ですが、彼女は自分の名前とアッシュさんの名前以外の記憶が無く、アークスのデータベースにも記録はありませんでした。アッシュさん自身も今後任務などで忙しい為、こちらで預からせていただくことになりました。」
マトイの記憶の方はわからないが10年前のあの状況から察するにデータはシオンが隠したのだろう。正直、居候の身で文句を言うわけにもいかないしそもそもこんな状態で放っておける程、私も薄情ではないので世話に関しては任務に支障が出ない範囲で協力するつもりだ。
少ししてマトイがジッと私の腰の辺りを見ているのに気づいた。どうやら、尻尾が気になるのだろう。
「……えっと、マトイ?これが気になるのか?」
マトイは、まだ緊張しているのか声は出さず、コクリと頷いた。その姿は、まるで小さな子犬のようで可愛らしかったが、これから一緒に住むのだ、少しでも打ち解けてくれるようにそっと身体の向きを変える。
「……そっとなら……触ってもいいぞ?」
「えっ、水琴さん!私は?」
「フィリアは朝、充分触ったろ……」
「そんな……」
この世の終わりみたいな表情のフィリアには悪いが今はマトイが優先だ。ほら、と差し出した尻尾にマトイの震える手がそっと触れる。朝とは、また違う感覚にきつね耳がぴくりと反応する。
「あったかい……」
「……やはり、君は緊張した表情より笑顔の方が似合うな。」
不意に私が放った言葉に、マトイは自分の緊張が解けている事に気付きパッと手を離した後、少し頬を赤く染めて笑う。
「ふふっ、あなたと話しているとなんだか懐かしい気分になる……なんだか不思議だね。会ったことも無い人のはずなのに。」
「もしかすると遠い記憶の果てに私達は出会ったことがあるのかもしれないな。」
「……あのー、私は交ぜてもらえないのでしょうか?」
「……ご、ごめんなさい!つい、忘れちゃってて……」
「ヒカリもいるぞ?……なんてな、これからはフィリアが君の世話をしてくれる。わからないことはどんどん聞くといいし任務の合間には私もできる限りの協力をしよう。もちろん、彼、アッシュにも出来るだけ顔を見せるよう伝えておく。これからよろしく。マトイ。」
「……よろしくね。フィリアさんに水琴にヒカリちゃん。」
「はい、よろしくお願いしますね。マトイさん。」
待ってました!とばかりにいつの間にか起きていたヒカリもマトイにあいっ!と挨拶をする。
すっかりマトイの緊張も解け、落ち着いてきたところである用事のためにフィリアに二人で遊んでいるマトイとヒカリを預けショップエリアに向かう。
マトイを助けるというもう一つの任務の報告をしに、その依頼主シオンの元へ。
ショップエリアに着くと、いつもシオンと会話をしているその場所に黒髪の研究者のような女性が立っていた。
ーー誰だ?
そんな感情を察知したのか、彼女はこちらを向く。瞬間、周りの景色が歪んだように見えた。歪みが収まるとそこは、いつものショップエリアだった。ただ、一つ変わったのは周囲の人間がまるで私が見えていないように動いている事くらいか。元々、超常現象の類は慣れている私にとってこれは驚くべきことではなかった。こちらを向いた彼女の手や足がまるで宇宙のように暗く、それでいて星を散りばめた様な綺麗な世界が広がっているのを見て、正体を確信する。
ーー今まで、私に語りかけていたあの声はこいつだったのか。
数秒ほど沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは彼女だった。
「水琴、貴女にまずは、感謝を。」
「それは、私では無く彼に言うべきだろう?」
「彼の働きにより偶発事象の優位改変が確認されたのは事実。しかし、貴女の働きにより彼女が救われたのも、また事実。」
「…………」
「説明が十全でないことは承知している。それでも、彼と貴女に頼る事を謝罪する。」
「……謝罪は聞き飽きた。あなたのことはよくわからないが信用している。彼女を救うための協力も惜しまない。今後は、彼の、アッシュの行動に合わせて動く。そのために彼が進めているマターボードの内容が見れるものが欲しい。そうすれば、あいつ、ルーサーに気づかれにくくもなるからな。」
「……承知した。」
私は、こういうわけのわからない理屈でいつまでも謝られるのは嫌いだ。だから、早々に話を切った。それに、シオンも私も十年前のことでルーサーに目をつけられている。長話をするのは得策では無い。シオンからマターボードの進行具合が見れるというアイテムを受け取ると早々にその場を去る。
私は、知らない。
シオンの事も、マトイの事も、この世界の事も、そして自分の正体すらも。
だが、私は感じる。
どこか懐かしいこの世界。
知らなくてはいけない、色々なことを。
守らなくてはいけない、決して失ってはいけない、大切なものを。
マトイ可愛い。フィリアさん今回はごめん。