東方高次元   作:セロリ

103 / 116
96話 懐かしいというか何と言うか……

最近涙腺の緩みが酷い事になってる気が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりにも毎日が充実しすぎてしまい、ついつい俺は現実世界に帰るという本来の目的を忘れかけてしまう事が幾度となくあった。

 

だが、忘れかけていたころに思い出させてくれたのは、何よりも楽しみしていた煙草であった。普段から何気なく吸っているのだが、ふと煙草のパッケージを見直した際に、現実世界にいた事を強烈に思い出させるのだ。

 

セブンスター、金ピ、ピースライト、赤ラーク、ハイライト。様々な煙草がある中で、俺はこれら5種程を主に吸っている。そして、1700年、1800年代にこれらの煙草は存在しない。

 

だからこそ、これらに強烈な望郷の念を思い出させられるのだ。何よりも普段から吸っているモノだから。見慣れたものであり、嗅ぎ慣れた物でもあり、味わい慣れた物でもあるため。

 

そして俺は今、化閃が老化に勝てず店を閉じてしまい、俺は今後どのように生計を立てていこうか迷っている最中である。とはいっても、日雇とかで食いっぱぐれないほどの稼ぎは得ているので、そこまで焦る程でもない。

 

妖怪達の子供が生まれたり、地上から追いやられてきた者達もまたいたり。そんなこんなを繰り返しているうちに、この地底も少々ではあるが人口が増えた。

 

また、お空たちともそれなりに仲良くやってる。うん、とくにお空が色々と積極的なのはお燐すらも呆れるほどであった。美人さんだから余計困る。嬉しい意味で。

 

博麗大結界ができたときには、もうそんな時代かと、紫の喜ぶ顔を見ながらそう思った。

 

それから、地底の妖怪達が外の世界では西暦とやらを使ってるんだぜと、少々小馬鹿にしたように話していたのを聞き、今は何年だと聞いてしまう。

 

そしたら今は1990年だと。

 

その言葉を聞いた瞬間に、俺は思わずポケットに入っていたセブンスターを見てしまい、随分と時代が進んだものだと実感してしまった。

 

セブンスターの発売は1969年。もちろん警告文が掲載されていない商品ではあったが、ソレが発売されてから20年程経っていたのだ。

 

この世界にセブンスターとやらがあるのかどうかは分からないが、大凡似通っている世界らしいので、あるのだろう。

 

上では先代博麗の巫女が色々と頑張っていたり、紫が妖怪達をなだめるのに大忙しだったり、結構苦労しているようだが、あいにく地底は平常運転である。

 

そして、週に二日ほど休日を入れていた時に、俺の家に現れたのが紫であった。

 

 

 

 

 

 

「外の世界に……?」

 

「ええ、そうよ?」

 

現れて開口一番彼女が発したのは、外の世界に見学をしに行かないか? という内容であった。

 

紫は、何とも楽しそうな表情で。でもどこか焦っているかのような目をしながら聞いてくるのだ。

 

一体彼女はどうして突然このような質問をしてきたのだろうかという疑問もあったので、少々聞いてみる事にした。

 

「どうして急にまた?」

 

そう俺が答えるのも、自分では無理も無いと思っていた。

 

確かに、現在幻想郷においては、外の世界の増長、科学の驚異的な発達により妖怪達が追いやられ、幻想郷に入ってきている状態である事は確かである。

 

そして、その外の世界に俺の存在は最早伝わってはいないのも確か。しかし、俺が外の世界に行っても大した経済活動はできないし、逆にこの事がバレたら地底の住民達からちょっとした反感を買いそうなのだ。

 

そんな事を思っていると、紫はちょっと面白そうなモノを見つけたとでも言いたそうな顔をしながら、俺に口を開く。

 

「人間の進歩ってのはすごいと思うわ? つい最近まで木でできた粗末な家に住んでいたのにも拘らず、今では無機質な白い土で天を目指すかのようにバンバン建てていく。少し、その中を探検してみるのも良いかもしれないわ。と思ったのよ。要はデートってやつですわ」

 

全部言わせんな恥ずかしいとでも言うかのように両手を合わせて言う紫。

 

そんなに人間の建てた建造物が珍しいものなのかなと思いながら、少しだけ考えてみる。

 

いや、考えるまでも無いだろう。この地底の連中にばれない様に紫に連れて行ってもらえればいいのだから。

 

と、考えた所で一つだけ重大な疑問、懸念が生まれてきた。

 

それは

 

「紫、外の世界に行くのは良いけれども、ちゃんと帰って来られる?」

 

そう、紫は妖怪。幻想の存在。外の世界から拒絶されている存在とでも言えば良いだろうか。否定が非常に強いその世界で紫の能力がキッチリと働くのかが心配なのである。

 

だからこそ、俺は念を押すように聞いて行く。

 

すると、紫はコクリと頷いて口を開く。

 

「ええ、力は相当削がれてしまうけれども、一応帰還ぐらいはできますわ。心配無用よ? いざとなれば耕也のじゃんぷとやらで帰ってくればいいのですし」

 

と、俺のジャンプの事も考慮して計画していたようだ。

 

まあ、使えなかったら俺が頑張るだけなんだが。

 

そう考えながら、俺はうんうんと頷くと、紫は納得したと受け止めたのか、俺に手を伸ばして一言。

 

「ほら、偶には行きましょう?」

 

「じゃあ、宜しくお願いします」

 

そう言って俺は紫の手を掴み、隙間の中を潜って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

出た先は、予想していた通りの山の中であった。とはいっても麓に非常に近く、すぐにでも降りられそうな所であった。

 

桜がところどころに散見されており、桜色の中に少量の緑が混ざっているのが見て取れる。

 

風は地底と違って涼しく、そして心地よさを持つ新鮮さそのもを持っており、ずっと深呼吸をしていたくなる空気を運んでくる。

 

空気が澄んでいる。まさにこの表現が正しいと言えるだろう。

 

空は青く、ところどころに雲が散見している様も非常に好ましい。幻想郷内にある幽香の家に行っても、このように景色を堪能するという事は無かったから、余計に嬉しくなるのだ。

 

そしてカラッとした日差しの中に、日傘を差して佇む紫の姿は、貴婦人を思わせるほどの優雅さを醸し出していた。非常に絵になる。

 

すると、紫は此方を向いて一言

 

「さて、ついたわよ。ほら、来て?」

 

そう紫が言って、俺にこっちに来てと促す。

 

俺はその言葉に促されるままに紫へと近づき、手を握る。

 

「ねえ、どうかしら耕也。私は力が削がれるせいかちょっと不便に思うけど、耕也は外の世界をどう見るのかしら?」

 

難しい質問である。

 

恐らく彼女の意図は人間側としての感想よりも、妖怪側の感想として何かを言ってもらいたいのだろう。

 

彼女の考える事は、人間と妖怪の共存。もちろん、そのシステムは自殺願望者等が入って餌になってもらわねばならないという重大な欠陥を持つ。とはいえ、最早人肉を食らう妖怪は雑魚などで、数は少ない。

 

ただ、ソレら一切合切を含めて彼女は俺に対して意見を求めているのだろう。少し考え過ぎなだけなのかもしれないが。

 

そう俺がひたすら考えていると、紫は口元に拳をあてて苦笑する。

 

「ふふふ、耕也。そんなに難しく考えなくてもいいわ。思った通りに言ってちょうだい?」

 

そう言われてしまった。どうやら紫は俺の考えが良く分かっていたようで、俺の考えすぎだったようだ。

 

その事に少々恥ずかしく思いながら、俺は彼女の問いに応えていくこととする。

 

「そうだね。俺の印象としては……物凄く久しぶりで、感極まってるからちょっとずれてるかもしれないけれども。…………羨ましいと思った」

 

羨ましい。そうだ、確かに羨ましいのだ。こんなにも綺麗な空の下で暮らしていける人達が溜まらなく羨ましい。

 

光がマグマの反射光だけ。常に薄暗く、提灯を付けて商売をしている商店街。地上から追いやられ、そしてあの地底でひっそりと暮らしていく俺達。

 

唯ひたすらに羨ましく思った。そして、同時に懐かしくもあり、できれば此処に居を構えたいとさえ思ってしまったのだ。

 

だが、それは紫が許す事は無いだろうし、地底には俺と仲良くしてくれる友人もいる。

 

幽香達を放っておくことなんて到底俺にはできないしなあ……。

 

そこまで考えた所で、もう一つだけ願望が湧きあがってきた。

 

それは

 

(もう少ししたら、幻想郷の地上部分で暮らしてみたいなあ)

 

そんな感じの欲望である。完全に地上に生活を移す事はできないだろうから、商売をするだけでも許してもらいたい。地底出身は地上ではえらく嫌われてそうな印象を持つから。

 

いや、恐らく嫌な印象を持たれる事間違いなしだろう。俺はそんな事を考えつつも、紫の返答をひたすら待つ。

 

が、何時まで経っても返答が来ないので、俺はゆっくりと紫の顔を覗き込んでみる。

 

ドアノブカバーのような帽子の影によって作られたくっきりとした輪郭は、何とも不思議な顔をしていた。

 

何か多くの事を同時に考え込んでいるような、そんな思いつめた表情にも見えるし何か悲しそうな表情にも見える。そして怒った表情にも見えるのだから不思議である。

 

それは俺が何かしらの裏切りのようなモノをするとでも思っているのだろうか?

 

そんな事を考えていると、紫が口を開く。

 

「外の世界で暮らしたいかしら……?」

 

遠くに見えるビル群を指差して紫は俺に問う。

 

この返答によって何かが変わる。そんな気がしたのだが、俺は迷わず

 

「いや、流石にそれはね……」

 

羨ましいとは思うが、この世界は俺がいた世界ではないし、彼女の思っているような事は起らないだろう。

 

そして俺の返答に紫は心底安心したような表情を浮かべ、一言

 

「そう、なら良かったわ……」

 

彼女の安心しきったところで悪いとは思うが、もう一言俺は付け足す。

 

「できれば……幻想郷の地上で商売ができるようにしてもらいたいな……地底出身だときついだろうから……」

 

すると、紫はさも可笑しそうにころころと笑いながら

 

「ええ、もちろん。どんなものを売るのか楽しみだけれども、あんまり変なのは売らないでね?」

 

そう言ってくる。もちろん、PCなどといったオーバーテクノロジー関係を売るつもりはない。あくまで嗜好品である。

 

「大丈夫だって」

 

紫の言葉に俺がそう返すと、コクリと頷きながら

 

「では、あのビル群の中に行きましょうか?」

 

そう言って隙間を開く。

 

何時もより鋭さが無い動作は、それだけで彼女の力が奪われている事を如実に表していた。

 

だが、あえてそれに触れるような事は無く、俺は彼女に返事をする。

 

「そうだね、行こうか?」

 

そう言って同時に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

隙間を抜け、まず目に入ってきたのは、短い金髪をした美女。体つきは女性そのものであり、ふくよかな胸と安産型の腰を備えていた。

 

顔は彫りが深く、男を誘惑するような表情を浮かべて此方をじっと見てくる。そして艶やかな唇を開けて

 

「紫様、耕也。お待ちしておりました」

 

そう言ってきた。もちろん彼女の名前は八雲藍。

 

が、そこに藍がいた事に俺は少々疑問を持つ。

 

いや、勿論藍がいた事自体が嫌だったわけではなく、紫が前に行っていた言葉に疑問を感じたのだ。

 

「あれ、2人じゃなかったっけ?」

 

そう、彼女はデートと言ったので、てっきり俺は2人でこの都市を観光するのだと思ってしまったのだ。

 

すると、俺の言葉にふふんと得意げに笑いながら答えてくる。

 

「何も2人とは言ってませんわ?」

 

確かに、彼女は2人とは言っていない。言っていないし、人数を予告してもいない。つまりは俺の勘違いだったという訳だ。

 

だからと言って、俺の気持ちが削がれたという訳でもなく、むしろこれから楽しみが増えたという風にさえ感じていた。

 

「耕也、私がいたら不満かい?」

 

と、考えていたらそんな声が聞こえてきた。

 

ふと視線を移すと、俺の顔を真っ直ぐと見ながら、ニマニマと見返してくる藍がそこにいた。

 

これは拙いと思って、慌てて否定の言葉を述べて、彼女をなだめる。

 

「いやいやいや。むしろ嬉しいから大丈夫だって」

 

そう言うと、予想通りとばかりに、ニヤッとしながら紫の横に移動していく藍。

 

思いっきり弄られたのだろう。紫達に振り回されるのは何時もの事だから、特に気にはしないが。

 

「所で藍、紫。どこら辺に行くか決めてあったりはするの?」

 

そう言って今後の予定を聞いてみる。

 

すると

 

「いえ、私達もこの外の世界に来るのは久しぶりで……実は、予定は決めていないのよ。もしよければ、耕也の好きに動いてもらえないかしら?」

 

と、苦笑しながら此方に言ってくる紫達。

 

俺の好きなようにか……特に予定も無く、ブラブラと歩くのもまた一つの楽しみ方か……。

 

なら、適当に街を見学して、それで帰るとするかな?

 

そう考えながら、目の前に広がる人ごみとビル群を見渡す。

 

皆経済活動に勤しんでいるようで、俺達に構う事無く通り過ぎていくのが見て取れる。

 

自動車の型は古く、俺のいた頃よりは少々角ばっているような形をしたセダンが多い。

 

一応セブン・イ○ブンも通りには存在し、此処が現代に近い時代なのだという事を実感させる。

 

姿、形が違うとはいえ、似通った建造物の姿に、俺はまるで現代にいるのではないか。帰ってこれたのではないかという錯覚すらしてしまいそうだ。

 

だからこそ、この景色を羨ましいと感じると同時に見たくないのだ。二度と視界に入れたくない。もう一度見ただけで俺はボロボロと泣いてしまいそうだから。

 

だが、ソレを思いっきり我慢して、紫達に言う。

 

「じゃ、適当にブラブラしようか? お金は一応あるんだったよね?」

 

その言葉に2人は笑ってコクリと頷き、俺の横に並んでくる。

 

 

 

 

 

この懐かしいコンクリート、ブロックの感触を味わうようにしてゆっくりと歩く。この感触は現代と全く変わらない。昔の砂利のようなごつごつした感触や、地底の焦げたような土を踏みしめるボワッとした感触でもない。

 

無機質で、人をどこまでも拒絶するかのように堅い感触。何もかもが懐かしく、そしてこの感触を思い出させてくれた事が嬉しい。

 

自分が創造したような味気ないものではなく、ちゃんと人の手によって作られた道路。

 

俺の脚はこの感触を少しでも味わいたいためか、必要以上にゆっくりと歩いてしまう。

 

だが、藍達は特に俺に文句を言うまでも無く、楽しんで歩いている俺を嬉しそうに見てくれるのだ。

 

俺のわがままに付き合わせてしまって、申し訳ない。そう言いたかったが、この時代の商店街に入った途端に何も言えなくなってしまった。

 

巨大な金属製の門をくぐり一歩踏み入れると、そこには一直線の道に一杯の人と、両脇にひしめき合うように開いている店があった。

 

思わず身体が震える。泣いてしまいそうに嬉しい。こんな光景を見られるなんて、本当に嬉しいのだ。

 

二度とこのような光景を見る事は敵わないとさえ思っていた。だが、現実にこの光景が目に飛び込んでくる。

 

早くこの人ごみに紛れたい。迷子にもなってみたい。そんな普段は思わぬ様な願望が飛び出てくる。

 

そして自分自身の気持ちに驚きながらも、同時に嬉しく思い、俺は思わず

 

「い、行こうか? 二人とも」

 

そう言って、了解も取らずに歩みを進めてしまう。

 

「ま、待ってくれ耕也」

 

「焦らなくても店は逃げないわよ?」

 

その言葉を左から右へと流してしまうほどに。

 

カレー屋、ラーメン屋、花屋、巨大デパート。カラオケ屋、牛丼屋、煙草屋、ファミリーレストラン、コンビニエンスストア、自動販売機、道路標識、そして人、人、人、人。

 

今にも大きく笑い出してしまいそうなほど表情を綻ばせ、俺は歩いて行く。

 

そして、その中で俺は入ってみたいと思ったところが出てきた。いや、全ての店に入りたいのだが、俺はその中でもひときわ意欲をそそられる店に近寄って行く。その店は、煙草屋である。

 

「あはは、ライターまで売ってる! 紫、藍、煙草買っていいかい!?」

 

そう言いながら2人を見る俺。

 

2人は、苦笑しながらお金を渡してくる。

 

何も言わずに、唯渡してくれた。俺の気持ちがどんなに嬉しいのか分かってくれていたからこそだろう。

 

ありがとうございますと頭を下げて、店のお婆ちゃんにどのような煙草があるのか、どれが人気なのかを聞いて行く。

 

「セブン○ターが一番人気だねえ……どうだい?」

 

俺の質問に一番欲しい品物を提示してくるお婆ちゃん。

 

思わず

 

「やっぱセッターあるじゃん! よし、一つください!」

 

「あいよ、220円ね」

 

そう言いながら渡してくる。

 

俺はすかさず250円をだし、お釣り30円を貰って早速近くの喫煙所で火を付ける。

 

セッター特有の香りと、煙の味。紫煙を燻らせながら燃えていく煙草は、この現代に何ともいえない相応しさのようなモノを感じさせる。

 

美味い。ニコチンが回り、そして吐き出した後の味がよりこの場にいるという事を自覚させてくれる。

 

スパスパと吸いながら、次の二本目に移ろうとしたとき、声が掛かった。

 

「耕也?」

 

その声の方角に俺は慌てて視線を向ける。勿論そこには紫と藍がおり、2人とも苦笑していた。

 

「そんなに嬉しいのは分かるけど、デートの最中よ?」

 

と、言ってくる。藍はくつくつと笑いながら、俺に近づいて煙草を取り上げていく。

 

思わず俺はその場で頭を下げてしまう。

 

「ご、ごめん。ついつい嬉しくって……」

 

紫達は俺の行動に特に怒っていないのか、笑いながら答えてくる。

 

「大丈夫よ。でも、そんなに嬉しかったの?」

 

「いや、ね……本当に嬉しくってさ。こんな所で煙草吸うのも久しぶりで。本当に夢みたいでさ……」

 

紫は微笑んだ表情のまま

 

「そう、久しぶりだったのね耕也……。良かったじゃない、人間の進歩って事よねこれも」

 

「そうだよね。本当に懐かしくって懐かしくって……本当に嬉しくてさ…………」

 

俺の言葉を満足そうに聞いた紫は、うんうんと頷いて此方に再び口を開いてくる。

 

「そうね……なら、お昼時だし昼食にしましょうか? 耕也のお勧めの店を教えてちょうだい?」

 

「えすこーととやらだな耕也。期待しているぞ? ふぁみれすってのも良いかもしれないぞ耕也?」

 

そう言いながら、2人がくっついてくる。

 

「そうだね、俺のお勧めの店は―――――」

 

俺は2人に紹介する事が嬉しくて、足を弾ませる。勿論、高級レストランなんていける訳も無く、本当に唯ブラブラと。

 

美人なのに誰からも誘われる事が無い。不良達も避けていくほどの美貌と妖艶さ、存在感を醸し出す二人を連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「藍……今回の事についてどう思うかしら?」

 

私の主が唐突に口を開く。

 

それは間違えようも無く、耕也と共に外の世界に出た事であろう。勿論、このない様について不満があったかどうかではなく、彼の行動についてであろう。

 

「ええ、そうですね。少々……どころではないほどよく知っていました。彼は初めてあの街に行ったのにも拘らずです……」

 

そう、彼はあんまりにも外の世界の事を知り過ぎていた。

 

アレは噂によって、他人から聞いてきた事としては到底片づけられない程の知識量である。

 

「その通りよ。そして何よりも」

 

紫様の言いたい事は私にも分かる。煙草である。

 

耕也が前に創造して吸っていた煙草の銘柄。アレと同じモノが外の世界でも売られていたのだ。

 

始め紫様が持ってきた時には私も大層腰を抜かしたものだ。一体どうしてこんなモノが外の世界で売られているのだと。耕也が外の世界で言う企業でもしたのかと疑うほどである。

 

そして耕也の使っていた家電製品とやら。これも彼の持っているモノよりは遥かに性能が劣るものの、似たような機能を持つモノで溢れていた。

 

彼は一体どのようにしてこれを手に入れたのか。

 

私は紫様の後に続くように言葉を紡ぐ。

 

「煙草や電化製品の事ですね?」

 

その言葉にこっくりと頷く紫様。

 

「その通りよ藍。アレは異常よ。何で来た事も無い、見たことも無いはずの店の名前やメニューを知っているのかしら? おまけに煙草を吸っている時に懐かしい、久しぶりだなんて言っていたのよ? 可笑しいとは思わない?」

 

と、何かを確信したかのように言ってくる紫様。が、その表情は解決しきったという爽やかなモノではなく、どこかまだ謎が残っているといったものだ。

 

確かにあの時に得た情報だけでは、完全に耕也の謎を解き明かす事はできない。恐らく自分自身の事はどうやっても口を開かないだろうし、私達もそこまでする大馬鹿者ではない。ただ、本当に知りたいのだ。伴侶の出身を、過去を、知識を。

 

だが、分からない。9割程分かっているのに、残りの1割が謎に包まれているため、全体像が見えなくなってしまっているのだ。

 

「彼は未来からやってきたという推測を立てた事はあるけど、それは強ち間違ってはいなそうね……恐らく耕也の持っている製品類は、アレらの延長線上に位置するものだわ。そして、懐かしい、久しぶりだと言っていたのもその未来の中で味わっていた事だと私は思う。けれども、それでも謎は残っている…………」

 

不思議なモノで、この未来から来たという言葉では不完全な部分が、私達の事についてなのだ。

 

彼は以前から。いや、知り合うよりもずっと前から私達の事を知っているようにすら感じる。実際に言った事は無いが、言葉の端々に滲み出ているのが分かるのだ。

 

「あともう少し……もう一息ね……何故これらを知っていたか……あの喜びようも引っ掛かるし、何とも歯がゆいわ……」

 

ふう、と息を吹きながら紫様は机に肘を付く。

 

だが、これだけは言える。耕也は未来からやってきた。これだけは間違いないだろう。合っている。絶対に合っているのだ。合っていなければ可笑しいのだ。でなければ全ての話し、耕也とのやりとりが瓦解するのだ。

 

今回の観光は、彼には失礼だったかもしれない。何せ観察も含めていたのだから。だが、彼を想っているからこそ私達は知りたかったのだ。

 

そこにどんな秘密があろうとも。知ってはいけない秘密であろうとも。

 

私達は欲に忠実な妖怪なのだ。だからこそ、知らない事も知りたくなる。人間よりもある意味貪欲なのかもしれない。

 

だが、待っていろ耕也。お前の全部を受け入れ包囲して蕩かしてやる。覚悟しろ。

 

紫様も同じ気持ちだろう。なんせ目が獣のように鋭いのだから……………………。

 

 

 

 

 

 

「もう良いよな? 誰もいないよな? 外部領域も広げたし、もう良いよな?」

 

そう自問自答するように、俺は布団の中で呟く。

 

誰かが答えてくれるわけでもないのに、俺はそう呟く。何故か呟かなければいけない気がしたのだ。

 

だが、自分でも誰もいないという事はすでに分かっているので、漸く自分のしたい事をする。

 

「いやったああああああああっ!!」

 

そう叫んで布団の中をどったんばったん足を暴れさせる。

 

「やったよ! ついにやったよ俺! あんなにうれしいのは久しぶりだ! マジでありえん!!」

 

ガッツポーズをしながら、暴れる様は傍から見ればキチガイの類であろう。

 

だが、そうでもしなければこの喜びを表現しきれない。

 

あんなに生き生きとした経済活動。天を差し貫くとばかりにそびえたったビル群。無機質な道路。雑踏の中を歩く騒がしさ。道端で吸うたばこの味。久しぶりに食べるファミレスや屋台のたこ焼き、鯛焼き、ベビーカステラ。

 

どれもこれもが懐かしく、そして忘れかけていた感覚を呼び覚ますものでもあった。

 

もう死んでもいい。そう思えるくらいの衝撃。嬉しさ。そして何よりも

 

「涙が出てきたじゃねえか…………」

 

感動からくる大粒の涙。

 

そして、その嬉しさからくる涙が出たと思えば、今度は急に湧きあがってくる悲しさ。虚しさ。

 

「現実世界はどうなってるんだろう……?」

 

最新の製品のカタログや、書籍情報等は脳内に直接来るが、あいにく自分の親や友人等といった身近な存在の事が全く分からないのだ。

 

だから、余計に悲しくなってしまう。

 

帰りたい。でも、想ってくれる紫達を置いて帰ることなんてもうできやしない。でも、親達の事が物凄く心配だ。事故にあっていないだろうか? 病気に掛かっていないだろうか? いなくなった俺の事をどう思っているのだろうか?

 

そんな事をついつい考えてしまうのだ。

 

数千年も生きておきながら、こんなにも望郷の念が強いままなのはきっと領域によって記憶が保護されているというのもあるのだろう。精神年齢も対して変わっていない気がする。

 

この長い時間を過ごす上で、一体何が必要になるのか?

 

ソレを良く考える必要があるようだ。

 

俺は枕にうずめ、涙を吸収させながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この観光が後々大失敗であった事に気付くのはずっと先の事であり、それがもう取り返しのつかない時期になっていた事に俺は予想する事も出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。