東方高次元   作:セロリ

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さて、此処までがにじファンに投稿していたものですね。次からは新規となっております。
宜しくお願い致します。


98話 よく負けるよね俺って……

突然の音には誰だって驚くって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃんけん。

 

それは、日本でも外国でも多く使われている勝負法。

 

悔恨を残しにくい勝負法の一つであり、人数が多ければ多いほど引き分けの確立が多くなる。

 

勿論、勝つには相手の目や表情、癖、性格、タイミングなどが重要になってくるものであり、中々に奥が深いモノである。

 

そして4人で行った場合、自分が勝つ確率は7/27、引き分けが13/27、そして負ける確率が勝つ確率と同等という何とも面白い勝負になるのだ。

 

だからこそ、先ほどの相手の表情などが必要になってくる。相手が策士ならば……

 

「じゃんけんぽん!」

 

この掛け声とともに、グー、チョキ、パーの内一種を選定し勝負の場に繰り出していく。

 

「耕也、今少し遅かった! 後出しは卑怯だよ!」

 

「いやいやいやいや、お空のほうが絶対に遅かった!」

 

「どうでも良いから次出してよ!」

 

こんなやり取りが日常茶飯事にならなければ、もっと面白いのだが……。

 

眼の前のお燐はしきりにこいしの方を見てどのような手で来るのか予測し続ける。

 

対するこいしは、能力のせいで何を考えているのか分からない事を利用し、予測をさせまいと必死になる。

 

お空は俺に勝つ事を目的としているのか、俺の方をしきりにチラチラと見てくる。

 

お燐はグー、俺はパー、お空はチョキ、こいしもチョキ。

 

これがお互い望んでいる対戦相手なら勝敗は決しているのだが、いかんせんこの勝負は4人で行われている。よって、この場は引き分け。

 

こいしはお燐にガン見されているのが気に食わないのか、む~む~言いながら拳を撫でている。

 

「次こそ勝つ!」

 

そう言ったお空は、にやっとしながら俺の方を見てくる。これに買ったからと言って俺に何かできるわけでもないのに、彼女は非常に好戦的である。

 

とはいえ、負けたら負けたで面倒くさい仕事を押し付けられるため、此方も必死にならざるを得ない。

 

この勝負により決定される勝者は2人、敗者は2人となる。

 

そして敗者に押しつけられる仕事は、何故かさとりの願望を叶えなければならないという何とも困った代物。

 

その願望は口に出すことすら億劫とならざるを得ない……。

 

勿論、俺が何故これに参加しなければならないのか、一切聞かせてもらえないので、文句たらたらである。

 

心の中でブツクサ言いながら、次に何を出すか決めていく。

 

「いい? 次はちゃんと出すんだよ?」

 

と、こいしが俺達を見回して口を尖らせて言ってくる。

 

勿論、これは今日の一日を決めかねない勝負なので、皆真剣である。

 

その言葉にコクリと俺達は頷き、一斉に場の中心を見据える。

 

一回だけ深呼吸してから、俺は叫ぶように

 

「出さなきゃ負けだよ最初はグー! じゃんけん!?」

 

「「「「ぽん!!」」」」

 

この言葉が重なった瞬間に、己の勝利という願望を乗せた手を差しだす。

 

「負けたあ! ちっくしょう!!」

 

「うにゃあああああああああああああ!!」

 

「いやったああああああ!」

 

「お姉ちゃんの言う事聞かずに済むううううううう!!」

 

結果は俺とお燐が負け、お空とこいしが勝ってしまった。

 

俺は強制的に参加させられただけで、この仕打ちである。神様なんていなかった。いや、そんな事を言うと風神と祟り神に怒られるから口には出さない。

 

でも、悔しいです。なぜなら

 

「今の絶対後出しだってこいしさん! モロ後出しだった!」

 

「負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ~? 証拠はあるの? 証拠は」

 

完全に後出しだったくせに、頑として認めず更には俺を猛烈に煽ってくるというおまけつきがあった。

 

お燐も悔しそうにこいしとお空を見るが、さすがに主人を非難する事はできないため、うにゃうにゃ言って足をバタバタとさせる。

 

が、此処で言い争っても仕方がないし、何よりも用事が終わらない可能性も出てくるので、俺は溜息をつきながら一言。

 

「しっかたねえべー、お燐さんや行こうかいな?」

 

と、何ともアホらしい口調でちょろかす事にした。

 

すると、お燐も俺の意図を汲んでくれたのか、ふうっと溜息をつきながら、此方に近寄ってくる。

 

「じゃあ、行ってきますよこいし様、お空?」

 

「今日の夕方には戻ってこれると思うから……。行ってきます」

 

そう言いながら、俺達は玄関の扉を開けて出ようとする。

 

すると、まだ勝利の余韻が抜け切れていないのか、ニヘラニヘラしながら手を振ってくる2人。何とも羨ましい。

 

「いってらっしゃ~い」

 

「お土産よろしくね~」

 

などと意味不明な事を言われながらも、俺達は地上へと出ていく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、お燐」

 

地底の出口付近に近寄ってから、俺は燐に尋ねる。

 

この声に、お燐はなんとも言えない表情をしながら

 

「んにゃ?」

 

と、ぼやけた声で応じてくる。

 

勿論、尋ねたいことと言えば

 

「俺達って何を取りに行かせられるんだい……?」

 

そう、未だ俺は彼女たちから何を取ればいいのか全く知らされていないのだ。

 

だから、俺は地上に出る前に彼女に聞く。

 

すると彼女は頬笑みから一転、なんとも申し訳なさそうな苦笑いをしながら、こちらに顔を向ける。

 

そしてにゃはにゃは言いながら、その内容を述べてくる。

 

「いやね、さとり様がどうしてもぜんまいを食べたいって言っててさ……それも天然で魔力に満ち満ちたの。もうすごく天然物にこだわっててさ……」

 

と、なんとも面倒なことを仰せつかったものだと思った。

 

しかし知らずとはいえじゃんけんに参加したのだから、参加せねば彼女たちに悪いだろう。それに、俺の矜持が許さないのもあるが……。

 

そんな事を考えたところで、さとりの事について考えが浮かんできた。

 

ぜんまいの魔力入り天然物にやたらと拘るところに少しの疑問を覚えたのだ。

 

一応前に紫から聞いた話によると、野菜を栽培しているところは地上にもあるようだ。ならば、ぜんまいを栽培しているところもあるのではないかと俺は思う。

 

が、さとりは人間と親しみが少ないため、其れに頼るのは嫌なのかもしれない。

 

地底に来てしまった俺とは、そこまでギクシャクすることはなかったのだが、それでも彼女が人間に対して良い感情を持ってはいないという事は感じ取れたのだ。

 

だからこそ、俺はこんな推測をしてしまう。

 

そしてこの推測を行うと同時に、別の疑問も浮かんできてしまう。

 

「俺の創造した奴じゃ駄目なのかい……?」

 

そう、俺だったら普通の天然物でも創造できる。それこそ幻想郷ではなく、現代に作られたぜんまいの水煮だって創造できる。

 

それを創造してしまえばいい事ではないか。そう思って俺は彼女に尋ねたのだ。

 

すると、それもさとりのさとりの想像の範囲内だったのか

 

「さとり様が耕也の創造に頼る事だけはダメだって言ってた……」

 

と、なんとも残念そうな顔で言ってくるのだから、こちらとしてはなんとも言えない気持ちになる。

 

一体何でこんなに拘るのか。先程の推測通りだったとしても、俺の創造ならほとんど関係無いと俺は思うのだが……。

 

とはいえ、こんな事を考えていても仕方がないので、さっさと採集に行くことにする。

 

が、またもやここで疑問が浮かんできたのだ。

 

それは

 

「地底の妖怪って地上に来ちゃいけないんじゃなかったっけ……?」

 

そう、確か干渉禁止だったはずなのだ。

 

紫と鬼、さとりの間で交わされていた条約事項のはずなのだが、彼女は聞いていないのだろうか?

 

いや、むしろそれを知っておきながらさとりは彼女にこのような命令をしたのだろうか?

 

もしそうだとしたら、ちょっとばかり彼女もやんちゃなのだなと思ってしまうだろう。

 

 

「いや、耕也が一緒に行くなら問題ないって八雲が言ってた~」

 

ああ、だからこそ俺はじゃんけんに参加させられたのかと思った。では、負けた時はどうするんだと思ったが、これ以上色々と話してもあまり意味はないだろうと思い

 

「そうだったのか……まあ、そうだよね普通……」

 

と、少し雑にではあるが、そう返しておく。

 

紫の許可が下りているのなら問題はないだろうと。なら、いつも以上にこそこそとしなくてもいいと。

 

そう思い俺は、彼女に言う。

 

「地上の人間にばれない様になるべく慎重に行こうか。地底の住人だってばれると厄介になるからね」

 

そう俺が燐に言うと、燐は合点承知とばかりに強く頷く。

 

それを見た俺は、燐と一緒に一歩踏み出す。

 

(あ、そもそも禁止にはなっていなかったっけ……? 紫も上手い事縛り付けるなあ……)

 

そんな事を思いながら。

 

 

 

 

 

 

地上と地底を結ぶ穴。出口付近はほんの少しだけ緩やかではあるが、そこから急角度の坂となり、転べば延々転がり続けてしまうであろうというほどの勾配を誇っている。

 

それに加えてこの全てを飲み込んでしまいそうな程暗く、そしてそこが見えないのだ。当然誰も近づこうとは思わないだろう。

 

地底の出入り口についてそんな事を考えていると、燐が困ったような声を上げる。

 

「ここからどこに行こうか……?」

 

そんな事を俺に言われても困る……申し訳ないが。

 

俺だってこの出口を利用するのは初めてで、勝手が全く分からないのだ。

 

前回地上に出た時は、紫の隙間を使っていったものだから。何せ紅魔館が近くにあったのだから驚きである。

 

とはいえ、最終目的は博麗神社であったので特に問題はなかったが。

 

俺は、ふうっと息を軽く吐いてから左方向に首を捻って景色を確かめていく。

 

「あれは妖怪の山かな……?」

 

この幻想郷の中でも随一の標高を誇るであろう妖怪の山。

 

天辺は雲が蔽いかぶさっており、なんとも絵本に出てきそうな山だなと思ってしまう。

 

とはいえ、実際は絵本に出てくるようなのほほんとした山ではなく、天狗を筆頭とした、強力な妖怪達が住んでいるちょっと物騒な山なのだ。

 

まあ、天狗は縦社会なので、そこまで無礼なことをしでかさなければ大丈夫であろう。俺のような人間が、無断で立ち入ってバーベキューをしたりしなければ……。

 

他にも懸念事項はあるのだが、それは俺だけに関する事だから、そんなに気にする必要はないのかもしれない。

 

「ねえ耕也、あのデッカイ山なんてどうだい? 山菜がたくさん採れそうじゃないか。前に地上の特徴を聞いたことがあるんだけど、あれが妖怪の山って奴だよ!」

 

やっぱり気にしなくてはならない様だ。

 

「ダメダメ、絶対にダメ。あの山に入ったら俺が攻撃されちゃうから」

 

そう、俺が何よりも懸念している事項は、妖怪の山にいるある人物。いや、妖物。

 

「なんだいなんだい? 地上の連中が怖いのかい耕也は。……もしかして天狗とか?」

 

まさにドンピシャリである。

 

そう、俺が今現在妖怪の山で最も恐れているのが天狗である。っそして、その中でも取分け危険視しているのが、烏天狗の某射命丸さんである。

 

あの広大な山だから、見つかる可能性は決して高くはないだろう。しかし、相手は凄まじい速さで空を駆ける烏天狗。

 

見つからないとは限らないし、見つかったら見つかったで非常に厄介なことになる事間違いなしなのだ。

 

「うん、天狗がちょっと苦手……」

 

ちょっとどころではない、妖怪の中では苦手ワースト1になる程である。それもぶっちぎりで。

 

何せ、俺が諏訪の地を離れてからいきなり厄介事に巻き込まれたのが烏天狗なのだ。

 

おまけに文が俺の事を食ってやると面と向かって言ってきたのだ。いやもう勘弁願いたい。

 

いや、すでに紫に肩を齧られはしたが……。

 

ああ、駄目だ駄目だ。色々とやばいものが頭の中に蘇ってくる。

 

俺はこのトラウマにすら近い思い出を、頭をガンガン振ることによって無理やり奥底に閉じ込めて、お燐に言葉を紡ぐ。

 

燐は俺の顔を見ながら、俺の気持ちを察してくれたのか

 

「大変だねえ耕也も……」

 

そう言いながら、お燐はなんとも言えない微妙な表情をしながら目を細める。

 

なんじゃいその苦労する孫を見守る祖母のような反応は……。

 

と、そんな感想を持ったはいいものの、年齢に関してはタブーなはずなので、俺はそれを口に出しはしない。

 

まあ、そう言った訳で彼女には普通の返事を返しておく。

 

「まあ、ね。ちょっと前にいざこざがあってさ……」

 

そう、今行くのはちょっと心の準備ができていないし、もし本当に拘わらなければならないのなら、俺は風神録あたりで十分かなと思っていたのだ。

 

だから、俺は今あの山に行くのは反対である。

 

とはいえ、ソレを推していくならば、何かしらの代替案が必要なのも事実。

 

何かないかなと何げなく首を左方向に向けてみると、妖怪の山とは別なものが目に入ってくる。

 

適当に見たときには特に何も感じなかったものの、少し気にしながら見ていくと、他の森とは雰囲気、様子が違うのが分かる。

 

「ん? 燐、あれは……?」

 

と、俺はその森に向かって手を伸ばして彼女に見るよう促す。

 

その動きに釣られたのか

 

「うん?」

 

そう言いながら、視線を移していくお燐。

 

すると、先程の山を見つけた時よりも、顔を輝かせながら嬉しそうに話しだす。

 

「あれは魔法の森だよ! こいしさまに聞いたことがあるけど、瘴気が立ち込めて魔力濃度も高いのさ。あそこなら良いゼンマイがとれるよ!」

 

と、なんとも嬉しそうな顔をするお燐。

 

もし、これで妖怪の山に行かずに済むのなら、俺は魔法の森に喜んで行こう。

 

だから

 

「じゃあそこに行こう、お燐さんや」

 

と、なるべく急ぐように促すのだ。というよりも、彼女の気持ちが変わらないうちにさっさと入ってしまいたい。

 

人間にとっては有害であるとかそういった懸念事項は数多くあるだろうが、領域がある俺にはさしたる問題ではないだろうと高をくくって。

 

そんな俺の様子に気がついたのかは分からないが、お燐は

顔をちょっと二やつかせながら

 

 

「もうちょっと耕也の困る顔を見てみたかったんだけど、まあそこまで言うなら行こうか?」

 

と、微妙にうれしくない言葉を残しながら森方面へと足を進めていくお燐。

 

勿論、一応俺達は協定違反を犯している輩になるので、地上で飛ぶことはできない。

 

あんまりにも目立つ行為をしてしまったら、さすがに紫も無視はできないだろうし。

 

だから、俺達は徒歩で魔法の森へと足を進めていく。

 

ジャンプを使う手もあったのだけれども、まあ景色を見ながらってのも目の保養には良いだろうし。

 

 

 

 

 

 

 

魔法の森。それは俺が見た感じ1つの隔離された土地にすら思える。

 

それは、まるで切り取られたかのように他の森とは一線を画した雰囲気を持ち、何よりも連続して植わっているべき大木がまるで一定の距離を置くかのように生えている。

 

魔法の森があり、其れを切り取るかのように雑草地帯が周りを覆い、そしてそれを障壁とするかのように他の森がひしめき合う。

 

まるで、魔法の森を潰そうとするかのようにも見えるし、それに怯えているようにも見える。

 

なんとも言えないこの雰囲気に俺とお燐はゴクリと唾を飲み込みながら、お互いに顔を見合わせて一歩ずつ足を踏み入れていく。

 

雑草地帯から森へと入った瞬間に、領域が常にONの状態となり、こちらの意思で解除することができなくなる。

 

それによって、完全に魔法の森に入ったという事を俺に伝えてくる。

 

先程の透き通った視界とはまた違った、ほんの少しだけ黄色く濁ったかのように感じさせる視界。

 

なんとも言えない気持ち悪さを醸し出してはいるものの、俺の健康には何の影響も及ぼしていないため、其れは良しとする。

 

問題はお燐である。先程とは違い、今度は瘴気入りの空気の中に入ったのだ。何かしらの影響はあるだろう。そう思いながら俺は彼女に視線を移していく。

 

 

「いやあ、瘴気入りってのは結構気持ちがいいものだねえ」

 

なんともないようである。いや、むしろ彼女にとっては気持ちの良いもので俺の心配など端から必要無かったらしい。

 

俺はその様子に安堵か何か分からないため息をつくと、獣道すらない森の先を見つめていく。

 

いや、ひょっとしたら俺達が気づいていないだけで、本当はそういった道もあるのかもしれないと思いながら、俺は歩みを進めていく。

 

瘴気を含んでいるためか分からないが、明らかに他の草よりも硬い気がするのは気のせいだろうか? いつもよりも足に来る衝撃がきつい気がする。

 

とはいえ、気がする程度なので、大した差はないのかもしれない。

 

お燐はしきりに木の根っこを見つめて何かないかと探していく。

 

ああ、そうだ。俺も探さないといけないんだった。

 

「お燐さんや。まだこの辺にはゼンマイは無いんじゃない? むしろもう少し奥の方な気がするけど」

 

そう、ちょっと俺も探してみたのだが、どうもこのへんに自生している様子はない。

 

おまけに俺の知っている天然物のゼンマイであるという可能性は1つも無いのだ。

 

瘴気を含んでいるという事前提である時点でもう俺の知っているゼンマイではないと言う可能性なのだ。

 

そして、俺の言葉を受けた燐は探すのをやめて

 

「確かにそうかもしれないねえ……じゃあ、もう少し奥に行ってみる?」

 

と、言いながら俺の返事を待たずに、奥へと足を進めていくお燐。

 

相変わらず俺は妖怪に振り回されてるなと思いながら、俺はお燐の後についていくように足を進めていく。

 

生い茂っている草をお燐は猫特有と言うべきか、爪の長い手を振り回して、草をスパスパと刈っていく。

 

そのおかげで俺も歩きやすくなっており、彼女の行為に頭が下がるばかりである。

 

まあ、俺が回転のこぎりで草を刈っていけば問題ないのかもしれないが、1つ問題がある。

 

それは、騒音である。

 

基本的に高回転で草を刈っていく丸鋸は、触れた瞬間に想像以上に大きな音を出してくる。

 

つまり、この騒音によって森に住む妖怪達を集める可能性もあるのだ。

 

だからこそ、俺は燐のやっている事を傍で見守ることしかできない。まあ、普通の鎌を振ることもできるのだが、其れだと丸鋸よりも操作が面倒くさい。

 

俺はそんなことを考えつつ、お燐にお礼の言葉を言う。

 

「お燐……ありがとうね」

 

そんな言葉を受けたお燐は、俺の方を見ずにケラケラ笑いながら

 

「いやいや、自分のためにもなるし、別に気にしちゃあいないよ」

 

と言ってくる。

 

やっぱ、妖怪はサバサバしているなあと思った。

 

だがまあ、人間にこう言った性格の輩がいないとは言わないが、かなり珍しい部類になると思った。まあ、俺が人間と接する時期が少ないというのもあるかもしれないが。

 

そんな事を思いながら、彼女の後ろ姿を見ながら、俺はゆっくりと歩を進めていく。

 

瘴気がうっすらと漂っているせいか、他のよりも暗く感じるこの森は、なんとも言えない不気味さも醸し出しており、それも人を遠ざける1つの要因になっているのではないかなと思ってしまう。

 

だがまあ、攻撃を食らう心配の無い俺は、そんなにびくびくしながら歩く必要はなくただのんびりと歩けばいいだけ。

 

のはずなのだが、人間の本能がここでも出てくるのだから、なんとも面倒くさい。

 

物陰から襲われはしないだろうかなどと言う心配等は、人間として正しい行動なのだから、特に問題はないだろう。臆病かどうかは別として。

 

「ねえ、耕也?」

 

自分の行動にに色々と考えを巡らしていたら、お燐が話しかけてくる。

 

前を向きつつ、草を刈っているお燐からは表情が読み取れないが、恐らく少し笑っているような印象を受ける。雰囲気とでも言えばいいだろうか。

 

俺はそれに迷わず

 

「どうしたんだい?」

 

と、返事をする。

 

すると、お燐は突然止まってこちらを振り返る。

 

そして、なんとも言えない困ったような笑いを浮かべながら、後ろを指さす。

 

「奥の方に家があるんだけど……」

 

俺はその瞬間に、え? と声を上げながらお燐の指さす奥の方を見てみる。目を細くさせ、鋭く見つめてみる。

 

すると、このうっすらとした霧のようなものから、ある人工的な輪郭が浮かび上がってくるのだ。

 

それだけで、お燐の言っている事は正しいのだろうということが分かる。

 

「確かに見えるね……」

 

が、誰の家かは分からない。まあ、大凡としては二人に絞られるのだが、そのうちの一人はまだこの森には住んでいないと見てもよいだろう。

 

だから、自然と彼女に限定されるのだ。

 

勿論、その限定された人は

 

(たぶんアリス・マーガトロイドさんなんだろうなあ……)

 

そう、自然と彼女に限定されてくるのだ。もしも、俺の予想が外れていなければの話ではある。

 

公式設定で、実はこの魔法の森にはたくさんの魔法使いが住んでいました。だなんて新設定が浮かんでこない限り。

 

そんな事を考えながら、その建物に釣られるかのように、俺の脚は前へと進んでいく。

 

お燐は俺の服を後ろから掴みながら、同じようにゆっくりと進む。

 

が、そこで背筋がまるで氷を当てられたかのように冷たくなった。

 

まさに一瞬かつ強烈な出来事であり、自分の行動が一体どのような意味を成そうとしているのかを把握する、考え直すための十分な切っ掛けとなった。

 

なんとも嫌な予感がしてきたためか、自然と俺は足を止めてしまった。

 

さすがに必要以上に近づいて住民を刺激する理由などない。ましてやここは魔法の森、おまけにスペルカードルールが制定される前。何をされるか分かったものではない。

 

地底と言う立場が重くのしかかるのを感じながら、俺はお燐に言う。

 

「歩き始めた俺が言うのもなんだけれども、やっぱ迂回してみない……?」

 

すると、お燐はなんとも不満そうな顔をして俺に向かって口を開く。

 

「なんでさ~。せっかく民家が見えてきたのに、其れを見逃すなんて手は悪手だって!」

 

そう言いながら、前に進もうとするお燐。

 

お燐が前に一歩踏み出した瞬間に、増してくる重圧感。空気が一気に冷え、何者をも拒むかのような冷たい視線。だが、どこから来るのか分からない。

 

そして背筋の妙な震え。ぶるりと震えた後にもゾクゾクと震え、そしてチリチリと首筋が痛くなってくる。

 

お燐もやっと周囲の空気の変化に気がついたのか、汗を垂らしながら苦笑いを浮かべてくるしかできない。

 

俺はそれに静かに首を縦に振ってこたえることしかできない。と言うよりも、これ以上何か話すと色々と拙そうな気がするのだ。

 

「ねえ、耕也……?」

 

この殺気にまみれた空気の中良く話せるなと思いながら、俺も口を開いて震える声で

 

「な、何……?」

 

お燐は、コクコクと首を縦に振りながら

 

「あの家を見るのは、ま、また今度にしようか……?」

 

今度という選択肢が浮かんでくるのは、予想外であった。

 

この冗談ともとれる言葉が、殺気を放つ人物には何とも言えない不快感を及ぼしたのか、ギシりと重圧が増してくるのだ。

 

「いや、さすがにその言葉はダメだって……」

 

そういう返事を返すことしかできない。

 

なんともひどい有様になっているのだ。これほどの殺気を感じるのは何時以来だろうかとでも言うべきものであった。

 

「そうよね? さすがにその言葉はナンセンスよね……?」

 

俺の背後から別の声が聞こえてくる。

 

一瞬にして背中から汗がぶわっと噴き出し、ひどい恐怖感に襲われる。普段なら恐怖よりも驚きの方が勝るのだが、今回はどういうわけか恐怖の方が勝ってしまった。

 

俺はゆっくりと後ろを向こうとするが、この恐怖と焦りによって後ろを向く事が出来ない。

 

だが、周囲の状況を把握するためにも、俺は首を回して確認をしていく。

 

お燐は青ざめた顔で、苦笑いをしながらこちらを見てくる。

 

俺はそれに震えた唇を必死に動かして、笑みを浮かべる。

 

そして俺が笑みを浮かべた瞬間に、周囲の空気がブレ、この空気を放っている原因の1つが姿を現した。

 

それは、俺のある意味予想していた通りであり、そしてそれが現実として表れてくると、ギャップに戸惑いが生まれてくる。

 

その姿は、ランスを持ち、かわいらしい容姿をした小さな人形達がこちらを威嚇しているのだ。

 

恐らく姿を隠していたのは、アリスの魔法によるおかげなのだろう。

 

だが、もう限界である。

 

「だから駄目だって言ったじゃないか……」

 

限界だから、思わず言ってしまう。

 

いや、別にお燐の事を怒っている訳でもないが、ちっとばっかし危ない事はよしてほしい。

 

これが別の妖怪だったら即攻撃されていたのかもしれないし。

 

とはいえ、この状況はやばい。本気でやばい。

 

何とか誤解を解かないといけないのは確かである。

 

が、彼女に一体どのようにして怒りを鎮めてもらうのか。そこが問題である。

 

俺は両手を上げながら、アリスの様子を伺おうとする。

 

「変な動きはしないでもらえるかしら?」

 

と、その声とともに、突きつけられていたランスが更に距離を詰めてくる。

 

その鋭い先端が迫ってくると同時に、思わずうっと声が出てしまう。

 

そして、そのはずみで目が左へと向き、お燐の顔が目に入る。

 

彼女にも勿論刃物が突きつけられており、苦笑いしながらにゃはにゃはと言っている。

 

が、目だけは笑っておらず、どうやってこの場を切り抜けようかという事だけは良く伝わって来た。

 

ふと、その瞬間に俺の脳に声が響いてくる。

 

(耕也、聞こえてる?)

 

勿論その声はお燐。

 

通常内部領域でこの声は届かないのだが、なんとか最近になって柔軟性を持たせることに成功している。とはいえ、本当にほんの少しの柔軟性ではあるが。

 

攻撃能力のない、悪意の無い手段である念話程度というものではあるが……。

 

(耕也、聞こえてたら一回瞬きしてもらえる?)

 

俺はその声が聞こえた瞬間に、瞬きを一回して聞こえているという事をアピールする。

 

すると、彼女はそれに満足したのか、ほんの少しだけ口角を釣りあげて

 

(さっきはごめん、ちょっと好奇心が祟って……。それと、少し彼女の事を聞き出したいから、話をしてもらえる?)

 

と頭の中に話しかけてくるので、俺は恐る恐る背後にいるアリスに話しかける。

 

「あの、どなたか存じませんが、どうしてこのような事を?」

 

というと、なんとも微妙な間が空いた後、アリスはゆっくりと話し始めた。

 

「そうね、少し急すぎたわね……。でもね、貴方達が禍々しい気を振りまきながら私の家に近づこうとしているのなら、見過ごすことなんてできるわけないわよね?」

 

禍々しい?

 

彼女の言葉に俺は少しの疑問を持った。

 

一体何が禍々しいのだろうと。特に俺達は何か……ああ、もしかして

 

「禍々しい……ですか?」

 

「そうね、禍々しいと同時に懐かしい匂いもするわ……」

 

そこで一度彼女は言葉を切り、軽く息を吸う音がしたかと思うと、言葉を紡ぎ始めた。

 

「禍々しいのは、二人からする……地底の焦げ臭さ、怨霊の放つ負のオーラ……」

 

やはり匂いで地底出身か何か分かるのだろうか? いや、それとも妖怪である彼女に分かるのであって、人間には感知できない程のものなのだろうか?

 

どことなく悲しい気持ちになるものの、俺は彼女の言葉をひたすら聞いていく。

 

「そして、男の貴方……本当に懐かしい匂いがするわ。何年ぶりかしら。…………魔界の匂いなんて……ね?」

 

その瞬間、周りの空気がさらにギシりと重みを増した気がした。

 

彼女の言葉からは怒りの空気を感じ取ることはできないが、俺の事を相当怪しんでいるということに間違いはないだろう。

 

「魔界の匂い……?」

 

そして、俺はあえてその事について聞いた。

 

彼女の出身地は魔界であるという事に間違いはないだろう。もちろん、彼女が神綺から生まれたということもあっているはず。

 

さて、彼女は一体どのような答えを出すのだろうか? という考えを浮かべながら、俺は彼女の言葉を待った。

 

「そうね、私の名前から少し教えてあげようかしら。……私の名前はアリス・マーガトロイド。人形遣いよ。そして、貴方から発せられる魔界の匂い、瘴気のかすかな臭いは、私の故郷の匂いとまるで同じなのよ……」

 

やはり彼女の言葉から発せられたのは、本名と出身地であった。

 

とはいえ、彼女の口調は依然堅く、なかなか警戒を解いてくれない。

 

まあ、当然と言えば当然だろう。何せ地上を追いやられた人間、妖怪がのこのこと地上に出て、この魔法の森にいるのだ。疑わない方がおかしい。

 

挙句の果てに、人間が妖怪と一緒にこの地底にいるのだ。訳が分からないだろう。

 

俺が彼女の立場だったら、間違い無く疑ってかかるだろう。そして、このように警戒の姿勢を崩しはしないだろう。

 

しかし、今俺の立場としては彼女の警戒を解かなければどうにもならないため、なんとかしたい。お燐が今必死で考えを張り巡らせているだろうし。

 

だから、俺は彼女に言葉をかけ続ける。

 

「その……アリスさんの家に近づいたのは謝ります。申し訳ありません。ですが、ちょっとここの付近で見つけたいモノがあるのですが、通過させていただけませんか?」

 

と、そう言いながら、俺は燐の考えをひたすら待つ。

 

「そうね、確かにそれだけなら問題は無いわ……でもね、少し違うことに興味を持ったわ……?」

 

その言葉に俺は嫌な予感がした。そう、背筋がゾクリと震えるような冷たさ。ピリピリ来る殺気のようなものではなく、身震いをしてしまうような不気味さを醸し出しているのだ。

 

次の言葉が来るのがなんとも怖く感じる。

 

そして、その予感は俺の杞憂ではないという事が次の言葉で分かった。

 

「貴方がどうして、どうやって人間の体で魔界に入ったのかしら? しかも貴方は相当濃い瘴気に晒されたということが匂いから分かる。一体どうしてかしら? 人間なのに……」

 

アリスは、俺の耳元でなんとも言えない愉悦に満ちた口調で囁いてくるのだ。

 

再び彼女の言葉によって背筋がブルリと震える。

 

早くこの状況から抜け出したいという気持ちが俺の心を支配し、お燐の方を見てみる。

 

お燐は、そんな俺の状況を察してくれたのか、再び念話で話しかけてくる。

 

(耕也、返事は先程と同じで。………………うん、大体彼女の性格や脱出法は立てる事が出来たよ……それと、面倒くさいことさせてごめん)

 

俺はこの言葉を聞いて、特に怒っていないのだから気にすることはないと思い、その意味も込めて一回だけ瞬きをする。

 

そして、この言葉にお燐は口角を少しだけ釣りあげてからさらに念話を送ってくる。

 

(ありがとう……。それと逃げ出す話は簡単。彼女は人形に対して意識を割いているから、其れを削いでやればいいのさ。……耕也、彼女の集中を削ぐような手段って持ってる?)

 

と、なんとも微妙な提案をしてくる。

 

まあ、ある事にはあるが……。そう思いながら俺は一回瞬きをする。

 

確かに彼女の言わんとしていることも分からなくはない。要は、戦いをなるべく起こしたくないという事だということぐらい。

 

俺も同じ気持ちである。地底出身の者たちが地上で騒ぎを起こしたら、さすがに拙い気がする。……とはいえ、俺たちなら何とか紫に見逃してもらえるという可能性はあるが。

 

俺はふうっと軽く息を吐いてから、彼女に対してどんな事をしていこうかなと思ってしまう。

 

考える。自分達の立ち位置と特性を利用してどのレベルの妨害で、逃げ出すことができるかを考える。

 

やはり、閃光系だろうか? 一応俺の持っている妨害系では、其れが最も効果を発揮し、なおかつ相手を傷つけることのない手段でもあるのだ。

 

いや、迷うことなくここは閃光系を使うべきだろう。

 

俺はお燐の方に目配せをして、何とか攻撃の手段を見つけたという事を伝えていく。

 

まあ、明確に伝わるわけはないので、何となくでいいから伝わるように口角を釣りあげておく。

 

すると、俺の意図をくみ取ってくれたのか、お燐の顔もニヤッとなる。無論、アリスに見えない様に。

 

俺は彼女の反応を見て満足してから、アリスの死角に紙で包まれた黄燐を創造してやる。

 

お燐は俺の創造したものを見た瞬間、閃光系だと感じ取ったのか、目を薄くする。

 

「ねえ、応えてくれないかしら……?」

 

そこで、アリスが俺の事を不審に思ったのか、不機嫌そうな声で問うてくる。

 

そろそろ、俺達の行動がばれる可能性も出てきているため、ここら辺が頃合いだろう。

 

まあ、この行動をすればどう考えても後々俺の不利になりそうな気もするが、背に腹は代えられぬという言葉の通りなのである。この状況に関して言えば。

 

だからこそ俺は

 

「お答えします。…………それはですね」

 

俺はそう言いながら、黄燐に対して着火の準備をする。

 

「それは…………?」

 

アリスが俺の言葉に追従するように口を開く。

 

よし、今が一番。

 

「それは……こういう事ですよ!」

 

俺はアリスの目の前に黄燐を出して、一気に着火をする。

 

燃え移った瞬間、凄まじい光を出して燃えていく黄燐。俺はそこに酸素を集中させてやり、更なる光と燃焼を促す。

 

煙を激しく出し、自身を熱と光に変えていく黄燐。

 

「ぐっ……!」

 

突然の閃光をモロに受けてしまったのか、アリスは俺の首付近から手を離して自身の目を覆う。

 

うめき声を上げて、必死に光から逃れようとする。

 

ゆえに集中力が一気に無くなってしまったためか、人形達が動きを停止してしまう。

 

半自動とはいえ、彼女が混乱してしまえば其れに釣られてしまうのだろう。

 

「お燐!」

 

俺はその瞬間が一番逃げやすいと考え、彼女の名前を叫んで手を掴む。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

お燐が驚いたかのような声を発したが、そこまで俺が気にしている余裕などない。

 

とりあえず、今は彼女の攻撃範囲から逃れるという事が肝要なのである。

 

「こっちだ!」

 

俺は彼女の返事も待たず一気に走っていく。

 

「ま、待って!」

 

燐がそんな声を出しながら、必死に俺についてくる。

 

だが、俺よりも身体能力がある燐は、すぐさま体勢を立て直して俺の後ろぴったりに付いてくる。

 

「ま、待ちなさい!!」

 

後ろからアリスの声がする。だが、待てと言われて待つ奴などいない。

 

むしろ待ったらひどい目に会うのだから、俺は待つつもりなど毛頭ない。待たない、うん、待たない。

 

ザクザクと土、枝、草を踏みつけて走り続ける。草が当たる事など気にせず、木の幹を避けつつアリスの視界から一刻も早く消えようと必死に走り続ける。

 

が、ある程度走ると段々と息が荒くなっていき、速度が落ちていく。

 

だがもう彼女は追いかけてはこないだろう。

 

お燐は俺とは対照的にまだまだ体力に余裕がありそうであった。

 

羨ましいと思いつつも、それが俺の体力になるわけがないので、更に息が荒くなっていく。

 

瘴気にうっすらと覆われた薄暗い森。当ても無くどんどん走っていく。

 

すると、突然目の前に光が差し込んでくる。

 

俺はそれに少しだけ笑みを浮かべながら、止まることなく駆け抜けていく。

 

勿論、その光はこの森から抜け出たという証であり、なんとも空気がうまく感じる。

 

「抜けた!」

 

燐が嬉しそうに叫ぶ。

 

俺も嬉しいが、叫ぶほどの余力がない。コクコクと頷いて、そのまま走る。

 

まだ安心はできないからだ。心配性な俺もいるから仕方がないとはいえ、やり過ぎな気もしてきた。

 

そして、更に走り続けていると、今度は目の前に大きな湖が広がるようになる。

 

そこで俺たちは漸く脚を止め、湖岸で息を整えていく。

 

 

 

 

 

 

 

「一体何であんなに不機嫌だったんだろうねえ?」

 

と、お燐。

 

まあ、彼女の言っている事も分からなくは無い。

 

実際、俺達があの家付近に近寄っただけで、あそこまで敵意を示されては困惑するしかない。

 

もし彼女があそこまで敵意を見せる理由を推測するとしたら、次のモノが挙げられるだろう。

 

一つ目は、彼女が俺達のような地底出身を心から嫌っているという可能性。

 

勿論、これは余り可能性としては高いものではないが、一応候補として挙げておく。

 

次に二つ目は、彼女が何かしらの高度な機密を家に保持していて、近づくモノに対して異常に敏感になっていたなど行った事である。

 

可能性としては二つ目の方が大きいと俺は思った。

 

何せ、彼女は魔法使い。秘匿すべき技術が山ほどあるはずであり、その技術を盗みに来た輩という認識があったと考えた方がより自然なのだ。

 

とはいえ、魔法については全く分からないので、どう言ったモノを研究してるのかは人形ぐらいしか分からない。

 

まあ、あくまで俺の推測にすぎないのであって、本来の理由は全く違うという事もあるのだが……。

 

俺はそんな事を考えながら、燐に答える。

 

「まあ、何か大事なものでもあったのかもしれないね……」

 

現時点ではそう言うことしかできない俺。まあ、俺も燐も大した理由を考えたりはできないのだから、仕方がない。

 

俺の言葉を聞いた燐は、つまらなそうに口をとがらせながら、ぶーたれる

 

「結局何にも取れなかったし……あー残念。……というより耕也、じゃんぷとやらを使えば良かったじゃない」

 

と、今度は俺の行動に文句をつけてくるお燐。

 

まあ、確かに使えば良かったのだが、あまりの彼女の剣幕に、その手段が思い付かなかったなんて口が裂けても――――

 

「ごめんなさい、思い付かなかったであります」

 

言うしかありませんでした。

 

その言葉にお燐はジト目で俺の方を見、そして溜息を吐いて一歩踏み出す。

 

そして右足を軸にしてクルリと回って此方を向き、口を大きく開く。

 

「耕也、次やったらぶっ倒れるまで酒飲ませるからね!」

 

と、ニッコリと笑いながら脅してくる燐。なんとも感情の起伏が激しく感じるのは気のせいか。

 

「分かった分かった……次は何とかするからさ」

 

そう俺が返すと、燐はニコニコしながら

 

「じゃあ、もう一回取りに行こうか。今度は近づかない様に!」

 

そう言葉と共に俺達は足を一歩前へと踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間爆発に似た音共に地面が少し揺れる。

 

地震程ではないが、間近で大型トレーラーが通り過ぎた時のような小さな揺れ。

 

フッとその音の元へと顔を向けてみると砂埃が立ち、異様なざわめきを俺達にもたらす。

 

そして次の瞬間

 

「嫌だああああああああああああ!」

 

アリスとはまた別の声が聞こえてくる。甲高く小さな女の子を連想させる悲鳴。

 

明らかに異常を察知させる恐怖を抱いた絶叫。

 

一体何が起きているのか。此処からでは良く分からない。すぐ傍の森から聞こえるこの悲鳴。

 

その悲鳴を聞いた瞬間、身体が脳の指令を待たないまま走り出してしまっていた。

 

「燐!」

 

怒鳴るように名前を呼びながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 


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