東方高次元   作:セロリ

106 / 116
此処からは、新規投稿となっております。
一応何話か書きためておりますので、ソレも後日投稿いたします。


99話 とりあえず怪しまれない様に……

数年後には忘れてくれるはず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、一体どうしたのさっ!」

 

突然走り始めた俺に対して、後ろからお燐が強く問いかけてくる。

 

その声には戸惑いが強く表れており、俺の行動に深い疑問を抱いているのがよく分かる。

 

当然であろう。俺が少女から発せられた悲鳴を聞いた瞬間に、怒鳴るように名前を呼び、そして走り出したのだから。

 

勿論、俺が彼女の立場だったら、呆然とそこに立ち尽くすか、同じような行動を取るだろう。

 

だが、そんな突発的な行動を取った俺に対して、律儀に付いてきてくれるお燐には、感謝したい。

 

俺はそんな事を思いながら、後ろを振り返らずに彼女に返事をする。

 

「ごめん、燐! ちょっと気になって仕方が無かったんだ!」

 

生活支援もあってか、俺が走る速度は人間が出せる限界に近くなっていた。

 

とはいえ、無理に身体を動かしている事には変わらず、すぐに息切れが迫ってくる。そして、この事態を重く見たのか、酸素濃度が強制的に濃くされる。

 

息を切らしながら、森の中に入ろうとすると、横からお燐の声が聞こえてくる。恐らく真横にピッタリとくっついているのだろう。

 

「耕也、気になったのは分かったけどさ、ちょいと焦り過ぎじゃあないかい? 耕也とは何の関係も無い他人じゃあないか」

 

と、何とも冷たい言葉を発してくる。……いや、これが妖怪の考え方でもあるのだろう。

 

ましてや彼女は昔から地底に住んでいる妖怪、そして嫌われ者のさとりのペット。勿論、それだけではないだろうが、今の言葉は彼女の人生経験から紡がれた言葉の一つになるのだろう

 

まあ、現代の日本も結構そう言った事に無関心な人もいるのかもしれないが……。

 

俺は薄らと脳裏にその考えを浮かべつつ彼女に向かって口を開く。

 

「確かに関係ないかもしれないけれども、放っておけないのが俺の性分で。しかもこんな危ない森に少女がいるんだぞ? ……可笑しいと思わないか? 大方人里から迷い込んだとかそう言った線の方が強い……だとしたら妖怪に襲われていると見た方が良いんじゃないか?」

 

そして、そこまでの言葉を言いきった俺は、また大きく息を吸っては吐いてを繰り返しながら、一言だけ話す。

 

「助けられるだけの時間と力があるのに…………放っておくなんて寂しいじゃないか……」

 

そう言いつつ俺は終始黙っていたお燐と共に森へと飛び込み、現場へと足を進めていく。

 

道は木の根、葉っぱ、枝だなどでデコボコしてはいるが、それすら気にする暇もなく、ただ目標に向かって走り始める。

 

パサパサと頭や肩、顔に当たった葉が千切れて地面に落ち、身体にまとわりついてくる。

 

それも気にしない。ひたすら走って行く。

 

お燐が横に付いて一緒に走ってくれていることすらも忘れてしまいそうになる。それだけ前の事に集中してしまっているのだ。

 

理由は簡単である。人間が妖怪に襲われているから。正確には襲われているであろうという事ではあるが。

 

早く辿りつかなくては、彼女が死んでしまう。恐らく簡単に死んでしまうのだろう。アレだけの悲鳴を上げているのだ。相当な怖い思いをしているに違いない。

 

妖怪と少女が相対する。勿論、これは逃げ切れる物でもなく、逃げたとしてもすぐに捕まってしまうのだろう。

 

この場で妖怪に襲われているという事を勝手に決めつけてしまってはいるが、微弱な妖気を感じるあたり、妖怪か妖獣に襲われていると推測できるのだ。

 

だから、俺はこれだけ焦ってしまうのだ。方角は分かっても、正確な距離が算出できない。そして何よりも森の中にいるために、ジャンプができないというのが主な要因となる。

 

景色が後ろに飛び、汗が滝のように流れていくのを感じながら、更に足を前に繰り出していくとほんの少しだけ開けた場所に出る。

 

「―――――――っ!!」

 

そして眼前で繰り広げられる光景に俺は咄嗟に手を伸ばし、創造を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この考えは本当に危険だな……)

 

私は耕也の傍に付きつつ心の底から思った。この男の考えが今の彼を作りだしてしまったのだと。

 

妖怪だからこそと、彼は思っているのだろうが、私の言葉は妖怪だけに当てはまるようなモノではない。長い命を持つ全ての者に通ずるのだ。

 

一々全ての事を気にしていたら、命がいくつあっても足りない。だからこそ、妖怪は自分の欲に素直だし、関係ない事には余り積極的ではないのだ。

 

だが、彼は違う。命が長いモノでありながら、ちょっとした事にも気を使って行く。

 

通常の人間ならばそれで問題は全く無いのだが、彼は通常の人間ではない。私達妖怪に近い存在なのだ。

 

不思議な力を持ち、攻撃、防御にも優れている人間。そして、地底に漂う瘴気、しかも魔界に漂う致死性の瘴気にすら耐えてしまったというではないか。ならば、此方側の人間というほかないのだ。

 

だが、彼は通常の人間と同じように喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。

 

そして、何かと他人を気遣う。それは自分も含め妖怪にとっては新鮮な事であろうし、それに惹かれている八雲達の気持ちも分かる。

 

事実、私やお空も耕也と一緒にいて悪い気はしない。いや、むしろ毎日が楽しくなった。

 

だが、一歩下がってみると、見えてくるものがある。耕也の傍にいるだけでは分からない事が分かってくるのだ。この男の考えは実に危険に満ちていると。

 

だからこそなのだ。

 

彼がこの地底に来てしまったのも、ソレが原因であろう。深くは聞いてはいないが、彼は陰陽師関係で非常に苦労をし、そして信頼していた仲間にも裏切られて此処に来てしまったのだと。

 

そして、地底でも彼の気遣いが原因で、お空に迫られる事件が起こったし、鬼達との戦いに参加する羽目にもなってしまった。

 

いずれ彼の気遣いが、大きな災いとなって自らに降りかかるという事は、私でも予想できる事であった。

 

そう思いながら、彼の後を付いて行くとほんの少し大きな広場に出てしまった。

 

そして、私の目に入りこんできたのは、人間の大人以上の高さを誇る体格、黄色く濁った獣目。狼の様でそうではないという不思議な生き物。

 

勿論、妖獣。その目は血走り、大きく横に裂けている口からは、涎がボタボタと垂れる。

 

対する獲物は先ほど大きな叫び声をあげていたと思われる少女。

 

銀色の髪の毛。通りすがりに耳に入ってきた程度ではあるが、西洋の使用人服を身に纏っている。……メイド服と言っていたか。耕也が言っていた気もするが、忘れてしまった。

 

ともかく、その容姿をした少女が、涙をボロボロと零しながら、小型のナイフのようなモノを構えている。

 

ああ、そんな構えじゃまともに刺さらないだろうに……。そんな感想を持っていると、少女が此方に視線を向ける。

 

全てを諦めてしまったかのような目。どうしようも無い、覆す事が出来ない状況に置かれた時の、絶望に満ちた目。ソレが此方に向けられたのだ。だが、此方に向けられた瞬間、ほんの少しだけ光が戻る。助けてほしい、この状況をどうにかしてほしい。藁にもすがる思いが込められた目。

 

だが、私の力ではこの状況はどうしようもない。時間も、速度も足りないのだ。

 

そして目の前の妖獣は、好機だと思ったのか目の前の少女に向かって一気に飛びかかって行く。少女はこちらを見たまま。

 

まるで最後の光景を妖獣ではなく、人間であるという事にしたい思えるくらいに此方を見たまま。

 

「――――――っ!」

 

横にいる耕也の眼が大きく見開かれ、息を飲むのが分かる。

 

目は一瞬で怒りに染まり、開かれていた五指はギリリと力強く握られて少し手が白くなる。

 

骨が飛び出してしまうのではないかという程強く握った耕也は、素早くその手を横薙ぎに一閃する。

 

すると、妖怪と少女の間に分厚い黒光りした板が飛びだし、妖怪の進路を塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

高速で飛びだした分厚い板は、見事に人間と妖獣の間に入り、妖獣の飛び掛かりを阻止する。

 

「グギャっ!?」

 

突然飛び出してきた板に反応できる訳もなく、そのままの速度でぶち当たり、奇妙な悲鳴を上げながら口から血を撒き散らす。

 

その目からは、一体何が起きたのか分からないといった困惑がありありと分かる。

 

私も少々吃驚してしまった。

 

まあ、当然だろう。得体の知れない板が突然地面から高速で生えてき、しかもそいつからはまるで少女を守るかのようにと言ったところなのだから。

 

とはいえ、痛みに悶えている妖獣にその事が理解できているかどうかは、分からないが。

 

息を切らしながら、耕也は私を見ずに

 

「燐!」

 

声を大にして、呼びかけてくる。

 

その瞬間に、私は妖力を使用して、目の前に猫車を呼び出して一言

 

「分かってるっ!!」

 

そう言って、自分の持てる最高の速度で妖獣に突進をかました。

 

 

 

 

 

 

 

 

燐が猫車を呼び出し、一気に飛び出していく。それは今まで見た中で最も早い突進の一つとも言える程である。

 

右足に力を込め、左足を素早く前に出し、砂埃を上げながら駆け抜ける。スカートをはためかせて悶絶、呻きを上げて蹲る妖獣へと。

 

「食らいな!!」

 

その言葉と共に、猫車の先端が妖獣のどてっ腹にぶち当たっていく。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

猫車の先端は、丸くなっているとはいえ薄い金属板によって構成されている。ソレが猛烈な速度でぶち当たったらどうなるか。

 

それは妖獣の悲鳴を聞いても明らかであった。

 

痛い。猛烈に痛い。恐らく言葉では言い表せないほど痛いだろう。

 

妖獣はものの見事に吹き飛び、木々を薙ぎ倒して漸く止まる。

 

最早彼女の攻撃を受けた奴は、虫の息と言っても過言ではない程のダメージを負ったとみて良いはず。そしてその証に

 

「耕也! トドメ!」

 

燐が俺の方を振り返りながら、俺にトドメを刺すように大声を張り上げる。

 

「分かった!」

 

そう返事をしながら、創造を行使して太い鉄針を妖獣の真上から落とし、確実に止めを刺す。

 

鉄針は相当な速度で落とされたはずだが、存外妖獣の肉が分厚かったせいか、想像していたよりも音が聞こえてこなかった。

 

燐は鉄針が落とされた方面へ足を運び、妖怪がキッチリと息絶えているかを確認しに行く。

 

釣られて俺も前へと出ていくが、少女を守っていた鉄板まで歩いた時、燐が此方に手を挙げて一言

 

「ちゃんと死んでるから来なくても良いよ」

 

と、少々嬉しそうな表情で言ってくる。

 

「あいよ」

 

返事を返して一息つこうとした時、先ほどまで妖獣との戦闘で脳から排除されていた、少女の事が思い出される。

 

助太刀というのかどうかは分からないが、とにかく助けようとした少女を今まで忘れていた事に嫌気がさし、ソレと同時に物凄い冷や汗がブワッと出てくる。

 

慌てて俺は、鉄板に手を掛けて覗き込むようにして向こう側の少女を見やる。

 

「だ、大丈夫かい!?」

 

柄にもなく大きな声をあげてしまうのは仕方がないというべきだろう。

 

被害者である彼女が重傷を負っているとは考えられないものの、それでも心配になってしまうのは、幼さゆえの体力等を鑑みれば当然であろう。

 

そして、俺が覗きこんだ先にはナイフを前面に構えてへたり込んだ少女の姿があった。

 

眼が虚ろになり、先ほどの現実を受け入れたくないかのように、ボーっと目の前の鋼板を見つめている。まさに茫然自失といった感じだ。

 

俺は、この状況はまだマシな方だなという考えが脳を埋めると同時に、早くこの少女を安全な場所に避難させなければという考えも浮かんでくる。

 

反対側から同じように覗いてきた燐と顔を見合わせコクリと頷くと、俺は鋼板を消去して少女に近づく。

 

「もう安心だから。ほら、こっちにおいで?」

 

と、茫然自失の彼女をほぼ強制的に避難させるため、無理矢理ナイフを持つ手を解き、片方の手を取って立ち上がらせる。

 

何とも言えない気まずい雰囲気が包んでくるが、ソレを気にせず歩かせてしまう。避難が肝要である。

 

少女は両手でナイフを持つのをやめ、片方の手でぶらりと持ちながら俺に黙って引かれていく。

 

やはり、この状況は好ましくないとは思いながらも、ソレらの解決はこの森を出てからだと自分に言い聞かせてひたすら歩いて行く。

 

歩いている少女、茫然自失ではあるが自分の身体がどの方向へと足を踏み出せば安全かを考えられるのか、ゆっくりとではあるがついてくる。

 

足は覚束ず、時折こけそうになるものの、ソレを俺が引っ張り上げつつ燐がしっかりと支えていくおかげで何とかなっていると言った感じ。

 

本当ならおんぶか抱っこをするべきなのかもしれないが、ナイフをどうにも手から離そうとはしない。

 

「危ないから、こっちのお姉ちゃんに預けようか? ほら……」

 

「ほら、あたいに渡しておくれよ……?」

 

そう言っても、俺の声等聞こえていないかのように上の空であるこの少女。心ここに非ずというべきか。

 

燐はこの少女の様子に苦笑いし、そのまま足を踏み出してついてくる。仕方がないとでも言うべきだろうか?

 

まあ、そう言う訳で連れている状況なのだが、この容姿…………どこかで見た事のあるような?

 

(あれ…………?)

 

俺は前を見なければいけないという事もついぞ忘れてこの少女を観察してしまう。

 

そう言えば、マジマジと観察するのは、此処に来て初めてだったなと思う。妖獣に襲われている時など、少女の容姿等を気にしている余裕など無かったのだから。

 

だから、俺は彼女の容姿を見て、自分の持つ記憶に合致するものがあるかどうかを探ってみる。

 

(髪の毛は銀髪。カチューシャ、丈は短いが慎重に程良く合ったメイド服……)

 

俺はこのフレーズを連ねた瞬間に、汗がタラリと頬を伝わると同時に頭へと血が集中してくる。

 

血液が集中していく事により、顔が熱くなってより発汗を促進してくる。

 

(いや、まさかそんな…………いやいやいや)

 

そう自分の脳裏に浮かんだ推測を否定していく。

 

「あるわけない……いくらなんでもこれは……」

 

誰にも聞こえない様に口の中で呟く。

 

が、彼女の持っているナイフを見た瞬間に

 

(本当に? まさかの? いやいや、冗談じゃなく?)

 

そう自分の脳が信じられないと言っているのだが、それでも目の前の女の子の容姿が変わる訳も無く。

 

ゆっくりと歩いている彼女の容姿からは、俺はある1人の人物しか当てはまるものが無かったのだ。

 

そこで俺は、この容姿を十年成長した姿にまで脳内で組み上げてみる。

 

今よりもずっと背が高く、凛々しい目つきでナイフを片手で持ち、まるでダンスでも踊るかのように次々とナイフを投げる姿。

 

短いスカートを少々はためかせ、相手の攻撃を涼しい顔で避けていく女性。

 

俺の想像している姿が、そしてゲームで知っているその女性を小さくしたようにしか思えないこの共通点。

 

(十六夜咲夜だったりするのだろうか……?)

 

俺の考えがあっているのならば、霊夢と同様に俺は重要人物と何とも奇妙な出会い方をしてしまったと思った。

 

だが、まだまだ俺の憶測の域を出ないし、彼女が十六夜咲夜に似た誰かという可能性もある。まあ、この幼い姿で断定できるほど軽い案件ではない。

 

俺は、何とも言えない居心地の悪さを感じながらも、この少女の手を握り、森からひたすら出るために足を前に出していく。

 

「耕也?」

 

暫く歩いていると、燐が後ろから声をかけてくる。

 

「どうしたんだい?」

 

その声は、若干疲れたかのような色をしており、何とも言えないが聞きづらさを作りだしている。

 

まあ、大方この森が何時まで続くのかというような質問を投げかけてくるのだろう。

 

そう俺が予想していると

 

「ねえねえ、何時になったら出られるんだい耕也? 明らかに来た道とは違うんだけど……?」

 

俺の予想と大体似たようなモノが口から出てきた。

 

まあ、後半の言葉には俺も同感であるし、この様子では何処に出るか分かったものではない。

 

「もう少しの我慢だよ燐。多分もうそろそろ出ると思うから」

 

そう言っているうちに、前からくる光がどんどんと強くなってくる。

 

そして、木々の間から景色がちらほらと見え始め、向こう側には一体何があるのかが分かってくる。

 

「湖だねえ」

 

俺よりも眼が良い燐は、先に景色がどう言ったものなのかを言い当ててしまう。

 

燐の情報が正しいとするならば、俺達が出るのは幻想郷の中でも非常に大きな湖岸の一角に出るという事になるのだ。

 

「じゃあ、もう少しだよ。ええと……お穣……ちゃん?」

 

名前を聞いてもいなかったので、何と呼べばいいのか分からず、君と呼ぶ訳にもいかないので御穣ちゃんという言葉で呼んでしまったのだ。

 

が、相変わらず少女からの返事は無く、ずっと前を見たまま。

 

(返事をしてもらわないと此方としても対応しにくいんだけどなあ……)

 

そう思いながら、俺は燐と顔を見合わせて、苦笑いをお互いに浮かべ、そのまま前を向いて歩く。

 

土を踏みしめ、木の根をまたぎ、落ち葉を踏み砕きながら最後の木を横切ると、燐の言っていた通りの光景が目に飛び込んでくる。

 

「大きな湖だねえ……」

 

「そうだねえ……」

 

燐が感心しながらぼへ~っとした表情で感想を言う。おまけに少女から手を話して水面に近付いて行く有り様。

 

紫と此処に来た時とは違った景色が見え、やはり惚けた様にその景色を楽しんでしまう。

 

が、ふと視線を横にずらした瞬間に、ある建築物が飛び込んできた。

 

(やっぱ目立つなあ……)

 

燐は特に気にした様子も無く、湖面をずっと見てニコニコしている。魚でも探しているんじゃあるまいか?

 

そんな事を思いながら、再び湖の向こう側に建っているモノを見る。

 

(まだ紅魔郷前だとは言え、やっぱり禍々しいオーラを放ってるなあ……)

 

勿論俺の見ている建築物は、赤を基調とした目に毒な色を放っている紅魔館である。

 

この景色に余りにも場違いなため、何とも言えない複雑な気持ちになるが、俺はこの光景を見てから手を繋いでいる少女の反応を見たくなった。というよりも、思わず振り向いて見てしまったという方が正しいか。

 

顔を彼女に向けて見てみると、あれほど魂の抜け殻のような様相を呈していた少女が段々と目に光を取り戻し

 

「くっ!!」

 

そう言いながらバシリと俺の手を撥ね退け、ナイフを構えて後ろに後退する少女の姿が目に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺からちょっと離れた所に後退してしまう少女。

 

その目は鮮やかな青から赤へと変色しており、感情が高ぶっているという事を如実に知らせてくる。

 

そして、この眼の変色こそが俺の中での人物特定に決定的な確信を齎すものでもあった。

 

そう、俺が今まで予想してきた人物と同じなのだ。

 

この幻想郷で眼が突然赤くなる人間は一人しか知らないし、そう言った情報も入ってこない。

 

十六夜咲夜に間違いない。

 

そう俺が思っているうちに、彼女は歯をガチガチと震わせながら此方を睨みつけ、ナイフの切っ先を顔に向けてくる。

 

「ちょっと……」

 

後ろで燐が心配そうな声で此方を心配してくるのが分かる。

 

此方としても、何とか穏便に済ませてしまいたい。何せこの状況下において、彼女が不安定だという事は自明の理であるし、おまけにこの場所から彼女が去ってしまったら、彼女自身が危ない目に会うのは確実である。

 

もし、彼女が1人であの森にいたのならばなおさら状況が悪くなる。まずい、何とかしなければ。

 

そんな考えが脳裏を過るが、まず先にやらなければならない事をする。

 

俺は、言葉を放ってきた燐に、答える事である。

 

「何とかするから待ってて……」

 

振りかえらずに答えてしまったが、それは仕方がない事でもあろう。何せ目の前の彼女がどこか行かない様に見ておかなければならないのだから。

 

俺は燐に答えた後に、試しに一歩踏み出して彼女に近づく。

 

すると、彼女は案の定此方を警戒して一歩下がる。

 

歯をギリリと噛み締め、眉間により一層皺をよせ、睨みつけながらナイフを押し出してくる。

 

「来ないでっ!」

 

勿論、拒絶するための大きな声を出して。

 

此方としても、助けてあげたのにという若干の苛立ちのようなモノも出てくるが、ソレは彼女の状態を鑑みれば簡単に砕けていく。

 

気が動転しているという要素も十分に考えなくてはならないし、ひょっとしたらあのタイミングでの助け方が問題だったのかもしれない。と。

 

だから、俺は彼女が俺達を敵視している理由について考えてみる。

 

俺達が現れたその瞬間、まさに彼女は化物に襲われる寸前であり、そこを俺達が助けに入った。

 

つまり、普通なら俺達が命を助けたと考えるのだが、彼女は何処をどう取り違えたのかは分からないが、俺達が妖獣の獲物を横取りしたと勘違いしてしまった。

 

そうは考えられないだろうか?

 

そんな事を想いながら、一つの事柄に気が付く。

 

ソレに辿りついた瞬間、俺は思いっきりあっと叫びそうになるが、そこをグッと堪えて頭の中だけで思うようにする。

 

(お燐という妖獣もいるからか……)

 

そう、燐が俺と同伴しているという事に気がついたからだ。

 

そして眼の前の少女が咲夜という事になると、彼女は力を持つ人間であるため俺達から発せられる地獄の残り香のようなモノも感知が出来るのかもしれない。

 

このような予測をすれば、彼女が俺達に敵意を向けてくるのにも納得がいくというモノ。

 

だが、この納得程度で彼女を野放しにはできない。いくら敵意を向けられているとはいえ、一度助けているのだから安全と言える所にまで運ぶまで安心できない。

 

が、ソレが何とも難しいのだ。

 

(向こう側に紅魔館があるとはいえなあ……)

 

そう、目に見える所に紅魔館があるとはいえ、そこに送るのは何とも難しい課題があるのだ。

 

一つ目が、この幻想郷においてまだスペルカードが制定されていない時期である事。

 

これは、俺が近づけばそれだけ狙われる可能性もある上に、燐にも危険が及ぶ可能性がある。例え燐を置いて咲夜を送り届けたとしても、今度は俺が狙われることとなり、騒ぎを起こす事に変わりは無くなる。

 

騒ぎが大きくなるという事は、それだけ此処を管理している紫に迷惑がかかるという事に他ならないので、それは避けたい。

 

そして二つ目は、俺がジャンプで直接送ればいいという事なのだが、それは距離という問題がある。

 

この距離からジャンプで送るという事は、人間の視力の限界を超えた部分に送るという事。

 

例え紅魔館が見えたとしても、どの部分に正確に送ればいいのか全く分からないのだ。

 

少しでもしくじれば壁にめり込む可能性もあるので、おいそれと敢行できない。というか俺がやりたくない。

 

つまり、この場で俺が安全に彼女を送り届ける事が可能となるには、彼女自身を説得するしかない。

 

(もう少し試してから、アレを出してみようか……)

 

そう思いながら、俺はもう一歩踏み出そうとする。

 

すると、踏み出す前に

 

「来るな妖怪!!」

 

殺気をダラダラと垂れ流しにしながら咲夜は俺に威嚇してくる。

 

「俺達は君を助けようとしたんだよ?」

 

そう言って、彼女の言葉を引き出していく。

 

すると、俺の言葉が彼女の琴線に触れてしまったのか、眼をひん剥いて怒鳴る。

 

「嘘を吐くな妖怪! 私を食べようとしてるってのは分かってるんだから!!」

 

先ほどの放心状態とはまるで違うこの態度に何とも言えない気持ちになるが、ソレと同時に先ほどの推測が当たったという残念な気持ちにもなる。

 

とはいえ、これを何とかしなければ彼女との軋轢が消えたりはしないので、何とか頑張って彼女から解決の糸口を引き出そうとする。

 

「確かに妖怪かもしれないけれども、君を助けたいってのは本当だよ。だから、ソレを収めてくれよ……」

 

なるべく諭すように。彼女の攻撃的な心が鎮まるようにゆっくりとした口調を心がけて言って行く。

 

が、彼女は首を激しく横に振って否定してくる。

 

「ねえ、もう帰ろう? そんな恩知らずな人間なんか放っておいてさ」

 

と、そこで燐が呆れた口調で言うのが分かる。

 

「いやいや、だからちょっと待ってろっての」

 

俺は、その燐の言葉に耳を貸さずに再び咲夜の方を見てから

 

「今のは気にしないで……そうだ、お名前は?」

 

俺はそう目の前の少女に聞いてみる。勿論現時点ではほぼ十六夜咲夜というのが確定しているのだが、それでも彼女の名前を聞かなければ確定したとは言えない。

 

とはいえ、今の状況で彼女が名前を明かすとは到底思えない。だが、それでも何かしらの情報は得たい。その気持ちが先ほどの質問を口から出させた。

 

目の前の少女は、俺の言葉により一層身を固くさせ、ナイフを強く強く握りしめていく。余りにも力を込め過ぎているのか、その腕はプルプルと震えている。

 

まるで名前を言ってしまったら最後、魂でも奪われてしまうかのように身を固くしている少女。

 

若干6~7歳程度にしか見えないのに、随分と精神的に大人なようだ。自分の意志がはっきりとしている。

 

そう俺が彼女の行動に感想を持っていると、彼女が再び口を開く。

 

「知らない人に名前を教えちゃダメって美鈴から言われたもん! 絶対教えない!」

 

と……。

 

 

 

 

 

 

 

その名前を聞いた瞬間、俺の中で彼女が咲夜だという事が確定した。

 

それにしても非常に俺は運がいいのかもしれない。ただ、何かしらの情報が引き出せればいいと思っていたのにも拘らず、此処まで重要な情報を彼女は齎してくれたのだから。

 

「困ったなあ……どうしても名前を教えてくれない?」

 

「絶対だめ!!」

 

「本当に本当に?」

 

そう俺が懇願しても

 

「だめったらだめ!! 私の前から立ち去って! 早く帰ってよ!」

 

と、駄目の一点張りで話しが進まない。おまけに帰れとまで言い始めた。

 

まあ、これは仕方がないと言えば仕方がない。此処からが本番なのだから。予想の範囲内である。

 

だが、この後の本番が非常にやりづらい。彼女を説得するためとはいえ、彼女の心を傷つける可能性もあるのだ。

 

だから、この方法はあまりやりたくはない。だが、彼女が自分から名前を明かさず、更には此処まで強硬的に姿勢を変えもせず、俺の言葉に耳を貸さないのだから、やらざるを得ないのだ。

 

俺は自分に今から行う事を正当化しつつ、彼女の目を真っ直ぐ見る。

 

「な、なによ! 帰りなさいよ!!」

 

俺に見られた事で何かされると思ったのか、身体を僅かながらにビクリと震わせ、此方に吠えるかのように叫ぶ。

 

だが、俺は彼女の顔から眼を話すことなく、できる限り表情に出さない様に真面目に話してみる。

 

「ひょっとして君の言っていた美鈴って、紅美鈴さんの事?」

 

すると、俺の言葉が余りにも予想外だったのか、口をポカンと開けてしまう彼女。

 

表情が固まり、目の前の人間が何て言ったか分からないとでも言いそうな雰囲気さえ醸し出している。

 

「な、なんで知ってるの……?」

 

そう呟いてしまうのも無理ないだろう。この幻想郷に来て対して時が経っていないのにも拘らず、門番である紅美鈴の事を知っていたのだから。

 

だが彼女は門番であるため、撃退してきた妖怪から広まり、俺が知ったという考えを彼女が思い付く可能性もあるので、その選択肢を潰すよう俺はもう一言付け加える。できればやりたくない手段であった。最後の手段と言っても過言ではない。もし、これに失敗したら俺達は彼女の安全を守れなくなる。が、やるのだ。

 

「知ってるも何も、彼女は紅魔館の番人だし、その家族も知ってるよ? 俺は彼女達の友人だからね」

 

と、とんでもない大嘘を吐く。恐らく俺が吐いた嘘の中でも最低クラスのモノだろう。齢6、7の少女に向かって言う言葉ではないのだ。

 

だが、俺の言葉は彼女に大きな衝撃を齎したようで、困惑を引き起こしてしまったようだ。

 

「え、ほ、本当に? う、嘘だよね? 嘘、嘘でしょ! 本当なら名前を言ってみてよ! どんな趣味だったり、どんな服装してるとか言ってみてよ!!」

 

彼女は勿論俺の言葉等信用せず、嘘であるという事を前面に押し出しながら、俺の言葉がどう言う意味を持つのか聞いてくる。

 

正直後ろにいる燐の顔は見たくない。恐らく侮蔑の表情を向けられているか、呆れられているか、苦笑しているかのどれかだろうから。

 

「そうだねえ、友人であるという事を証明するには……当主や図書館の主の名前を言うよりも、まず君の名前を言い当ててあげようか?」

 

と、如何にも知っているという事を匂わせながら、彼女に問うてみる。彼女は頭が非常に良さそうなので、これくらいの事はすぐに察する事が出来るだろう。

 

俺の言葉に即座に反応し

 

「知ってるわけないじゃない……む~……」

 

俺の言葉がやはり信じられない、むしろ信じたくないのか、頭から否定するも暫く唸った後にコクリと頷いて了承する。

 

「じゃあ、言い当ててあげよう。君の主から聞いたけれども、銀髪にメイド服、ナイフを護身用に持たされた子供は紅魔館でも唯一人、十六夜咲夜ちゃん。……そうだよね?」

 

そう俺が言うと、目の前の子は見事に名前を言い当てられたせいか、驚きの表情と、若干の喜びの色を目に浮かばせる。

 

俺は彼女の反応を見て、何とか最初の関門をくぐりぬけることに成功したという事を実感する。失敗していたらシャレにならないのだ。

 

ふう、と俺は一息入れると彼女の反応を暫く待つ。

 

「本当……に?」

 

という言葉を呟きながら、暫く自問自答している咲夜。

 

自分が端から受け入れないと決めていた者からの答えが大当たりだったのだから、自分の判断を曲げようにも中々できないのだろう。少々頑固さも持ち合わせているのかもしれない。

 

そんな事を思いながら待ち続けていると、やがて恥ずかしそうに顔をそむけながら。しかし、期待の目を此方にチラチラと向けながら確かめるように

 

「ほ、他の人……おじょうさまの名前とかは……?」

 

彼女の質問の口調からも分かる。俺の言葉に期待しているのだという事が。眼の色が変わった時にも期待を滲ませていたのだが、言葉を発してからより一層強くしてきた。

 

だが、大嘘を吐く俺にとっては純粋な子供の期待は非常に苦しいのだが、ソレを押し殺して言葉を紡ぐ。

 

「当主はレミリア・スカーレットさん。勿論吸血鬼であり、運命を操る力を持ってるね。きっと咲夜の事を心配してると思うよ? なまじあのような力を持ってると尚更だね。そして、紅美鈴さんは門番を担当してるね。格闘術が得意中の得意で、日々研鑽を積んでいるね。まあ、昼寝とかもして油断させる手段も用いてるけど。次いで地下図書館の主である、パチュリー・ノーレッジさん。彼女は魔法が大得意で、非常に多種多様な魔法を操れる魔法使い。まあ、喘息持ちで体力が余りないのが欠点ではあるけれどもね。それから……」

 

此処まで言った時には、彼女の顔からは安堵の表情が浮かび上がっており、俺の事を信じ始めているようだった。

 

「そ、それから……?」

 

彼女の言葉の端々に喜びと、好奇心、そして催促が混じってきた。

 

俺はこれを言えば何とか事態は落ち着くだろうと踏み、一言

 

「外に出たがらないフランドール・スカーレットさん。ちょっと癇癪持ちだけど、根は優しい子で、姉妹喧嘩みたいなことも偶にはするけど、基本的には大人しい…………だよね?」

 

そう俺が言うと、眼を瞬かせながら

 

「本当に、友達なの……?」

 

念を押して聞いてくるのは、彼女が本当に信じてみたいという気持ちの表れなのかもしれない。

 

だから、俺は彼女にダメ押しの一言を言う。

 

「勿論友達だよ。彼女とは昔からの友達でさ、随分とお世話になったよ」

 

そう言うと、漸く信じたのか肩の力がふっと抜ける。

 

ゆっくりと下を向き、自分の足を見つめるかと思うほどまでに顔を下に向ける。

 

「こわかった……」

 

そう言うと、咲夜の表情はクシャリと歪み、肩が震えだす。

 

「こわかったよお……」

 

泣くまいとして必死にこらえていたが、それすらかなわず、彼女の目から大粒の涙があふれ出す。

 

「怖かった……本当に怖かったよお~……」

 

最早敵意などどこにも感じさせない彼女からは、両手の力が抜けてナイフがポロリと落ちる。

 

そして漸く自分が安全地帯にいるという事を実感できたのか

 

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

大口を開けておもっきり泣き始める咲夜。余程緊張していたのだろう。その反動か大泣きにまで発展してしまっている。

 

余りにも深く泣いてしまったためか、横隔膜が痙攣して泣き癖まで付いてしまっている。

 

ひっくひっくと言いながら泣く姿はどうしても見てられない俺がいる。だが、触るに触れないのが現状であり、何とも歯がゆい。

 

が、それでも更に安心させてあげたいという気持ちが高まり、俺は足を踏み出す。

 

そして咲夜の方へと向かい、俺は思いっきりかき抱いて顔を胸に埋めさせてやる。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから! 良く頑張ったね……無事でよかったよ……」

 

鼓膜を破るのではないかと言うほどの音量で泣き続ける咲夜をギュッと抱きしめ、泣きやむのをじっと待つ。

 

気が済むまで泣けばいいという思いと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、昼食にしない……?」

 

泣きやんでしばらくしたら、燐が俺達に向けてそう言ってきた。

 

今の今まで緊迫していた事態が続いたせいか忘れていたが、もうそんな時間だったのか。

 

腕時計を見てみると、何とも面白い事に12時ピッタリ。

 

「咲夜ちゃんも、ごはん食べる?」

 

と、渡したタオルでグシグシと顔を拭いている咲夜に向かって聞いてみる。

 

先ほどまでの顔はもう無く、今では快活な少女そのままの顔を前面に押し出している。

 

そして、拭き終わった咲夜は、ゆっくりと此方を見てから頷いて了承を示す。

 

それに俺は頷いて燐の方を見てから一言

 

「じゃあ、食べようか」

 

と言った。

 

燐は俺の言葉を受けて嬉しそうにバッグからレジャーシートを広げていく。

 

位置は湖岸よりほんの少しだけはなれた草原。緩い風が頬を撫でる程度の、特に何の変哲もない草原。

 

燐と俺がいるので、此処には妖怪は来ないだろうし、来たとしても燐1人でも余裕であろう。勿論、俺も加勢するが。

 

確実に咲夜は安全であるという事を確認してから、弁当を創造して彼女等に渡していく。

 

内容としては、握り飯、唐揚げ、卵焼き、ウィンナー、茹でたブロッコリーなどである。

 

野菜がちと足りない気がするが、まあそう言う日もあるだろうという事で勘弁してもらう。もし必要なら野菜ジュースでも飲めばいいし。

 

そう思いながら、俺はそれぞれに見合った数を順々に渡した。

 

燐は結構大食いなのでおにぎり3つ。俺は3つ。咲夜は1つとなっている。

 

全員に渡った事を見届けてから俺は

 

「それでは、頂きます」

 

「「頂きます」」

 

と言って、かぶりついた。

 

「美味しい!」

 

一口かじって、咀嚼、嚥下した咲夜がそう叫ぶ。

 

燐もニコニコしながら咲夜を見つつ大口を開けてガンガン食べていく。余程腹が減っていたのだろう。ものすごいスピードで平らげていくのは、見ている側としては非常に微笑ましい光景である。

 

「口に合ったようで良かったよ……ああ、そうだ。聞きたい事があるんだけど良いかな?」

 

米を飲み込んでから咲夜に質問を投げかける。

 

「ほえ?」

 

今まさに被りつこうとしていたところだろう。咥えながら此方を見てくる咲夜は、何とも子供らしさを醸し出しながら反応してくる。

 

そして口から離して

 

「何?」

 

と、一言。

 

「咲夜ちゃんは、どうしてあんな所にいたんだい?」

 

一番の疑問である。どうしてあんな森の中に1人でいたのか。何故あの森の中に1人でいなければならなかったのか。ソレが一番聞きたかったのだ。

 

戦闘する術も対してもたない子供があの森に入るのはどう考えても自殺行為以外の何ものでもない。

 

俺の質問を理解したのか、ちょっと顔を暗くして

 

「美鈴と最初はピクニックに行く予定だったの……。森を抜けるのが一番近いからそこを突っ切ろうって私が言って……。そしたら、蝶とか色々なモノが珍しかったから、つい夢中になっちゃって、それでまいごになっちゃったの……」

 

と、理由を述べてくる。

 

そう言う事だったのかと、1人納得しながらコクリと頷き、咲夜の頭をなでてやる。

 

「じゃあ、美鈴さんは此方に来るまで此処で暫く居ようか……?」

 

と、提案をしてみる。

 

「うん……そうする」

 

簡単に了解してくれた。

 

現時点で美鈴がこの場にいるという事は分からないはず。そして此方も美鈴がどこにいるのか分からないのは自明の理。ならば、此方が下手に動かずにこの場にいた方が、より安全かつ早く合流できるというモノ。

 

と、そこで1つのヤバい事実が俺の脳に浮かんでくる。

 

あっと叫びそうになるがそれを抑えて燐の方を見る。燐も俺の方を見ながら苦々しい表情を浮かべてくる。

 

ああ、迂闊であった。

 

ついさっきまで俺は咲夜に大嘘を吐いていたのだ。咲夜と一緒にいた美鈴とは友人であると。紅魔館の住人とは皆友人であると。ソレをついさっきまで言っていたのだ。

 

つまり、俺はこの後美鈴と会った後にこの嘘がばれるという事になる。それは確実に咲夜を傷つけ、紅魔館の住人達に悪印象を与える事他ならない。

 

どうにかして、咲夜を安全に美鈴の所まで送り、尚且つ美鈴に俺の事がばれないようにしなければならない。姿を見られないという事だけでも大分違ってくる。

 

俺はそんな事を思いながら、握り飯に再び齧りつく。

 

「あ、この前いた人間!」

 

そう言いながら俺の傍に現れたのは、3対の氷の羽を持ち、短めの青い髪をし、青い服に身を包んだ妖精チルノ。

 

また厄介なのが現れた……。俺の名前を言わなければいいのだが。

 

「や、やあチルノ……」

 

「久しぶりね! ……ええと、名前は確かこ――――」

 

ほら来た。俺の名前を言おうとしてる。これで咲夜にばれるのは拙いので

 

「はいはい駄目駄目これ以上はオフレコで!!」

 

「わあわあわあー!!」

 

と、俺と同時に燐が手をぶん回しながら慌ててチルノを制止してくれる。

 

やはり先ほどの状況から俺の考えが丸わかりだったのか、同じく制止してくれるのは嬉しい。

 

が、逆にチルノは俺の名前を言い損ねたせいか、というよりも話しを遮られたせいか一気に不機嫌な表情となり

 

「な、なによう……」

 

と、非難の目を向けてくる。

 

「ああごめんね。ほ、ほら御握り上げるからこっちにおいで?」

 

と、見せながら誘ってみると、以外にも彼女はすぐに機嫌を取り戻し

 

「し、しようが無いわね……貰ってあげるわ」

 

といって俺の隣に座ってくる。

 

なんだかなんだ言って、此方の仲間に入りたかっただけなのかもしれないと俺は思った。まあ、御握り食いたかっただけと言う可能性も否定できないが。

 

一方咲夜は、俺達のやりとりが余りにも変だったからか

 

「え?」

 

と、とぼけた表情を浮かべる。

 

後で何かしらの偽名か何かを伝えなければならないだろうと思いつつ、横にちょこんと座ったチルノに耳打ちする。

 

「今は、俺の名前を呼ばないでおくれ……横にいる女の子が居なくなったら呼んでいも良いから……ごめんな」

 

そう小声で話してやると、何とも言えない複雑な表情を浮かべながらも

 

「良く分からないけど……わかった……」

 

何とか了承してくれた。

 

チルノは、咲夜の方に向くと、手を差し出して

 

「あたいの名前はチルノ。すっごく強い妖精なんだから。友達になってあげるわ? 心強いでしょ!」

 

そう言いつつも、顔が赤いチルノは恥ずかしがりやな面も持ち合わせているようで、それに気が付いた咲夜がクスクス笑いながら同じく手を差し出して握手する。

 

「わたしは十六夜咲夜。宜しくね」

 

そこまで言ったところで、今度は咲夜が思い出したように素っ頓狂な声を上げる。

 

「あ、そうだ!」

 

その表情は、自分の思いだそうとしていた事をやっと思いだしたとでも言いそうなほどすっきりしていた。

 

「ねえ、貴方達の名前は何て言うの? 私の名前だけ知ってるなんてずるいよ」

 

まあ、確かに彼女に対しては俺も燐も名前を一切明かしていなかった。

 

と言うよりも、明かす前に事態がどんどん進んでいたというのが正解であり、そして俺の方は途中から意図的に隠すような行動をしていたのだ。

 

だからこそ、ここで俺の偽名を伝えなければならない。恐らくチルノが何かしら言ってくるかもしれないが、それでも俺は意を決して伝える。

 

「確かにそうだね……でもちょっと待っててね」

 

俺はそう言うと、斜め後ろに座っている燐に手招きし、耳打ちをする準備をさせる。

 

燐は、俺の意図が分かったのか、素直に顔を近づけてくる。此処まで近づければ、咲夜に聞こえはしないだろう。ましてや、何を話していたかなんて分かってもらいたくも無い。

 

「いいかい、適当に嘘吐くから、それに合わせておくれよ?」

 

すると、燐は黙ってコクリと頷き、咲夜の方へと顔を向ける。

 

「ねえ、何を話していたの?」

 

と、咲夜は訝しげな眼で此方を見てくる。まあ、そう来るのは勿論予想済み。

 

だから

 

「いやね、どっちが先に紹介するべきなのかなと思って、ちょっと相談してただけなんだ。じゃあ、俺からだね」

 

そう言って俺は一度言葉を切り、呼吸してから切りだす事にする。

 

「俺の名前は、塚田 博人。訳有ってこの幻想郷に来てしまったけれども、レミリアさんとかが居て本当に安心してるよ」

 

何とか適当に考えた名前を言ってみたが、彼女は一応納得してくれそうな雰囲気である。口調が変に高くなったりしてない筈なので、そこら辺の心配はないはずだ。

 

そして、俺が終わったので燐となる。

 

「あたいの名前は猫風輪 楓。猫の妖怪だよ」

 

本当は違うのだが、まあ見た目でそう判断させるのも一種の作戦なのかもしれない。ビョウブリン カエデってのも何とも即興で考えましたって感じの名前だが……。

 

が、案外彼女は此方の紹介を飲んだ様で、コクリと頷いてニッコリと笑う。

 

「じゃあ、よろしくね」

 

と言ってまた飯を頬張って行く。

 

「あたいももう一個!」

 

と、チルノが唐揚げとウィンナー、御握り、卵焼きをいっぺんに頬張って飲み込んでから御代りを要求してくる。

 

「はいはい、まだまだ有るからどうぞ」

 

そう言いながら渡していく。何とも言えないこの状況だが、平和で和やかであるという事だけは確かなようだ。

 

大嘘吐いたけど。

 

 

 

 

 

 

 

昼飯を食べ終え、暫くチルノを含めた4人で様々な事を話しあっていると、咲夜がぼそっと呟いた。

 

「美鈴まだかな……?」

 

と。

 

そう、暫く談笑しているのは良かったものの、彼女の保護者が未だにこの場に来ないのだ。

 

美鈴の体力や門番で培った察知能力ならば、彼女を見つける事はそこまで難しくないだろうし、何よりも普段から気功の鍛錬を続けているのだから、咲夜の気を探り当てることも難しくはあるまい。

 

が、此処に来ないという事は離れ過ぎているのではないだろうかと言う考えが俺の頭に浮かんでくる。

 

「怒られちゃう……嫌われたらどうしよう……」

 

と、何ともしょんぼりした声で呟く咲夜。

 

まあ、確かに時分から迷子になってしまったとはいえ、彼女から目を離してしまった美鈴にも責任はあるのだ。そこまで怒られはしまい。

 

だから、俺は

 

「大丈夫だよ、うんと心配してるだけだから。ちょっと怒られるかもしれないけれども、それは咲夜ちゃんの事を思っての事だから。嫌いになるなんてありえないから安心しなよ」

 

そう言って少しまた撫でてやり安心させてやる。

 

「うん、ありがとう」

 

と、また少し安心した表情を見せつつ、微笑む咲夜。

 

そんなやりとりがあり、また数十分の時が流れると

 

「咲夜!」

 

と言う声が聞こえてくる。

 

その声は俺の聞いた事のない女性の声。成熟した声であるという事が伺え、すぐにソレが美鈴の声であるという事に推測がつく。

 

それに応じるかのように咲夜が

 

「めーりん!」

 

と、嬉しそうな声をあげて目を輝かせる。

 

迷子であった自分をやっと見つけてくれた親に対する喜びの表現。長く長く、本当に長く待ちわびたという抑え込められた気持ちが爆発した嬉しさ満点の声。

 

「こっちだよめーりん!!」

 

此方の位置を知らせつつも、待つ事ができなくなり自然と声の方角へと足を向けていく。

 

いくら友人だと言っても、親の様に接してきた美鈴の方が会いたいという考えは至極当然であり、むしろ喜ばしい事である。

 

ゆっくりと前に進めていた足は、自然と走りに転じており、小走りから本格的な走りに移行していた。

 

草を踏み倒し、砂埃を巻き上げながら走るその姿は子供の快活さその物を表すもの。

 

が、俺は此処でお燐とチルノに

 

「ちょっとこっちに集まってくれないか?」

 

と言って手招きをする。

 

「どうしたんだい? 早く帰らないと見られてしまうよ?」

 

と、多少焦った顔をしながらも俺の方へと歩いてくる燐。

 

「何するの?」

 

と、俺が芸でも始めるかのような期待の目を込めてふよふよと近寄ってくるチルノ。

 

「まあ、見られたらいけないからこうするんだよ」

 

そう言いつつ、俺はこの3人が窮屈にならない程度にまで大きい、半球状のマジックミラー付きコンクリートを創造する。

 

地面ぎりぎりの部分で浮いているドームは、キッチリと俺達を咲夜側からの目視を妨げ、此方からのみの監視を可能とする。

 

「何してるんだい? 向こう側が見えるんじゃ意味無いじゃないか」

 

と、燐は呆れた様に言ってくるが、それが普通の反応であろう。

 

マジックミラーの性質を知らない燐からすれば、覗き窓から此方の状況が丸わかりになってしまうと思っているのだろう。

 

「いや、この窓は性質上向こう側からは見えないようになってるんだよね。まあ、この草原にこんなモノを出すのはアホらしく見えるかもしれないけれども」

 

「ああ、なら安心だねえ」

 

そう言いつつも、俺はしっかりと咲夜から目を離さずにいる。もし、美鈴と合流するまでに彼女が妖怪に襲われてしまえば意味がない。

 

だから、こうしたアホらしくも両方の条件を満たせる手段を取ったのだ。

 

が、満足するのは俺と燐だけであり、チルノは

 

「ねえ、暇よ!」

 

と、文句をぶーたれる。

 

「まあまあ、我慢しておくれよ。後で飴玉上げるから」

 

とりあえず退屈をしのぐ言い手段が無かったため、餌で釣ってみると

 

「し、しかたがないわね~」

 

口では不満を漏らしながらも、了承する。もっとも、顔が余りにもニヤけ過ぎているため意味がないのだが。

 

そうしているうちに、此方の目からも美鈴の姿を確認する事が出来た。

 

小走りで近寄ってくるその姿は、咲夜を見つけたという安堵の表情と、無事でよかったという歓喜の表情が織り交ぜられており、涙がポロポロと毀れている。

 

そして、美鈴がしゃがみ、そこに咲夜がダイブ。

 

2人とももう感情を抑えられないようで、此方にまで響くほど大きな声で泣き始める。

 

大人と子供が同じように泣くという光景はあまり見られるものではないだろう。本当に親子の様な関係なのだなと思いつつ

 

「燐、帰ろうか」

 

燐に帰還を提案する。

 

「そうだね、ぜんまいも手に入ったし、あの子も無事に保護者と会えたし。帰ろうか」

 

すると、燐も同じ考えだったのだろう。すぐに了承の返事を返してきてくれた。

 

俺はそれに頷くと、飴玉の詰まった袋を創造し、チルノに渡す。

 

「じゃあ、今回は此処でお開き。また次の機会に会おうね?」

 

すると、チルノはうんと頷き、飴玉の袋を抱きしめて嬉しそうな表情をする。

 

ソレを見届けてから、俺は範囲をチルノ以外に設定して力を解放する。

 

ジャンプと念じて。

 

 

 

 

 

 

「塚田博人? 誰よソレ、聞いたことないわよ?」

 

そう言うのは、ドアノブカバーの様な帽子を被り、この場に揃った面子の中では2番目に身長の低い女の子。

 

名はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主にして強大な力を持つ吸血鬼の末裔。

 

そのレミリアが、美鈴から齎された情報に首を傾げて素っ頓狂な声を上げる。

 

塚田なんぞ聞いたことない。と。

 

その素っ頓狂な声に反応するように、対面にいる美鈴が

 

「そうですよね、聞いた事ありませんよね。……咲夜ちゃんからその名前を聞いた時も全く覚えがありませんでしたし……」

 

そう言って、難しそうな顔をして考えにふけ始める。

 

対する咲夜は、自分の会った塚田博人という人物にまるで覚えがないというこの結果にしょぼくれている。

 

レミリアにとってもこの異様な事態はちょっと引っ掛かるので、何とかして解決の糸口が無いかと探しているのだが、全く浮かんでこない。

 

「でも、咲夜の言っていた塚田と言う男は、私達の名前や容姿、種族、何をしているかまで知っているのよね?」

 

と、そこで椅子に座って本を読んでいた少女が咲夜に目を向ける。

 

随分とヒラヒラとした服を着、如何にも暗そうな表情を浮かべていたが、それでもその身体から立ち上る魔力は、そこら辺の妖怪等軽く一蹴できるほどの実力を持ち合わせているという事だけは推測できる。

 

レミリアと同じようなドアノブカバーの様な帽子を頭に被った少女はパチュリー・ノーレッジ。まさに歩く大図書館と言っても過言ではない程の膨大な知識をその頭に詰め込んだ、大魔法使い。

 

彼女は日々咲夜が立派な大人になるため、レミリアに使える事のできる立派なメイドにするため、その吸収してきた知識をフルに生かして教育している者の1人である。

 

目を向けられた咲夜は、しょぼくれた顔をそのままにしながらコクリと頷いてそうなの、と呟く。

 

その反応に、パチュリーはコクリと頷いてから本を閉じ、レミリアに視線を向ける。

 

「レミィ、確かに私にも覚えがないのだけれども、でもあちら側が知っているという事は、何らかの交流があったかと言う事よ。覚えはないかしら?」

 

自分の頭で解決できない問題に久しぶりにぶち当たったかのように、眉を顰めてレミリアに質問をぶつける。

 

が、それでもレミリアの頭の中に答えなど浮かんでこない。自分達が一体どのような場面でその塚田という男と接触があったのか、ソレが全く記憶にないのだ。

 

塚田というからにはこの日本の土地出身の人間であるという事は確実であろう。咲夜は妖怪とか言っていたが、咲夜からは猫妖怪の持っている妖力の残滓しか感じなかった。

 

だから、レミリアは彼を人間だと断定していた。だが、彼女の疑問は此処では終わらない。

 

その人間が一体どうして私達の事を知っていたのか?

 

それは恐らくこの紅魔館に勤め、または君臨している者ならば誰しもが抱く疑問だろう。得体の知れない男。

 

念の為、レミリアは咲夜に似顔絵を覚えている限りの範囲で書かせてみたが、唯の頭でっかちの訳の分からない人間に仕上がってしまって、全く想像できない絵になってしまった。

 

咲夜には絵も教えてあげないとね。と、思いながらレミリアはまた考えに耽る。

 

そして、一番の疑問。それは

 

「何で咲夜の運命が途中で霧で覆われた様に見えなくなってしまったのかしら……?」

 

その言葉に、腕を組んで首を傾げていた美鈴が、肩をビクッと震わせて唸るように言う。

 

「ええ? 御穣様の能力でも見えなかったんですか!?」

 

確かに美鈴が驚くのも無理はないだろう。レミリアの能力は運命を操る上にその物の運命を見ることもできるのだから、この紅魔館の中でも非常に性質の悪い能力である。

 

だが、彼女の能力を持ってしても見えなかったという事は、余程その男が強かったか、あるいは妨害系に特化していたかのどちらか、あるいは両方か。

 

美鈴の言葉にレミリアはコクリと頷き、ふと、何かを思い出したようなハッとし表情となり、羽を小刻みにピコピコと動かして美鈴に向かって口を開く。

 

「そうそう、貴方あの場にいたのだからどんな輪郭だったのかぐらいは分かるでしょう? 顔は分からなかったと言ってはいたけど、服装ぐらいは分かるはず」

 

その質問が来た瞬間に、美鈴は何とも言えない苦々しい表情を浮かべ、頭を下げて言った。

 

「すみません御穣様。私があの場にいた時は、良く分からない鏡のついた白い半球があっただけでして……恐らくその中に入っていたのでしょうが、近寄ろうとしたらどこかに消えてしまったのです。そしてその場所には妖精が一匹だけ。その妖精も気分が高揚していたのか、私には目もくれずどこかに飛び去って行ってしまいました……」

 

そうか……と物憂げに呟いて考えに耽る。

 

一体その半球とやらは一体何なのだろうか? と。

 

彼女の頭の中では大体の予想はついていた。だが、それでも腑に落ちない。仮にその中に入っているとしたら、一体どうして身体全体を包む必要があったのだろうか? と。

 

咲夜はこうして無事に五体満足で戻ってきてはいる。それは非常に喜ばしい。だが、そこまでの事をしておきながら一体何故此方に出向いて来なかったのだろうか? 美鈴と咲夜が合流するその瞬間まで一緒にいなかったのだろうか?

 

湧きでてくる疑問は答えを探し当てる事が出来ず、次々と彼女の脳内ストックに溜められていく。

 

そこで、重要な事を忘れていた事に彼女は気が付いた。咲夜の事である。

 

咲夜は確かに助けられたし、この場に健康な状態で戻ってきたのだが、その他に一体何をしたのかまでは聞いていなかったのだ。美鈴からは大体の事は聞いたが、彼女自身から直々に聞いていなかったと思い、レミリアは咲夜の方へと顔を向けて

 

「咲夜、あの男に何もされなかったかしら? 痛い事とか、嫌な事とかされなかったかしら? 助けてもらっただけなの?」

 

と言う。

 

彼女も育ての親と何ら変わらないので、彼女の事が心配で心配で溜まらないのは美鈴と同じなのだ。

 

だから、基本的に咲夜に対しては態度が甘くなってしまう。他の誰よりも基準が甘くなってしまう。

 

対する咲夜は、レミリアの言葉を受けて首をフルフルと横に振り

 

「唯助けられただけです……レミリアおかーさん。御握りとか卵焼きとか一緒に食べただけ……。本当にただ楽しかっただけです」

 

と、先ほどよりも幾分か声が沈んだ状態で述べる咲夜。

 

やはり咲夜―――彼女にとっては、命の恩人が最後の最後まで嘘を吐いていたという事がどうも気に入らない様であった。

 

咲夜自身も分かっている。自分の育ての親達が難しい事を話していたとしても、彼が私を落ち着かせるために嘘を吐いたという事ぐらい。だが、それでも幼い心には大きな嘘を吐かれたという嫌な気持ちもあった。

 

でも、あの男は自分を助けてくれた。それぐらいしか彼女自身は理解していなかったが、やはり悲しいものは悲しいものなのだ。

 

すると、俯きながら話す咲夜に対して、更に優しい声でレミリアは質問する。

 

「ねえ、咲夜を助けてくれた時、どんな感じで助けてくれたのかしら? 私みたいに弾幕をばら撒いたりしてた? それとも、美鈴のように格闘がメイン? はたまた、パチュリーの様に魔法を使ったりしてたのかしら?」

 

すると、咲夜はハッと顔を上げて、嬉しそうな顔を浮かべる。

 

余程その時の事が嬉しかったのか、両手両足、胴体を大きく使って身体全体で説明をし始めた。

 

「妖獣が襲ってきて私がもう駄目だって思った時に、こお~んなに大きな黒い壁が地面から生えて守ってくれたんです! そしたら、猫の妖怪が体当たりをして妖獣におっきな怪我を負わせたんです。それで最後に大きくて長い針が上から降ってきて、妖獣に留めを差したんです……。でも、魔法かどうかは分かりません……ごめんなさい」

 

咲夜の説明を聞いて、レミリアは何かを召喚する類の魔法を扱う男なのかもしれないという予測を立てた。恐らくその場で対して動いていないだろうから、身体を使った戦闘はあまり得意ではないようだ、と。推測であるという事を後に付けて。

 

だが、現時点での情報だけでは、仕方がないとはいえ此処までしか推測できない自分に何とも言えない苛立ちを覚えるレミリア。

 

そして咲夜の言葉を聞いたレミリアはふう、と溜息を吐き、ならば仕方がないとレミリアは頷いて一言。

 

「大丈夫よ咲夜、気にしないの。それで、この件は保留ね……。フランもそんな人物に覚えはないと念話でしてきたし…………夕餉にしましょうか」

 

そう言って細長いテーブルに着こうと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あんな危険な事はよしておくれよ?」

 

文句を垂れながら豚カツを頬張る燐。

 

勿論、これは対面に座る俺に対してであり、先ほどの大嘘こいた事について言っているのだ。

 

まあ、仕方がないとはいえやはりあの場はかなり焦った。恐らく燐も面倒な事態に遭遇したなと思ったのだろう。

 

俺は申し訳なく思い、素直に謝る事にする。

 

「うん、ごめんお燐。いや、あの場を潜り抜けるにはあれしかなかったんだよ」

 

そう言うも、燐は難しい顔をして箸を口にくわえて中々納得しない。

 

「確かにあの場は仕方がなかったよ? でもさあ、アレで色々とバレたらあたい達が危なかったんだよ。あたい達があの美鈴とか言う妖怪に嘘付いてる事がバレて、紅魔館とやらに全て伝わったらどうなった事やら……」

 

「面目ない……」

 

確かにそれは考慮の一つに入っていはいたものの、ソレを回避するための万能な策等俺には思い付かなかった。だから、アレを実行したのだ。

 

だが、まあ彼女が俺の事も心配してくれるのは嬉しいし、素直に彼女の説教も受け入れようと思う。

 

そんな事を思っていると

 

「ねえ耕也、あの人間……私達の事覚えてたりするのかなあ?」

 

視線を天井の方に向けて呟くように言ってくる燐。

 

その言葉にどのような意味が含まれているのかは分からないが、恐らく覚えていて欲しいと言った願望の類ではないだろう。

 

むしろ忘れてほしいといったニュアンスの方が大きい気がする。

 

だから、俺は一言だけ言った。

 

「まあ、10年もすれば忘れてるでしょうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。