東方高次元   作:セロリ

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忙しくて中々PCに触れられず、書き溜めを投稿できない……。


101話 のほほんと何年も……

まあ、基本的に地底の煙草屋は暇だし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、耕也。商売は繁盛してるかい?」

 

そう聞いてくるのは、俺を日雇いの仕事をしていた時の元上司。名は小元。

 

仕事の時は非常に厳しい人だが、仕事が終わればその雰囲気が逆転する妖怪と言う事で有名である。

 

「ええまあ。何とか売れ始めてはいますね」

 

そう言いつつ、販売記録を見てみる。

 

先日ついにオープンした地底の煙草屋は、試喫会でのタバコの味についての噂などが広まり、少数ではあるが客が来るようになっていた。

 

マイルドセブンやセブンスターの軽いタイプが売れているのがこの販売記録からは読み取れ、逆にいえばそれ以外のタバコは売れていないのだ。

 

そして特に売れる気配がないのが、わかば、エコー等と言った三等葉を使ったタバコである。

 

味も安定しないし、何より不味い。

 

販売記録より、そんな事を思っていると、小元さんが

 

「そうだな……この赤い……」

 

銘柄が読めなかったのだろう。眉を顰めながら呟くように注文してくる小元さんは、普段とは違った表情を見せてくれるので意外でもあるし、面白くも感じた。

 

だが感想を持つと同時に彼は同時に客でもあるので、そのフォローを開始していく。

 

「ああ、それは赤LARKですね。2銭になります」

 

基本的に俺の商売は原価0円なので、410円よりも遥かに安くしている。

 

幻想郷と地底で使われている通過は、旧日本通貨なので1円あたり現在の1万円で換算されている。

 

だから、2銭なのだ。とはいえ、恐らく庶民感覚としては糞高い嗜好品の一つに数えられてそうなのは否めない。

 

この値段だとボロ儲けにしか感じないのだが、実際のところ客も少ないので利益が上がらないというのもあるが、妖怪達が頻繁に買わない様にという対策も兼ねているのだ。

 

初めての客には灰皿を進呈しているし、街の許可を取って、喫煙スペースを設けさせてもらっている。確かに非喫煙者に対しては配慮しているのだが、自分自身の健康にも気を使ってもらいたい。

 

だから、このような値段なのである。まあ、タバコを売っている俺がこんな事を言っても矛盾だらけなのは分かっているので、あえて口には出さない。

 

そう考えていると

 

「はいよ、2銭。試しに吸ってみようかなと思ってなあ……この紅い外装が目について仕方がなかったんだよ」

 

そう言いつつ、ニコニコと手を振りながら去っていく小元さん。

 

俺は小元さんがこの場を去って行ったのを見計らってから、ふうっと息を吐いて頬杖をつく。

 

最初の試喫会では、評判が良かったものの、いざ販売してみるとその客数が予想よりもずっと少ない事に何とも言えない寂しさを感じたのだ。

 

本当にポツポツ。酷い時は日に10銭程度の売り上げしかない時がある。まあ、それでもこの収入は地底で暮らしていくには十分すぎるほどのものだし、日雇時代と比べたら天と地ほどの楽さである。

 

だから、吸って美味しさを分かち合う人が1人でもいれば、その人に販路を確保したいと思う。

 

そんな事をのぼーっとした顔で考えていると、突然斜め方向から声を掛けられてしまう。

 

「なーにをそんな顔してるんだい? ぼけーっとしちゃってさ!」

 

「うおわあっ!!」

 

しかも比較的大きな声で言われたものだから、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

俺は思わず店内に設置してある椅子から立ち上がって、キョロキョロと店の外を見回してしまう。

 

すると

 

「なんだ……ヤマメさんか。吃驚させないでくださいよ……」

 

俺に声を掛けてきたのはヤマメだった。俺に対してドッキリが成功したかのように笑い転げ、此方を指差して片足で地面を踏みならす。

 

何とも言えない悔しい気持ちにさせられたが、俺はぐっと我慢してそう言いつつ、力が抜けるように椅子に再び座り直す。

 

ふうっと溜息をまた吐くと、店の対面窓に近寄って、同じくカウンターに両腕と頭を乗せる。

 

丁度顔がすぐ眼の前に来る事になってしまい、俺は少し顔が熱くなるのを感じながらも

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

そう尋ねる。

 

どうせ暇つぶしなのだろうから、彼女に問うというのはあまり意味がない気もするのだが、一応此方としても聞きたいというか何と言うか。

 

まあ、本音を言えば客が少ないものだから、弾に来る人とは話したくなるのである。

 

しかも、地底での恩人とくれば、なおさらである。

 

俺の問いにヤマメは、ニッコリと笑いながら

 

「いやあ、暇つぶしにねえ」

 

そう言うと、何かを思いついたように目を大きく見開かせ、再びニッコリとしながら俺に話しかけてくる。

 

「そうそう、ちょっと思いついたんだけど……話しが少し長くなるかも知れないから、外に出てきておくれよ」

 

そう言いつつ、俺の額を軽くデコピンするかのように、人差し指を跳ねさせる。

 

まあ、客なんて殆ど来はしないのだから、雑談して時間を潰すのも非常に大切な時間の潰し方なのだろう。

 

俺は自分の中でそう完結させると、椅子から立ち上がって

 

「分かりました。今から行きますので」

 

そう言いつつ、店の裏の勝手口から身を滑らせるように外へと出してから、ヤマメのいる店の前まで歩く。

 

店の前には、一応寛ぎつつ喫煙できるように2つのベンチがあるのだが、その右のベンチにヤマメは腰をかけていた。

 

「ほらほら、こっちに座った座った」

 

俺の姿を認めたヤマメは、嬉しそうに顔を綻ばせながら、ベンチをペシペシと叩いて招いてくる。

 

急かされるようにベンチに近寄り、ゆっくりと腰掛ける。

 

このベンチから見える光景は、試喫会と同じ場所に位置しているので本当に殺風景なのだ。

 

薄らと溶岩が噴き出て紅い光を放っているのを肉眼で確認できる程度であり、薄暗い地底である事には変わらない。

 

そんな感想を頭の中に浮かべていると

 

「耕也、ちょっと小耳にはさんだ事があるんだけど、聞いてみてもいいかい?」

 

そう言いつつ、先ほどのニッコリとした表情よりもニヤリとした笑みというほうが 相応しいモノへと変わって行く。

 

俺は何となく彼女の言う事に嫌な予感を感じ、何とか拒否しては見たいもののそれは彼女の気持ちの強さから鑑みて、叶いそうにない。

 

仕方なしに俺は

 

「ええ、良いですよ」

 

そう答える。

 

すると、待ってましたと言わんばかりに手をパチンと合わせて口を開く。

 

「そう来なくっちゃ。それで、聞きたい事ってのはね、耕也。……地上で何があったんだい?」

 

ヤマメとかには話していない筈なのにもかかわらず、その口調はあの日に起こった事件の事を知っている口ぶりであった。

 

やっぱ燐から漏れてしまったのかなあと思いつつ、俺は

 

「ええと、ひょっとして知ってたりします?」

 

と恐る恐る言ってみた。

 

すると、こっくりと頷いて

 

「勿論。少女を助けた事とかね。燐から一応それなりの事を聞いたけど、私の中でちょっと疑問に思う事があったんだ」

 

やっぱ燐が漏らしたかと思ったが、何となく次に来る質問事項に嫌な予感がして、俺は先手を打つ事にした。

 

「どうして名前を知っていたとか、そう言った事は秘密なんで宜しくお願いします」

 

すると、ソレを聞きたかったのか、露骨に頬を膨らませて俺のわき腹を小突いてくる。

 

ジト眼で俺の事を暫く見るが、俺も譲る気はないので、突っぱねる気持ちでタバコを取り出して火を付ける。

 

すると、俺の考えが伝わったのかは分からないが、ヤマメは溜息を吐くと

 

「分かった分かった。ちぇ……ソレも聞きたかったのにねえ。まあ仕方がない……それで、地上はどんな感じだった? あと、妖獣を倒した時の状況ぐらいは聞かせておくれよ」

 

そう言いつつ、俺の顔をふふんとした自慢げな笑みを浮かべつつ立ち上がって俺の前まで移動してくる。

 

まあ、その二つの質問程度なら答えても何の問題もないだろうし、話した所で地底が崩壊するわけでもない。

 

だから、俺は素直に話す事にした。

 

「そうですね……地上はやはりこの地底と違って緑にあふれています。それだけでもこの地底が地獄であったという事が良く分かりますし、それだけに地上が物凄く懐かしく、そして羨ましく思いました……」

 

ヤマメは、俺の言葉に同意しているのか、それとも言葉を脳に叩きこんでいるのかは分からないが、コクコクと小さく頷きながら聞いてくれている。

 

ヤマメ自身、もう数えるのが億劫になるほどの前の昔に此処に来たのだから、色々と情景を聞きたいと思っているのだろう。

 

「それで、他には一体何があったんだい? 緑だけじゃないだろう?」

 

その催促はまるで、夜に絵本を読んでもらう事を楽しみにしている子供の様であった。俺がそのような印象を受けたのは、元々のヤマメの性格もあったからかもしれないが、それ以上に普段から陽気な姿ばかりを見ている俺の印象からの判断と言うのもあったのだろう。

 

また、その快活、陽気さを見ていると此方もいらぬ事までバンバン話したくなってしまう。むしろ話しそうになってくる。

 

彼女はひょっとしたら交渉事などといった、相手の情報を引き出すという事に関して長けているのかもしれない。あくまで俺の憶測範囲でしかないが。

 

「そうですね、上には海かと見間違える程の大きな湖があったり、その畔に真っ赤で大きな館があったりしますね。更に言えば、外科医と隔離されてはいるものの、少数の人間が暮らす人里もあるそうです」

 

すると、ヤマメは俺の言葉に疑問を持ったのか

 

「有るそうです? え、人里には行った事が無いのかい?」

 

そう言葉を返してくる。

 

勿論、俺は人里に行った事はない。人里の話しはあくまでも紫からの情報のみであり、後は元の世界での書籍関係である。

 

だから、怪しまれる事が無いように

 

「ええ、紫から聞いただけですよ……ヤマメさんも知っているとは思いますが、彼女は幻想郷の管理者と言っても過言ではありません。ですので、たいていの事は知っているんです」

 

すると、ヤマメは納得したようにふ~ん、と呟きながら頭を縦に振って口を開く。

 

「まあ、確かにそうだろうけどさ……人里に行きたくはないのかい?」

 

そう言われてしまうと、考え込んでしまいそうになる。何せ、俺の活動場所は現時点で地底のみ。偶に紫にこっそり地上に出て山菜を取る程度の事しかしていない。

 

現在の幻想郷における地上では、全くの初心者と言っても過言ではない状態なのだ。おまけに紫に案内されても無いから、人里がどこにあるかすらも分からない。

 

下手に高高度に飛べば、人里は見つけられるかもしれないが、途中で妖怪と戦闘になったり、紫にあまり目立つ行動をするんじゃないと怒られてしまいそうだから、そう簡単に探索などできないのだ。

 

何とも言えないもどかしさを感じるが、これが現状であり、更には人里からの地底への意識のレベルも気になる。

 

この数多くの不安要素が有る限り、俺は人里に行くのが難しい。紫が煙草屋を出すまでに、何とか手を打ってくれると言っていたが、どうなるのだろうか。

 

俺はそんな考えを脳に浮かべながら

 

「確かに行きたいですけれども、色々と障害があるらしいです……生活拠点が地底と言う事もありますしね」

 

そう言うと、ヤマメはすぐに俺の考えている事を察知してくれたのか、肩をポンポンと叩いて

 

「まあ、私も地上は見てみたいけど、八雲のが煩いからねえ……こっちに八雲が来る事はあるけれども」

 

紫は確かに地底を嫌っている節がある。それは俺の家以外に出現する事がないという事だけでもすぐに分かる。

 

確かに、地底に封印されたころには幽香達3人で殴りこみに来てくれた時もあったが、商店街などに姿を見せたのはそれっきりである。

 

紫が地底に来てくれているのは、俺がいるから。この唯一の理由が、彼女を此処に来させているのだろう。幸せ者だと思う。

 

もし今後人里等に行けるようになれば、紫達と食事に出かけたり等色々とできるので、今までの恩を少しずつで良いから、返していきたい。

 

そう思いつつ、俺は吸い終わったタバコを灰皿に落とす。

 

ジュッという火が消える音を耳で確認した後、俺はヤマメに返答をしていく。

 

「紫は色々と自由に動くんですよ。まあ、そう言う事にしておいて下さい」

 

そう言うとヤマメは何を思ったのか、ニヤニヤしながら俺の肩をツンツンしながら

 

「こ~の幸せ者め。思っていた事を隠して言っていたら、私が頑張っちゃうよ?」

 

「やめて下さいってば」

 

考えていた事が顔に出ていたのかは分からないが、俺の考えが見透かされていた恥ずかしさと、突かれた際のくすぐったさが同時に来て、言葉として出てしまう。

 

恐らく今の俺の顔はにやけている。自分でもわかる。

 

さして重要ではない個人の話題を出しながら、俺達は存分に時間を潰す事にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

そう言いつつ、俺は敷居をまたぐ。

 

あの後営業時間を経過してしまったため、ヤマメとの会話を終わらせて店じまいをし、帰宅する事にしたのだ。

 

やはり長く座っていると、身体の筋肉が収縮してしまっているのを実感できる。

 

扉を閉めて、誰の目からも見られない様にしてから、両腕を一気に伸ばして伸びを開始する。

 

筋肉の収縮が解かれるのを感じながら、その気持ちよさに思わず俺は

 

「くう~……気持ち良い」

 

と、中年のおっさんみたいな事を言ってしまった。

 

自分のおじん臭さを軽く後悔しながらも、靴を脱いで廊下をスッスッと歩く。

 

靴下が木の床を叩く音は、何時聞いても心を落ち着かせてくれるものであり、やはりこの家は住みやすいなと言う事を実感させてくれる。

 

逆にいえばこの家の周り、あるいは家の中の静けさは自分が1人で暮らしている事他ならず、ほんの少し封印された事を恨みそうになる要因でもある。

 

早く地上に店を出して人間同士で色々と話しをしてみたいなあと、廊下の地味な色をした壁に目をやりながらほんの少し息を吐いて襖をあける。

 

何にもない、普段の居間の光景が俺を待っているという事を前提に、襖を軽く指で開ける。夕食を一体どんなメニューにするかなどといった普段通りの考えを巡らしながら。

 

「お帰りなさい耕也」

 

襖を開けた先には紫が腕を組んでその場に佇んでいた。襖をあけてすぐ先に紫がいたのだ。

 

あんまりにも意外で突然だったものだから、俺は思わず

 

「うわっ!!」

 

そう叫び声を上げてしまい、その場で後ずさってしまう。

 

足が俺の身体の重心を捉えきれず、そのまま後ろに倒れるかのように後退してしまい、反対側の壁にドンと背中をぶつける。

 

「ゆ、紫っ!」

 

まだ思考が追い付いていないのか、俺は眼の前の人物の名前を口に出すことしかできない。ソレも仕方がないだろう。誰もいないという事が前提でこの部屋に入ったら、眼と鼻の先に紫が腕組みをして立っていたのだから。

 

「ええ、私よ?」

 

何時もとは違う少しだけぶっきらぼうな言い方で俺の叫びに返してくる紫。

 

本当に意外だったので、呼吸が荒くなるのを感じる。が、何故此処に紫がいるのかと言う事について考える俺も頭の隅にいた。

 

俺は、その僅かな考えを何とか前面に押し出して、紫に質問をする。

 

「紫、どうしてここにいるんだい……?」

 

本当に不思議だったために聞いたのだ。こんな夜に一体どうして来る必要があったのか。何か極秘に聞きたい事でもあったのか。

 

そんな考えが渦巻く中、俺の口から出たのはその言葉のみ。だが、紫になら俺の考えが全て伝わるだろう。そう思ったのだ。

 

だが、紫は俺の言葉を聞いた後に間髪いれず

 

「耕也、こっちに来なさい」

 

先ほどよりも言葉が厳しくなった。怒っているというべきか。不機嫌であるという事がひしひしと伝わってくる口調。

 

会話が少ないうちにこの不機嫌さを出されてしまえば、俺だって途惑ってしまう。

 

だが、その言葉からは質問を許さぬような強い意図を感じ取ってしまい、俺は思わず

 

「は、はい……」

 

と呟くような返事で了承してしまう。何とも情けない事だが、このような時の紫には逆らえないのが普通になってしまっている。

 

とはいえ、いつもよりもずっと不機嫌な気もする。

 

そう思いつつ、俺は紫に言われるまま中へと入り、卓袱台付近にまで足を運ぶ。

 

前を歩いていた紫は、座布団を二つ用意し、卓袱台の横に並べて

 

「耕也、正座なさい」

 

と、正面に座るように促す。この構図は、まるで親が子供を叱る時のようであり、なんとも惨めさ全開になりそうな雰囲気を醸し出している。

 

「いや、あの……紫?」

 

俺は、流石にこの体勢はいやだなと思ったため、何とかその意図を探ろうと紫に声を掛ける。

 

すると、紫は更に不機嫌になったように、此方をキッと睨みつつ座布団を扇子の先端で指しながら

 

「いいから座りなさい」

 

と短くぴしゃりと言ってくる。

 

「はい」

 

つくづく尻に敷かれてるなあと思いつつ、俺は未だに怒っている理由の見当がつかないまま、敷かれた座布団の上に正座する。

 

まあ、普通は怒られる時は座布団なんて無いのだから、そこら辺だけは考慮してくれたのだろう。

 

俺が座った事を確認した紫は、同じく此方の正面になるように正座してジッと見てくる。

 

何時にも増して威圧感が凄まじい。他を圧倒する存在感が、正座しているだけで周りに放たれている。

 

座ってから十秒程経過したあたりだろうか。紫が扇子を脇に置いて口を開いた。

 

「耕也、あなた私に黙って地上に出たのね?」

 

「あ……」

 

思わず言ってしまったその一言。

 

完全に失念してはいたが、俺は紫にこっそり地上に出ていたのだ。確かに、あの時燐と一緒に山菜を取るために地上に出たのだ。

 

ソレが今更になってばれたという事は、何かしらこの地底から情報が漏れたという事。

 

その事が彼女の怒りを買ってしまっているのだろう。確かに彼女の怒り様は分かる。

 

しかも、ソレを予め承知でやっていたのだから、なおさら性質が悪い。だが、あの時は急だったし、紫に聞きにいけるような時間の余裕もなかった。

 

だから勘弁してほしい等と口が裂けても言えないし、言える訳もない。何せ騒ぎに似たような事を起こしてしまったのだから。

 

それも恐らく彼女は知っているだろう。だから、此処まで怒っているのだ。

 

そのような考えを頭の中で巡らし、紫の言葉に返答する。

 

「確かに地上に出ました……」

 

普段よりも恐ろしい紫に対して、無意識のうちに敬語が出てしまうが、言った後で気になどしていられない。

 

そして、俺の言葉のすぐ後に紫が返してくる。

 

「それで、この地底に住んでいる火焔猫 燐も一緒に行ったのよね?」

 

やはり全てを知っているようで、俺と同行していた燐の事に着いても言及してくる。

 

勿論、彼女は知っているのだからこそソレを尋ねてくるので、俺は

 

「同行しました」

 

そう言わざるを得ない。

 

その反応を見た紫はふう、と溜息を吐いてから口を開く。

 

「それで、地上でも戦闘が起こったのよね? 地底の妖怪共々暴れて」

 

いや、確かに俺は彼女の言うとおりに攻撃を行ったし、燐も援護をしてくれた。しかし、それはあの状況では仕方がない事もであり、回避は難しかったのだ。

 

だから、その事を伝えたい。彼女が知っていようが、此方の口で直接伝えた方がより確実に彼女の理解を得られる。

 

そう思いつつ口を開いて彼女に説明を開始する。此方の立場もはっきりとさせなければならないため、少し堂々と。

 

「確かに俺は攻撃もしたし、燐も攻撃に参加した。それは間違いないし、はぐらかすつもりもないよ。でも、俺達が行ったのは―――――」

 

そう訳を述べようとした時に、紫は俺の口付近に掌を翳して止めるようにしてくる。

 

思わず俺はその行動に反応して口を閉じてしまう。

 

「攻撃をした訳は分かっているわ。そこを責めるつもりはないし、むしろ良い事をしたと言えるわ。でもね……」

 

紫はそこまで一息で言うと、横にあった扇子を拾って顎に先端を当てて難しい顔をする。

 

まるで、これから話す事が俺にとっていい影響を及ぼすか及ぼさないかを検討しているかのようにすら感じる。

 

そして、また先ほどの様に少し睨んだような表情になりながら

 

「耕也、今幻想郷は非常に不安定な時期にあるの。いくら迷子を助けるためとはいえ、あのような轟音を鳴り響かせて攻撃を敢行するのは拙いのよ」

 

その瞬間に、俺ははっとしてしまった。そう、確かこの時期はスペルカードが作られる10年程前だったはず。ならば、今幻想郷の内部にいる妖怪は非常に弱体化しており、人間との均衡が危ぶまれている状態なのだ。

 

だから、今回の様な戦いが起こってしまうと、幻想郷の妖怪達の神経を刺激してしまう。

 

ソレを紫は危惧していたのだ。もし、今回の事で妖怪達が人里を滅ぼそうなどと考えたら、目も当てられない。妖怪達が怒りの元を消し去ったとしても、今度は自分達が滅びてしまう。

 

妖怪が存在するためには人間が不可欠。恐れという負のエネルギーを摂取せねば妖怪達は緩慢に滅んでしまう。だから紫は今回の事を怒っているのだ。

 

そう俺は予測しつつ、紫に謝る事にする。

 

「ごめん紫……確かに俺達が原因で妖怪と人間達が滅んでしまうのは幻想郷にとっても大きな痛手。次からはもっと穏便にやるよ」

 

そう言うと、俺の考えている事が分かっているのかは分からないが、紫波コクリと頷きながら

 

「ええ、そうして頂戴」

 

そう言いつつ、やっと表情を柔らかくしてれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「スポーツの様で、実戦的な決闘法?」

 

そう俺が紫に聞き返すと、コクリと頷いてコメを頬張る。

 

夕飯を一緒に食べていたら、突然決闘法についての見解を述べてきたのだ。恐らく現在の幻想郷が緩やかに衰退しているという事に危機感を持っての事だろう。

 

30程良く噛んでから、咀嚼物を飲み込むと箸を置いて

 

「そうよ……幻想郷が緩やかに衰退しているのは貴方もさっきの話で分かっているとは思うけれども、事態は思ったよりも深刻。これからどうやって妖怪達の無気力加減をV字回復に持っていくかが問題なのよね」

 

俺は紫の言葉を聞いて、ふと疑問に思った事がある。

 

スペルカードは確か吸血鬼異変の後で制定されていたはず。しかし、此処まで早い段階でこの話が出てくるのは少々可笑しいのではないのだろうか? と。

 

そう考えたのだが、すぐに別の自己完結に繋がるような考えも出てきてしまった。

 

紫はすでにこの状況をどうにか打破しようと原案を作製しつつあったのだが、その途中で吸血鬼異変が起こってしまい、慌てて博麗霊夢に提出したと。

 

そんな憶測の様な推測の様な良く分からない考えが出てきたが、それは俺の頭の中にだけにしておこう。バレてしまっては元も子もない。

 

そして、俺は吸血鬼異変というフレーズで思いだした一つの事を聞こうと思った。

 

「そう言えば紫、俺が初めて地上に出向いた時、紅い屋敷を睨んでたり、新参がとか言っていたけれども、アレは何だったんだい?」

 

すでに誰が住んでいて、吸血鬼異変の前であるという事は確実に分かっているのだが、それでも、レミリア達が一体どんな行動をしているのかが気になったのだ。

 

俺の言葉を聞いた紫は、少しだけ答えづらそうな顔をしつつ天井に視線を向けていたが、やがて考えがまとまったのか、味噌汁を一口飲んで口をうるおしてから話し始める。

 

「つい最近来た吸血鬼達よ。随分と好戦的らしくて、複数の強力な妖怪によって構成されてるの。耕也が助けた娘もその構成員の一人……とはいっても娘のように扱われているみたいだけど。話しを戻すわ、現在あの館が出現してから周囲の妖怪達は結構敏感になってるわね……」

 

何とも忌々しそうな表情を浮かべながら、チキンカツにブスリと箸を突きさす紫。

 

そして、いつもよりも大きく口を開けて齧りつくと、米を口いっぱいに頬張って咀嚼しまくる。

 

ストレス溜まってんだなあと思いつつ、俺は水を足してやる。

 

「んっく……ありがとう」

 

飲み込んだ紫は、キンキンに冷えた水をさも美味そうにごくごくと一気に飲みして、乱暴にコップを卓袱台に置く。

 

「まあ、確かに好き勝手やられたら嫌だよね誰だって」

 

「耕也も、気を付けてね」

 

「はい、気を付けます」

 

そう言った後、暫く俺達は食事に集中した。

 

紫はあらかた飯を平らげてから、水を最後まで飲んでまた此方に話しかけてくる。

 

「あの吸血鬼達が妙な事を考えなければいいのだけれども……此方としても眼の上のたんこぶと言うか何と言うか……正直不安要素以外の何物でもないわね」

 

ふう、と溜息を吐いてなんとも言えない苦い表情をする。

 

が、あいにくその案件については俺が口出しできるような状況ではない。今後紫が規制を緩くして、俺が地上に出られたとしても、吸血鬼異変なんて地上での大事件に首を突っ込ませてもらえる訳もないだろうし、霊夢と紫が主導で解決するだろう。

 

今回の失態については、紫に心の底から謝罪したが。

 

だからといって、俺は紫のそんな表情を黙って見ている事はできないので、此処に来た時ぐらいは安心してもらいたいと思っている。

 

そんなわけで、俺は紫に提案をする。

 

「紫も随分とは大変だね……お疲れ様。……できない事はあるけれども、せめてこの場では羽を伸ばしてほしいと思ってる……だから、色々と頼ってくれ」

 

そう言うと、難しい顔をしていた紫が一瞬だけ惚けたような表情になる。が、すぐに満面の笑みに変わって俺の方に近寄って来る。

 

「ありがとう耕也、助かるわ……」

 

そう言って、俺を強く強く抱きしめてくる。負けじと俺も抱きしめてやる。

 

抱きしめ返すと、やはり服からいい香りが漂ってくる。紫の溜息を吐くような落ち着いた息遣い、心が溶けてしまいそうな程の丁度良い体温。

 

暫くこの感触を味わっていると、紫が頼みごとを決めたのか耳元で囁く。

 

「耕也の血を少し頂戴? あと、今日も頑張りなさいね……?」

 

「うん、ソレが望みなら叶えさせていただきますよ、紫さん」

 

 

 

 

 

とはいえ、どうやら幻想郷が安定するにはまだまだかかる様である。

 

 

 

 

 

 


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