東方高次元   作:セロリ

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103話 寝不足は辛すぎる……

流石に徹夜は疲れます……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙草屋も一応は客も来るようになり、地上での交友関係も築き、紫達や聖たちともドンチャカしていたら、年月が飛ぶように過ぎてしまった。

 

まあ、その間に起こった事件等は大したことも無く、何とも平和な道のりだったと言えよう。

 

ソレが俺の地底生活でも相当充実していたと言えるが、それよりも俺は人里に眼が段々と向くようになっていった。

 

もうすぐである。もうすぐ俺は人里に出向く事が出来るのだ。その事を考えただけでも非常にワクワクする。

 

が、現時点ではそのワクワクも消し去ってしまう状況に俺は置かれていた。

 

「で、俺は何で3日も徹夜しなきゃあいけないんだ……?」

 

とんでもない疲労感が身体を襲い、栄養ドリンクと煙草を凄まじい勢いで消費しているが、いまだその疲労の蓄積は止むところを知らない。

 

俺の独り言に目の前のこいしが楽しそうに目を細めながら口を開く。

 

「だって、我慢大会だし?」

 

そんな隈のある笑いを浮かべた所で何の活力回復にも繋がらない。

 

一日の徹夜だけでも結構身体に来るというのに、なんでよりにもよってこの3人の遊びに付き合わなければいけないのか。

 

「耕也、寝たらすぐに叩き起すからね? あたいが行けなくなった代わりにまたぜんまいとってきてもらうよ」

 

と、お燐も疲れた様子で理由を述べてくるし、起こし方も過激なるとの事。

 

「もし、耕也が負けてぜんまいとってくる羽目になったら、頑張って行ってきてね? 無事に取ってこれたら御褒美に私の卵上げるから」

 

と、寝不足のためか頬を赤らめてフラフラとしながら儚げな笑顔を浮かべるお空。

 

嬉しく思っていいのか良くないのか分からないこの状況に、俺はただ黙って微笑んでおくだけにする。

 

それにしても辛い。かなり辛い。

 

正直まともな思考が働いているという事自体が奇跡としか思えない。たしか、人間はあまりにも睡眠を取らな過ぎると、思考が段々変な方向に向かってしまったりすると聞く

 

例えばパソコンのキーボードが自分を救ってくれるとか、アルファベットが救いの言葉を投げかけてくれた等と言ったモノである。

 

実際問題その領域にまでは身体を浸してはいないものの、片足は踏み込んでしまっていると思う。

 

現在4日目の朝。24時間耐久レースなんてものではなく誰かが眠りこけるまで続く、無制限耐久レースなのだ。

 

俺はまた襲ってくる眠気に嫌気がさすのを感じながら、また金ピを一本取り出して台所の換気扇の傍に近寄って行く。

 

ライターの小気味良い摩擦音と共に、火花が散ってブタンガスに火が付く。

 

口の中に空気を溜めるようにして一口目を。普通は吐くのだが、最早判断能力が落ちている俺は構わずに吸って行く。

 

不味いが、ニコチン摂取で何とか眠気を紛らわそうと必死に美味しい二口目と、三口目を吸って肺に入れては吐き出していく。

 

紫煙を燻らせる煙草が普段よりもずっと早く消費されていくのが分かる。まるで1ミリの煙草を吸うかの如く燃焼して白い灰を出していく煙草。

 

が、それでも身体の疲れは非常に厳しく、俺は鼻と口両方からボワボワとしたしょぼい煙を撒き散らしながら椅子に座りこむ。

 

こいし達が此処まで耐久力があるとは思っていなかった。むしろ人間の俺が此処まで付いて来れたのは奇跡に近いのかもしれない。

 

そんな事を思いながら、長くなった煙草の灰を灰皿に弾くように捨てて、また煙を吸い込んでいく。

 

缶ピでも吸えば良かったのかもしれないが、この身体ではフィルター付きの方が楽だし手間も省ける。口の中に葉が入る可能性もゼロではあるし。

 

そう思いつつ、味を楽しむ余裕もないまま唯々ニコチンのみの摂取を目的としてひたすら煙草を消費していく。

 

もう一本目の寿命が尽き、二本目の煙草に火が入る。

 

そんな俺の事をどう思ってか

 

「ねえ耕也、もう寝たら? すぐ起こすけど」

 

直ぐとは言わず12時間程眠らせてほしい。が、彼女達はすぐに起こすと言っていたのだから、どうせ3時間もしないで叩き起されるのだろう。

 

もうそろそろ領域が干渉しそうな所にまで進行している気がするのは気のせいだろうか? 余りの過労のせいで、身体機能に異常が見られそうな時は勿論保護が働いて強制的に身体を持ちなおそうとするだろう。いや、もしくは強制的に外界との接触を遮断して睡眠を取らせる可能性もある。

 

まあ、そこまで俺の身体はガタガタになってはいないのとは言え、誰か眠ってはくれやしないかという淡い希望が湧いてくる。望みは勿論薄いのだが。

 

やはり人間より頑丈な妖怪ならばこそできる遊びだろう。いくら人間が頑張ったところで、魚が地上で生きる事が無理なように、根本から違っているのだ。

 

俺は自分の体力の事について考えていると、ニコチンの効力が切れかかってくる。

 

やはりニコチンはミネラル系を利用してすぐに分解されてしまう為、一時的な気休めの後には更に体力が減ってしまうのだ。

 

俺はそれを同時に解消するために、サプリメントを補給しつつ、また煙草を吸う。

 

余りにも不健康的な行動に普段の俺が見ていたら激怒するだろうが、そんな事を考慮する余裕など無い。

 

ひたすらグ○ンサンとポ○リスエットを飲み、ビタミン剤を飲み、煙草を連続で吸いまくる。

 

が、そのような無駄な足掻きも段々と無駄になって行き

 

「あ、これはまずい……」

 

そう思った矢先、すうっと意識が闇に沈んでいくのを感じる。何とかしようと煙草を取り出そうと頑張るが、ソレも間に合わず。

 

「負け…………」

 

そう呟きながら、俺は腕をだらりと伸ばしてそのまま背中を椅子の背もたれに預けて瞼を閉じる。

 

部屋の奥から、やった勝った! 等と言った声が聞こえた気がしたが、そんな声に反応するほど俺の意識ははっきりしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………や…………うや! …………こーや! 耕也!」

 

そんな声と共に、俺の身体が揺さぶられる。

 

もっと寝ていたい。そんな欲望が俺の中でひたすら渦巻き、身体を捩る事で拒否の姿勢を示す。

 

が、俺を揺らした人物は俺のアピール等無視して再び揺らしてくる。勿論先ほどよりも強い力で揺らしてくる。そして声もでかくなる。

 

それでも俺は起きたくないという願望が勝り、手を払いのけて再び眠りにつこうとする。

 

でもソレを許してくれないのが起こす側であり、更に更に強く俺の事を揺すってくる。

 

「ああ! ダメだってば! ホラ起きてってば!」

 

流石にこの眠さでも此処まで揺らされれば起きざるを得ない。

 

何とか異常にだるい眠気を振り払いながら

 

「起きる……起きるってば……」

 

燐に応える。

 

とはいえ、そう言いながらも疲れた体はあまり言う事を聞いてはくれず、中々力が入らない。

 

そんな俺を見かねたのか、また別の誰かが俺に向かって大きな声で話す。

 

「耕也、早く起きないと私の火で煙草の塊燃やしちゃうよー?」

 

その瞬間に、俺はとんでもない冷や汗が身体からブワッと出てくる。

 

「お、起きる………起きるから……」

 

叫ぶように言ったつもりだったのにも関わらず、俺の口から出たのは何とも情けないしゃがれた声。

 

だが、身体は反射的に素早く起きていた。目は周りが眩しく感じるのと眠気が手伝って中々開けられない。

 

が、俺が起き上がった事が幸を成したのか、その人物は

 

「はい、耕也の煙草は救われましたー」

 

はっきりしない頭で認識できたのは、一応燐と空。恐らく煙草云々が空で、俺を起こしたのが燐であろう。

 

一体どうしてこんなに身体を酷使しなければならんのやら。

 

俺は目をゴシゴシと擦って何とか外界認識可能水準にまで何とか目を開かせていく。

 

すると、まず最初に目に入ったのは、布団。

 

俺が寝ていたのは椅子にもたれかかっていたのだが、いつの間にか布団にまで移動していた。俺が自分で寝床に入ったというのは考えにくいから、恐らく誰かが入れてくれのだろう。

 

それに感謝しながら、少しだけ視線を上に上げてみると、燐と空、そしてヨーグルトを勝手に食べているこいしの姿が目に入った。

 

そして、壁に視線を移して今何時か確かめようと思った時に、燐達に対して感謝の念が出てきた。

 

現在の時刻は午後1時 俺が落ちたのは午前7時。

 

すぐに叩き起すと言っていたのにも拘らず、俺が寝た後で6時間も待っていてくれたのだ。

 

やはり6時間も寝たのか、多少なりともマシになった気がする。気がする程度ではあるが。

 

俺は彼女達が長時間待っていてくれた事に感謝の言葉を伝えていく。

 

「ありがとう三人とも。布団に移してくれたり長時間眠らせてくれて」

 

すると、こいしがゴクリとヨーグルトを飲み込んでから

 

「別に気にしなくても良いよ、人間だから私達より体力ないんだし。仕方ないよ」

 

と、笑いながら行ってくる。

 

まあ、此方としてはありがたい限りだが、そもそもこの勝負は負けが決定していたようなものなので気にしなくていいという言葉は至極適当なのだろう。

 

そう自分の中で完結させると同時に、俺は今回のゼンマイ採りについて聞いて行く事にする。

 

「それで、今回のゼンマイ採りはどれぐらいの量を持ってくればいいんだい?」

 

今回自分が持って来なければならないゼンマイの量はどれぐらいなのか? ソレを聞かなければ此方としても動きようがない。

 

俺はその事を尋ねたが、燐と空は分からないとばかりにそろって顔を横に振る。

 

こいしは恐らく分かっているのだろう

 

「ひょっほまっへめ?」

 

ちょっと待ってねをスプーン咥えたまま言ったため変な言葉になってしまっているが、食べ終わったらちゃんと持って来なければならない量を示してくれるのだろう。

 

恐らく採取場所はあの森でいいはず。前にアリスの家に不用意に近づいてしまったため色々と面倒な事になってしまったが、何とか今回はあのような事にならない様に頑張りたい。

 

そう思っているうちに、こいしは食べ終えたようで此方に向かって口を開く。

 

「ええとね、両手で抱えられる程度の量だって言ってたよ」

 

何とも無茶な事を言ってくる。さとりはそんなに魔法の森産のゼンマイが気に入ったのか。

 

俺はどうしてそんなに必要なのか、少し気になってしまったので聞いてみる事にした。

 

「そんなに大量に持ってくるという事は、やっぱさとりさんはゼンマイの事気に入ったの?」

 

ところが、俺の言葉にこいしと空、燐はそろって顔を赤らめさせて少しだけ怒ったような顔をする。

 

なんだというのだろうか?

 

「え、何か拙い事言った……?」

 

俺は彼女達にとって一体何が問題なのかさっぱり分からない。ゼンマイはただ健康にいいだけだし、この量が一体どうして必要なのかぐらいの事を聞くだけである。

 

すると、こいしが

 

「耕也の変態」

 

そんな事をのたまった。全く持って不服である。

 

「いやいや、ゼンマイで変態って言うんじゃないよ」

 

すると、空と燐もこいしの言葉に乗せられるように、口々に変態だの変質者だのボロクソに言ってくる。何て失礼な輩たちだ。

 

まあ、聞かれたら恥ずかしい事でもあるのかということで、自己完結して俺は雑に返事をしていく。

 

「はいはい、分かりましたよ。俺はこれ以上何も言いません」

 

そう雑な返事をしてから、布団を出て用意をしようとする。

 

すると、こいしが此方の方を見ながら顔を赤らめて口を開く。

 

「仕方がないな耕也は~……ほら、こうすれば分かるでしょ?」

 

そう言うと、こいしは自分の手腹部の少し下あたり、つまりは腸の付近に持ってきて撫で始める。

 

ああ、つまりはそういうことか。

 

たしかに、それは俺には話しにくい内容だったなと思った。が、いっくらなんでもそれじゃあ話しづらいとか分からん。

 

そう思いつつ、俺は両手を一応合わせて軽く礼をしつつ

 

「確かに話しづらいよね。申し訳ない」

 

謝っておく。反論したい事はいくつかあるが、これ以上時間を潰しても双方に利益は無いし、むしろそれだけゼンマイ採取の時間が減ってしまう。

 

すると、三人とも俺の方を見てうんうんと頷いて納得している。はいはい、俺が全部悪うござんした。

 

「じゃあ、用意したら行ってきますんで。後よろしくね」

 

そう言うと、こいし達は揃って

 

「いってらっしゃい!」

 

俺を送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこれ、大変なんてもんじゃないぞ……山に生えていないだけマシだけど」

 

ビニール袋に大量に詰め込まれたゼンマイを持ちながら、俺は呟く。魔法の森に生えるゼンマイは、何故か山ではなく森に生えるのだ。普通は斜面とかなのに。

 

こんな寝不足状態で俺は山菜を採取し、そしてまた地底にまで帰らなくてはならないのかと思うと、涙が出てきそうだった。

 

帰ったら絶対に寝てやると思い、俺はゼンマイをバッグに入れて背負う。

 

さとりが恐らく便秘とかに良いと思ってこんなに大量に仕入れようとしているのだろうが、俺に態々頼みたいのなら徹夜耐久レースなどせず燐とかに言えばいいのにと思う。

 

とはいえ、俺がこんな所で思ったとしても後の祭りであるという事に間違いはなく、これ以上考えても此方の体力がどんどん削られていくだけだと思い、俺は黙って森の中を歩く。

 

偶に妖精が此方に木の枝等を投げて悪戯をしてくるが、そんなのは無視してひたすら歩く。

 

すると、妖精達は怒ったようにプクリと頬を膨らませてどこかへ行ってしまう。まあ、普段なら色々と遊んでやるが、今はそんな余裕など何処にもないので、勘弁して頂きたい。

 

昨日あたり雨が降ったのかは分からないが、地面が非常に水気に富んでおり、ぬかるんでいるところもあるし、水溜りも散見される。

 

おまけにここいらの木はまるで俺が一番太陽光を浴びるんだと言わんばかりにひしめき成長し合っているので、日の光があまり下にまで来ない。だからこそ水分の蒸発がより阻害されているのだろう。

 

このジメジメした空気が余計に気分を沈ませてくるので、早くこの森から抜け出したい。そんな気持ちと共に、一心不乱に歩を進ませていると、やがて光が目の前から溢れ出し、森から出られるという事を知らせてくる。

 

でもまた、さとりの健康ブームに働かされる羽目になるんだろうなあと、少し浮きそうになっていた気分がまた沈んでいくのを感じた。

 

が、俺は足を止めることなく前に出し、森を抜ける。

 

「よし、今日も湖は霧だらけ。好きなだけ居られそうだ」

 

寝不足だと気分が落ち込む。だから何時もより圧倒的に大きく感じる何とも言えないこの孤独感を紛らわすために、俺はあえて口に出してみる。

 

が、対して効果も無く。俺は湖岸付近の草原に腰を下ろすと、バッグを横に置いて休もうと少しだけ寝転がった。

 

何せ6時間寝たと言っても、所詮は3日間の徹夜後。どう考えても体力が不足しており、ソレが身体を猛烈に蝕んでいるという事が今更ながら実感として湧いてくるのだ。

 

おまけに罰ゲームと称した山菜採り。此処に座った時点ですでに地底にまで飛ぶ体力など俺に残されている訳もなく、また更に負担のあるジャンプをする体力も集中力も無い。唯々俺は寝転がって少しでも体力が回復するのを待つ。

 

勿論、俺が此処で寝てしまう事が一番の体力回復に繋がるのだが、それは何とも心もとなく避けたい。

 

おまけに寝てしまったら、チルノ達に色々と悪戯されそうという別の懸念事項もある。

 

どうも最近の俺はついていない。色々とトラブルが連続している気がする。いや、気がするだけか。

 

此処10年間程は非常に平和だったし、俺の行動が何か不幸を起こしたとかそういった事も聞かないし、唯単に俺がネガティブになっているだけなのかもしれない。

 

それもこれも全てこの寝不足のせいだろう。そう考えると、段々と怒りが湧いてくる。

 

いや、燐たちに怒りが湧くわけではなく、自分に対してである。判断力が足らなかったばかりに、易々とゲームに参加してしまったあのアホさ加減に。

 

もういい、とりあえずは休息が今の自分にとっては最優先事項であり、帰る事については諦めておこう。ゼンマイもさとりからもらった、保存用の術が編み込んであるバッグに入れたし平気だろう。

 

視線の先にある雲を眺めながら、ゆっくりと目を閉じる。

 

「やばい、本当に寝そうだこれ……」

 

いや、独り言が数分後には現実のモノとなる事は自分も自覚していた。

 

最早どうしようもない眠気がこの身体を包んでいる事も、重々承知で此処に寝転がっているのだ。

 

せめてバッグが盗られない様にと、俺は自分の方に引き寄せて腕で包み込む。

 

流石に服とかそこら辺を剥がされたりはしないだろうと思いつつ、俺はゆっくりと閉じた瞼の中で眼球を上に向けて寝る準備に入る。

 

すると、それはすぐに保っていた意識を蕩かし、霞ませ、深い深い眠りへと落としていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

一体どれほど眠ったのだろうか。睡眠によって十分に疲れが取れた頃、自分の身体がやけに暖かい事に気付いて俺は瞼を開けた。

 

目に入ってきたのは、白い天井。ソレも日本の家屋に見られるような外壁に使われる漆喰などと言ったものではなく、ほんのりとクリーム色が入った優しい白。

 

突然の景色の変化に脳の処理がついて行かないが、やけに背中が心地良い感触に包まれているなという感覚だけはあり、俺はしばらくボーっとしていたが、ようやっと状況を把握しようと身体を起こす事にする。

 

「何処だ此処は……」

 

俺は思わずそう呟いてしまった。

 

目を周囲に散らし、手をバフバフやりながら自分が寝ていたベッドの感触を確かめる。

 

金属製のバネが仕込まれていて、身体にかかる負担を和らげ、快適な安眠へ誘うように絶妙な柔らかさにセッティングされている。

 

正直なところ、改めて触って確かめてみると、羽毛に包まれているかのようにすら感じるほどの心地よさであった。

 

そして俺はまた目からの情報も取り入れて此処が何処なのか観察してみる。

 

一つの空気取り入れ用の窓。ベッドから見た床はすべて真っ赤な絨毯が敷き詰められており、その邸宅の持ち主の経済力の高さを伺わせる。

 

勿論、壁に掛けられた絵画、壺、時計などと言ったありとあらゆる装飾品にキメ細やかな清掃、整備が行われており、見る者にとって高級感を持たせる。

 

一体一つ当たり幾らするのだろう? そんな考えを浮かべた時点で最早俺の金銭感覚の底が知れるのだろうが、気になってしまった。

 

俺は窓から景色を見て、此処が何処にあるのかを確かめるため、ベッドを降りてみようとする。

 

「あ、服は変わっていないのか」

 

ふと、視線を下へ向けた時に気が付いた。恐らく俺を運んだ人はそのままベッドへ寝かせてしまったのだろう。恐らくベッドシーツはクリーニングになりそうだ……。

 

なんだか持ち主に悪い事をしてしまったなという気持ちが湧きおこる。

 

が、誰もこの部屋には入ってくる気配が無いので、何とかしてこの家の主にコンタクトを取りたい。

 

その思いを頭の中に浮かべつつ、ベッドから再び降りようとする。

 

すると、視線を少し横にずらした先には俺の靴が綺麗に揃えられてあった。

 

思わず俺はおお、と驚きの声を上げてしまった。

 

ソレも仕方がないだろう。ここが幻想郷内部かどうかは分からないが、仮に幻想郷としておこう。普通、この幻想郷の家屋において靴がベッドの横に置いてある事等皆無に等しいのだ。おまけにベッドがあると言っても現代では欧米ではあるまいし、日本の屋内で靴を履きっぱなしってのはあり得ないのだ。

 

だから、俺は驚きの声を上げてしまった。

 

そして、もし此処が幻想郷内部で且つ洋風の家、さらに靴で入るような場所と言ったら……?

 

その考えが浮かんできた瞬間、物凄い寒気がして身体がブルリと震えてしまった。

 

此処がもし、あの洋館であったら? もしも、俺の居る所が紅魔館であったら……?

 

そう思うと、俺は何とも言えない奇妙な気分になってしまった。何と言うか、此処にこのまま居てはいけないという気が。

 

長時間居た場合、自分が何かとんでもない事に巻き込まれてしまうような。そんな嫌な予感がしてきたのだ。

 

脳が段々と自分の置かれている状況を把握してきて、気持ちが高ぶり、脳が処理を超えそうになってくる。

 

が、ここはグッと堪えて気持ちを落ち着かせる。

 

まだ此処が紅魔館であると決まったわけではない。焦る必要はない。じっくりと把握していけば大丈夫。

 

そう自分に言い聞かせながら俺は壁際に沿って歩き、換気用の窓に近づく。

 

「やっぱりか……」

 

構造を確認したところ、窓の開閉機構が外倒し窓方式となっており、完全には開かないようになっているようだ。しかもストッパーが何とも嫌らしい部分に設置されているらしく、顔すら出せない程の小さな隙間しかできない。

 

俺は開閉を諦めて、窓の外を見てみる。

 

此処はかなり高い階層に位置しているらしく、景色が良く見渡せる。

 

「見覚えが無い場所……と言うより森に見覚えなんてある訳ないか……」

 

つい、呟いてしまうほど一面森だらけであった。

 

所々未舗装の狭い道の様なものが散見されるが、人が歩いている様子は無い。

 

そして、此処から真っ直ぐ、遠くになってしまうが大きな山が聳え立っているのが確認できる。どこかで見た事のあるような山だが、思いだせない。随分と形が変わっているようだし、俺の思い過ごしなのかもしれないが、此処が幻想郷だとすると妖怪の山と断定しても問題は無さそうだ。

 

が、そう断定すると此処が必然的に紅魔館になってしまうので、認めたくはない。何とも情けなさ満点ではあるが。…………まあ、紅魔館なんだろうけど。

 

俺は嫌な考えを振り払うように、窓から視線をずらし、今度はこの部屋からの出口を探してみようと思った。

 

扉は正面とベッドの脇、斜め右方向の二つ。

 

俺はゆっくりと、まるで音を立ててはいけないと言われているかのように、慎重な足運びで正面のドアに近寄り、ノブに触ってみる。

 

真鍮製なのだろう。丸く金色に輝くノブはこの暖かい部屋に似つかわしくない程の冷たさであり、何と言うかドアから拒絶されているようにも感じる。

 

俺はそんな事を思いながら、ガチリとノブを捻ってドアを引く。

 

その瞬間、俺の力とは反対にドアは金属の部品がかち合う鈍い音を立てながら、その場にとどまってしまった。

 

「げ、まさか鍵が掛かってるのかこれ……?」

 

ノブには鍵穴も、サムターンも無い。押したり引いたりしても開かず、内部のデッドボルトがトロヨケに当たる音のみがする。

 

つまり、これは俺が出られない様にするためにやられたって事か?

 

そんな考えが頭の中で回り始める。その考えが頭に浮かぶ一方で、俺が安静にしていなければならないという一つの示し方なのかもしれないという考えも浮かんでくる。

 

とはいえ、そう考えた所で俺がこの部屋から出られるわけではないし、家の主に会う事も出来ない。

 

俺はそう考えて、ノブから手を離し右を見てみる。

 

(では、この部屋は一体何だろうか……?)

 

そんなちょっとばかりの好奇心が脳をくすぐり、自然と歩を進めさせていく。

 

歩いているうちに、何か忘れているような完璧にも思えるこの中に、一つだけ欠けているモノがあるような。そんな些細な引っかかりを覚えながら俺はもう一つのドアのノブを捻ってみる。

 

今度はノブがしっかりと回り、そして引く事が出来た。

 

すると、目に飛び込んできたのは、二つの扉。本当に2~3歩で歩けてしまうような短い廊下の正面と途中左にドアがある。

 

一つはすぐに何の部屋かを特定する事が出来た。

 

「ああ、こっちがトイレか……」

 

左のドアには金属プレートにtoiletと綺麗な英字で書かれているのが目に入ったからだ。

 

まあ、此方は後で来ればいいだろう。必要な時に行けばいいのだから。

 

そう思いながらも、少しだけ気になってしまう。

 

いや、見ておくか。

 

俺は扉をスッと開けて、中を見てみる。

 

(掃除が行き届いてるなあ……)

 

魔法かは分からないが、内壁全体から発光しているようで、ほんわりとした柔らかな光に満たされている。勿論洋式であり、手洗い場もついていた。

 

俺は見るのをそこそこにして、今度は別のドアに近づく。

 

が、大体の予想はついてしまう。隣のドアがトイレなのだから、此方のドアの先には

 

「ほら、やっぱり」

 

思わず声に出してしまうほどドンピシャリ。

 

風呂場であった。

 

ビジネスホテルよりもずっと広く感じ、現代の一戸建ての風呂場よりも広く感じる程の風呂場は、トイレも無いのに何故かカーテンによって仕切られている。

 

少しだけ違和感を感じたが、俺はすぐにこの場を離れて、元の部屋に戻る。

 

そしてこの部屋に戻る上で、先程の僅かな違和感が増大している事に気が付いた。

 

この部屋に何かしら足りないモノがある。その違和感が今猛烈に湧きあがってきているのだ。何と言うか、ソレを見つけなければならないという強迫観念に囚われてしまったかのように。

 

俺はベッドに座って、今置かれている状況と、一体何をして此処に至ったかを思い出していく。

 

(この部屋は完ぺきに見えるのに、何かが足りないように思える……。そう言えば、俺は此処に来る前は……)

 

その瞬間に、俺は思わず

 

「あっ!?」

 

と、叫んでしまった。

 

そう、此処に来る前まではゼンマイ採りをしていたのだから、俺のバッグが無ければおかしいはずなのだ。

 

寝るときは確か自分の腕に抱えていたはず。ならば、俺を発見した時に、バッグは俺のものだとは理解できるはず。であれば、此処に無ければおかしい。

 

俺は先ほどの慎重さを忘れて、急いでベッドの周囲、その他部屋の隅々まで探し始める。

 

ベッドの下に顔を入れて、何かないかと見てみるが、それらしい影は見当たらない。

 

ならばと、顔を上げて周囲を見渡してみるが、バッグどころか、似た物すら見当たらない。

 

勿論、トイレや風呂場にも無かったし、あの様な空間で見落としがあるはずなど無いのだ。

 

(まさか、置き忘れてしまったか……?)

 

俺が寝惚けてバッグから手を離してしまったのだろうか?

 

あり得る。が、あり得ると言っても転がって行くような斜面では無かったし、それに草原だったのだから転がって行くのは考えづらい。

 

やはり、俺を運んできた人が持っているのだろうか?

 

特に危ない物は入っていない筈だし、入ってる物と言えば森に生える変なゼンマイと保存用の術式が書かれた紙一枚。水筒も、弁当も入っていないから、怪しまれる事は特にないはず。

 

俺は溜息を吐くと、再び出入り口に近寄って、今度は少しだけ強くドアを引いてみる。

 

勿論、開いている訳はなく、ガチャガチャと鈍い金属音が部屋内に響き渡るだけであり、何とも虚しくなる。

 

館の主か使用人かは分からないが、俺のバッグの行方を知っているとありがたい。

 

そして、できる限りで良いので、損傷等が少ない状態で返ってきて欲しい。そう思いつつ、俺は再びベッドへと戻り座ってボーっとする。

 

現在、俺の体力はほぼ全快していると言っても過言ではない。現時点で地底にジャンプしてそのまま返ってしまうという選択肢もある。この時点で俺が監禁されているのだとしたら。

 

しかし、そうでない場合はどうか? 俺が帰ってしまったら双方にとってもマイナスな感情が残るだろうし、此処には二度と近寄れなくなるだろう。

 

さらに今回使用している保存用の札は貴重なモノらしく、作るのにかなりの妖力が必要だとのこと。つまり、失くしたら俺が大目玉を食らうという事決定なので、バッグは返してもらいたい。

 

だから、俺はこの部屋にとどまっている。先ほどの理由等が無ければ、俺は黙って地底に帰っていたに違いない。

 

そう思いながら、俺は誰かがこの部屋に来るまでどうしていようか。

 

そんな暇つぶしを考えていたら、ドアに微かな音がする。まるで金属が磨り合わさっているような独特な音。

 

そしてそれはすぐに別の音になり、ガチャリといった感じの開錠音と共にドアが開く。

 

ドアが開いた瞬間、俺はやっぱ此処は紅魔館なんだなという確信と共に、何とも言えない嫌な笑いが出てきそうだった。

 

「あら、お目醒めになったのですね、丸1日寝ていたのですよ……?」

 

入ってきたのは、10年程前に会ったっきりの十六夜咲夜であった。

 

 

 

 

 

 

 




今回の話しはいかがでしょうか? もし宜しければ御感想等を宜しくお願い致します。

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