開けてくれないという方が正しいのかもしれない……
「では、化粧室と浴室は、あちらの扉からお使いください」
夕食の雑炊を片づけながら、咲夜は俺に部屋の説明をしていく。
雑炊は量が多めではあったが、流石に体力が回復してきているので、少々物足りなさを感じてきてしまっている。が、彼女には十分感謝しなければならないだろう。
俺は彼女の言葉を聞きつつ、頷いて理解しているという事を示していく。
彼女は部屋の使い方について色々と説明してはくれるが、勿論部屋の外について説明してくれるわけでもないし、外に出してくれそうな気配も出してこない。
俺としては、十分に寝て回復してきているのだから、少しぐらい自由を求めてみたいのだが、あいにくそれは叶わないだろう。なぜなら
「この部屋の物を自由にお使いになってかまいません。ですが、大正様は現在身体の調子も良くありませんし、此処に来てから間もないのですから戸惑いもある事でしょう。ですので、激しい運動等は勿論の事、夜更かしも駄目ですよ? 完全に回復するまで、部屋の外には出せません」
「了解です。ゆっくり休みます」
「はい。では、お休みなさいませ」
とまあ、こんな調子で言ってくるのだから、許可されるのはもうしばらく後の事だろう。
とはいえ、俺の目的はバッグを探さなければならない事であって、此処に長居する事ではない。もちろん、寝る前に考えていた別の可能性もあるが、現時点では咲夜達が持っている可能性の方が高いので、此処にいた方が何かと好都合である。
だが、俺の帰りが遅い事を不審に思った燐達を心配させないためにも、一度はコンタクトを取り此方の安全を説明しておかなくてはならない。
咲夜がニッコリと笑みを浮かべながら、台車を押して去って行くと同時に、俺はベッドより立ちあがって浴室にまで歩いて行く。
ドアを開け、中へと入ってから振り返り、寝室と浴室の距離をメジャーで計ってみる。
「4mほどか……扉を閉めた場合は、十分に音は届くかな……?」
俺はゆっくりと扉を閉めてから、拳でノックをする動作、少し強めに叩く動作を繰り返していく。
すると、ノックをした際にくぐもった音がして来るのに気がついた。強めに叩いても撓む様な現象は見られず、唯拳が跳ね返されるだけである。
機密性は一応あると言えるのかもしれないが、隙間が下部にあるため此方側から音が漏れてきそうであった。
念の為俺は扉を開いて、厚さを見てみる。
(少し薄めか……)
先ほどの様な重い音がしたのにも拘らず、その扉は俺の家にある扉よりは随分と薄く見え、中に金属板が組み込まれているのだという推測を浮かばせるには十分な要素だった。
恐らく、一見木でできた様に見える扉は、ごく薄い表面だけに木の板が取り付けられ、中身は殆ど鉄板なのだろう。
まあ、音さえ聞こえれば恐らく成功するだろうから、後は準備をするだけ。
勿論、彼女が浴室に入っている間に来なければ、一番良いのだが……。
とはいえ、彼女の行動パターンはまだ不明。此処で最初に目覚めてから一日も経っていないのだから、分からないのが当り前であろう。
相手も、此方の巣城については一切分かっていない筈なので、そこら辺は同等になっていると考えても良いはずである。
ただ、此処は紅魔館の一室であり、この部屋の構造は咲夜が完全に把握しているはずなので、何かしらの不審な点が見つかり次第、監視の目はきつくなると考えられる。
咲夜は、レミリアにもこう伝えている事だろう。
「外来人を保護いたしました」
と。
外の世界で着るような衣服を俺が身に着けていおり、尚且つあんな草原で寝ていたのだから、彼女が俺を外来人だと思っていたとしてもおかしくは無い。いや、むしろ思っているはずである。
彼女と長時間話し等はしていないし明日か明後日かは分からないが、話しをする際に彼女がどんな話題を振ってくるのか手に取るように分かってしまいそうだ。
まあ、出身とか色々と聞かれた時には、怪しまれない程度に誤魔化してやればいいだろう。此方が少しでもばらさなければ、確実に分からない事だろうから。
そう思いつつ、事前に渡されていた歯ブラシ等で歯を磨いてから、再びベッドに戻ってゆっくりと身体を横たえる。
眠り過ぎたせいか、目がさえてしまっており眼を閉じようが一向に眠くならない。
壁に掛けられた時計に目を向けてみるが、現在22時を回ったところ。寝るにはまだ早いかなと思ってしまうが、暇を潰す事が他に無いため、大人しくベッドに入ることしかできないのだ。
ノートPC等を使って色々とゲーム等をすることもできるだろうが、ソレだと彼女に対する警戒から無防備になるために、オススメできない方法だろう。
そして、この時点になって俺は漸くもう一つの足りないモノに気がついたのだ。
思わず
「あっ!?」
と、声を上げてしまう。
俺は慌てて口を押さえながら、出口のドア付近に目を配ってみる。
すると、やはりない事に気が付く。俺はソレがどこかに無いか必死に壁に目を向けて行くが、それらしいものは全く見当たらず、思わず眉を顰めてしまった。
そう、スイッチ。
夜、この暗い時間において室内を照らすには、十分な光が必要である。勿論、この幻想郷に電気などは通っていないのだから、電球など無い。
しかし、この部屋は非常に明るく、ソレが電球とは別の何かによって齎されている者だという事が分かる。
小さなシャンデリアから、時折チリチリと光が不安定になるが、明らかに蝋燭などよりも光量が大きい。
恐らくこの部屋に限らず館の全てにこの方式が使われているのだろう。見た限りでは分からないが、魔法の類を使用していると思われる。
だが、それは就寝するには余りにも光量が大きすぎるため、寝ようと思っても寝られないのだ。
だからソレを消そうと思ったのだが、ソレを操作するモノが無い。
俺はちょっとした苛立ちを覚えながら、ゆっくりとベッドを降りて出口に近付いて行く。勿論、俺の目に狂いはなく、手で触るように壁を探ってもスイッチなど何処にも無い。
この時間帯では、レミリアが起きて色々と執務などをしたりするのだろうが、人間の俺は逆に就寝の時間なのだ。もし、これを配慮して作られていないなら、何とも変な欠陥だなと思ってしまう。
まあ、それは恐らく無いのだろうけれども。
そんな事を思っているうちに、突如目の前が真っ暗になってしまう。
「うあっ!?」
突然の暗闇が出来上がった事に思わず俺は呻くような声を上げてしまう。
停電を経験した事のある人なら分かるだろう。今まで明るかった場所が一瞬にして暗くなってしまったら、驚く事に。
俺は思わぬ出来事に多少の苛立ちを覚えながら、懐中電灯を創造して照らしていく。
勿論、光が弱くなっているとはいえ、反射光で部屋の全体を薄暗く照らしてくれているので、その全容は把握できる。
電灯の光を頼りに、ゆっくりとベッドに近づいて靴を脱ぎ、身体を横たえて行く。
何の連絡も無しに部屋の電気を消されては、此方としても溜まったものではない。せめて消灯時間等を教えてくれれば、此方としても行動の計画が練られたというのに。
仰向けの身体を横に向かせながら別の事も考えてみる。
もしかしたら、この部屋の灯火は元々何らかの術式で自動的に操作されており、ある一定の時刻になったら電灯のON、OFFの操作を行うのかもしれない。
この考えが正しければ、疑った事を心の中で詫びなければならない。
とはいえ、このような事を考えていては、眠ることもできなくなる。まあ、目がさえてしまっているからこのような事をしてしまうのだが。
一応能力で電灯を創造して明かりを灯すこともできなくはないが、ソレだと無駄に力を使ってしまう事は自明の理であるので、流石にそこまではしない。
暫く目を瞑って睡魔が襲ってくるのをひたすら待とう。
そう思いつつ、俺は目を閉じた。
いくらこのベッドの寝心地が良いとはいえ、流石に此処まで目がさえてしまっていては、眠る事さえできない。
目を瞑っていても全く睡魔が襲ってこず、ひたすら身体を捩らせたりゴロゴロとさせて行くばかりになってしまったのだ。
何とも奇妙なこの時間。頭の中では眠らなければならないと話かって居るのに、無意識化では身体が覚醒してしまっている。この乖離した感覚に段々と不快感が増してきてしまい、ついに俺は目を開けてしまった。
「くそ……寝られない」
そう文句を垂れるのは仕方がない事であろう。
再び頭を横向きにしてから、今何時かと懐中電灯をつけようとした瞬間。
カチリと何か金属が擦り合わさったようなのような短い音がして来たのだ。
(なっ!?)
そして、この音共に俺は瞬時に懐中電灯を消滅させて薄く目を開けながら何処からその音が聞こえてきたのかを探って行く。
すると出口の方面から細い光が漏れだしてきた事に気がついた。
(誰かが入ってくる……?)
薄眼であるため少々分かりづらいが、出口のドアが徐々に開いてきているのだろうというのが分かる。
この現象は人為的なモノ以外考えられないので、誰かが此方に侵入してくる以外に開かないという答えに辿りつく。
やがてドアが完全に開かれた状態となり、人が入ってくるのが光の加減で分かるようになった。が、逆光のせいもあるのか、誰が入ってきたかまでは把握できない。
だが、侵入者は随分と身のこなしが軽いようで、全く音も立てずに歩いているようだった。
(流石に目を開けているとばれるか……)
そう思った俺は完全に目を閉じる事を決意して、薄眼から全閉へと移行する。が、誰が此方に近づいているのか、そして何をされるのか分からない状況では、恐怖心が一気に首を擡げてくる。
もし何か害的干渉があれば、領域がすぐに防いでくれるはずなので、幾分かは恐怖が薄れる。
それでも怖いと思ってしまうのは、人間であるからといえよう。
ソレを相手にさとられない様に、規則正しい呼吸音と寝返りをうってから、自分は寝ているとという事をアピールしていく。
すると、段々と此方に近づいているであろう人の気配が、少し早く大きくなる。
もう此方のすぐ傍に近づいているのだろう。細かく、浅い息遣いが時折聞こえてくる。
一体この人物は誰で何が目的なのだろうか? 俺はただその事だけが気になる。俺に対して何かしらの害を与える行動は取らないとは思うが、可能性は0ではないため、何とも精神衛生的に悪いとしか言えない。
どんどん精神が摩耗していくのを感じつつ、ひたすらこの沈黙を守っていると、やがて此方に近づき切ったであろう人物が声を発し始めた。
「寝ているようね……」
耳を澄ましていない限り聞こえないか程の小さな声。だがこの暗闇であり、双方が静かにしていた時に発せられた声なのだから、十分に把握する事が出来た。
声の主は、咲夜。
一体どうして此処に咲夜が来ているのかは分からないが、とにかく何かしらの目的があって此方に来た事は確かであろう。
「ほ…………ね……お休みなさい、しば…………休…………で」
聞こえるか聞こえない声で何かを発すると、一瞬にしてその気配が掻き消えてしまい、部屋に入りこんでいた光も一瞬にして途切れてしまっていた。
俺は光が途切れ、気配が消えてもその場で暫くじっとしていた。念のためというやつではあるが、しないに越した事は無いだろう。
頭の中で30秒を数えてから、眼を開けてみる。
すると、やはり真っ暗な部屋が俺を出迎えてくれる。瞳孔が開いているためか、部屋の暗さは幾分かマシなモノになっており、俺は上半身を立てて先ほどの言葉を思い出していく。
「寝ているようね……」
そして
「お休みなさい……」
他にも何かを言っていたような気がするが、聞き取れたのはその単語のみ。
何とも情けない事に、俺の耳はそこまで高性能ではなかったようで、極微弱な音声を聞きとるには至らなかったようだ。
だが、彼女は俺が寝ている事を確認してから言った言葉なのだろうから、俺が起きていては言う事が出来ない内容だったのだろう。
そして、俺が完全に寝ているかどうかの監視を含めて此方に来た。それは確かなのだろう。でなければ一々この部屋に来る必要など無いはず。
彼女の行動に多少の疑問はあるのだが、ソレを一々考えていてはキリが無いので、それは捨て置く。
が、監視の意味も込めて此方の部屋に来たのであれば、俺が部屋から出ていない事を確認したかったのか。それとも単に体調を確認しに来ただけだったのか。
考えられる事はいくらでも出てきそうだったため、今一彼女の行動を理解できない。
俺は溜息を吐くと、ジッと緊張していたためか程良い疲れが身体を包んでいる事に気が付き、そのまま横になって目を閉じる事にした。
ゆっくりと忍び寄る時、私の眼には彼が眠っているところしか映っていなかった。霊力によって視界を確保し、彼の姿を完全に把握していた。
時折寝がえりを打つ姿は、本当に気持ち良さそうにしており、熟睡しているという事を如実に表していた。
「眠っているようね」
そのように思わず呟いてしまうほど。だが、この男は後2日の命。御嬢様を守るためにも襲撃してきた人型の妖怪等を殺した事はあるが、本物の人間を殺す事等私には初めての事であり、少々緊張する。
相手を殺す時には躊躇うなと御嬢様やフラン様等に教育されてきたが、いざその期日が迫ると緊張度は右肩上りである。
遠い昔……10年程前だったか。私は誰かに妖怪から助けられたらしい。助けてくれた者達は嘘を吐き、そしてどこかへと去って行った。
ただ、その時の恐怖が私の記憶を引っ掻き廻してくれたおかげか、私の頭の中にその者達の顔は存在しなくなってしまっていた。
そしてその時の恐怖を二度と味わわない様に心を凍てつかせる訓練も行ったが、どうやらそれは此処に至って効果を発揮してくれないらしい。
だが、御嬢様が望んだ事は完遂せねば、従者である資格など無いし、むしろそれは喜んでするべき事である。
普段は血を少々抜き取って、館外に放出する形をとっている紅魔館だが、今回ばかりは事情が事情である。
御嬢様がこの男の血を猛烈に欲しているため。
人里へ博麗の巫女を通じて人間を餌にしているという事を更に根付かせるため。
紅魔館の威厳を更に上げ、幻想郷における影響力を示すため。
そして、自殺願望者と思われるこの男を屠殺する事によって、死への願望を成就させるため。
例え御嬢様が起こす異変が博麗の巫女によって解決されようが、この行為によって紅魔館に齎される利益は莫大なモノであり、マイナスを補って余りあるモノなのである。
だから、自然と私に伸しかかってくる責任も重いのだ。
そしてそのために犠牲になるこの男を見ているとつい
「本当に哀れね…………お休みなさい、束の間の休息を……」
そう言葉を口にしてしまうのだ。
最早彼は唯の血袋である以外に価値は無いし、御嬢様の糧になって死ねるのだから幸せな事だろう。
ゆっくりと私は振り返り、そのまま時間を止めて持ち場へと戻って行った。
朝目覚めて、自分の身体をチェックしてみる。
腕、胴体、頭、顔、そして脚。
昨日の事があったので、何かされていないかと疑ってみたが特に何も無く。この心地よいベッド空の快適な起床のみが感覚として残る。
ゆっくりと自分の身体をベッドの端に移動させ、靴を履いて窓へと近寄る。
朝日が昇っているのは当然のことではあるが、昨日と変わらず外に人の影は無い。本当にこの紅魔館周辺は通行人が少ないらしく、閑散としていると居ても過言ではない。
人口のほぼ100%が人里に集中しているのだから、無理もないだろうが。
そんな事を想っているとドアがノックされて声が聞こえてくる。
「おはようございます大正様。御目醒めになられましたか?」
「はい、おはようございます十六夜さん」
そう返事をしていくと、ドアが開き、銀の皿とクロッシュを乗せた台車を押して入ってくる。
思わず昨日の事を聞いてみたくなるが、あの時俺は寝ていたという設定だしソレを前提に彼女はこの部屋に入ってきたのだろうから、トラブルの元になりそうだと判断して心の内にしまっておく。
「大正様、良く眠れましたか?」
と、朗らかな笑顔を浮かべて聞いてくる咲夜。
勿論、寝ていたという事が前提なので
「ええ、ベッドが凄く心地が良くて、朝までぐっすりと寝てしまいました。ありがとうございます何から何まで……」
そう言うと、咲夜は少し照れたように笑いながら
「そんな、御世辞を。大した事はしてはおりません。唯人が倒れていたら助けるのが人情ですから」
何とも耳に心地のいい事を離してくれる。彼女の言葉がリップサービスだとしても、それは十分に俺の心を温めてくれる物であった。
そう俺が彼女の言葉に印象を抱いていると、ふと思い出したように
「ああ、すみません。朝食を御持ちしていたのでした。サンドウィッチですが、宜しいでしょうか? 二日目ですので、これぐらいなら消化できると思いまして」
そう言いながらクロッシュを取り、中身を見せてくる。
中身はコンビニに売っているような卵フィリングを挟んだ物や、ポテトサラダ、トマトレタスサンドなど。だが、質は全く違うものに見える。
具材はボリューム満点、見た目からして美味しそうであり、食欲をそそる。勿論、食べてみない事には味は分からないが。
とはいえ、メイドの全権を任される咲夜が作ってくれた朝食なのだから、美味しい以外に選択肢など無いのだろうが。
俺はゆっくりとサンドウィッチを見てから、咲夜に返答をしていく。
「ありがとうございます。丁度お腹が減っていたところだったんですよ」
すると、その返答が嬉しかったのか、咲夜も頷きながら
「それは良かったです。今朝は量を少し多めにしてみたのですよ?」
その情報は本当にうれしい。見た目からして量が多いというのが分かるが、満腹感とは別の満足感を満たすにはもう少し量があった方が丁度いいと思っていたのだ。
俺はありがとうございますと礼を告げてから、ベッドに座ってサンドイッチに手を付け始める。
咲夜は俺の姿を微笑みながら見た後、一礼をしてから
「では、食べ終わった頃に下げに来ますので、どうぞごゆっくり」
そう言って出て行った。
「さてと、録音してみるかな」
俺はICレコーダーを創造して録音の準備をしていく。
昼食が終わり、特にすべきことの無い今だからこそ進められる準備。
この目的としては、俺が風呂に入っている時にさとり達の住んでいる地霊殿に連絡を取るという事なのだが、それには一つ問題があった。
俺が入浴中にこの部屋に咲夜が入ってきた場合である。
もし話しが長引いた場合、長時間風呂に入っているという事と同義なので、咲夜に怪しまれる可能性がある。
その場合……無いとは思うが、何時までも出てこない事が分かると、踏み込まれる可能性も無きにしも非ずなので、念のために歌を録音しておくのだ。
この歌を、俺が地霊殿に行っている間に流す事によって、咲夜の注意を逸らすというモノ。作戦という大層なモノではないが、やらないよりは遥かにマシだと俺は思って、試そうと思っているのだ。
彼女がこの部屋に来ていない事を祈ってから歌って、その声を録音していく。
内容は5曲で20分ほど。休憩を各曲ごとに20秒入れているので、21分程になる。
この20分程度の時間の中で、俺は彼女達に自らの身の安全の説明と、バッグを取られている可能性、自分の居場所、どのような状況下におかれているかを説明しなければならない。
だが、地霊殿にさとり達全員がそろっている可能性もある訳ではない。最悪さとりが居ればとりあえずは安心なのだが、居なかったらもう無理だろう。諦めるしかない。
俺はゆっくりとICレコーダーを服の中にしまい、時間が経過するのをひたすら待つ。暇なので寝たり持ってきてもらった本を読んだりするしかないのだが、それでも時間の流れが遅く感じてしまうのは、この一室に長くいるせいだろう。
他の部屋に行ったりすれば、時間の経過が早く感じたりするのだろうが、ソレも今のところは期待できない。
ゆっくりと読書をしながら、夕食を待つしかないなと思いつつ、俺は時間を潰していった。
きっかり19時に夕食を持ってきた咲夜に、俺は口を開く。
「ああ、そうだ十六夜さん。少し質問いいですか?」
すると、咲夜は少し首を傾げた後に、何でしょうかと質問を受ける体勢を取る。
「あのですね、風呂って何時入っても良いんですよね?」
すると、さも当然とばかりに咲夜はこっくりと頷いて
「ええ、何時でも構いません……」
一体どうしてそんな事を聞くんだとでも言う様な感じで答えてくる。もう少しだけ。後一つだけ聞いたら俺は質問をやめておこう。
そう思いながら、俺は再び彼女に向かって口を開く。
「それでですね、結構自分は長時間風呂に入るタイプなのですが、それでも平気ですかね? 昨日はささっと済ませたのですが……」
一応、昨日の時間が短かったという事を話しつつ、怪しまれないように長時間風呂に入りたいという旨を告げて行く。
すると、彼女は合点がいったかのように両眉を浮かせてからニッコリと笑い
「ええ、それでしたら御気になさる事は御座いません。ごゆっくりどうぞ」
と、何とも嬉しい事を言ってくれる。
こちらとしても、彼女がこの話を信じてくれたら、非常に好都合であり、行動を起こしやすい。
思わず笑みを浮かべてしまいそうになったが、グッと堪えて礼を言う事にする。
「ありがとうございます。やはり寝ている事が多いと、身体が固まってしまいまして……ゆっくりと風呂につからせて頂きたいと思います」
俺は礼をして出て行った咲夜の姿を見届けると、夕食を早々と食って、咲夜が回収に来るのを待つ。
この部屋でやる事は本当に少ないため、食事が唯一の楽しみになっていると言っても過言ではない。おまけに人の持ち家のために、煙草を吸う事も出来ないからストレスが溜まり放題である。
溜息を吐きながら、回収されるのをひたすら待つと、先ほどと同じく、ノックが3回響き渡り此方に話しかけてくる。
「大正様、食器の回収に参りました。宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
何とも繰り返されるこのやりとり。しかし、もう明日でソレも終わると思うと、ホッとする半面、すこし寂しくなるような気持りにもなる。
が、彼女は俺の従者でもないし、此処は俺の家でもないので、サッサと帰るのが普通の感覚であろう。唯単にあそこで寝ていただけなのだが、一応外来人だと思って助けてくれたのだろうから、礼をきちんと言わなくてはならない。
そんな事を思いつつ、咲夜が出て行ったのを確認してから、ICレコーダーを取り出してもう一度自分の曲がちゃんと確認していく。
あまり上手とは言えないが、自分の中では上手く歌えた方ではないかと思う。もちろん、紫とかと比べたら月とスッポンほどに違うだろうが。
ゆっくりとベッドから立ち上がって、扉を開け、脱衣所の中に入って行く。
しっかりと一番目、二番目の扉も閉めてからレコーダーの音量を最大にして鏡の前に置いておく。
そして浴槽と床を仕切っているカーテンを閉じ、その中でシャワーを全開にする。
一応、壊れてしまわない様に、レコーダーは薄いビニール袋の中に入れておく。
どうか彼女にばれないようにお願いしますと、神頼みを行ってしまう。勿論諏訪子と神奈子に。
不敬極まりないと言われてしまいそうだが、これが成功するかしないかによって、俺の精神的な負担が結構違ってくるのだ。
そう思いつつ、俺はレコーダーから音楽が流れるのを待つ。
数十秒後、俺の軽快な音楽と共に、俺の声が浴室内に響き渡る。時折シャワーの音に消されてしまう事もあるが、基本的に混ざって音が響き渡るので、咲夜にはシャワーを浴びながら歌でも歌っていると思わせる事が出来るだろう。
そんな考えを元に、俺はジャンプを決行していった。
余りにも時間が無いと判断した俺は、もう玄関の目の前ではなく、地霊殿の内部にジャンプをしてしまった。
大変失礼であり、かつ犯罪であるという事は重々承知であったが、それでも今回だけは見逃してもらいたかった。
俺は食堂に飛んだ事を把握すると、すぐに目の前のドアを乱暴に開けて、さとりの部屋にまで再びジャンプをする。
「さとりさん!」
その声と共に、俺は転移を完了する。
この時間帯では流石にさとりも中にいたのか、俺の方を見ながら目を丸くしてしまっている。
当然のことながら、俺の行為は彼女にとって想定の範囲外のものであり、眼を丸くするのは必然であると言えよう。
だが、此方も急いでいるので、長い時間を掛けて謝っている余裕など無い。
「耕也っ!? ど、どうしたのですか!?」
驚きの声を上げつつ、俺が突然現れた事について咎めと驚きの両方の表現をしてくる。
が、此処で俺が色々と焦ったりすると彼女との話しが全く進まなくなるので、俺はなんとか落ち着いた口調で話しを始める。
「勝手に入ってしまってすみません、さとりさん」
まずは頭を下げてその非礼を詫びる。
すると、俺の行動が彼女を落ち着かせる事に繋がったのか、彼女もバタバタさせていた両手をゆっくりと膝に下ろして口を開く。
「大丈夫です。貴方が此処に突然来るという事はそれなりの理由があっての事でしょう。続けて下さい」
事態を大体は把握してくれているのか、彼女は俺に言葉を続けるよう促してきた。
俺はありがとうございますと言ってから今俺の身に起っている事について説明を始めて行く。
「はい、時間が無いので手短に。さとりさんの依頼で山菜採りに行ったはいいのですが、途中で気を失ってしまい、気が付いたら紅魔館に収容されていたのです。そして現在、バッグごと行方不明になってしまい、館の外にも出させてもらえない状態です」
一応、レコーダーや風呂に入っている時間を考慮しつつ、空き時間を利用してきた事も告げておく。
すると、さとりは顔を渋くしながら少し考えるように拳を顎に当てる。
10秒程考えた後、さとりは眉を顰めながら返答してくる。
「それは拙い状況ですね……耕也は身の安全が保障されているのは周知の事実ですが…………鞄とゼンマイは取り戻せませんか?」
時間が無い事を理解してくれたのか、すぐに鞄について言及してくる。勿論、彼女にとって大切なモノが入っているし、ゼンマイも欲しいのだから、聞いてくるのは当然であろう。
俺はそのような事を短時間で感じ取り、すぐに返答していく。
「それが、私を助けてくれた十六夜咲夜という者は、収容する際に私のバッグを見てないと言っているのですよ……気を失った際には腕に絡まっていたのですが」
するとさとりは、俺の方ではなく、天井を物凄い睨みを利かせながら見上げて再び此方を困った顔で見つつ、口を開く。
「でしたら、確実に嘘ですね……彼女が確保しているはずです。基本的に眠っている時の貴方は、非常に領域の警戒度が高まるので、奪う事はほぼ不可能でしょう」
一体どうしてそんな領域の事を知っているのだろうかと思ってしまい、思わず口にしてしまった。
「あの、どうして俺の領域についてそんなに知っているのですか……?」
すると、しまったとばかりに口に両手をあてて、閉じるような仕草をするが、すぐにまた落ち着いたような表情にもどし口を開く。
「それについては置いておきましょう。とにかく、その十六夜という者が確実に持っているはずです。できる限りで良いですから、取り戻して下さい。……お金も少し弾みます」
やはり大事なモノであるらしく、取り戻す事を優先事項に加えてくる。これは当然ながら予想できたことであり、俺もそれに従うつもりである。
「やはり嘘を吐いていますよね……? ありがとうございます。…………ソレと、御心配をおかけして申し訳ありませんでした」
そう言いつつ、頭を下げて謝罪する。
日帰りの予定が、此処まで伸びてしまったのだから、謝るというのが常識であろう。
そしてさとりも頷きながら
「あまり私に心配を掛けさせないでください。大事な友人なのですから。お空やお燐、こいしも随分と心配していたのですよ? ですが、この状況なら仕方ありません。三人には私から伝えておきますから」
この言葉により、やや緊張した空気が弛緩し、ホッとできるような安堵感を齎してくる。
「ありがとうございます」
そこで、俺は腕時計を見て、残り時間が後少ししかないという事に気がついた。
すでにレコーダーを掛けてから17分が経過していた。もうそろそろ戻らなくては。
その事を俺は彼女に伝えるために、口を開く。
「すみません、そろそろ時間ですので、此処で失礼します」
「はい、では気をつけて下さい。まあ、貴方に気をつけてなんて必要ないでしょうけど」
口に手を当ててクスクスと笑いながらさとりが俺の言葉に返してくる。確かにその通りかもしれないけれども。
「ありがとうございます。では、また」
その言葉を言った後、俺はジャンプを敢行して、脱衣所にまで戻った。
「不味い不味い時間が無い……!」
そう独り言をつぶやきながら、急いで服を脱いで浴槽に突入する。時間を少しオーバーしてしまったのか、レコーダーの再生は止まっており、今までが無防備であったという事を如実に表していた。
それに気がついた俺は、すぐさまレコーダーを消滅させて、浴槽に飛び込む。
普段なら身体、髪を洗ってから入るのだが、今回ばかりは仕方がない。
そして、ソレが幸を成していたのかは分からないが、浴室の扉が大きく叩かれた。
ドンドンドン、と三回大きな音で。
一瞬にして身体が激しく震え、自分が大きく驚いている事に気が付く。いや、むしろ此処までタイミング良く来るとは思わなかったのだ。
そしてその荒いノックが聞こえたすぐ後に
「耕也様、いらっしゃいますか?」
少し焦ったような声色で問いかけてくる咲夜。やはりレコーダー程度では彼女の鋭い勘と思考速度には打ち勝てなかったらしい。すぐに怪しいと判断してきたのだろう。
もう少し遅れていたら、一体どうなっていた事やら。
俺は慌てて
「はい、いますよ!」
大きな声で返事をしてしまう。
すると、咲夜はえ? というような声を一瞬呟いたかと思えば
「あ、い、いえ。いらっしゃるならそれでいいのです……失礼いたしました。……大正様が入っている間、部屋の掃除をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
間一髪だったかもしれない……バレていたらバッグ等が取り返せなくなるし、地底出身だの何だのを話さないといけない可能性もある。
無駄に事を荒立てるのは良くないはずだし、どうせ明日か明後日には解放されるはずなので、このような事はこれっきりにしたい。
そう思いながら、俺は肩まで湯船に沈めた。
「失礼いたします、大正様」
私は彼の部屋の掃除をするために、部屋を訪れる。否、掃除をするだけではなく、健康状態の把握、監視の意味も含めて訪れるのだ。
彼の健康状態が向上するに従って、血の質も更に向上するという事は明白なので、彼にはどんどん元気になってもらいたい。
そう思いつつ、私は目の前のドアのノブを開けてから、ゆっくりと入って行く。
入って行くと同時に、微かな音声と、水の流れる音がこだましているのが聞き取れた。
返事が無かったのは、やはり彼が風呂に入っているからだという事なのだろう。先ほど長風呂をしても良いですかと言ってきたのだから。
身体のコリをほぐし、血行を良くして、更に血の質向上を目指す。食べられてしまう自分をもっと美味しくしようと努力する血袋。
一体どこの料理店だと思ってしまい、思わずクスリと笑ってしまう。今回は、クリームを身体に塗るのではなく、垢を落すために肌を擦るのだろうが。
そして私は表面の目的である清掃を行っていく。
壺や絵画の上部、時計に至るまでの全ての装飾品に対して念入りにハタキで埃を落す。
毛先が非常に細い箒等を使い、更にそれらを集めてチリ取りに入れて、綺麗にしていく。
ふと、私はある違和感に気がついたのだ。
浴室から流れてくる音楽……いや、大正耕也の歌っている曲。
歌を歌う事自体に文句がある訳ではないのだが、その歌い方が何かおかしい。
既に3曲目に映っているのだが、その音量が一定な気がしてくるのだ。普通なら、風呂に入ると水圧により少々肺が縮小する。そのため、歌い方に変化が表れるはずなのだ。
おまけに、シャワーから水が出る音が鳴りやまない。何時まで経ってもだ。10分以上同じ音が流れ続けているのはあまりにも不自然であり、ソレが歌への違和感を更に増大させる。
シャワーを浴びているのなら、音の変化があるはずで、更には歌もくぐもったり途中で途切れたりするはず。
普通では考えられない現象に、私はしばしその場で立ち尽くしてしまう。
ジッと聴覚に集中させて音を聞き逃さない様にしていく。
温泉に関する歌のようだが……下手ではないが、上手くもない。そして、この曲が終わった時に次の曲が流れるのを待つ。
20秒程の間隔。違和感がもう一つ判明したと言える。
この前もそうであったし、更にその前も20秒の間隔をあけて次の歌に入るのだ。普通だったらあり得ない。意図的にこのような事をしない限りはあり得ないのだ。
いくらなんでもこれは風呂で歌うような間隔ではない。もっと短かったり、もっと長かったりするはずなのに、一定の間隔をあけているのだ。
そしてこれらの違和感から推測できる一つの答え。
その答えに辿りついた瞬間に、身体が氷に包まれてしまったかのように冷たくなるのを感じる。ぞっとするような寒気。
冷や汗がドバッと身体中から湧きでてくるのが嫌でも分かった。
それは、あり得ないという事が分かっているのに、創造してしまうのだ。あってはならないし、ある筈がない。
そしてそれは彼にとっては不可能な行動であり、そのような道具も無い。
だが、それははっきりくっきりと私の脳に浮かべ上がっていた。
「彼がこの部屋から脱走した」
口に出してしまうほどのとんでもない答え。
汗が垂れて床を濡らしていく。
居ても立ってもいられなくなり、私は足早に脱衣所の方へと向かって行く。
5曲目が終わって少し経つが、中のシャワーが止む気配はない。
また、近づいてみると分かるが、人の声で此処まで変な響き方はしないというのが私の脳内に浮かんでくるのだ。
考えてみればそうであった。アレは人間の出すような声ではなく、何とも無機質な声であったと。
ゴクリと唾を飲み込んでから、脱衣所のドアを開けて行く。
いない。勿論此処にはいないだろう。風呂に入っているのならば。
ゆっくりと風呂場と脱衣所を仕切るドアへと向かい、少し荒めにノックしてみる。
「大正様、いらっしゃいますか?」
大きめな声を掛けて。
すると、シャワーが止んで中から声が聞こえてくる。
「はい、いますよ!」
そのような声が。
その瞬間、張り詰めていた緊張感が一瞬にして弛緩していくのを感じ、ドッと安堵感が心を満たしてきた。
「あ、い、いえ。いらっしゃるならそれでいいのです……失礼いたしました。……大正様が入っている間、部屋の掃除をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
そうだ、いないわけがない。彼が脱出できる何て事は絶対にあり得ないのだ。
御嬢様の為の食糧なのだから脱出されては私の面目が丸つぶれになってしまう。しかも、この男は御嬢様が絶対に飲んでみたいと言うほどの血の持ち主。
決して逃してはならない。明後日が決行日なのだ。それまで何とか男を此処に留めておかなくては。
そう思いつつ、私は汗を拭って掃除を再開した。
今回の話しはいかがでしょうか? もし宜しければ、御感想を宜しくお願い致します。
ちょっと心配なのが、マンネリ化してないかなあということですが、もししてると思った方は、遠慮なくお書き下さい。