東方高次元   作:セロリ

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どうもセロリです。最新話をどうぞ。

やっと次の話から本番に入れそうです。今回の話は本当に静かな紅魔館の一面と言う感じでしょうか。でしょうかしょうか。


107話 やっぱり食事と言えば……

やっぱりそうなるよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニッコリと笑ったレミリアが此方を見てくる。穴が開くように、まるで獲物を見定めるかのような目で。

 

ソレを認識した瞬間、背筋に震えが走り思わず足を止めてしまう。いや、気絶してしまうほどの威圧感と言うものではないのだが、初対面で此処までされると中々にきつい。

 

まあ、俺の事を恐らく餌としか思ってないから、俺の気持ちなどどうでもいいのだろう。彼女が満足するまで俺はただ期待される行動をとるだけなのだ。

 

そう思うと、何とも言えない苛立ちの様なものが湧いてくるが、逆にこれは好機なのではないかと自分は思った。

 

「初めまして……ええと、御嬢……様?」

 

まだレミリアの名前を聞いていない事を思い出し、咄嗟に彼女の事を御嬢様と呼んでしまったが、果たしてどうだろうか?

 

俺は流石に此処で失礼はないだろうと思っていたのだが、咲夜曰く気難しい性格だとのことだから、もしかしたらという事もある。

 

ソレを頭の隅に入れてから彼女の言葉を待っていると、

 

「フフフ、レミリアで良いわよ」

 

と、笑顔で此方に返答してくるレミリア。

 

そこまで気難しい性格ではないかもしれないと思ったのだが、恐らくこれは獲物に安心感を与えるための演技だろう。

 

そう結論付けると、より一層此方が相手を油断させてから情報を引き出さなければという思いになる。

 

これが好機。向こうが油断しているのなら、此方からの情報の引き出しやすさは格段に上昇するはずである。

 

彼女から鞄が何処にあるか……たったその一言さえ聞く事が出来れば、全ては解決するのだ。捨てられていなければの話だが。

 

俺は彼女の言葉に

 

「ありがとうございます。では、レミリア様……と」

 

そう言うと、レミリアは満足したようでコクリコクリと頷きながらテーブルをトントンと叩いて

 

「ほら、そこに立っているのも億劫なだけでしょ? 向かい側に座ったらいかがかしら?」

 

「ありがとうございます」

 

俺はそう言いながら、彼女の言葉通りにテーブルへと近づいて、失礼のないように静かに椅子を引いて座らせてもらう。

 

俺が座った事を確認したレミリアは、指をパチリと鳴らして

 

「咲夜、彼に食事を」

 

そう指示を出していく。

 

「かしこまりました御嬢様」

 

咲夜は一礼をしてその場から一気に消えて行く。時間を止めて移動したのだろう。やはり目の前で消えて行くのは何時も新鮮に感じられてしまう。

 

紫のスキマでの移動法や他の妖怪の瞬間移動とは違って、時間そのものを止めて移動しているのだから、新鮮に映ってしまうのは当然と言えよう。

 

俺は彼女の去って行った後を少しの間見続けていると、対面から笑い声が聞こえてくる。その笑い声は快活な笑い声ではなく、まるで悪戯が成功した事を隠すための小さな笑いのように聞こえる、クスクスと。

 

その笑い声に釣られるように、先ほどの場所から視線を外し、目の前のレミリアに目を向けて行く。

 

すると、レミリアが

 

「フフフ……ちょっと驚いてしまったかしら?」

 

「え、ええ。いきなり消えてしまったので、一体どうしたのかなと思ってしまいまして……」

 

彼女は俺の答えに満足したのか、彼女は目を瞑りながら手を口元に当てて更に笑いを深くしていく。

 

クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス。

 

静かな大広間にその笑い声だけが響き渡って行く。永遠とも思えるほどの笑い様。俺はこの異様な光景に不気味さを感じるとともに、彼女の息は一体どこまで続くのだろうかと言う何とも間抜けな事を心配していた。

 

ひとしきり笑った後、レミリアは目尻に溜まった涙を拭ってから此方に口を開く。

 

「ごめんなさいね。余りにも驚く様が面白くって……」

 

レミリアは俺を笑った事を謝罪すると、

 

「使用人の咲夜は手品が非常に上手くてね……ああいった事をするのがしょっちゅうだから初めての人は驚くわ」

 

初めてという訳ではないのだが、やはり見るたびに驚いてしまうのは、彼女の言わんとする慣れていないという事だろう。

 

確かに、俺以外の人間なら嫌でも驚く羽目になるだろう。勿論、妖怪等が跋扈する幻想郷に住む人間ですら、だ。

 

俺はそのような感想を頭に浮かべながら、彼女の言葉に返していく。

 

「ああ、そのような特技があったんですね……。手品というのは舞台等でしか見た事が無いので……」

 

もちろん、彼女の言っている事は嘘以外の何ものでもない。この状況下では手品と言った方が、俺を変に刺激せずに済むという思惑もあるのだろうが、彼女の能力を知っている俺からすれば、余りにも怪しいとしか言いようがない。

 

そしてそう返事を返すと、彼女は興味深そうに目を瞬かせて俺の方に少しだけ身を乗り出させてくる。

 

「ちょっと興味があるわね……もしよかったら、貴方の話を色々と聞かせてもらいたいのだけれども……良いかしら?」

 

やけに饒舌だなと思いながらも、俺は彼女の言葉に素直に答えていくとする。

 

普通なら、外の世界から来てしまった人間に対して、此処まで好意的に接してくる事自体が怪しいのに、俺はこれを受け入れてしまいそうなのだ。

 

彼女の悪魔としての本質なのか、それとも目の前の少女が本来持つ快活さと素直さが成せる技の一つなのだろうか?

 

どちらの判断もできない俺は、唯彼女の問いに口を開くのみである。

 

「例えば、どのような事でしょうか? 絞っておかないと多すぎて話せませんので……」

 

すると、彼女は俺の言葉に少し悩むように顎に手を当てて、考えてから此方に笑みを浮かべてゆっくりと口を開く。

 

「そうね、まずは貴方の出身地とかよりも、どうしてこの地に来てしまったのかを聞いても良いかしら?」

 

彼女の言葉からは本当に好奇心と言うモノが漏れ出てきているのが手に取るように分かる。俺が一体どうしてこのような所まで来てしまったのかという点が、最も彼女の興味を引く対象なのだろう。

 

俺が外の世界から来たと思っているのだから、俺が本当に本当に偶然この世界に迷い込んでしまったか、それとも外の世界に絶望して自殺しようとして此処に来てしまったのか。

 

恐らく彼女の頭の中では、俺はこの地に来たのは後者が理由であると踏んでいるのだろう。

 

だが、彼女は頭が悪い訳ではないので、俺が此処に来てしまった理由を聞いて素直に喜ぶような愚行を、はたして犯すだろうか?

 

俺はレミリアを少し観察するように、見てみる。そこまで違和感がないように、かつ自然な動作で。

 

本当に少しの時間。俺の普段観察するのとは全く持って短い時間。

 

だが、それでも彼女の表情……というより目からはある程度の好奇心と冷酷さが滲み出ているのが分かった。

 

好奇心はともかくその冷酷さが少し怖く感じる。

 

俺を処理するというのは分かり切っているため、ソレを何時敢行するのかが気になる所。彼女に何かしらの深い考えがあるのかは現時点では分からないとしか言いようがない。

 

現時点ではその殺気も無い冷酷さだけでは、その時間帯は分からないので俺は諦めて彼女に身の上を話す事にした。勿論嘘八百ではあるが。

 

「はい、実を言いますと……私は大学生でして、休みの日を使って登山をする事が趣味なのです。その際にですが、斜面で足を滑らせてしまい、転げ落ちて気絶してしまったのです。そして目が覚めたらこの地にいたという感じです……」

 

俺の言葉を目を閉じて聞いていた彼女は、内容に満足がいかなかったのか、此方に向かって少し眉を顰めながら質問をしてくる。

 

「それだけなのかしら……? もっと他に理由があるとは思わないのかしら? 此処に来てしまった理由には偶然ではすまされない……非常に重要な要素がからんできてるはず。例えば……」

 

そこまで言ってからレミリアは、此方に向かってニヤリと笑ってから口を開く。

 

「世の中に絶望してしまったり、自殺したくなったり……?」

 

彼女の声は、まるで此方鎖で縛りつけるかのようにねっとりとした声色であった。まるで蛇に睨まれた蛙を意識させる声。此方が必死に抵抗してもその言葉だけで屈してしまいそうな禍々しさ。

 

だが、それらを前面に押し出しておきながらも、言葉の端々からは好奇心が覗かせてくるのが分かる。そしてソレを裏付けるかのように

 

「吐き出してしまったらどうかしら……? 相談という風に捉えてもらっても構わないわよ……?」

 

此方に向かって相談を促してくるのだ。だが彼女の場合、相談という生易しい物ではなく此方の弱みを存分に引き出そうとでも言うかのようなニュアンスである。

 

俺の物語が、彼女の味わう血の食前酒たりえるかどうかといったところであろうか?

 

とりあえず、このままでは話しが進まないので、俺は彼女の言葉に素直に答えて行くとする。勿論、彼女の思う通りのシナリオを無理なく違和感なく脳内で作り上げながら。

 

「ええ、まあ……確かにそのような事もありましたが……話してしまって良いのでしょうか……?」

 

なるべく悲壮感漂うように……溜息を吐きながら、如何にも俺は鬱状態ですというかのように。

 

改めて彼女に問うてみると、彼女はニッコリと笑いながら

 

「ええ、その方が貴方にとっても良いはずよ……? この地に流れ込んでくる者は、得てしてそのような理由を持つものが多いのよ……? 少しは周りに頼ってみたらどうかしら? 話して楽になる事もあるだろうし」

 

そう言いながら、レミリアは目を閉じてフフンと得意げな顔をして此方に話しかけてくる。

 

確かに彼女の言っている事は理にかなっているし、カウンセリングとまではいかなくともよく使われる手法ではある。

 

が、この状況でソレを使われてしまうと逆の印象を持つのは言うまでもなく。

 

俺はコクリと唾を飲み込んでから彼女の言葉に従って、話しを始めて行く。

 

「……………………はい、私は確かに大学生活を送る上で、確かに詰まらない世の中に絶望の様なものを感じていました。こんなつまらないサイクルを繰り返していくだけの生活に一体どんな意味があるのか……ただ、目の前の用紙に数字を書き込んで点数を貰い、適当な事を友人に話して帰り、ご飯を食べて寝る。本当に詰まらない日々にうんざりをして、気晴らしに山を登ってみる……それでも気が晴れないのです。本当に詰まらない世の中だと……」

 

そこで一度言葉を切って、深呼吸してからもう一度言葉を紡ぎだしていく。

 

「まあ、そんな世の中に嫌気がさし、何時事故死しても良いと思っていたら、山で踏み外してこのざまだった訳です……」

 

すると、レミリアは深くゆっくりと頷きながら、大変だったわねと返してから

 

「じゃあ、貴方のその……大学とやらの様子とかを話してもらっても良いかしら? 此方の」

 

その他にも色々な事を話していく。

 

「大学は主に化学系を……いえ、大学生活でしたね。学校では友人と他愛もない話しをして時間を潰し、そして90分の授業を消化したり等と、何の面白みも無い生活ですよ……」

 

余り語る事はないという意味を込めて彼女に説明していく。

 

勿論、これはレミリア用のセリフで、実際の俺はこんなに枯れてない。大学でゲラゲラ笑っていた事も多いし、研究に忙しい毎日を送ってもいた。

 

充実しており、回線を介して学校の友人と夜遅くまで話しもした。宅飲みで酔いつぶれたり酔いつぶしたり、たこ焼きパーティーやったりなどなど。

 

紫にこの事を話したら、一発でバレてしまいそうだが、相手はレミリアなのでそこまで警戒する必要はないだろうし、どうせすぐに此処から居なくなるのだから別に構いやしないだろう。

 

そんな事を想いつつ、俺は彼女の反応を待つ。

 

嫌な沈黙……とまではいかないが、彼女が俺の言葉を消化する時間が非常に長く感じる。嘘だとバレやしないかという僅かながらの心配から、上手くあの鞄を取り戻せるよう仕向けられるかどうかという大きな不安まで。

 

その沈黙を破るかのように、レミリアが

 

「そうね……貴方は本当に世の中がつまらないから、此処に来てしまったのね?」

 

そう言いながら、立ち上がって此方に近づいてくる。その小さな身体を移動させながら、俺の座っている椅子に近づいてくる。机を迂回しながら、静かに近づいてくる。

 

俺の丁度横に彼女が来たとき

 

「じゃあ、こう言った事はスリルがあって、面白いと思わない?」

 

そう言いながら、彼女は今まで隠していたであろう、悪魔の象徴たる羽をバサッと広げる。

 

そして天井に吊り下がっていた蝙蝠が一匹、レミリアの傍に飛んで来て、差し出された手に留まる。

 

愛しい家族を想うかのように柔和な笑みを浮かべて

 

「咲夜から聞いているとは思うけど……ほら、この羽は貴方の欲するスリルそのものよ?」

 

そう言いながら、羽をパタリパタリとゆっくりはばたかせながら、自分は人外であるという事をアピールしてくる。

 

お前の求めていたスリルは此処にあり、そして鬱屈した外の世界とは違った喜びがこの世界にはあるのだと見せつけてくるのだ。

 

幽香や紫や藍、幽々子等といった人でない者達を間近で見ている俺からすれば、大した驚きでもないのだが、今の俺は外の世界から来た人間という設定にしなければならないため、口をあんぐりと開けて

 

「ほ、本物ですか……?」

 

と言いながら目をパチパチさせてみる。

 

勿論、この反応は彼女にとって正しいものだったのだろう、レミリアは満足そうにフフフ、と笑ってから

 

「そうよ……これは貴方が望んだスリル、喜び、異形、畏怖、突破口、外の世界には無い人にあらざるモノ。そんな全てを凝縮した姿が私……」

 

素晴らしいと思わない? とでも言うかのようにクルリと回って歯を見せながらニヤリと笑う。

 

口に手をやり、指を突っ込むようにして頬を横に釣らせていく。

 

そこに見えるのは彼女を吸血鬼であると、更に認識させる鋭い犬歯が上下に並んでいた。

 

剃刀のように切れそうだという印象、その反面引きこまれてしまいそうな程の柔らかな肌を晒している口は、その相反する要素があってか酷く卑猥にすら見える。

 

この吸血鬼に血を吸われてみたい。この少女に屈服し、血を、命を、魂すらもささげてしまいたい。そんな欲求が沸々と湧きあがってくるのだ。

 

恐らく……俺が何も知らない唯の一般人ならば、すぐさまその場に跪いて今までの下らない話しについて謝罪し、下僕に加えて下さいと言ってしまっただろう。

 

そんな危険な魅力が彼女にはあった。これが人外の持つ魅力。吸血鬼特有の魅力。

 

だが、此処で負けてしまっては流石に格好がつかないし、何より紫が監視している事だろうから、後で大目玉を暗い事間違いなしなのである。

 

「吸血鬼……本当にいたんだ……」

 

その様に、信じられないモノを見たかのように呟いて行く。

 

この俺の心情、レミリアの考え、そしてこの状況全てが分かるモノがこれを見たら、恐らく滑稽極まりないモノになっているだろう。恐らく俺がこの状況を操っているようで操り切れていないという点で。

 

「そうよ、貴方の言う通り、吸血鬼は此処に居る…………。私は500年の時を生きる最古の吸血鬼……スカーレットの名を継ぐ最強の吸血鬼の1人よ……」

 

恐らくフランドール・スカーレットが此処に追加されるのだろうが、恐らくソレを見る事はないだろう。その前に彼女が俺に対して処分を下すだろうから。

 

いや、違うか……彼女が地下から出てこないという事が分かり切っているから、見る事が無いのだ。

 

俺はそう思いながら……彼女に向かって

 

「きゅ、吸血鬼は確かに妖怪の中でも最強ですからね……」

 

褒める。褒めちぎる。正直な話、紫がいるもんだからこの言葉はリップサービス以外の何ものではないのだが、こうでも言っておかなければ彼女の機嫌を損ねる可能性が高い。

 

が、もしこれで彼女が喜んでくれるならば……

 

「あら、外の世界の住人でもそれぐらい知ってるのね」

 

喜んでくれるならば、御しやすい。

 

俺がハイ、と答えた所でまた一匹の蝙蝠が彼女のそばに近寄って耳に何かをささやいて行く。彼女自身が蝙蝠に変化できるという事を鑑みると、天井に止まっている蝙蝠達はレミリアの身体の一部なのだろう。

 

レミリアはそう、と答えてから此方に向かってにこりと笑う。

 

そして何かを囁いた蝙蝠は、此方に目もくれず天井へと羽ばたいて行く。

 

「そろそろ料理が来る頃よ……席について待ちましょう」

 

レミリアはクルリと方向転換させて、フリルを揺らせながらゆっくりと歩いて椅子にちょこんと座る。

 

正直な話し、容姿で判断してはいけないとは思うが、本当にこの少女があの名高い最強の吸血鬼なのだろうかという疑問はあるにはある。外の世界から来た視点云々ではなく、今まで見てきた妖怪等と比較して。

 

確かに萃香等といった小柄な妖怪でも、凄まじい力と圧倒的な妖力を兼ね備えている者もいる。だが、それでも目の前の少女からはそのような力があるとは思えないのだ。

 

重厚な威圧感は勿論あったし、ソレが彼女の力のほんの一部だといことも理解している。

 

ひょっとして平和な時期が随分続いたせいか、鈍ったのかなとも思いつつ、彼女の姿を見る。

 

すると、何か? とでも言うかのように首を傾げて此方に視線をくれる。

 

いえ、何でもないです、と言いながら俺はひたすら料理が来るのを待つ。

 

そのような考えに至った瞬間

 

「失礼いたします」

 

ノックをしてから扉を開け、台車を押してくる咲夜がニッコリと笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「御所望の料理は此方で宜しいでしょうか?」

 

咲夜がクロッシュを開けると、懐かしく、そして食欲をそそられるいい香りがしてくる。

 

勿論、天ぷらは別皿に置かれており、揚げたてのためか湯気が若干昇っている。

 

俺は思わずゴクリと唾を飲み込んでから

 

「はい、それで合ってます……ありがとうございます十六夜さん」

 

そう言うと、彼女は微笑んでから此方のテーブルに器を移動させてから、天ぷらを落し込んでいく。

 

その瞬間、醤油ベースと天ぷらの絡んだふわっとした匂いが顔を覆い、何とも言えない幸福感が満たしてくる。

 

今まで作っていたのは自分だし、おまけに蕎麦なんて創造したモノしか食べた事が無かった。他人に作ってもらった蕎麦と言うのはこの世界に来て初めてであり、それだけで涙が出てしまいそうになる。

 

俺はこれを作ってくれた咲夜に感謝しながら、箸をとろうとすると、一つの違和感に気が付く。

 

その違和感は決して見逃してはいけないほどのもので、ついつい首を捻って咲夜の方に顔を向けて尋ねてしまう。

 

「あの……十六夜さん?」

 

すると、咲夜は尋ねられたのが意外だったのか、首を傾げながら此方に顔を向けてくる。

 

丁度視線が直線状でぶつかる状態。思わず目を逸らしてしまいそうになるが、此処はグッと堪えて彼女に質問をする。

 

「あの、レミリア様の御食事が無いのですが……」

 

そう言うと、今度はレミリアから声が掛かってくる。

 

「ああ、それなら大丈夫よ?」

 

そちらに顔を向けてみると、レミリアは何もおかしくないとばかりに両手を合わせて此方にフフンと得意げな顔を向けてくる。

 

「問題が無いとは……?」

 

「私は貴方の少し後で食事をとるわ……ささ、私の事は気にせずゆっくりと楽しんでちょうだい? 麺が伸びてしまうわよ」

 

そう言いながら、早く食べる姿を見たいとでも言うかのように、レミリアはニコニコしながら此方を見つめてくる。

 

一見本当に唯の純粋な笑顔にしか見えないのだが、俺はあるモノを目にした瞬間、背筋がゾクゾクと震えてしまった。

 

ほんの一瞬の出来事である。この事を見逃していたのなら、俺はまだゆっくりと食事をとる事が出来たのかもしれない。

 

レミリアの目が、瞳孔がまるで猫のようにキュウウゥゥゥッと細くなり……そしてまた人間のような丸い形に戻ったのだ。

 

獲物を見定めるような、そして完全にロックオン舌とでも言うかのような強烈な眼差し。

 

思わず持っていた箸をとり落しそうになってしまった。

 

(やはりこれは拙い状況かな……)

 

表情には出さない様に、あくまでも気がつかなかったように振る舞え。そう自分に言い聞かせながら蕎麦に手をつけていく。

 

人の手で切られているのにも拘らず、まるで機械で切ったかのように整っている麺については素直に関心するし、香ばしさ満点の天ぷらも非常に良いと思う。

 

が、肝心の味が良く分からなくなってしまった。

 

果たして本当に成功するのか? 緊張してしまうのは仕方がないことだろう。一挙手一投足が今後の展開に響いてくるはずなので、その調整が非常に難しいのだ。

 

おまけにレミリアと咲夜の2人がまるで穴が空くほどに見てくるため、自然と動きもぎこちなくなってしまう。

 

これは一種の拷問なのではなかろうか?

 

麺を啜りながら

 

「十六夜さん……これすごく美味しいです」

 

適当に感想を述べて行くことしかできない。陳腐にも程がある感想だが、それぐらい言っておかないと彼女達は俺を怪しむだろうし。

 

「ありがとうございます。作った甲斐がありました……」

 

咲夜は本当に嬉しそうな声で言ってくる。これがこの状況でなければ本当に良いやりとりなのだが……。

 

「所で咲夜、外の天気はどうかしら?」

 

レミリアが突然咲夜に向かって天気の事を聞いていく。

 

その質問に対して、咲夜は微笑みながら

 

「ええ、とても良い天気ですわ……客人達ももうそろそろ此方に到着するころでしょうから、準備が必要になるかと……」

 

「ああ、貴方は気にしなくていいわ。咲夜との話しは唯の天気情報なのだから……」

 

笑みを浮かべながら、早く食べなさいとばかりに啜る動作をしてくるレミリア。

 

「は、はあ……」

 

そう間抜けな返事をしながら、俺は食べる事に没頭する。

 

俺の前でこのような話しをする事自体がナンセンスなのに、一体どうして急に……。

 

その疑問が強く浮かびあがってくるが、現時点では目の前の料理を消化することしかできず、彼女達の会話から推測するしかない。

 

やれ図書館だの、門番だのと色々とこの館における重要人物の情報が出てくる。また、外の天気についてとても良い天気だと言っている事自体あり得ない。吸血鬼にとってはいい天気かもしれないが……。

 

恐らく先ほど言っていた客人達と言うのは、霊夢と魔理沙の事であろう。間違いないと思う。

 

そして図書館云々はパチュリー、門番は美鈴。

 

此処まで情報が出てくると、最早朝方あたりに考えていた霊夢とばったり会うというのが現実味を帯びてきた気がする。

 

さてさて、この蕎麦を食い終わる前に彼女達から俺の荷物の在り処を聞かなくてはならないな。

 

そんな事を思いながら、俺はレミリアに向かって口を開く。

 

「あの、レミリア様……」

 

「何かしら? もしかして、料理が口に合わなかったかしら?」

 

「いえ、そうではないのです。一つ聞きたい事がありまして……私の荷物を知りませんか?」

 

すると、レミリアは荷物? と一瞬だけ不思議そうな顔を浮かべてから、手をポンと重ねて

 

「そうそう、咲夜には隠しておけと言っていたのだけれども、危険物が無いか調べさせてもらったのよ。貴方に対して害の成す……ね? わるかったわね、後でパチュリーに持ってこさせるわ。ああ、パチュリーと言うのは私の友人で図書館の秘書をしてる魔女なのよ」

 

「い、いえ……危険物があるのかどうかは調べる必要はありますよね」

 

何とも嬉しい事に、荷物の在り処と同時にパチュリーの事まで話してくれた。まあ、パチュリーの事は知っていたから意味無いかもしれないが。

 

だが、荷物の事まで話してくれたのは非常にうれしい。本当に俺が唯の外来人だという認識をしてくれているからこそ、このような情報までポンポン流してくれるのだろう。

 

ゆっくりと麺を啜り、汁もゆっくりと飲んで、なるべく時間稼ぎができるように配慮していく。

 

が、それでも消費するという事に変わりはないので、みるみるうちに器の中身が無くなって行く。

 

「あら、もうそろそろ食べ終わるのね……おかわりは大丈夫かしら?」

 

レミリアが何とも嬉しそうに尋ねてくる。そして嫌な事に、再び瞳孔が細くなって元に戻る。威圧としか思えないのだが……もう隠す気が無いのだろうか?

 

俺はゆっくりと箸を置いて、両手を合わせて御馳走様をする。

 

「いえ、もうお腹いっぱいです。十六夜さん、こんなに美味しい蕎麦を御馳走して下さり、ありがとうございました」

 

「いえ、そのような事は……」

 

今度はレミリアに

 

「レミリア様、私の様な者を助けて頂き、また療養までさせて下さった事、誠にありがとうございます。感謝してもしきれません」

 

そう言って、頭を下げて行く。

 

「いいのよ、偶々貴方が私達の目の届くところに居ただけの事よ……気にする事でもないわ? 安心しなさい、ちゃんと貴方の荷物は預かってあるし……」

 

そのように言葉を返してきたレミリアは、嬉しそうに手をパンパンと叩きながら再び口を開く。

 

「では、そろそろ私も食事をとろうかしら。咲夜?」

 

「かしこまりました」

 

そして唐突にレミリアが食事宣言をすると、直後に咲夜が頭を下げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、全ての景色が灰色に染まった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話はいかがでしょうか? もし宜しければご批評等をお願いいたします。

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