東方高次元   作:セロリ

115 / 116
お久しぶりです。セロリです。

お待たせしてしまい、申し訳ありません。研究等が忙しく、中々執筆が進まない状況です。
頑張ります。

では、最新話をどうぞ。


108話 思わず溜息を吐きたくなった……

いやもうそれは本当に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚愕。

 

まさにそれは驚愕と言うべきだろう。

 

私にとって、時間の操作など造作も無い事であり、其れをもって今まで数々の困難に打ち勝ってきた。紅魔館に侵入しようとしてきた不逞の輩を撃退するためにも時間を止め、相手の反撃を許さず一撃のもとに葬り去ってきた。

 

いつも私の優位性は覆ることはなかった。ただ、過去に起きた八雲紫の侵攻については幼いころなので、今の実力で勝てたかどうかは分からないが……。

 

其れを抜きにしても、今までの実績は私のメイド長としての地位を確固たるものとしていたし、美鈴や妹様、お嬢様の深い信頼を得る切っ掛けにもなったと自負している。

 

勿論、其れが私のプライドにも繋がっていたし、より家族の幸せのために尽くすという行動理念にもなっていた。それは間違いなく私の生きがいであったし、今日の私の姿にも繋がっている。

 

だが、どうしてだろうか。どうしてこうも例外と言うものはこの世に存在してしまうのだろうか?

 

いや、私たちがいるこの地が、幻想郷という時点で例外が発生するのは仕方がないのかもしれないが、今回は極めて異例な事態だと思う。

 

其れを裏付けるかのように、この状況を素直に受け入れられない自分がほとんどであるという事については否定しない。

 

それほど目の前の光景は異様であるし、信じたくない光景であった。

 

だから、私は机に突き立てたナイフを抜きとりながら、体を怒りか畏怖なのか分からないモノで震えさせながら、叫び散らす様に怒鳴る。

 

「なんで……なんで動けるのよっ!」

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

全ての景色が灰色へと変化する。

 

これは私の能力による副産物であるが、これが私の能力の作動を証明する1つの指標でもある。

 

だから、これが私の世界になったという証拠であり、この光景を見るたびに自分が安心できるのだ。

 

自分だけがこの時間の中で動けるという優越感もあるかもしれないが、何より自分だけの時間を所有できているという気持ちが強いのだろう。

 

だから、其れが万が一にも崩された場合には、ショックで心臓が止まってしまうかもしれない。

 

そんな事を思いながら、私はゆっくりと目の前の大正耕也とやらをどう殺していくかを考えていく。

 

彼には悪いが、お嬢様、妹様の糧となってもらわねばならない。彼がどの様に人生を歩んできたのかは分からないが、お嬢様の言う通り、彼自身が外の世界から忘れ去られてここに来た事に間違はいないのだから。

 

あの草原で捨てられたかのように汚れた服装を身に纏い、疲れ切った顔をして眠りこけているのだ。如何に外の世界で悲惨な生活を送っていたかは想像に難くない。世界に絶望し、自らの生存願望すらも捨てた結果、この幻想郷にたどり着いたのであろう。

 

自らの首を切るなり、野垂れ死のうとしていたのかは分からないが……。

 

何にせよ、彼がどこかで野垂れ死に、微生物の糧になるぐらいならば、その美味そうな血をお嬢様方に提供した方がまだ利用価値があるというもの。

 

ならば、早急に彼を楽にしてあげねば。

 

そう思いながら、私はゆっくりとした足取りで彼に近づいていく。自分で言うのもなんだが、捕食者が獲物に気づかれない様に忍び寄るような形で。

 

恐らくこれは緊張も含まれているのだろう。人間の解剖ぐらいは外の医学書など見て実際に死体を捌いた事があるのでできない事はないが、本当の意味で人間を殺すのは初めてなので些か心拍数が上がっているのだ。

 

だから、自然と足が遅くなってしまう。今まで人間から血を抜き取って、そのまま外に追い出す形を取っていたのだから……。

 

そこで、足を進めていくうちに、ある不自然さに気がついた。

 

何かがいつもと違う。

 

妙なざわめきが心を支配し始め、段々と其れが緊張から恐れへとシフトしていくのが分かる。重大な何かを忘れてしまっているかのような。これを見逃してしまっては今後の展開、予定に凄まじい悪影響を与えてしまうというとでも言うかのように。

 

それは、能力を使用をしてからすぐに気が付くべきものであったが、自分の能力を完璧だと過信していたからか、はたまたその違和感、相違性に気がつきたくないという願望を基に脳がその事実を受け止めきれなかったのか、受け止める事を拒否したのか。

 

どれともつかないこの事態に戸惑いを覚えながらも、私はそれを目に入れていく。

 

(大正耕也だけ色がある……?)

 

本来なら私だけが色を持つはずなのにもかかわらず、今回の能力使用では彼にも色が付いている。

 

一体何故……?

 

疑問しか浮かんでこない。彼は落ち着いて息をしているようにも見えるし、恐怖ですくんでしまっている様にも見える。ただ、彼だけが私の能力の効果範囲外にいるという事に変わりはない。

 

この事実が変わらないだけで、全ての考えが無に還ってしまうのではないかとすら感じる。

 

だが、自分の時間が一秒一秒と過ぎ去っていく内に、先程の恐怖感とはまた別の焦燥感が急速に湧きあがってくる。

 

目の前で沈黙を決め込んでいる男を早く殺さなければ。一刻も早く殺さなければ……。

 

これ以上この男を野放しにしておくと危険である。私だけではなく紅魔館全体が危険に晒される。

 

殺してしまえば血を献上するだけ。血を献上してしまえばあとは博麗の巫女と戦えば済む。平和が訪れる。そう、平和を訪れさせなければならないのだ。

 

と、そのような考えが凄まじい勢いで脳内を駆け巡ってくる。

 

手に持つナイフを構え、ゆっくりとした歩みから焦りの早歩きへと。すぐに訪れるであろう血しぶきを受け止めるためのボトルを左手に持ち。

 

首を真一文字に。骨ごと切り裂いてしまわなければならない。このような強烈な強迫観念とともに、私はナイフを彼の首の傍にまで持っていく。

 

「死になさい……」

 

目の前の異常現象を消し去るかのごとく。自分の安定を求めて。

 

その二つの意味を込めて私はナイフをいよいよ首に到達させようとしたとき

 

「なっ!」

 

目の前の男が椅子から飛び上がるかのように、私のナイフを避けてしまったのだ。

 

そのあまりに突飛な行動に、私は追いすがるようにナイフの軌道をそらし、彼の首を切り落とそうと躍起になる。

 

が、体勢が悪かったのか、ナイフは思い通りの軌道を描かず、机を穿って刃先をめり込ませる。

 

そして今、彼に罵声を浴びせて彼が動けるのかを問う。

 

一体どうして私の時間の世界で動けるのか。貴方の時間は私のモノなのに……。

 

だが、彼の返してきた言葉は私の予想と違ったものだった。

 

「俺をどうするつもりだったんだい……? 殺すつもりだったのかい?」

 

この期に及んで何を言っているのだこの男は。殺すつもりでナイフを振り上げたのにもかかわらず、一体何故このような言葉を吐いてくるのか?

 

だが、返しておかなければ話が進まない。ここでナイフを投げてしまうという手もあるが、相手は時間停止の中を動ける人間。得体のしれない男なのだから、この手は危険。

 

そう判断して私は目の前の男に言葉を返す。

 

「だとしたらどうするのかしら……? 貴方はいらない存在なのだから、お嬢様の糧になれる事を喜びなさい……」

 

私は淡々と彼に対して死刑宣告を下していく。もはやお前の居場所などはどこにもないのだから、せめて苦しまぬように逝かせてやると。

 

こちらの動揺を悟られない様に。あくまでも私は捕食者だという事を明確に位置付けるために。

 

だが、大正耕也は其れでも動揺などをせずに。先程までのひ弱そうな態度とは全く違う、別の何かを思わせる態度を続けてくる。

 

「本当に殺すつもりだったんだね? 本当に?」

 

「しつこいっ!」

 

同じ言葉を繰り返してくる事に苛立ちを覚え、先程の焦燥感も手伝ってか、私は返事と共にナイフを彼に投げつけていた。

 

常人の反応速度を遥かに超えた飛翔で彼の脳天を貫かんと一直線に飛んでいくナイフ。

 

これならば一瞬で 彼の脳を貫ける。そう私は結果を予想した。

 

 

軽い金属音とともに、ナイフの刃が粉々に砕け散っていく姿が私の目に映るのみであった。

 

 

 

 

 

 

あっけにとられている彼女を見ながら、俺はどの様にしてこの場から脱出するのかを考える。

 

むやみにジャンプを使う事は出来ないだろう。パチュリーの居場所が分からない上に、地下図書館の場所も分からないのだから。

 

ゆっくりと彼女の持っているナイフに目をやりながら、彼女に向かって口を開く。

 

「できれば、このまま戦わずに荷物を返して、逃がしてくれると嬉しんだけれども……?」

 

一発ナイフを投げつけてから、彼女は信じられないモノを見るかのような目でこちらを見てくる。確かに、彼女の反応も分かる。先程まで一般人だと思っていたのにも拘わらず、時間操作も効かない、投げナイフが砕ける。そんな状況に出くわしたら俺だって目を白黒させることだろう。

 

だが俺は俺、彼女は彼女。立場が全く違うのだから同情するつもりはない。

 

俺は唯自分の荷物を取り返して、そのまま家へとオサラバすればすべて終わりなのだ。

 

だが、俺の言葉に返って来たのは、予想通りと言うか

 

「貴方を殺すのは私が仰せつかった大役。悪いけど、死んでもらうわ……」

 

目線だけで人を殺せそうな、そんな凄みを利かせた睨みをこちらに向けてくる。

 

ナイフを両手に4本ずつ。ちょうど指と指の間に挟む形でこちらに投げる体勢を構えだす。

 

俺は咲夜を見てから、レミリアの方を見やる。

 

相変わらず灰色の状態で固まっているのが見て取れ、指を鳴らした状態で固まっているのだ。

 

俺はこの状態はひょっとしたら好機なのではないだろうか? そのような考えがふと頭の中に浮かんできた。

 

咲夜を討ち取れる可能性は低くとも、レミリアをその場で行動不能にする事が出来るかもしれない。と。

 

失敗すれば、現代兵器なしで二人同時に相手をしなくてはならないので、荷物を取り返す事が非常に難しくなる。

 

一度家に撤退すれば、荷物をどこかに隠される可能性が高いので、探す事が更に困難になる。

 

ならば、こちらから仕掛けて無力化を図る方が好ましいだろう。恐らく聞いても無駄だろうが……一応聞いてみるか。

 

「弾幕ごっこがこの幻想郷ではルールじゃないのかい?」

 

だが、この言葉に対して咲夜は全く反応を返してこない。唯々だんまりを決め込むのみである。

 

弾幕ごっこを知っている時点で幻想郷の住人であるという判断を下してくるはずなので、こちらに対して本物のナイフを投げつけてくる事は無くなるはずなのだが……。

 

恐らくこのまま待っていても反応を返してくるどころか、荷物すらも返ってこなくなるので、こちらから仕掛けてみる。

 

「じゃあ、荷物を返してもらいに行く……ここで死ぬわけにはいかないからね。一々構っていられない」

 

そう言うと、咲夜のプライドか何かを傷つけたのだろう。露骨に起こり、殺気をこちらにぶつけてくる。

 

首筋がピリピリとするが、そこは我慢をして

 

「睨んでも俺は死なないぞ」

 

更に挑発を仕掛けていく。恐らくこれで彼女が乗ってくれれば、こちらの手段も講じやすくなる。

 

ナイフを投げてすぐ後に、彼女には隙ができるはず。時間操作が効かないのだからこそ、なおさら隙は大きくなる。

 

無論、彼女も隙をつくるつもりは毛頭ないだろうが、こちらのスペルカードも一瞬であるため、より効果が大きくなるはずなのだ。

 

そして、俺の言葉にカチンときたのだろうか。咲夜は眉間に皺をよせ、死になさいと短く言葉を紡ぎながらナイフを5本ほど投げつけてくる。

 

俺はこの瞬間、これこそが好機であるととらえ、咲夜に向かって走り出す。

 

「ちっ!!」

 

投げられたナイフが全て砕け散った事に苛立ちを覚えたのか、舌打ちをして更に多くのナイフを投げつけてくる。

 

無言で一気に彼女にまで近寄る。

 

彼女が近接用にナイフを持ちかえても、俺は構わず彼女の目と鼻の先にまで近づく。

 

あまりにも常軌を逸した行動だったためか、咲夜の驚く顔が眼に映る。

 

攻撃が効かないのもそうかもしれないが、近接用に持ち替えても全く動揺しない俺に驚いてしまったのだろう。

 

だが、それこそ大きな隙を創ってしまった要因の一つ。

 

ゆっくりと紙のカードをかざし

 

 

 

水煙「視界強奪」

 

 

 

そのように宣言する。

 

「しまっ―――」

 

咲夜がうめくように声を絞り出したと同時に一瞬で猛烈な水煙が部屋を埋め尽くそうとする。

 

一瞬で咲夜が見えなくなるまで水煙が発生し、俺の姿を彼女の視界から隠していく。

 

これで何とかなるだろう。

 

そう思いながら、彼女の居たであろう場所付近から即座に離れ、反撃に備える。

 

「この、邪魔よっ!」

 

そんな声とともに、煙が払われる風切り音がブンブンと周囲に木霊す。

 

「一体貴方は何なの! この時間の中で何故動けるの!!」

 

どこにいるか分からない俺に対して探るように答えを求めてくる咲夜。

 

恐らく声を出したら確実にナイフを投げてくるだろう。

 

時間操作が通用しない以上ナイフを投げまくるのは効率的ではないから、むやみやたらにナイフを投げたりしてこない。回収もろくにままならないだろう。

 

「出てきなさい! この得体のしれない化け物!」

 

なんともひどい事を言ってくる。

 

確かに彼女たちからすれば、俺は完全に得体のしれない化け物なのかもしれないが……。

 

だが、彼女の言葉に返すことはできない。

 

次のスペルカードを発動させれば彼女の言葉にも返す事が可能となるだろう。返す暇があればの話だが。

 

俺はそのような事を考えながら、ゆっくりともう一枚のカードを創造してから、宣言を開始する。

 

 

散水「スプリンクラー」

 

○郎「ニンニク入れますか?」

 

 

二つ同時なんて反則なのかもしれないが、そんなのはどうでもいい。

 

未だ能力が解除されていないこの灰色の世界。白い水煙が立ち込め、この場にいるのは俺を含めて二人と一妖。

 

この中で水とニンニクの影響を受けるのは一体誰なのか? 濡れたら後で風邪をひいてしまうとかではなく、即効性のあるモノとして。

 

レミリアしかいないのである。

 

吸血鬼は流れ水を渡る事が出来ない。そればかりか、流れ水に当たると力が抜けてしまい、本来の力のほとんどを発揮することができないモノと化してしまう。

 

俺はカードをゆっくりと宣言してから、水が降り始めるのをひたすら待ち続ける。

 

ポツリ……ポツリ……

 

頬に当たり始めた水滴は、数瞬後に猛烈な勢いへと変化していき、髪の毛と服を濡らしていく。

 

内部領域が、これでは拙いと判断したのか、雨粒を排除し、服を乾かしてくれる。ちょうど見えない傘が頭上を覆っている形と言えば良いだろう。

 

水煙が、雨によって湿気が増したから収まったとかは分からないが、とにかく段々と視界が回復しつつあるのは分かる。だが、レミリアの様子はまだ分からない。

 

せいぜい手元が分かるようになった程度である。

 

また、雨に混じり刻みニンニクが大量に降り注いでくるのだが、幸いにも俺には当たらずレミリアと咲夜にだけ当たってくれるらしい。

 

嫌がらせ以外の何ものでもないが、吸血鬼に対しては精神的なダメージも期待できる。

 

と、その時である。

 

「お嬢様っ!!」

 

突然咲夜が、悲鳴のような叫び声を上げたのが分かった。

 

そしてそれとともに時間停止が解除され、窓ガラスがぶち破られて室内の換気が急速に行われていく。

 

恐らく彼女がこの水とニンニクに晒されたレミリアの身を案じているのだろう。声の質からしても桁違いに悲痛さを持っていた。

 

俺は換気が行われて、扉が見えるくらいにまで視界が回復してから、行動を始める。

 

降り注ぐ水とニンニクは未だやむ気配が無く、このスペルカードを保持し続けていられる1分ちょっとの時間が、レミリアを引き離せる唯一の時間になるのだ。そして、同時に咲夜も。

 

俺はそんな事を脳内に浮かべながら、扉に向かって走っていく。

 

ジャンプで部屋に戻ってから、色々と対策を行うという手もあるかもしれないが、其れだと咲夜に捕まる時間に大した影響はないと考える。どの道咲夜を足止めしているのなら……というやつである。

 

だが、それほどすんなりいけるというわけでもなく。

 

「ふんっ!」

 

その声とともに、目の前の扉に巨大な閂がはめ込まれる。入ってきたときには分からなかったが、大きな閂用の枠が3つ程設置されていたのだ。そして片方の扉には回転するタイプの鐡性の閂が。

 

咲夜が霊力か何かで作動させたのだろう。重厚な扉がまるで牢屋の様に閉じ込めてくる様は、なかなかに威圧感が押し寄せてくる。いや、実際にこれは牢屋のようなものなのだろう。餌を逃がさないための……。

 

俺はこの唐突の閂の登場に

 

「なっ!」

 

思わず声を上げて咲夜の方を見てしまう。

 

その瞬間、俺の背筋が凍ってしまったのではないかと錯覚してしまった。

 

レミリアに上着を被せ、自らの身を盾にして雨から守る咲夜。

 

咲夜の目が、赤く光っているのだ。

 

見たことも無いような赤い目。ある種の芸術のようにすら感じるし、アルビノとは違った鮮やかな紅色は、思わず引き込まれてしまいそう……そう、蟲惑的で禍々しくておぞましい目。

 

そして、この目の意味を俺は知っている。彼女が怒ったときに現れる特徴の1つ。

 

俺はゆっくりと後ずさりながら彼女との距離を開けようとする。もう開ける距離もあまりないという事を知っておきながらも。

 

「よくもお嬢様を……よくも……母さんを……」

 

「ううっ…………」

 

思わずその声にうめいて後ずさってしまう。

 

相手は紫でも幽香でも藍でも、幽々子でもないたかが人間のはずなのに……一体どうしてこんなに恐怖心が増してくるのだろうか?

 

長い事吸血鬼等と言った人外達と暮らしてきた影響なのかは分からないが、彼女からは人間ではない何かを思わせるモノを感じさせる。

 

そして数秒の時が過ぎ、スペルカードの時間制限を迎え、撃破判定となる。

 

魅入られてしまったかのように体が動かない。

 

ゆっくりと立ちあがり、ぐったりとしたレミリアを抱え、椅子へと運ぶ咲夜。さすがに力が抜けきっていてこちらに攻撃する事も出来ないであろうレミリア。だが、彼女の眼はこちらをジッと睨んでいるのが分かる。

 

一体どうしてお前がこのような事をできるのだ。一体何故お前は攻撃を食らわない、時間停止の中でも動けるのだ。そのような言葉が投げつけられているように感じる。

 

そしてゆっくりと座らせた後、咲夜こちらに振り向き

 

良くもお嬢様をやってくれたな……私の大切な家族を良くもやってくれたな……。

 

そのような事を呟いて、近づいてくる。

 

だが、流石にこれ以上動けないでいると拙い事になるのは間違いないので、俺は彼女に向かって

 

「自業自得だ!」

 

そのように呟いて、扉と対面する。

 

ニンニク、水まみれのレミリア。何故かニンニクが当たっていない咲夜を背にして……。

 

 

 

 

 

 

攻撃に現代兵器などと言った危険に満ちたモノは使ってはならない。

 

紫からの警告である。

 

彼女からの警告は、今後の幻想郷での生活に重要な要素となり、様々な方面に影響を及ぼしてしまうという危険性を孕んでいるがゆえの言葉であった。

 

だが、今の俺はどうだろうか。

 

知らぬうちにこの紅魔館に連れて来られ、介抱されたと思えば、それは唯の極上の餌になるための下ごしらえだったにすぎなかったのだ。

 

そして、この状況。彼女から逃げるため、荷物を取り返すために俺は力を使っている。勿論、彼女との戦闘に本当の危険物を使うつもりなどは無い。

 

彼女は戦闘においてそのようなモノは使用してはならないと言ったのだ。後で怒られそうだが、この言葉の逆を採ってみるのはどうだろうか?

 

つまりは逃げるために。活路を開くために使うのはどうだろうか?

 

それならば、彼女の言っていた言葉に反する事もないし、何より傷つけなくても済む。一石二鳥……とは言えなくとも、少しばかりの利益はあると思う。

 

そう自己完結を行うと、俺は彼女が此方に到達する前に

 

 

IS○ZU「GIGA」

 

 

そう宣言して、創造を敢行していく。

 

咲夜は俺の宣言を攻撃だと察知したのか、後ろに飛んでレミリアの傍へと距離を大幅にとる。

 

宣言した瞬間、聞き取れるか聞き取れないかの瀬戸際水準の高音がけたたましく大広間に響き渡る。

 

「ちっ……何をしたっ!」

 

その咲夜の声が発せられると同時に、断続的且つ重厚な炸裂音が木霊すようになる。

 

インタークーラー付き無段階可変容量ターボ、排気量9.8リットル直列6気筒エンジン搭載型の大型トラック。

 

最高出力400馬力を誇る化け物を積んだそれは、10トン以上の何かを荷室に溜めこみ、80km/h程の速度で俺を閉じ込める巨大な扉に向かって一直線に突き進む。

 

一瞬で到達したGIGAは、ボディをひしゃげさせながらも、障子の紙を破るかのごとく、簡単に扉を吹き飛ばしていった。

 

金属のねじ曲がる独特の重い音、扉が弾け飛び、木が折れ飛んで行く軽く乾いた音。

 

耳を劈くほどの音を撒き散らしながら、館壁を削り、穿つ寸前でトラックを消去していく。

 

(よし、これで何とか……)

 

木片が撥ねる音しかしなくなった大広間。俺はすぐさまその木片の後を追うかのように、全力で走り始める。

 

と、そこである違和感に俺は気がついた。

 

(こっちも濡れてる……? ニンニクも大量に……?)

 

何故か俺の放ったスペルカード、スプリンクラーの水及びニンニクが此方の廊下にまで達していたのだ。いや、決めつけるのはあまり良くないが、それでもこれらは俺が出したモノと断定すべきだろう。

 

延々と続く廊下に、水の弾ける音が響き渡って行く様は、何か嫌な予感を俺に突き付けてきた。この状況は後々拙い方向に進むのではないだろうか? と。

 

そんな事を考えていると後ろから声が聞こえてくる。

 

「待ちなさいっ!!」

 

先ほどの余りの光景に一瞬目を奪われていた咲夜は、日頃からの訓練をしている成果だったのかはわからないが、一瞬で正気に戻って此方を追いかけ始めてくる。

 

逃げる寸前に確認した時は、彼女の眼は紅く光っていた。そして、それは怒りを表している事に間違いはないので、十分に後ろを意識しながら逃げて行く。

 

死ぬ事はないが、一々攻撃を受けるのは鬱陶しい上に精神的にも余り宜しくない。

 

木片を避けながら、走るのが非常に億劫である。飛んでしまいたい。だが、飛ぶと走るよりも柔軟な対応ができない上に、疲れる。

 

が、彼女の方が足は圧倒的に早いせいか

 

「捕まえた……」

 

此方を覗きこむかのように並走する咲夜がそこに居た。

 

「いっ!?」

 

その声を上げた途端、左手に持つナイフを素早く俺の首に殺到させる。

 

反応できない速度で迫ってきたナイフは、勿論内部領域に阻まれて砕ける。

 

「この、化け物っ!」

 

咲夜は破片から身を守るため、片腕を顔に持って行きながら、俺の進行方向に大きく跳んで立ちふさがる。

 

「この館に入れたのが間違いだったわ……あの場で殺しておけばよかった……」

 

腸が煮えくりかえっているとでも言った方が良いのだろうか、最早彼女は俺を殺すことしか考えられない様であった。

 

「お前達が勝手に俺を殺そうとして、それで反撃されたら怒る? 自業自得だろうが!」

 

売り言葉に買い言葉。不毛な争いが起こりそうであったが、すでに咲夜は舌戦ではなく、実力行使に移っていた。

 

何処から出しているのか分からない程の量のナイフを高速で投げつけてくる。

 

見た限りで30本以上はあるだろう。

 

全てが俺を殺そうと猛烈な速度で襲ってくる。

 

バキリバキリと当たる度に砕け、軌道を逸らし、一瞬で塵となっていくナイフ達。時間を止めて回収するという方法は採れないためか、咲夜が時間を止める気配はない。

 

こうも集中力を逸らされる攻撃をされると、ジャンプもできない……。

 

鬱陶しいことこの上ない。余りにも理不尽なこの境遇。待遇。

 

異変だから仕方がないと言われればそれでおしまいかもしれないが、異変に関して全く関係の無い俺が一体どうしてこのような目に会うのか。

 

考えても仕方がないのだが、このような事を考えるたびに、沸々と怒りが湧いてくる。

 

こんな極上の餌だと間違えられる日々。食らわないとはいえ、何時も何時もうまそうだと言われ、食べてみたいと言われ、肉を、血を、魂をよこせと言われる日々。

 

そして挙句の果てが、御嬢様の餌になる事を喜べときた。

 

確かに高次元体である恩恵は大きい。非常に大きいが故のデメリットなのだろうが、それでも数千年続いているのはもういい加減勘弁してほしい。

 

そのような諦め、虚しさ、悲しさが全て怒りへの燃料と化し、全て燃やされて行く。

 

自業自得である向こうの言い分は、俺の事等始めから死ぬモノだと決まっている。だから死ね。

 

助けた相手に言われるほど悔しく、怒りを覚えるものはない。

 

ソレらが全て繋がって、混ざりあって、グチャグチャの怒りに変わった時……俺はこの状況における対応を決めた。

 

(咲夜の攻撃はもう全部無視で行こう)

 

最初から説得などという無駄な行動はせず、こうすれば良かったのだ。と。

 

 

 

 

 

 

ナイフをいくら投げても何かが邪魔をしているのか、全く攻撃が通らない。

 

一体何故? そのような言葉が頭の中を支配してくる。いや、既に支配されているのだろう、グルグルと頭の中を引っ切り無しに飛び交っているのだから。

 

もうそろそろ隠し持っていたナイフ、霊力で精製できるナイフの量が尽きてしまいそうだ。

 

ひたすら男を殺すという目的を果たすために、ナイフを投げ続ける。少し俯いてその場に突っ立っている男の姿は何とも言えない気味の悪さを私に齎してくるが、そんな事を気にしている余裕など無い。

 

私の母をあんな目に合わせたのだから、命を持って償うのが……いや、命を持ってしても償えないだろう。

 

(拙いわね……)

 

次第に霊力が底を尽きかけているのが、身体のだるさで実感できる。

 

霊力で生成したナイフも、形こそ立派だが、中身が入っていない様にすら感じる。

 

と、その時

 

(こっちに向かって歩き始めた?)

 

軽く俯いていた大正耕也が、突如歩みを始めたのだ。しかも進行方向を変えずに真っ直ぐに此方へと。

 

目は此方ではなく、遥か後ろの方を見ているかのようで、一瞬人間ではないとまで思ってしまった私がいる。

 

(いや、人間のはずだ。霊力も魔力も妖力も無い唯の人間、外来人のはず……)

 

私はナイフを投げ終えると、すぐ近くまで歩いてきた、大正耕也の首を掻き切ってやろうと、ナイフを生成しようとする。

 

しかし、私の要望はナイフには届かなかった。

 

(ナイフがでない……?)

 

身体能力に回している霊力を回す事は死と直結すると美鈴に教えられている。ソレをこの幻想郷で暮らしていくうちに嫌というほど味わってきた。

 

だから、今回も回す事はできない。

 

だが、これでは自前の攻撃手段が徒手空拳になってしまう。あのナイフを砕く何かを纏っている人間に対して徒手空拳で挑む事自体が自殺行為、できるわけがない。

 

(ならば……)

 

私は周囲の壁に目を散らしていく。

 

(装飾兼非常用の武器を使うべきか……)

 

何らかのトラブルで、自前の武器や、弾幕が出せなくなった場合、尚且つ侵入者を排除しなければならない場合に限り、廊下に掛けてある骨董品の使用許可がでる。メイド長である私は現場判断を許されているので、使う事は自由である。

 

無駄なのか、それとも敵の盾には耐久性があるので、もう少し攻撃を続ければ破れるのか。

 

私は答えが定まらぬまま、壁に向かって走って骨董品達を手にする。

 

メイス、フレイル、モーニングスター、バトルアックス、ウォーハンマー、モール。

 

中世時代において使われていた様々な武器達。そのどれもが一級の殺傷能力を保持しており、私の力を食らったら一撃で相手は死ぬだろう。そんな威力を持っているのだ。先ほどのナイフとは訳が違う。

 

私はその攻撃力の高さに、若干の希望を持ちながら、一心不乱に歩いて行く大正耕也の後頭部めがけて、バトルアックスを振り下ろした。

 

「なっ!?」

 

その声しか出なかった。インパクトの瞬間、鈍い金属音が響き渡ったと思えば次には斧が簡単に弾き飛ばされ、砕け、天井に突き刺さってしまったのだ。

 

「な、何故……?」

 

斧の先半分が突き刺さってしまったのを茫然と見上げるしかできなかった。

 

そして、その結果に対して何の反応もせずに先へと急ぐ男に対して猛烈な怒りが湧いてくる。

 

何処まで私をコケにすれば気が済むのか。一体どうしてこんな事があり得るのか。

 

もう訳が分からない。怒りのあまり、涙腺が緩んで涙が滲んでくる。こんなに感情的になったのは何時以来だろうか?

 

そう言えば私は昔誰かに……………………

 

その考えが一瞬だけ顔を覗かせるが、私はそれに構う事無く、次々と武器を彼に振り下ろしていく。

 

遠心力を最大にして、モーニングスターを側頭部にぶつける。

 

またもや砕け、鉄球部分がグチャグチャになってしまう。

 

(何で……)

 

メイス。

 

大正耕也の正面に回って、顔面に叩きつけて死ぬ事を祈る。

 

 

(何でなのよ……)

 

全く効果を成さない……。意味がない。

 

続いてウォーハンマー。同じく吹き飛ぶ。

 

(何で効かないのよ…………)

 

他にもモール、ジャベリン、パイク等、様々な武器を使用して彼に攻撃を仕掛けたが、全く意味が無かった。

 

(どうしてこんなに無力なの……)

 

余りの悔しさに涙がボロボロとでてきてしまう。

 

目が紅いままで涙をボロボロと流す様は、さぞかし見物だろう。

 

何時しか私は大正耕也を正面から押して、進行を阻むことぐらいしかできなくなってしまっていた……。

 

「何で、なんで効かないのよ……」

 

悔しさのあまり、答えを求めるかのような言葉を発してひたすら進行方向と逆に押していく。

 

対する大正耕也は、話したくないとでも言うかのように、苦々しい表情を浮かべながら私の手を振りほどいて進んで行く。

 

振りほどかれては、また掴みかかって押しとどめる。また振りほどかれる。

 

ソレを何回か繰り返すうちに、大正耕也が歩かなくなり、立ち止まってしまう。もはや私も彼をどうしたいのか分からなくなってしまった状況下、このような事になっても困ってしまうのだ。

 

殺そうと思っても殺す事ができない。御嬢様の恩義に報いる事ができない。

 

そんな思考が渦巻く中、何秒か経っていると

 

「きゃっ!?」

 

突然、大正耕也が私を抱きかかえて後ろに放り投げる。

 

一体何故放り投げられてしまったのか? そんなに彼を怒らせてしまったのだろうか?

 

等とカーペットと視線を合わせながら考えていると、突然質量の大きい何かが吹き飛ぶような重厚な音が響き渡る。

 

まるで何かが爆発でもしてしまったかのような炸裂音、破砕音。

 

私は思わず、彼の方を振り向いてしまう。

 

(これは……)

 

そこにあったのは、博麗の巫女が使用する巨大な陰陽玉……の残骸と、ニンニクまみれの博麗霊夢と霧雨魔理沙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話はいかがでしょうか? 御批評等をお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。