俺は都のお抱えじゃないんだけども……
「え? 召喚状~?」
お茶をしに来た幽香が、俺の持っている書状を指差しながら素っ頓狂な声を上げる。
「そうなんだよ。俺はお抱えの陰陽師ではないのに都まで来いだってさ。」
その言葉を聞いた幽香は不思議そうな顔をしながら口を開く。
「用件は何なの? お抱えになれとか?」
「いや、実を言うと内容としてはぼやかしが入ってるんだけど、要は輝夜姫についてらしい。」
輝夜という言葉を聞いた瞬間に、幽香の機嫌が悪くなった。
なぜ機嫌が悪くなるのかというと、あの時に借りた上着が、輝夜との婚約(謁見)に使われたのがひどく気に入らなかったらしい。
上着の用途を話した瞬間に幽香がキレて大変だった。デリカシーがないだの女の扱いが駄目だの、女心が分かってないだの散々な事を言われ、終始土下座しっぱなしであった。
まあ、幸いにも許してくれたので良かったが。仕方が無いじゃないか。依頼だったんだし。でも、すみませんでした。俺に非があります。
そして幽香は俺の答えに対してさらに質問を重ねる。
「輝夜がなんだってのよ?」
非常に答えにくい。これを言っていいものだろうか?
いや、言ったら確実に怒りそうな気がする。
そんな事を考えていると、幽香は痺れを切らしたのか、さらに言ってくる。
「どうしたのよ、早く言いなさいよ。別にマズい事が書かれてるわけではないのでしょう?」
「いや、あのですねぇ。何と言っていいのやら…その…」
必死に言い訳を考えてると幽香が
「何よじれったいわね。私が読んであげるわ。」
そう言いながら、掘り炬燵から身を乗り出して書状を奪い取って読み始めた。
「あら、帝直筆じゃない。え~となになに?……輝夜と懇意の仲にある貴殿に、輝夜の月への帰還を阻止してほしいですって~!?」
ぼやかしが入ってるため正確な情報は分からないが、推測するとおおよそ、そのような解釈になるだろう。
それにしても読みながら声に力がこもる幽香が怖い。本当に怖い、女って怖い。書状が正面にあるので表情は分からないが容易に想像できる。
そして幽香が書状を下げると、無表情になりこう言った。
「私が都に行ってくるわ。」
幽香は書状を畳んで上着の内ポケットに入れて、玄関へ足早に向かう。
あの、おっきい胸のせいで書状が歪んじゃうと思うんだけど……。
そんな事を考えている状況じゃない。都に幽香が行ったら大騒ぎどころじゃなくなる!
そう思いながら俺は、寝そべった格好になりながらも、幽香の片足をつかむ。
「頼む! それだけは勘弁してくれ! 都がとんでもない事になるから! それと俺の面子も。」
しかし幽香は足を振りほどこうともがく。
「離しなさいよ! 耕也が掴むと力が入らないのよ! それに懇意ってどういう事よ。」
「いやいや、懇意って言うほどじゃないから! そりゃ屋敷に行って話し相手になったりするけど……そんなムキにならなくても良いじゃないか。」
俺がそう言うと幽香はしばらく考え、やがて舌打ちしながら炬燵へと戻る。
「分かったわよ。…耕也を信じるわ。でもね。私が怒ってるのは、輝夜が危険だからよ。」
危険?なんで?
そう思いながら首をかしげると、幽香はため息を吐きながら話す。
「良い? あの女はね、耕也達人間をもてあそんでる悪女なのよ。妖怪の私が言うのもなんだけど。」
いや~。合ってるような合って無いような微妙なラインだな。いや、合ってるな。現に大貴族に問題出して暇つぶしやってるのだし。でも根は良いと思うんだけど。
彼女の場合は、取り巻く環境が悪かっただろうし、毎日毎日断ってるのにもかかわらずひっきりなしに求婚が舞い込んでくるのだから、鬱憤も溜まるだろう。
でもまあ、幽香が俺の為と思ってやってくれるのだから感謝せねば。
「いや、ありがとう。幽香が俺の事を心配してくれてるのが良く分かった。気をつけるよ。」
そう俺が言うと幽香は
「なら私が言う事は無いわ。でもくれぐれも誑かされないように。いいわね?」
「分かってるよ。じゃ行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
そうして俺は都へと向かった。
本当に、いつになったら気付くのかしらね。自分では、俺みたいなド凡人を好く女なんているわけが無い。と言っているけども。
輝夜の悪評とかを述べて注意を促したのは建前。本当は会って欲しくもない。
つくづく彼の事が気になって仕方が無いという事を認識させられる。
初めての友人。本当にうれしかった。そして接していく内に自分の物にしたいと言う気持ちが強くなっていくのが分かった。そして好きだと言う感情も。
これが嫉妬という感情なのだろう。胸が苦しくなる。
耕也から他の女の名前が出てくるのも嫌な気分になる。
私は独占欲が強いのかしら?
でも、女としてなら普通よね?
耕也、私は妖怪なのよ?
だから表に出てきてしまう。妖怪としての本質も。妖怪は本能に忠実になる者が多い。だから欲求にも忠実だ。つまりは性欲。
だから、だから、だから……
「早く気付いて頂戴? 耕也。これでも普段から色々アピールしているのよ? 早く気付かないと、貴方を徹底的に犯してしまうわよ? 私の身体の全てを使って…フフッ。」
特別な花の蜜でも用意しましょうか。
さて、都へと着いた。着いたはいいが、帝の屋敷はとんでもなく大きい。さすがですな。全く帝のいる場所が分からないけれども。
仕方が無い。門番に聞いてみますか。
「すみません。」
「なんだね?」
「この度は陛下からの召喚を受けました、大正耕也と申します。どうか中に入れていただけませんか? これがその召喚状となります。」
そう言って俺は門番に召喚状を渡す。
すると門番は召喚状の印を確かめ、口を開く。
「これは失礼いたしました。大正耕也様。陛下がお待ちになっております。どうぞ中へ。」
そう言って俺を門の中へと通した。
さてさて、どんな方法で輝夜の月への帰還を阻止させるつもりなんだ?
そういった一抹の懸念を頭の隅に置きながら、俺は屋敷の中へと入って行った。