お礼はしないとね…
眼を開けてみると俺は知らない部屋にいた。
俺は確か妹紅に蹴飛ばされて気絶したのでは…? だったらあの岩棚に横たわっているはずなのだが。
誰かが助けてくれたのだろうか? この状況を考慮すれば助けてもらった事は一目瞭然なのだが、なにぶん事態が急変しすぎてしまって脳の処理が追いつかない。
それにあの富士山に登って、しかもあの崖まで来る人間などいるとは思えない。
だとしたら妖怪なのだろうか? いや、妖怪なら今頃俺に向かって必死に屠殺しようと躍起になっているはずだ。
まあ、考えていても仕方が無い。家主に挨拶をしに行こう。
そう思いながら俺は布団からのそのそと起き上がり、正面の木でできた引き戸を開ける。
開けた先には、青い帽子と服を着た女の子がいた……。
彼女は何かに集中しているのか、俺の存在に気づかない。
しかし見た事のある服と容姿だ。この子はひょっとして? 河城にとりなのでは?
そう思いながら俺は河城にとりと思われる女の子に声を掛けた。
「あの、もしもし? そこのお方? もしもし? ………お~い。」
気付かない。何を作っているのだろうか?
と、疑問に思いながら彼女の背後に近づき、手元を盗み見る。
黄色い粉と、白い粉、そして黒い固体。それらを粉状にしたりして陶器に詰め込んでいる。
俺の見た限り黄色い粉は硫黄、黒い固体は木炭である。とすると、白い粉は消去法で硝酸カリウムか?
あれ? 黒色火薬? 随分とまあ危険な事を。
仕方ない。作業を中断させると危険だから離れて待っていようか。
待つ事約10分。ようやく彼女は作業を終える事ができたようだ。肩を揉みながらこちらを振り返る。
「やっと終わった~………へ!! 人間!!」
そう彼女が叫びながら後ずさる。
どうなってんのこれ。普通俺が驚く側じゃないの?
俺は奇妙な感覚を覚えながらも彼女に話しかける。
「これは失礼しました。はじめまして、自分は大正耕也と申します。貴方様が自分を助けてくれたのですか?」
第一印象が大事なので、努めて丁寧に接する。
すると、彼女も警戒心を緩めたようで自己紹介を始める。
「これはご丁寧に……って、自分が助けたのに何で驚いているんだろう。はじめまして、河童の河城にとりです。よろしく。」
やはりにとりが助けてくれたらしい。でもなぜ? にとりの住む妖怪の山と、富士山は距離があるのに。
そこで俺は彼女に理由を尋ねてみることにした。
「あの、にとりさん。失礼ですが、なぜ自分を助けてくれたのでしょうか? 河童の住む山と自分の倒れていた山とは距離があったはずなのですが。」
するとにとりはクスクスと笑いながらにこやかに言う。
「実はね、火の妙薬を採掘しに飛んでいたら、たまたま耕也を見つけたってわけ。盟友を見捨てるのはできないしね。」
そう言いながら硫黄の入った乳鉢らしきものをこちらに差し出す。硫黄の事を火の妙薬というのか。確かにそうかもしれないけれど。
にとりによれば俺の気絶していた地点付近に、少量ではあるが良質の硫黄が採れるとのこと。
随分とまあ数奇なめぐり合わせだなぁ。
そう思いながら、彼女にお礼を述べる。
「この度は助けていただき誠にありがとうございました。つきましては、何かお礼をさせていただきたいのですが。」
そう俺が言うと、途端に意地悪な顔をして、にやにやしはじめる。
「なら妖怪らしく、お願いしようかな~。ねえ耕也、お前さんの尻子玉を貰えないかい?」
そう言いながらにとりは両手をワキワキとさせながら近づいてくる。
「いやいやいや、無理でしょう! それは。」
俺は両手を前に突き出しながら拒絶のポーズをとり、後ずさる。
「ふっふっふ~、妖怪に捕まったのが運のつきだったね。」
悪い笑顔を濃くしながらどんどん近寄ってくる。
そしてにとりの手と俺の手が接触しそうになった途端に、にとりが手を引っ込め腹を抱えて笑い始める。
「だっはっはっはっはっは~~~っ! ひっかかってやんの~。」
にとりは自分の芝居が見事に決まった事がうれしいらしく、身体をくの字にまげてさらに笑う。
しかしこいつの目は本気だったぞ? さすが妖怪。人間にはできない気配を平然とやってのける。
まあでも、助けてくれた事は素直にうれしい。今度こそ何かお礼をしなくては。
ようやく笑いを収めたにとりに話しかける。
「あの、まじめに助けていただいたお礼をしたいのですが……」
にとりは少しの間逡巡しながら
「なら、木炭を砕いてもらえるかな? それだけでいいよ。多分終わるころには友人が酒を持ってくるから一緒に飲もう。」
「分かりました。ではそうさせていただきます。」
俺はにとりの頼みを快諾し、作業に取り掛かった。
木炭を砕いて粉末にするのにはかなりの根気と時間が必要であったが、何とか終わらせる事ができた。
俺は粉末状の木炭をにとりに渡して休憩にした。にとりによればそろそろ友人が来るとのこと。河童仲間だろうか?
そんな事を考えているうちに玄関の扉がノックされ、声が発せられた。
「にとりいる~? この前の火の妙薬のお礼にお酒持ってきたわよ~。」
んあ? この声は………………あっ、ま、まずい!!
「は~い、今開けるからね~。」
にとりが扉に手を掛け友人を中に入れようとする。
俺の予測が正しければその友人は……!
「ちょ、ちょっと待ったにとりさん!」
しかしとっさに言ったのにもかかわらず、間に合わなくてにとりは扉を開けてしまった。
「いらっしゃい。あ、これが酒? ありがとう。」
「にとりの家は相変わらず火の妙薬臭いわ…………あ。」
俺と目線の合った友人が固まる。そして俺も。
「あっーーーーーーーー!!」
「し、しまったぁ~~~~!!」
互いに指を指しながら絶叫する。
その友人とは、俺の中で会ってはいけない顔見知りランキング堂々1位の
「なんであんたがここにいるのよ!!」
「忘れてた~~~~っ!! ここ妖怪の山じゃん!!」
射命丸文であった。