東方高次元   作:セロリ

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32話 倒れていたのは……

何としても助けよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハッ、ハッ………くっ!」

 

熱い、傷が全く癒えない。くっ、殺生石に封印されたせいだろうか?

 

妖力が全く出ない上に、本来ならとっくに癒えているはずの傷がふさがらず、ドクドクと血を流し続けている。

 

どうしてこうなってしまってしまったのだろうか? 私は唯人間に愛されたかっただけだったのに…

 

…うらやましかった。家族というものが。

 

私のような妖怪は独り身であり、人間のように集団で群れをなす事が無い。

 

だから私には家族という概念が分からなかった。そして獣の姿で森の中から初めて見た人間の親子というのは、私には非常に眩しく見えた。

 

その楽しそうに過ごす姿をこの金色の眼に捉えた瞬間、私の心は苦しくなった。そしてうらやましくも思った。

 

だから私は家族が欲しくなった。誰かを愛し、添い遂げ、子を成したいから。

 

そして私は唯の妖狐であったのにもかかわらず、血反吐の出る程の修行をして何とか人化の術を会得し、人間社会に溶け込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初は殷という国から。

 

私の容姿は人間の女と比べると遥かに美しく、そして妖艶であったらしい。

 

私は人間に混じって生活し、すぐにその容姿のおかげかもてはやされ、男たちが結婚を申し込んできた。

 

だが彼らには愛は無く、そしてただ私の身体目当てだったので断り続けた。

 

そして、私の噂を聞きつけた殷の王、紂が直々に私の住む村に来て結婚を申し入れた。彼は非常に誠実な人であり、必ず幸せにしてみせると私に言った。

 

私はその言葉を受け入れ、晴れて夫婦という満たし満たされる素晴らしい関係とあいなる事ができた。

 

長年の願いを叶える事ができ、本当に幸せであった。

 

だから私は彼を精一杯愛したし、愛されもした。

 

しかしそう幸せは長く続くものでは無く、徐々に歪みが生じていった。

 

そう、私の愛が深すぎたのか、それとも彼が私に依存し過ぎたのか定かではないが、彼の政治への取り組みが疎かになり、国は荒れ民草の心はすさんでいった。

 

時は流れ時代は周になり私は新しい王、武王によって処刑されかけ土地を追われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

南天竺でも同じような事が。そして何百年もたった後の周でも。

 

私は土地を追われに追われ、東へ東へと逃げて行った。

 

一体どうすれば人間に愛されるのだろうか? 人間は用心深い。都のような開けた場所でないと私のような怪しい女は排斥されてしまう。

 

私は最後の望みに賭けて海を渡り、極東の日の本の国へと渡ることにした。交易に使用される人間の船という箱にこっそりと乗って。

 

だが、しかしこの中で私の心にも変化があったのかもしれない。

 

ここまで私が歩み寄り、愛そうとしているのにも拘らず、私の正体を知った瞬間に攻撃してくるような人間に対して恨みを持ち始めていたのかもしれない。

 

私が位の高い人間に接触したのは運命なのか、それとも私怨からくる行動なのだろうか。

 

だがいずれにしろ私は孤独の身であり、この猛烈な寂しさを紛らわせるために平安京と呼ばれる都へと向かった。

 

私はそこで玉藻前と名乗り宮中に仕え、やはりすぐに鳥羽上皇に気に入られ契りを結ぶこととなった。

 

だが、彼は私と契りを結んだ数日後に床に伏せるようになってしまった。

 

もしかしたら私の膨れに膨れ、圧倒的な密度となった妖気にあてられたのかもしれない。

 

そんな疑問が頭に浮かび、頭の中を埋め尽くす。

 

私は焦った。今の今まで全てが上手くいっていたのにも関わらず、ここで痛恨の失敗をしてしまったのだ。

 

懸命に上皇を看病するも一度あてられた妖気は彼の中で暴れまわり、病状は良くなるどころか悪化するばかりであった。

 

そして、ついに陰陽師達がこの異変に気付き、中でも随一の霊力を誇る安部晴明によって私の正体を暴かれ、またしても都を追われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

上皇の怒りは凄まじいものであったらしく、その後すぐに8万の軍が編成され、私を追跡してきた。

 

いくら逃げても私は軍から逃げ切る事ができずに、何度も攻撃を受けた。

 

私も当然抵抗はした。だがそのたびに傷を負い続け、しだいに飛ぶことも、妖術を使う事も、はてには走ることすらも出来なくなっていった。

 

私は追手の須藤権守貞信に誤解を解くために夢で言葉を伝えてみたが、全く受け入れられる事は無かった。

 

そして、これを好機と捉え、討伐軍は私を弓で射抜き、剣で切り裂き、瀕死状態の私を殺生石に封じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数十年の年月が経過し、私は殺生石の中で意識を取り戻し始めた。

 

身体がまるでドロドロの粘体に包まれているようで非常に気持ちが悪い。

 

そして相変わらず妖力が……ん? 上に亀裂が入っている?

 

上を見上げると、亀裂が生じているのか真っ暗な空間にほんの少しではあるが光が漏れてきているのが分かる。

 

何の亀裂だろうか? 私に対しての封印は完璧だったはず。ではなぜ?

 

私が考えていると、その亀裂はどんどん広がっていき、しまいには空間ごと弾けるように光がほとばしり、気付けば殺生石の外にいた。

 

だが、封印された時の深い傷は残っており、そこからドクドクと血が流れている。

 

早く何とかしなければ。

 

「私は一体どうなるんだ…?」

 

そんな言葉を微かに呟きながら、行くあてもなく私は歩みを進めた。

 

無意識のうちに人の歩くであろう道を歩いているのかもしれない。

 

しかしどの道を歩いたのか分からない。ただ今目の前にある道をひたすら歩き続ける。

 

本当につらい。幸せを得られなかった事。それと人と分かりあえなかった事。

 

なぜ自分は生きているのだろうか?

 

そしてなぜ封印が解けたのだろうか?

 

頭の中に疑問が次々と湧いてくる。

 

だが考える余裕などない。もう封印が解けてから随分時が経っているが、それに伴って意識が朦朧としていくのが分かる。もうそろそろ年貢の納め時だろうか?

 

私は偶然目に飛び込んできた廃寺らしき建物に近寄り、爪とわずかに残った力で鍵を抉じ開け、中へと入って行った。

 

中は外の様子とは全く違う新品同様の内装であった。

 

しかしそんな事を実感する余裕もなく、私はズルリズルリと歩き、手近にある襖を開け、そして閉め、倒れ込み、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

私は幸せになってはいけないのだろうか?

 

種族の差というものはここまで大きいものなのだろうか?

 

もう私は死んでしまうのだろうか?

 

幸せになる事は無いのだろうか?

 

ただ、愛し愛されたかっただけなのに…

 

幸せになりたい。温もりが欲しい。いつか手に入れたかった。

 

でも、もう…………

 

 

 

 

 

 

 

死にたくない…………幸せになりたい……愛されたい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死にたくない…。幸せに…愛され…。」

 

俺が血まみれで横たわっている彼女の服を破き、患部を調べようとしたときに、ふいにその声が聞こえた。

 

今のは彼女の声か…。

 

そう思いながら彼女の顔に目を向けると、両目から大粒の涙を流していた。

 

それは悲哀の涙である事が容易に分かる。

 

余程辛い事があったのだろう。意識をなくしながら、しかも瀕死の状態でそれを呟くというのは、それほど強い思いが心にあったという事である。

 

俺はそう考察をしながら、服を破き、患部を観察する。

 

「矢の傷二つに、背中に大きな刀傷か。まずいな。」

 

そう呟きながら、俺は手持ちのリュックの中から、全ての領域をオフにして治癒用の札を取り出す。

 

理由はオフにしないとお札の効力が消えてしまうためである。

 

俺はその取り出したお札に、自分の名前を書き、効力を発揮させる。

 

するとお札が青く光り、治癒の準備ができたのだと言う事を伝えてくる。

 

俺はその事を確認しながら、彼女の背中に貼り付けようとする。

 

「よし、これで何とか治ってくれよ……うわっ!」

 

俺が呟きながらお札を張り付けた瞬間に、電球がショートしたかのようにバチッという短い音がし、同時にお札がカメラフラッシュのように短く強烈に光って効力を失ってしまった。

 

なぜだ…。

 

突然の事態に驚きながらも、何とか心を落ち着かせて、予備の札を用意する。

 

しかし、再び閃光が走り、札が効力を失ってしまう。

 

「何なんださっきから…彼女にはお札が効かないのか?」

 

そう呟きながら俺は彼女の身体を観察し始める。

 

そして約1分程観察した時に、彼女の腹の部分に黒い小さなお札が貼りついているのが分かった。

 

「こいつは一体…。」

 

そう呟きながら、俺はそのお札に手を伸ばす。

 

「おっと、領域をオンにしなくては。何があるか分からないからな。」

 

そう言いながらオンにする。

 

そして改めてお札に手を伸ばす。

 

すると、触れた瞬間にお札から黒い霧のような物が出て、お札が霧散してしまう。

 

それと同時に彼女の身体にある異変が起こった。

 

それは

 

「狐耳に尻尾が9本?」

 

彼女から妖獣の象徴であるものが現れた。

 

しかも着ている服に立派な尻尾、狐耳に見たことのある顔。

 

間違いなくそれは

 

「藍じゃないか…。」

 

八雲藍であった。

 

だが、これに驚いている猶予は無い。

 

先ほどの札が邪魔をしていたのならば、もう治癒の札は効くはず。

 

そう思いながら俺は再び札に名前を書き、彼女に貼り付ける。

 

「今度こそ!」

 

するとあれだけ深かった彼女の傷がみるみるうちに塞がれていき、彼女の身体は無傷同然になった。

 

だが、安心はできない。彼女の顔色が死人のように青白いままなのだ。

 

「血が足りないか…それに妖力も。おまけに意識が無いから対処が難しい。」

 

俺はどうするかを考え始める。

 

やがて一つの考えを弾き出す。

 

「幽香に妖力を分けてもらおう。」

 

土下座でも何でもしてやるさ。

 

 

 

 

 

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