東方高次元   作:セロリ

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34話 ゆっくり休んでくれ……

命の恩人は俺ではありません……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が軽い。あれほどまでに傷つき、重く、痛かった身体がどんどん軽くなっていく。

 

これがあの世に逝くという事なのだろうか? だが、心地良いわけではない。この世でやり直したかった事がたくさんある。

 

もう無理かもしれないが一度でいいから私の心の底より、魂の根底から愛する事ができるような、そんな人に会いたかった。

 

そう、人間同士の夫婦のように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………ここは?…………私は確か死んだはずでは……?)

 

瞼を開けると、和風の天井が目に飛び込んでくる。…不思議だ。確かに私はあの時瀕死だった。なぜ生きているのだ?

 

そんな疑問が頭の中を埋め尽くす。

 

私には見たことのないような生地でできた布団がきれいに覆いかぶさっており、首を傾けてみれば服も変わっている。

 

一体誰が……?

 

そんな事を思いながら周囲に目を向け見回す。すると二人の男と女が抱き合って眠っている。といっても一方的に女が抱きついているだけであるが。

 

何にせよ、お礼を述べなければ。そう思い身体を布団から起こす。その時にマズイ物が目に飛び込んできた。

 

私の尻尾が丸裸になっている。何て事だ。もしこの光景を見られているとしたら都に通報されているかもしれない。

 

そして私を捕らえたと都に確認されれば莫大な報奨がこの二人に転がり込むだろう。

 

だから生け捕りにするために私の手当てをしたのかもしれない。

 

その考えがふと浮かんだ瞬間に、今までの討伐に関する事が一気に頭の中に噴出して気が気ではなくなってしまった。

 

剣で切り裂かれ、弓で貫かれ、札の嵐を食らい、圧倒的な数の暴力に屈したあの光景を。あの痛みを。

 

思い出せば思い出すほど気が狂いそうになる。

 

だから死にたくはない。まだやり残すことがあるのだ。

 

(目撃者は……殺さなければ。)

 

私は布団から立ち上がり、気付かれないように、忍び足で二人に近づいていく。

 

(女は簡単に始末できる。…まずは男から。)

 

そう心の中で決めると、爪を伸ばして彼の首を切り裂く準備をする。

 

そっと彼のもとに膝を折り、首筋に爪を当てる。

 

すまない。許してくれ。

 

私が力を込めて切り裂こうとすると、予期せぬ出来事が起きる。

 

「あなた、命の恩人に向かってそれはないんじゃない?」

 

その言葉と共に凄まじい握力で腕を掴まれる。

 

心臓が跳ね上がり、次の瞬間には氷の手で鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 

私は弾かれたように女の方を見やる。

 

すると激情の眼ではなく、極寒の冬を体現したかのような果てしなく冷たい眼が私を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が妖怪かどうかも判断できないような衰弱した身体でよくそんな事をしようと思ったわね? ねえ?」

 

私はその女から発せられる殺気に思わずたじろいでしまう。万全の状態の私なら張り合えるが、今は……不可能だ。

 

「目撃者を殺さなければ、私に明日は無い……」

 

「あら、何を勘違いしているのかしら?」

 

そう言いながらさらに殺気を強めてくる。

 

何て事だ。何て相手に手を出してしまったんだ。

 

私は自分の犯した間違いに激しく後悔しながらも、何とか逃げ道を探そうと考える。

 

だが後悔しても遅い。すでに彼女の手は私の胸付近に迫っており、その手が私を貫くであろうという事は容易に想像できる。

 

私は目をつぶりながら来たる衝撃に身を備える。だが、私の予想した衝撃とは全く逆であった。

 

彼女は私を貫くのではなく、ただ押されただけであった。そう、ただ押されただけ。

 

それにもかかわらず私の身体は、ほんの少しの衝撃さえも相殺する事ができずに尻もちをついてしまった。

 

私が痛みを和らげるために尻をさすっていると、女がほれ見ろと言わんばかりの顔で言い始めた。

 

「ほら言ったじゃない。今のあなたの身体は雑魚妖怪も倒せないほど衰弱しているのよ。感謝なさい。耕也が助けていなかったら今頃貴方は死んでいたわ」

 

耕也?…それはここで呑気に寝ている男の事だろうか?

 

私を助けられるような力量があるとはとてもじゃないが、あるとは思えない。

 

とりあえず、なぜ助けたのかこの女に聞いてみなければ。

 

「…私は玉藻前だ。あなたの名前は?」

 

「……? …まあいいわ。…私を知らないのかしら? 私の名前は風見幽香。そしてここでグースカ呑気に寝ているのは大正耕也よ」

 

「では、なぜ助けたのだ?」

 

「さあ? 耕也に聞いてみなさいな。答えてくれるでしょうし」

 

男の方を見やりながら、風見幽香は答える。

 

先ほどとは打って変わって優しい目になっている。まるで花のような。

 

彼女は耕也に対して、何らかの特別な感情を抱いているのだろうか?

 

私がそんな事を思っていると、幽香はその場にしゃがみこみ、耕也の肩をゆする。

 

「ほら、起きなさい。お狐さんが起きたわよ。…ほ~ら、起きなさいってば。」

 

ゆすられること約10秒。耕也が薄く眼を開けながらしゃがれた声で腕を顔の前にやる。

 

「あ~、今何時だ?…………10時? ……ん?~~~~~~っ! ……あ、足がつった……。ちょ、ちょっと足首お願い」

 

そう言いながら耕也という男は片足を上げながら悶えまくる。

 

こちらから見ると滑稽なのだが、哀れといえば哀れにも見える。

 

「何してるのよ耕也。ほら、これでいいの?」

 

幽香が仕方ないという顔をしながらあげられている片足を持ち、腱を伸ばすように押していく。

 

幽香の応急処置により、程なくして耕也の顔から苦しみの表情が消える。

 

「あ、ありがとう。何とかなったよ。それにしても朝から足がつるとか刺激的すぎるだろ」

 

耕也はそう言いながらこちらを振り向く。その顔は苦笑していた。

 

そして私の存在に気がついたのか、ハッとした表情となり居住まいを正す。

 

「あ、すみません。お見苦しい所を。自分の名前は大正耕也と申します。えっと、お狐様の御名前を伺ってもよろしいですか?」

 

風見幽香とは随分違った雰囲気を醸し出す男だ。嫌いではない。

 

「すでに風見幽香にも言ったが、私は玉藻前という。見ての通り九尾の狐だ。白面金毛九尾の狐とも呼ばれているがな」

 

すると、男は私を恐れるばかりか、さらに友好的な態度で接してきた。

 

「では玉藻様、お聞きしますが体調の方はいかがでしょうか? 何か御不便な所はありますか?」

 

不思議だ。今まで会ってきた男は私の正体を知った瞬間に大きく態度を乱して罵声を浴びせてきたものだが。

 

だが、この男は違う。私に恐怖心を全く抱いていない。なぜだろうか?

 

私がそう不思議に思っていると、幽香が話しかけてくる。

 

「いま、不思議に思ったでしょう? どうして私を恐れないのかって。この男はね。都でも、いや、この国の中で最も強い陰陽師と言われている男なのよ」

 

「幽香、余計なことは言わんでいいってのに。相手が混乱するだろうが」

 

「いいじゃないの。いずれは明かす予定だったのでしょう?」

 

「はあ…。まあ、この人の言った通り陰陽師をやっております」

 

この男が言ったことに対してさらに疑問が湧いてくる。

 

いったい何故私を助けたりなんかしたのだろうか? 陰陽師にとって私という存在は害悪以外の何ものでもない。

 

私の頭にはそんな疑問があふれていた。だから、私はその真意を知るために聞く。

 

「なぜ、私を助けたりなんかしたのだ? お前は陰陽師だろう? それと、いい加減無理矢理な敬語はやめてくれ」

 

「わかりまし…わかったよ。無理矢理ではないのだけれども。まあ、理由としては、玉藻さんが悪い妖怪ではないと思ったからかな。俺は基本的に人を襲いまくるような輩ではない限り手を出さないし」

 

変な奴だ。本当に変な奴だ。

 

だが、こいつの言っている事は人間の考えに反しているのではないだろうか? 妖怪を退治して退治しまくる。そんな事を生業としているのが陰陽師ではなかったのだろうか?

 

しかし、この疑問を投げかけるまでもなく、幽香がそれを補足する。

 

「まあ、こいつは変わってるから仕方ないわよ。そういうものだと思って接しなさいな。ふふっ」

 

「こらこら、人を何だと思っているんだ。まったく」

 

やはり、この二人を見ながら思うのだが、妖怪と人間が気さくに話し合っている所を見ると、違和感を感じてしまう。

 

これが連中の抱いていた私への違和感か……。

 

だが、この違和感は妙に心地よい。二人して笑い合っているところを見てると何故かこちらの気分まで良くなる。

 

これも私が求めていたのかもしれないな。いや、きっとそうだ。求めていたものの一つに違いない。

 

だから

 

「そうだ、遅れてすまないが、これを言わなくてはならない。私を助けてくれて本当にありがとう。感謝する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今はまだ体力が戻って無いと思うのでゆっくり休んで下さい。食事は後でお持ちしますので」

 

つい敬語で言ってしまうのだが、こればっかりは仕方が無い。

 

俺は初対面に対しては必ず敬語で接するようにしているのだ。

 

藍がここまで逃げてきた理由を聞くのは、明日でも十分だろう。そんなに焦る必要はない。ここに九尾がいるという事がばれたとしても、すぐに幽香の家に転送すればいいだけの話だし。

 

今頃殺生石は大変なことになっているだろう。九尾が逃げ出したという号外新聞でも配られる程に。新聞はこの時代にないけれども。

 

ではでは、卵粥でも作りに行きましょうかね。内臓関係も弱っているだろうから、なるべく消化の良い物が好ましいだろう。

 

そう思いながら、俺は台所に向かう。

 

と、そこで背後から声を掛けられた。

 

「耕也。少しいいかしら。外まで一緒に来てもらえるかしら?」

 

声を掛けたのは幽香であった。

 

一体何の用だろうか? 外に用があるというのも不思議だ…。

 

だが、とりあえずは返事を返さなくてはならないので、少し大きめな声で返答する。

 

「はいよ、今行くよ」

 

俺はそう言いながら開けていた冷蔵庫の扉を閉め、玄関に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に出ると、冷たい北風が頬をなでる。もうそろそろ冬か…。

 

そんな事を思っていると、幽香が玄関から出てくる。

 

「待たせたわね。そんなに時間はとらせないわ。安心して頂戴」

 

何故か、幽香の態度が少し硬く感じる。

 

なぜだろうか? そんなに時間が必要ないのならばすぐに終わる用事なのだろう。

 

そして幽香が切り出した言葉は、予想外なものであった。

 

「玉藻前についてなのだけれどもあなた、藍って呼んでいたわよね。なぜかしら?」

 

そういうと幽香が少し目つきをきつくする。

 

聞こえていたのか…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしようか……ちょっとまずい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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