この馬鹿力共め……少しは手加減してくださいよ……
やはり決闘があるといっても時間の流れという物はいつも通りで、目を開けると太陽が地平線から顔を出し始めている事が確認できる。
俺は布団と外気の温度差に身震いをしながらもそもそと起き上がる。
まだ眠りたいという脳の要求を突っぱね、思いっきり伸びをする。
「くぅっ……おあ~~。……まったく、寝違えたのか分からないが肩が痛い。おまけに首も」
自分の寝相の悪さに自然と文句が出てしまう。なんだか今日が思いやられる。
起き上がってからすぐに寝間着から普段着に着替える。本来なら決闘にふさわしい衣服という物があるのかもしれないが、あいにくそんな知識を持ち合わせてはいないので仕方が無いといえば仕方が無い。
布団や移動させた卓袱台などをもとの位置に戻し、軽く部屋の掃除をしてからお暇する。
部屋を出て少々狭い階段を下り、宿主に声を掛ける。
「あの、すみません。先日お泊りさせていただいた大正耕也ですが」
すると、奥の方からこちらに近寄ってくる足音が聞こえ、お爺さんが姿を現す。
「耕也様、おはようございます。よく眠れましたか?」
「はい、疲れもすっ飛びました。ありがとうございます。…ですが元から寝相が悪いせいか、寝違えてしまいました」
すると、お爺さんはホッホッホッと笑いながら言葉を返してくる。
「それはそれは。大変ですな。…おお、そうでしたそうでした」
そういうと、お爺さんは背筋を伸ばしてこちらに深々とお辞儀をする。
「この度は、私の宿を利用していただき誠にありがとうございます。またの機会をお待ちしております」
「はい、また鎌倉に来た時はぜひ寄らせていただきます」
そう言って俺は宿を後にする。
しかし、玄関を出ると目の前に二人の男女が立っていた。
そしてその男女は俺の顔を舐めるように見る。そう、まるで品定めをしているかのような。
正直気分は良くない。というよりもうざい。
「あの、なんですか?」
俺が怪しい者を見るかのような表情を作り尋ねると、男女は顔を見合わせ頷き合う。そして俺の方を再度向き直り礼をし、女性の方が口を開く。
「大変失礼いたしました。私は倉本 妙と申します。こちらは大友 水元といいます。…大正耕也様とお見受けしますが、よろしいでしょうか?」
と女性は早口に自己紹介をして、俺に照合を申し出る。
当然俺は本人で間違いないので素直に答える。
「はい、私が大正耕也です。何かご用でしょうか?」
おおよその事は察しがつく。人数は二人、今日は決闘の日。そして二人とも陰陽師の格好をしている。
つまりは実朝から派遣されてきた決闘者という事だろう。
俺の予想におおよそ合っている答えを話し始める。
「私たちは実朝様から派遣されました陰陽師です。今回は耕也様の下につけと、そう言われていますのでよろしくお願いいたします」
そう言いながら、二人同時に頭を下げる。
そして俺も返事をする。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
だが、短い時間ではあるが彼らを観察してみて少々気の毒だと思った。
二人とも明らかに今回の任務には乗り気では無い。当然といえば当然なのかもしれないが、それにしても彼女らから漂う悲壮感という物が凄まじい。
特に男の方が厳しそうだ。先ほどから一言も喋らない。
一見無表情に取り繕っているため分からないが、目を見てみると潤っており今にも泣き出してしまいそうな雰囲気だ。
この幕府の中で最も強い者の3人に入っているのだが、相手は鬼である。それもおそらく最強クラスの。
おまけに鬼の軍勢の中で決闘を行うというのだから恐怖感と絶望感は言わずもがなである。
だが、もうそろそろここを発たなければ決闘に間に合わないため出発する旨を伝える。
「では、行きましょう。ここにいても鬼たちを退治することはできません」
その言葉を聞くと二人は一度ブルリと震わせ、ゆっくりと頷いて俺の後を着いてくる。
道なりはそこまで過酷なものではなく、割と平坦な面が続いていたためそれほど体力を損なわずに鬼の待ちかまえている本拠地まで行く事ができた。
幕府からの距離は徒歩でざっと2日程であり、途中でテントを張ったりしての道程となった。その間になんとか二人の緊張などを解したり元気づけようと思ったのだが全くうまくいかなかった。
俺だって今ある力が無ければ将軍の命令なんてほっぽり出してどこかに逃げおおせてしまうだろう。その点、この二人は逃げも隠れもしないのだから俺よりは遥かにマシという事だろう。
だから別に泣きそうとか、恐怖感に侵されているとかそんなことで咎めたりはしない。第一この2人に戦わせるつもりなど毛頭ないのだから。
戦う条件はこちらが指定できるようにしてしまえばいい。本来なら決闘方法は人間が決められるのに、今回は鬼が一方的に決めた力勝負なのだ。鬼が人間の中から強き者を求めるために。
だからこれくらいの条件設定ぐらいは許されてもいいだろう。
そうした事を考えていると、いつの間にか鬼の指定した場所まで来てしまった。
だが、鬼の姿は見当たらない。場所を間違えてしまったのだろうか?
「確かにここで合ってますよね?」
後ろの二人に聞くと、黙って頷きを返してくる。もう頷くぐらいしかできないほどの状態まで来ているのか。……きついな。
俺たちはその場でしばらく佇んでいると、遠くから地響きのような音がしてくる。
その音は経時的に大きくなっており、ある一定の所まで音が大きくなってくると多くの足が地面を踏みしめているのだと推測する事ができた。おそらく鬼たちだろう。
俺には感知することはできないが、2人はその音の源から内在する妖力を感じ取ったのかガタガタ震えだす。
即座に2人に対して俺の後ろへ下がるように指示を出し、片手を広げて守るように構える。とはいっても鬼たちは正々堂々と戦う事が信条なのでこのような場所で不意打ちはしないとは思うが。
しばらくその足音が大きくなるのを感じ取っていると、やがて鬼たちが目の前の森の中から姿を現す。その数はおそらく数百といったところだろう。どの鬼もがそこら辺の野良妖怪よりもずっと強いという事が容易に分かる。
ここまで近くなるとさすがに俺でも妖力の大きさを肌で感じる事ができる。それはまるで自分たちは絶対の存在であると言うかのような自信にあふれた力強い妖力。
ある種の絶景なのではないかと思うほどの様になった姿であった。
目の前の光景に圧倒されていると、鬼の中から1人の女性が足を前に出して歩み寄ってくる。
銀色の長髪を風に棚引かせ、胸元の大きく開いた着物のような何かをきており、右手には金色に輝く槍のような物を携えている。
そして微笑を浮かべてこちらにまで近寄り、口を開く。
「私は鬼子母神の仙妖 栄香。此度はよくぞ我々の決闘を受けてくれた。感謝するぞ、陰陽師殿?」
こちらとしては感謝されても全く嬉しくならない上に決闘することすら放棄したくなってくる。
そして彼女から放出される妖力がすさまじい。
さすがに後ろの2人に直接妖力に晒すのはヤバいので、外の領域を広げて遮断してやる。
すると、かなり楽になったのか、顔色がだんだん良くなってきているのが分かる。
その様子にホッとしながら栄香に返事をする。
「あのいまさらですが、幕府から手を引いてもらうという事はできませんか…?」
と、駄目元で言ってみる。
当然これを聞いた相手は怒ると思ったのだが、予想に反して栄香は微笑を浮かべたまま答える。
「ふむ。…残念だがそれはできない。 これは鬼と人との宿命なのだから。妖怪は人を襲う。当然であろう?」
そこまで言われてしまうと、こちらも自然と反論したくなってしまうが、これ以上の口論は決着がつかずに、時間の無駄になってしまうと俺は判断したため決闘の準備を促す。
「まあ一理ありますね。…ならばさっさと決闘を始めませんか?」
すると、栄香は頷いて
「では、今回の決闘にさしあたって条件設定といこうか。まずは人間側からで良い。一方的に決闘方法を決めたのは鬼なのだからな」
と条件提示を促してくる。どうやら鬼も人間側に大きなハンデを科してしまったという事は理解しているらしい。
ならばこちらは少々欲張りだが、4つ程提示させてもらおう。
「こちら側は4つ提示させてもらおう。まずは1つ目。こちらがこの決闘に勝った場合は可及的速やかに幕府から手を引く事。次に2つ目。今回の決闘方式は勝ち抜き方式にする事。3つ目は俺の後ろにいる部下たちの命を今現在より保証する事。4つ目は、決闘方式の勝ち抜きを2点先取による決着とする事。以上だ」
普段なら敬語を使うが、この条件設定ばかりは強気に出ていかなければならないため、少々横柄に話す。
そして俺が条件設定を提示し終えたときに、栄香の後ろ側から鋭い声が飛んでくる。
「ちょっと待った! 3つ目までは見逃せるが4つ目は認めることはできない! これでは決闘の意味が無くなってしまう。唯のお遊びになる」
その声が発せられるとともに他の鬼たちが騒ぎだす。先ほどの誰かは分からないが、声に賛同するもの。そして提示した俺に対して野次を飛ばすものなど様々だ。
だが、それを聞いた栄香は深いため息をして後ろを向き、凄まじい大声を飛ばす。
「お前たち、黙っておれ! 今は重要な案件を決めているのだぞ!」
そのあまりの音量に、鬼たちは先ほどの喧騒がまるで嘘のように一瞬にして静まり返る。流石鬼のリーダーというべきか……。
そして俺の方に向き直り、苦笑しながら口を開く。
「同胞たちが迷惑を掛けたな。済まぬ。……そして条件設定の方だが、流石に私としても4つ目までは認めることはできぬ。遊びではないのだからな」
やはり駄目だったか。これが通れば俺の体力の配分がずっと楽になったはずなのだが。まあ、これに関しては俺も内心受け入れられないと思っていたから仕方が無いと言えば仕方が無いが。
俺は最後に提示した条件を撤回することを話す。
「分かりました。では上の3つの条件で宜しいですか?」
この言葉に栄香は頷き、鬼側の条件を提示してくる。
「こちらからの条件は一つだ。それはお前の命だ。大正耕也よ」
当然要求してくるとは思っていたから慌てもせずに返事をする。
「分かりました。その条件を受けます」
すると、栄香は大きく満足そうに頷いてから後ろに下がっていく。
そして下がるついでに何かを鬼たちに伝える。声が小さくて分からないのだが、おそらく決闘者を呼び出しているのだろう。
栄香が引っ込むと、今度は3鬼出てくる。
やはり萃香と勇儀がいる。そしてもう一人の黒髪長髪の女の子は誰だろう? 四天王の一人だろうか?
それを考えている間に3鬼はこちらまで近づいて俺の前まで歩き止まる。
そして中央にいる勇儀が口を開く。
「私は星熊 勇儀。よろしく。こっちは伊吹 萃香。そして、最後に麗蒼 才鬼。私たちが決闘者だ。短い間だがよろしく頼むよ?」
そう言ってにっこりと笑ってくる。
俺もお返しに笑いながら自己紹介を始める。
「自分の名前は大正 耕也です。そして後ろにいる女性は倉本 妙。そしてこちらの男性が大友 水元です。よろしくお願いします」
お互いに自己紹介が終わった所で先鋒は誰かをお互いに言う。
「こっちの先鋒は才鬼だ。あんたは?」
それに対して、俺は当然のごとく答える。
「もちろん自分です」
そして俺たちは、戦わない者たちを離れた場所に避難させる。
栄香達は人間ともども避難用の結界の内側にいるようだ。つまりは応援席というところだろう。そのほとんどが鬼側なのだが。
だが、何とも結界の中では面白い光景が繰り広げられており、妙や水元たちが鬼から酒を振る舞われたりしている。ビクビクとしながらではあるが。
俺は結界を確認した後に、才鬼に振り向き、決闘の準備を聞く。
「では才鬼さん、よろしいですか?」
すると、才鬼は満面の笑みを浮かべて口を開く。
「はじめまして大正耕也。君の内臓と肉はとんでもなく美味しそうだね?」