東方高次元   作:セロリ

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42話 怒る時は怒るさ……(下)

いやもうね、なんというか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「萃香っ! 流石にそれは言い過ぎだっ!」

 

何を言ってんだか勇儀も。赤ん坊を引き合いに出すぐらいしなければ耕也も本気を出さないだろうに。

 

全く、こいつは自分の防御の堅さにかまけて大した攻撃もせず、鬼の誇りを傷つけ挑発するだけ。

 

しかし、私の求めている物とは程遠い。だからこそ本気を出させるためにあえて挑発を行ったのだ。

 

でももし、この挑発が私に対していらない自体を招くのではないだろうか? 私は大正耕也という存在をまだ分析しきれていなかったら? そしてなにより、私の心に僅かでも慢心という物があるのではないだろうか?

 

そんな懸念されて然るべき事項が、この挑発の前後に一片たりとも思い浮かばなかった。思い浮かばなかったからこそ私は人間の怖さを、大正耕也の怖さを、得体のしれない力の怖さを思い知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジで死ねや、この糞鬼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この言葉が聞こえた瞬間についに耕也が本気を出したのだという事を直感的に理解し、私は一気に迎え撃つ準備をする。

 

対する耕也は構えすらとらずに走り、突然消え、そして私の目の前に現れ、手をかざす。

 

「焼け死ねこのくそったれ!」

 

耕也の手からは、何か変な臭いのする液体を大量に噴霧させると同時に手の中心から青い火花が散り、衝撃波と巨大な火柱が発生する。

 

私はその瞬間に自分の身体を霧化させ、攻撃を無効化させる。

 

おそらく、生身であの攻撃を食らっていたら大火傷では済まないだろう。その圧倒的な熱量と威力に少々驚いている自分がいる。

 

しかしどうしたものか。耕也に対して私の攻撃は効かない。どうあがいてもこちらが圧倒的不利なのには変わらない。

 

だが、よくよく考えてみれば、こちらには霧化するという手段があるからどのみち立場としては変わらないか。

 

そしてなにより私は鬼であり、耕也は人間。体力の差は一目瞭然であり、どちらが先に倒れるかは言うまでもない。

 

結局のところ勝つのは私なのだ。そう、相手は唯の人間なのだ。

 

そう心を奮い立たせ、先ほどの攻撃によって生じた恐怖心をかき消す。

 

かき消すと同時に私は周囲に埋まっている大岩を能力で引き抜き、連続で耕也に向かって乱射する。

 

「これを食らってみろっ! 大正耕也よっ! そして、この私に屈するがいいっ!」

 

その言葉が耕也に届くと同時に私の姿を見て振り返り、口を開く。

 

「口を開けばピーチクパーチクうるせえんだよ! ああ!?」

 

そう大声を出し、降り注ぐ大岩を腕を振りぬいて打ち砕き、片手を上にあげて白い槍か弓矢のような何かを耕也付近の空中に出現させる。

 

そのまま何も言わずに腕を振り下ろす。それを合図にその物体たちは尾の部分から炎と白い煙を噴出させながらこちらを真っ直ぐに目指して殺到してくる。

 

すかさず、私は耕也に打ち出してない余りの大岩を正面に設置し、攻撃から身を守らせる。

 

そしてすぐに大岩にビリビリと衝撃が走り、着弾したという事を如実に知らせる。

 

だが、私の認識は甘く完全に防げたと思ったのだが、実は防げたのは最初の一発のようで次の弾が着弾すると、轟音と共に岩がひび割れ砕け散り、形を少々失いながらも炎に包まれた良く分からないそれは、私に向かって一直線に殺到し起爆する。

 

「くぅ……あ、危ないじゃないか……。もう少し遅れていたら即死だったよ」

 

咄嗟に回避するために霧化したのは良いが、衝撃波と炎に包まれたその金属破片を防ぐには少々時間が足りなかったらしく、油断を代償に左腕をズタズタにされてしまった。

 

久々に焼けるような痛みがこの腕に走る。ははは、一体どんな兵器なんだい。

 

何とか、霧と化し、そのズタズタになった箇所を素早く修復していく。これで良し。

 

妖力を少し費やしてしまったが、これしきの事で戦闘に支障が出ることは無い。問題は耕也の体力だ。

 

怒りのせいか、大雑把な動きになりつつあり、体力の消耗も一段と激しくなっている事だろう。これはうれしい誤算だ。

 

だが、まだ耕也は何か隠している要素がある。まだ何か。そう重大な何か。これを使われたらきっと勝てない。そんな嫌な予感が私の脳にサッと現れ消えていく。

 

この懸念が現実のものになってほしくない。そんな願望に気付かないふりをしながら私はさらに攻撃を続けていく。

 

「さっきは、よくもやってくれたじゃないかっ!?」

 

そう言いながら右手に空気を圧縮し、圧縮し、砲弾を形成する。

 

「吹き飛べえっ!」

 

その言葉と共に耕也のいる所まで高速で打ち出し、着弾寸前で疎にして地面ごと耕也を吹き飛ばす。

 

炸裂した空気の塊は見事耕也を捉え、地面を根こそぎ吹き飛ばしていく。地面を奪われるほどの攻撃ならば少しぐらいは怯むはず。そのスキに。

 

だが、さすがに今までの人間とは格が違うのか、動ずることなく私の背後に瞬間移動する。

 

それでも自然と湧いてくるはずの驚きという物が無い。今までの行動からも読める上に、頭の中のどこかしらでこんな攻撃効きやしない。と、考えている自分がいたのだろう。

 

だからこそ

 

「いいねいいね、それでこそ最強の陰陽師だっ! 大正耕也」

 

と自然に口から声が漏れる。

 

だが、耕也は気に入らなかったようで

 

「四の五の言わずにさっさと沈めこのチビ」

 

と、暴言を吐いてくる。鬼が気にしている事をっ!

 

そしてさらに、何の動作もせずに目の前の空間が大爆発を起こし、圧倒的な熱量と衝撃波を振りまき、私を地面に空中から引きずりおろし、叩きつける。

 

「かはっ……っ……! ……痛いじゃないか。今のはかなり効いたよ……」

 

口から洩れる血を腕でぬぐいながらそう呟く。事前動作も無しにあそこまでやるとは予想外だ。これだから人間との戦いはやめられない。

 

だが

 

「これくらいでは私は倒せないぞ! 大正耕也!」

 

もっと頑張ってもらわねば。私を楽しませてくれ。人間よ。

 

だが、これが長い生の中で初めて味わう地獄というものの始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなにやられたいのならやってやる。後悔するなよ…このチビ鬼。」

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、私の身体に大きな異変が起こった。

 

それは、あれだけ身体に満ち満ちていた濃密な妖力が一切の気配も感じないのだ。まるで根こそぎ空中に霧散してしまったかのような。

 

余りの変化に身体が追いつかず、その場にへたり込んでしまう。

 

それにもっとも大きな事は、能力がまともに使えない。空気を弾丸にしようとしても全くできず、ただむなしく風に流されていくだけ。

 

どうしたというのだろうか?

 

私は原因をおおよそでもはじき出す。これは耕也の仕業なのだと。

 

耕也が何かしらの手段を用いて私の能力と妖力を封じた。それしか考えられない。

 

だが、私はここである事に気付いた。先ほどは状況の急変についていけず、へたり込んでしまったが、近くにある石を手にとって力を込めて握ると簡単に砕く事ができる。

 

つまり、私の純粋な身体能力はそのままの形で今までどおりに使えるのだ。…だったら!

 

「大正耕也よっ! なにやら小賢しい手を使ったようだが、鬼の前では意味をなさないということを思い知ってもらおうじゃないか!」

 

私は能力及び妖力を一切使えないという不安感をふっ切るためにあえて大声で自らを奮い立たせる。

 

そして何より、鬼の純粋な身体能力を使えるという事が安心感を与えてくれる。これが力の弱い妖怪だったらと思うと嫌な汗が出てくる。

 

わたしは奮い立たせた心を支えにして耕也に走っていく。

 

対する耕也も先ほどよりも大きな円筒形の金属を射出して当ててくる。

 

私は当たる寸前に、足に全力を込めて素早く跳躍して何とかギリギリで回避する。

 

そしてそのまま耕也の顔面に渾身の力を込めた拳を叩きつける。人間の頭が赤い霧になる勢いで。

 

だが、結果は無残にも拳が砕け、血が飛び散り、骨がむき出しとなる。

 

「――――――っ!! くそっ!」

 

私はそんな声にもならない悲鳴と悪態の両方を吐き、その場を高速で離れ耕也からの攻撃を回避することに専念する。

 

「もう無駄だよ……萃香。諦めな。」

 

そして耕也は次々と円筒形の金属たちを次々と空中に顕現させ、高速で落としてくる。

 

爆発。続いて爆発。そして爆発。また爆発。

 

必死に回避して回避して回避して回避していると、もう自分の心が先ほどとは打って変わって脆く崩れそうになっていく。

 

人間に、たかが人間にここまでみじめに追い詰められた鬼がかつていただろうか? おまけに私は四天王の一人だというのに。

 

それを考えると自分が今いかにみじめな姿を晒しているのかが嫌でも分かってくる。

 

その惨めさはさらに心から闘志を奪っていき、逆に鬱を生み出してくる。

 

心が……折れそうだ。

 

そしてついには涙さえも。私は触れてはいけないものに触れてしまったんだろう。これが人間の怖さというものだろうか? 鬼と対峙してきた人間の感情はこんな感じだったのだろうか?

 

……人間が怖い。

 

怖い。怖いよ。怖すぎるよ。

 

誰かに助けを求めたいと思う心がどんどん大きくなってくる。

 

だが、私の身体には耕也の放つ攻撃によって傷がどんどん増え、私の体力を大きく削っていく。

 

一体どうしたら。……そろそろ潮時なのだろうか?

 

そして必死に逃げ回っているうちにいつの間にか石につまずき転んでしまう。

 

立とうと脳が必死に身体に命令しているのだが、身体が全く言う事を効かない。心と体が完全に解離してしまっているのだ。それが決定的な敗北感を私にもたらす。

 

……もう駄目だ。もう、立てない。

 

そう諦めの考えが私の心を支配し、立つという意識を全てかっさらっていく。

 

最後に青空でも見てみたいという不思議な気持ちがポッと湧き、身体をうつぶせから仰向けにさせる。

 

私が見上げると、緑色の大きな金属の筒が少々離れたところに着弾し、今までの攻撃がただのお遊びとでもいうかのような圧倒的な爆風が発生する。

 

その爆風は私から片腕と左足、右ひざまでをあっさりと持って行き、さらには腹に大穴を開ける。

 

余りの痛みに悲鳴をもあげられず、ただ熱い感覚だけが私の脳を支配していく。耕也の力のせいか、傷がふさがらない。

 

………もう、死ぬのか…。こんなことならいらぬ挑発は避けとくべきだったかもなぁ。

 

そんな事を意識が混濁する中ぼんやりと考え、ゆっくりと死を待つ。

 

ふと、耕也のいる方角を見ると、なぜか、一人ではなく、二人いる。おまけに何故かもみ合いとなっている。

 

それは見慣れた一本角に白い服。そして見事な金色の髪。勇儀だ……。

 

でもなぜ………?

 

私は答えを出せぬまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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