鬼の力は一体どこまで……
「へえ、燃料切れねえ……。そりゃあ、こちらとしては、好都合だねえっ!」
そう言いながら勇儀は下駄を地面に叩きつけ、地面を割り、クレーターを形成させながら左足を軸として殴りこんでくる。
その左足によって作りだされた巨大な遠心力という味方を付けた拳の速さは、俺が今まで体験した事のある速度ではダントツの速さを示し、あっという間に顔面に到達する。
余りにも気迫に満ちた動作は俺の心に恐怖心という物を生じさせるには十分な力を持っていた。
俺はその速さに反応することはできなかったが、領域が瞬時に攻撃を阻み、その衝撃をそのまま勇儀の拳に返していく。
勇儀の顔は一瞬痛そうな顔を浮かべるが、腕には何の傷もなく、元通り何十キロもありそうな金属製の腕輪を揺らしながら、カラカラと笑いながら佇む。
「はっはっはっはっは。すごいなあ、前の戦いを見ていてなかなかの防御力だと思ってはいたが、まさかここまでとはな」
そう言いながら右腕をブンブン振りまわす。そのたかが振りまわすという行為なのにも拘らず空気を揺るがせ、一種の騒音発生機となっている。
一体どんな力を持っているのやら。
そんな考えがふと浮かび、俺は彼女の持ちうる力の度合いについて今ある知識から考えてみる。
おそらく、俺が勇儀も含めた3人の中で最も力の強いのは間違いなく勇儀だろう。なんせ彼女は力の勇儀と呼ばれているくらいなのだから。
そしてさらに、今回の戦いでは萃香よりも才鬼の方が力に関して言えば強かったのではないだろうか?
そんな感覚に頼った憶測を並べてみる。いや、この際才鬼などの力は無視しよう。
勇儀の力。まだ始まってから間もないので推測するというと事すらおこがましいかもしれないが、才鬼に放った鉄球なんぞでは片腕一本で軽々と退けられてしまうだろう。
それに今の俺には無誘導爆弾一つすらも創造できない唯の防御馬鹿になり下がってしまっている。
拳を領域がガードしてくれるので、殴ることはできるかもしれないが、威力があまりにも不足しているだろう。ましてや鬼になんて……蚊に刺される以下に違いない。
非常に困った。外の領域と内の領域は使える。だから怪力乱神を持つ程度の能力は消す事ができる。これだけが唯一の救いというのが何とも悲しい。
マジで困った。攻撃の手段が見つからない。現実世界からもらっている生活支援とやらも、労働などで困難な場面に遭遇した時にそれを解決してくれるだけだから、石を投げて音速以上にするとかもできない。
本当に嫌な場面だ。正直折れてしまいそうだ。体力も残り少ない上に後に控えている部下二人も戦うという点では全く期待できない。
これは………今までで一番の危機的状況なんじゃないか?
そう思いながらも立ちふさがる障害を排除しようと自分を何とか鼓舞してみる。
攻撃は食らわない。相手の能力も封じられる。だったら後は何とか隙を創って何でもいいから爆弾をひり出して至近距離で起爆させれば、あるいは……。
だが、今はまだおおっぴらに動く時ではない。挑発を繰り返して繰り返して何とか隙を創る。それしかない。
「おい、勇儀。どうした? 早くかかってこないのか? その力は唯の飾りか? もしかして、俺の防御が貫けないから手詰まっているのか?」
俺がそう挑発すると、勇儀はニヤリと笑みを浮かべて俺に答える。
「随分と見え透いた挑発をしてくるじゃないか? ………なら、素直にその挑発に乗らせてもらおうじゃないかっ!」
そう言って空高く飛び上がり、自分の身長以上の大きさを誇る無数の妖力球を創りだして高速で打ち出してくる。
「お前の防御力は実際大したものだよ。お前が何もしなくても、勝手に攻撃は弾かれる。うらやましい限りだよ。…だが私は好きじゃない。なぜなら防御ってのはねえ、自分の持てる肉体を、技術を、力を存分に活用してこそのものだからさっ!!」
その言葉と共に。
妖力球は地面をえぐり、爆発し、土砂を撒き散らす。だがぶち当たって爆発してもそれに臆することなく俺はジッとする。
体力をなるべく早く、少しでも回復させるために。
だが、俺の期待をよそに勇儀はさらなる攻撃を仕掛けてくる。
「金剛螺旋っ!」
その言葉を発した瞬間に周囲に光が満ち、空気が揺れる。
「お前の防御は、これを耐えて見せるかっ!? 大正耕也!」
翳された腕から金色の光がほとばしり、周囲の空気を焼き、地面を融解させ、木々を炭化させ、空気の膨張による衝撃波を生み出していく。
スペルカードとは次元の違う威力。これが勇儀の本気の力。俺はその力の凄まじさに圧倒されるばかりだった。
これがもし俺でなくて部下だったら、何が起きたか分からずに瞬時に蒸発してこの世とおさらばしていた事だろう。
まったく、何て化け物だ。
だが、何としてでも勝たなくてはならない。萃香の戦いが大きな誤算となってしまったとはいえ、まだ俺には戦える余力はあるのだから。
でも俺は本当に勝てるのだろうか……?
ああ、全く効かない。一体奴の身体はどうなってるんだ?
金剛螺旋を放ってから数分経って改めて思う。
周りの岩などは、すでに私の放った熱により赤熱してドロドロに溶けてしまっている。
また、熱膨張によって生じた衝撃波は周りの木々をなぎ倒し、炭化させている。
一体なぜ? 私は大正耕也の無傷な姿を見て疑問が浮かんでくる。一体どうして? これほどの攻撃を受けて無事でいられた奴等一人たりともいない。ましてや相手は人間である。
今まで戦ってきた中堅の妖怪ですら灰と化したにもかかわらずにだ。なぜ人間が……。
自分の攻撃は決して弱くは無いのだ。そう、弱くは無いのだ。だが、今目の前の光景を受け入れると、急に自分の自信が無くなってきてしまう。
やはり、萃香や才鬼同様、私も負けてしまうのだろうか? 一撃さえも入れられずに…。
そんな消極的な考えが私の脳を支配しそうになる。
だが、その考えが脳を完全に支配する前にある一つの言葉が脳に浮かんできた。
「鬼は諦めることが嫌いでね。駄目だって分かっていても必ず突破して見せるという根性があるんだよ」
萃香の言った言葉。この言葉が浮かんできた。
その瞬間、私の頭に立ちこめていた暗雲が一気に晴れてくる。
は、だったらやれるところまでやってやろうじゃないか。自分は何を弱気になっているんだ。
私は自分の心の弱さに呆れ、怒り、そして鼓舞する。
この感情冷めないうちに一気に攻勢に出る。
能力も、妖力も技も通じない。ならば最後にできることは拳で直に砕く事!
私は拳を限界まで握力を込めて耕也に連続で殴りかかる。
効こうが効きまいがどうでもいい。もはや私に残されている道はこれしかないのだろうから。
「くらえっ! 耕也ぁぁああああああ!」
その言葉と共に炎を拳に纏わせ、一番損害の大きい所に絞って攻撃を加えていく。
「うらああああああっ!!」
おそらく人間には視認できないであろう速さで放たれる私の拳は、耕也に届く寸前に堅い何かと衝突して炎を消しさられ、私の腕に負担を掛けていく。
だが、ここでやめるわけにはいかない。いつか届くと思っている私がいるから。届かなければならないと思っているから。
鬼の誇りにかけて。私の誇りにかけて。そして負けていった萃香と才鬼の悔いをここで晴らすために。
だからこそ私は、己の最大限の力を出し切るまでなのだ。
それにしても耕也は何もしてこない。私がこんなにも必死に攻撃しているというのに。何でこんなにも無表情で立っていられるんだ。人間の癖にっ!
おかしい。おかしい。おかし過ぎる。
くそっ! らちが明かない。耕也の体力が消耗している今が好機だというのに。
即座に私は殴るのをやめ、後方に跳躍して態勢を整え私の力技の集大成を顕現させる。
「くらえ、三歩必殺っ!」
「一歩っ!」
その言葉と共に下駄を地面に叩きつけ、無数の妖力弾を発生させる。
そして地面が大きく陥没して地割れを形成する。
「二歩っ!」
さらなる力を足に込め、次に仕掛ける態勢の全てを整える。次に発生させる圧倒的な力の奔流を大正耕也に向けるため。
一気に砕いてみせる。お前のその防御を。私が初めて破ってみせる。
私は一気に跳躍して大正耕也の頭上で止まり、最後の言葉を述べて攻撃を完遂させる。
「ああああああああっ! 三歩ぉぉおおおおおおっ!」
私はその叫び声と共に振り上げた拳を耕也に向かって振り下ろしていく。
この拳の持つ威力は今までの威力とは桁違いであり、どんな妖怪でもまともに食らえば一撃で消滅させられる水準にある。
だから、この一撃に全ての妖力を込めて。
直撃の瞬間に圧倒的な光と熱、そして轟音による衝撃波が発生し、私の視界を奪っていく。あまりの眩しさに私は思わず目をつぶってしまう。
さすがの耕也もこの力技を食らえば無事ではいられまい。そんな予想を立てて視界が晴れるのをひたすら待つ。
私の頭の中で描く耕也の姿は、腕を失って苦痛の表情を浮かべている姿。頭から腰にかけての上半身を粉砕されて息絶える耕也の姿。
等といった様々な姿が頭の中に次々と浮かび上がってくる。そしてそれが現実なっていればいいという強い願望が心に渦巻く。
しかし、現実はそんなに甘いものではなく、視界が晴れた先には一切の傷が無い耕也と、腕を掴まれた私の姿があった。
「ようやく、隙を見せてくれたね。勇儀」
と、唐突に耕也が口を開く。
そして何が何だか分からぬうちに、私の腹部に黒い球体の物が押し当てられ、次の瞬間には耳をつんざくような音と共に激しい痛みが襲う。
「がはぁっ!!」
口から苦痛を表す声と共に血が吹き出る。
私は激しく意識が揺らされ、意識が飛びそうになる。必死にその揺れを抑えようと我慢する。
我慢するのだが、ここで先ほどの妖力の消耗が響いてくる。私はその後遺症に抗う事ができずに視界が黒くなっていった。
そして、消えていく意識の中で聞こえ、見えたのは耕也の倒れる姿と弱弱しい声だった。
「俺も限界だ………」
「あらあら、彼倒れてしまったわね。あの殿方が目的の方かしら?」
鬼から、そして耕也から気付かれないほどに離れた上空に二つの人型が浮かんでいる。
彼女は一人の従者を従えており、口元に扇子をやりながら開き、宝物を見つけたような眼をしながら従者に尋ねる。
「はい、その通りです」
その主の問いに従者は肯定の意を表す。
また、その従者にも口元に笑みを浮かべ、獲物を見つけたかのような目を耕也に向ける。その姿は見たものすべてを魅了するであろう圧倒的な妖艶さを醸し出している。
そしてその従者の姿を目の端で捉えた主は同じく妖艶な笑みを浮かべながら彼の戦いぶりに感想をつらつらと述べていく。
「凄まじい防御力ね。それに攻撃力も圧倒的なもの。さすがはあなたの想い人ね? ふふふ」
それを聞いた従者は少し恥ずかしげながら、しかし驚きを表しながら主に返答していく。
「想い人というのは……まあ、良いです。……それにしても、彼にあんな力があるとは思いませんでした。そのような仕草は一切見せておりませんでしたし、最強の陰陽師といえど所詮は人間だとも思っておりましたので」
「計算外というのもあるものよ。そして、あなたからすると彼の人柄とかそういった内面的な評価はどうなのかしら?」
その言葉に対して先ほどの妖艶なオーラは姿を潜め、非常に清楚な、そして優しさを醸し出しながら答えていく。
「非常に優しいです。気は少々弱いですが、側にいると本当に心が温まります。今までの鬱屈した気持ちが嘘のように消えてなくなるほど。妖怪だからと言って変に拒絶もしませんし」
主は従者の答えに満足したように頷きながら彼女の評価に少々の驚きを混ぜる。
「すごい高評価ね。あなたがそこまで好意を寄せるなんて……。彼は幸せ者ねぇ。…………だったら、私の友人とも仲良くなっていけるかもしれないわね。彼なら」
彼女はそう言うと扇子をパチリと閉じて一言言う。
「ならば、近々お迎えに上がらせていただきますわ。大正耕也殿。私の従者の為にもね。」
一応鬼編が終わるまで。まあ、区切りのいい所まで投稿しました。
ではでは。