いやあ、いろいろ終わったよ……
「……の。…………様。…………也様。お……ください耕也様。起きてください耕也様!」
誰かの大声と、妙に激しい人為的な振動によって沈んでいた意識が一気に覚醒してくる。
だが、ちょっと眠い。本来ならばもう少し寝たいところなのだが、相手が必死に俺を起そうとしているのならば、それに応えなければ失礼にあたるだろう。
その考えを頭の中で淡々と浮かべ、未だに覚醒しきっていない脳を何とか覚まそうと目を徐々に開ける。
開けると太陽の、夕方なのだろうか? 赤橙色の光が俺の眼を刺激する。
長い時間目を閉じていたもんだから瞳孔が開きすぎていて痛みすら感じる。
俺は逆光でよく見えなかったが、シルエットから想像すると女性だと思うのだが、その人に身体を引き起こされる。
ショボショボした目をこすりながら、起してくれた彼女の顔をよく見ようとすると、その顔がだんだんはっきりとしてくる。
ああ、倉本さんじゃないか。
「う、あ……ああ?……えっと、ありがとうございます」
そうしゃがれた声で俺は起してくれた倉本 妙に礼を述べる。
その言葉を発した瞬間に身体中から痛みが刺すように出てくる。
「うあ、いてててててっ!」
俺の様子にびっくりしたのか、妙さんが心配そうに声を掛けてくる
何とか痛みを抑えつつも妙さんに心配ないという旨を伝える。
「大丈夫です。おそらく筋肉痛だと思いますので」
その痛みは主に足と背中からくるものであり、おそらく筋肉痛だろう予測できる。原因は分かっている。勇儀等と戦ったときに動きまくったからだ。
俺は筋肉痛の痛みに顔をしかめながら周囲を見渡す。あの後一体自分たちはどうなったのだろうか?と。
見回してみると、倒れる寸前に目が捉えていた光景と随分違う所であり、どこかの一室のようだ。それも見た事のある。
「妙さん、ここは一体……もしかして自分が泊った所ですか?」
そう尋ねると彼女は肯定の意を表すように大きく頷く。
「はい、その通りでございます。耕也様が倒れてから鬼たちは、私たちに幕府を襲わないという旨を告げてから去って行きました。水元は実朝様へ報告に向かっています」
その言葉を聞いた瞬間に一気に安堵感が溢れてくる。一体どれだけの人が救われたのだろうか? そんな事を考えただけで今回の任務を引き受けて良かったと思えてくる。
いやあ、それにしても色々終わったのだろうと思えてくる。これで俺も心残りなく自宅に帰る事ができる。
そんな事を思いながら布団から抜け出そうとすると、身体が少々動きづらい。まだ、疲れが抜けきっていないのだろう。
そう予測を立てると、また眠気が襲ってくる。仕方が無い、寝てしまおう。そうした方が今後の事にも色々対応できるだろうから。
俺は再び眠りにつこうとして妙の方を見て伺う。
「すみません。少し眠いので寝ても良いですか?」
そう言うと、彼女は微笑みながら
「ええ、構いませんよ。彼が帰ってきても起しはしませんので安心して眠ってください。この度は、本当にありがとうございました」
「いえいえ、大したことないですって。ただ自分の精一杯の努力をしただけであって、死ぬほどの怪我を負ったわけではありませんし」
そう言いながら俺は再び布団へと潜り込み、徐々に眠りへとついた。
「俺、起されないって聞いてたんですけど……」
あれから大して寝てもいないのに叩き起された俺は少々不機嫌になりながら咎めるように言う。
叩き起した本に本人である大友 水元は少々あわてて
「いえ、すみません。少々慌てておりましたものでして」
額に汗を浮かべながら、俺の目の前に正座をしながら言う。
どうも彼は報告に行った後に少々緊張してしまったらしく、妙さんの言った事をすっかり忘れてしまっていたらしい。
まあ、仕方が無い。なにせ相手が幕府のトップなのだから。俺だって緊張する。というよりも俺の方が緊張する。
そんな事を考えてしまうと、なんだか彼を咎めてしまった事が少々自分らしくもないと思えてきたので、彼に対して気にしないでくれと口に出す。
「いえ、気にしないでください。実朝様への報告御苦労さまでした」
そう言うと彼は恐縮したように頭を下げて、実に言いにくそうな感じの声で俺に応える。
「もったいないお言葉です。本来ならば我々も戦わなければならないのにもかかわらず唯怯えているしかできなくて。申し訳ありませんでした」
「いやいやいやいや、それは違いますよ。あなたは十分立派でしたよ。これは嫌みではなく本心からの言葉です。なぜなら妙さんや水元さんは、多くの命を背中に預かっておきながら妖怪の中でも最強水準の鬼たちに立ち向かった。これは実にすばらしい事なのですよ。今回はたまたま自分が戦いに適していただけのことであって、十分にあなた方は強いのです。ですから自信を失わないでください。自分を卑下しないでください。妖怪はそこにつけこんでくるのですから。……何か偉そうなことを言ってしまってすみません」
柄にもなく説教じみた事を言ってしまったが、彼はそれを好意的に受け止めたようで俺の言葉を聞いた後は憑きものが落ちたような顔となり、朗らかな笑みを浮かべる。
「すみません、急にこんな変な話などをしてしまって。確かに自分を卑下するのは良くないですね。以後気をつけます」
非常にポジティブな考えに至ったのだろう。彼はようやく本来の性格を取り戻したかのように身体から霊力が滲み出てくる。自信を取り戻した証拠なのだ。
彼にはこれからも幕府に襲いかかる魑魅魍魎に立ち向かってもらわなければならない。彼は俺を抜かせば幕府で最も強い陰陽師の一人なのだから。
だからこそ俺は彼に対して言葉を掛け続ける。この陰陽師が一体どれほどの命を救うかはまだ分からないが、それでも多くの命を救うという事は容易に想像できるのだから。
そんな事を思っていると、突然何の突拍子もなく一つの大きな疑問が出てきた。今回の報酬ってどれぐらいもらえるのだろうか?
自分でもぶっ飛んだ疑問だったのだが、今回はかなりの戦闘だった上に幕府を守り切ったのだからそれなりの報酬を用意してはくれているのだろう。
やはり何千年も生きていると言っても本質的にはやはり人間で、金に関しては厳しいというのも俺が人間であるという事を実感させるもののひとつである。人間は欲深いのだから。
もしかしたら水元が慌ててきたのは、報酬に関してのことではないのだろうか?
そんな予測を立てながら水元に尋ねてみる。
「水元さん。ちょっと言いにくいのですが、実朝様に報告に行ったのですよね?」
そう言うと水元はもちろんとばかりに大きく頷きながら
「その通りです。あの場で起こった事をありのまま話しました。耕也様が私たちの為に一人で戦ってくださった事、そして圧倒的な強さで鬼を蹴散らしたことなどを具体的に」
聞いているとなんだか恥ずかしくなるがここで話がそれてはいけない。
「それでですねえ、…………えっと、報酬とかはどうなったのでしょうか?」
そう言うと、今まで忘れていたとばかりにハッとした顔になり、急いで大きな麻袋から一つの小さな布袋を取り出す。
「すみません、すっかり忘れておりました。これですこれです」
そう言いながらドンと目の前に置く。それは体積から発せられる音とは思えないほどの重厚なものであり、非常に重い物が入っているのだと予測できる。
これはおそらく、報酬に最もふさわしい材料から判断すると砂金なのではないか?
「水元さん。これって…………砂金ですか?」
その言葉に大きく頷きながら肯定の意を表す。
「そうです。砂金であります」
それを聞きながら袋を持ってみる。…………おおよそ3kg程だろうか?
……あれ? なんか少なくね?
一体どうしてこんなに少ないのだろうか? もしかして砂金の価値は現代と違って無茶苦茶高いとか? いやいや、それにしても少なすぎるだろ。
現実世界での価格にして億単位貰ってもおかしくないレベルの事をしてはずなんだけど……。
ちょっと少ないような…理想としてはもう少しもらいたい…。
俺がそんな事を考えていると、水元は俺の考えを察したのか、もしくは顔に出てきたのか定かではないが、話し始める。
「少ないですよね?……これ。」
その言葉に俺は肯定するしかなかったが、別にかまわないという旨を伝える。
「ええ……まあ。そうですね。……でもまあ、多くても少なくても別にかまいませんし」
それを聞いた水元は、心底安心したようであり、胸をなでおろしてホッと息を漏らした。
「そう言っていただけるとこちらとしても助かります。なにせ最近は歳出が激しいようでして。鬼の件などでも経費削減が色々とありまして」
うわあ、そんなに危険な水準なのかい…。やっぱ妖怪が気分で攻めてくるとこちらとしては大損害だな。もう来ないでほしい。
「まあ、仕方が無いですよね。ああそれと、実朝様に自分も報告した方がいいでしょうか?」
そういうと彼は
「いえ、私がすべて報告したので来なくても大丈夫だとのことです。ゆっくり休んで体力回復に努めてくれとのことです」
やっぱり、分かっているんだなこういう事が。人の心を把握できなければ為政者たりえない……か。
実朝の配慮に感謝しながら俺は自宅へと帰ることにした。
「色々とお世話になりました。妙さん、水元さん」
そう言って二人に頭を下げると、二人も同時に頭を下げる。
そして最初に返してきたのは妙さんのほうで
「いえいえ、こちらこそ本当に助かりました。耕也様」
静かに、それで芯のある声で微笑みながら言ってくる。
そして水元さんも
「お世話になりました、耕也様。また、いつかお会いしたいと思います」
二人の声に俺はすぐに答える。実際俺は彼らとはまた会いたいし、酒を飲み交わしたい。この世界にある品質の悪い酒ではなく、こちらの良い酒を飲んでもらいたい。
……ああ、そうだ。ここで渡しとくべきかな。
そう思った俺は剣菱・上撰・本醸造を6本創造して彼らに渡す。
「これ、よかったら飲んでみてください。おそらく口に合うと思います。おいしいですよ。そんじょそこらの酒よりも」
もう俺の力は見慣れてしまっているのか驚きもせず、目の前にある日本酒に夢中になっている2人がいる。案外酒好きなのね。
そんな感想をポヤポヤと浮かべていると、二人がそろって礼を言う。
「ありがとうございます! いやあ、お酒は大好きなんですよ」
「実は私も好きなんです。ふふふ」
そう言いながら二人とも微笑む。莫大な量を出せるのだから大した事でもないのだけれども、喜んでもらえるなら出したかいがある。
「いえいえ、また今度一緒に飲みましょうという事で御二人に。……では、また。……失礼します」
そう言いながら俺は一気に自宅へとジャンプする。
「うおお、何だこの疲労感は………さすがに約500kmのジャンプは厳しかったか……」
一気に疲労感が襲ってきてしまい、自宅が目の前にあるというのにも関わらずその場にへたり込んでしまう。
まだ、体力が回復していないにもかかわらずジャンプをした結果がこのざまである。
「生活支援だったら体力消費無しにしてくれたらいいのに……」
しかし、俺は頭の中に自然と浮かんできた事を行っているだけなので文句の言いようが無いのだが…それにしても納得いかない。色々な意味で。
俺を死なせないように、便利であるようにという配慮はうれしいが…体力の少なさを恨んでしまう。
そんな事を考えつつも、目の前に現れた自宅に自然と頬が緩んでしまう。
笑みを浮かべながら立ち上がり、家へと歩いていく。
「ひさしぶりだなあ、ただいま~」
そう言いながら玄関を開け、靴を脱ぎ、トタトタと廊下を歩いていく。
「やっぱりかなりの埃があるなあ。掃除機かけないと駄目だなこりゃ」
やはり1ヵ月程空けていたせいか廊下などに埃が薄らではあるが降りている。
自分の家が汚いのはやはり嫌なので掃除する事を決意して、家の中をあらかた見回っていく。
「さすがにこんな辺鄙な場所に空き巣は出ないと思うんだけども……」
そう独り呟きながら次々と襖や扉を開けて中を確認していく。
ふと俺は居間へと通じる襖を開けた所で奇妙な感覚を覚える。
「あれ……なんかこの部屋だけ妙な違和感があるような無いような……」
他の部屋は変わらない雰囲気なのだが、この部屋だけは妙な違和感が残る。
その何だか分からない違和感を探ろうと居間へと入り、入念に見ていく。
しかし、自分の見ている範囲ではこの違和感の原因は見つからず、首をかしげてしまう。
「一体この違和感はなんぞや?」
独り言を言ってもこの違和感はぬぐえず、諦めて部屋から出ようとしたときに卓袱台に目がいった。
俺の視線の先には、普段見慣れない質の悪いこの時代さながらの紙が置いてあった。
「ああ、これか違和感は。……灯台もと暗しというべきなのだろうか?……この場合は」
そう言いながら紙、いや手紙のような物を手に取ってみてみる。
表には何も書いていないので、裏返しに。するとそこには、小さく、達筆な字で短く書かれていた。
「親愛なる大正耕也殿、近々お迎えに上がらせていただきます。ご承知置きください。………か」
えっと、……なんぞやこれ?
非常に反応に困るんだが。一体誰がこんな手紙を出してきたのだろうか? おまけに鍵すら開けずに。
それにこの手紙の内容は……こう言った方がいいのだろうか?
「手紙の内容が、少ないよう。訳が分からないよう。……てか?」