東方高次元   作:セロリ

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47話 お断りいたします……

俺は逃げても良いんじゃないか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~っと、お聞きしたい事があるのですが、式って……自分をですか?」

 

すべて分かっているのだが、あえて聞き違いだと見せかけて念のために尋ねてみる。

 

そう言うとその通りと言わんばかりに妖しい笑みを浮かべてゆっくりと、しかし大きく頷きながら口を開く。

 

「その通りですわ。耕也殿。私の望みであると同時に藍の強い希望ですわ」

 

そう言いながらさらにニッコリと誰をも魅了するような笑顔を浮かべる。

 

さらに紫の言葉の後に藍が続いて口を開く。その表情は真剣であり何者の意見を撥ね退け、押し通すという意思が読み取れる。

 

「耕也、私からもお願いだ。私達と一緒に来てほしい。そうすれば私も恩返しができる上に、生活の不自由もさせない」

 

一体なぜ俺に式になってほしいのかが全く分からんが、一つだけ分かった事は、藍が俺に本気で恩返しをしたいという事だ。

 

だが、実際の所そんな大層な事をしなくても飯を作るとか、掃除を手伝うとか、そんな些細なことで十分なのだ。だから式にならずともいいのだ。

 

そして今回の式という事について少々考えてみる。

 

今回の紫と藍が要求する俺が式になるという事には大きな壁が二つある。それは俺の持つ領域である。

 

もし紫か藍、どちらでもいいのだが俺を式にしようとすると、ここで1番目の問題が発生する。もし俺に何らかの術、呪文、札などを張り付けて式にしようとしたら、直ちに領域が反応して神秘的なものを無効化する。

 

おまけに害的干渉をしようとしたならば余計である。例えば無理矢理俺を従わせるための式など。

 

2番目の壁としてもし、仮に俺が内外の領域を解除して式を受け入れたとしよう。そしていつもどおりに何も考えずに領域を発動させたらそこで効力を失ってオジャンである。

 

この考えをもとに結論を出すとしたら……無理じゃね? どうやっても俺は式になれんぞ? おまけに確か式というのは主と同等の力を得る事ができるのだ。つまりは妖力も得るという事。

 

つまり俺が紫か藍の式になったら、その大き過ぎる妖力で身体が崩壊するばかりか、命の危険を察知して領域が強制的に発動する。

 

…………やっぱり無理じゃん。どうすんべよこれ。

 

あ~もしかしてこの話を持ち掛けたという事は、俺にはとんでもない霊力とかが内在しているとか勘違いしているのではないだろうか?

 

もしかして最強の陰陽師だとか言われているからそれが独り歩きしてしまったとか……。

 

でも実際そう思われても仕方が無いよなあ。ひょっとしたら人妖の境界を操る可能性も無きにしも非ずだし。

 

幽香にだって俺の力についてはほとんど話してないし……。

 

そんなことをヤインヤイン考えていると、突然隣から大きな破砕音がしてきた。

 

思わず俺はその音の発生源に振り向く。

 

そこにあったのは……………卓袱台の角を大きく破損させ、湯呑を粉砕させ、木の破片を手にしている幽香だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ、随分とふざけた事を言ってくれるじゃない…? ねえ、藍、八雲紫?」

 

そう言った幽香の瞳はどす黒く、まるで全ての光を吸収してしまうかのように濁っていた。

 

正直もう胃に穴が空くとかじゃなくて、むしろ胃がもげそう。

 

余りの怒りの為か無表情に近い顔となっている。しかし幽香の表情を見ているうちに俺の中で一つの疑問点が湧いてくる。

 

一体なぜ幽香が怒るのだろうか? と。

 

だが、俺が怒るのなら分かるが、幽香が怒る理由が見つからない。確かに良き友人であるが、紫と藍の発言程度で怒るほどのファクターがあるとは思えない。

 

一体何が彼女の逆鱗に触れてしまったのだろうか? ここまで怒っていると、悪くない俺まで怒られている気分になり、なんだか謝ってしまいそうになる。

 

友人の事をないがしろにされたという訳で怒っているというのならば、嬉しいのだが……。

 

しかし俺の事をよそに幽香はさらに言葉を紡いでいく。

 

「あのねえ………一つ言っていいかしら?」

 

それにこたえるように、挑戦的な目をしながら紫が答える。

 

「ええ、どうぞ」

 

そして幽香は一つの言葉を発する。それは俺にとっても非常に予想外なものであり、同時に俺の中でなぜ? という疑問が湧きおこるものだった。

 

「耕也はねぇ、私のモノなのよ。八雲」

 

………え? 俺モノ扱い? という考えが一瞬生まれたが、すぐさまそれを否定して別の考えを浮かべた。

 

俺が幽香のモノってことはもしかして…いや、もしかすると? だが、分からない。そんなことは……。

 

だが、考えてみればそうなのだ。藍に関する話の異様な食いつき方、一々惚れているだとか誑かされているだとか。

 

そんな事を普通は友人に言わない。誑かされているという言葉なら、ひょっとしたら友人として言うかもしれないが。

 

だが、それも惚れているだとか、他の女の話をしただけで不機嫌になるという事を鑑みると…。

 

その思考の続き、結論は紫と幽香の行動によって遮られてしまった。

 

「あらあら、何を言っているのかしら。彼は今現在誰のモノでもないのよ?」

 

それを聞いた幽香は無表情から冷たい微笑みへと表情を変化させ、口を三日月のようにニヤリと開く。

 

「ふふふ、誰のものでもないということなんて関係ないわ。私が一番長く同じ時を過ごしているのだもの。あなた達が入り込む余地なんて無いのよ?」

 

そう言うと、幽香は紫と藍に向かって手をかざす。そのかざされた手からはとんでもなく濃密な妖力が立ち上り、どれほどの殺意を込めているのかさえも良く分かる。

 

幽香の突然の攻撃態勢に俺は驚きつつも、性格を把握していたので落ち着いて対処することにする。

 

俺は幽香の肩にそっと手を置いて、妖力などといった余計な力を消しさる。

 

幽香は自分の持つ妖力が一瞬にして消えた事に気付き、こちらを振り向き俺を咎める。

 

「耕也…………、これはあなたと私だけの問題じゃないのよ? もしあなたがここで八雲の式になったとしたら、あなたを頼っている人達はどうすればいいのかしら? 不安要素はここで排除するべきではないかしら?」

 

確かにそれは分かっている。だが幽香の行動は性急過ぎるし、何よりこれほどの妖力を見せつけられても一切動じない紫を相手にするとなるとかなり厳しいであろう。

 

幽香自身も分かっているはずなのだ。藍という大きくアジアを揺るがせた大妖怪を、式にして従わせるという事が並大抵のことではないということぐらい。

 

おそらく紫の場合は能力に依存している部分が大きいからどうなるかは分からないが、おそらく紫が勝ってしまうだろう。

 

だから、幽香の為にも俺はたしなめなくてはならない。

 

「幽香、分かってる。分かってるから今回ばかりは引いてくれないか? 幽香の自尊心を傷つけることになるかもしれないが、とりあえず引いてくれ。後で何でもするから」

 

その言葉を聞いた幽香は血が出るのではないかというほどに拳を握りしめ、肩の力を落とす。

 

そう、自分の中である程度の整理を付け、それを消化したかのように。

 

「はあ、……分かったわよ。任せるわよ。納得が全然いかないけど」

 

そう言いながらかざしていた手を下ろして肩をすくめる。

 

対する紫はすでに幽香の方を見ておらず、俺の方へと向き直っていた。その顔はもう何を言いたいのかがありありと分かるものであった。要は、早く答えを出せ。である。

 

全く、どう考えてもムリなご相談ってやつですよ……。

 

そんな事を思いながら藍の方にも顔を向けてみる。藍は俺の顔をじっと見つめており、俺が色よい返事をする事に期待を示しているのは明らかであった。

 

俺はその表情に申し訳なさをにじませながら、結論を紫に出す。

 

「申し訳ありませんが、式になるというのはお断りさせていただきます」

 

そういうと、部屋の中の時が止まったかのような静けさが包み込み一同に三者三様の表情を浮かべる。

 

紫は予想していたという表情。藍は信じられないという表情。幽香はニヤリとしたそれ見ろと言わんばかり表情である。

 

何ともシュールな光景である。

 

そして俺の放った言葉から少々時間が経ったとき、藍の硬直が解けたのだろう。身をのりださんばかりに前傾姿勢になりながら口早にまくしたてる。

 

「な、何故だ耕也! 私達の一体何が気に入らないのだ。お前が式になれば私達とずっと一緒にいる事ができる上に恩返しもできる。そして衣食住に関しても不自由はさせないのだ。……一体何故!?」

 

「落ち着いて藍さん。自分は何も交流を断つと言ったわけでもないし、藍達の事を大嫌いといったわけでもありません。恩返しだって飯を作ってくれさえすればそれでいいですし、それとは別に俺はこの家が大好きだから離れたくないのですよ。大切な友人もいますし。もちろん藍さんも大切な友人ですし、良い主を持ったと思います。それに紫さんは素晴らしい方だと思いますよ」

 

だが、藍はそれでも納得いかないという顔をしており、さらに口を開く。

 

「だが、耕也……私は「もう良いわ、藍。ここからは私が話すわ。」……かしこまりました」

 

そう紫が藍の話を遮りながら再び口を開く。

 

「大正耕也殿。もう一度お聞きしますが、私か藍の式になるというお気持ちはありませんか?」

 

俺はその言葉に頷きながら否定の言葉を述べる。

 

「無いですね。おそらくなろうと思ってもできないと思いますが……」

 

そう言うと紫は何かが引っかかるのか、不思議そうな顔をしながらも扇子を自分の前にやりつつ目を細める。

 

長年妖怪と良くも悪くも交流をしてきたから分かるのだが、段々と獲物を狙う目になっている。

 

彼女も妖怪だ。人間を襲う……いや、藍と同じく畏怖だけで十分か。このクラスになると。

 

だが、この状況はおそらく俺の不利に働いている。まあ、とにかく戦う事になったらそれなりの覚悟をしないと幽香を失いかねない。

 

どんな攻撃も効かない俺ですら幽香を守り通すのは厳しいだろう。体力もまだ完全に回復しきっていないのだから幽香をどこかに転送するという事も出来ない。

 

自分自身を転送するのだったらある程度できるのだが……。力不足も甚だしい。

 

最悪の事態を想定しながら俺は彼女の答えをひたすら待つ。

 

そして彼女は心の中で何かを決めたのか、口元で広げていた扇子を閉じ、俺に向かって指をさすように向ける。そしてニヤッとした笑みを浮かべながら俺に対して一言放つ。

 

「では、仕方がありませんわね。元々藍も望んでいたことだったのですが、私という大妖怪を前にしてのその胆力、実に見事ですわ。私自身は式にするという望みはそこまで高くはありませんでした。ですが会話をしていく内にその内面と共に実に稀有な人と分かり、ますます欲しいと思いまして。ですので、失礼ながらここは妖怪の常套手段を使わせていただきますわ」

 

そして俺の視線に合わせるように向けられた扇子は紫の手の動きに合わせて軽く振られる。

 

その動作は、たった一つの短いでありながら実に妖艶であるものだった。

 

そして振ったと同時に非常に美しい笑顔を浮かべて俺にとっても予想の内の酷いレベルの言葉を言い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攫わせていただきますわ。耕也殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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