東方高次元   作:セロリ

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49話 本当に俺って奴は……

それでも話せないんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆ、幽香……いきなりどうしたんだ……?」

 

だが、幽香は顔を近づけながらも何も言葉を発さない。

 

俺は彼女の言う言葉を理解しながらも脳内ではそれについて答えたくは無いという考えが覆い尽くし、幽香に再度聞き直してしまう。

 

おおよその幽香の質問の答えは自分の脳内で片が付いている。しかし彼女は前回、俺に対して問いただした時に理由は聞かないと言っていた。

 

だが、幽香は俺に対して怒りを差し向けている。ああなんてこった、あの時迂闊に俺が変な事を言わなければこんな事にならなかったのに。

 

しかしもう遅い。俺が実際に口に出して言ってしまったのだ。時間は戻せない。

 

俺は押しつける力が徐々に強くなり、顔を接触寸前まで近づけてくる幽香に俺は半ば無駄だろうという諦めの考えを抱きながらも、幽香を何とか説得しようとする。

 

「幽香、言ったじゃないか。理由は話せないって。そして幽香も俺には理由を聞かないって……」

 

だが幽香は俺の言葉を無視し、その誰もが見惚れるような美貌を俺の耳付近にまで近づけ、艶めかしく、ねっとりとした甘い吐息を当てながら言う。

 

「それはそれ……これはこれよ……状況が変わっているのが分からないのかしら? ふふっ、私の想像を遥かに超えていたわ。まさかあれが……未来の事だとは……ね……?」

 

その妖艶な声を耳元で聞いた俺は、背筋に寒気とは別のゾクゾクとした感覚が駆け巡り、身体を小刻みに震わせてしまった。

 

それはまるで筋弛緩剤か何かのように、俺から幽香を押しのけようとする腕の僅かな抵抗感を綺麗さっぱりに消し去ってしまった上に、僅かに胸が締め付けられるような感覚を覚えさせる。

 

幽香は敏感にその事を感じ取ったらしく、口角を上げつつ、だらりと垂れてしまった俺の両手に、自身の陶器のごとく美しく、とても温かい両手を絡めてくる。

 

そして俺が逃げられないようにするためか、身体を密着させ、その衣服を弾けんばかりに押し上げている豊満な胸を俺の胸板に押し当ててくる。

 

幽香は濁った眼をより一層鈍く光らせ、さらに一言

 

「さあ、答えてもらえないかしら?……なぜ、あの女狐の名前が藍という名前だったのかしら?」

 

と言ってくる。

 

幽香の質問に俺は端から答えるつもりはなかった。これは次元の違う話なのだ。彼女も到底受け入れられる話ではない。

 

もし俺がどこかの会社のゲームの存在だったら相当落ち込むだろう。そう、悲観的になるはずだ。

 

俺が単に落ち込みやすいというだけの話かもしれないが、彼女は妖怪。この世界にいる人間に比べて精神的に相当弱いはずだ。

 

だから…答えるわけにはいかない。

 

俺は身体に力が入らない事を自覚しながらも、彼女の質問に答えられないという事を意思表示する。

 

「………幽香、……本当にすまないが、こればっかりは答えられないんだ。申し訳ない……」

 

俺がそう言うと、幽香は俺の返答に満足するわけは無く、さらに身体を押し付け、顔を目の前に再び持ってくる。

 

「耕也…? 私の顔を見なさい。……そんな返答で私が満足するとでも思っているの?」

 

その美顔に存在する二つの眼は、もはや光すら無くなり、俺の心の中の恐怖心を引き出すには十分なものであった。。そしてその歪んだ笑みは俺の脚からの力を抜き去ってしまうほどの脱力感を生じさせる。

 

俺はその脱力感に素直に従い、押し付けられている壁に寄り掛かりながらズルズルとその場にへたり込んでしまう。

 

そして先ほどまで全く感じなかった喉の口渇感が急激に湧きおこり、ただ幽香の歪んだ笑みの前で口を閉じたまま小刻みに震わせることしかできなくなってしまった。

 

何でこんなに怖いんだ? 唯詰問されているだけだというのに。

 

俺が本能的な部分で何かに恐怖しているというのは分かるが、だが、これほどまでに嫌な恐怖を味わうのは初めてだ。

 

俺はそんな考えを脳に浮かばせたまま、何とかして幽香との妥協点を探ろうと必死になってしまっている。

 

だが、その妥協点を探しても一向に良い案が浮かばないために、俺は再度同じような事を繰り返して言ってしまう。

 

「幽香。……納得できないのは分かっている。だが俺にとってはこれはどうしても話せない事なんだ。…………分かってくれ」

 

彼女に全てをぶちまける事ができたら一体どんなに楽だろうか? 俺が幽香に言葉を言ったと同時にそんな逃避の考えが浮かんでくる。

 

そんな考えを読み取ったのか、幽香は俺に覆いかぶさるように体重を掛け、俺に諭すように囁く。

 

「もうこんな苦しい状況は嫌でしょう? さっさと喋ってしまってくれないかしら?……そうすればお互いの利益になるし、良い事だと思うのだけど……?」

 

それは誘惑の声なのか、それとも脅しの声なのかは判断がつかない状況のまま、俺は彼女の言い分に耳を傾けてしまった。

 

その声はやはり妖怪の成せる業なのか、俺の解放されたいという欲望を程良く刺激し、思わず口を開いてしまいそうになる。

 

いや、………でも俺は幽香の事を大事な人だと思っている。だからこそ

 

「わ、悪いけど……絶対に話せない」

 

断腸の思いで彼女の言い分を退ける。

 

だが、幽香は俺の最終的な回答を聞くや否や、途端に今までの歪んだ笑みをクシャリと崩壊させ、次には怒りの表情と、同時に大粒の涙を溢れさせながら、まるで懇願するかのように

 

「なんで答えられないのよ。…そんなにあの女狐との逢瀬が恋しかったの!? そんなにあいつの、あいつの……。…………くっ、どうなのよ!」

 

大声で、そして幽香自身の追い詰められた心を曝け出すような口調で言う。

 

彼女の言い分はおおよその理解の範囲にある。おそらくは俺の事を……。

 

幽香の言葉を聞き、何も言い返せないまま下を俯き、自分の服にポタリポタリと滴り落ち、濡らしてくる大粒の涙を眺めながら

 

「違う。本当に違うんだ。藍と会ったのはあの時に助けたのが初めてなんだ。お願いだ信じてくれ」

 

俺がそう言うと、さらに大粒の涙を流しながら顔を俯ける。

 

しかしすぐに顔を上げ、先ほどよりもさらに静かな声で囁く。その表情はもはや悲哀以外の何物でもない顔であった。

 

俺は幽香の顔を見た途端にさらなる罪悪感と後悔の念が一気に押し寄せ、俺の心を埋め尽くし、何も言えなくなってしまった。

 

そして幽香は、俺に対してぽつぽつと自分の表層上の言葉ではなく、自分の今思っている本当の思いをぶちまけてくる。

 

「……私はね…不安なのよ……。あなたが私を置いてどこかへ行ってしまうのではないかって……」

 

俺はその言葉を聞いたと同時に、自分の中に彼女を不安にさせてしまった罪悪感が芽生えてくる。

 

彼女に全てを話す事ができたらどんなに楽な事だろうか? そんな考えが浮かび、さらに俺の胸を締め付ける感覚が増してくる。

 

そしてさらに幽香が言葉を続けてくる。

 

「私はあなたが来るまではずっと孤独だったのよ?それは貴方も分かっているでしょう? だから耕也、あなたに今のように辛く当たってしまうのよ…。不安で不安で仕方が無くて。やっと手にした温かさを失ってしまう事が……。もう嫌なのよっ! 孤独だった頃に戻るのがっ!!」

 

俺は幽香の言葉を聞くと、もうどうしようもないほどの悔しさに耐えきれなくなりそうで、涙すら出そうになってくる。

 

どうして俺は彼女をこんなに悲しませる事をしてしまったのだろうか? もっと真摯に向き合えばいくらかマシになったであろうに。

 

そして俺は彼女の言い分に自分自身の心が耐えきれなくなり、早く彼女を安心させてやろうと、幽香の絡まっている柔らかい両手を優しく振りほどき、幽香を抱きしめてしまう。

 

幽香は俺に抱きしめられたことに驚いたのか、短く「あっ」と小さく声を上げ俺の行動に何の抵抗感も示さずになすがままとなる。

 

俺はそのまま幽香をできる限り強く抱きしめてやり、彼女を安心させるための言葉を述べる。

 

「ごめんよ幽香、約束する。俺は絶対に幽香を見捨てたりして去るなんてことはしない。俺は幽香の初めての友人であり、そして俺にとっても家族同然の良き隣人だ。だからそんなに心配しないでくれ。」

 

俺がそう言いながらさらにさらに強く抱きしめてやると、幽香は俺の腕の中でしばらくされるがままとなった。

 

そしてしばらくの沈黙ののち、幽香が堰を切ったように泣き声をあげ、俺に同じく抱き返してくる。

 

「う、うう、うわあああああああああああ!! あああ、ああ、ああああああああああああああ!!」

 

胸の内の悲しみの全てを吐き出すかのような慟哭はおおよそ30分ほど続き、幽香が泣き疲れて寝てしまうまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣きつかれて眠ってしまった幽香を布団へと抱きかかえ、寝かしつけた後に今日起こった事を振り返ってみる。

 

何故か、突然の紫と藍の訪問。一体何が目的だったのか分からなかったが、紫もまた幽香や藍と同じく、己の力が余りにも強大なために自身の周りに本来ならばいるべき存在が離れていってしまった悲しい生を背負った妖怪。

 

彼女も式にしたいというのは建前で、俺と友人になりたかったという不器用な妖怪。藍と紫は本当によく似ている。俺からすれば、ぜひとも彼女たちとは良い友人になりたいと思っている。

 

俺が友人になることで彼女たちの苦しみや悲しみが削がれるのならば俺は喜んで協力しよう。自分ごときでどうにかなればいいのだが……。

 

そして幽香は……もう本当に申し訳ないと思っている。俺が態度をはっきりせずにはぐらかし、誤魔化してばかりだからこんな苦しい思いを限界まで溜めこませてしまったのだ。

 

俺は自分の行動を反芻しながら幽香の事についてどうしようもなく馬鹿だと思い知らされる。

 

その事を払しょくしたいのか、ただかき消したいのか分からないが、両手で自分の頭をガリガリとかきむしってしまう。

 

くそったれ、もっと気の利いた言葉はこの口から出なかったのか。と。

 

おそらく幽香は俺に対して……………好意を持っているのだろう。だから藍や紫との対面時にあんな行動や、自分のモノだと言い張ったりしたのだろう。

 

だが、俺は彼女と釣り合うとは到底思えない。確かに友人までなら分相応だと思う。しかしそれ以上の関係となると……。

 

俺は行きつく結果が予想すればするほど酷いものになると自己完結し、暗い気持ちだったものがさらに暗くなってくる。

 

そしてさらに、自分の出身、次元の違い等の詰問は勘弁してほしい。もうこれ以上は誤魔化せそうにない。

 

本来ならこんな事はサラッと流していつも通りの生活に戻るはずなんだが……。

 

もしこれからも同じような事が起きたら、藍、紫といった者達からも同じような詰問を受けることになるのだろうか?

 

ちょっとこればっかりは勘弁してほしい。幽香は何とか説得することに成功したが、実際の所は根本的な解決には至っていないから困る。

 

そこまでの考えを浮かべた後にふと一つの可能性を新たに思い浮かべる。

 

俺はいつの日か彼女たちに自分の事について話してしまうのだろうか?

 

もし話す日が来て、そして俺が素直に話してしまったとしたらどうなるのだろうか?

 

紫達の反応は? 影響は? 俺は? 一体どうなってしまうのだろうか?

 

余りにも未知の部分が多すぎて恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま幽香が引きさがってくれると嬉しいのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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