東方高次元   作:セロリ

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52話 とりあえず蝶を仕舞おうか……

蝶がトラウマになりそうだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は変わっているのね。……色々と」

 

私は耕也にそっと呟きながら前方に立ち止まっている紫の方へと足を進める。

 

紫達も私が後ろからくるとは思っていなかったのか、目を少々泳がせながら戸惑いの表情を浮かべている。

 

まあ、当然だろう。私はあまり外へと出ない。亡霊となった今では生前の記憶が無く、唯一記憶を取り戻せそうな屋敷内にこもっている方が多いのだ。

 

だから紫達も意外だと思ったのだろう。私も意外だ。自分が何故急にこんな冥界の端っこまで出歩くのか。

 

だが、今回は出歩きたくなったのだ。まあ、今回は人間の男性が来るという事で少々気持ちが舞い上がってしまっていたという事もあるかもしれない。

 

前々から紫がうれしそうに話す男の事を見てみたかったからかもしれない。

 

どちらにせよ会えたのだから万々歳ではある。

 

それにしても改めて実感するのだが、紫があそこまで興奮しながら嬉しそうに話す姿は、普段の姿を見ている物からすれば腰を抜かすほどの異常な事だろう。

 

元に私もしばらくの間紫の感情の起伏に付いていけなかった。

 

普段妖艶で落ち着きがあり、また常に冷静に物事の判断をしつついつでも余裕の表情を浮かべているあの紫がだ。

 

あの紫がある日突然私のもとへ来るなり話し始めたのだ。

 

 

 

 

「ゆ、幽々子! あ、あの、あのあの私はね、ゆ、友人ができたのよ!」

 

そう言いながら顔を真っ赤にしつつ。余程嬉しかったのだろう。右目からは涙すら見える。

 

生前の私と友人だった事以外に他の友人がいない紫。いつもの余裕や冷静な表情は自分が周りから好かれていないという諦めもあったからなのかもしれない。

 

その表情が今では見る影もない。私はうれしさと戸惑いの混ざり合った表情を浮かべながらも彼女の声に耳を傾ける。

 

「紫? 一体どうしたの? 友達って……」

 

そう言うと顔をハッとさせ、表情を少々落ち着かせつつ話し始める。とはいっても満面といえるほどの笑みを浮かべながら。

 

「実は前に話した思うけれども、藍の恩人がいるでしょう? その人の所に藍と一緒に行ったのよ。い、一応名目上は藍の恩返しと式になる事の勧誘ね。」

 

確かそのような事を言っていたなと私は思う。確か藍が会いたい会いたいと言っていた男だったはず。

 

その人間だろうか? しかし変な人間もいたものだ。大妖怪を進んで助けようとする男だなんて。

 

そんな事を思いながらも紫の話していくその男についての素性を頭に思い描いていく。

 

「幽々子、実は勧誘の際に一回断られてしまって。それで私はちょっと抑えきれなくなって無理矢理攫おうとしたのよ。 で、でも彼は全く怒りもせずに私を色々と気遣ってくれたのよ? それと私が大妖怪だって知っても全く態度を変えなかったし優しいし。……こんな経験生まれて初めてだわ!」

 

紫は興奮のあまり、自分の心の奥底にしまっておいた歓喜を言葉と表情に出してしまっている。

 

生まれて初めて唯の異性、しかも人間という種族の違う者から得た優しさと友。それはそれは新鮮で、彼女の中にある孤独から解放されたいという願望が自ずと今の彼女を生み出したのだろう。

 

そして同時に少しの好意も垣間見える。

 

だが、私はそれを嬉しく思う。思えば、こんな姿を見たいと思っていたのかもしれない。そして同時に見てみたいと思った。紫をここまで変えた奇特な男を。また話したいと思った。どんな性格なのだろうかと。

 

嬉しそうに次々と言葉を続ける紫を後目に、私は夜を薄く照らす月を眺めていた。

 

 

 

 

私はあの夜に起きた事を脳内で再生しながら、少しだけ微笑んでしまう。あの時の紫は面白かったと。

 

そして私は、後ろに居る耕也に向かって声を掛ける。

 

「ほらほら、そんなに固まってないで早くいらっしゃいな。紫と藍が待ちくたびれているわよ?」

 

そして何気なく振り向いて耕也の身体全体を視界に入れる。

 

その時私は見てしまった。そう、新たな衝撃だった。最初は気付かなかったのだが一体どういう事なのだろうか? 彼は唯の人間だというのに。

 

私は驚きのあまり口に手を当ててしまい、さらには目を見開いてしまう。しかし、その事を認めたくなくてももっと凝視してしまう。彼には失礼かもしれないが、私にとってみれば重大な問題なのだ。そう、この広大な冥界の管理を任されている身としては。

 

絶対にあってはならないものなのだ。そう思いながら今度は紫と藍の方を見る。紫の方は妖力が妨害していてよく見えないがある事にはある。そして藍にもある事が分かる。

 

だというのに、おかしい。なぜなのだろうか? 私の何かが欠落しているのだろうか? いや、そんなことは無いはずだ。妖怪のモノが見えて人間のモノが見えない筈が無い。

 

それなのに一体……………………………何故耕也からは魂が見えないのだろうか?

 

これは…………一大事だ。

 

と、そこに紫から声がかかる。

 

「幽々子、顔色が悪いわよ? 早く入りましょう? 冷えてしまうわ」

 

私は動揺を悟らせないように、表情と態度を崩さないで答える。

 

「ええ、そうね。入りましょうか」

 

そう言って私は先ほどまでの焦りと疑問を胸の奥にしまい、ゆっくりと歩みを進める。

 

そして一つだけ思ってしまう。彼の魂を見てみたいと。

 

ならばそれをするにはどうしたら良いのか?

 

答えは極めて簡単だ。殻が邪魔で中身が見えないというのならば、殻から外してしまえばいいのだ。

 

と、そこまで考えた所で気付いてしまった。私は彼に少しだけ死に誘う能力を使いたくなってしまったのだ。会ってほとんど時間が経っていないというのにかかわらずだ。

 

私は人を死に誘った事は、紫に今のところただ一度だけ。亡霊になってしまってからは死に誘うという事が、生前とは違って悪だとは思わなくなってしまっているのだろう。

 

だから、ずっと一緒に居たいと思ってしまった紫に対しても何の抵抗も無く能力を使用してしまった。

 

では今回は人間としても、男としても初めてなのだろうか? つまり私は耕也と一緒に居たい? いや、でもこれは違うはずだ。唯の好奇心。そう、ただの好奇心なのだ。

 

唯彼の魂を見てみたいだけ。私もこの感情をどう制御しようか迷ってしまっている。

 

とりあえず彼には悟られないように気をつけなければ。

 

でも、……紫も言っていたではないか。彼は迫害などしない優しい人間だと。だから私の魂を見たいというお願いぐらい聞いてくれるはず。

 

そう考える何だか気が楽になってくる。やはり、私はこうでなくては。亡霊は亡霊らしく、気楽な気持ちで物事の変遷を見守っていた方が好ましい。

 

私はそう考えつつ、手に持っていた扇子をピッと開きつつ、空いた手に死を誘う為の淡く輝く蝶を顕現させる。うん、いつも通り。

 

もし死に誘うという決心が後々着いたのならば、私はこれで彼の魂を抜きとってみよう。

 

非常に楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体どうしたらこんなに広大な屋敷を作れるのだろう?

 

まず幽々子の屋敷を見て思ったのがこれである。幽々子には変わっている人間だと言われてしまったが、それは仕方が無い。次元が違う人間なのだから。

 

俺は幽々子に案内されるがままに、庭の眺めが良い和室へと入っていく。もちろん俺は下座へと座り座布団は横に。

 

幽々子は俺の行動にちょっと驚きの言葉を発するが、渋々と上座へと移動し、腰をおろしていく。

 

そして腰をおろしてすぐに困ったように笑いながら口を開く。

 

「そんなに格式ばらなくてもいいのよ? 何かの会議だったり、重要な行事ではないのだから。本当は上座も下座も関係ないのだし」

 

そんなコロコロと笑いながら俺に楽にしろと伝えてくる幽々子に感謝しながら、俺は座布団に正座する。

 

「いやあ、お言葉に甘えますが、やっぱり初対面で大胆というか失礼なことはできませんよ。……ああ、初対面だからという訳ではなくてですね、やはり礼儀という物は大切な事だと思っているので。はい」

 

そう言うと、ますます幽々子は笑みを深めながら扇子で口元を隠す。

 

「うふふふふふふ、貴方本当に面白いわね。……でもそんなに堅くしていると、人生に潤いが無くなってしまうわよ? 人生適度に適当に。ね?」

 

そう言いながら紫と笑いあう。

 

「そうですね、何事も適度が一番ですよね」

 

俺自体は別にそこまで格式ばっているつもりはないのだが、彼女からすると、格式ばっているという事なのだろう。郷に入れば郷に従えか。

 

なら俺もここでは少しフランクに行こうかな。

 

そう思いながら出されているお茶を飲む。入れたのはここに勤めている妖忌。俺が話しかけても一言も話さないという無愛想っぷり。

 

俺何か変な事をしたのだろうか?

 

まあ、気にする必要はないか。特に俺が何か悪い事をしたという訳でもないし。

 

それにしても…………何だ? 何と言うか、ちょっと落ち着かないな。いや、落ち着かないのは初めての場所に来たという事も要因に含まれているのだろうが、何か違う。

 

こう、何かに粘り付かれているような嫌な視線というか、感触のような物を感じる。鬼と闘った時のようなピリピリとした殺気ではなく、命そのものをごっそり削られてしまうかのような嫌なモノだ。

 

まるで今すぐにでも俺を殺せるぞとでもいうかのような感じだ。全くもって健康的じゃない。

 

俺が何かをしたという訳でもないのだが、何故か居心地が悪い。おまけにここに来る前に感じていた嫌な予感というのも未だに燻っている。

 

一体どうしたというのだろうか? 本当に致命的な事をやってしまったのだろうか?

 

俺は何かを確かめるように周囲へと視線を散らしてみる。まずは藍の方へと。しかし藍は俺の視線に気づくとニコリとしながら首を傾げ、何かあったのかという顔をする。

 

これは原因ではないと即座に判断し、手で何でもないよと合図をして気遣いの感謝を手で表す。

 

すると藍は、幽々子との会話へと入っていく。次に俺は幽々子の方に顔を向けてみる。

 

予想はしていたが、幽々子は紫と藍と顔を綻ばせながら会話をしている。内容も特筆して気にする必要のあるものでも無く、また、紫も友人と話すのが楽しいのかこちらへと顔を向けることも無い。

 

まあ、俺だけ会話に参加していないという悲しい現状であるのだが、同性同士での会話は異性との会話よりも弾むのが一般的である。だから仕方が無いと言えば仕方が無い。

 

だが、こうしてみるとこの部屋に居る人物からのモノではないようにも思える。では一体この嫌な感触は何なのだろうか?

 

もう少しだけ整理をする時間が必要かもしれない。今日までの行動を隅々まで思いだす必要が。もしかしたらその中に原因となるものがあるのかもしれない。

 

そう思いながら俺は茶を啜っていく。

 

お、うまい。俺が入れるよりもずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇ね~。紫も藍も自分の荷物を整理して持ってくると言って一度帰っちゃったし。おまけに耕也は外の景色を見ると言って外に行ってしまったし。私も行けば良かったかしら?」

 

そう言いながら、自分の声が響き渡る自室で先ほどの事を考える。

 

耕也が気付かないようにちょっとした殺気のような物を送ってみたのだけれども、結局は気付かなかった。いや気付かなかったというのは語弊があるのか。この場合は主を特定できなかったと見る方が正しいか。

 

どうも紫にはそれがばれてしまったようで、あの後に怒られてしまった。彼の体力は一般人なのよと。

 

だからあの場ではちょっとした冗談だと言い訳をしてしまった。紫の友人だからどれぐらいの化け物なのかを確かめたかったという理由で。

 

でも私には分かっている。彼には何の霊力も無い唯の人間だということぐらい。

 

自室で考えていると、ふと外に目を向けてみると、耕也が立っている。彼の見る方角は……西行妖か。

 

誰かの死体が埋まっているらしいのだが、私には掘り返せないし、封印されてしまっているので解くこともできない。

 

しかし、見れば見れるほど彼は凡人にしか見えない。ではなぜ魂が見えないのだろうか? 本当に変わった人間である。

 

しかし冥界の頂点に立つ私ですら見えないというのはおかしい。やはり先の出来事はただの見落としなのかもしれない。

 

そう自己完結してもう一度霊力を自分の目に集中させる。眼をしっかりと閉じて、今度こそはっきり見えるように。絶対に見逃さないという気概で。

 

そしてゆっくりと目を開けていく。そこには耕也の中にある魂が何の支障も無く見える様を想像しながら。また、実に普段の私らしくないとも思いながら。

 

「えっ!?」

 

驚きの声が自室に木霊する。無理も無い。限界までに高めた霊視力を使ったのにも拘らず、彼の身体には全くこれっぽっちも魂の欠片さえ見えなかったのだ。

 

一体何故? 再び朝と同じような疑問が頭の中を埋め尽くす。私がここまで力を使ったのにも拘らず唯の人間の魂さえも見る事ができないとは。

 

私の中にふとある欲が生まれてくる。それは今朝確認したモノと同じモノだ。そう、彼の魂を無理矢理見てみたい。これだ。

 

私はその気持ちを抑えきる事ができなくなってしまった。だから、私は座ったまま左手を胸のあたりまで挙げ、手のひらを上にする。

 

そして力を込め、一匹の淡く輝く赤い蝶を生成する。まるで血のような色をしており、一目で死を招く蝶だと思えるほどのモノ。

 

最後に手に蝶を載せたまま口のあたりまで持って行き、一言つぶやく。

 

「さあ、行ってらっしゃい」

 

その言葉と共にフゥ…っと軽く息を蝶に吹きかけて飛ばしていく。蝶は私の意思の通りにヒラヒラと空を舞い上がり、耕也の背中を目掛けて一心不乱に飛んでいく。

 

速度は遅いが、人間の走る速度よりも速いので避けられることも無いだろう。

 

そして耕也の背中に止まった瞬間に彼を殺す。段々と眼から光が無くなり、身体の筋肉から力が抜け、弛緩し倒れる。それは最も美しい光景だろう。

 

私の望む良い光景。その光景が今現実の物となろうとしているのだから嬉しさを隠す事ができない。私は自然と表情を笑みに変えてしまっていた。

 

それほど見てみたいのだ。彼の魂を。一体どんな輝きを私に見せてくれるのだろうか? 一体どんな温かさを持っているのだろうか?

 

あともうちょっとで、耕也の魂が私のモノに。そう、後もう少しで私のモノになるのだ。

 

「後もう少しで耕也の魂が私のモノになる」

 

口から出てしまってから気付いた。一体何を言っているのだろうか?

 

これは唯の好奇心のはずなのに。実に私らしくない。いつ何時でも、柳のように飄々としているというのが私の売りでもあるというのに。

 

私はそれを唯の気の迷いだと捨て置き、蝶の位置の確認を行う。

 

すると、色々と考えていたせいかすぐにも耕也の背中に止まりそうな蝶がいるのが見てとれる。

 

心臓などありもしないのに私の中で何かがドクドクと木霊する。おそらくは魂の歓喜の震えなのだろう。胸が高鳴る。

 

さあ、貴方の魂を見せて頂戴? 耕也。

 

しかし今度は邪魔が入ってしまった。

 

「幽々子、お待たせ。荷物の整理が終わったわよ」

 

慌てて耕也の背中付近を飛んでいる蝶を消し、その場を取り繕う。

 

「あ、あら紫。少し時間がかかったのね」

 

そう言うと、少し首を傾げながら紫は

 

「そうかしら。そんなに時間はかかっていないと思うのだけれど。藍、そんなに時間ってかかったのかしら?」

 

すると藍は

 

「いえ、言うほど時間はかかってはいないと思うのですが」

 

と即座に否定する。

 

当たり前だ。今言った言葉は唯のその場しのぎであって、実際にはそこまで時間がかかっているわけではない。

 

私は紫に先ほどの行為がバレるのが嫌なため、別の話題への転換を行っていく。

 

「ねえ、紫。そろそろおやつの時間にしないかしら? ほら、耕也さんが持っていらしてくれたドラやきというのもあるのだし」

 

そう言うと、紫もドラやきを初めて食べるのか、顔を綻ばせ、手を合わせながら言う。

 

「いいわね幽々子。名案よ! 私、ドラやき食べるのはじめてなのよ。耕也の出すお菓子はおいしいのだけれどもね。………………それをあの女は何時でも食べられるだなんて………」

 

後半の方は良く聞き取れなかったが、耕也の持ってくるお菓子は非常に美味だという事がよく伝わった。

 

そして

 

「紫様。落ち着いてください………………耕也は今は我々のもとに居るのですから如何様にでもできます」

 

藍は紫を落ち着かせる。そして後半の部分は何やら聞かれたくない内容のようで、耳に手を当ててゴショゴショと話したために聞こえなかった。

 

しかし、その内容が紫の心を納得させたようで、一気に表情を明るくして満面の笑みを浮かべながら言う。

 

「そうだったわね。そうそう、今は違うのだったわね」

 

そう言いながら耕也を呼ぶ。

 

「耕也~~、おやつにしましょう?」

 

言われて気がついたのか、耕也はすぐに外の景色から此方へと視線を移し、笑みを浮かべながら小走りで寄ってくる。

 

「はいはい、今行きます」

 

後もう少しだったのに………………。私には拭い切れないほどの後悔の念が残ってしまった。

 

まあ、でも夜は長いのだ。その時にでも……ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歯も磨いたし、そろそろ寝ようかな。

 

と、そう思いながら俺は自分に与えられた寝室へと入っていく。

 

いや、実際の所何もなくて良かったと思っている自分がいる。このまま何もなければ幽々子との友人関係も続いていくだろう。

 

まあ、何かあっても友人関係は続くだろうけど。何せ紫の友人だしなあ。やはり予想していたが、ゲームの通りにのほほんとしているというのがよく分かった。

 

あれなら俺も友人として話しやすいし、一度来たのだからジャンプで何時でも、どこからでも来れる。それがうれしい。

 

ただ、見た目は好青年なのにも拘らず、一言も俺と言葉を交わしてくれなかった妖忌は一体何なのだろう?

 

あの無愛想な態度は、俺に何か恨みでもあるのかというほどの徹底したモノ。困ったものだ。俺には全く覚えが無いのだが……。

 

仕方が無い。明日に備えて眠るとしようか。

 

俺はそう思って、押し入れから布団を出して寝るための準備に取り掛かる。

 

明日はあんな嫌な殺気のような物は来ないでほしい。というか来るな。

 

枕を置き、自分の寝やすい態勢をとった後に目を閉じて眠りにつく。

 

どうも最近は色々な事が起き過ぎていて疲れがたまっている。明日は俺も掃除とかぐらいは手伝わないとな。

 

そうだな、そんなにヤバい事も起きなかったし、領域は切っても大丈夫だろ。それに命が危なくなったら勝手に発動してくれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………や……起き………」

 

…………………………寒い。いきなり寒くなったな。どういう事だ。それにさっきから揺らしてくるのは一体誰なんだ?

 

それに何かしらの声が聞こえる。どうやら起きてほしいらしい。全く、何があったんだ?

 

そんな事を思いながらショボショボとした眼を両手でグシグシ擦りながら無理矢理脳を叩き起す。

 

そしてまだ起きないうちに今度は腹の上に布団よりも大きな重量感のある物が乗っかってくる。

 

「う…………あ………? だ、誰だい?」

 

そう言いながら目を開けると目の前には、俺の下腹部付近に跨った幽々子がいた。しかしそれだけなら、いや、それだけでも十分に問題なのだが、もっととんでもない問題がその周りにあった。

 

「ゆ、幽々子さん。こ、これは一体何ですか……?」

 

その疑問しか口にできなかった。なぜなら彼女の周りには、いや、俺の寝ている部屋全体に淡くピンク色に輝く蝶がヒラヒラと舞っていたのだ。

 

それも数十匹という単位ではない。何千、何万という蝶がこの部屋に居るのだ。

 

その事を俺が確認したと見るや、満面の笑みを浮かべてこう言う。

 

「おはよう耕也さん。突然悪いわね。押し掛けてしまって」

 

俺は非常に反応しづらい状況に居るために、相手の御機嫌を取るような言葉しか口から出てこなかった。

 

「い、いえいえ、お気になさらず。…………えっと、何かご用でしょうか?」

 

俺がそう言うと、幽々子は俺の方にのしかかってくる。彼女の胸が当たるのはもちろんなのだが、恥ずかしくないのだろうか?

 

そんな疑問が一瞬浮かんだのだが、次の言葉で全て吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「耕也さん。貴方の魂を私に頂けないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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