東方高次元   作:セロリ

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53話 めり込むとは……

怪我がなくて良かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた直後に刃物を突きつけられたら誰だって驚くだろう。暗殺者とかだったら平常心を保てるだろうが、俺みたいな一般人には不可能だ。

 

どんなに能力が優れていようと、そして高次元の存在だろうが人間である以上心の変動、感情の起伏、脳の防衛機構は何ら変わりない。

 

おまけに付きつけられている刃物が一つではなく、何千何万という膨大な数。しかもそれぞれが絶対的な死をもたらすことのできる反則的なまでの、いや、反則の領域に達している。

 

そんな状況に俺は直面している。目の前に妖艶な美女がいるという何とも矛盾しているようなこの事態は、俺に複雑な恐怖心を生み出すには十分な威力を持っていた。

 

「ねえ、耕也さん。貴方の魂を頂けないかしら?」

 

彼女が今から人を殺すとは思えないほどの素晴らしい笑みを浮かべながらそう言ってくる。

 

俺はその笑顔に込められる欲にますます恐怖心を覚えてしまう。しかしここで俺が折れてしまえば双方にとっても有益でない事は自明の理。

 

だからこそ俺は彼女に一言言う。

 

「なぜ、私の魂が欲しいのですか?」

 

と。

 

それに彼女は、閉じた扇子を顎に当てながら考えるしぐさをする。妖艶な大人という容姿を持つというのにも拘らず、あどけなさが残る少女のようなしぐさ。

 

幽々子はう~ん、と唸りつつ一つの結論を俺に出してくる。

 

「それはねえ、貴方の魂が全く見えないからよ。耕也さん?」

 

そして俺が、ふと浮かべた何故それだけで欲しいのかという疑問を話す前に、彼女は再び微笑みながら言う。

 

「それにねえ、今見てみたのだけれど、貴方の魂が見えてるのよ。……ついさっきまでは見えなかったのに。一体なぜかしら? 後もう一つ」

 

そう言って幽々子はすうっと息を吸いながら顔をずいと近づけ、額と額が接触する寸前の位置で俺に話しかける。

 

「貴方の魂が、他人とは余りにも違っているからよ。貴方の魂はとてつもなく魅力的に輝いてる。淡く青く、時には銀色で。今まで見てきた魂とは一線を画している。……ね? 私はそれに惹かれてしまったのよ。そして同時に思ってしまったのよ。そのきれいな魂を汚してしまいたい。犯してしまいたい。自分のモノにしてしまいたいとね……」

 

そして彼女の言葉はとどまる事を知らず、俺の反論を許さないまま口に出していく。

 

「貴方が寝ている時にこっそり見ただけで分かったわ。……貴方は他の人間とは根本からして何かが違うと。ふふ、貴方の魂の質を見たらやっとだけどね?」

 

しかし俺は彼女に殺されるわけにはいかないし、魂をとられるわけにもいかない。

 

だからこそ俺は彼女に言う。

 

「すみませんが、それはお断りします。まだ生きていたいので……」

 

どうせ言っても無駄だと分かっているのだが、なるべく穏便に済ませたいのだという願望も相まってこの言葉が出た。

 

そしてやっぱり幽々子はお姫様らしく、庶民である俺の意見を軽く却下する。

 

「駄目よ? でもまあ、これが普通の反応よね。自分を殺して良いかと聞く相手に良いと答えるわけないもの」

 

俺の考えを理解しながらも、なお殺そうとしてくる幽々子。まずいな、下手に攻撃もできないしこのまま様子見か、交渉で何とか攻撃をやめてもらうしかないか……。

 

「幽々子さん。わた「ねえ耕也?」……はい?」

 

俺の言葉を遮って俺に完全に抱きついてくる。そして首の付近に両手を回して、耳に口を近づけて口を開く。

 

「耕也、私はあなたと友達になりたいのよ。寿命という余計な概念を必要としない亡霊同士のね?…………だから」

 

幽々子は俺から身体を離し、扇子をゆっくりと開いて、俺の聞きたくなかった言葉を言う。

 

「死んで頂戴? 耕也」

 

その言葉と共に扇子を軽く振って蝶に合図する。合図に忠実に従った蝶は俺に向かって一斉に到達しようとする。俺は防御しなければいけないという場面の中、幽々子の顔を見ていた。

 

何故見ていたのかは、分からない。ただ、幽々子は笑みを浮かべながらも両目から涙をボロボロと流しているのだ。

 

一体何故だろうか? 彼女にとってみれば、俺を殺すことが現時点で最も魅力的な手段であり、最低限の達成目標。どこにも涙を流さなければならないという要因は無いのだ。

 

それなのに何が悲しくて、何がそんなに彼女に涙を流させるのか。圧倒的な数の蝶の前には考察する余地などなかった。

 

まず一匹目。当然ながら触れただけで死をもたらす蝶は、俺を殺さんと一直線に飛びこんで額に当たってくる。

 

本来ならば一匹当たりさえすれば人間、大半の妖怪も葬り去る事ができるだろう。しかし俺には通用しない。

 

当たる直前に、俺の危険を察知した領域が瞬時に発動し、その攻撃を無効化する。

 

領域に接触した蝶は短く閃光を放ちながら霧散していき、その役目を達成できなかった。

 

そして次々と蝶が当たり、俺の身体を蝕んでいこうとする。しかし、その前に幽々子が限界を迎える。

 

「くっ……力が……出ない…」

 

少しのうめき声と共に、周囲に舞っていた蝶の群れが、ガラスが砕けたかのようにキラキラと破片を撒き散らしながら散っていく。

 

理由は明白で、俺が発動させた領域に接触しているからだ。幽々子も予想していなかっただろう。唯の一般人だと思っていたのにも拘らず、力を無効化させられるとは。

 

そして幽々子は自分の身に起こった事に驚愕しながらも俺に疑問を投げかける。

 

「一体……なぜ効かないの…?……それになぜ私の力が出ないのかしら?霊力も、能力も……一体何故?」

 

自分の思い描いていた未来を崩されたのか、その言葉は少々自信のなさが表れている。当然だろう。俺だって素性のわからない相手にいきなり力のすべてを封じられたら腰を抜かす。

 

しかし俺が腰を抜かすであろうことを、幽々子を驚いただけで、自分の弱さを出さないようにしている。

 

その事にやはり強いなと思う。そしてさすが紫と藍の友人だとも。

 

そんな事を考えながらも幽々子の質問にどう返答しようか迷っている自分がいる。

 

幽香や紫にすら全部は話さなかった俺の能力を、ここでいとも簡単にバラしてしまうというのも気が引けてくる。特に幽香に刺されそうだ。

 

俺はちょっとした不安が頭を過り、誤魔化しを入れる。

 

「いや、おそらく幽々子さんが思ったとおりですよ?」

 

そう言うと、幽々子は顔を少ししかめて俺から弾かれるように離れる。そして口角を少し釣り上げながら

 

「やっぱりそうなのね……そうね、私の思った通りだわ。貴方の持つ力は外的干渉を問答無用で防ぎ、かつ接触している相手の力を封じるのではないかしら? 霊視しても耕也の魂が見えなかったのもそれ。私の蝶を防いだというのもそれ。そして霊力が全く使い物にならなかったのもそれ。……最も、離れた今では使えるけれどもね」

 

そう言いながら先ほどのおっとりした眼からは想像もつかないほどの凛々しい眼をしながら俺を見据えて来る。

 

かく言う俺は立ち上がりながらも、ピンポイントの答えに眼を見開いてしまう。この少ないヒントの中でよくそこまで引き出せたものだと。

 

実際にはまだ全て当たっているわけではないのだが、ヒントから導き出せるであろう全ての回答を引き出している。実に頭がいい。

 

これ以上ヒントを与えると全てを暴露されてしまいそうだ。元に俺が根本的に違う存在だと言っていたのだし。

 

幽々子は、俺の反応に確信を持てたのか、微笑しながら俺の能力について断言する。

 

「やはり……当たっていたのね。恐ろしい力だわ。古今東西貴方のような力を持つ人間は効いた事も見たことも無い。推察するに、紫の能力すらも効かないのね? 末恐ろしいわ……」

 

次々と俺の事を暴露していく幽々子。だからこそ永い間紫との友人をやっていけたのだろう。

 

そして月面戦争の時も良き相棒としての役割も果たせた。

 

そんな感想を持ちながら彼女に対してどのような対応策を構えようか考えていく。

 

どうしようか……。余り派手な戦闘はできないだろう。唯でさえ寝静まった夜。さらには俺の攻撃といえば音の大きい兵器が多い。爆薬系統のモノなんざもっての外。

 

亡霊に効くであろう火炎放射も空気の膨張が激しいため無音とは言えない。

 

対する幽々子の攻撃は極めて暗殺に向いている。無音で羽ばたく蝶が相手に気付かれないように死角から飛び込めばそれでおしまい。

 

………………どうしようか。ここは一旦、自宅にジャンプで逃げ帰るか? ……いや、それはできないか。

 

もし俺が自宅に逃げ帰ったとした場合、朝になれば紫達に気付かれてしまう。そうしたら幽々子の立場が悪化してしまうだろう。

 

紫の事だからここで起こった事態の事などすぐに予想がつくはず。俺を追いだしたのは何故だと、又はそれに準ずる形で。

 

となると幽々子と紫との友人関係にひびが入る可能性も無きにしも非ずだ……。どうしたらいいんだこれは。

 

俺は幽々子の顔を見つつため息を吐いてしまう。

 

交渉には応じてくれそうにないな。…………ここは外側の領域で無力化させるしかないのか?

 

いや、それでも外での戦闘も考慮して、尚且つ範囲外に出られる事を極力少なくする距離を考慮すると、間違いなく紫達を範囲内に入れてしまう。……ここでの異常事態に容易に気付かれてしまうから使えそうにないな。

 

そんな事をあれこれ考えていると、幽々子は、俺が策を講じるのに手間取っていると判断したのか、再び妖艶な笑みに戻り俺を説得しようとする。

 

「ねえ、耕也? ……おとなしく、ね? 亡霊になれば寿命に限らずずっと友人として仲良く付き合っていけるわ。……私を受け入れてくれないかしら?」

 

いやいや、俺は不老だから死ぬ必要が無い。それを一部隠しつつ幽々子に伝えていく。

 

「幽々子さん、俺はどういう訳か不老でして、ですから亡霊にならずとも付きあっていけますよ?」

 

それを言うと、幽々子は納得してくれるばかりか、首を横に振り、それを否定していく。

 

「耕也。…………分かって無いわ。全然分かって無い。友人としていられるというのも確かだけど、私は貴方の魂が欲しいのよ? 話のすり替えは良くないわ」

 

そう言った瞬間に扇子を横に一閃する。やはり紫同様優雅で妖艶無動作であり、見事の一言しかない。……しかし何も起きない。

 

その動作は殺気のこもっているモノ事実があり、それゆえに何も起こらないというのにも疑問が湧いて来る。あのさっきならば先ほどの扇子の一閃に何らかの意味が込められているはずなのだ。

 

結果が起きなければおかしい。

 

そう考えた瞬間に背後から嫌な感触がし、後ろを振り返る。その瞬間に俺は凍ってしまっていた。

 

眼と鼻の先に蝶がいたのだ。それも先ほどとは全く色も殺気の度合いも全く違う、赤く鈍く輝く蝶が。

 

幽々子のふふっ…という言葉に弾かれるように、回避方法として反射的にジャンプをその場で使い、部屋の隅まで逃げ出す。

 

「幽々子さん、いきなりは反則ですって! もっと穏やかにいきましょうよ」

 

そう言いながら部屋の隅から幽々子の方を振り返り、文句を言う。

 

すると、幽々子は一瞬驚きつつもすぐにニコニコしながら何も言わずに扇子を振る。

 

無視かよ……と思いながらも再び襲ってくる蝶を回避しようと身体に勢いをつけようとする。

 

つけようとしたのだが、その時何かに腕が引っ張られるような感触がし、その直後にガクンと姿勢が崩れ蝶と正面衝突してしまう。

 

「な、なんだ!?」

 

俺は少しの痛みに顔をしかめながら、その原因を探りに視線を後ろに戻す。その瞬間、心臓がドクリと跳ね上がり、一気に冷や汗が出てくる。

 

全くもって初めてだ。こんなことってあり得るのか? 一体何が起こったのだ?

 

そんな考えが頭の中を埋め尽くし、脳がその事象を必死に打ち消そうと我武者羅に否定し始める。

 

こんな事があってはならない。こんな、こんな馬鹿げたことなんて。

 

俺が目を向けた先には、…………そこには、右腕が壁にめり込んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混乱の最中、ふと背後から声がかかり、背中に重量感のある物体が抱きついてくる。もちろんこれは想像しなくても分かる。幽々子だ。

 

「あらあら耕也、腕がめり込んでしまったのね~。…………ふふふっ、この際どうかしら? 今のまま引き抜こうとすると、腕がグチャグチャになって痛くて痛くて気が狂いそうになって、一生不自由することになりそうじゃない? だから、今ここで亡霊になってしまった方が楽なんじゃない?」

 

嫌な提案をしてくる。一体誰が死にたいだなんて思うんだ。……確かに幽々子の言い分も理解できる。

 

俺も人間だ。いくら不老だからといっても、決して死なないわけではない。

 

もし死んだ場合はどうなるのか? もちろんどこかの閻魔に裁かれるだろう。日本に居る限りはそうなるはずだ。

 

そうしたら地獄か冥界か天国か。おそらく…………いや、もしかしたら閻魔も裁けないんじゃないだろうか? 判断…………いや、その前に死ぬこと自体があってはならないのか。

 

何だか訳が分からなくなってきた。もう良いか、ここら辺は後で考えよう。

 

それにしても随分とまあ綺麗にめり込んでいること。木の支柱に右手がめり込むなんて滅多にお目にかかれることじゃあない。

 

焦ってやったためにかなあ? 集中力が足りてなかったんだなあ、多分。俺の手のぶんの体積はどこに行ったのだろうか?

 

部屋の裏側に落ちてるとかそんな感じならまだ笑えるのだが……。

 

手を無理矢理引っこ抜いても大丈夫だろうか? 力自体は生活支援で何とかなるけれども……領域があるから大丈夫か。

 

そんな考えをめぐらしていると、幽々子が俺に返答を急かす。

 

「ねえ、耕也。決めていただけないかしら? 頭の良い耕也なら、分かるわよね?」

 

彼女としても俺には死んでもらい、亡霊として、魂同士の付き合いというのをしたいというのは分かる。

 

ただ、俺には魂が欲しいというのがどうも理解できない。別に魂が手に入ったからといって幽々子のスペックなどが特別上がるという訳ではないだろうし。

 

もし、幽々子の欲しいという言葉が、俺達人間の宝石などに対する欲しいとかだったら勘弁どころではない。嫌すぎる。コレクションは嫌だ。

 

俺はそんな事を考えつつ、幽々子への返答をしていく。

 

「別に自分の頭は良くも悪くもないのですが、……死ぬという事だけはやはり嫌なので、お断りいたします」

 

そう言ってめり込んだ腕に力を込め、生活支援によって人間の限界を軽く超える力を発揮させ、木の持つ強度をあっさりと越えさせる。

 

無論、俺の腕の表面には領域があるので引き抜くことによって考えられるであろうアクシデントを未然に防止する。

 

「せぇーのっ!」

 

その言葉と共にめり込んだ腕を耳の鼓膜をコツコツ叩くような非常に大きな破砕音と共に、支柱と周りの壁を大きく抉り砕いて外に引きずり出す。

 

そしてすかさず振り向きざまに幽々子の両腕を掴み、そのまま壁に押し付ける。幽々子は、俺の無傷である姿と、異常なほどの力、そしてさらには自分腕を掴まれるという事を予想していなかったのか、キャッというかわいらしい声を上げて成すがままにされる。

 

「さあ、もう力は使えませんね? もし、離してほしければ、私をもう死に誘わないという事を約束して下さい。それで私は貴方を信じて解放します。無論、この状態での蹴り上げなどは何ら効力を持たないのであしからず」

 

自分でもいきなり何を言っているんだという感じもするが、とにかく早めにこの厄介な事態を収束させたいという気持ちがあるため、柄にもない事を言ってしまう。

 

幽々子は、俺の方を少しばかり驚きの表情で見ていたのだが、やがて諦めたように口を開き、首を振る。

 

「はぁ……。やっぱり室内だと戦いにくいわね。…………分かったわ。今日の所は諦めてあげる」

 

そう誰をも魅了する笑顔を向けながら。

 

今日だけじゃなく毎日お願いしますと思いつつ、その笑顔を直視できずに俺は少しだけ視線をそらす。そして幽々子も気まずそうに視線をそらす。

 

少しの間、お互いの沈黙によって再び夜に静けさが戻ってくる。

 

だが、実のところ俺はやっと厄介事が一つ終わったと思い、一安心できた。

 

しかし、沈黙は唐突の幽々子の声によって破られた。

 

「あ、あらあら……」

 

どうしたんだ? 俺は視線を幽々子の顔に合わせる。すると、今度は少しの驚きの表情を浮かべながら俺の後ろの方に視点を合わせている幽々子がいた。

 

それと同時に肩を叩かれる。

 

ん? この部屋には俺と幽々子しかいないというのに。一体……。

 

そう思いながら叩かれた方を見る。

 

「あ…………」

 

その言葉しか出なかった。おそらく腕をめり込ませた時よりも俺の脳が警告を鳴らしている。

 

やってしまった…………。密かに心の中で思う。もう逃げられないと…。

 

そう、俺の視線の先には、何と紫と藍がいたのだ。

 

しかも二人とも眼に光が無い……。夜のせいだと信じたい。

 

そして俺と目があった紫は一言俺に言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「耕也。随分とお盛んね? ふふふふふふふふ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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