生贄って、あの生贄だよね?
「生贄はあの男で良い。半年後に我に捧げよ」
突然の事に一同が驚き沈黙する。だが、当の本人はそれ以上に驚いていた。
(正直ここが東方世界だとは思わなかった……。それに生贄だって?冗談じゃない!)
俺は、横にいる長の顔を見る。案の定驚きすぎて固まっているようだ。
その時諏訪子が、皆の驚きようを見かねたのか切り出した。
「どうした皆の者、今日は我に対して宴を開くのではなかったのか?」
その言葉に、里長が弾かれたように再び頭を下げ
「申し訳ございませんでした洩ヤ様! さあ皆、宴を始めよう。里人を集めるのだ! そして今年の豊作への感謝を!
そして、皆の住む場所をお守りしてくださったことへの感謝を洩ヤ様に捧げようではないか!」
そして、俺の気持ちをよそに里人達は宴を開始していく。何ともやりきれない気持ちになる。
まあ、当然か。選ばれたのは自分ではないのだから。さらに最初は驚いたのかもしれないが、今回は諏訪子が自ら選んだだけの事。
そこまで気にする事でもないのだろう。毎年行われている事なのだから。
そして俺は、俺の事を心配してくれているのか、そばにいてくれる長に向かって言った。
「俺の事は気にせず、参加してきたらいかがですか? 洩ヤ様に対する感謝の宴なのでしょう?」
すると長は俺を見ながら黙って首を横に振りながら言った。
「今日はもう帰ろう。さすがに私も参加する気にはなれんよ」
「ですが……」
「帰ると言ったら帰るんだ。お前も参加する気になどなれんだろ?」
気遣ってくれるのは素直にうれしい。だから俺は素直に従った。
「分かりました。帰りましょう」
そして、私たちは宴に参加せずに夜更けを待って集落へ出発した。
集落に帰ると皆が総出で迎えてくれた。長に何を話し合ったのか? や、洩ヤ様は壮健であらせられたか? 等を聞いている。
長は当たり障りなく話していたが、誰かが来年の生贄についてはどうなったのだ? と、聞くと途端に顔を曇らせた。そして俺の顔をうかがってくる。
俺は黙ってうなずいた。話しても良いと。
そして少しの間逡巡した後、皆に切り出した。「生贄は耕也に決まった。」と。
その言葉を聞いた皆は様々な表情を浮かべた。
なんで旅人が? というものや、俺たちでなくて良かった。というもの。同情や憐みの視線を送るもの。
まあ皆の心の奥底にあるのは、自分でなくて良かったというものだろう。仕方がない。境遇が同じなら俺もそうしていただろうから。
しかし、かなり気まずい雰囲気になってしまったので、努めて明るく切り出す。
「生贄の対象になってしまったのは仕方ありません。それまでの間、せいいっぱい集落に尽くすつもりですので、気にしないでください。それと、旅人だからといって逃げたりはしないので安心してください」
まだあと半年の猶予があるのだ。できる事はある。そう俺が説得するといくらか空気が和らいだ。
そう、まだ半年も。そして俺は死なないという確固たる自信があった。
その半年の期間は人生で一番短かった。
それほどまでに自分の生きる方法を模索したためだ。
その中で一番力を入れたのが自分の力を使いこなす練習だろう。
そしてほぼ合っていると思うが、おそらく自分の力の原因は現実世界の人間だから。ただそれだけだろう。
人妖構わず俺に対しての害、悪意のある干渉ができないのは、おそらく俺が高次元の存在だからなのではないかと思う。自分でも恥ずかしくなるような説だ。
だが、確かに東方世界よりも現実世界の方が色々な意味で高次元なのは確かだ。
また、自分の力の領域についてだが、領域は外側と皮膚付近を覆う内側の二重構造になっているらしい。外側は球状であり自由自在に広げられる。
この領域内では、物理的なものは防げないが呪術や魔法などの神秘的なものは一切無効化してしまうらしい。
現に諏訪子から加護を授けてもらった剣が、領域に入った瞬間に力を喪失してしまい、ただの剣になってしまったからだ。その時は長にこっぴどく怒られてしまったが。
内側は悪意的干渉を全て防いでしまうらしい。要するに最後の砦みたいなものだ。
何といってもヤバいのが、視界に映る範囲で創造を行えることだ。水や木材、さらにはチタンのインゴットまで創りだせるのだ。まあ大体の事は出来るようだ。
創造したものは武器として転用可能だったため、妖怪退治の際には積極的に利用していった。
それと同時に現実世界からの保護も受けているらしい。触れただけで重量が軽くなる事や、生理的(トイレや食事とか)行為が必要ない事。さらには老いることが無いとのこと。これは寝ていた時に突然情報として頭の中に浮かんできたことだ。
創造したものを最初に武器として転用したのが、俺がこの世界に迷い込んでしまったときに襲ってきた鬼蜘蛛退治だ。
その時の奴は、こちらが大勢で狩りに行ったのにもかかわらず、俺を発見するや否や一直線に突っ込んできた。学習しない奴だなと思う。
俺の予想通り、奴の攻撃は通らずにまた吹き飛んでいき、仰向けになってもがく。
すかさず俺は奴の頭上に直径2メートル程の銅製の球を創造し、空中で固定する。そして俺はハンマーを振り上げるような姿勢をしながら
「こいつでも食らっとけ!」
その言葉と共に腕を振り下ろす。
それと同時に猛烈なスピードで銅球が鬼蜘蛛に振り下ろされ、轟音と共に押し潰す。
鬼蜘蛛は即死。こちらの被害は0。完全な勝利だった。
集落の人が驚いたかどうかだが、もう今更という感じだった。
そして生贄の前々日、俺は長に呼び出された。
俺が家の中へ入るといたのは長一人だけであった。
そしておもむろに長は俺に対して頭を下げながら言った。
「耕也君、本当にすまない。本来なら旅人である君をこのような目に」
「頭をあげてください長。自分は確かに死にたいとは思いませんが、事実この集落に命を助けられたのです。ならば恩返しの意味でもこれ以上の事は私にはできません」
俺は冷静に、だがしっかりと伝わるように言う。
俺の言葉に長はしばらくの間戸惑っていたが、やがて納得し今後の予定を話す。
「では明日の夜明けとともに、中央の里に向かって出発する。着いたらそこで生贄の儀が行われる夜まで待ち、時間になったら社まで運ぶ。よいな?」
「分かりました。では、明日に備えて私は寝ます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そして俺は寝床に着く。明日からが正念場だな。
さてさてどうなることやら。
内心ほくそ笑みながら明日の事を考える。