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「それではさとり様、行ってきます」
燐が玄関を出る際に送りに来ていたさとりに向かって言う。
また、それに従ってこいしもさとりに向かって外出の挨拶を。
「じゃあ、行ってくるねお姉ちゃん。」
ただ、俺だけは外出の挨拶だけではなく、宿の提供に対しての感謝を述べる。
「さとりさん、今回は本当にありがとうございました。後ほど必ず御礼に伺いますので、よろしくお願いします」
「どういたしまして耕也。じゃあ、お燐、こいし? 頼んだわよ?」
「はい、さとり様」
「は~い」
そう言いながら俺達は玄関のドアを閉めて歩き始める。
今回は予定されていた時刻よりも早めに出ていたため、その歩幅は小さくゆっくりである。
基本的に俺達三人は手ぶらであり、燐も普段なら持っているであろう猫車を置いてきている。
またこいしは無意識を操る事も無く、普段とは違って意識をしっかりと持った歩き方をしている。
当然俺は何時も通りである。何も特徴が無く、ただ目の前の延々と続く商店街までの緩い坂道を下っているだけである。
しかし、歩きながらではあるが気になる部分が頭に浮かんでくる。それは前日も考えていた何時地上の幽香達と連絡を取るべきなのか。ソレである。
どれぐらい時が経てば俺は幽香の所に行っても大丈夫なのだろうか? また、本当に地上を何の気兼ねも無く歩けるようになるのは何時になるのだろうか?
今出ていくのは流石にマズイというのは分かるが、それでも幽香達を安心させてやりたい。幽香達が俺の現状について知っているのならではあるが。
しかし、地上と違ってこの地下は息が少ししづらいというのは頂けない。今のおれの心理的な部分もあるのだろう。連絡を無事に取れるのかという不安と、仕事が見つかるのかという不安と緊張である。
もうひとつの要因としては、此処が以前地獄であったという事もあるのかもしれない。
燐達妖怪は何の抵抗も無いらしいのだが、…………体力や肺活量の違いからくる可能性という考えも捨てられない。
まあ、この息苦しさは気のせいであるとは思いたいのだが……。
何にせよ、仕事を探す前に住居を確保しなければならない。
そこで俺は前を歩く二人に提案する。
「え~と、御二人とも。仕事を探す前に住居の確保を行いたいのですが、良いでしょうか?」
すると、燐とこいしは少し考えながら自分の案を構築していく。また当然ながら俺も燐達だけに頼るわけにはいかないため、条件を出していく。
「住居を確保するにあたって、最適な場所を教えていただきたいのです。建築資材等は此処で用意する必要は全くありません。力で全部片づけてしまうので」
俺が途中まで言うと、燐は何かを思い出したかのような反応をして俺に向かって口を開く。
「あ~、そう言えば耕也は創造ができるんだっけ? なら家もそのまま出せるという事?」
「ええ、そうです。今まで見てきたものや、知っている事。後はまあ、色々と自然に頭に浮かんでくる候補から選ぶという感じですね」
ただし、この地底に現実世界で建築されるような家が受け入れられるわけはないので、古い日本家屋のような家しか建てられないと思うのだが。
例えばこの地底に存在する商店街付近に、エス・バイ・○ルの設計する家なんて建てたら間違いなく悪い意味で注目される。質は良いのだけれどもね。
これがもっともっと時代が進んだのならばいいかもしれないが。現状で質はズバ抜けていても無理という悲しい事態になってしまっているのだ。
だから、今回も地上での暮らしのように外観だけはボロいが、内装だけは和を乱さない現代レベルのモノとしようと思う。
そしてこんな事を考えていると、今度はこいしから質問が飛んでくる。
「じゃあさ、耕也はどこら辺に家を建てたいんだっけ? 教えてくれれば大体は考えられると思うけど……」
「そうですね、地霊殿と連絡がとりやすく、かつ商店街とも交流が多い方が良いので、この商店街までの道にあると良いかな~なんて……はい、思っております」
そう言ってこいしに返答すると、こいしは俺の言葉を消化しながら再び思考の海に潜っていく。
再び俺達は無言の状態となり、あたりには俺達の立てる足音しかしなくなる。
俺はこのゴツゴツした未舗装の荒い道に足を取られないように、時折下を向きながら歩いていく。
ふと、視界の隅にユラユラしたモノが映る。最初はあまり気にしないようにしていたのだが、俺の中で何かが耐えきれなくなったのか、ついにそれに意識を傾けてしまう。
その視界に収めたモノは、燐の尻尾であった。普通の猫とは違い、妖獣である事を容易に示す二本の尻尾。たしか猫又と言うんだっけかな?
とにかくその燐の尻尾が眼に留まる。もちろん藍の尻尾とは違ってフサフサではないが、その辺にいる猫とは違って毛並みは揃うわ艶はとんでもないわで素直に感心するしかない。
そして何より気になるのが、生え際である。普通の猫とは違って二股の尻尾。となれば一体どんな感じなのだろうかという好奇心が湧いてきてもおかしくない。そう、おかしくない。
ただ非常に残念なことに、尻尾の根元は燐の服に隠れているためにソレを拝む事ができない。非常にもったいない。見たいのだけれども見たらマズイ事になるだろう。
恐らくリンチされることに間違いはない。そう、見るためには燐の服を取っ払わなければならないのだ。燐の裸か……。
……………………俺は一体何を考えているのだろうか? 本当に唯の変態じゃねえか。
俺が燐の尻尾を見ながらそう考えていると、ふと隣から視線を感じる。
嫌な予感がしながらもその視線の元へと首を向ける。
首を向けた瞬間、人間の嫌な予感と言うのは映画の中だけではなく、現実にも存在するもんだと思ってしまった。
……こいしが此方を見てこれでもかとばかりにニンマニンマしているのである。もうすべて分かっている。お前がしたい事や、奥底に眠る欲望など全部分かっているぞとでも言うかのような、何とも嫌らしい笑みで此方を見ているのである。
幸いにも燐は俺達の方に気付いておらず、未だに思考の海に沈んでいるままである。
再び意識を燐からこいしへとシフトさせる。必死に何とか言い訳を考えようとする。さてこの女性をどうするか……と。
本当にどうしようか……。不気味なほどにニマニマした表情が何時瓦解して燐にこの事をバラすのか不安である。
……仕方が無い。ここは身振り手振りで。
俺はそう思った瞬間にこいしに向かって口に人差し指を立てて当てたり、燐の方を指さして両腕を使って大きなバツ印をしたりと色々やってみる。
こいしは俺の動作を見ながらウンウンと頷き、俺の方に手を置く。そしてさらに一度だけ大きく頷く。
そしてこいしは俺に向かって、声には出さないものの、口を開いて意思を伝える。
その意思とは
へ ん た い
唯それだけである。そう、それだけ。
本当にそれだけなのにも拘らず、俺にダメージを与えるには十分な威力を保有していた。
一気に顔に血が集まり熱くなっていくのが分かる。これは怒りからくるものではなく、恥ずかしさからくるものであると分かっている。
何とかこの恥ずかしさと、自分のアホらしさに怒りを持ちながらも必死に顔の火照りを何とかしようとして、明後日の方向を向きながら手で顔を煽ぐ。
しかし、それは全くの意味無い行動に終わり、逆に手を激しく動かしたことにより身体が熱くなる。
もう勘弁してくれと思いながら再びこいしの方を見やる。
俺の反応が余程楽しいのか、両手を口に当てて必死に笑い声を抑えている。とはいってもかなりの音量が手から洩れているのが分かる。
しかし、燐は此方を振り向かない。おそらくこいしが無意識を使っている為であろう。本当に便利な能力だ。
俺はどうする事も出来ず、ただただ恥ずかしさのあまりガリガリと片手で頭を掻くしかない。
と、そこでついに燐が顔を上げて思考の海から浮上してきた。
此方を向いた燐の表情は何とも爽やかな笑顔を浮かべており、妙案が浮かんだという事をこちらに知らせてくる。
「耕也、良い場所があるよっ! こっちこっち」
そう言いながらスタスタと歩いていく。
「は、は、はいぃ! 今行きます!」
突然の事に俺は素っ頓狂な声を上げながら着いていく。
こいしは俺の返答がさらに笑いを誘ったのか、その場でピョンピョン跳ねながら大爆笑を始める。
こんちくせうと思いながらも俺は燐の後を着けていった。
「さあ、ここだよ。物凄く頑丈な岩盤だし、申し分ないと思うよ」
そう言いながら俺の方を見て笑みを浮かべる。
燐の案内した所は、すこし俺の理想とは違っていたが、非常に条件としては良い。
植物は無いが、頑丈な岩盤があり、そして周囲を観察すれば、商店街が視界に入るほどである。あいにく地霊殿とは少し離れてしまっているが、これは仕方が無いと思って割り切る。
俺は燐の案内した所に素直に感謝しながらソレを口にする。
「いやあ、素晴らしい場所です。ここなら非常に双方の行き来が楽ですね。本当にありがとうございます」
燐は俺の言葉ににゃはは~と笑いながら反応する。
俺は燐の反応を後目に、早速家を創造しようとする。
しかし、創造しようとした瞬間に背中にトンと衝撃が来る。
なんだ? と、思いながら俺はその衝撃源を特定しようと振り返る。
すると、こいしが俺の背中にしなだれかかったのが分かった。一体何のために? ひょっとして足でも捻ったのだろうか?
そんな心配が僅かに起こると同時にこいしの方を見て尋ねる。
「あの、どうかされました?」
そう言うと、こいしは妖艶な表情と声を出しながら俺に声をかける。
「ねえ、耕也。私には何も聞かないの……?」
もしかして住宅の事だろうか? だとしたらさっき聞いたのだが……。
仕方が無いと思いながら俺は彼女に聞いていく。
「こいしさんの御意見をお願いします」
そう言うと先ほどまでの表情が嘘のようになり、今度はおちゃらけたモノとなって嬉々として向こう側を指差す……。
「うん、あそこあそこ~」
そう言われながら指のさされた方向に向かって視線を移していく。
が、何もない。本当に何もない。俺は良く分からないため、首を傾げながらこいしに質問していく。
「あの、こいしさん。……何もないのですが…………土地はどこに?」
そういうと、こいしは口を尖らせながら文句を言ってくる。
「んもぅ~。人間は目が弱いんだから……アレだよアレ」
とはいっても全く見えないのだから仕方が無い。俺はそこがよく見えるようにと思いながら双眼鏡を創造して最大望遠で見てみる。
…………こいしは俺をおちょくっているだけなのだろうか?
俺が見た所、遥か先にマグマと少しの岩地があるだけ。まさかあそこに? 確かに此処とは繋がってい入るけれども、思いっきりマグマの近くなのだが……。
そう思いながらこいしに尋ねる。
「冗談ですよねこいしさん…? あそこに家を建てたら確実に火事になりますよ? しかも俺の要望に全く掠ってません」
そう言うと、こいしは照れた表情をしながら
「えへへ~、お燐に先越されたのがちょっと悔しくて……」
「えへへ~じゃあないです。変なことしないでくださいな」
「は~い」
そう返事をしてから燐の方に向かって歩いていく。
俺はその事を見届けると、反対方向を向き、燐の案内してくれた土地に家を創造する準備をする。準備とはいっても燐たちに離れるように指示をするだけではあるが。
「それでは今から創造しますので、少しだけ離れて下さい。万が一という事もありますので」
そう言って離れさせた事を確認すると、創造を一気に始める。
意識を少しだけ集中させた瞬間に、まるでそこに初めからあったかのように家が創造される。
しかし、外見は非常にボロイとしか言いようがない。前に住んでいた寺の様相だけでもまねてみたのだが、どうだろうか?
一応これくらいなら、商店街の住人に馬鹿にされる事はあっても、嫌みを言われたり物珍しさで来たりする輩もいないだろう。
俺は内装だけは最高のモノであると思いながら、商店街へ行こうと提案するために後ろを振り返る。
しかし、妖怪というのは良く分からないモノで。…………燐の顔が明らかに怒っていた。
いや、よく分からないというのは訂正しよう。確実にこいしがさっきの尻尾に関する事を漏らしたのだという事が分かる。
なぜなら燐の表情が怒り顔であるのに対し、こいしの方はもう爽やかと言っても差し支えないほどの笑い顔なのだ。
「フーッ!」
と、顔を真っ赤燐が俺に対して威嚇を始めてくる。おそらく羞恥と怒りの両方で顔を真っ赤にしているのだろう。
俺は心の中で泣きそうになりながらも、なんとか言い訳をしていく。
「あの、燐さん。それはその……尻尾が見たかったとい純粋な生物学的探究心に基づく研究者魂と申しますか……あの……」
「フシャーッ!」
綺麗な顔をしながら怒る姿は、非常に絵になるのだが、怒られる側としては非常に頂けない。
「ご、ごめんなさいっ!」
だから、そう言いながら逃げるしかできなかった。
「こうや~~っ!! 待て~~っ!」
燐の声と、こいしの笑い声を背中にしながら。
その後謝り倒して何とか燐のお許しを貰った俺は、体力がゴッソリ削られた状態で商店街に入ることになった。
しかし、俺が商店街に入った途端に、視線が集まるのはどうにも居心地が悪い。
さとりの関係者だからという理由でこいし達に視線が降り注ぐのではなく、昨日の件が原因で俺に視線が集まっているのだろう。
その視線は様々であり、忌避や怖いもの見たさ、蔑視、そしてわずかばかりの恨みのこもったモノであった。
俺はその視線を気にせずこいしに聞いていく。
「一応駄目元で聞いてみましょう。あの、建築関係……工務店でもいいので、案内していただけませんか?」
そう言うと、こいしはすこし困った笑みをしながらこっちだよと言って案内してくれる。
やはり俺への視線が影響しているのだろうか? やはりこいしとしても出生からしてこの視線は気持ちのいいものではないのだろう。
いくら心を閉ざしているとしても眼に映っているモノは心など関係ない。……俺のせいだよな。
ヤマメを庇うためとはいえ、自分のした行いが後々の事に影響が出始めている事を実感すると、どうしても罪悪感が湧いてくる。
二人には本当に悪い事をしたと思いながら、俺は後に着いていった。
「はぁ!? 人間のお前が? 無理だ無理無理。人間ごときが務まるような仕事じゃねえよっ! ほらどけどけ、こっちは暇じゃねえんだからよ」
そう言いながら俺の横を通り過ぎていく現場監督。
「いやあの、こう見えても結構力ありますので大丈夫ですっ! ですからどうか御一考を!」
と引き止めるように頭を下げながら言うのだが、無視されて全く相手にしてもらえない。やはり人間だからという理由で断られるのが最も大きいのだろう。
この妖怪は口調と様子から察するに、昨日の件については知らないと言った感じであろう。特に俺を見ても態度を急変させなかったからである。
しかし人間だと言った瞬間には一気に態度を硬化させてしまったが……。
そしてさすがに燐たちは部外者なので此方の件には口出しをしてこない。
しかし、雲行きが宜しくないのは十分に伝わっているためか、その表情は暗い。そして従業員達からの視線が注がれているためか、居心地が悪そうだ。
仕方が無い。別を当たろう。さすがにこれ以上鬱屈した場所にいさせるのは酷である。
「失礼しました。もしお気持ちが変わるような事がありましたら、また宜しくお願いいたします」
一応そう言って燐たちの元へと歩いていく。
「すみません。窮屈な思いをさせてしまいまして。次に行きましょう」
そう言いながら、店をどんどん周っていった。
「み……見つからねぇ…………」
「にゃぁ~……」
「う~ん……」
あれから結構周ってみただが、仕事が本当に見つからない……。一番の大きな障害は俺が種族的に敵対しているからである。
要は人間なんて雇う訳ねえだろば~か。と言う事なのである。
「あの~……他に店なんてありません?」
「う~ん、耕也の仕事ができそうな店はほとんど周ったしねえ……」
やはり、無理なのかねえ……。人間が妖怪に交じって仕事をするだなんて……。
俺はため息を吐きながら燐の回答を待つ。
燐は俺の言葉を受けてから一言もしゃべらず、ただその場で頭を捻っているだけである。
ひたすら捻る。時間にして大凡4分ほどであろうか? それくらいの時間が経過した時、燐が顔を上げた。
「あ~……一軒だけ酒屋があるよ。この商店街の外れにある物凄く古い酒屋でね。お爺さんが経営しているんだけど、結構人間に親しい部分もあるらしいし、行ってみる価値はあるかも」
地理に詳しい燐のおかげでまた一つ希望が持てる。
「お~、じゃあそこに行ってみましょう。こいしさんもそれでいいですね?」
「いいよ~。でももしこれで駄目だったら、私達のペットね?」
「嫌です」
「けちんぼ」
「ケチとかそういう問題じゃありません」
「ぶぅ~~」
口を尖らせながら不満を言うこいしに俺は苦笑しながら立ち上がる。
「さて、行きましょうか」
歩く事約20分。ようやく燐が言っていたその古い酒屋にやって来た。
何と言うか……外観自体は普通なんだが、遠くからでもはっきり分かるくらいに威圧感がある。古い店だからだろうか?
俺達がドンドン歩いていくと、脚がいないように思えていた店内から一人の女性が現れる。
思わず俺はそれに小さく声を上げてしまう。
「げっ」
エルフ耳に金髪。そしてエメラルド色の目をした綺麗な女性。間違いなく水橋パルスィであった。
「お、パルスィじゃないか。どうしたんだいこんな所で」
横を歩いていた燐がそう言うと、パルスィも此方に気がついたのか、身体の向きを変えてこちらを見てくる。
「あら、燐にこいし…………と、貴方誰?」
と、警戒心むき出しの状態で俺に尋ねてくる。
俺は乾いた笑いを浮かべながらやりにくさを感じながら自己紹介を始める。
「はじめまして。大正耕也と申します。」
そう言って頭を下げる。パルスィは俺の方をマジマジと見ながらやがて答えていく。
「人間なのね…………ああ、ヤマメの言っていた人間って貴方ね? 私は水橋パルスィ。よろしく」
そう言って握手を求めてくる。
はて……なんかきな臭いような?
いや、そこまで疑うのも良くないだろう。握手を求めてくれているのにも拘らずそれに応じなければ失礼にあたるというモノである。
俺はそこまで考えながら握手に応じると、グイッと引き寄せられる。
そして引き寄せられたまま、俺はパルスィに耳元でささやかれる。
「まったく……嫉妬心も操れないだなんて。妬ましくないけど妬ましいわね……」
そう小声で言うと、元の位置に戻す。
呆気にとられていると、パルスィは、燐とこいしに質問していく。
「ねえ、貴方達はどうしてここに来たのかしら? その面持ちじゃあ酒を買いに来たという訳ではないのでしょう?」
そう言いながら自分の持っている小さな酒樽を持ちあげる。
こいしと燐はお互いに顔を見合って頷き合い、返答していく。
「実はこいし様と私は、耕也の仕事探しの手伝いに来たんだよ。それでどこも雇ってくれないから最後の頼みとして此処に来たという訳さ」
その言葉を聞くと、少し考えながらこちらの方を見てくる。
そしてパルスィは店の奥と俺とを交互に見ながらやがて口を開く。
「ふ~ん、人間の貴方がねえ……。まあ、今日は気分も良いし、店主に口利してあげるわ。此処の店主とは結構仲がいいのよ」
俺はその願っても無い提案に即座に頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「はいはい、頭を下げるのは雇ってもらえてからにしなさいな」
そう言いながら店の奥に入っていく。
「おじいさん今平気? ……耕也、ちょっと来てもらえるかしら?」
小さな声とともに俺が呼ばれる。
「はい、今行きます」
そう言って店の中へと入っていく。店の中は様々な酒が並んでおり、中にはワイン樽よりも大きいモノまであるという結構な店。
流石に古い店だという事だけあって扱う酒も豊富なのか……。
俺はその種類の多さに感心しながら店の奥へと歩みを進めていく。
中にいたのは、年老いた狸の妖怪であった。
俺の姿を見ると、少しだけ警戒したが、俺に敵意が無い事を察知するとすぐに警戒を解いてくれた。
「人間の御若いの。此処で雇って欲しいそうじゃな?」
そして俺が側に来たと同時に単刀直入に俺の要望を言ってくれる。パルスィが教えてくれたのだろう。
「はい、ぜひ。よろしくお願いいたします」
すると、少しだけ震える指を前に出して先ほど見たワイン樽よりも大きな酒樽を指差す。
「若いの。お前さんはアレを持てるかの? 持てたら即採用してやろう。……最近は腰が少し悪くなってな。前なら持てたのだがの」
俺は即座にそのお爺さんの要望にこたえるべく返事をする。
「はい、もちろんできます」
そう言って酒樽の場所まで行き、生活支援の力によって軽々と持ち上げてゆっくりと降ろす。
「これで宜しいでしょうか?」
そう言うと、お爺さんは満足そうに微笑み、この日一番うれしい事を言ってくれた。
「雇ってやろうかの」