東方高次元   作:セロリ

7 / 116
7話 話し合おうよ。ね? ね? ……

俺が生贄にならなかった場合って、豊作になるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当初の予定通りに俺たちは、中央の里へと着いた。里長の家に着き、中へと入ると各集落の長が一堂に集まっていた。

 

皆真剣な顔をしている。神聖な儀式なので当然でもある。そして何より、一人の命を犠牲にしてこの地を存続させるのだから。

 

それからしばらくの沈黙の後、里長が口を開く。

 

「さて、耕也君といったかな? 君は旅人ではあるが集落に良く尽くし、最近はこの地に根を生やしたようだね。そして、本来ならば生贄の儀式はこちらの選出した者が生贄となるはずだった。

しかし今年に限ってはなぜか洩ヤ様御自身が選出なされた。できる事なら君を選ぶべきではないのだが……。本当にすまない」

 

そういって長は深く頭を下げた。それに習って他の長達も頭を下げる。

 

しかし俺は「頭を上げてください」と前日に長に言ったことと同じ事を言って頭を上げさせる。

 

それからは話がとんとん拍子に進んでいく。

 

儀式にはどのような服装をしていくや心構え、姿勢、遺言等など面倒くさいことこの上ないが、仕方がないと納得し素直に聞く。

 

また、人生最後なので豪華な食事と酒が振る舞われた。念のため酒は飲まない。今後起きるであろう事態に正確に対処できるようにするためだ。

 

例えば諏訪子と交渉、もしくは戦闘になる可能性もあるからな。

 

まあ、そんなこんなしているうちについにその時が来てしまった。儀式の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央の里の森の奥にある大きな社。それが生贄を捧げる際に使用する場所らしい。そこに諏訪子の本体がいるとのこと。

 

宴の時は分社のようなものだったらしい。分社にしては普通の神社に勝るとも劣らない大きさであったが。

 

そして俺は白装束を着て、何らかの石で作ったのであろう首飾りをする。

 

「準備は良いかね?」

 

そう里長に声をかけられ、俺は

 

「はい」

 

と静かに返事をする。

 

その声の小ささに、気の毒な事をしたという表情が見てとれる。

 

気にせんでもいいと言ったのに。と思うが、立場が逆なら同じ事をしていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

俺は神輿のようなものに担がれ、社へと向かう。両脇には松明を持った長などの重鎮が列をなし、歩いていく。

 

社に着くまでの間、俺は次のような事を考えていた。

 

(さてさてどうしたもんかね。俺が生贄にならないとここは不作になるだろうし、かといって死にたいとは思わない。

実際のところ、諏訪子は俺に対して危害を加えることは事実上不可能だろう。俺が死なないで村が豊作となる。

これが理想だが、まあ無理だろうなぁ。長年続いてきた習慣を俺だけ無効にしてくれなんて通るわけがない。あまりにも都合が良すぎる。

ましてや俺は旅人という設定なのだから口をはさむ権利すらないだろう。郷に入れば郷に従え……か。何とか折衷案を出せないものか? う~ん、困った。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう俺が思考していると、いつの間にか社に着いてしまった。

 

担がれた神輿は社手前まで持っていかれ、降ろされる。俺以外の者たちが土下座の格好をする。

 

そして、皆の体勢が整ったところで里の長が諏訪子に対して嘆願の文を述べる。

 

「洩ヤ様! またこの季節がやってまいりました。稲作の季節でございます。どうか、今年も変わりのない豊作を。どうかお願いいたします。

そのための贄をここに用意してございます。洩ヤ様の御所望しました例の男にございます。どうか我々の変わりなき信仰の証として、この男をお納めください。」

 

そして一同が

 

「「「「どうか、お納めください」」」」

 

と、声をそろえて言う。

 

しばらくすると社の中から声がしてくる。頭の中に直接響いてくるような声だ。

 

「よかろう。今年の豊作、約束しようぞ」

 

その言葉を聞いた一同は、再び地面にめり込む勢いで頭を下げる。

 

そして諏訪子が

 

「さがるが良い。苦労であった」

 

と労う。

 

そこで全ての儀式が終了し、俺を残して皆帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたりに静寂が訪れる。まるで森が死んでしまったかのような静けさだ。

 

あまりにも静かすぎて居心地が非常に悪い。そして正座のままなので足がしびれそうだ。

 

俺がしびれを切らしかけたところで、ようやく諏訪子が姿をあらわす。

 

やはりあの時と、そしてゲームと変わらない姿である。

 

皆には、黒く禍々しい巨大なカエルに見えるのだろうが。おそらくそれは畏れと信仰からくるものなのだろう。

 

俺と諏訪子の視線が交差する。まるで、そこらへんに転がっている石を見るかのような目で。

 

やはりこの時代の神と人の差というのは絶対的なのだろう。神が人を生かしている。そんな考えが常識なのだろう。

 

本来ならば逆だというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、30分ほどの時間が経過したころだろうか。

 

諏訪子がおもむろに尋ねた。

 

「お前は何者だ?」

 

と。

 

それに対して俺は「ただの旅人にございます」と、当たり障りのないよう回答する。

 

しかし、諏訪子は俺の嘘を完璧に見通していたようだ。

 

「嘘を吐くな。……お前は旅人ではないだろう? 」

 

嫌な笑みを浮かべながら追撃の言葉を言った。

 

「普通の旅人ならば、突然あの丘に現れたりはしないだろう?」

 

いやはや、すごいな。全部お見通しってわけか。

 

さらに

 

「あの時のお前の無様な姿は二度と忘れられん。あの木端妖怪に泣きわめく姿なぞ、傑作だったぞ」

 

と露骨に挑発をしてくる。

 

それを聞いて内心俺はかなり、というか相当イライラしてきたのだが、理性で抑え諏訪子に問う。

 

「洩ヤ様。早く儀式を終えてしまいませんか? 私のような有象無象の相手を気にするほどお暇ではありますまい。それとも、私を生かして豊作にしてくださるのですか?」

 

と、少し願望を織り交ぜながら質問する。

 

それを聞いた諏訪子は笑いながら

 

「フフフ……。まあいい。どうせ無駄だろうがな」

 

と言いながら配下のミジャグジに「奴を食らえ」と指示を出す。

 

命令に忠実に従ったミジャグジは俺に対して口を大きくあけながら襲いかかってくる。

 

ミジャグジは、元々蛇のようなそうでないような形だったため、さらに蛇じみて見える。

 

俺はゆっくりとその様を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果は俺の予想が見事的中。ミジャグジは俺を食らう事ができず、逆に跳ね飛ばされてしまった。

 

それを見た諏訪子は「予想通り」と言わんばかりの顔をしていた。

 

続いて

 

「私はお前がここに至るまで四六時中監視の目を光らせていたのだからな。これは想定の範囲内だ」

 

と言葉を口にする。

 

そして

 

「お前を殺す手段は私にはない。どうする? 迷い人よ。これはお前の首を自分で絞めている行為になっているのだ」

 

そんなことはとっくのとうに分かっている。

 

今の俺には居場所が無い。いや、正確にはあった。が正しいか。

 

しかし、鬼の首を取ったかのような言い草だが諏訪子にも穴がある。さて、素を出すとしましょうかね。

 

「なら、お前はどうなんだ? 俺が里まで降りて生きている事を証明し、さらには生きている理由を特別扱いにしてもらった。などと言ってしまえばお前の信仰はがた落ちだぞ?」

 

そう、これは生贄の公平性が失われてしまうところを突き付けた結果になる。

 

これでどのみち諏訪子と俺は住民の怒りを買う事になる。

 

なぜお前が生きている!? なぜ洩ヤ様は今まで人を生贄に捧げさせたのだ!? といった具合に。

 

さてこれなら両者とも折衷案を飲まねばならなくなる……はず。

 

意外にも諏訪子の口から折衷案が出る。

 

「ほう、ついに素を出したか、まあいい。……仕方がない。あ奴等の要求は飲むとしよう。しかしお前は死んだ身であり、この世には存在しないことになっている。

奴らに存在がばれるのもこちらとしては非常に面倒くさい。ならばお前はここで暮らすといい。耕也よ」

 

折衷案ではなくかなり理想案に近い結果になった。

 

俺が安堵していると、諏訪子が突然

 

「お前の目には、私はどう映る?」

 

少し影のある表情で、しかし答えは分かっているといった感じの不敵な笑みを浮かべて尋ねてくる。

 

そして俺は、ああ、存外こいつもさびしがり屋なんだなと思う。やはり人妖神問わずに一人はさびしいのだ。

 

人間から信仰される存在だとしても、それは恐怖と畏れからであり親しみを持ってはいないのだ。

 

配下のミジャグジ達も王と臣民の関係なのだろう。王は孤独とはよく言ったものである。

 

だから俺は素直に、しっかり伝わるように、真心を込めて、しかし遊び心も少し混ぜて言った。

 

「はてさて、洩ヤ様は黒くて禍々しいカエルだと長達は言っていたが、どういう事だか俺の目の前にいるのはかわいい帽子を被った美人さんなんだけど?」

 

自分で言ってて恥ずかしい。キザすぎて死にたくなる。だが表情には出さない。

 

諏訪子は俺の言葉を聞いて、無表情に。そして顔を赤くしてトレードマークの帽子を深く被りそっぽを向く。

 

そして

 

「バカ者……」

 

と小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。