東方高次元   作:セロリ

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70話 味付けは適度が一番……

砂糖を先に入れよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「耕也、これらを向こうの棚に仕舞っておくれ」

 

「はい」

 

そう言いながら酒樽達を棚の上へと持ちあげにかかる。持ちあげの対象となるこの樽の重量は、それぞれ大凡20kgを越えるあたりであろう。

 

しかし、この酒樽は鎌倉末期に登場する結樽とは違いもっと粗末なモノの為、扱いには注意が必要とのこと。まあ、それでも落とさなければいいらしいのだが……。

 

俺は樽を壊さないように十分に留意しながら脚立に乗りながら棚へと上げてやる。

 

現代に使われる金属製の安定な脚立を使用しているとはいえ、上を向きながら作業をするとどうしても不安感が高まってくる。

 

人間の心理というモノはどうしてか、絶対に怪我をしないと分かっているにもかかわらず、落ちたらどうなってしまうのだろう? や、落ちたら痛いだろうな。といった事を頭に浮かべてしまうのである。

 

そんなこんなで作業を終えると、おっかなびっくりに手をピクピクと震わせながら脚立の最上部を掴んで姿勢の安定性を高める。

 

本来なら飛んだ方が確実で楽なのかもしれないが、店内で仕事中に飛んでいる所を客に見られでもしたら悪印象を持たれる可能性もあるし、何より下品な気がしてならない。

 

とはいっても、俺がこの脚立を使って働いている姿が上品かというと……んなわきゃあない。

 

ただ、飛びながら働くよりはまだマシといった感じである。

 

「おお、耕也。終わったら配達に向かってくれんかの?」

 

この酒屋の店主である狸の妖怪の化閃は、腰を悪くしているらしく、自分の身長よりも高い所に商品を上げられないらしい。

 

しかし、質の良い酒を造ることで有名な化閃の店は、当然のことながら人気があり、本人の体調に関わらず客が来る。

 

本来ならば店を畳むべきだと本人は判断していたようだが、偶々俺が来たものだから渡りに船という事で採用をしてくれたらしい。

 

確かに人口が少ないこの地底では、建築関係に人が取られてしまう事が多いので、中々此処に雇ってもらおうと言う人がいるとは思えない。

 

ただ、雇い入れてもらう時に聞いた事だが、人間の俺を雇っても問題ないのか? という質問については

 

「味が落ちなければ大丈夫」

 

という自信満々の一言で、けりがついてしまった。……まあ、この店にとっては俺は刺身のパックについてるタンポポのようなもんだし、影響が少ないと言えば少ないかもしれないが…。

 

少しだけため息をついてから、俺はその考えを頭の隅にやって化閃に返事をする。

 

「はい、化閃さん。今行きます」

 

そう言いながら俺は脚立から少しだけ重力に従いながら降りる。

 

脚立の段から降りた瞬間に嫌な鈍痛が腰に響く。……これはちょっと痛い。

 

少しだけ腰を摩りながら原因を思い出していく。

 

症状としては殆ど問題ないのだが、……原因としてはアレのせいである。そう、藍達との再会の後である。

 

あの後は本当に神経が焼き切れそうになった。あそこまで焼き切れそうになって目の前が真っ白になったのは初めてである。

 

藍の言うとおり、壊れはしなかったが……。

 

翌日が定休日であった事が幸いであったが、次の日は一日中頭が疲労でボーっとしてしまって動けなかった。

 

それでも色々と補助してくれた彼女らには感謝をしているが。

 

腰痛の原因を思い出しながら、先ほどよりも痛みが引いてきたため、腰を摩るのをやめて化閃の方へと近寄って配達物を受け取りに行く。

 

「耕也、この三つの酒樽を、配達してくれ。場所は此処と、此処と、此処じゃ」

 

そう言いながら今回の配達場所の指定を地図を参照しながら教えてくれる。

 

場所は……飲み屋2軒に……地霊殿か……。

 

念のために口頭で再度場所を確認していく。

 

「この飲み屋の2軒と、地霊殿ですね?」

 

確認を終えると、俺の言っている事が合っているようで、すぐに頷いてくれる。

 

「そうじゃ。よろしく頼むぞ?」

 

そうして了解を得た俺が荷物をジャンプしてそれぞれの所に運ぼうとした時、化閃は何かを思い出したように手をポンと叩き合わせて、話し始める。

 

「忘れておった。今日はこの配達が終わったらもうおしまいで良いぞ。だから終わったらそのまま帰ってもらって構わん」

 

俺は特に何の疑問も持たずに、その場で了承する。

 

「あ、はい。わかりました。……では、行って参ります」

 

「頼んだぞ」

 

その言葉を背中で受けながら俺はジャンプを開始していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「化閃の酒屋から御注文の御酒をお届けにあがりました」

 

俺が飲み屋の裏口から声を掛けると、従業員が顔を出して俺と酒に視線を交互させる。

 

最初俺を見た従業員は、先日の事もあってか俺を見ると眼を少し見開き、驚嘆するような表情を見せるが、そこは流石に接客業に就いているためか驚きを即座に抑えて応対してくる。

 

「おう、新入りか。……酒は俺が預かる」

 

そう言いながら店内を一瞬だけ見渡しながら、俺に向かって両手を差し出す。

 

おそらく店内の棚まで入れるのが俺の仕事なのかもしれないが、この従業員は察してくれたのだろう。

 

俺はその差し出される両手に樽を渡し、感謝する。

 

「ありがとうございました」

 

そういうと、悪い気はしなかったようで、少し口元に笑みを浮かべながら俺に対して返答してくる。

 

「まあ、次も頼む」

 

そう言いながら扉を閉め、中へと作業しに行く。俺は少しだけその場で礼をしてからまた別の配達に向かって行く。

 

意識を集中させ、その目的地に向かってジャンプを開始する。

 

少しだけ体力が削られ、その疲労感に少しだけ嫌気がさしながらも、移動手段としてはそれが一番であると考えながら次の店の前へと立つ。

 

配達物が無いのならチンタラ飛んでも良いのだが、迅速に運ぶ必要がある上に、飛んでいる最中に落としてしまったら大変である。

 

なら体力が削られても極力低リスクなジャンプを行った方がマシである。

 

俺は目の前の店の様子を見ながら色々と配達方法について考えて行く。

 

2軒目は先ほどの店よりもこじんまりとしてはいるが、客は先ほどの店よりも多い。

 

しかし、さすがにこの楽しげな雰囲気を俺が壊しに掛かるわけには行かないので、裏口に回って商品を届ける。

 

「化閃の酒屋から御注文の品をお届けにあがりました」

 

先ほどと同じ言葉を言って店員が開けてくれるのを待つ。

 

その場で待ちながら、次の配達先の事を考えておく。とはいっても地霊殿なのでそこまで緊張する必要はない。

 

しかし、そこである事に気がつく。まだ地霊殿に礼をしていないな。と。

 

地霊殿は俺が宿なしの頃に泊めてくれた場所であり、燐たちは俺の就職を補助してくれた恩人たちの住居である。

 

流石に此処までしてもらいながら礼をしないのは、常識的に不味いモノがあるだろう。

 

だから、今回注文された酒にもう5本の1升瓶を足してやろうかな? と、思うのである。

 

そして礼という事を考えている間にもう2つ御礼をしなければいけない所がある事に気がついた。

 

それはヤマメとパルスィの所である。

 

ヤマメは俺が途方に暮れていた所を種族の違いがあるにもかかわらず、快く宿を貸してくれた方である。

 

これも礼を近々しなければ失礼にあたるであろう。

 

そして最後にパルスィは、俺が就職に困り果てていた所を化閃に口利して助けてくれた恩人である。またこれも礼をしなければ人として失格であろう。

 

さて、二人にはどういった品を持って行くべきかを考えつつ、店員が出てくるのを待つ。

 

先ほどの考えから少しの時が経ち、扉がゆっくりと横に引かれて開かれる。

 

出てきたのは、岩の妖怪。…………そう、岩の妖怪である。

 

ただ、岩といっても人間とあまり変わらないような体格であり、肌は堅そうではあるがその指先の細さも人間と変わらず、柔軟性に富んでいるようにも見られる。

 

そして岩の体格であるのだからもちろん体毛といったものは一切存在せず。ただ口と鼻のような出っ張り、そして大きな一つ目がその顔に鎮座しているだけであった。

 

もちろん妖怪なので見た目は、一般人から見れば怖いものがあり、俺としても少しではあるが心に動揺が現れてくる。初めて見た衝撃というやつであろう。

 

しかし、長い間陰陽師をやっていたためなのか、声や表情には出す事は無く、人間に接するように表情を朗らかにして応対する。

 

「こんにちは、化閃の酒屋から来ました者です。商品の納入に参りました」

 

しかし、此方が努めて笑顔で挨拶しても、相手が同じように挨拶してくれるとは限らず。

 

相手の妖怪は、俺の顔を見るなりそれまでの無表情を一気に崩し、恐怖の色を浮かべ始める。

 

そしてそのまま足を滑らせてしまい、裏口ですっ転んでしまう。

 

俺はその事にただ唖然とするしかなく、岩の妖怪が立ちあがるのをただただ見守ることしかできなかった。

 

岩の妖怪は慌てて立ち上がろうともがき、立ちあがるのに数秒要してしまう。

 

漸く立ち上がった妖怪は俺の方を見ながら再度恐怖の色を浮かべ、後ろの扉に手を掛けて後ずさる様に身体を傾け始める。

 

そして俺の表情を見るなり一言。

 

「あ、あんたは……。お、俺を殺すのか?」

 

その言葉を聞いた瞬間に俺の頭の中には、疑問符が溢れ返ってしまったかのように感じた。

 

………………は? と。

 

しかし、心当たりはある。次の二つのどちらかか、両方の理由が当てはまるのだろう。

 

一つ目は、俺が地底に来た時に襲いかかって来た妖怪との戦闘。あれは俺が唯単に降りかかる火の粉を払っただけではあるのだが、それを見て勘違いした可能性があるという事。

 

二つ目は、俺は戦闘に直接的に関わってはいないが、紫達が地底で行った一方的な戦闘行為。俺の為にやってくれた事なのだから責めはしなかったが、その事が起因している可能性があるという事。

 

そしてその両方を見たという可能性もある。

 

どちらにせよ今の俺には、それをなかった事にする事はできないし、それを弁解せずに商品だけを渡して帰ることなんてできはしない。

 

商品だけを渡して帰ったら酒屋のイメージがとんでもなく悪いモノになってしまうだろうし、そんなことになったら俺は化閃に対して顔向けする事ができない。

 

ならば俺がする事はただ一つ。この悪いイメージを払拭する事のみである。

 

俺は、できる限り真面目な表情をし、深く深くその場で頭を下げて弁明を始める。

 

「先日の騒ぎにつきましては、全ての責任の所在は私にございます。この度はお騒がせして大変申し訳ございませんでした。……また今回は、地底での生活を始めるにあたりまして、化閃様の酒屋にて働かせていただいております。ですが、化閃様への御信用を落とさぬよう努めて参りますのでどうぞよろしくお願いいたします」

 

そこで息を吐いてから、また深く吸い

 

「今後とも、どうか化閃の酒屋をよろしくお願いいたします」

 

そこまで言ってから少しの間を空けて顔を上げる。

 

すると、先ほどの恐怖の色を浮かべていた妖怪は、俺の態度に驚いてしまったのか唖然としてしまっている。

 

俺はその様子を見て思わず、逆効果だったか? と、焦ってしまう。

 

しかしそれは次の妖怪の一言で杞憂に終わった事が分かった。

 

「あ、ああ、すまん。いや、少し動揺してしまっただけでな……。そ、それで商品はこれか?」

 

そう言いながら俺の横に置いてある商品を指差す。

 

俺はその視線に釣られるように目線を合わせ、慌てて酒樽を持ちあげて渡す。

 

「申し訳ありません。此方が商品となります」

 

すると、妖怪は俺から受け取った酒樽を持ち上げて、周囲を見て行く。

 

どこかに破損部分があるかどうかを確認しているのだろう。しかし、今回初めての配達だから、最新の注意を払ったので傷はついてはいない筈。

 

俺の推測は当たっていたようで、目の前の妖怪はホッとしたような表情を浮かべ、おっかなびっくりに俺の肩をポンポンと叩いて

 

「お、お疲れ。まあ、暇があれば飲みにくればいい。悪いやつではなさそうだしな……」

 

と、労いと、何とも嬉しい事を言ってくれる。

 

俺はそれに感謝をしながら

 

「ありがとうございます。今後も何卒よしなに」

 

そう言って再び俺は名も知らぬ妖怪に向かって礼をする。

 

妖怪は、再び俺の肩をポンポンと叩きながら扉の奥へと入っていく。

 

俺は扉が完全に閉まるのを待ってから、顔を上げる。

 

「……何とか大丈夫かな?」

 

そう小声で言って次に向かう為に最後の酒樽を持ち上げる。

 

そして再び意識を集中させて地霊殿に向かってジャンプする。

 

先ほどの酒屋から一気に地霊殿の玄関まで移動し、目の前に大きな扉が現れる。

 

俺はその事を目で確認すると、金属製のドアノックハンドルを掴み、ガツンガツンガツンと3回ノックをして応対を待つ。

 

その応対を待つ時間、誰が応対してくるのかを楽しみに待つ。

 

俺の予想としては、燐の可能性が一番高い。次に空。三番目にこいしで最後にさとりといった感じであろう。

 

他のペットは……皆唯の動物だし来ないとは思うが…。

 

そんな事を考えていると、目の前の扉が開かれ、ひょっこりと顔をのぞかせる。

 

俺の予想は少し外れていたようで、応対したのは空であった。

 

空は俺の顔を見るなり

 

「おぉ~~~……耕也か…」

 

と、素っ頓狂な声を上げて扉を全開にする。

 

扉を開けた拍子に大きな胸が揺れ動き、目線が自然とそこに注がれてしまう。……仕方が無いと言えば仕方が無い。こんなに大きな胸なら見ない方が失礼にあたりそうである。

 

何とも変態的な思考をしながら、俺は応対してくれた空に向かって商品の配達完了を告げる。

 

「こんにちは、空さん。御注文の品をお届けに上がりました。ご確認の程をよろしくお願いします」

 

努めて笑顔で話すと、空は何か変なモノを見るかのような目で俺の方を見ながら、商品の確認をする。

 

もちろん商品とは、例の酒樽に御礼用である一升瓶の清酒を5本だ。

 

俺の働く姿はそんなに変に見えるのだろうか? と、少し自信を無くしてしまいそうになる。まあ、見てしまったし仕方が無いのかね。

 

そんなしょうも無い事を考えながら、空の確認の終了を待つ。

 

しかし、この酒を見ながら空は首を傾げるばかりで一向に終わる気配というモノが見えてこない。

 

そしてしばらくそれが続いていくと

 

「……わ、わっかんない…。……お燐~~~~っ!」

 

根を上げて燐に助けを求める。

 

すると、眉毛をへの字にしながら燐が俺達の方へと歩いてくる。

 

その表情は先ほどのへの字に加えて、またか……。とでも言いたそうなオーラが溢れている。

 

しかし、俺の方を見ると、そのへの字を一気に笑顔をへと変えて、駆け寄ってくる。

 

「お、なんだいなんだい? 立派に仕事してるじゃないか~っ!? お姉さん安心しちゃったよ!」

 

そう言いながらバシバシと俺の背中を叩いてくる燐。

 

俺は背中を叩かれながらも燐に向かって笑いながら返す。

 

「ははは、御蔭さまで何とか頑張れています。ありがとうございます」

 

そう言いながら俺は燐に向かって礼を述べる。

 

そして商品を渡し、確認を行ってもらう。

 

「今回御注文の商品がこれですね。……それとこれはささやかな御礼といいますか……。御口に合うと宜しいのですが…」

 

そう言いながら瓶を渡す。

 

燐は瓶を見て、そのガラスの透明さに驚く。

 

「な、なにこれ~……。お空、見てごらんよ。こんな入れ物あたい初めて見たよ!」

 

そう言いながら瓶を空に見せる。すると、鴉の類であるせいか、光りモノには眼が無いようで、眼を先ほどとは打って変わってキラキラ輝かせながら瓶を見る。

 

「え、え、え? これ御酒が入ってるの? キラキラした入れ物に御酒が~……」

 

飲みたい飲みたいというオーラを出しながらその場で空は小躍りする。

 

何だか新鮮だなと思いながら、俺は燐に話しかける。

 

「あの、燐さん。さとりさんとこいしさんにも礼を言いたいのですが……」

 

そういうと、燐は困った顔をしながら手をツンツン合わせるように動かす。

 

その後、眼を少しだけ泳がせながら、やがて言葉を紡ぎだす。

 

「あのね……さとり様は今客人が来てるから取り込み中でさ……。こいし様はどこかに居るのか分からないのさ」

 

そう言いながら耳を少しだけ垂れさせる。会わせられない事を申し訳ないと感じているのだろう。

 

俺はそんなに気にする必要はないと、燐に安心させるように言う。

 

「あ~……、でしたら、また日を改めて御伺いしますので」

 

そう言いながら、俺は帰る支度を始める。

 

しかし、意外にも空が俺の服の袖をつかみ、帰ろうとするのを制止する。

 

「ねえねえ、……あのさあ、前にお燐が言ってたんだけど、その、耕也の作るごはんがおいしいって。だから、作ってもらえない?」

 

その言葉に燐は、便乗するかのように俺の袖をつかんで眼を輝かせながら言ってくる。

 

「それが良いよ耕也っ! 夕食時になれば流石にさとり様も話を止めるだろうから、あたい達の為にも作っておくれよっ! ……お燐良く言った!」

 

そう言いながら俺を引っ張っていく燐。空も便乗して俺の背中を押してドンドン中へと入らせていく。

 

結局の所、俺に拒否権なんてものは存在しなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さとり、最近の地底の治安、管理等はどうですか?」

 

私は目の前にいる心を読む妖怪、さとりから現時点での地底の治安等の管理について聞いていく。

 

最近どうも諍いが起こったようなので聞きに来たのだが、特に街を見る限りではそこまで激しい戦闘があったようには見えない。

 

ただ、その諍いの際に強大な力を持つ3妖怪が押し入ってきたというではないか。……閻魔として、流石にそんな横暴を見過ごしているわけにはいかないので、私は来ざるを得なかったのだ。

 

さとりは私の質問に特に動揺する事も無く、真実のみを淡々と話していく。

 

「特に支障を来たす程の事件が起こったという訳ではありません」

 

「では、諍いに関係していた妖怪は?」

 

「名前まで知りませんが、強大な力を持ったという事だけしか……」

 

名前までは知らないか……。しかし、大体の予想はつく。おそらく此処に来るまでに感じ取った妖気を分析すると…………八雲紫であろう。

 

あの何時までも残りそうな粘っこい妖気はあの八雲紫しかいない。……しかし、一体何のために?

 

八雲紫がここに来る理由が分からない。

 

私は茶を啜りながらさとりの表情を伺い、さらにはこっそり浄玻璃を使用しているのだが、一向にその手掛かりがつかめない。

 

いや、ちょっと待って? いま、浄玻璃に何かもやが掛かったような……?

 

そう思いながらチラリと視線を下に移して確認を行う。……何も問題はない。気のせいか。

 

「四季様、私は浄玻璃を使わずとも嘘は吐きません。ご安心を」

 

やはり心を読んでいたのか……。

 

心が漏れないように力で保護して殺していたのだが、さすがに今の一瞬の動揺だけは見抜かれてしまったようだ。……情けない。

 

しかし、このままでは埒が明かない。一応この地底は安定はしてはいるが、封印された危険な妖怪達がいるのだ。均衡が崩れてもおかしくはない。

 

ただ、何のために来たのかそれが知りたい。彼女達の興味を強烈に引き付ける何かを。でなければ、地上の妖怪がこんな地底くんだりまで来るわけが無いのだ。

 

私がその事を聞こうとさとりに向かって口を開こうとしたとき、眼の端に何かが映った。

 

……………?

 

私はそれに何故か興味を惹かれ、その端に映ったモノを視界の中央に収める。

 

空調の為に開かれた扉は、私の興味を惹いた者を余さず目に届けてくれるため、容易にその姿を特定する事ができた。

 

普段ならいる事のない者。この地霊殿に居るはずのない男。

 

だが私の目は数秒ながら、その男がさとりのペットである、燐と空と共に楽しそうに歩いていくのをこの目で捉えたのだ。

 

おかしい。……おかし過ぎる。よりにもよって何故人間がこの地底に? しかも妖怪ですら近寄らないこの地霊殿に?

 

だが、この私の視線の移り変わりがさとりの動揺を誘ったようだ。

 

さとりが私の視線の方向に合わせたと同時に、明らかに表情に動揺が現れたのだ。

 

この瞬間に、私はさとりがあの男について何かを知っているという事を確信した。

 

だから

 

「何故、人間がこのような場所に居るのですか?」

 

そう言って、彼女から白状するように差し向ける。

 

すると、ゆっくりと視線をこちらに合わせて、少しだけため息を吐きながら私に向かって話し始める。

 

「最近地底にやって来た人間の男です」

 

さとりが話し始めると同時に、私は心の中である確証に近い疑問が出てくる。

 

八雲紫達が来たのはこの男に関係があるのではないだろうか? と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっれ~~? おっかしいな~……こんなになる筈じゃあなかったんだけども」

 

簡易ガスコンロの上に乗っかっている鍋と睨めっこしながら思わず呟いてしまう。

 

燐と空に頼まれた料理は、途中までは上手く行ったのだが、最後の一品で躓いてしまった為である。

 

レシピとしては、和風っぽくアレンジした豚肉のピカタに油揚げともやしの味噌汁。白米に高野豆腐の煮物なのだが……。

 

念のためにお玉でもう一度だけ汁を少々掬って小皿に移し、味見する。

 

「いや~、味としてはあってるんだけどなぁ~……」

 

何故か高野豆腐の煮物で失敗してしまったのだ。……失敗した事が無い料理なのにもかかわらず。

 

そこで煮物の甘い香りに誘われてきたのか、燐が尻尾をユラユラさせて、耳をピクピクさせながら近づいてくる。

 

そして鍋の中を見るなりこう言いだした。

 

「耕也耕也。一体何を失敗したんだい? あたいにも味見させておくれよ」

 

そう言われちゃあしょうが無いと、俺は小皿に汁を移して飲ませる。

 

「……おぉ~、干しシイタケの味がよく利いてるじゃないのさ。初めての味だけど。……で、どこが失敗なんだい?」

 

汁に失敗点はないのだ。そう、味は完璧。だが、高野豆腐に問題があるのだ。

 

燐がどうしても食べたそうにするので、俺は小さく切り分けたうちの一つを小皿に乗せてやり、箸を持たせてやる。

 

すると、丁度良い温度になっていた高野豆腐を一口で放り込む。

 

最初の方は高野豆腐から滲み出てくる汁のうまみで満面の笑みを浮かべているのだが、時間が経過するごとに顔が悲しみに変わってくる。

 

そして何回も噛んで漸く飲みきった後に出てきた言葉が

 

「なんかモソモソボソボソする~……」

 

これである。

 

そう、何故かスポンジのような感触になってしまったのだ。

 

調味料は特に間違ってはいないのにも拘らず。しかも煮る時間も適切であるため、その要素が見つからない。

 

しいたけの煮汁は毎回使用するため、固くするような要素はない。では一体何で?

 

俺はしばらくその場で考え込んでしまう。

 

……あ? ちょっと待てよ?

 

唐突に疑問が浮かんできたので、使用した調味料を机の上に出していく。

 

砂糖、醤油、みりん、塩。

 

それらを出してしばらく睨めっこしていると、答えが出てきた。

 

「あ……やっべぇ。砂糖先に入れるの忘れてた」

 

高野豆腐の煮物は、調味料を入れて行く際に砂糖から入れて行くのが一番良いのだ。醤油や塩などの塩分系は後から入れないと、高野豆腐を固くしてしまう。

 

俺は今回それを怠ってしまい、全部の調味料を同時に入れてしまったのだ。

 

「あ~……燐さん。砂糖先に入れるの忘れてました。……固くなった原因はこれですね」

 

と、そこで隣から声が掛かってくる。

 

「あら、味見をさせてもらえるかしら?」

 

俺は何の疑問を持たずに小皿に移した汁を視線を鍋からずらさずに渡す。

 

「また燐さんですか? 失敗作なのでいくらでもどうぞ。作り直しますしね」

 

そう言いながら鍋の移し替えを行おうと鍋を持ち上げようとする。

 

そこである違和感に気がつく。

 

……? あれ? 何か妙に燐の声がハスキーっぽいような?

 

「あら、御上手ですね」

 

その声に俺は疑問を持ちながらゆっくりと顔を向ける。

 

「あの……燐さん。……妙に声がハスキー……」

 

視線の先にいたのは燐ではなかった。

 

俺は燐でなかったという驚きと、目の前にいる人物の姿の二重に驚いてしまい

 

「いぃっ――――――!?」

 

と、変な声を上げてしまう。

 

法の平等性を表す金属の飾りがついた帽子。

 

衣服に狭そうに圧迫されている毀れんばかりに大きな胸に、安産型の腰に太もも。

 

その姿は衣装と相まって非常に妖艶であり、見るモノを魅了し圧倒するであろう。

 

そしてまたその顔は、閻魔という役職が誇り高きものである事を強調するかのように綺麗であった。

 

俺の目に映る女性は紛れもなく、幻想郷での死後をさばく閻魔の四季映姫・ヤマザナドゥであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして大正耕也。少しお話を聞かせて頂けないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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