東方高次元   作:セロリ

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73話 報告忘れてたよ……

何か忘れていると思ったらこれだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずい、これは非常に不味い。

 

よりにもよって何でこんな時に紫が来るのだろうか? これはもう……いや、まだ詰んではいない。なんとか俺がこの場を収めればいけるはず。

 

紫と映姫だけなら何とかまだ収拾はつくはず。

 

紫の発言を耳にしながら俺は映姫の様子をうかがう。映姫は、紫の言葉を聞いた瞬間に驚きの表情を浮かべ、その直後には顔を歪ませて怒りの表情を露わにする。

 

また、その表情の変化に伴って握られていた真新しい悔悟棒がミシミシと悲鳴を上げ始める。

 

あの頑丈そうな悔悟棒がいとも簡単に軋み始めるのだ。並大抵の力ではあるまい。もちろん人間の力の範疇を超えているであろう。

 

その軋み具合に思わず目を細めてしまう俺だが、とりあえず何とか事態を収めようと口を開く。が、先に言葉を発したのは映姫であった。

 

「耕也の夫……? やはり貴方達が耕也との密通をしていたのですか……」

 

その言葉を聞いた紫は、何とも心地よさそうな顔をしながら頷いていく。

 

まるで映姫の咎めるような言葉が自分にとっては称賛の言葉に聞こえるかのように。

 

紫は、映姫の言葉を聞き終わると、笑みを浮かべながら言葉を返していく。

 

「ええ、密通……実に良い言葉ですわ。ふふふ、私の夫なのだから密通するのは当然の事でしょう?」

 

再び夫という言葉を聞いた瞬間に俺の顔が熱くなるのがよく分かる。嬉しくて、恥ずかしい。まさにこんな感じであろう。

 

ただ、この言葉を反芻しているうちに、紫にある変化が起こった。いや、正確に言うと紫の後ろからだろうか?

 

異様な気配が近づいてくる。

 

紫は、俺や映姫よりもその事に早く気が付いていたようで、しまったという表情を浮かべる。

 

そしてその気配が言葉を発した。

 

「ゆ~か~り~……? 一人で何暴走してるのかしら? 正妻は私だと言っているでしょう……?」

 

「紫様……例え主でも抜け駆けは許しませんよ? 私の夫でもあるのですから」

 

そう言いながら紫の両脇から上半身を出してくる2人。

 

もちろんその姿は、幽香と藍であった。2人は、紫を睨みつけながらもスキマを抜けて畳の上に降り立つ。

 

紫は、後ろに立った2人に対して口を引き攣らせながら笑いかけ、手を振る。

 

「い、いやねえ。妻の一人って言っただけよ? ……勘違いしないでもらいたいわ。幽香、藍」

 

その言い訳に、二人はそんな紫をジト目で見るだけであり、納得することはなかった。

 

しかし、それよりもヤバいのが俺の方。もう収拾がつかない状態になっているという事に気が付き、どうしようかと頭を抱え込んでしまったのだ。

 

もう此処までの実力者が集まると、映姫も生半可なことでは譲らないであろうし、紫達も映姫に対抗しようとするであろう。

 

一言でいえば、アウトである。……胃が痛い。

 

俺が無駄であると思いながらも、何とかこの事態を収拾させようと模索していると、この緊張を破ったのが映姫であった。

 

「ほう、……九尾に花妖怪。あの時地底に来たのは貴方たちでしたか……」

 

そういうと、スッと立ち上がり、三人を見据える。

 

その三人を移す瞳には、静かではあるが大きな怒りが込められているのが分かり、それに伴って神力が立ち上るのが分かる。

 

「貴方達のせいで旧地獄は一時混乱しました。……この意味は分かりますね?」

 

そう言いながら悔悟棒を三人に向かってつきつける。

 

映姫の言う意味は、罰を受けるかどうかの選択を迫っているという事。

 

これが承諾するか、拒否するかによって随分と扱いが変わってくるであろう。もし承諾すれば、悔悟棒ではたかれる程度で済むだろう。

 

しかし、これを拒否すればどうなるか。もちろん閻魔の怒りを買い、術による攻撃を食らいながら罪を悔い改める羽目になるという事。

 

つまり彼女たちには、どの道攻撃の度合いこそ変われど、悔い改めるという事の他に選択肢はないのだ。

 

だが、妖怪である彼女達は自尊心が高い。これは人間よりも格が上であるという認識も手伝っているであろうが、彼女達はそれを恐れている様子はない。

 

特に幽香にはそれが顕著に表れており、紫達より一歩前に出て挑発的な言葉を弾き出す。

 

「あら閻魔様。……断ったらどうなるのかしら?」

 

そう言いながら殺気を込めつつ睨みつける。ただ、そのさっきは指向性を持ったものではなく、俺にまで降りかかてくるから面倒くさいことこの上ない。

 

俺は、このままでは本当に大惨事になりそうだと判断し、強制的にこの一触即発の事態を収めることとする。

 

そして何より、映姫も何故か好戦的というか何と言うか、仕事熱心だからであろう。簡単にその挑発に乗ってしまうのだ。

 

「では、仕方がありませんね。貴方たちを裁くとしましょう」

 

そう言いながら、悔悟棒を持った手を振り上げる。振り上げられた瞬間に膨大な神力が悔悟棒の先端に集中する。

 

対する幽香は、日傘を映姫の方へと向け、そこに膨大な量の妖力を集中させる。

 

俺はその瞬間に外側の領域を展開し、瞬時に有効範囲を広げていき、家全体を範囲に包み込む。

 

領域に曝された幽香や映姫はおろか、紫と藍も妖力を失って行く。

 

あれほどの量が集まっていた日傘や悔悟棒の先端は、何の力の顕現も無く、ただチャンバラのように付きつけ合っているだけとなってしまっていた。

 

それを不快に思ったのか、映姫は俺の方を睨みつけながら、咎めにかかってくる。

 

「耕也、今貴方のしている事は閻魔に対する立派な妨害行為です。今すぐにそれを解きなさい」

 

しかし、俺の方としても文句はある。

 

それは、場所を選べという事である。此処で行おうとしていたのは、もちろん立派な戦闘行為。しかし、此処は俺の家の内部であるという事を忘れているのは流石にいただけない。

 

それを気付いていないようだから俺は2人に言う。

 

「あの2人とも……。……俺の家が吹き飛んでしまうのですが…………」

 

かなりオブラートに包んで言ったが、それは大きな効果を示したらしく、映姫は再び顔を赤くしながら恥ずかしそうに悔悟棒を下におろす。

 

それに伴って幽香も日傘を下ろして、挑戦的な笑みを浮かべながらその場に佇む。

 

俺は一応その戦闘が回避されたと理解し、安堵のため息をついた。

 

そして紫と藍は、俺の表情を見てコロコロ笑っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局今日は俺の家で皆夕食を食べることになってしまった。いやまあ、大人数の方が断然楽しいからいいのだけれども。

 

仕方が無いので、何気に美味い肉団子入りのコラーゲン鍋を皆でつついている。

 

ただ夕食時であるためか、それとも俺の仕事が酒屋での手伝いだからだろうか、酒の量が非常に多いのだ。

 

もはやこれは宴会レベルの量であり、5人で飲む量ではないほどのもの。しかし、彼女達は人間ではないため、この程度の量など物ともしない。

 

俺は一応吐きたくはないため、舐める程度で済ませている。

 

机を挟んで対面を陣取っている映姫が、御猪口をあおり、肉団子と白米を頬張ってから俺に少々酔ったような様子で話しかけてくる。

 

「いいですか? 何事にも順序というモノがあってですね、それを大切にするのが我々閻魔の役目なのですよ……何も地獄に送りたくて送っているわけでは……」

 

と、もはや仕事の愚痴のようなものまで出始めてくる。

 

その様子を幽香達は面白そうに眺めながら鍋を平らげていく。

 

ただ、俺は映姫の愚痴を聞いているうちに、一つの考えが浮かんだ。

 

元来閻魔は他人を裁き、死後の苦しみを味わう地獄に送るという役職を担っているため、その管轄する地獄で最も苦しいとされる溶融銅を飲む事を行うという。……この東方の世界では、銅を飲んでいるかは分からないが。

 

もし飲んでいるとしたら、とんでもなく苦しんでいるのではないか? と。

 

しかし、今の映姫を見ている限りではそのような事は見受けられない。

 

なら、非常に失礼なことかもしれないが、俺は少しだけ質問してみることにした。酔いが補助してくれると信じて。

 

「映姫様。……銅を御飲みになった事はございますか?」

 

その瞬間に映姫はフッと顔を上げて、酒を飲み続けているせいで、さらに赤くなった顔で俺の質問に答える。

 

「……へ? ……そんなことはしませんよ? 確かに言い伝え等ではそう言われている事はありますが、……それは、人を裁くのはそれほど責任があるという戒めの心を表しているのですよ………」

 

そう言いながら、また机に突っ伏してブツブツと愚痴を言い始める。

 

しかし、その答えを聞いた瞬間に俺の中に安心感が充満してくる。

 

それならば……。と。

 

そう安心していると、横から太ももをチョンチョンつつかれる。

 

俺はそれに対して素直に首を向ける。……しかし、そこには何気なく向いた代償を払わされることになってしまうとは、予想すらできなかった。

 

俺の視線の先には、何時もとは雰囲気の違う藍がいたのだ。

 

「なあ、耕也。お前も飲まないか?」

 

と、尻尾を俺に絡めて逃げられないようにし、酒の入った御猪口を勧めてくる。

 

しかし、俺はもうこれ以上飲むと、二日酔いになりそうな予感がしてならなかったので、丁重に断る。

 

「ら、藍さん? あの、これ以上は飲めないのですが……ははは…」

 

だが、俺の断りなど所詮は酔っ払いには届かず、藍が御猪口を呷ったと思うと、いきなり顔を近づけてきた。

 

「おい、ちょっと――――っ! むぐっ!」

 

驚きの声を上げる暇も無く、口をふさがれ、そのまま生温かい酒を流し込まれる。……御丁寧にも舌を絡めさせながら。

 

「んぅ…れぅ……ぷぁ……ふ、ふふ、どうだ? これなら飲めるだろう?」

 

無茶苦茶な理論を並べながら俺にさらに飲ませようと顔を近づけてくる。しかし、少しだけ違和感がある。

 

俺がこんな事をされているのにも拘らず、幽香と紫の二人からの視線というモノが全く感じられないし、負のオーラも感じられない。

 

俺は藍の力に抵抗しながら、幽香と紫の方を見てみる。しかし、2人の様子を見たときに、その視線が感じられない事に納得がいった。

 

……すでに2人とも酔いつぶれて寝てしまっていたようだ。2人は、鍋の料理を小皿に移したまま、机に突っ伏して寝息を立てて幸せそうに寝てしまっているのだ。しかも映姫までも。

 

だから2人からの攻撃が来ない。

 

「…………耕也ぁ……犯す……」

 

しかし物騒な事を呟きながら。

 

俺は、何とも言えない感情が湧きあがるのを実感しながらも、この絡んでくる藍をどうしようかと考える。

 

ふと、そこで映姫からの寝言が耳に入ってくる。

 

「私は……閻…魔…………同時…に……神様…………」

 

その言葉を聞いた瞬間にある言葉が妙に耳に残る。

 

それは神様という言葉。

 

よく分からないが、妙に引っ掛かりを覚えるのだ。例えるならそう。あんな感じだ。飲み込んだと思ったらまだ舌に残っているかのような感覚。

 

特に俺は神様に関して何かをしたわけではないのだが、……分からない。神様。神様神様。神様……。

 

神様といえば、此処に居る映姫のほかにも、昔会ったトヨウケビメや天照。そして八坂神奈子や洩矢諏訪子。

 

…………神奈子、諏訪子……? ――――――っ!!

 

その名前を思い出した瞬間に物凄い寒気が俺を襲ってきた。この地底に来てから一度も会っていない友人であり家族の2柱。

 

今地底に来てから一週間以上が経っているのだ。すでに俺が封印されているという事は知っているはず。

 

つまりは――――――っ!?

 

その事を考えた瞬間に俺は思わず大声を出してしまう。

 

「やっべええええええっ!? やっちまったっ!!」

 

俺を抱きしめて寝かかっていた藍を思わず突き放してしまった。だが、その事を気にする余裕は俺にはなく、そのまま頭を抱えて畳みに崩れ落ちてさらに叫ぶ。

 

「おまけに幽香達の事も話してねえしどうすんべよこれええええ! 封印と密通のダブルパンチはマズイ、マズすぎるっ! 下手したら攻撃をされる可能性もあるぞこれ!? どうしよどうしよ!?」

 

事態深刻さに気付いて俺がその場で唸りまくっていると、背後から抱きしめられて声を掛けられる。

 

「どうした耕也~……少しうるさいぞ……?」

 

酔っ払った声で話しかけてくるのは藍であった。

 

俺は自分の声のでかさに気付き、その場で謝罪する。

 

「す、すみません藍さん。ちょっと気がついてしまった事がありまして……」

 

そこまで話すと、藍は酔いのせいか正確な判断ができずに、よく分からないまま納得し

 

「分かった……お休み…」

 

そう言いながら寝込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は藍達が帰った数日後、定休日になったので、朝から支度を始めていた。

 

もちろん今回は神奈子と諏訪子に色々な報告をしに行くのが目的である。今回ばかりは、さすがに心配をかけてしまっているだろうから、批判も素直に受けよう。

 

そんな事を思いながら、朝食のハムと味噌汁と白米を平らげ、茶碗を消してやる。

 

妙に食事が何時もより不味く感じたのは、おそらく今後の緊張感もあっての事だろう。

 

この緊張感は封印の時に感じたモノと非常によく似ている。あの絶望的な状況に。今まで味方だった人間が、突然敵へと変貌したあの夜に味わった緊張感である。

 

俺はこれから起こるであろう悲惨な事態を予想すると、思わず身震いしてしまう。

 

こういうときは、ことわざにある苦しい時の神頼みをしてしまうが、これから会いに行く神奈子と諏訪子が神なのだからやってられない。

 

しかも片や軍神、片や祟り神の頂点なのだからこれまた非情な事である。

 

俺は思わずため息を吐きながら、ジャンプをして、諏訪大社の本社に飛ぶ。

 

景色が瞬間的に大きく変わり、茂みへと大きな音を立てて突っ込んでしまう。

 

流石に本社の中に突っ込むのはマズイと思い、近くの茂みに設定したのだが、どうにも記憶が曖昧になっているようで、派手に突っ込んでしまったようだ。

 

封印される前の半年ほど前に来たのだが、特に俺が封印される前と後での景色が変わっている事が無くホッとした。

 

ひょっとしたらかなりの影響を受けている可能性もあったのだから。

 

一応本社に入る時は、なるべく人と顔を合わせるような事はしないようにしていたのだが、さすがに0とまではいかず、参拝客と顔を合わせることはあった。

 

だから、俺が封印されているという話が広まった場合、俺がいたという理由で放火等が起きたとしてもおかしくはなかったからだ。

 

まあ、さすがに諏訪子達の恩恵を受けているこの諏訪地方が他の軍勢を黙って入れることはないとは思うが。

 

だが、名誉を傷つけてしまった可能性があるのもまた事実。もしそれが原因で信仰が落ちてしまった場合は、本当に謝罪しなくてはならない。

 

俺はそんなシナリオを考えながら、目の前の本社へとゆっくりと足を運んでいく。

 

本社の側面に近づいていく俺は、周りに人がいないかを逐一確認しながら、諏訪子達が外に居ないかを見ていく。

 

だが人の姿は勿論、諏訪子たちの姿も見えない。俺はその事に一定の安堵感を持ちながらも、本社の中に入る事が難しいという事を理解する。

 

この時点で人がいないとしても、中に居る可能性は十分にあるのだ。風祝などといった存在である。

 

もしカチ会った場合は、もちろん俺の立場ばかりか、諏訪子たちの立場も危うくなる可能性もあるのだ。

 

俺はそんな事を考えていくと、本当に来てよかったのかとさえ思ってしまう。

 

しかも、封印された人間が此処に居るとあっては、神奈子たちが手引きしたと疑われる可能性もあるのだ。

 

ただ、もしかしたらではあるが、風祝が俺の存在を神奈子たちから良く教えられており、俺と会ってもさほど問題なければそれはそれで万々歳ではあるのだが……。

 

しかし、世の中そんなに都合の良いものではなく、常に最悪のケースを想定していた方が自分の危機に対処しやすい。

 

だから用心するに越したことはないのだ。

 

俺は自分の中で何事も無いようにと願いながら、ゆっくりと階段を上り、本社へと入っていく。

 

当初は縁側から入ろうと思っていたのだが、さすがにバレたらこれこそコソ泥と勘違いされて大事になる可能性が高いので、正面から静かに入っていく。

 

中は通気性が良いため、太陽の陰に入るとより肌寒く感じる。

 

俺は少しだけ服の上から肌を擦りながら目の前の引き戸を開けていく。

 

すると、やはり無人ではなかったらしく一人の女性が目に留まる。彼女は俺とは何度かあった事があるが、話した事はほとんどない。風祝であることに間違いはないのだが…。

 

彼女の容姿は、早苗の髪の毛のような黄緑色をしており、まだ少女の空気を漂わせるが、それでも立派に風祝を務めようとする努力をしていた。

 

そして目の前の女性も俺の存在に気がついたのか、此方を見据える。

 

女性は、俺の方をまるで不審者を見るかのような目で見てくる。

 

何とも言えないマズイ空気が流れる……。

 

しかし、すぐに俺の顔を見て合点がいったかのような顔をして、無言で微笑んで此方に礼をしてくる。

 

会った事が数回、しかも時間が短いとはいえ、俺の事を覚えてくれていたようだ。

 

俺もその礼に従って礼を返し、挨拶をする。

 

「こんにちは。突然の訪問、失礼いたします」

 

すると、無言であった彼女も此方に対して言葉を返してくる。

 

「いえ、噂は此方にまで届いております。お疲れさまです。……諏訪子様と、神奈子様はこちらにいらっしゃいます。……どうぞ、此方へ」

 

そう言いながら、俺を案内してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

礼の言葉を言って、素直に後についていく。やはり、さすがに最悪のケースは免れたようで、俺の事情をある程度知っていてくれたようだ。

 

俺はその事に深く感謝しながら、先ほどの無礼を彼女に詫びる。

 

「あの、……先ほどは失礼いたしました。無礼をお許しください」

 

「いえ、事情が事情ですので、警戒するのは仕方がありません。どうぞお気になさらず」

 

「ありがとうございます」

 

その言葉を最後に俺達は特に言葉を発することはなかった。

 

少しの間、2人の足音以外の音がせず、俺はその音を聞きながらゆっくりと歩いていくと、次第に大きな引き戸が現れる。

 

「此方に」

 

そう言いながら引き戸の前で停止し、中へと声を掛ける。

 

「神奈子様、諏訪子様。……御客様をお連れいたしました。ぜひお会いしたいと」

 

すると、少しの静寂の後、中から返答が来る。

 

「入れ」

 

と。

 

俺はその言葉に従うままに引き戸を開け、中へと入る。

 

風祝は、俺が入室した後、すぐに引き戸を静かに閉め、その場を去って行った。

 

目の前には、諏訪子と神奈子が座っており、その顔は驚愕に染まっている。

 

当然だろう。俺は封印されたと言われていたのだから。神奈子たちには俺の力の詳細を話してはいないから、封印を防げるとまでは思っていないのだろう。だから此処まで驚きを露わにしているのだ。

 

ゆっくりと俺は神奈子に近づいていく。神奈子も普段とは大違いな頼りない立ち上がり方をし、俺に向かって震える声で話しかけてくる。

 

「こ、耕也……か? ふ、ふふ、封印は? 本物なのか?」

 

そう言いながら、なおも近づいていくる。俺は目の前まで来た神奈子を、領域を解除してから黙って強く抱きしめてやり、背中を撫でながら本物であることを言う。

 

「ええ、本物です。俺に封印なんて効きませんから……。御迷惑をおかけして誠に申し訳ありません」

 

そう言って先ほどよりも強く強く抱きしめてやる。

 

すると、神奈子は少し大きな声で、俺に対して言葉を言う。

 

「この……大馬鹿者………………無事でよかった」

 

俺は本当に迷惑をかけてしまったと抱きしめながら痛感する。彼女たちを悲しませてしまったのは、いかなる理由であれ俺のせいなのだから、いくらでも償おうと思う。

 

そして神奈子は、そう言ってしばらく抱きしめあった後で離れ、今度は諏訪子に代わる。

 

諏訪子は無言のまま小走りで近寄り、ぶつかるような感じで抱きしめてくる。

 

「本当に馬鹿だねお前は……心配させないでよ」

 

そう言いながらポロポロと涙を流して俺の服を濡らしていく。

 

だが、俺はそのまま抱きしめ、神奈子と同じように背中をゆっくりと撫でて落ち着かせる。

 

すると、諏訪子はすぐに落ち着き、俺から離れて神奈子の隣に座る。

 

俺はこれなら和やかに再会を喜び合えるがそうは問屋が卸さなかった。

 

先ほどとは打って変わって、厳しい顔をした神奈子と諏訪子は、神力を噴出させながら此方を睨みつける。

 

そして諏訪子が一言言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、話してもらおうじゃないか。封印される理由の妖怪との密通とやらを……なあ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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