東方高次元   作:セロリ

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此方も同じく要注意です。


外伝ss……調教

お前が特別であったからこそ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、この状況をどう打破したものか。

 

俺は目の前に繰り広げられる光景を視界に収めながらそう考える。内心は非常に焦り、怯え、自分の力の無さに怒りを覚えているのだが、今はそんな余計な事を考えている余裕などない。

 

こうしている間にも、布団に横たわって息苦しそうに呼吸をしながら、大量の汗を掻いている彼女は死への道をひたすら走っているのだ。

 

「札ももう切れてしまった。……頼れる妖怪も陰陽師もいないしどうしたものか……!」

 

そう独り言をつぶやきながら、頭をガリガリと掻きむしる。

 

第一、もし仮に俺が陰陽師に頼ったとしても、都に知られれば確実に彼女も含めて殺されることになるだろう。

 

今の彼女の状態では、俺は守りきることは厳しいだろうし、何より彼女の正体が全国の軍を動員させかねないからだ。

 

俺はその事を考えながら再び彼女の容体を再び見始める。

 

顔は血の気が引き、大量の汗を掻きながら呼吸を激しくしている。そして顔の部分ではなく、頭や胴体などを見ていくと、人間には無い狐耳と、九本の黄金の尻尾が顔を出しているのだ。

 

それは紛れもなく彼女が九尾であるという事を物語っており、そして毛並みや血の気が引いた顔から、どれほど彼女が衰弱しているのかがよく分かる。

 

傷は札を使って塞いだはいいものの、足りない妖力を補う手段が俺にはない。早急にこの足りない妖力を補充しなければ、間違いなく彼女は衰弱死してしまう。

 

こう言う時に妖怪の友人がいれば良かったのだが、あいにく今はいない。……本当にどうしたものか。

 

最終手段としては、彼女をこのまま安楽死させるための手段を採らなくてはならない。

 

だが、それは本当に選びたくない手段なので、極力別の手段で彼女を助けてやりたい。

 

俺は今まで以上に頭を捻り、無理矢理解決の糸口を見出そうとしていく。

 

彼女の妖力を回復するのに役立つもの。……彼女らは日々の糧から妖力を得ているというのだけは分かる。

 

また彼女は、休むという手段でももちろん体力を回復させている。しかし、今回は彼女の体力等が著しく消耗し、通常の休むという行為では間に合わないのであろう。

 

今現時点で彼女の身体は、休むという行為によって急速に体力を回復を図っているが、それ以上に衰弱しているため、回復しきる前に彼女が死んでしまうと見た方がいいか。

 

とにかく、何の手段でもいいので、彼女の体力を急速に回復させる必要がある。今の衰弱の速度を遥かに上回る回復方法で。

 

と、そこで俺の頭に漸く一つの妙案が浮かんでくる。

 

となると、その手段は非常に限られてくる。孤立無援の中この状況を打破するには、この手段しかないのだ。と。

 

それは、人間の血肉である。彼女は妖怪であるのだから、人間の血肉を摂取する事によって急速な回復が可能であろう。

 

しかし、俺の肉は流石に与えるのは不可能だし、彼女も摂取することは不可能であると思われる。

 

なので、今回は血液による回復を図ってみることにした。

 

俺の頭の中に浮かんできたその手段を俺は実行するために、器具等を創造する。

 

今回の場合は、滅菌などの処理が必要な献血ではなく、あくまで彼女の口から摂取させるためなので、そこまで気を使う必要はないが、極力清潔なモノを使用する。

 

とはいえ、創造した時点では金など一つもついてないので、殺菌や滅菌もクソもないのだが。

 

俺は駆血帯等の道具を全て自動で作動させ、血液を抜き取っていく。

 

最初は200ccから。

 

俺はダラダラと、透明な管から流れていく自身の血のその遅さにもどかしく感じながら、早く流れろと脳内で呟く。

 

やがて、設定量の200ccに達したのか、自動的に針が抜かれ、脱脂綿を押しつけられる。その押し付けられた瞬間の鈍い痛みに顔をしかめながらも、血の溜まったコップを彼女の口元に持って行く。

 

対して血を抜いていないにもかかわらず、頭がクラクラする様な感覚を覚える。

 

これは、目の前の透明なプラスチック製の容器に自分の血が大量に入っているためなのだろう。自分の血が大量に入っているのを見ていい気分にはなれない。

 

俺は、自分の血をまるで今まで身体に入っていたモノではないかのような錯覚を覚えながら、彼女の口に血を極微量だけ流し込んでいく。

 

すると、血の匂いに刺激されたのか、荒い息をしながらも口を開けて血を胃に収めていく。

 

コクコクと彼女はコップの中の血を飲み干し、全てを空にしてしまう。

 

しかし、飲み終えた後でも彼女の容体にそれほどの変化は見られず、まだ血が足りないのだと言う事を如実に表していた。

 

俺はその事を理解すると、さらに血を飲ませていくために、さらに血を抜いていく。

 

そうして200cc抜き取った後、また彼女の口に運び、飲ませていく。

 

しかし、彼女の衰弱度は予想を遥かに超えていたようで、合計400cc程度の血液では到底回復など見込めなかった。

 

俺はさらに血を抜き、今度はさらに増量して400cc分の血液を抜いていく。

 

だが、成人の血液量は、5L前後。さらにその中の20%程を失うと、急性失血性ショックが起きる。しかし、この時点で俺はその事が頭から抜けてしまっていたのだ。

 

そして血を抜いていく間に、段々と頭痛がし、身体に力が入らなくなってくる。そして心臓の音がやけに大きく速く聞こえるようになり、汗まで出てくるようになる。

 

段々と出てくる血液の量が減り、ついには出てこなくなる。これで合計800cc分の血液を抜いた事になる。

 

つまりは……これ以上血を抜けないという事である。

 

急速に1Lの血液が抜かれると、人間は危篤状態に陥る。それより200mL少ないとはいえ、非常に多くの血を抜いたのだ。異常が起きない方がおかしい。

 

すでに領域が発動して、身体を保護しにかかっているが、それでもこの辛さを拭う事は出来ないようだ。

 

領域の力を借りて、何とか立ちあがって溜めた血液を彼女に飲ませに掛かる。

 

彼女は当初よりはマシになってきているとはいえ、やはりこの400ccの血を飲ませなければ、まだ危ない状態のようだ。

 

俺は震える手で彼女の口にプラスチック容器をあてて、流し込んでいく。

 

先ほどよりも回復しているせいか、飲み干していくスピードが速い。これは嬉しい事ではあるが、それとは逆に俺の身体がもうかなり限界に来ているのが露呈してくる。

 

「はぁ、……はぁ、…………かなり……きつ…い……」

 

そう言いながらも、彼女に対して血を流しこむのをやめない。彼女を抱き起している手ガクガクと震え、今にも意識が飛びそうになるが、それでも彼女を助けたいという気持ちがその体勢を維持させている。

 

やがて、彼女が飲み終わり、再び安定した呼吸をしながら布団に入っていく。

 

俺はそれを見届けると。さすがに体力の限界が来て、器具を消した後気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が異常に軽い。

 

一体何なのだろうかこの軽さは。これほど身体が軽く感じたのは生れて初めてだ。

 

妖力が月の関係で満ち満ちている時ですらも、此処まで身体が軽く感じた事はないし、ましてや今はこの誰とも知らぬ人間の住処に倒れているのだ。深い傷を負って。

 

これがあの世に行くという感覚なのだろうか? しかし、この世でやり残したことが多いのもまた事実。

 

だから、私は死にたくなどない。これが死ぬという事ならば、何て残酷な事なのだろうか?

 

ただ愛を渇望していた。私はそれだけで動いていたのだ。人間に愛されたいという唯その一心で。

 

確かに私は性急過ぎたのかもしれない。人間に対して無理矢理すぎたのかもしれない。だが、これはあんまりではないか。

 

私はその事を考えると、自然と心が締め付けられる感覚に陥り、涙が出てくる。

 

しかし、これでもう死んでしまうのだなと思うと、その涙も意味が無いように思えてしまい、涙を拭くために目を開ける。

 

すると、どういう事か、先ほどまでの異常な身体の軽さを持ったまま寝ているではないか。

 

私は信じられないと思いながら、覆いかぶさっている布団を退けて、身体を確かめていく。

 

しかし、私の身体にはあれほどの深い傷が跡形もなく、ところどころ破れた服が肌を露出させているだけである。

 

「い、一体……」

 

そう呟いた瞬間に口の中に違和感を感じる。

 

やけに甘い、というよりも旨みを感じるのだ。私は念のために口元を手の甲で拭って確かめる。

 

「これは…………血?」

 

私の手の甲には、赤い液体が付着しており、それが発する匂いと味で直感的に理解した。

 

「…………甘い」

 

おそらく口の中に残っているのだろう。口の中が血の味でいっぱいである。

 

この血は、おそらくこれから生きていく中でも決して味わう事ができないほどの、濃く、甘く、そして美味い血であると直感で感じ取っていた。

 

そして一体この血は誰のものだろうと思い、首を横に向けると、男が横たわっていた。

 

男は額に大粒の汗を浮かべながら、荒い息をしながら目を閉じて気絶している。

 

私は何故此処で荒い息をしながら、この男が気絶をしているのだろうかという疑問を持ちながら、少し身体を起こして彼の方へ近づく。

 

それと同時に、もしかして、彼が私に血を与えたのだろうか? という考えも浮かんでくる。

 

しかし、彼の身体に傷らしい傷は見当たらない。あるとしても右腕にある小さな赤い斑点のような傷。

 

これでは血を飲ませることなど不可能であろうと私は考えてしまう。

 

しかし、事実私に血が与えられたのであるし、それにこの家に目の前に横たわっている男以外の人の気配も感じられない。

 

だとすると、やはりこの男が血を与えてくれたという考えは、妥当であると考えた方がいいであろう。

 

それに、彼の容体が、大量に血を失った人間とそっくりな症状であるため、より男が血を供与したという考えが強固になってくるのだ。

 

私はこの濃厚な血の味をしばらく楽しみながら、この男をどう手当てしてやろうかと考える。

 

彼は命の恩人であろうから、さすがにこのままでは彼は衰弱死してしまう。

 

だが、私にできることといえば、私の寝ていた布団に寝かせてやるぐらいのことしかできないだろうし、ましてや私のような大妖怪の血を飲ませてやることなどできはしない。

 

もし仮に一滴でも飲ませると、彼はその妖怪の血に対して強い拒絶反応を示して、そのまま死んでしまう。

 

そこまで考えた私は、彼の身体を抱き、布団へ移送する。

 

依然として彼は息を荒げたまま玉のような汗を流して、意識を失っている。

 

これは、本格的に何とかしないとマズイと思うのだが、あいにく私にできることといえば、辛抱強くこの場で彼を見守っていることぐらいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、彼の看病をしていたのだが、やはり私も疲労などは拭えていなかったらしく、彼の布団に頭をうずめて寝てしまっていたようだ。

 

「……ん、…………んあ?」

 

その間抜けな声とともに私は目を開けて、身体を起こす。

 

初めの内は頭がボヤけて状況を把握する事ができなかったが、時間が経つごとに段々と頭の中がはっきりとしてきて状況の把握が可能となってくる。

 

「そうだ……私は――――っ!」

 

そう呟いた瞬間に、状況を完全に把握した私は彼の看病をしていたのだという事を思い出し、慌てて彼の顔を見やる。

 

彼は、昨日とは違って呼吸が安定してきてはいるが、まだ顔色は非常に悪く、今にも死んでしまいそうな弱さを見せている。

 

私はそこで、昨日から考えていた彼に気を送り込む事を決意した。

 

これは、私にとっても初の試みであり、上手く行かなければ彼は死ぬ。しかし上手くいけば彼は健康を取り戻すだろうし、私としても後味が悪くならない。

 

私はそう考えて、彼に覆いかぶさっている布団を剥がし、彼の胸に手を当てる。

 

「上手く行ってくれ……」

 

そう呟きながら私は妖力を気力に変換して彼の身体に流し込んでいく。

 

「何て量だ……!」

 

流し込む際に私はそう呟いてしまう。彼から血を分けてもらったおかげなのだろうが、単に身体に妖力が満ち満ちているという言葉では片付かない。

 

まるで無限の妖力があるかのように思えてしまう。そんな妖力が私の中から溢れているのだ。

 

此処までの妖力は、どう考えてもあり得ない。血を摂取したからといって此処まで妖力が増えることなど無いのだ。

 

私のこの身体にもたらされた妖力は、人間の血でもたらされたものではない。もっと別なモノ。遥か上の何かからもたらされたと言っても過言ではないのだ。

 

だとすると、この男は一体何者なのだろうか? 血に妖力は一切含まれていない。にもかかわらず、口内に残っていた血を飲んだ瞬間に莫大な妖力が生まれるのが分かる。

 

私は気を流し込みながらも、彼の事をずっと見ていく。正直なところ、彼には感謝している。あそこまで瀕死の状態だった私を此処まで回復させてくれたのだから。

 

しかし、同時に思う所が一つある。それは、あの血だったら1滴で私を普段の状態まで戻せたのではないだろうか? と言う事だ。

 

彼は1滴どころではなく、相当な量を私に飲ませたのだろう。だから此処まで妖力があるのだ。

 

私はそんな事を思いながら目の前の男の顔をさらに気を見て流し込んでいく。

 

やがて、男の顔色が血の気を帯びてきて、健康的な肌の色になってくる。

 

私はその事にひとまず安心感を覚えて気を送るのをやめる。

 

私は彼の胸にそっと耳を当てて、心音を確かめる。

 

「……よし、大丈夫だ。安定してる」

 

そう呟くと、私は男を少しだけ身体をずらし、一人用としては広いこの布団に潜り込んだ。

 

……この男なら別に大丈夫であろうと判断したのだ。自分の命が危険になるほど、私に対して血を注いでくれたのだから。

 

だから大丈夫だと判断した。私の事を九尾だと知っていたとしても。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、眩しいな……朝か」

 

目を開けたらすでに夜は明けており、窓から差し込む光に目がくらんでしまう。

 

また目が覚めた瞬間に、気絶する前の事が鮮明に頭に浮かびあがり、一気に飛び起きようとしてしまう。

 

しかし、その瞬間に力が入らくなったうえに、横から何か強い力で引っ張られる感触がして、再び布団へ横たわってしまう。

 

「いっつ……?」

 

俺はその方向に頭を向けて、首をひねると、何故か藍が首に抱きついて寝ていた。

 

事態が全く把握できない俺は、彼女の腕を外して、彼女を元の位置に戻そうとするのだが、これがまた上手く行かない。

 

外そうとすればするほど首に強く強く腕を回して、抱きついてくるのだ。

 

しかし、彼女が本来ならけが人なのに俺が貧血程度で此処に居ては流石におかしい。まあ、俺も結構な血を失ったのだろうが。

 

「独りは……い……や…」

 

と、彼女から小さな声が漏れる。ソレを聞いた瞬間に、彼女が愛されたい。と、うわ言のように呟いていたのが思いだされた。

 

彼女はやはり此処に来るまでは、ずっと孤独であったのは間違いないようだ。

 

俺は彼女の境遇を考えると、解こうという気持ちが一気に薄れ、解きに掛かっていた手の力を緩めて今度は彼女を強く強く抱きしめてやる。

 

そして片方の手で頭を撫でながら、もう片方で背中をポンポン撫でるように叩いてやる。

 

「独りじゃあ無いから……大丈夫だよ九尾さん……」

 

と、一言言ってあげてさらに撫でていく。本人が起きていたら、おそらく恥ずかしさだけで死ねるだろう。それほどまで柄にない事を言っている。

 

彼女が寝ているからこそ俺は言えるのだ。

 

ただ、彼女がこのまま寝ていると、俺は起きることができない。

 

「二度寝も……偶には良いか……でも、後で聞かなくては……」

 

そう言いながら再び目を閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

顔が熱い。本当に熱い。おそらく誰が見ても分かるであろう私の顔の色。真っ赤っかであろう。

 

彼が再び眠った事を確認すると、先ほどの彼に掛けられた言葉が頭の中に反響してくる。

 

九尾の私に対して……大丈夫だよ……。と。

 

本当は寝ているはずだったのだが、どうしても寝つけず彼の言葉を聞く羽目になってしまったのだ。

 

私の正体を知ってこんな言葉をかけてくれた人間は初めてだ。嬉しい。素直にうれしい。

 

心臓がバクバクいっているのがわかる。心の中に温かいモノがじんわりと広がって、満たしてくれるのが分かる。そしてその温かいものは、すぐに頭のてっぺんまで満たし、ツ~ンとした心地よい快感を与えてくれる。

 

私はそれを素直に享受し、顔を綻ばせる。

 

自分でも笑っているのが分かるほどの、だらしなく頬を緩ませているのだ。

 

今まで私を愛してくれた人間はいたが、本来の姿を見た瞬間に態度を豹変させて憎悪の塊をぶつけてきた。

 

だが、この男はどうだろうか? 全くもって憎しみなどを表さず、むしろ優しさのみを私に与えてくれたのだ。

 

おそらく私が怪我などによって意識を失って九尾の証である尻尾などを晒している間も、彼は何も私に攻撃を加えずに看病してくれた。

 

それが他の人間との違い……。

 

私はこの嬉しさがどうにも抑えきれなくなってしまったので、寝ている彼に向かって呟く。

 

「なあ、人間。…………優しい優しいお前の名前は……なんだ?」

 

冗談で呟いたつもりだったのだが、何の因果か彼は私の言葉を聞きとっていたらしく、小さな声で呟いた。

 

「大……正…耕………也……」

 

私はその声を聞いた瞬間に思わずピクリと弾けるように動いてしまったが、彼の名前を聞けた事による嬉しさが驚きを上回って、その場で再び顔を崩してしまう。

 

「こう……や。…耕……や…耕也…。耕也」

 

耕也の名前を呟く度に、さらに心が温かくなっていくのが分かる。一体自分がどれほど迫害されてきたのかを思い出すと、この優しさはあまりにも甘い毒である。

 

心を蕩かす甘い毒である。もはや私には解毒のしようが無いほどの甘い毒である。

 

この甘い毒に私はいつまでも浸かっていたいという気持ちにされるのだ。

 

この甘い毒は、甘い毒は、甘い毒は…………。

 

本当に今回ばかりは私も辛かったから……。辛すぎたから……。

 

「しばらく……泣かせてくれ……」

 

そういった瞬間に、今までの辛さが鉄砲水のように溢れ出し、涙を流させていく。

 

私は耐えきれなくて、耐えきれなくて、耕也にさらにさらに強く抱きつき、声を殺して延々と泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間彼に抱きついて涙を流した後、今度は彼の匂いを胸一杯に吸い込んで匂いを覚えようと思った。

 

私は出会ってから初めての男に、此処まで露骨な行為に及んだことはなかったのだが、彼が飲ませてくれた血にその効果があったのか、それとも血に効果そのものはなく、彼の血を飲んだ事による背徳的な快感がそれの背中を押してくれているのだろうか? どちらにせよ彼の血の匂いが気になって仕方が無いのだ。

 

どちらにせよ、適当な理由をつけて彼の匂いを嗅ぐ事を正当化しようとしているのだ。ただ、この匂いを嗅ぐ事は私にとっては自然な事なので、そこまで外れているわけでもない筈だ。

 

各地で大妖怪と言われているが、実際のところは妖獣の類であるため、匂いを嗅ぐ事は自然なのだ。

 

と、私は心で必死に正当化しながら、彼の胸や首筋に顔を当てながら、胸一杯に彼の匂いを吸い込んでいく。

 

その匂いは、まるで媚薬か麻薬か、それとも霊薬か。どれとも思えるほどの匂いを持っており、私の神経を蕩かせて行く。

 

これがどうしてこんなに私を蕩かすのかは分からない。私が完全に発情してしまっているのか。それとも彼の匂い自体が私にとっての媚薬作用を持っているのか。

 

だが、どちらにせよこの匂いは私にとって心地の良いものであり、ずっと嗅いでいたいと思うほどのモノである。

 

そして嗅いでいく内に、私は自分の身体が今まで以上に火照ってしまっている事が分かった。

 

「これは……マズイな…」

 

今この場で濡らしてしまったら、後処理が非常に面倒になる上に、彼に知られたら後々が気まずくなるであろう。

 

私はどうにかそれを我慢して、彼を起こすことにした。

 

しかし、彼は私のせいで二度寝する事になってしまったのだから、中々に起こしづらい。

 

だが、さすがにこのままお互いの面識が無いのもマズイのもまた事実。

 

ただこの事を思いながら私は彼を揺り動かす。

 

「耕也……起きてくれ。もう日がかなり昇っているぞ?」

 

すると、彼が寝てからそこまで時間が経っていなかったためか、一回目の揺すりで彼は眠たそうに目を擦りながら薄く開ける。

 

そしてしゃがれた声であ~だの、う~だの言って身体を起こして私の方を見る。

 

状況が把握しきれていないのか、フルフルと首を回して周りを見渡す。そしてまた私の方を見る。

 

その様子が何だか滑稽であり、私の中から笑いがこみあげてくる。九尾の私を前にしてここまで無防備な姿を晒している人間を見るのは初めてであるからだ。

 

私はその笑いを抑えきれなくて、クスクスと笑っていると、彼は漸く脳が活性化したのか、驚いたような顔をして、此方の肩をガッシリと掴んで焦ったような口調で聞いてくる。

 

「ええと! ……だ、大丈夫ですか? た、体調などはどうですか!? お狐様」

 

と。

 

聞かれた私の方が焦ってしまうくらいの口調で言われてしまうと、こちらとしてもどう答えていいのかその時機がつかめない。

 

だが、何とか私は口を開いて彼に言う。

 

「あ、ああ。……大丈夫だ」

 

と言ってくると、彼は私を抱きしめてくる。その行為はさらに私を混乱させ、同時に恥ずかしさを増長させるものとなった。

 

しかし

 

「よかった……本当に良かった…もうどうしようかと……」

 

彼が言ってきたのは安堵の言葉であり、私は要らぬ心配をしてしまったという事を認識させられた。

 

そして私はその言葉を聞いた瞬間に、抱きしめられた際の混乱が無くなり、恥ずかしさは嬉しさへと一気に変わっていくのが分かった。

 

そしてこう思ってしまう。本当に変わった人間だなと。優し過ぎる人間なのだなと。そう思ってしまう。

 

しばらく耕也に抱きしめられていると、突然耕也の抱きしめてくる力が抜け、今度は私に体重をかけてくる。

 

私はそれを不思議に思い、少しだけ支えてやるが、彼の力は一向に復旧しない。

 

耕也に何かあったのではないかという焦りが生じ、彼に少し大きめの声で言ってしまう。

 

「ど、どうしたんだ耕也? 力が入ってないぞ?」

 

というと、耕也は力のない声で私に呟いてくる。

 

「す、すみません。力が出なくなってしまいまして。……それと、何故自分の名前を?」

 

おそらく血が足りないからであろう。いくら気で補助をしているからといって、彼の身体に血が戻るわけではない。

 

今もまだ貧血の状態が続いているのだ。その状態で私を抱きしめるなどといった行為をすれば、それに身体がついて行けなくなるのは容易に想像がつく。

 

しかし、彼は自分の身体の事を私に一切言わない。私が気にするという事を察してくれたのであろう。

 

私はその事にまたさらに喜びが湧いてくるのを感じながら、今度は私が彼の頭を撫でて、強く抱きしめてその彼の疑問に対する答えを教えてやる。

 

「自分で呟いていたのさ。すまなかったな。起こしてしまって。……さあ、ゆっくりと休むがいい」

 

そういうと、耕也は安心したような吐息をして。

 

「ありがとうございます。……しばらくしたらお願いします」

 

と、私に言ってくる。

 

私はそれを聞きながら、耕也を布団に寝かせようとする。

 

「そうだ、私の名は、玉藻前だ」

 

唐突に名前を言っていないのを思い出した私は、もう眠りにつくであろう耕也に向かって自分の名前を言った。

 

すると、彼も私に返事をして、自分の名前を改めて言ってくる。

 

「自分は……大正耕也……です…」

 

私は彼の名前を聞くと同時に笑みを浮かべて彼を自分の身体から離していく。

 

ふと、彼の目線が気になり、その方向に目を向けてしまう。視線の先では、彼がしきりに左手を握ったり開いたりしている様子が見られた。

 

私はそれに違和感を感じ、彼に尋ねようとしたが、次の瞬間にはダラリと手が落ちる。すなわち、彼が寝てしまったという事を表していた。

 

その姿に何とも言えない複雑な気持ちを抱きながら彼を寝かせた。

 

そして私の中で決心がついた。恩返しに、耕也の全てを世話しよう。……と。

 

 

 

 

 

 

 

彼を寝かせてから数刻。私は耕也には悪いと思いながらも、少し家の中を見させてもらっていた。

 

見た事が無い家財道具がある事には、非常に驚かされたが、手探りで使ってみると、その利便性に私はさらに度胆をぬかされることになった。

 

取っ手を捻るだけで出てくる清水。小さな取っ手を捻るだけで出てくる青白い炎。私が見て来た調理器具を遥かに超える精巧さと利便性がそこに実現していた。

 

しかし、さすがに無闇に弄繰り回して壊してしまったなんて事になったら、目も当てられない状況になるのは間違いないので、私は洋盃に水を入れて居間に移動する。

 

この居間と思われるこの部屋は、日ノ本にあるような家屋の雰囲気に似ているのだが、それでもどこかしら違う空気を漂わせている。

 

それがどうしても私の心を騒がせて、その場でゆっくりする事ができない。やはりこの環境は私にとっても初めてであるし、耕也が感知するまでの数日の間、私は落ち付いて生活ができなそうだ。

 

ふと、そこで自分の思った事に一つの引っかかりが生じる。

 

私はその引っ掛かりが気になり、自分の考えていた事を洗い出して、見つけていく。

 

環境……近いが違う。雰囲気……これも違う。数日……当たってそうで当たってなさそうな。生活……これだ。

 

思い付いた言葉に私は合点がいき、生活という言葉について次々と思い浮かんでくるモノがある。

 

私の最終的な目的は、自分の真に愛せる人間を見つけ、子を成し、共に鬼籍を賜る事。

 

今まで怪我の事などで忘れていたが、今思い出された瞬間に焦りなどが生まれてくる。

 

私はその焦りを認識した瞬間に、一気に色々な負の考えが生まれてきてしまい、頭を抱えたくなってきてしまう。

 

その中でも重要な事が二つ、私の頭の中にこびり付いて離れてくれない。

 

まず、この国に私の居場所はない。殺生石に封印されたのだから、当然のことながら、国中に知られているはずなのだ。

 

だからどこに行こうが人間と一緒に暮らせることなどできない。

 

そしてもう一つは、耕也の事である。耕也がこれを善意でしてくれているのならこれほどうれしい事はないのだが、もし耕也が都と大きく繋がりのある人間であり、私を生け捕りにするために助けたとしたら? という考えである。

 

もしそうなら私はもう人間を信じることができない。だが、私は耕也の事を信じたいのだ。彼が九尾である事を知りながらも、善意で助けてくれたという事を。

 

同時にもう一つの正の考えが浮かんでくる。

 

それは、私の目的に適合している人間が、耕也である事だ。これも先ほどの善意でやっていると仮定した場合の事である。

 

でも、それでも私は耕也を信用してしまっている。こんなに短い期間にも拘らずにだ。

 

私は耕也の血を飲ませてもらったという事実があるのだから、耕也は善意でやってくれたのだと断定したい。

 

生け捕りにするためとはいえ、自分の命が危険になる行為をしてまでやるとは思えないのだ。たしかに逆もあり得るが、それでも後々の行動からすれば善意でやってくれたと断定した方がずっと現実味を帯びている。

 

私はこんがらがりそうな頭を撫でながらこれからの事を考えていく。

 

とすると、彼を看病する数日はこの家にいられる。……しかし、問題はその後である。

 

彼が完治したら私がここに居る意味が無いのだ。居る意味が無くなってしまうのだ。

 

出会って短い時間しかたっていないが、私は彼の傍を離れたくなくなっていた。

 

そして同時に危険なことも考えていた。それは

 

「また……飲んでみたい」

 

彼の血の事である。

 

僅かに口の中に残っていた分でもあそこまで身体を火照らせ、甘く、まろやかで、美味く、危険な血などこの世に存在などしないだろう。

 

しかし、これは彼を手に入れるまではお預けである。

 

だが、彼を手に入れるにはどうすればいいのか?

 

実際の所、彼にこの抑えきれそうにない想いを伝えた所で、拒否されるのが目に見えているし、何より混乱させるだけである。

 

だが私は彼を手に入れたい。なるべく早く。いや、今すぐにでも手に入れたい。

 

何故ここまでの感情が急に宿るのか不思議ではある。だが、原因は疾うに分かっている。それは、初めての優しさに触れてしまったからだ。

 

おそらくこの優しさに触れてはいけなかったのだろう。この優しさに触れてしまったからこそ今の私は、感情が抑えきれなくなっているのだろう。

 

もうどうしようもない。どうしようもないのだ。

 

あの布団の中で味わった心地よさを無くしたくはない。たった数日だけの夢で終わらせたくはない。

 

もっと味わっていたい。ずっと味わっていたい。永遠に味わっていたい。

 

そう私は、今考えている事が正しい事なのだと考え、その思考を加速させていった。

 

彼が私の伴侶となれば、私の力にもなってあげられるし、私も念願の家族を成す事ができる。良い事づくめではないか。

 

考えれば考えるほど、この熱い感情は燃え上がる様に熱くなっていく。

 

私はそれでもこの熱い感情を冷まそうと、冷たい水を呷るが、全くの役に立たない。

 

むしろそれは、油となってこの熱いモノをより一層燃え上がらせていく。

 

手に入れたい。モノにしたい。……だが、自信が無いのだ。自信が。

 

確かに今までは男性に愛された事もあった。だが、そのすべてが失敗に終わっているのだ。だから正攻法では無理であると思っているのだ。

 

ならばどうすればいいのか? 正攻法ではない方法で手に入れればいいのだ。

 

そう、不正攻法で。

 

私はもうすぐ彼が手に入る事を確信したため、自然と口が歪み、笑い声を出していた。

 

「……ふ、ふふ………ふふふふ」

 

 

 

 

 

 

「……こう…や…………こうや……耕や……耕也」

 

と、妙に艶のある声で話しかけてくる者がいる。

 

一体何が起きたんだと思いながら、俺は眠りから引き上げられ、目を開ける。

 

見ると、藍が微笑みながら、布団のわきに座って、俺の身体を揺り動かしていた。

 

まだ寝足りないせいなのか、やけに気道が狭く感じ、その所為で咳をしてしまう。

 

「ケホッケホッ……」

 

そして、咳をした後に藍の方を見て何事かを尋ねる。

 

「た、玉藻さん? …………いかがいたしました?」

 

というと、藍は俺の方を見て少し不安そうな顔を近づけてこう言ってくる。

 

「耕也……、お前は私を都に引き渡すために助けたのか?」

 

そう聞いてくる。だが、俺はそのつもりなど全くなく、即座に首を振って否定する。

 

「そんなバカな。確かに俺は陰陽師ですが、報告なんてしませんよ。玉藻さんは悪い妖怪ではないと分かっているので」

 

否定したは良いが、彼女を不安がらせてしまったという罪悪感が浮かび上がってくる。

 

確かに助けたは良いが、彼女に俺という人間がなぜ助けたのかという事や、さらには応急処置とはいえ、血を飲ませてしまった事などの行為や理由が彼女に不安を募らせる原因となったかもしれないのだ。

 

人間が妖怪を助けるなんてことはあり得ない事であり、もし助けるとしても賞金や謝礼目当てだと判断するのは必然である。

 

この時代に厚意で妖怪を助ける……他の人間に殺されるだろう。俺はそんな行為をしているのだ。

 

しかし、俺の行動が間違っているとは思えない。

 

と、そこまで思っていると、藍が先ほどの不安そうな顔を吹き飛ばし、満面の笑みを浮かべて此方にすり寄ってくる。

 

「すまないな耕也。……疑ってしまった私が悪かったよ」

 

そう言いながら藍は俺の両手を掴んでくる。

 

その顔には嬉しさ以外の表情はなく、どれだけ安心したかというのを如実に表していた。

 

俺はそれについてさらに罪悪感が湧いてきてしまい、思わず謝ってしまう。

 

「いえ、此方こそ不安にさせてしまって申し訳ありませんでした」

 

だが、俺が謝ると、ニッコリとして首を横に振り、俺の顔を見ながら言う。

 

「謝る事はないぞ耕也。感謝しか私にはできないのだから」

 

そして藍は俺の方にさらにすり寄り、両手を使って抱きしめてくる。

 

俺は彼女の甘い体臭と、大きな胸が当たり、ドギマギしてしまう。

 

だが藍はそんなことも分かっていたようで、微笑みながら口を開く。

 

「ふふ……耕也、一つだけお願いを聞いてくれるか?」

 

俺は彼女の方を見て、了承の返事をする。

 

「はい、自分にできる事でしたら」

 

すると、藍はより一層笑みを深くする。それはかえって不気味と思えるほどに。

 

そして

 

「耕也。私のモノになってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその言葉に耳を疑ってしまう。

 

今のは一体何だったのだ? と。

 

彼女と会ってから時間があまり経っていないにもかかわらず一体何故彼女が俺をモノにしたいと言い出すのだろうか。

 

俺はただ彼女の救護をしただけであり、さらに言えば俺は今の今まで寝ていただけなのだ。

 

突然の事態に困惑しながらも俺は彼女にその真意を聞いていく。

 

「あの……なぜ……?」

 

すると、彼女は微笑みながら此方の質問に答えてくる。

 

「それはなあ耕也……お前だからだよ。私に此処までの事をしてくれた人間は初めてなのさ。お前が寝ている間に色々考えたのだ。お前が欲しい。お前の血も欲しい。お前と交わり続けたい。お前と子を成したい。そして……」

 

そして耳をピンと立てて此方を慈愛の目で見つめて一言つぶやく。

 

「ふ、ふふふ……ふふふふ。お前は永遠に私のものだ……」

 

俺は思わずその言葉に

 

「ひ…ぃ………っ」

 

と、恐怖の言葉を言って後ずさってしまい、次の瞬間にその行為を後悔する事になってしまった。

 

俺が後ずさると、藍は非常に残念でならないというような顔をして、此方に近づいてくる。

 

「残念だな耕也……。お前なら私を受け入れてくれると思ったのだが……仕方が無い。耕也」

 

そういうと、まるで悪魔のような笑いを浮かべ、目からは光を無くしながら言う。

 

「ふふふ……、教えてあげよう。私の素晴らしさを」

 

そういうと、一気に掴みかかってくる。

 

俺はその行動に対して瞬間的に危機感を覚え、都へとジャンプを敢行しようと力を込める。

 

力を込めた瞬間に、景色がすっ飛び、次には轟音とともに背中に激痛が走る。

 

「ぎゃ……あ……!!」

 

あまりの痛みにしばらく呼吸ができなくなる。

 

俺は霞みそうになる視界を必死に維持しながら自身の身に何が起こったのかの把握に努める。

 

先ほどの衝撃のせいか、痛む首を回して見まわしてみると、此処は自分の家であるようだ。

 

しかも目の前に藍がおり、先ほどの布団とは反対側に居るという事まで分かる。という事はジャンプが失敗し、襖に激突したと考えた方が適当であろう。

 

藍は、布団の方から此方の方へと首だけを回してニヤリと嗤って立ちあがり、ゆっくりと近づいてくる。

 

「耕也。……私と追いかけっこでもしたいのか? ……いいぞ? 私が捕まえてやろう」

 

俺は痛みをこらえながら、震える足で立ち上がり、何とか玄関まで歩きだす。

 

だが、歩きだして数歩で足の震えが酷くなり、また貧血もあったためか、その場で倒れてしまう。

 

しかも、何故か藍に血液を供給した時から領域が作動しない……。

 

俺は一体どうなっているのだ? という疑問が頭の中を駆け巡り、また藍に対する恐怖がドンドン増してきているのが分かり、足の震えではない震えが身体を支配する。

 

しかし、何とか立ちあがり、一歩を踏み出そうとした瞬間に身体に何かが巻き付き、一気に後ろに引っ張られる。

 

俺はその発生したGに、身体の痛みが再発し、顔をしかめてしまう。

 

そして引っ張られた直後に、脇から両腕を回され抱きつかれる。

 

「つ~かま~えた…………」

 

俺はあまりの声のおぞましさに両目から涙をボロボロ出してしまい、身体をガタガタ震わせてしまう。

 

しかし、怯えている暇など無く、無理矢理正面を向かせられる。

 

だが先ほどとは打って変わって藍の顔は妖艶さを存分に発揮しており、その魅力を俺に叩きつけてくる。

 

藍は俺の頬を人さし指で触れ、流れる涙を拭って言う。

 

「大丈夫だ耕也。私はお前と契るだけ……ただただ気持ちが良いだけだからな? 壊れることはない。ただ、私だけしか考えられなくなるだけだ。……安心だろ?」

 

そういうと、尻尾と共に強く強く抱きしめてくる。

 

俺はその言葉に、全く安心感などせず、ただただその言葉に恐怖するだけであった。

 

「いやだ、嫌だ玉藻さん……やめてくれ藍!」

 

うっかりその名前を口にしてしまった俺は、次の藍の睨みで身体を縮ませる事になってしまった。

 

「おや、……私の前で他の女の名前を出すとは…………全く感心しないな。ふふふ、これは少し強めにしなければならないな……いや、うんと強めにな」

 

「いやだ、やめて……お願いだから……壊れる……」

 

だが、俺の言葉など藍のブレーキになることなど無く、むしろ燃料を注ぐ事になっていた。

 

「安心しろ……。ふふ、お前が快楽に歪む顔が見られると思うと……」

 

俺はそのまま居間へと戻されていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……うあ、……あああ……あー」

 

一体何度膣内に出されたのか分からない。自分でもどれほど搾り取ったのか数えていない。

 

「ふふふ、。おや、また出たぞ? もう少しお仕置きが必要だな……」

 

そう私が彼に声をかけると、彼はもう意識を保つことすら限界に近いのか、小さな声で懇願してくる。

 

「や……め…て…」

 

だが私はその声を聞くと、彼をもっと求めたくなってしまい、再び彼のを締め上げる。

 

まだまだ夜は長い。耕也も壊れはしないだろうし、気を送っているから涸れることもない。

 

私はその事を考えると、彼に見えない所でほくそ笑み、子種の温かさを存分に感じることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日ノ本では、その年大きな干ばつがあり、作物ができない状態となる事は必至であった。

 

また前の年でも、凶作であったために日ノ本の備蓄量は少なく、大飢饉に見舞われると誰もが予想し、絶望していた。

 

だが、田植えなどの時期に差し掛かり、その大飢饉が目の前に現実を帯びてきた時に、奇跡は起こった。

 

まるで予め管理されていたかのように、雲ひとつない空から大粒の雨が降って来たのだ。

 

多すぎず少なすぎず。作物にとっては良好な水分量となり、全ての農民がこれを喝采で迎えた。

 

そして人々が自然と口にしていった。

 

これが狐の嫁入りというモノなのか。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してるぞ耕也……」

 

「はい、玉藻さん。愛してます」

 

 

 

 

 

 

 

 


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