東方高次元   作:セロリ

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76話 振り廻すのはやめよう……

危ないからそれはよして下さい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが大正耕也かい?」

 

そう目の前の人物から声を掛けられる。女性にしては中々背が高く、そして顔が整っており、燐や空とはまた違った妖艶さを滲ませていた。

 

名を小野塚小町。死神である。

 

一体何故彼女がこの場所に居るのか分からないが、とにかく俺に何らかの用件があってここに来たのだろう。

 

彼女が此処に来る理由は何か? 俺は短い時間、彼女に返答しながら考えをめぐらす。

 

「はい、私が大正耕也です。……御用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 

と、無難に返しながら。

 

彼女が此処に来る理由。もちろん、彼女は不老だから俺に対して妖怪との付き合いの忠告や、仙人みたいに100年おきに命を頂戴するという刺客の勧告をしに来たと言う可能性もある。

 

しかし、妖怪との付き合いの忠告など唯の死神がするモノではない。突発的に訳の分からない考えが出てきてしまった事に、少々むず痒さを感じながら、もう一つの刺客について考える。

 

刺客。仙人になった場合、自分を研鑽しながら100年ごとに来る死神を撃退し、その寿命を100年伸ばしていく。負ければそのままお陀仏。

 

これなら確かに可能性としてはある。彼女の耳に届いていたかは分からないが、地上に居たころでは仙人と偽っていたのだから、それが訂正されぬまま彼女の耳に届き、今に至るという事。

 

ただ、ソレだと今の現状を見たらおかしく思うのが普通か……。

 

俺は二つの考えを破棄し、別の考えを捻りだす。

 

が、捻りだす前に小町が答えを言ってしまった。

 

「いやね、映姫様が良くあんたと会っているらしいからさ。ちょっと興味が湧いてね。……ああそうそう、自己紹介がまだだったね。あたいの名前は小野塚小町。死神をやらせてもらってるよ」

 

と、言いながら手を差し出してくる。俺はそれに断るはずもなく、素直に応ずる。

 

「ああ、映姫様のお知り合いの方でしたか。これはどうも。お世話になっております」

 

と、ちょっと変な返し方になってしまったが、まあ大丈夫であろう。とタカをくくって手を握り返す。

 

すると、小町は依然として目は笑ってはいないが、朗らかに笑いながら握手してくれる。

 

しかし、ただ会いに来たという訳で、何故鎌を持っているのか? 死神のトレードマークだからと言えばそれでおしまいなのだが、妙に鎌に殺気が込められているような気がしてならない。

 

俺はほんの少しだけ鎌に視線を移した後、少々寒気を感じながら、小町を家に入るように促す。

 

「立ち話もなんですから、どうぞお入りになってください」

 

極秘の会議や、研究結果の報告の話ではないのだし、中に燐や空が居ても大した問題ではないだろう。もしあれだったら、商店街の茶屋等に場所を移す事になるが。

 

空たちを留守番にさせるのも悪いなと思いながら、小町の反応を待つ。

 

「いや、ちょっとそこの岩場あたりで話そうじゃないか。ちょっと人に聞かれたくないからね」

 

と、少し離れた所にある岩の丘というか何と言うか。とにかくでこぼこした岩が点在する場所を指差して言った。

 

俺は彼女の人に聞かれたくないという意思を読み取り、小町に少々待ってもらえるように言う。

 

「では、少々お待ち下さい。燐さんと空さんに言っておかなければならない事がありますので」

 

と、小町に待ってもらうように、断りを入れる。

 

すると、小町は俺の肩辺りに首を出し、中を見て目を丸くする。

 

「おや、本当に燐と空じゃないか。交友関係があるねあんた」

 

と、少々感心したような表情で俺に言ってくる。確かに、死神にとっても唯の人間が妖怪を家に上がらせているのは珍しいであろう。……いや、旧地獄に居る時点で十分に人間としておかしいのではあろうが。

 

そして小町は感嘆の言葉を言った後、俺に背を向けて足を進めながら言ってくる。

 

「じゃあ、あそこに居るから来ておくれよ?」

 

と、特に急いだような気配もなく、そしてだらけたような雰囲気も出さないような感じでスタスタと歩いていく。

 

「はい、分かりました。ありがとうございます」

 

と、言いながら俺は玄関の方に振り返り、中に入って扉を閉める。

 

扉を閉めた途端に、あの嫌な空気から逃れられた事を実感してか、溜息を深々と吐く俺がいる。

 

何故か終始小町の目は笑っておらず、殺気か何かが織り交ぜられていた気がするのだ。しかも何故か会話を続けていくごとにそれがだんだん強くなっている気もした。

 

俺は特に何か悪い事をしたわけではないのだが……。

 

「耕也……」

 

と、卓袱台あたりから、かわいらしい声が聞こえてくる。その声は良く聞き覚えのある燐であった。

 

少々眉毛をへの字に曲げながら、心配そうな表情で此方を見てくる。むろん、声には出さないが、空も少し悲しそうな表情を浮かべており、俺の事を気遣ってくれているのが分かる。

 

俺はそれに何とも言えぬ、恥ずかしさと強烈な嬉しさが心を満たしてくるのが分かり、顔にそれが出てしまう。

 

要は笑みである。

 

「大丈夫ですよ燐さん、空さん。……死神はちょっと怖いかもねこりゃ……」

 

正直なところ、プレッシャーのようなものがあるとは感じてはいるが、領域が健在なので身を縮こまらせる必要はない。

 

だが、燐たちには小町から発せられる空気が伝わってしまっていたのか、服の上から肌を撫でつけている。

 

「ちょっとね。未だに死神の目は慣れないもんだよ……耕也、何かしたの? アレは結構機嫌悪いかもよ?」

 

「うんうん、結構悪いかも……」

 

と、燐と空が2人して同じ事を言う。俺は領域があるせいか、大した殺気や眼力は感じなかったのだが、妖怪にとっても危ない存在である死神の目は結構きついモノがあったのだろう。

 

2人を巻き込んでしまった事に申し訳なく思い、俺はその場で2人に謝る。

 

「すみませんお二人とも。早急に話をつけて参りますので。……もし遅くなるようでしたら、家のモノを好きに使って構いませんので何か作って食べて下さい。器具の操作方法などは前にお教えした通りですので」

 

と、遅くなることも考えながら2人に言う。

 

しかし、まだ2人は不安そうな顔を浮かべる。まあ、確かにあの雰囲気の死神に人間が会いに行くのだから不安になるのも仕方が無いであろう。

 

俺はソレを気にしないでほしいと思いながら、彼女らを安心させるような言葉を言う。

 

「安心して下さい。自分は大丈夫ですよ。領域があるので」

 

と、左腕を右手で叩きながら無傷で帰ってこれるという事をアピールする。

 

すると、少しは気が楽になったのか、笑みを浮かべながら燐が言ってくる。

 

「そうだね~、無傷で帰って来なかったら、卵の件も含めて色々悪戯するからね!」

 

「変態にはお仕置きが必要だよね!」

 

と、先ほどの卵の件を絡めて言ってくる。……仕方が無い、卵絡めたカルボナーラでも御馳走してあげようかな? お詫びとして。

 

と、しょうもない事を考えながら、2人の言ってくる事に感謝する。

 

「ありがとうございます。じゃあちょっと行ってきますので」

 

と、言いながら2人に背を向けて扉を開けて外に出る。

 

何ともまあ、妙な事を言っている俺だなと思いながらも、小町のいる方角に目を向け、歩き出す。

 

彼女は、玄関から出た俺の視界に収まる範囲に居るため、俺が外に出てきた事を見るや否や、此方に手を上げて合図してくる。

 

俺はそれに素直に合図を送り返し、小町の場所まで真っ直ぐに、テクテクと歩いて近づく。

 

「まあ、此処に座りなよ」

 

と、小町が自分の座っている岩場の隣をポンポンと叩きながら座るように促してくる。

 

「失礼します」

 

と、一言断りを入れて座る。彼女は特に俺に対して殺気のようなモノをぶつけてはこない。今は。だが。

 

俺はいつこの穏やかな雰囲気が危険なモノに変わるのかを恐れながら、小町が口を開くのを待つ。

 

しばらく沈黙が続く。沈黙が続く。

 

段々とこの空気に不安になって来た俺は、自分から口を開くべきか迷ってくる。

 

「じゃあ、本題に入ろうか。……まず、一つ聞きたい事があるのだけれども、良いかい?」

 

と、俺の迷っている間に小町が此方に質問してくる。何とかこの空気を払しょくできたことに俺は安心感を得ながら、小町の言っている事に答える。

 

「はい、どうぞ。自分に応えられる範囲であればですが」

 

というと、小町はあはは、と笑いながら言ってくる。

 

「そんなに難しい質問じゃないさ。ちゃんと答えられるものだよ」

 

と言ってさらに言葉を言ってくる。

 

「さて、質問の内容だけれども、耕也。あんたは映姫様とどんな関係なんだい?」

 

と、聞いて来る小町。いきなりそう言われては誰だって面喰うのは当たり前だが、何故小町が映姫と俺との関係について言ってくるのだろうか?

 

彼女との関係は、親しい友人であり、仕事の愚痴、今後の人生の方針などの説教などを賜る関係ではある。特に俺から何か悪いことをしたわけではないから、小町が俺と出会ったときに怒っていた理由がいまいち思い付かない。

 

いや、もしかしたら俺の所に来る回数が多く、映姫の仕事の効率が落ちてしまっている。だから小町はソレを見かねて、元凶である俺に対して怒りを覚えて此処まで来た。……この推測があっているのならば、小町が此処に来た理由も分かるし、先ほどまで怒っていた理由にも説明ができる。

 

俺は何ともこれからの話が嫌になりそうな気がしながら、小町の言う事に答える。

 

「はい、自惚れも甚だしいのですが、私と映姫様は親しい友人であると思っています。自分は不老ですので、罪を重ねず、軽減させるように説教を賜っている関係ですね。感謝してもしきれません」

 

と、無難に答えを出していく。此処で不用意な事を言って小町の機嫌を損ねさせたら、さすがに唯の馬鹿に俺はなってしまう。

 

と言うよりも、事実を言ったまでだから嘘も何もないのだが。

 

そして、そう考えながら小町の反応を待っていると、小町は少し考えてからまた一言質問してくる。

 

「耕也。あんたは、今の仕事に満足してるのかい? もっと待遇を上げて欲しいという気持ちとかないかい? あと、さらに罪を軽減させたいとか……」

 

と、先ほどよりも柔らかな雰囲気で、何かを斡旋してくる。だが、何故か鎌を握る手は柄の部分を強く握りしめる。ギリリという音が聞こえてきそうなほどに強く。

 

一体この良く分からない矛盾した行動は何を表すのか。今の俺には判断材料が不足していたため、その真意を確かめることはできなかった。

 

そして俺に出来ることと言えば、ただただ彼女の質問の意図を考えていくのみ。一体これに答えたらどのような返答が来るのか?

 

俺はソレを脳の片隅に置きながら、考えていく。

 

待遇を上げる。……もちろんこれは別の仕事を斡旋しているであろう。一体どんな仕事なのか? そして、罪を軽減させる。これが一体どんな手段なのかは分からないのだが、映姫の説教以外に罪をより素早く軽減させる方法があるのだろうか?

 

良く分からない質問の内容に俺は若干の戸惑いを覚える。が、俺は一応自分の考え……まあ、考えという名の希望を述べる。

 

「自分は特にそこまで高給をもらわなくても十分にやっていけます。……罪を軽減させるというのは……興味がありますね」

 

と、自分の考えを述べた。彼女に伝えた事は、罪を軽減させる事を希望。これだけ。

 

果たしてこれがどんな事になるのかは分からないが、取り合えず攻撃されるという事は無いであろう。

 

まあ、領域があるから別に大丈夫。と言う安心感もあるため、俺は小町の返答を待つばかり。

 

「じゃあ、ちょっと、三途の川まで来てくれないかい? ……いや、裁判所にまで来てくれないかい? 罪を軽減させるにはそれが一番さね」

 

と、良く分からない事を言ってくる。何故そこに向かうのが罪の軽減につながるのか? 若干戸惑いを覚えながらも、俺はそれに返答する。

 

勿論

 

「ええ、……分かりました。……痛い事とかじゃあないですよね?」

 

と、念のために疑問を解消する言葉を混ぜて。

 

すると、小町はカラカラ笑いながら言ってくる。

 

「大丈夫大丈夫。いや、大丈夫さね。別にあんたが何かしたってわけじゃあないからさ」

 

と。……しかし、鎌の柄に掛かる握力は増していくのが見て取れる。もはやそれは折れてしまうのではないかと思えてしまうほどなのである。

 

だが、俺はソレを見なかった事にした。

 

また小町の言っていた、何かしたという部分に妙な引っ掛かりを感じた俺だが、別に大して気にする必要はないと感じ、そのまま小町に返答する。

 

「いやあ、良かったです。一瞬針山地獄とかそう言った所に連れていかれるのかと思いました。……え~と、小野塚さん。その場所まで御案内お願いできますか?」

 

と言うと、小町は俺の反応に気を良くしたのか、立ちあがって前に行くように促してくる。

 

「じゃあ、あたいが案内してあげようか。……おっと、ちょっと待っておくれ。ひもが切れてしまったよ……」

 

そう言って、小町が下駄のような履物の部分を指差して言ってくる。

 

左足の部分のひもが解け、とてもではないがこのまま履いて歩けるような状態ではない。

 

しかし、小町は此方の方を向き笑いながら言ってくる。

 

「悪いけど先に行ってもらえるかい? 予備のひもがあるから、すぐに直せるよ。少ししたらすぐに追いつくから、この道を道なりに歩いていてもらえるかい? あたいにとって距離なんてあってないようなものだからさ」

 

と、自信満々に。

 

俺はなるほどと思った。確かに彼女が修理に手間取って、俺との差が1km、2km離れようと、彼女は距離を操って此処まで一気に来る事ができる。

 

ならば、大丈夫だな。

 

そう思って俺は了承する。

 

「分かりました。この道を真っ直ぐ行けばいいのですね?」

 

正直裁判所までの道なんざ分からないから、念のために小町に確認を取る。

 

小町は笑顔で此方に返答してくる。

 

「そうそう、その道を真っ直ぐだよ。……後でちゃんと行くからさ」

 

と、彼女は自信満々に。

 

まあ、彼女は俺がこの地底に来る以前から頻繁に行き来をしていた可能性が十分にあるため、その自信の高さを疑う必要はどこにもない。

 

俺は

 

「分かりました。では先に行ってますので」

 

と、断りを入れてからその道を歩く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

やっと行ったか……。

 

耕也の後姿を見て私はそっと溜息を吐く。そして溜息を吐いた後、圧壊するほど握っていた鎌の柄から、そっと握りしめていた手から力を徐々に抜き、緩めていく。

 

「……一体何なんだいあの男は…」

 

そう小さくなっていく後ろ姿を見ながら、再び溜息を吐く。

 

いや、映姫様に何かをしていたわけではないから、別にそこまで悪く思っているわけではないのだけれども、それでも思う所がある。

 

あの男は異常だ……。そう一目見たときから思っていた事。初対面で私が死神だという事を知っても全く怖気づかなかった男。

 

怖がってそうな顔をしてはいたが、眼の光は全く怖がっておらず、心の底から震え上がっているわけではなかったのだ。

 

そしてあの男よりも当然強いであろう燐と空。この二人があたいの姿を見て怖がっていたのだから、この異常性が際立ってくるというモノ。

 

話してみたところ、確かに礼儀正しいし、わざと粗野な接し方をしてみたが、それでも怒ることなく丁寧に接してきた。好感を持てる男だというのは間違いないだろう。だだし。

 

本当にあの男の本質が分からない。この世の人間ではないかのように浮いて見えるのだ。……そして何よりも!

 

「…………何で殺してしまいたくなるんだろう……? 殺したくないのにねえ……あたいの身体に何が起きているのやら…」

 

もう一つの異常性。それは、耕也と出会ってから首を擡げていた物の一つであった。私という死神は本来なら人間の命を狩るモノではないのにも拘らず。だ。

 

だが、ソレを一つ成し遂げられてしまえばきっと、いや、物凄く心地の良い事なのだろう。

 

そう思ったところで一つの考えが生まれてくる。

 

裁判所に案内するはずだったのだが、彼は私の道案内が無いと辿りつく事ができない。

 

途中までは私が案内すれば全く問題ない。途中までは特に何の障害も無く彼を導く事ができる。

 

ただ、その途中からが非常に難しいのだ。なぜなら、その先にはあたいが操る船に乗らなければならない。

 

そう、この部分である。私の船に乗るには、規則的にも死人の魂しか乗る事が許されていない。

 

ならばどうするか……? 映姫様が耕也を欲している。そして彼は、私が接してみても悪人ではないという印象が強かった。そして彼も罪の軽減を行いたい。

 

これら全てを達成させるには、必ず三途の河の横断が必要となってくる。

 

私は、その事を考えていると、まるで電流が全身を駆け巡ったかのような凄まじい、衝撃のような考えが浮かんでくる。

 

これは……もしかしたら私にとっても良い事なのかもしれない…?

 

その考えが浮かぶと途端にソレを実行して現実のモノとしたくなってくる。

 

……それは、耕也を殺して魂の状態にして運ぶ事。

 

これを思った瞬間に急激に彼を殺したいという気持ちが強くなってくる。……一体何故か? ……いくら考えても良く分からない。

 

これでは殺人鬼ではないか……。私はこの衝動的な欲求に戸惑いを覚える。

 

だが……、耕也を殺さなければ映姫様に会わせる事ができない…。

 

私は自分をそう正当化すると、地底の溶岩からの光からの照り返しを受けて鈍く輝く刃を持った鎌を再び手に持つ。

 

「悪く思わないでおくれよ耕也……痛くないからさ…」

 

そして、予備の紐を数十秒で付け替えると、私は一気に耕也の所まで距離を短縮した。

 

 

 

 

 

 

 

「いつになったら来るのやら……」

 

結構歩いているのだけれども、一向に小町が姿を表さない。すぐに直ると言っていたのにも拘らず。

 

今もだが、偶に後ろを振り返っても全く来る気配が無いから、少々心配になって来たのだ。

 

「仕方ないか……手間取ってるという事もあるのだろうし……」

 

そう思いながら、再び前を向きつつ足を進めていく。段々と上り坂になっているこの道は、両脇に大岩が点在しているので、それが壁の役割をしているというのが分かる。

 

とは言っても、点在する程度なので隙間だらけなのには間違いはないが。

 

そしてしばらく歩いていると

 

「すまないね耕也。待たせてしまって」

 

という声が突然して、間の前に銀色の薄い板が首辺りに配置される。

 

俺はソレを首を動かさずに眼だけを動かして、薄い板の正体を見る。

 

その異様なモノに俺は声を上手く出せなくなってしまい

 

「あの……これ……は……?」

 

と、情けなくこれしか言えなくなる。

 

「耕也。ちょっと不具合が発生したのさ。そうさね、罪を軽減させるために裁判所に渡る。ここに不具合が生じてしまったという訳さ」

 

と、良く分からない事を言ってくる。その声を聞きながら確かめた薄い板は、小町の所有する死神鎌であった。

 

ソレが俺の首に巻きつくように配置され、小町が手を捻るか間違えれば簡単に俺の首が飛ぶようになっていた。

 

俺が少々この状況が飲み込めないまま。小町は説明を続けていく。

 

「実はね……その不具合ってのは、あんたが生きているという事なのさ……。あんたが生きていると三途の川を渡る事ができない……つまりは……分かるね?」

 

つまりは俺に死ねって事か。三途の川を渡るには俺が死んで魂のまま小町の船に乗らなければいけない。そこまでを推測し、理解した瞬間に、何とも嫌な気持ちにさせられる。

 

これはどうするか……。

 

俺はこの状況を何とか打破したいという気持ちになりつつ、固まったまま彼女に話しかける。

 

「では、……もう案内しなくても良いですって言ったら……どうなります?」

 

俺が道の案内を断れば彼女も俺を殺さなければならない理由が無くなり、俺も無傷のまま家に帰れる。

 

っという考えが浮かんで来たから彼女にそのまま言ってしまったのだが、彼女が納得してくれるとは到底思えない。

 

だから、俺はこの刃がいつ食い込もうとしてくるのか、少々落ち着かない心で見ている。まあ、もし来たら切断する前に刃の方が吹き飛んでしまうが。

 

俺は彼女の行動をひたすら待っていると、なんと彼女は刃を下ろしてくれたのだ。

 

「そうだね……無理に行かなければならないという事態ではないし、あんたの行動をあたいが決めていいわけじゃあないしね……」

 

そう、理解を示してくれたのである。俺はそのまま小町から離れて、向かい合う。

 

俺が何とか彼女に対して、落ち着くように言おうとしたのだが

 

「…………とでも言えば良いと思ったかい耕也っ!!」

 

小町は、俺がホッとした瞬間を見計らってきたのか目を見開き、口に大きな笑みを浮かべながら、鎌をぶん回してくる。

 

「うわぁっ!?」

 

俺は突然の小町の行動に驚いてしまい、咄嗟の行動としてジャンプを敢行してしまった。

 

刃が当たる寸前にジャンプが作動し、景色がすっ飛んで行く。突然の事だったものだから、領域などの存在を忘れてしまっていたせいか、行き先を指定せずに作動させてしまった。

 

そしてすっ飛んだ瞬間に凄まじい轟音と共に目の前が全て真っ赤なモノに包まれる。

 

激突の際は、まるで凄まじい粘体に突っ込んだみたいな変な音。物凄く不快な音。そして破裂したような音もする。

 

「……な、……な……んじゃこりゃあっ!?」

 

反射的にそう言いながら、中でもがきまくる。すると、真っ赤になった景色から領域が勝手に俺を浮上させて脱出させてくれる。

 

すると、浮上した時に映った景色はとんでもないものだった。

 

「……溶岩地帯じゃねえか…………」

 

そう、赤熱した岩や鉱石が溶け流体と化した溶岩。この熱の川に俺は突っ込んでしまったのだ。この岩すら溶けてしまうほどの温度から俺の身を守ってくれているのは勿論領域であろう。

 

浮きながら周囲を見てみると、先ほどの小町と俺がいた道が見える。大凡距離としては2kmほど。つまり俺はそれくらいぶっ飛んでしまったのだ。

 

ろくすっぽ場所を指定しないものだから、この結果と言う訳か……。

 

そして、理解した瞬間に次には大きな焦りが生まれてくる。領域が保護してくれているとはいえ、流石に俺は人間。こんな場所に居て平常に居られるわけが無い。

 

「やばい……はぁっ……はぁっ……とにかくヤバい!」

 

自分でも訳の分からない事を叫び散らしながら、再び準備不足のままジャンプを発動させる。

 

また景色が吹っ飛び、今度は大きく堅いモノに衝突し、轟音と共に何かを撒き散らしながら、灰色の板か何かに転がり込む。

 

俺は何とか転がった状態から膝つきの状態まで身体を起こして呟く。

 

「今度は何だ……」

 

先ほどの溶岩で精神的にどっと疲れてしまった俺は、周囲の状況を把握することすら面倒になりつつあった。

 

だが、それでも確実に状況は把握しなければならないため、何とか首を回していく。すると、右方向に小町が小さくいるのが見える。

 

そして後ろを振り返ると、壁の役割をしていたのであろう。大岩に大穴が空き、見るも無残な姿へと変貌してしまっている。

 

次に下を見る。当然ではあるが、先ほどの溶岩とはまるで違う、唯の岩の板であった。

 

それに何とも言えぬ安心感を覚えると、今度は先ほどの溶岩を思い出し、またもや身体が震えてくる。寒気がする。

 

いくら領域に包まれていたから取っても、二度と行きたくない場所である。しかも予期せぬ事態だったものだから、嫌悪感も倍増である。

 

俺が身体を震わせながら、溜息を吐いて、服の上から腕を擦っていると、小町がすぐ傍まで距離を短縮してくる。

 

その表情を良く見てみると、何と驚きに包まれているのである。もしかしたら、溶岩に突っ込んだり大岩に衝突したりしても生きているから驚いているのかもしれない……。

 

だが、そんな事を深く考える事ができない俺は、ただ小町に一言言うだけである。

 

「……どうしますか?」

 

すると、小町は良く分からない複雑な顔をしながら一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「耕也……あんた本当に人間かい……?」

 

 


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