東方高次元   作:セロリ

84 / 116
81話 ちょっと不安だ……

何とか成功して欲しい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖白蓮を封ずる結界。それは勿論魔界の法界に存在し、何人たりとも寄せ付けない。いや、それは間違っていると言えよう。

 

結界を破れるものは、この世に一つしかない。それは、私の持つ星輦船。これは、命蓮さまの飛倉を改造して建造されたもの。命蓮様のお力が込められたこの船ならば、封印は確実に解く事ができる。

 

しかし、今回の依頼において私はその解放の手段が全くと言っていいほど無いのだ。これは致命的ともいえる状態であり、望みはほとんど断たれていると言っても良い。

 

それでも助けたく。大恩ある聖白蓮を助けたく。解放してあげたくて。また皆と暮らせるようになりたくて。

 

だから何とか手段を見つけたくて精一杯考えてみた。……でもやっぱり、どうしても自分の力では解決する手段が見つからない。一輪の力も随分と低下してしまっているため、此方がどう足掻いた所で封印を解くばかりか魔界にすら行く事ができない。

 

背に腹は代えられぬ。その言葉がピッタリであろう。

 

そんな思いと共に私達は、地底中の妖怪達に支援を求めた。

 

しかし、この地底達に住んでいる妖怪達は、皆人間に封印されたか、追いやられた者達。白蓮の思想である、人間と妖怪達の平等に賛同するわけが無い。

 

むしろ白蓮が復活すると困るという妖怪達の方が圧倒的と見ていいだろう。そしてもちろん結果は惨敗。

 

協力してくれる妖怪など誰一妖としていなかった。

 

この時は本当に自分の力不足を感じた。妖怪としても格が高い私ですら……いや、この場合は力が無くなっていたためか。それでもこの様なのだ。

 

勿論私だけではなく、一輪も説得に奔走した。自分よりもずっと格下の妖怪にまで頭を下げ、藁にすがる思いで。だ。

 

それでも首を縦に振るものは現れなかった。それでも何とかならないか? そう懇願し続けた。だがそれでも縦に振らない。

 

思想は確かに違うであろう。しかし、それでもこんなに必死になって頼み込んでいるのだから、少しくらい耳を傾けてくれてもいいではないか。

 

そんな思いが渦巻き、渦巻き、頭の中を支配する。

 

……最早万策尽きた。そう私と一輪は絶望した。

 

が、それから数日後である。涙が止まらぬ日々を過ごしていた私達にある一報が届いたのだ。

 

 

 

地上より人間が封印された。またその人間は妖怪に与していたため封印された。

 

 

 

というそんな情報が。

 

私はそれを聞いた瞬間、絶望に包まれたどす黒く染まった醜い心に、一筋の光が刺し込んだのを感じた。

 

それはまさに直感とも言うべき物であろう。聞いた瞬間に力の入らなくなっていた身体が一気に温まり、背筋がブルブルと震えたのだ。まるでその人間に会わなければならないとでも言うかのように。

 

これはひょっとして……ひょっとするかもしれない。

 

そんな思いが駆け巡ったのだ。今までの絶望の連続を払拭するかのように心が希望に満ちあふれようとしていた。唯の直感だというのに。名も知らぬ姿も未だ見ぬ、ましてや性格も分からない者だというのにも関わらずだ。

 

やはり反動というのも大きかったのだろう。しかし、そんな事はどうでもよかった。そんな事を気にしている事などできなかった。

 

私は居ても立ってもいられなくなり、一輪を無理矢理引っ張ってそこら中の妖怪に尋ねて回った。

 

しかし、家に籠っていたためか、私達に情報が回るのはずいぶん遅くなっていたらしい。確かに外部と接触を持たなくなりつつあった私達に情報は回りづらいだろう。こればかりは仕方が無い。

 

それでもその情報を集めて行く内に、彼の容姿、名前、住処、職場等を聞く事ができた。

 

その中でも名前を聞いた瞬間、私達は真昼間、活気のある商店街の中であるにもかかわらず声を大にして喜びを表した。

 

「いやったあああああああああああああ! やった、やった!! 大正耕也だって!? 一輪聞いた!? 大正耕也だって! やったやったああああああああああ!!」

 

「聞いた、聞いたよ! これで姐さんを解放できる!」

 

公衆の面前で抱き合い、その喜びを涙と共に表す。

 

皮算用も甚だしかったが、それでも彼の名前を聞いた瞬間に喜びが爆発するかのようにあふれ出てきたのだ。これほどの喜びは久しぶりだったであろう。

 

直感を大きく上回る結果が出た事。しかもそれは私達も噂で知る強い人物であった事。更には勘違いとはいえ、白蓮と闘った事のある人物であった事。それらが合わさった結果であろう。

 

私達もあの頃、買い出しに戻った後白蓮から聞いたのだ。彼の評判と実力について。

 

たしかに思想は白蓮とは異なる。彼は勿論、普段から白蓮と交流があったという訳でもないし、私達と面識があるわけでもない。

 

しかし、白蓮は言っていた。会った事も無い、見たことも無い私達の事を細かく知っていたと。何故か分からないが、秘匿されていた私達の事を良く知っていたのだ。

 

白蓮が表と裏があり、決して知られてはならない裏の事情を知っていた。幸い彼は誰にもその事を話してはいなかったらしいが。

 

ただこれだけは言える。それは、白蓮でさえ見当のつかない方法で彼は私達の事を知る術がある。唯でさえ白蓮に拮抗できる力のある陰陽師であるのにも拘らず、情報にまで精通しているのだ。

 

彼ならば。そう一輪も同じ考えが浮かんでいただろう。

 

喜びと共に焦燥感も増していく。早く白蓮を解放してあげたいという願望が強く強く増していく。

 

その思いが頂点に達した瞬間、抱き合ったまま一輪に言った。

 

「大正耕也の家に行こう。依頼しに行こう」

 

力強く。

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。現時点では、少々魔界に行くための手段が思い付かないのです。ですので、また後日お願いできますか? 大変申し訳ありません」

 

そう耕也から返答された私達。確かに依頼を受けてくれた事に関して言えば、非常に喜ばしい事であり、力強くもあった。

 

しかし、彼の口調から察するに、封印を解くことはできるが、その封印を解くための魔界への侵入方法がいまいち思い付かない。と。

 

そこさえ乗り切ってしまえば。乗り切ってしまえば、彼の力で聖をすぐにでも解放できる。

 

歯痒い……。

 

家に戻り、一輪と向かい合って座った時にその考えが噴出してきた。

 

あと一歩。あと一歩なのだ。その一歩ごときの為に白蓮解放を諦める事など到底認められない。

 

何としてでも打破しなければならない事案。状況。障害。障壁。

 

しかし、こんな事を思った時点で、私達に出来る事は疾うにやり尽くした。むしろそんな打開策があれば大正耕也には依頼せず、自力で解放に向かっているだろう。

 

でも何かないか……。それでも何かないか……?

 

そんな事を思いながら、思考を高速化させていく。しかし魔界に行くための法具など存在するわけが無い。したとしても妖怪である私達に扱えるとは思えない。もっと私の力が余っていれば。

 

頭の温度が上がるのが分かる。熱を持ち始めているのだ。

 

水に近しい妖怪の私が何ともおかしな状態になっているものだ。

 

と、自嘲気味に笑いながら眼を閉じる。

 

(……ああくそったれ。結局は全部耕也任せか……情けない…………自分も考えると言ったのに………………くそっ)

 

思わず顎に力が籠り、ギリリッと歯同士が磨れる音がする。

 

その気持ち悪い音は、私の中の神経を逆なでしてくる。自分の力不足と不甲斐なさ。他力本願にならざるを得ないこの状況。漆黒の煙のように漂う無力感。

 

全部が気持ち悪い。腹立たしい。悲しい。苦しい。辛い。……助けてほしい。……………………助けて。大正耕也………………白蓮を助けて。

 

顔を俯かせ、胡坐をかきながらそんな事を考えていると、負の感情が爆発的に膨れ上がる。抑えられない。

 

眼頭が熱くなる。同時に少しだけの痛みも生じてくる。

 

ああ、…………抑えられない。

 

そう思うと同時であった。熱い液体が、少しばかりの塩分を含む熱い液体が自分の頬を伝って落ちて行くのだ。

 

それは抑えようと思っても止まるものではなく、逆に勢いが増していくのみ。

 

ボロボロと毀れ落ちて行く涙は、余計に自分に対する怒りを増幅させる効果しか持たず、私は更に惨めな気持ちになって行く。

 

もっと力があればよかったのに。あの時白蓮を助けてあげられれば良かったのに……。大正がもし手段を用意できなかったら一体私達はどうすればいいのだ。もしも用意できなかったら白蓮と再会するまで幾年の時を過ごさなければならないのか。こんな心にぽっかりと穴が開いた状態でずっと過ごさなければならないのか……。…………いやだ。そんなのいやだいやだいやだいやだ。

 

ドロドロとした負の感情が、不安からくる焦燥感が爆発的に増大してくる。

 

その時であった。

 

背中に重量感のある物体が乗っかってきたのだ。その物体は不思議と暖かく、とても良い匂いがして、規則的な拍動音がする。…………一輪だ。

 

「村紗………………そんなに自分を責めないの。……確かに私達で解決できないのは非常に悔しいわ。だからと言って、自分を傷つけてまで悔しがるなんて事は間違っている。姐さんが悲しむわよ?」

 

そう言いながら更に体重を掛け、手を伸ばしてくる。

 

「いつっ! …………?」

 

ふと一輪の手が伸ばされた方向から、鋭い痛みが響いてくる。

 

「ほら…………ゆっくりと開きなさい。……ゆっくりゆっくり…………さあ」

 

言われて気が付いた。どうやら悔しさのあまり異常な握力を自分の両手にかけていたようだ。爪が食い込み、皮膚が破れ、血が大量に流出している。

 

一輪が優しく。痛くならないように配慮してくれながら、握り過ぎて硬直し、開かなくなってしまった自分の手を開いてくれている。

 

酷い…………。まるで今の自分の荒んだ心を表しているかのように醜い傷になってしまっている。とてもではないが白蓮に見せられるモノではない。

 

ああ、私は何て馬鹿な事をやっているのだろうか……?

 

「村紗、耕也さんが何とかしてくれるわきっと……信じてみましょうよ」

 

まるで私の心全てを見透かしたように言ってくる。考えている事は同じだったのか、それとも私の態度があからさま過ぎたのか。

 

だが、それでも一輪の言葉が今の心には特効薬となってくれている。

 

やはり持つべきものは友人である。そう実感する瞬間でもあった。

 

「ありがとう……ありがどう……」

 

未だ収まる事を知らない涙を流しながら、嗚咽と呂律の回らない舌を必死こいて回しながら、一輪に礼を言う。縋るように。心の闇を吐き出してしまうように。

 

対する一輪は、私の言葉を聞きながら、黙って抱きしめてくれる。何も言わない。だがそれが救いでもある。

 

本当に感謝してもしきれない。ありがとう一輪。

 

 

 

 

 

 

 

さて、今日は一応会議という名目で村紗達が来るはずだ。

 

そう自分の中で予定を整理していく。一応考えとしては、紫と一輪たちの顔合わせをしておきたい。というよりも、顔合わせが終わったら即座に魔界に侵入する事になるだろう。

 

彼女らの事だ。魔界に行けるという事が分かった途端、すぐにでも行きたいと言い出すはずだ。顔合わせだけで終わる訳が無い。

 

そう考えながら、茶請けを創造し、卓袱台の上に置く。

 

まだ紫は自宅にいる。もし、顔合わせを彼女らがしたいと言うならばするし、したくない……それは無いだろうが、したくないのなら俺が紫に頭を下げまくるしかない。そこまで彼女らが非礼とは思わないが。むしろ礼儀正しいし。

 

そんな事を考えながら、ひたすら彼女らが来るのを待つ。

 

コチコチと振り子時計が時を刻むのをBGMに、魔界に侵入した後の、白蓮救出について考える。

 

まず場所の問題。魔界に封印されているのは分かるのだが、一体魔界の何処に封印されているのか全く分からないという事。

 

そして、一応外部領域を広げて白蓮の封印場所を曝せば封印自体は簡単に解けるから問題は無い。……問題は無いのだが、罠などは無いだろうか?

 

もし解除した瞬間に、物理的な罠である槍が飛び出したりするとなると、外部領域では防護する事ができない。まあ、多分ないと思うが一応念の為。

 

と、考えているのだが、あまりにも暇すぎるし、静かすぎるので何とも俺が場違いな気がしてきてしまう。自分の家なのにもかかわらず。

 

何ともアホらしい感想を持っているなと思いながらも、俺は再び時計を見やる。

 

すでに1時を回っているため、そろそろ来てもおかしくない。今回ばかりは、燐と空には来ないようにとお願いしておいた。理由としては勿論今回の依頼に関係の無いのが大部分ではあるが、彼女らを危険な目に会わせたくないのもある。

 

魔界では異変でもないのにも拘らず妖精がブンブン飛び回り、あっちらこっちらにバカスカ弾幕を放っては消え、放っては消えていく。

 

彼女たちなら余裕ではあろうが、それでも万が一という事もあるし、さとりに心配を掛けさせたくは無い。

 

だから今日は会議にも参加させず、魔界にも連れていかない。

 

自分の考えが良い方向へと向かうように、と思いながら冷たい麦茶を一気に飲み干していく。

 

「ちと冷たくし過ぎたか……」

 

喉に氷が張り付くような妙な痛みを感じながら、俺は麦茶の温度に文句を垂れる。自業自得ではあるが。

 

と、そんな感想を持ちながら、グラスに麦茶を補充していくと、玄関方面から規則正しい接触音が聞こえてくる。

 

「耕也さん。いらっしゃいますか?」

 

それと同時に声も。

 

声で彼女達が来たと判断した俺は、よっこらせと立ちあがり、玄関まで大股で歩いていく。

 

「はい、今行きますのでお待ちください」

 

と、適当に返事をしながら。

 

廊下を歩きながら、引き戸を視界に入れると、磨りガラスの向こうには二つの人影が。もちろん一輪達であろうことは容易に想像できる。

 

ソレを確認すると、更に早足になりつつ近づき扉を開ける。

 

車輪の回る音と共に開かれた扉の先にいたのは、やはり俺の予想通りの2人組である。

 

「こんにちわ一輪さん、村紗さん」

 

「こんにちわ耕也さん」

 

「こんにちわ……」

 

その二人組の片方、一輪からは何とも安心したような、冷静さを感じる。対する村紗からは、少々落ち着きが無いような印象を受ける。いや、この場合は落ち着きの無さを必死に隠していると言えばいいのだろうか? そんな形容がぴったりである。

 

ここ数日の内に彼女らに一体何が起きたかは分からないが、とりあえず深く詮索するのは良くなさそうだ。

 

そう判断しながら、俺は彼女らに上がるように促す。

 

「どうぞ一輪さん、村紗さん。上がってください」

 

2人は同時にコクリと頷き、お邪魔しますと言って俺の後ろについてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「では、一応成果報告と言いましょうか。その類ではありますが、お互いの報告を行いたいと思います。……宜しいでしょうか?」

 

そう俺は卓袱台を挟んで向かい側の一輪達に口を開く。

 

何故か良く分からないが、俺の言葉を聞いた瞬間に彼女達の表情が変化する。

 

一輪はほんわかした表情から苦笑いへと変化し、村紗の方はどこかそわそわしてへの字にした眉毛を露骨に内側へ傾斜させ始める。つまりは顔をしかめたのだ。

 

見た瞬間に失敗したなと思った。やっちまったと。

 

彼女らなりに必死に模索してくれたのだろう。しかし、今回はそれを達成する事ができなかった。つまりは手段が見つからない。

 

もし、紫の負担を減らせるような手段があればそれも併用したいと思った俺なのだが、どうやらそれは失敗に終わりそうだ。

 

そんな印象しか受けない。というよりもそう判断すべきなのだろう。村紗の表情から分かる。

 

俺は何とも言えない自己嫌悪のような感覚に陥るが、なんとか口を開いて此方から報告を開始する。

 

「いえ、まずは私の方から報告させていただいても宜しいでしょうか?」

 

そう切りだすと、是非そうしてくれと言わんばかりに一輪が大きく頷く。

 

俺はその動作に軽く頷き、村紗の方を見る。

 

彼女も少しづつ表情を戻して、コクリと小さく頷く。

 

そこで2人の準備が整ったのだと判断し、漸く俺は切りだす事にする。

 

「率直に申し上げます。今回私は、聖白蓮さん解放のための魔界に行く手段を用意いたしました―――――っ」

 

その言葉を言うと同時に、目の前の2人は目を大きく見開き、此方に衝突するのではないかと懸念してしまうほどの勢いで身を乗り出してくる。

 

「ほ、ほほ、本当ですか!? 大正さん! ほ、本当に!?」

 

村紗の先ほどまでの陰鬱とした表情がまるで嘘のような、明るいと言うべきかは分からないが、とにかく驚きとはまさにこれであるといったような形相で大声で尋ねてくる。

 

対する一輪も先ほどの苦笑いから、嬉々とした明るい表情を前面に押し出し、此方が思わずうわっ、と声を上げてしまうほど早口で言葉を発してくる。

 

「そ、そそそそそれは、それは本当に!? 姐さんの所に行けるんですか!? ほんとに!?」

 

俺が何とかそれに頷くと、2人はワーワーギャーギャー喜びを身体全体で表していく。収まる気配が無い。本来ならば、何とも喜ばしい風景ではあるのだが、さすがにこの状況のまま話を進められるとは到底思えない。

 

仕方なく口を開いて、本題の方へと集中してもらおうと俺は切りだす。

 

「あのう……そろそろ……」

 

邪魔するという事に気が引けてしまい、少しばかり声が小さくなるが、それでも彼女らには此方の声は十分に伝わったようだ。

 

彼女らは、此方の方を見て、互いを見て、此方を見て、互いを見て。ソレを数回繰り返すと顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに正座して此方を向く。

 

「「すみません……」」

 

漸く話せるかなと思ったのだが、あんまりにも彼女らが恥ずかしくするものだから、此方も逆に話しづらくなってしまった。

 

まあ仕方ないべと思いながら、フォローをチョイチョイ混ぜながら続きを話していく。

 

「いえ、同じ立場でしたら、自分も同じ行動をとっていたに違いありませんので御気になさらないで下さい。ええと、では続きを申し上げますと、今回魔界に行く手段としましては、とある妖怪の助力を得て行くという事です」

 

「地底の妖怪からの助力ですか?」

 

と、一輪。

 

俺はそれに首を横に振り、詳細を話していく。

 

「いえ、今回は地底の妖怪ではありません。世界の壁、境界をまたぐ事のできる妖怪は地底にはいませんので、地上にいる昔からの……友人に依頼しました」

 

彼女らにそのように伝えて行くと、妙に納得したように頷かれる。

 

この様子から判断するに、彼女らの頼み込んだというのは地底内の妖怪達のみであったのだろう。だとすると、望みは無いと言っても過言ではない。

 

もし彼女らが地上に出張って調査したとしても、紫のように魔界にまで侵入できる力の持ち主を見つけるのは非常に難しいであろう。長年居た俺ですら紫しか知らない。

 

いや……ひょっとすると神奈子達なら行けた可能性も無きにしも非ず……か?

 

だが、そんな事はもはや考えた所で無駄である。彼女らもおいそれと領地から離れ、出張らせる事などできないし、仮に此方から出向いたとしても妖怪を神聖な場所に入れるわけにはいかないだろう。目撃なんてされたら目も当てられない。信仰はがた落ちになりそうだ。

 

と、そう考えながら、さらに言葉を切りだしていく。

 

「では、今回協力してくれる友人を呼んできますので、少々お待ち下さい……」

 

そう言って立ちあがってジャンプを敢行しようとする。……やはり最初から居た方が良かったか? という少しの後悔を持って。

 

「その必要はありませんわ」

 

しかし、その作業は突然の声に中断させられてしまう事になった。

 

声のした方に振り向くと、そこにはやはりというべきか何と言うか。紫が胡散臭い笑みを浮かべながら直立していた。

 

日傘を右手に携え、服は紫色のドレス。ドアノブカバーのような帽子は何時も通りに被っている。

 

しかし、一見場違いにも思える服装は彼女の持つ美貌、艶やかさ、雰囲気、威厳等により一瞬で霞んでしまう。いや、むしろ霞むどころかその違和感を覆し、この場に相応しい服装とさえ思わせるモノにまでなるのだ。

 

それほどまでに彼女の存在は強大であり、この場の空気を掌握し、そして初めて会う一輪たちを思わず怯ませてしまう程のもの。

 

彼女は特に何も思ってはいないだろう。普段通りの行動、仕草、口調。……彼女からすれば。

 

流石にこの空気は彼女らを紫が威圧しているとも取られかねないので、上手く俺が緩衝材になるように努める。

 

「ああ紫さん、ありがとうございます。確か此方から迎えに上がるはずだったのですが……違いましたっけ?」

 

すると、彼女はふふふ、と微笑みながら日傘を隙間の中に収納し、返答してくる。

 

「……早く話に参加したくて、つい来てしまいました。まあ、別にかまわないでしょう? 短縮も出来ますし」

 

と。

 

「確かにそうですね。ありがとうございます」

 

そして男なら。いや、女ですら赤面してしまうであろう笑みを浮かべながら、此方に近寄ってくる紫。

 

座りやすいように、俺は正座しながら横にススッ、とズレて紫のスペースを空ける。紫はそこに座り、一輪たちを見やる。

 

そしてちょっとした時間を掛けて観察を行ってから、切りだす。

 

「はじめまして、雲居一輪さん、村紗水蜜さん。私は横に座っている大正耕也のつ……友人である八雲紫と申します。今回私の役目、もう耕也から聞いているとは思いますが、私の能力で貴女方を魔界にまで輸送することとなっております」

 

そう一輪達に紫が言うと、慌てて一輪達が頭を下げて礼を言う。

 

「あ、ありがとうございます紫さん」

 

「ありがとうございます」

 

一輪と村紗は紫の持つ力、そして彼女の役割を理解したのか慌てて頭を下げる。

 

と、そこまでの動作を終えた所で、俺は一つ紫と話し合っていない事がある事に気が付いた。

 

それは、紫が魔界に穴を開け後どうするのか? 俺達と行動を共にして補助をしてくれるのかどうか?

 

そこの部分を話し合っていなかった。彼女が補助してくれるのなら、これほど心強い事は無い。現時点での戦闘要員が、俺だけなのである。

 

彼女達は確か自分たちの力は殆ど残ってないと言っていたはず。そして村紗の作りだした水球を見ても十分に判断できるであろう。彼女達が現時点でまともに外敵と渡り合える力を持っていない事を。

 

つまり、もし魔界に障害物等の類があれば、対処しなければならないのは必然的に俺となる。何とも苦しい状況。

 

領域は俺なら守ってくれはするが、他人を曝せば拘束具、邪魔にしかならないのである。しかしそれでも外部領域ならば彼女を物理攻撃以外から守る事ができる。……彼女らの妖力が全く使えなくなるという致命的欠点も持ち合わせてはいるが。

 

それらを加味して考えると、俺の力は到底彼女らに使っていいものではない。やはり個人用。俺用なのである。

 

そこまで短く頭の中で浮かべて沈め、紫に話しかける。

 

「紫さん、魔界に行く際ですが、魔界への道を開いた後はどうします?」

 

すると、すでにその事を尋ねてくるのは予想できていたのか、ふふふ、と笑う。そしておもむろに胸の谷間から扇子を出してピッと開き、口を隠す。

 

何時も思うのだが、何故紫は仕草が一々エロいのだろうか? 谷間に手を入れた時に外側へ押しやられる胸。弾力があり、ハリがあり、それでいて非常に大きな。

 

とりあえず一言で表すならばエロイ。ものっそいエロイ。

 

そして最早見せつけているとしか思えないほどの仕草。その類をするたびに周囲へと放たれる、脳を蕩かせる香り。やはりこれが魔性の女とも言うべき存在か。妖怪だから仕方ないと言えば仕方ない。

 

と、そこまでまで考えた所で、いかんいかんと自分を叱りつけ、思考を正常に戻す。

 

紫は俺の行動に気が付かなかったようで、此方を見てから言ってくる。

 

「どうするかはもう決めてあります。……今回私は同行しません。すべき事がありますので。でも耕也、見守ってるから安心しなさいな。どうしても補助が必要な時は、私が介入しますから」

 

同行しないと聞いた時は、一瞬冷や汗が出たが、その後フォローをしてくれたおかげで随分と安心する事ができた。

 

「ありがとうございます紫さん。助かります」

 

すると、紫はニッコリと微笑みながら

 

「いえいえ、助け合うのは当然なのだから……ね?」

 

と、何とも嬉しい事を言ってくれる。

 

そして、その事を一輪たちにもかみ砕いて伝えて行く。

 

「では一輪さん。今回は私が先頭務めます。ですので、一応外敵からの防護に全力を尽くします。ですが、万が一私の力が及ばないと判断し得る状況になった場合は、紫さんが補助してくださいます。これで宜しいでしょうか?」

 

彼女達にとっても悪くない話であったためか、素直にコクリと頷いてくれる。

 

と、同時に2人で頷きながら、此方に両手を差し出してくる。水を掬うときと同じ形をさせて差し出してくる。しかもその中には金と思わしき光沢を持つ物体が。

 

そして差し出してきたモノを凝視していると、一輪が口を開いてくる。

 

「あの、一応依頼という形ですので、報酬を用意いたしました……もし足りなければまた持ってきますので……」

 

俺は彼女の言葉に何とも言えない気持ちになってしまった。本来なら貰う事など一切考えていなかったのだ。ただ頼ってきたから力を貸した。自分にできる事の範囲だったため力を貸した。

 

唯それだけである。確かに報酬、金を貰えるのは非常にうれしい事である。しかし、今回は何と言うか違う気がする。何と言えばいいのだろうか……自分でもよく分からないが貰う気持ちにはとてもならない。

 

なので、俺は彼女の手を押し戻すようにして、返答する。

 

「いえいえ、自分はもう陰陽師とかは疾うに廃業してるのですよ。ですから報酬は無くとも構いません」

 

それに、彼女らの持ってきた報酬が生活費を削ってまで持ってきたものだとしたら、それこそ後味が悪くなってしまう。とはいってもこれも先ほどの考えに起因している事なのかもしれないが。

 

俺が彼女にそう言うと、困ったような嬉しいような良く分からない表情を浮かべて言ってくる。

 

「いいのですか? 報酬は必要だと思うのですが……対価ですし」

 

「いえ、いいですよ。他の事にお役立て下さい」

 

そこまで言うと彼女は諦めて手を元に戻す。そして何処となくではあるがちょっと安心したような表情を浮かべる。

 

その表情については深く考えはしないが、安心したのならば良かったと素直に思える。

 

そして俺は時計を視界に入れて時間を確かめる。……そろそろ良い時間だろう。

 

「では、雲居さん、村紗さん。そろそろ行きますか?」

 

そう俺が切りだすと、彼女達はコクリと力強く頷く。

 

「では紫さん、宜しくお願いします」

 

俺が少し頭を下げてお願いすると、微笑んで頷く。

 

 

 

 

 

「ええ、では開きましょう、魔界へと通ずる道を。越えましょう、世界の境界を……」

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。