まあ、聖さんのご意見は御尤も……
「ああ……まだ行かない方が良さそうだねこれは……」
そんな事を呟きながら、遠方より双眼鏡で覗いて見ると、白蓮、一輪、村紗の3名は絶賛感動の再会中である。
時折村紗と思わしき掠れた声が聞こえてくるだけであるが、彼女らは抱き合ったままその場から全く動かない。
勿論この再会の途中で俺が間抜けな顔をしながら入るというのは到底考えられるものではない。あってはならないし、許されるものでもない。
俺だってそんな感情が膨れ上がって涙がボロボロ流れているのにも拘らず、赤の他人がそこで乱入し尚且つ、やあどうも、なんて言われたら心底嫌な気分になる事間違いなしであろう。
だが此処で一つの言葉が浮かび上がってくる。
それは
「白蓮……この後どうするのだろうか?」
そう、その部分が非常に重要である。
確かに俺は一輪等に頼まれて封印を解除した。あの強大な聖なる封印に手を突っ込んで。
ただ、彼女らに言い出す事ができなかった俺も悪いだろう。その場の雰囲気の飲まれたというべきか、良心の呵責が働いたために制動が働いたのか?
どれがどのように作用して今の状況を作りだしたのかは……結局のところ俺が推しに弱かったのかもしれないが、それでも俺は確実に言わなければならない事を言わなかった。
ソレがどうにも悔しく、また自分の情けなさに嫌気がさして思わず自分で自分を殴りたくなってくる。
が、そんな事を今更した所でどうにかなるわけでもなく。
ああ全く、と言いながら俺はその場に折り畳み椅子を創造して腰を下ろす。
腰を下ろした瞬間に、グッと緊張していた筋肉が弛緩し、一気に力が抜ける感覚と強烈な疲労感に、思わず深いため息が出てくる。
「はあ~……。……ホントどうするんだろう……?」
本当に彼女は解放された後どうするのだろうか? 現時点において、彼女が地上に戻る事は到底不可能であろう。封印されてからあまりにも時が経過していないので、彼女が地上で活動するという事は不可能であろう。
かと言って、彼女が地上で隠居していたとしても、それはそれで彼女自身の掲げる理想が破綻してしまう。
では地底ならどうだろうか?
という案が一つ出てくる。否、それも不可能であろう。
地底で今どれだけの妖怪が、どれだけ人間に対して恨みを持っている事か。地底最深部に降り立って一時間もせずに攻撃された俺がいるのだ。
確かにあの時、地底で攻撃されたのは、俺の身体が極上の素材、肉に見えるという事は仕方ないだろう。それも要因の一つとして存在してはいただろう。更に陰陽師のモノマネで妖怪の事件を解決していたりもした。その恨みがあって攻撃されたというのも多分にあるだろう。
しかしだ。それでもだ。それでも彼女の方が受け入れられない可能性の方が高い。
彼女の意思は強い。それも俺とは比べ物にならないほど強い。神、仏、妖怪、人間等といった種族間の差は無く、全てが平等といった理想を掲げている白蓮なのだ。
彼女が地底で暮らす場合、真っ先に障壁となってくるのがこの理想、思想なのだ。確実に。
そして勿論の事、白蓮の思想が受け入れられるわけがない。仮に彼女が妖怪達にその教えを説いたとしよう。
何百年もはるか未来ならばまだ望みがあるだろう。しかし現時点では望みが無い事だけは言えるのだそして、……真っ先に攻撃されるのが容易に目に浮かぶ。
再び溜息を吐く。……どうすんべこれ。今更言えっこないって本当に……。
酒でもかっ食らいたい気分になるが、少しの間思いとどまってみる。
そしておもむろに空を見上げて、自分が今どんな状況で、どんな依頼を受けて此処に来たのかを明確に思い浮かべる。
「……よし、まずは封印が解けた事を喜ぼうじゃないか。その後の事は白蓮と話せばいいだろう……うん」
そう無理矢理と言っても過言ではないが、何とか自己完結をしてそのまま惰性で空を見上げ続ける。
空は相変わらず気持ちの、悪い青赤の入り混じったグロさを前面に押し出している。モヤモヤモヤモヤと目まぐるしく模様を変えていく。
その様は、まるで意図的に催眠術でも掛けようとしているのかと疑いたくなるほど。
「何でこんなの見ているん…………なんだあれ……?」
ふと、ほんの少しではあるが、薄らと黒い点のようなモノが多数空に浮かびあがっている。
いや、浮かび上がっているのではなく、段々とその形状を肥大化させているのが経時的に把握する事ができた。
なんの思いがあったのかは知らないが、椅子に座ったまま余裕ぶっこいて腕組までし始める俺。
「なんだろねあれ……?」
普段口にしないような言葉まで出しながら、ボーっと背もたれに寄り掛かりながら空を見上げ続ける。
段々とその輪郭が見えてくる。大きな大きな筋骨隆々で……如何にもな眼光を周囲に撒き散らしている……
「…………えっ? …………あっ!?」
忘れていた俺も馬鹿だったが、この時ばかりは許してもらいたいと思った。なんせ聖との再会を眺めていたり、何とか解放できたという安堵感が身体中を満たしていたのだ。
そう、それよりも前に空の彼方までジャンプさせた事など脳の片隅にもおかない程に。
「忘れてた……!」
弾かれるように立ち上がる俺。そしてその後ろで背もたれの金属が地面と接触する事により、間抜けな音を撒き散らす。反動で倒れてしまったのだろう。
その音を耳に入れながらも、俺はまるで聞かなかったかのように無視して慌てだしてしまう。
そんなに速く来れるものなのか……、と。
「ああ、やばいやばい……もう一回使えるかなこんちくしょう……」
先ほどの敢行したジャンプのせいで生じた強烈な疲労が、俺の身体を容赦なく蝕んでくる。
ああマズい……手と足がプルプルガクガクしてやがる……。
その情けなさに自己嫌悪を感じながら、横目でチラリと白蓮達の方を見る。
(そうだよな……再会の真っ最中で他に気を配ることなんてできないよな……)
当然である。そんな彼女達の事を恨むわけもないし、怒りもしない。ただ、彼女達の再会に水を差したくないという気持ちが間欠泉のように吹き出してくる。
(もうちょいかな……もう少し集まってくれたらほんの少しは楽になると思うのだけれども……)
とはいってもこの疲労困憊の状態では、多少拡散していたとしても対して変わらないだろう。
おそらく死にはしないだろうし、自業自得とはいえそこまで強烈な害を領域が見逃すはずはない。疲労の一般的限度を超えてしまうと判断したら、確実に領域が反応して保護状態に入ってくれるはずだ。
だから、一応使っても問題ないだろう。あともう一回の大規模ジャンプぐらい。
そして使うと決心した際に、一つの疑問というか願望が湧いてくる。
(……紫は介入してくれないのだろうか?)
と。
本当にどうしようもない時は、介入してくれると言っていたが、今回の場合はどうなのだろう? その時ではないのだろうか?
と、疲労のあまり、つい神にでも縋るような心境で頼ろうとしている自分がいる。
しかし、この状況では少々仕方が無いのではないだろうか? と、やはり色々と揺らいでしまう。
やはりまだ、この状況では介入するまでも無いと判断しているのだろうか? それとも、介入というのは村紗達を援護できないという最悪の事態に陥った時のみ発動するのだろうか?
色々な考えが浮かんできては沈み、唯でさえ余り集中できない状況なのにもかかわらず、散らしてくる。
ああ、こんちくしょうこんちくしょう、何とかできないもんかね? と、思いながら必死こいてジャンプの準備を進めて行く事にする。
ふう……と、軽く息を吐いて、自分で眺めていた光景の奥の奥まで拡大し、強く強くイメージしていく。
普段とは全く違う集中の仕方。どうしようもなく燃費が悪く、燃料が残り少ないのだという事を思い知らされる。
鮮明に画像が脳に映し出され、次には拡大画像を。これに伴い、全身の血管が拡張したかのように、熱が身体中を支配していく。
あまりの疲れ、そして眼の前に迫る敵、そして背後には白蓮達が。この余りにも切迫した状況は、鬼との戦いの時以来ではないだろうか?
そしてそれに似たような状況なのか、脳が勝手に判断してアドレナリンを放出させているのか……。
この血が巡る事による変な高揚感というのだろうか? 筋肉疲労等といった不利な要素を誤魔化そうと脳が必死なのか?
答えは分からないが、それにしても何とも情けないぞ俺。もちっと踏ん張れや俺。
そんな気持ちの湧きあがりを実感しながら、今更ながら紫の言葉が思い出される。
お人好しも過ぎると、命を失う羽目になるわよ? と。
やっぱり紫は何でも分かるんだなと思いながら、上を凝視して再び奴らの接近状態を把握する。
ああ更に接近してやがるこんちくしょう……当然だが。
そしてこの妙な高揚感……軽く酒を呷ったような脳の麻痺具合。そしてドロドロと巡る血の流れ。
全てが危険な気がしてならない。そしてより実感するのだ。お人好しも過ぎると命を失うという言葉が、妙に脳内に木霊してくるのだ。
脳内麻薬のせいか、震えているのにも拘らず震えていないように感じる腕をジロジロと見つつ、再び集中を続けて行く。
それに伴い、頭全体が猛烈に熱くなってくる。元々熱かったのに、血液がさらに集中した結果であろう。何とも熱い。
またその中で耳に雑音が響いてくるので、また上を見て確認してみる。
奴等が近づいてくるのが嫌でも分かる。いわゆる悪魔の翼と言うべきだろうか? それを大きく羽ばたかせながら近づいてくる。
ふと横を見てみると、漸く異変に気が付いたのか聖が一輪達を抱きしめるのをやめて、上空を睨みつけている。
しかし、この時点で最早反撃する時間など残されてはいないだろう。
だから、やはり俺が確実に全ての敵をジャンプさせなければならない。
「これで最後の…………せえーのっ!!」
確定したイメージに力を叩きつけ、眼前に広がる無数の妖怪達を空の彼方へと再び吹き飛ばす。
無論奴等は無傷だろう……だが、それでも他の連中を大勢呼ばれるのは勘弁だ。戦って殺すよりもずっとリスクが低い。俺の体力へはきついものがあるが。
と、そこまで考えた所で、一気にその代償が牙を向いてくる。
あれほど熱かった頭が、冷水に長く浸されたかのように冷たく、重くなってくるのだ。
先ほどまでの意気込みは一体どこに行ったのか。もちっと踏ん張れや、等と言っていた時の熱い身体は一体どこに行ったのか。
首から下も、段々と冷たく重たくなっている。まるで血液全てが水銀に置き換わってしまったかのように、猛烈に重く感じてしまう。
「あ……………………立てねえ……」
言葉の通りであった。
ガクガクしながらも、脳内麻薬の力を借りながらも何とか立っていられた状態だったのだが、最早力すら入らない状況にまでなってしまった。
力を入れようとすると、逆に空気が抜けてしまったビニール袋のようにフニャフニャとその場に腰を下ろしてしまう。
そして、腰を下ろした瞬間に、その衝撃を逃がしきれずに背中から地面へと寝転ぶように倒れる。
再び無音状態に近くなった筈の空間が、やけに騒がしい。
だがそれは嫌でも認識させられる、自分から発せられる音。
力の入らなくなった身体の中で唯一元気な、必死な心臓。激しく拍動し、あまりにも消耗しきった身体に酸素等を送り込み、必死に回復させようとしている。
そして段々甲高い、良く分からないが周囲の音を吸収しつつ排出しているようなそんな音が次第に大きくなってくる。
果たしてそれは自分のみに聞こえている音なのだろうか? それとも、この魔界に響き渡っている音なのだろうか?
まともに考えられない頭の中で、一体この音はなんだろう? と、必死に疑問を自分に投げかける。
それは段々と大きくなるその音は、どこか聞き覚えのあるような感じがする。
「何だった…………かな……あ?」
口を動かし、声を出すのも億劫な状態で、疑問の言葉を搾りだしていく。
そしてうるさいほど大きくなった音を聞いた時、急に思い出した。この音だったのだと。随分懐かしい音だなあと思った。
(ターボの音じゃないか……)
今の状況と全くもって関係ないのにも関わらず、そんな音を思い出したのだ。友人の所有していた900ps・R32GT-Rの吸気音を。
どうせ唯の耳鳴りの一種なんだろうが、そう俺は錯覚していた。あんまりにも酷い疲労感のせいで、感性がおかしくなったのか。
現時点では領域が保護してくれているため、この程度で済んでいるのだろう。動けない程度で。
もし領域が無かったら、今頃映姫の所か、幽々子の所にお世話になっているんじゃないだろうか?
そんな阿呆な事を考えながら、少しだけ休みたい気持ちになる。このまま目を瞑って眠ってしまいたい。
白蓮達は、このまま妖怪達が来ないうちに退却すればいい。紫が隙間で何とかしてくれるだろう。俺の場合は現時点で移動は不可能である。
内部領域が発動したままでは、紫の隙間をくぐる事ができない。……早急の改善が必要だな。
と、考えたとところで白蓮達がどうなったのかを確認したい気持ちになった。
いるかなあ~という軽い気持ちを持って首を傾けようとする。
が、全く動かない。自分では渾身の力を込めているはずなのだが、全く反応してくれない。というよりも力が全く出てこない。
仕方ねえべ……寝るか。
そう思いながら、目が覚めたらどうしようという不安と共に、意識が混濁してくる。
ドロドロドロドロと視界が溶けていくのをボーっと認識していると、視界の端に誰かの頭が映った気がしたのだが、ソレを特定する前に俺の意識は完全に落ちてしまった。
あれから一体何時間程経ったのだろうか? 自分でもわからないほどよく眠っていた気がする。
ねっとりとした黒いタールのような眠気から抜け出し、重い瞼をこじ開け、目に光を入れるとそこは先ほどと同じ空間、魔界であった。
空は相変わらずの気持ち悪い光景が視界一杯に広がり、瘴気にまみれた空気が何とも呼吸に対する欲求を削いでいく。
いくらか意識を落した事が幸を奏したのか、身体にまったく力が入らないという事は無く。弱弱しくではあるが、自分の四肢に力が入るという事が把握できた。
それに大きな安心感が湧くのを実感し、それと同時に安っぽい安心感だなと思ってしまう。
ふう、と軽く溜息を吐き、何とか身体を起こそうと、腹筋に力を入れる。そして腕を支えにしながら起き上がる。
「よお~~~~~っと…………」
力が入ると言っても、普段よりも遥かに力が無いのだから上半身を起こすのにも一苦労である。例え支えに腕を使用したとしても。
そして、上半身を起こし、血液が頭から下に降りて行く何とも心地よい感触を感じながら、ふと眠る前に思った事を思い出す。
白蓮達は一体どうなったのだろうか? と。
俺はその事を頭に思い浮かべた瞬間、居ても立ってもいられなくなり、首を出来る限り素早く動かしながら、周囲の状況を確認していく。
すると、俺から右斜め後ろに、聖達が此方へ近づいてくるのが確認できた。
俺が起きた事を確認したのかは分からないが、此方の方を見ながらニコニコとして手を振っている。
それに返すように口角を釣り上げて笑顔を作り上げる。腕は身体を支えるのが精いっぱいなので、そのままである。
ぼんやりとその近づいてくる様を見ながら、俺は一つの疑問がポンと浮かび上がってくる。
(俺が眠った後の妖怪達はどうなったのだろうか?)
そんな疑問が浮かび上がってくる。
俺が眠った後は、確実に妖怪達は俺へと向かってくるのだが、一体どこへ行ってしまっただろうか?
まさか自然消滅したなんて事はあるまい。唯ジャンプで空の彼方に飛ばしただけなのだ。一度目と同じように、戻ってこない筈が無い。
そしてその答えを自分で導き出すことなどできず、俺はすぐ傍まで近づいてきた白蓮達に挨拶をする。
「お久しぶりです……聖さん」
そう言うと、ニッコリとしながら、腰を下ろして黙ったまま俺の額に手を当てる。
「あ、あの……聖さん?」
突然の行動に俺は戸惑いながら、彼女に対して質問のような何かを投げかけるしかできない、
数秒経った後、静かに俺の額から手を離し、朗らかに笑いながら口を開く。
「良かった……もう大丈夫のようですね。改めて、お久しぶりです大正さん」
そう言いながら、しきりに俺の額に触れた手を閉じたり開いたりしている。おそらく領域に触れた事が関係しているのだろう。申し訳なく思う。
が、その事を俺は口に出さずに、先ほど思い浮かべていた疑問を口に出す。
「あの、何と言いますか……自分が気絶した後、妖怪達が襲ってきませんでしたか?」
俺の質問を聞いた白蓮は、思い出したように、目を瞬かせながら、返してくる。
「いえ……此方には来ませんでした。あの後はずっと大正さんを寝かせていただけなので」
ふと寝かせていたという言葉が気になり、俺は自分の横たわっていた地面を見やる。
何で構成されたかは分からないが、分厚い布が敷かれているのに、今更気が付いた。だから身体が痛くなかったのか。
そう思いながら、彼女に対して礼を言う。
「ありがとうございます。聖さん」
「いえいえ、貴方にしていただいた事に比べれば、大したことではありませんよ」
と、返してくるが彼女は眉毛をへの字に曲げて独り言を言うかのように呟き始める。
「それにしても……あの妖怪達は一体どこに行ってしまったのでしょうか……」
あの量の妖怪達が、此方目掛けて襲ってきたら、白蓮は俺達三人を守りながら、反撃するのは間違いなく難しいであろう。白蓮の事だから、出来ない事は無いだろうが。
それに連中が人語を理解できるような様子ではなかったし、説法で仲裁するという事も出来なかったであろうと俺は思う。
だとすれば、一体妖怪達はどうしたのだろうか? 2度のジャンプに諦めたのだろうか? それとも、紫が何か策を講じてくれたのだろうか?
紫が何かをしてくれたという事を考えるのは、頼り切っていたという事でもあり、あまり宜しくない考えであったが、この2つでは可能性が高い。
そこまで考えた所で、白蓮のすぐ傍にいた村紗が口を開く。
「白蓮……、そろそろ今後の事も話し合わないと……」
その言葉に、白蓮は村紗の方を見ながら深々と頷き、此方を見る。
「まずは、大正さんに。……この度は、私の封印を解いて下さり、誠にありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます耕也さん」
白蓮、一輪、村紗の順で口々に礼の言葉を述べて、頭を下げる。
俺はその礼の言葉を素直に受け取り、返しの言葉を言う。
「いえ、私はただ依頼された事を遂行したまでに過ぎません。一輪さん、村紗さんが頑張ったから此処まで来れたのですよ」
「いえいえ、謙遜など必要ありませんよ。もちろん一輪、村紗達には感謝しておりますが、封印を解いたのは紛れもなく貴方の力です」
そう言うと、白蓮は微笑んで、更に口を開く。
「では、本題に入りましょうか。一輪、村紗。良く聞いて下さい。できれば大正さんも」
「はい」
そう俺は返事をして、白蓮の言葉に耳を傾ける事にする。身の振り方か……俺の考えた通りだと恐らく白蓮の選ぶ道は
「私はまだ…………この魔界に残ります……」
やはりそうだろう。彼女が地上に戻ったり、地底に住居を構えるといった事を言い出すわけが無いと思った。ならば、俺の予想が当たったとみても良いだろう。
そして白蓮の言葉を聞いた村紗と一輪顔を強張らせ、まるで信じられないものを見たような顔をした。この反応は当然だろう。俺がその立場ならもっと狼狽する。
「な、なぜですか聖! 封印が解けたのですよ!?」
固まってしまった村紗の代わりに、一輪が白蓮に激しい口調で問い詰める。
「封印が解けたのは分かっています。ですが、今回はそれだけではないのですよ。もっと別の問題があるのです。ソレを今から話しますから、2人とも落ち着きなさい」
そう言うと、白蓮の言葉の通りに一輪は口を閉じ、汗を垂らしながら白蓮の話を聞こうとする。
「まず一つ、私は地上において妖怪との関係がばれ、封印されました。そして現在に至ってもその影響は色濃く残っており、とてもではないですが地上に戻るという事は不可能なはず。そして先ほど、大正さんが目覚める前ですが、一輪達の言っていた地底に住むという事はやはり不可能でしょう。聞く限り、私の説法を聞き入れる妖怪はいない。……決して不可能と言っているのではないのですが、一輪達にも悪影響が及びます。ではどうするか」
そこまで言ったところで、白蓮はゆっくりと立ち上がり、俺達の正面に来る。
そしてゆっくりと数歩歩きだして、再度此方を向く。
「私はこの魔界に残り、時が来るまで待ちます。己を更に高めていきたいと思います。何時か私の説法を聞き入れ、人と妖怪達が手を取り合う事のできるに適した時代まで」
やはりここら辺が落とし所なのだろうか? 俺は自分で考えた通りになったのにも拘わらず、少しだけ納得がいかない。
彼女がずっと此処にいるのは精神的にもあまり宜しくないのではないだろうか? いや、俺よりもずっと修行してきたのだから、強い精神を持っているという事は分かるのだが、それでもだ。
一応解決策というか、地底の中でもこれそうな場所を選定してみる。
勿論、一輪達の家と俺の家は大丈夫であろう。そして、地底の妖怪達に極力見つからずに済む場所と言えば…………許可が下りるかは分からないが、地霊殿の三つであろう。
そこで、俺は彼女に一つ提案をしてみる。
「聖さん。一つ提案させていただいても宜しいでしょうか?」
そう言いながら、一輪、村紗、白蓮を順に見て、反応を待つ。
「ええ、どうぞ」
「では。……聖さん、私の持つ力の一つに、一度来た所、見た場所へ物体を一瞬で転送することのできるジャンプというものがあります。これを使えば、他の妖怪にバレる事なく地底と雲居さんの家、私の家を行き来する事が可能です。いかがでしょうか?」
ソレを聞くと、一輪達は嬉しそうにコクコクと頷き、白蓮の方を見ながら、促す。
「そうです聖、大正さんの言うとおり、地底に来れないという事はありません」
一輪の言葉に、俺は更に付け加えて行く。
「聖さん、私は一応地底で信頼できる者の住居を当たってみます。もしそれで許可などが下りれば、その家に移動する事が可能となります。また、一部ではありますが、他の妖怪が全く寄らない場所……主に私の家の付近などがそうなのですが、その該当場所などでは、屋外へ出る事が可能となります。多少不便かもしれませんが、それなりに精神衛生上良いかなと。いかがでしょうか?」
俺の言葉に目を閉じて耳を傾ける白蓮。そして話し終わった後でも、目を開けずに沈黙を保つ。
結構無理矢理ではあるが、現に俺の家から地霊殿までは、さとり達以外妖怪が来ない。来るとしてもヤマメ等といった顔見知り。口外しないように言えば大丈夫であろう。
一輪達の家に住むという選択肢ももちろんあるだろう。しかし、魔界ほどの広大さが無い上に、己を高めるための修行もできない。これらを加味すると、定期的に一輪達の家に行ったり、此方で美味しい物を食べたりした方がよっぽど健康的であろうし、利益も大きい。
だが、此処まで言って白蓮が首を横に振らなければ、もう俺にはどうしようもない。
そして提案してから、数十秒後。長く沈黙を保っていた白蓮が、目をゆっくりと空けて、此方の方を見る。
どんな答えが出てくるのやら……。そう思っていると、白蓮はニッコリと微笑み
「確かにその方が精神的にも良さそうですね。そうしましょう」
その答えを聞いた瞬間、何とも言えない安堵感が湧きあがってくる。何と言うか、結界を吹き飛ばした時よりも安心したのではないだろうか?
そんな気がする。
そして俺の後ろでは
「いやったあああああああああああ!」
「うんうん」
両手をいっぱいに広げて喜びを表す村紗と、しみじみと何かを思い出すように頷く一輪。
どちらの顔からも、血色の良い笑顔が浮かびあがっていた。
そこでふと思った。御祝でもするべきなんじゃないか、と。
そう思ったらその言葉が自然と口から出ていた。
「…………では、聖さん、雲居さん、村紗さんこうなんと申しましょうか……封印解除のお祝いと申しますか……自分の家で美味しい料理を食べながら、般若湯でも飲みませんか?」
そう言うと、聖は酒を飲む事には抵抗が無いのか、笑顔で頷く。
「ええ、般若湯は久しぶりですね。ぜひ……ありがとうございます」
「いえいえ……ああでも、私の体力が回復するまで、もうしばらくお待ちください……」
「大丈夫です。待ちましょう」
その言葉と共に
「よっしお祝いだああああああ!」
村紗の声が魔界に響き渡る。
その心地い言葉を耳に入れながら三人に向かって一言言う。
「では、私は回復に努めるので睡眠を取らせていただきます……申し訳ありません」