東方高次元   作:セロリ

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90話 ようやっと来たか……

ええと、過去のしがらみとやらはだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ耕也。貴方、紫の創った幻想郷についてどう思っているの?」

 

と、幽香が家でのんびりとくつろぎながら、俺の方を向いて質問をしてくる。

 

そう質問をしてきた幽香は、まるで創設された事が面白くないとでも言うかのように、ぶすーっとした顔なのだ。

 

まあ、確かに急に創設されたとなれば、其れなりの反発は出てくるという事なのだろうか。

 

いやまあ、実際そのような大規模な反発があったという事は知っているし、其れを何とか静めようと紫が尽力したのは俺も知っている。

 

ただ、幽香がなぜ今になって、そんな事を聞くのかよく分からないのだ。

 

彼女自身、幻想郷というモノに反発しているのか賛成しているのか。

 

実際、風見幽香という妖怪は極めて強大な妖怪ではある。それは、地底の妖怪の半数を束ねて掛っても勝利を掴めるかどうか。これは俺の過大評価なのかもしれないが、それでも彼女の力は明らかに他の妖怪と一線を画している。

 

これについては、長年彼女と接してきている俺の意見でもあるから、大体は合っていると考えたい。

 

そして、この強大さこそが、彼女の俺に対する質問を生み出したのではないだろうか?

 

幻想郷という狭い空間の中に押し込められるという圧迫感が、彼女の心の中にあるわずかながらの反発心をくすぐったのではないだろうか?

 

そんな事を思いながら、彼女に聞いてみる。

 

「え? 幽香は……もしかして幻想郷をあまり好きじゃあない?」

 

と、憮然としながら煎餅をバリバリと噛み砕きながら嚥下する彼女の顔を見ながら言う。

 

分厚い煎餅を三枚重ねにしてモシャリモシャリと食う幽香は、俺の答えに対して少々逡巡した揚句、コクリと頷く。

 

「嫌いというわけでもないのだけれども、ちょっと時期が早すぎるんじゃないかなと思って。もう少し遅くてもいいんじゃないかしらと思ってね。どうかしら?」

 

まあ、確かに幽香の言い分も分からないでもない。確かに人は二倍近くに人口を増やし、人妖の拮抗を崩し、妖怪を押しやっている。

 

今はまだ小規模ではあるが、将来的に考えていくと彼女の計画は正しいようにも思える。

 

だが、幽香の言い分もわかる。確かに押しやられつつある妖怪ではあるが、現在はまだ小規模であり、そこまで大規模な境界をいじるのは性急すぎるのではないのではないか? と。

 

とはいっても、俺としてはこの幻想郷という仕組みが、数百年先の未来にまで繋がっているのだから、さすがに紫側に賛成しなくてはならない。

 

熱い緑茶を飲み、ふう、と息を吐きながら幽香の問いに答えていく。

 

「まあ、それが紫の中で安定した未来を描ける手だったんだろうさ。俺は人間だから、彼女の考える事が少ししか、いや殆どわからない。まあ、何が言いたいかっていうと、紫に任せとくのが一番ってことだとは思うけどね」

 

そう俺が言っても、幽香はいまいち納得がいかないようだ。

 

まあ、彼女の計画の中にも妖怪の弱体化という1つの欠点があり、それを数百年後に応急処置をすることで難を逃れはするのだが。

 

完璧ではないとはいえ、彼女の計算高い行動は物事を大体正解の方向に導いていく。

 

だから、俺はそれを信頼しており、彼女の行動に賛成する。一部賛成できないものもありはするが。

 

そんな訳で、俺は未だ憮然とした表情で、五枚重ねの煎餅に齧りつく幽香を説得しようとする。

 

「幽香。全て分かっている訳じゃあないけれども、俺の考えとしては、今後人間は確実に妖怪の力を超えてくるってことだよ」

 

と、言うと。幽香は俺の意見が気に食わないようで、熱々の緑茶を冷水でも飲むかのようにゴクリゴクリと飲んでから、俺に返答する。

 

「そこまで圧倒的な差が生じるとは到底思えないのだけれども。現に私だって人間を凌駕している力を持っているのよ?」

 

確かに幽香の言い分も一部合ってはいる。彼女の身体能力などといった力が勝っているという部分だけではあるが。

 

だが、それでは無理なのだ。

 

そう

 

「いや、確かに幽香は強いよ。確かに強い。でもよく考えてごらんよ。人間が一対一で正々堂々と挑んでくると思うかい? 違うだろ? 確かに名乗りを上げて正々堂々と戦う人間もいるだろうさ。でもね、其れは人間の本当の強さじゃあない。人間の本当の強さは群れることだよ幽香。そしていつだって脅威に対する戦法は、考え抜いて考え抜いて相手の裏をかくということなのさ」

 

無理なのだ。

 

俺は幽香の返事を待たずに言葉をつづけていく。

 

「分かっているとは思うけど、現時点でも幽香が軍隊に挑んだら負けるのは必至。すでに妖怪と人間の差は広がりつつあるのさ。そしてこれからはもっともっと差が広がる。急速に拡大する。今ある兵器も弓や剣じゃなくてもっと強いものになってくる。そうなったらもう妖怪は太刀打ちできない。すでに鬼という妖怪最強水準の奴らが、人間の不意打ちによって多数が乱獲されている。それも幻想郷内部でね。ひょっとしたらこの鬼に関する事は紫にとって想定内だったかもしれないし、想定外だったのかもしれない。それでも紫は妖怪という勢力を滅亡させないために何とか手を打とうとして幻想郷を創ったんだろうさ。……偉そうに言って申し訳ないけれども、分かってくれるかい?」

 

しばらくボリボリと煎餅を齧りながら聞いていた幽香は、ため息を吐きながら俺に返答してくる。

 

「まあ、納得いかない部分もあるけれども、一応納得しておくわ耕也」

 

と、一応納得してくれたらしい。

 

とはいえ、もう少しだけ彼女に言う必要もあるのかもしれない。

 

「まあ、言う必要があるのか分からないけれども……」

 

少し息を吸って吐いてから次の言葉を言う。

 

「今ならまだ間に合う! 私が人間を掃除してやるわー! ……なんて事やるなよ?」

 

と、俺が少お茶らけながら、幽香に対して忠告のようなモノをしておく。実際のところ、彼女が軍隊を相手に戦ったところで、人間の数の前には押し切られてしまうだろう。

 

現時点で、此処まで妖怪と人間の差が生じていると言うのにも拘らず、今後数百年の後に発展した人間に妖怪が勝てるわけが無い。

 

だからこそ紫は結界を張って幻想郷を守ろうとし、そして幻想になった物を受け入れていく方針をとるのだ。数百年後の人類と幻想郷が戦ったら……一週間持つのかどうか、といったところだろうか。それだけの差が広がってしまうのだと俺は思う。

 

と、そんな事を思ったところで、何かが変わるわけでもなし。まあ、俺はのんびりと地底で暮らしていくのかなあと、思ったところで幽香から返答される。

 

「そんな阿呆みたいなことをするわけが無いでしょうに! ……まったく、耕也は私が戦闘狂だとでも思ってるのかしら?」

 

と、ちょっとばかり此方を睨みつけながら抗議してくる幽香。

 

ちょっと変な事を言ってしまったかなと思いつつ、俺は幽香に言い訳してみる。

 

「いやいや、そう思ったわけじゃあなくてね、一応念のためなんだって。念の為。うん」

 

そういうと、少々納得がいかないのかは分からないが、幽香は此方をぶすっとした顔で見ながら、ふ~ん、と言いつつ拳大の饅頭を頬張っていく。

 

そんなに喰って太らないのかと思ったが、妖怪はそんな些細なことで身体に異常をきたしたりはしないのだろう。

 

と言うよりも、そういった事に余り関心が無いのかもしれない。

 

と、そんな予想をしながら、俺は幽香の貪る様を見ながら茶を飲んでいく。

 

 

 

 

 

「ああそうだ耕也。あんた鬼が此処に来たらどうするつもりなのよ。何かしら手を打たないといけないんじゃない? 前に鬼とひと悶着やらかしたんだし」

 

と、湯気立つ茶を飲みながら、幽香は俺にそう質問してくる。

 

鬼が来るのはもうそろそろだろう。と言うよりも今日にも来そうな予感がしてならない。

 

ただ、俺が何かしらの手を打たなければならないと言うのは、正しいのかもしれないし、正しくないのかもしれないというなんとも曖昧な部分があるのだ。

 

とはいっても、彼女達鬼の習性から勝負の後の事までネチネチとしてくるのはないと思いたいのだが、それには二つほど不安な要素があるのだ。

 

まず一つ。

 

これは、俺が鬼達のプライドを圧し折り、領域という反則レベルの力を使用して彼女達から勝利をもぎ取ったと言う事。

 

彼女達からすれば、決して食らわない防壁を身にまといながら、鬼と闘うというのはプライドを圧し折る以外の何ものでもないのだろう。

 

ただ、その部分は彼女達も狂言紛いの事を言いだして、大勢の人を人質にとるような発言をしていたのだから、お互い様だと思いたい。

 

とはいっても、人妖問わずだが相手にした事よりも相手からされたことの方がより鮮明に記憶に残るのだから、狂言紛いの事は記憶から消し去っている可能性も無きにしも非ずなのだ。

 

さらに言えば、あの戦いからかなりの時間が経過している。100年単位で経過しているのだから、忘れていたとしてもおかしくは無い。

 

もし忘れていたら同時に俺のしたことも忘れていて欲しい。が、それは流石に無理なのかもしれない。

 

そして、もう一つの理由が、俺との再会が一番の障害になりえると言えるのだ。

 

それは、鬼達が此処に来るという一番の理由である、人間からの卑怯な襲撃に呆れ果て、見限ってこの地底に来るという事なのだ。

 

これが最も厄介である。唯でさえ印象が悪いはずの俺が、人間から迫害、乱獲されて此処に来た鬼と再会したらどうなるのか。余り想像したくない事である。

 

まあ、今考えたことはあくまでも最悪なケースであり、本当に再会した時はもっとさばさばしている可能性もあるのだ。

 

そう思いながら、俺は幽香に返答する。

 

「まあ、確かに一悶着はあったけれども、何とかするさ。幽香達には迷惑はかからないはず。攻撃食らわないしな」

 

というと、幽香は少々不機嫌そうな顔をしながら俺に答えてくる。

 

「耕也がヤバいと思ったら私は遠慮なく介入するわよ。文句あるかしら?」

 

「へいへい、幽香が鬼をお掃除しないように頑張りますよ」

 

と、俺がまたふざけながら幽香に返していくと、何処から取り出したのか分からないハリセンを振り上げ

 

「そういう事言わない!」

 

パシーンと小気味いい音が頭上で炸裂すると同時に、言葉を返してきた。

 

多分盗み聞きをしてた紫がこっそり渡したに違いない。多分渡した。

 

 

 

 

 

 

 

「やべえ、結構混んでんな……まあ、大丈夫か」

 

そう言いながら、俺はゆっくりと歩きつつ店へと近寄っていく。

 

商店街に出向き、此処で買える卵や野菜などを買って行くのだが、今日は何時もより人が多いため少々歩きにくい。

 

やはり人間と妖怪の体格の差はあるというべきか、大柄な奴もいれば俺の半分ほどの背しかない奴もいる。人間と同じ背を持つ奴は勿論多いが、大柄な妖怪がいるだけで少々歩きづらかったりするのだ。特に交差する時。

 

まあ、俺の事は皆知っているし、年数も経っているから、そこまで何かがあるわけでもない。まあ、知られたきっかけというのは非常に強烈なモノだったであろうが。

 

地底に来て間もないころに殴り飛ばしたりしたのだから強烈な印象を与えたのは間違いないであろう。

 

そう思いながら、店主に話しかける。俺が話しかける店主は、妖怪であるのは勿論なのだが、かなり人間に近い姿をしている。違うのは目ぐらいだろうか。

 

「埋忌さん、この卵3つとホウレンソウください」

 

そう言うと、品を整えていた埋忌は俺の姿を見ると、驚いたような表情を一瞬だけするが、すぐに笑顔になりながら商品を掴んで袋の中に入れてくれる。

 

「はいよ耕也。まいどあり」

 

「ありがとう埋忌さん」

 

俺はそう言いながら、埋忌に代金を渡して商品を受け取る。

 

軽く会釈してから別の店へと足を進めていこうとすると、肩をポンポンと叩かれて振り返って埋忌の姿を視界に入れる。

 

「はい、どうしました?」

 

すると、その姿は先ほどとは違い、困ったような、悲しいような何とも言えない表情を浮かべており、腕を組んでポツリポツリと話し始める。

 

「いやなあ、最近かなり人が多いだろう? なのにどの店も売り上げはあまり変わらないらしいんだ。ひょっとしたら鬼が来るという事が皆を警戒させているのかもしれないなあと思ってな。どう思う? この多さは」

 

言われてみれば、此処で行き来しているのはこの地底の中でもかなりの強さを持つ妖怪が多い。流石にヤマメとかまで出歩いている訳ではないのだが、それでもかなり警戒しているのは見て取れる。

 

警備の真似事と言ったら怒られそうだが、時間が経てば自警団みたいなものまで結成しそうな勢いである。

 

「まあ、確かに結構多いですよねえ、何時ものこの時間帯は半分ぐらいの人しかいないのに……鬼に関しての噂が結構影響してるんでしょう」

 

そう返すと、腕を組みながらうんうんと頷きながら賛同してくる。

 

「やっぱりそうだろう? 鬼達が大挙してこの地底にが来ると、結構混乱しそうで怖いんだ。お前さんは確か、鬼達と闘った事があると噂で聞いた事があるんだが、本当か?」

 

と、何か懇願するような目で俺の方を見て質問してくる。

 

何か根掘り葉掘り聞かれそうだなあと思いながらも、俺は誤魔化す言葉が咄嗟に浮かばず話してしまう。

 

「ええ、戦いましたよ鬼達とは」

 

すると、目を大きく見開きながら、興味深そうに笑みを浮かべて此方に顔を寄せて話しかけてくる。

 

「やっぱり噂は本当なのか! なら話が早い、ちょっとでも良いから鬼達について話してくれないか? 俺は鬼について余り知らんのだ。この地底の者達もそこまで詳しくない。ほら、この大根もやるから」

 

と、無理矢理袋を奪われて大根をボンと入れられる。遠慮したい気分になるが、彼がくれるというならそれでいいのだろう。

 

俺は頷いて彼に話をしていく。

 

「ありがとうございます。……そうですね、基本的に鬼は力が強く、並の妖怪では指一本で軽々と負けてしまいます。そうですね、分かりやすく言うとヤマメでも負けます。特に四天王ともなると、簡単に」

 

俺がヤマメを引き合いに出して力の部分を言って行くと、大層驚いたらしく、目を丸くしながら俺の肩を揺さぶる。

 

その力はやはり人間よりも強く、俺はガックンガックンと首を振る羽目になってしまう。

 

「本当か耕也!? 一大事じゃねえか!」

 

いやいや、アンタ鬼って言ったら大体力持ちって分かるでしょうに。誰かから聞いた事あるでしょ絶対。

 

とはいえ、此処まで知らないといった感じの雰囲気で言われると本当に知らないのかなと思ってしまい、俺は掴まれている腕を解きながら返答する。

 

「まあ、この地底に来た場合、頂点に位置する妖怪になることは間違いないですが、そこまで気性の荒い輩がいるわけではないですし、妖怪同士なんですから大丈夫でしょうよ」

 

と、言うと慌てていた店主は何とかホッとしたような笑みを浮かべてため息を吐く。

 

「なんだ、鬼って言ったら気性が荒いと思っていたが……なら安心だな」

 

いやまあ、全部が全部冷静な奴ではない、むしろ闘い大好きな輩が多いのだが、規則にのっとり、キッチリと正々堂々と戦う輩が大多数と言うべきだろう。

 

まあ、それでも知らぬが仏と言うべきか。俺はその事を伝えずに店を後にしようとした。

 

 

「あ――――――っ!!」

 

一瞬にして地底の空気が変わったのだ。

 

何か大きな力を持った存在が地底を目指して進んでくるような。そんな感覚がしてくる。

 

あれだけ騒々しかった商店街が、この急変した空気によって一瞬にして静まる。

 

一気に何か大きな力、殺気か何か分からなが、とにかくとんでもない威圧感を感じる。

 

ふと、店主の方を見てみると、すでにその力の大きさが分かってしまっているのか、身体をガタガタ震わせて店の奥に引っ込んでしまっている。

 

俺は急いで店の外へと出て地底の橋付近……とはいっても此方からでは見えないので、その方角に目を向けてみる。

 

が、まだ圧倒的な気配がそこあるだけでその姿はまだ見えない。

 

だが、それでもこの気配が誰から発せられるのかは分かる。この圧倒的な気配、百年よりも前に経験した圧倒的な力の持ち主達。

 

鬼。

 

ソレがこの地底に来たのだ。人間達との関わりを立つため、彼らは降りてきたのだ。この地底に。

 

そして俺がそんな事を思っていると誰かが

 

「……お、鬼だ…………」

 

そう言った。

 

この圧倒的な力の前にその言葉しか出なかったのだろう。警戒し、覚悟し、抵抗する気満々だった妖怪から出た一言。

 

震えた声で、やっとこさ絞り出した一言。

 

鬼。

 

その声が合図になったのだろう。皆青い顔をして屋内へと一斉に引っ込んでいく。

 

砂埃をたて、商店街の明かりを全て消して扉を固く閉ざしていく。まるで予め打ち合わせなどをしていたかのような素早さである。

 

そして俺はあれよあれよと言う間に一人取り残されてしまったのだ。

 

「やっべ……どうしよう」

 

と、独り言を呟きながら、俺も帰りたいなあと思いつつも集団心理のせいか、とりあえずどこかに避難させてもらおうかなという考えの下に行動を起こそうとするが、それは敵わなかった。

 

すでに俺が前方に目を向けた瞬間には、鬼達が姿を表していたのだ。巨大な力の気配を身にまとわせながら、少々不機嫌な顔で。

 

そして、前方を歩いているのは勇儀、才鬼等といった鬼の上位陣。勇儀は殆ど怒りの表情をしてはおらず、才鬼の方が不機嫌を露わにしている。

 

その表情は、一体何からくるものなのか。いや、大体は分かる。複雑な要素が絡み合っているからこそ出てくるものなのだろう。

 

人間達への失望からくる苛立ち、悲しみ。そして、初めて来る地底への不安感。

 

そんな負の感情が絡みあっているのだろう。皆一様にそれに近い表情を晒しているのだ。

 

一歩一歩此方に近づいてくる。

 

だが、誰ひとりとして此方に気が付くものはいない。道の真ん中に立っているのにも拘らず、誰ひとりとして、だ。

 

このような事があり得るのか? と思うほど誰も気が付かない。妖怪の視力で見えない筈は無い。むしろ人間の俺ですら向こうを認識しているというのにも拘らず、向こう側からは見えないというのはおかしい。

 

此方を見ているようで、見ていないのか。それとも少し俯いているから此方に気が付かないだけなのか。

 

その足取り、気配、力はしっかりしているのにも拘らず、何処となく頼りなさそうだと思わせるモノがある。

 

そして、漸く俺に気が付いたのか、勇儀と才鬼が此方を向く。それに伴って後ろの鬼達も一斉に俺の方を向く。

 

すると、鬼達は一瞬にして騒ぎ始める。

 

何を言っているのか良く分からないモノが多かったが、一言だけ、最初の方の言葉だけ判別できた。

 

何故人間が……? 何故あの人間が此処に……?

 

この言葉である。

 

後ろの連中と同じく、勇儀達も俺が地底にいるという事に驚いていたのか、何とも言えない表情をしている。

 

目を大きく開き、口を半開きにしているのだ。

 

ジャンプでもすればまた違ったのだろうが、どの道この地底にいるのなら接触を避けるという事はできなかったであろうし、そんなコソコソしているのは面倒である。

 

だからまあ、こんな所に突っ立っているわけで。攻撃も食らわないし大丈夫であろうという安易な安心感があるのは事実でもあるが。

 

そして、こんな道の真ん中に突っ立っている俺を発見した勇儀は、数十秒の沈黙の後に何故か大きな笑みを浮かべる。

 

「ようっ!」

 

 

 

 

 

 

 

……………………あれ?

 

 

 

 

 


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