東方高次元   作:セロリ

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91話 言いづらい部分もあるが……

まあ、地上と行き来できるのはねえ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー…………」

 

という声しか出なかった。というよりも出せなかったというべきであろう。何せ、俺と鬼との間にはそれはもう凄まじい軋轢があって、因縁があったもんだから、どうやっても穏便に事が進むとは思えなかったからだ。

 

だが、そういう覚悟の下で彼らと再会してみれば、反応は全くの逆であった。

 

最初の方こそザワザワと騒いで俺が此処にいる理由などを推測し合っていたが、勇儀の一言で一気に空気が弛緩してしまい、俺は何と反応していいのか分からなくなってしまったのだ。

 

勇儀のよっ、という声と共に上げられたサインに返すように、俺も片腕を上げて小さな声で返す。

 

「や、やあ……お久しぶり…………です……はい」

 

何か良く分からないが、敬語を使わないといけない気がして、ついつい使ってしまう。

 

なんというか、過去の負の遺産が起因しているせいか、何とも話しかけづらいと感じてしまっているのだ。俺が。

 

彼女は口ぶりからして、過去の事に関しては余り気にはしていなかったのだろうが、俺としては気にしてしまう。そう、大勢を前にするとというべきだろうか?

 

少々卑怯じみたな手で勝ったという負い目のようなモノもあるかもしれない。とはいっても、相手が俺の事を特に気にしていないという事が確定してしまえば、この考えは全くの無駄なモノに早変わりしてしまうのだが。

 

とはいえ、それは俺の憶測であって、唯の勘違いにすぎないという線が濃厚でもあるが。だが、安心は全くできない。

 

彼女一人が近づいてくる。

 

ゆっくり、ゆっくり、と。後ろに控えている憮然とした表情の才鬼や未だにざわついているその他大勢と鬼達の大将を置いてきぼりにして、此方へと近づいてくる。

 

その姿は、初めて来た地底に対して全くの不安感を抱いていない、昔から此処で育ち、此処で暮らしてきたとでも言わんばかりの空気を身にまといながら、彼女は俺の方へと近づいてくる。

 

地底特有の生温かい風が、彼女の黄金の髪を撫で、髪はそれに従って風に乗っていく。

 

威圧感。

 

そういった類のモノは何一つ此方へと向けられてはいないが、風を何とも心地良さそうに受け止めながら近づいてくる彼女の表情は、頬笑みに満ちていて。

 

何と言うのだろうか。これが自信の表れとでも言うのだろうか? 少なくとも此処までの表情をする事は、俺には到底不可能なんだろうな、という事を思い知らされる。

 

ゆっくりと歩いてくる彼女は、俺から2m程離れた真正面に立つと、ニッコリと爽やかな笑顔を浮かべて口を開く。

 

「久しぶりだな、耕也……」

 

だが、その爽やかな笑顔は、俺に大きな違和感を持たせるものであった。

 

鬼と人間。

 

この種族の違いが、この対面にて一体どのような意味を成すのか。それは最早この世界に生きる人妖、神にとっては常識的な事でもあり、爽やかな笑顔を浮かべながら対峙する事がどれだけ非常識的な事として認識されているように。

 

さらに言えば、歴戦の勇士と鬼が何度も戦った果てに、友情に似た物をお互いの心に宿したとしたならば、非常識的なこととはいえ、ソレを黙認するという事もあり得るであろう。

 

だが、俺と勇儀は違う。

 

「久しぶりだね勇儀……何時以来だったかな?」

 

「おいおい、ボケるのはまだ早いぞ耕也。あの決戦以来じゃないか」

 

そう、俺と勇儀はあの決戦以来一度も会っていないのだ。

 

さらに言えば、人間と鬼という油と水のような関係が生じさせたあの事件。鬼の乱獲が原因で彼女達は此処に下って来たのだ。人間から逃れるため、人間に失望してしまったため、自分達の居場所が失われてしまう為。

 

その原因を作った人間を目の前にし、さらにはあの決闘を繰り広げた人間を前にして、どうしてそんな良い笑顔を浮かべられるのか。

 

そんな疑問が俺の中でグルグルグルグルと回り、ついには口から言葉として出てしまった。

 

「何故だい……?」

 

口が滑ってしまったとはまさにこの事だろう。声に出してしまった瞬間に自分が何を言ってしまったかを把握し、あっ、と口から声が出てしまう。

 

が、時すでに遅し。

 

「何がだい?」

 

と、これまた良い笑顔で質問してくる。

 

何とか質問を誤魔化そうと頭を回転させてみるが、彼女達鬼はそう言った事を好まないし、今後どうやっても彼女達と生活するのだから、これが元になってギスギスするのは此方としても勘弁願いたい。

 

だから仕方が無く

 

「いや、俺はお前さん達が地底に降りてきた理由は知っている……まあ後は分かるだろうけど」

 

と、半ば投げやりに彼女に白状してしまう。まあ、これで何か喧嘩みたいな事が起きるわけではないだろうが、少々不安である。

 

すると、俺が何を言わんとしているかが分かったらしく、少々眉毛を歪めさせながら、足早に此方へ近づいてくる。

 

そして

 

「耕也、こっちに来い」

 

と、俺の肩に手を回して歩き出す。

 

「すまん、こいつと少し話してくる! 先に古明地の所に行ってくれ!」

 

後ろにいる仲間に手を振りながら大きく声で言いながら、俺を狭い路地に行くよう促してくる。

 

俺は彼女の歩幅に合わせながら、彼女の横を歩いて行く。

 

何と言うのだろうか? 威圧感は無いのに、何故か萎縮してしまうというべきだろうか? これが人間と鬼との関係による副次的な産物なのだろうか?

 

何とも言えないこの居心地の悪さ。ただ隣を歩いているだけなのにもかかわらず、俺はサッサとこの場から去ってしまいたいという気持ちにすらなっていた。

 

そして路地に入ってから半分ほどまで進んだ時、ふと勇儀が立ち止まって、俺に話しかけてくる。

 

「流石にあいつらの前じゃあな。まあ、あの場で話したとしても大した事にはならなかったかもしれないが、念のために此処で話そうじゃないか。それで、耕也の言い分ってのはこんな感じで良いのかい?」

 

と、勇儀が人差し指を米神に添えながら

 

「耕也は私達が人間に対するイザコザで此処に来た。そして、過去に私達と色々とお前さんに対して、何故こうも明るく接してくるのか? そんなところか?」

 

と、ドンピシャで言ってくる。

 

そして、その事に吃驚してしまったためか、うっと声を上げてしまう。

 

すると、この事が肯定だという事を示していたためか、勇儀はやっぱりとニヤニヤしながら、俺を見てくる。

 

「ああそうだよ。俺はあんたらと決闘をした。お前らの嫌っている地上の人間達と似たような卑怯じみた手でな。だから不思議で仕方が無いのさ。他の連中ならいざ知らず、当事者であるお前がさも気にしていないかのような笑顔で話しかけてくるんだ。驚くほかないだろ」

 

と、勇儀に洗いざらい話してしまう。

 

対する勇儀は俺の言い分を聞いた瞬間、さも可笑しそうに笑い始める。

 

大きな声で笑い始める。

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 

まるで、一体何でそんな事を気にしていたのだ耕也? とでも言いそうな。いや、むしろその意思がこの笑いに込められているのだろう。

 

だからこそ、こうして笑っているのだ。さも愉快そうに。

 

決して馬鹿にしているとか、そう言った類の笑い方ではない。純粋におかしかっただけというような、そう言った笑顔。

 

不思議と不快な気分にはならないその大きな笑い声を聞きながら、俺は一つ提案を出す。

 

「まあ、此処で話すのもなんだし、俺の家で話しあわないかい?」

 

と、大笑いしている彼女に良く聞こえるように。

 

すると、俺の声が届いたのか、彼女は笑いを即座に止めて、目尻に溜まった涙を拭って俺に質問をしてくる。

 

「それは別に良いんだが……どうしてだい?」

 

と、勇儀は俺がこの提案をした事に疑問を持っているようだ。

 

まあ、確かに勇儀が言いたいことも分かる。此処で話してしまえば時間の短縮にもなるし、何より勇儀が先に行った仲間に合流しやすいからだ。

 

とはいえ、ソレを上回る利点が此方にもある。それは、俺の家はさとり達の住む地霊殿へと続く道の途中にあるという事だ。此処で話すよりもずっと合流しやすいだろうし、何よりも―――

 

「ああ……勇儀?」

 

「ん? なんだい?」

 

その言葉を聞くと同時に、俺は路地の出口に向かって指を指す。

 

「御仲間が見てるんだけど……」

 

そう、俺の視界には才鬼が何とも言えない、ニヤニヤした笑みを浮かべながら、此方を見ているのだ。

 

俺の指さしに気が付いた才鬼が、一層意地悪そうな笑みを浮かべながら、ニヤニヤと

 

「お熱いね御二人ともー。地底に来て早々逢引とは勇儀も隅に置けないねえ~」

 

と、俺と勇儀を交互に見ながら、更にニヤニヤとしだす。

 

俺はその言葉に、何とも言えない恥ずかしさを感じてしまい、頬が熱くなってくる。

 

そして、その才鬼の言葉に反論しようと、口を開く

 

「ちがわ―――――」

 

 

「違うよこの馬鹿っ!」

 

と、大気を震わせながら大声で否定する勇儀と、やっりい、と嬉しそうな声を上げながら逃げていく才鬼。ちがわいっ! と、大声で返そうと思っていた俺の声が、その声でいとも簡単にかき消されてしまい、才鬼にまでは届かなかった。

 

そして、俺が勇儀の大声に驚きの声を上げながら顔を見てみると、勇儀は顔を真っ赤にしている。

 

まあ、この状態をあんな風に形容されては誰だって恥ずかしがるだろう。

 

だが、それが功を奏したのか、勇儀は真っ赤な顔で此方に向き直りながら、一言言う。

 

「よし、お前の家で話そうじゃないか。此処では目が多い」

 

まあ、そう言う選択肢を選ばざるを得ないわな。と思いながら、俺は勇儀に返事をする。

 

「ん、分かった。じゃあ俺の家の玄関にまで直接行くから」

 

そう言いながら、彼女の返事を待たずに、外部領域を広げて、彼女を効果範囲に入れる。

 

「くっ……」

 

外部領域に曝されたせいで、纏っている妖力等が消えてしまうからだろう。彼女の口から苦悶にも似たような声が響いてくる。

 

勇儀の表情は、苦悶というほどではないが、片目を閉じて、何かを我慢しているといった感じである。

 

「ごめん、ちょっと我慢して」

 

そう勇儀の顔を見ながら、俺は彼女に言う。

 

「ああ、早くしてくれ」

 

と、勇儀が催促してくる。当然の反応だろう。

 

再度彼女に謝りながら、玄関にまでジャンプを敢行する。

 

「よっと……」

 

短い距離とは言え、燃費の悪いジャンプの疲労感に嫌気がさしながらも、勇儀が無事に此方について来られたという安心感が脳を満たしていく。

 

何度やってもこの感覚には慣れない。自分だけジャンプするのは何でも無いのだが、なんというか、少々怖いとでも言うべきなのだろうか? 他人をジャンプさせる時、完全なる五体満足であるのかどうかを真っ先に心配してしまうのだ。

 

「勇儀、大丈夫か?」

 

だが、一応念のために彼女に体調の具合などを聞いておく。

 

勇儀はゆっくりと此方を見ながら頷き、自身の身体に何ら変調が無いという事を伝えてくる。

 

「ああ、大丈夫だ耕也……」

 

と、俺の質問に答えた勇儀が、不思議そうに玄関内を見回していく。

 

「こ、此処がお前の家なのか……?」

 

まるで人の家には初めて来たかのような素っ頓狂な声を上げながら。

 

そんなに人家が珍しいものなのだろうか? という疑問が自分の中で湧きおこり、思わず彼女に聞いてしまう。

 

「そんなに人家が珍しいかい?」

 

と。

 

すると、彼女は俺の方をスッと見ながら一言つぶやく。

 

「いや、案外狭いなあと思ってね」

 

「こらこら、いくら鬼でも正直に言うなっての」

 

嘘が大嫌いん鬼とはいえ、此処まで馬鹿正直に狭いと言われたら良い気分ではない。

 

全く鬼ってやつは―――と言おうとしたところで、奥からパタパタと足音が聞こえてくる。そして、膨大な妖力の気配が突然顕現してくる。

 

勇儀はその気配に一瞬で身を固くし、奥を睨みつける。

 

 

「耕也、今帰ったのか。そろそろだとは思ってはいたが。ふふふ、御帰り」

 

と、艶やかな笑みを浮かべながら、青色の前垂れを揺らし、フサフサとした尻尾を隠さず此方に近寄ってくる妖獣。

 

「何故に藍がここに……?」

 

俺の良く知る九尾の狐。

 

そう、八雲藍が何故か此処にいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてここにお前がいるんだ……?」

 

と、何とも機嫌が悪そうにしながら、勇儀が藍に言う。

 

表情からもその機嫌の悪さが分かるが、何と言っても口調がいちばんであろう。

 

俺と笑い合っていた時よりも一段と低く、かつ藍を脅すような口調で此処にいる理由を詰問しているのだから、これを機嫌が悪いと言わずして何と言うか。

 

そんな事を考えながら、俺は2人の間に入る事ができないでいる。

 

ひとまず藍に案内されて今の卓袱台に座ったは良いが、この険悪な空気に割って入る言葉を生み出せないでいるといった方が正確だろうか。

 

とにかくこの場に居づらい。俺の家、俺が家主なのにも拘らず、此処から御暇したいくらいの空気なのだ。

 

すると勇儀の質問に対して、藍はふふふっ、と笑いながら回答していく。

 

「いやな、そろそろ貴方がた鬼がこの地底に来るであろう、そして勇儀殿が耕也と此処に来る頃だという事を紫様から通達されていてね。そして、此処で出迎えた訳だ……」

 

紫はどうやら鬼達の行動を大体は予測していたようだ。恐らく監視云々ではなく、全て頭の中で計算し尽くされた結果とでも言うべきだろうか。

 

彼女の未来予知に近いレベルでの推測に彼女、藍が忠実に動き、此処にまで来た。

 

そこで俺の中に一つの疑問が生まれてくる。

 

なぜ彼女は俺の所に来る必要があったのだろうか? 彼女が来る目的と言えば、鬼達に対して、地上への干渉を極力無くすという事。大方紫の言い分としては、お前ら鬼達は地底に住む妖怪となるのだから、これからは地上へのむやみな干渉は危険になるからといった感じであろう。

 

恐らく藍はその事を鬼に伝えに来たのだろうが…………。俺の所に居ていいのだろうか? 勇儀という大物が此処にいるとはいえ、彼女が向かうべきところは此処ではなく、他大多数のいるさとり達のところであろう。

 

そこまで考えた所で、意を決して質問する。

 

「ああ、すまんが……藍、此処に来るよりさとり達の方に行った方が効率が良いんじゃないか?」

 

すると、藍は俺の質問の内容があらかじめ分かっていたかのように、うんうんと頷きながら微笑んで口を開き

 

「安心しろ耕也。そっちには紫様がすでに到着なさっている……私が来たのはお前の安全確保も兼ねて……だな」

 

と、実に嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らしながら、微笑む。

 

すると、胡坐をかいて座っていた勇儀が、憮然とした表情で藍と俺に質問してくる。

 

「それで、お前達の関係はどういったものなんだ? ソレと、耕也。お前は何で此処にいるんだ?」

 

と、前々から疑問に思っていた疑問をぶつけてきたのだろう。少しすっきりした表情になっている勇儀がそこにはいた。

 

そして、藍は得意げな表情をしながら一言

 

「私達の伴侶だ」

 

と。

 

その一言に勇儀は大層驚いたようで、俺の方を見ながら確認の言葉を放ってくる。

 

「私達……? へえ、本当なのかい耕也……?」

 

まあ、こればっかりは誤魔化しようのない事実なので、俺はコクリと頷いて回答する。

 

「事実だよ勇儀……」

 

俺の回答にますます驚いたようで、へえ、と口に手を当てながらしばらく視線が俺と藍を行き来する。

 

何と言うか、そこまで驚かれたりすると此方としては段々と恥ずかしくなってくる。

 

いやまあ、事実を述べただけだし、何より藍達との関係は心地よいものでもあるから、恥ずかしがっているのはナンセンスなのかもしれない。

 

そんな事を思っていると勇儀が

 

「ところで耕也。どうしてお前が此処にいるんだ?」

 

という質問をしてくる。

 

質問をされた瞬間に、心臓がドクリと跳ね上がる。どうしてここにいるんだ? この質問が来るたびに何とも言えない苦い感情というべきか。そんなモノが湧きあがってくるのだ。

 

じっと此方を見つめる勇儀。その表情には俺に対する純粋な好奇心しか現れておらず、嫌がらせ等といった悪意は一切浮かんではいなかった。流石鬼という名の種族とでも言うべきだろうか? 純粋な子供に答えにくい質問をされた時と似たような気まずさというのも感じる。

 

逆に藍はドアノブカバーのような帽子を取って胸のあたりで抱きしめ、耳をペコリと折らせてしまっている。

 

時折、勇儀の方を恨めしそうに見ながら、此方の方を心配そうな目で見てくる。

 

その様は、まるでしてはいけない事をしてしまったと確信でもしたかのような子供にすら感じる。

 

はてさて、どう答えたものやら。これはちと難しいぞ? なんて思いながら、損得勘定を始める俺がいる。

 

勇儀に正直に話した場合、藍達との関係が原因という事がばれてしまう。もちろん、俺は彼女達との関係について何ら負い目などを持っていはいないが、勇儀達からすれば、どう思われるか。

 

実際話したところで大した影響は無いのだろうが、いかんせん、藍が話して欲しくない、知られたくないという表情と視線を此方に向けてくるのだからおいそれと話す事ができない。

 

此処を上手く切り抜ける方法か……藍達との接触を話さず、かつ鬼の勇儀に対して嘘を吐かずに納得してもらえる方法。

 

そんな事を考えながら、勇儀に一言言ってやる。

 

「ちょっと待っておくれ勇儀。今頭の中を整理するから……」

 

そう言って、了承を得る。

 

勇儀は特に何の疑問を持たなかったのか、俺に対して了承の意を頷く事で表してくる。

 

時折俺は藍の表情を確認しながら、その場で数十秒程沈黙して考えていく。

 

その中で複数案が浮かぶが、その中でも最も安全性の高いであろう回答を彼女に述べる事にした。

 

「勇儀、整理がついたから話すよ。まず俺が此処に来たのは……お前さん達も知っている通り、俺は地上では陰陽師をしていた。此処までは分かっているよね? 実際に戦ったのだから」

 

と、勇儀に確認するように俺は彼女の顔を見ながら話し始める。

 

それに彼女は頷きを返しながら、俺が話すのを頷くように目を輝かせていく。

 

輝かせるほどの良い話でもないのだけれども。

 

「まあ、その時の俺は陰陽師としてはとんでもないほどの低価格で依頼をこなしていたんだ。相場の100分の1とか、庶民でも手の届く範囲でね。まあ、貴族たちのように華やかな生活をしたかったという訳でも無かったから、これは商売としては成功したと言っても過言じゃあない。ところがだ」

 

そう言って俺は一度話しを閉じて、深呼吸して話の流れを整えていく。

 

「まあ、当時の俺は相場を軽視する余り、周りの連中から恨みを買ってしまってね。依頼されてた任務は自作自演だったとか色々と言われてしまって。それで、どこにも居場所が無くなってしまって、ついにはこの地底にという感じな訳さ。ま、自業自得な部分が多いわな」

 

勇儀にそう言って納得してもらうようにしてもらう。まあ、特に勇儀と藍双方に不快な思いをさせるような事は言ってないし、嘘も言ってはいない。

 

勿論今話した事は事実であるし、脚色もしてないから勇儀が怒るであろう所は何一つない。

 

そう思いながら、勇儀の顔と藍の顔を交互に見てみる。

 

藍はあからさまにホッとしたようで、帽子をギュッと抱きしめて、ニッコリと笑みを浮かべてくる。

 

勇儀は、何とも気まずそうに、卓袱台に顔を此方に向けながら突っ伏して一言。

 

「人間も大変だなあ……私達よりも面倒な事が多そうだ」

 

まあ、面倒ってのは多いもんだと思う。鬼達は何と言うか、人間に巻き込まれたとでも言うべきなのだろうか? それとも人間を巻き込んでしまったというべきなのだろうか?

 

俺には彼女が一体その面倒という言葉が何を差しているのかが今一把握できなくて、同じように机に額を乗せる

 

ひんやりとした木の冷たさに、ため息が出つつも俺は勇儀に尋ねる。

 

「勇儀はこれからどうするんだ? 商店街の近くに住んだりするんだろう?」

 

と、勇儀のほうに顔を向けながら話すと、勇儀は頷く仕草をして話す。

 

「まあ、そうするしか方法は無いよ。幸い、此処では建築も盛んではあるし、そう言うのは鬼の私達にとっては得意中の得意分野だからねえ」

 

と、少し微笑みながら。

 

「まあ、先達と言っても対してかわりゃあしないが、何かあったら俺のところにも来ると良い。できる限り手伝うよ」

 

そう言うと、勇儀は先ほどよりも笑みを大きくしながら返事をする

 

「ありがとう」

 

と。

 

そこで、俺は再度言い忘れていた質問をする事にした。一体どうして俺とこんなに自然に話す事ができるのか。と。

 

俺は卓袱台から頭を上げて、勇儀に向かって口を開いた。

 

「所で勇儀、一ついいか?」

 

その言葉に、勇儀は遊びだのふざけだのといった事が絡んでこないという事を察知したのか、俺と同じように頭を離して聞いてくる。

 

「ん?」

 

その表情は、まるでようやっと本命が来たかとでも言わんばかりの表情。

 

早く話してくれという急かしにすら捉えられる好奇心に満ちた表情。

 

「勇儀は、一体どうして俺とこうも自然に話す事ができるんだ? 俺は人間で、しかもお前達とは過去に大きな戦いもした。俺みたいな人間からすると、かなり不自然に感じてしまう……。失礼かもしれないけれども」

 

自然に接してくれるのは非常に嬉しい。ただ、それが俺の驚きと違和感と真っ向から対立してしまっている。

 

すると、勇儀は少しため息を吐きながら、出された緑茶を一気にあおる。

 

そして

 

「そうだねえ……確かに私達は人間達に攻撃され、随分数が減ってしまった。ソレは確かに悔しいし、恨み、憎しみもある。でもまあ、御前さんは上にいた奴らの当事者ではないだろう? 同じ種族ではあるが……。それに、御前さんが追いやられた事は知っていたんだ。理由はついさっきまでは知らなかったが、同じ人間に封印されたという事は知っていた。だからまあ、境遇も近いという親近感みたいなものもあったのかもしれない……」

 

と言って、勇儀はそれに、と言葉を続け

 

「どの道これからは御前さんとは嫌でも地底の仲間として付き合っていかないといけないんだ。険悪よりも友好的な方が楽じゃあないかい? そして何より―――」

 

すう、と勇儀が息を吸い

 

「鬼はサバサバしてるもんなんだよ! 耕也!」

 

ニッコリと笑いながら、俺の肩を思いっきり叩いてくる。

 

ベシリと。

 

勿論、その威力は人間の叩くとは桁の違うものであり。

 

「いったい!?」

 

領域にいとも簡単に弾かれてしまい、掌を真っ赤にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

勇儀達鬼が此処に来てから数日後、最初こそ色々と合った捻じれも段々と収まってきた。

 

藍は此方に一週間ほど滞在するというので、此処にいる。まあ、理由としては伴侶というのもあるが、此処で鬼達の監視という任務を紫から仰せつかっているからだそうで。

 

まあ、色々とその間にもイチャイチャ等もアリはしたが特に何か事件でも起るわけでもなく。

 

そんな事をのんびりと過ごしながら思っていると

 

外、玄関がやけに騒がしくなる。誰かが俺の家の玄関を叩きまくり、尚且つ俺の名前を呼んでいるようだ。

 

そんな事をしてくる知り合いはいねえぞと思いながら、出迎えをしようとした藍を手で制す。

 

「俺が出てくるよ」

 

やはり音は玄関からであり、全く止む気配が無い。それも時間が経つごとに叩く間隔も短くなり、音も大きくなってくる。

 

これ以上やられたら磨りガラスの部分が砕けてしまうのではないかというほどの音。

 

「はいはい、壊れるから叩くな」

 

と、俺は少々苛立ちを覚えながら、扉を開けていく。

 

すると、そこには何故か涙をボロボロと流している男が居た。

 

男は、ハッとした顔をしてから俺に向かって土下座をし始める。

 

そして、嗚咽しながら大声で

 

「お願いだ耕也! 俺を助けてくれ!」

 

と、頭を上げ、下げ、何とも忙しい土下座をする男。

 

この男、どこかで見たような気が……。

 

そう思いながら、少しだけ思考を巡らしてみると、その男の顔が記憶の中の顔と一致した。

 

ああ、こいつは賭場を仕切っていた奴じゃないか。と。

 

一体そんな奴がどうして此処にいるのだろうという疑問が湧くと同時に、後ろから声が掛かる。

 

「耕也。どうかしたのか? 何やら騒がしくて気になって来てしまった」

 

と、笑いながら来る藍。

 

「いや、ちょっと俺も自体を把握しきれていないんだ……」

 

そう藍に説明すると、藍は苦笑しながら頭を下げている男に尋ねる。

 

「そこの御仁、どうしてほしいのか話してもらえないか?」

 

すると、男は俺の服を掴み、泣きじゃくりながら話す。

 

「先日鬼と、鬼と酒を飲んで……酔っ払いながら勝負したら、負けて全財産とられてしまいましたっ!」

 

ソレを聞いた瞬間、バカバカしい、事実なのかそれと思ってしまうと同時に、鬼との勝負で全財産を取られてしまったという事の大きさに

 

「「なああにいいいいいいいいいいっ!?」」

 

俺と藍は叫び声をあげてしまった。

 

 

 

 

 


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