東方高次元   作:セロリ

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92話 今度は分散してる……

また負けてもらうからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か良く分からん事を言いだすこの男。お前賭博経営しておきながら鬼に全財産持ってかれるとか一体どんなヘマしたんだよ。

 

何て事を思いながら、俺はこの妖怪を居間まで通して座らせる。先ほどから全く泣きやむ気配が無く、一体どれほどのショックを受けているのかは容易に分かるというものである。

 

「ふぅ……仕方が無い。耕也、私は茶を入れてくるからその男を落ち着かせてくれ。話しが始まらないからな」

 

「はいはい」

 

と、気軽に返事をしたはいいものの、どうしたものか。

 

まあまあ、落ち着いて俺に話しをしてごらんとでも言うべきだろうか? とは言ったところで、横隔膜が痙攣してしゃくり上げている男にこの言葉が届くわけが無い。

 

男の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、とてもではないが俺を嵌めた張本人だとは思えない有り様である。まあ、このような顔になった事が何度もある俺が言うのは、まあ説得力というかなんというか。それに準じた物に欠けてはいるかもしれないが。

 

とはいえ、そんな事を考えていても仕方が無いので、素直に藍が茶を入れてくれるのを待つばかりである。

 

居間は男のしゃくり上げる声が響き渡り、ソレにリズムをとるかのように時計の針の音が鳴り続ける。

 

正直なところ、落ち着かせようと思っても、この男が延々と泣く事を見ているしかできていない俺。

 

さあてどうすんべと思いながらも、結局は一番初めに思い付いた言葉を言おうと男に声をかける。

 

「まあ、落ち着いてくれよ。……ええと?」

 

と、落ち着けと言ったは良いが、目の前の男の名前を全く知らない自分に気が付き、どういっていいものか迷ってしまったのだ。

 

すると、泣きながらも俺の意図を察したのか、男は目を擦りながら此方に言葉を返してくる。

 

「私の名前は……鉄木と申します」

 

と、何とも堅そうな名前を言ってくる。

 

が、ソレを聞いた瞬間になるほどと納得してしまう自分がいる。

 

何せこの男、肌は人間と同じような黄土色なのにも関わらず、ところどころに黒色で艶の有る鱗のようなモノが浮き出ていたからだ。

 

おそらくこれがこの男の最も大きな特徴なのではないだろうか? 名前に有る鉄が示すこの肌の特徴。

 

さて、これが彼の特徴だとすると、一体彼はどのような妖怪なのだろうかという疑問、興味が湧いてくるが、ソレを唾と共に飲み込んで別の事を口にする。

 

「まあ、詳しい話は藍が来てからにするから、そこでしばらく待ってて下さいなっと……」

 

余り良い印象を持っていない鉄木に対して、少々投げやりな言葉をかけてしまう。本来ならば公私混同をするべきではないのだろうが、ついつい出てしまった。

 

やべえな、こんちくしょう。と思いながら、壁に掛けられた時計を見ていると

 

「待たせたな耕也」

 

その言葉と共に襖が開かれる。

 

このタイミングで助かったという安堵感と共に、藍へと心の中で感謝しながら、茶への礼を言う。

 

「ありがとう藍……。ああ、鉄木さん。彼女は八雲藍。九尾の狐といった方が分かりやすいですかね?」

 

藍は俺の言葉にニッコリと笑いながら、流れるような歩き方で此方へと近づき、眼の前の鉄木と俺、そして自分へと茶を注いで、俺の隣に座る。

 

「私は耕也から紹介された通り、八雲藍と言う。……八雲紫様の式と言ったら分かるだろう」

 

と、どのようなフレーズで彼が藍の事を感づく事ができるのかを互いに補完して紹介していく。

 

この間に鉄木は少し落ち着いたのか、目を赤くしながらもしゃくり上げるのをやめていた。そして、あの八雲の……、という言葉と共に驚きの言葉を漏らしていく。

 

その反応を目に入れながら、藍が此方を見て頷いてくる。話しを進めてもかまわないという意志だろう。

 

その頷きを見ながら俺も頷きを返し、彼の方を見て話を進めていく。

 

「さて、鉄木さんでしたね。その……御依頼というのは、貴方のとられてしまった全財産を取り返してほしいと解釈して宜しいですか?」

 

と、依頼内容をまだ聞いてはいないが、大凡そのようなものだろうと推測して彼に判定を求める。

 

すると、彼はウンウンと首が千切れるのではないかと思うほど激しく振り、口を開いてくる。

 

「そ、そうです! どうか鬼達から私の財産を取り返していただきたいのです。報酬もそれに見合った額を用意させていただきます!」

 

と、もうまるで依頼が引き受けられたとでも確信してるかのように、目を爛々と輝かせながら話してくる。

 

まあ、結局は受けてしまうのだろうが……。

 

とりあえず、当時の彼がどのような賭けごとの末に、全財産を取られてしまったのかを聞かなければならないので、ソレを聞いてみる事にした。

 

「ええとですね。まず、貴方はどのような勝負、賭けごとをしてその……全財産を取られてしまったのかを詳しくお話し下さい」

 

すると、彼の行った事が非常に愚かしい事だったのか、悲しい事だったのか、自分に対する怒りが湧いてくるものだったのかは分からないが、涙を浮かべて俯く。

 

ああ、これはまずいなあと思いながら、彼をまた落ち着かせないといけないなあと思いながら、軽く息を吐くと、鉄木はポツリポツリと話し始めた。

 

「鬼達が来てから数日後でした……。彼らは非常に酒好きで、良く賭場の近くの居酒屋で酒を飲みながら、宴会みたいな事をしていました」

 

そこでふう、と息を吐くと彼は暗かった顔を更に暗くさせて、話を進めていく。

 

「私はその時丁度鬼達と席を共にしていたのです。そうしたら、鬼達が貴方の名前を言って話題にし始めたのです。あの時の人間は強かった。耕也という人間は強い。そう言った事を何度も何度も。その時私は酒で気分が高揚していたのでしょう、カッとなって鬼達に詰め寄ったのです。妖怪が人間なんかに負けるわけが無い。俺の方が強い。俺の方がずっと強い、と……」

 

申し訳なさそうに俺と藍の方を見ながら、大きくため息を吐きながら話しを続けていく。

 

正直聞いていて面白みのある話ではないし、良い気分になる話でもない。その先は聞かなくても分かる。俺という人間をきっかけにしてまたもや争いが起こってしまったという事が。

 

だから、彼がこれから離していく事についても、特に何ら驚くような事は無かったし、茶を啜っているだけであった。

 

筈であった……。

 

「そして、私は目の前の鬼に腕相撲を挑んだのです…………」

 

ソレを聞いた瞬間、口に含まれていた茶がダラダラと口から漏れ出てくるのを感じた。自然と口が開いてしまっていたのだろう。

 

全くもって意味不明な勝負の仕方である。鬼に対して力勝負などで挑もう等と一体誰がしようと思うだろうか?

 

そう、あの鬼にである。

 

妖怪の中でもトップクラスのパワーを持つ鬼に対して、酒に酔いながらも力勝負を仕掛けるとは思えなかったのだ。

 

だから

 

「耕也耕也! 茶が零れてる!」

 

藍に言われて、やっと口を閉じたのだ。

 

布巾を自分上着に押しつけ、水分を吸い取らせていき、ティッシュで口周りを拭いて行く。

 

冷静に。相手に冷静にしていると思わせるように。すでに思われていない気がするが、それでも静かに拭いて行く。

 

そして、拭き終わったら大きく息を吸い言葉を吐く。

 

「マジで!?」

 

我ながら非常に大きな声で有ったと思う。だが、こうでも叫ばないと中々胸のつかえが取れないのだ。完全に自業自得な行為の結果によって財産を奪われた男が、ノコノコと中心人物の家に来て依頼をしているのだ。驚かない方がおかしい。

 

男は俺の声に一瞬ビクリと肩を震わせて、少々怯えたような目で此方を見てくる。

 

が、俺はソレを無視するような形で彼に質問を続けていく。

 

「ああ、すみません。とりあえず、貴方が此処に来た理由は分かりました。……それでですね、鬼達から奪われた財産を取り返したいというのは良く分かりました。が、彼らは非常に強く、此方が賭けをして全力で戦ったとしても、周囲への被害を抑えることはできません。鬼に対してもかなりの怪我を負わせてしまいますし」

 

と、勝負に持ちこむにはいささか制限が設けられてしまうといったニュアンスで彼に伝えていく。

 

すると彼はしばらく考えてから、ハッとした表情になって此方に顔を向けて、口を開いてくる。

 

「賭博ならあるいは……此方の得意な手で攻め込めば―――」

 

言うと思った。まあ、彼の本業だし、ソレを元にして取り返したい。此方の土俵に持ち込みたいというのは良く分かる。

 

が、それは大きな欠点を孕んでいる事に目の前の男は気が付いていないのだ。まあ、鉄木は鬼という種族に対してそこまで詳しくは無いのかもしれない。

 

「いや、鬼は嘘は嫌いなのですよ鉄木さん……。貴方の得意な賭博で相手から巻き上げようなんてバレたら、死にますよ?」

 

と、本当に鬼に対して嘘を吐くなどといった行為は非常に危険なので、少々きつめに言っておく。

 

すると、彼も不味い事態になりそうだという事は理解できたようで、此方に一回だけ頷く。

 

俺は、ソレを了承と受け取り、彼に質問していく。

 

「他に希望はありますか?」

 

と。

 

まあ、勿論彼としては全財産を取り戻して、また元通りに店を運営したいと思っているのだろう。俺は二度と行かないが。

 

そして、彼はしばらく考えた後、俺の方を力強く見据えてくる。

 

目には激しい怒りの炎を宿し、彼の肩が強張り、小刻みに震えていく。

 

「一つだけ……」

 

一つだけ。彼が言った言葉はそれだけであった。その言葉を言って、顔を俯かせる。

 

その言葉に周囲の空気が沈黙し、静寂だけが訪れる。どうしても言いたい次の言葉が数秒後には口から解き放たれるだろう。

 

俺はその言葉を聞き、彼の要望に答えるか否か。ソレを決めなくてはならない。

 

もし、彼の言葉が鬼に対する禁忌であったら、俺はソレを断らなくてはならないし、俺にできない事だったらそれも断らなくてはならない。

 

そんな事を考えながら、彼の言葉を待っていると、漸く俯いた顔を此方に向けて、口を開く。

 

「俺を負かした鬼達を、同じ腕相撲で負かしてやりたいです……」

 

と言った。

 

頭湧いてんじゃねえか? と言わなかった俺を誰か褒めてくれ。

 

いや、なんというか。俺にできない事では無いが、なんでよりにもよって、力自慢の鬼に腕相撲で挑まなければならないのか?

 

しかもそれは鉄木が負けた勝負ではないか。

 

ひょっとしたらではあるが、俺の予想通りの事を思っているのではないだろうか? なんて事を思ってしまう。

 

いや、考えすぎかもしれないが、これが一番可能性が高いとしか思えないのだ。

 

負けた奴と同じモノで勝てば、爽快感、優越感、達成感も二倍以上。

 

鬼に対して、こんな事をしたいと考えているのではないだろうかと思った俺は、素直に彼に聞いてみる事にした。

 

「もしかして、優越感が増すとか考えてませんよね?」

 

と、彼に向かって口を開く。

 

すると、彼は此方の方を見ながら、ゆっくりと、コクリと頷く。なんともやりづらそうに。

 

この反応には藍も呆れてしまったようで、はぁ、と大きくため息を吐いたかと思うと、遠い眼をしながら天井を見上げてしまった。

 

そして、俺は……頭が痛くなってきた。

 

鬼に対して、倍返しのような手法は全くオススメできないのだ。というよりすると考える輩なんていないと思っていた。

 

が、目の前にいた。目の前の、財産を取り上げられた男が、あの鬼にである。

 

もっと此方で勝負できる種目にしろと声を大にして言いたいが、眼の前にいるのはれっきとした依頼人であり、無碍に扱う事は出来ない。

 

ああどうしようか、と思ったところで藍が口を開く。

 

「もっと此方に有利な種目で勝負しようとは思わないのか?」

 

と、男に。

 

その目は、男をしっかりと見据え、御前は自分が何を言っているのか理解しているのか? とでも言いたそうな雰囲気を醸し出している。

 

彼女の表情からは苛立ちなどの感情は読み取れないが、内心は苛立ちもあるのかもしれない。だから、堅い口調で、淡々と彼に言ったのだろう。

 

その言葉に、鉄木は怯えたように藍の方を見ながら、俺の方へと視線を移す。

 

まあ、妖怪の彼からすれば、俺よりも九尾の狐である藍の方が恐怖度が大きいだろう。

 

俺はいくらこの地底で雑魚をノシ、此処に住みついたとはいえ、所詮は人間である。しかし、隣では三国を恐怖に陥れた九尾の狐が正座して質問してきているのだ。比べた場合、どちらが強く見えるか、怖く見えるのかは自明の理と言ったところだろうか。

 

だから、質問に答える時も、俺の方を見ながら口を開いてくる。

 

その行動を藍はまあ、こんなもんだろうと目で合図を送ってくる。まあ、彼の立場だったら俺も同じような行動をとっていたかもしれないし、彼には同情する。

 

「下らない自尊心ではあると思います。ですが、どうかお願いします。どうか……!」

 

と、畳みに額を擦りつけながら土下座をし始める。

 

正直断ってやりたいという考えがあるのは確かである。が、此処まで頼み込んでくる依頼人を無視していれば、後々街での心証等が悪くなる可能性も捨てきれない。

 

だから、俺は折れた。

 

「分かりました。その依頼を受けましょう」

 

彼が依頼してきたのは、封印前に地上で陰陽師をやっていた事も起因しているだろう。ひょっとしたら曲解されて何でも屋をやっていたと勘違いされているのかもしれないが。

 

元が付くとはいえ、陰陽師に妖怪が依頼してくるのは中々に見られない光景ではないだろうか?

 

と、そんな事を考えながら、彼の反応を待つ。

 

すると、彼は土下座の体勢から大声で

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

と、礼を言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

依頼が決まった後は、非常に円滑に事が進んで行った。途中までは。

 

その途中とは、殆ど完遂に近いレベルと言っても過言ではないが、その最後の一歩というのが中々に大変なのだ。

 

依頼を受けたその後すぐに、俺は鉄木を連れてその鬼達の所に行った。藍は留守番。

 

鬼達は労せず手に入れられた資産に、喜びを隠しきれず、昼間から酒をかっ食らっていたのだ。

 

そこで、俺は鬼に対して交渉をし始める。御前達が先日手に入れた財産をめぐって腕相撲勝負しないか? と。

 

地上で俺を知っていた鬼達は、露骨に嫌そうな目をしながら言葉を濁してきたが、兵器等を使った勝負ではなく、純粋な力勝負なら負けはしないと考えたのか、数分後に首を縦に振った。

 

御前の勝負を受けると。

 

だが鬼達はこう言った。鉄木は耕也に依頼を頼んだのだから、此方も複数で挑む。

 

数は4人。あの時と同じである。だが、勝負の方式としては総当たり。

 

それでも嫌な予感しかしなかったが、此方の落ち度を突かれては反論もしづらいので、了承した。

 

どうせ鬼の中でも力自慢を連れてくるのだろうと。そう思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

そして、途中まで円滑にいったは此処までである。問題は、残り2人をどうかき集めるか。

 

ああ、ひょっとしたら紫や幽香に頼まなきゃあなあと思いながら、俺は鉄木を帰らせ、帰路についた。

 

出迎えてくれたのは、勿論藍であり、ニコニコしながら以来関係の事について聞いてきた。

 

「どうだった、鬼達との交渉は」

 

まあ、上手く行った事を確信しての言葉だったのだろう。口調、表情共に確信を持ったモノである。

 

交渉自体は上手く行ったと言えるのかは分からないが、一応まとまったという事を伝える。

 

「うん、まあね。腕相撲で勝負するのだけれども、急遽もう2人必要になってしまったんだよ」

 

すると、それは意外だったのか、藍が驚きで目を大きくしながら、俺の方へと返してくる。

 

「おや、どうして4人になってしまったんだ? 依頼者は鉄木。雇われたの耕也。なら耕也だけでも十分だったのではないか?」

 

「いや、それが向こうさんは鉄木だけで来るのを期待していたらしい。態々俺を雇ってくるのは正々堂々ではないのだとさ。だから、今回は複数の4人にされてしまったよ」

 

「もう少し言葉でやりこめなかったのか耕也?」

 

と、藍が苦笑しながら俺に言ってくる。

 

たしかに、あの場では色々と言葉を使ってやりこめるのは簡単だったかもしれないが、相手は鬼なのだ。

 

そう言った卑怯じみた事は酷く嫌う。ひょっとしたら鉄木だけとしか勝負しないと言い始める可能性も無きにしも非ずだったのだ。

 

だから、俺はあの場で了承した。最善だったのかは分からないが、ともかく話しはまとまったのだ。

 

「まあ、鬼の特性を考えていくと、難しいよやっぱ。藍も分かるだろう? 後々に禍根を残すよ」

 

まあ、そうなってしまうのかもしれないなあ。と、藍が苦笑しながら俺の話しに反応する。

 

とりあえず、藍にでも聞いてみるかなあ。

 

そう思った瞬間に、俺の目の前の空間に亀裂が走り、それは一瞬で拡大した。

 

両端には赤い色のリボン、中は目玉と紫色の空間。そして、妖艶な雰囲気を醸し出し、微笑を浮かべつつ現れる紫。

 

「あらあら、随分と面白い話をしてるじゃない。耕也?」

 

「おお、紫。こんにちは」

 

毎度毎度こういった驚かせるような登場はしないでほしいと思うのだけれども、これも妖怪の習性なのかは分からないが一向にやめる気配が無い。

 

しかたねえのかねこれも、と思いながら俺は紫に尋ねる。

 

「ああ、紫。少しいいかい?」

 

すると、紫は菓子を与えられた子供のように目を爛々と輝かせて俺の方を見ながら口を開く。

 

「何かしら? お姉さんに話して御覧なさいな」

 

突っ込むべき所もあるかもしれないが、あえて突っ込まず彼女の問いに答えていく。

 

「ええと……というかどうせ聞いてたんだろうけど、腕相撲の人数が後2人足りないんだ。紫と藍は出られる? というか協力してほしいなあなんて思ってる」

 

そう言うと、紫はつまらないのと言いながらも、少し考える素振りを見せてから答える。

 

「まあ、私なら良いわよ。藍には少し此方の仕事をやってもらいたいから、今回は私が参加するわ」

 

と。

 

腕力ならどちらが強いのか分からないが、恐らく九尾の藍の方が強いのだろうと俺は考えている。

 

が、それでも彼女の力は十分に強いと思っているため、この申し出は非常にうれしい。

 

だから、俺は彼女に感謝しながら、一言

 

「ありがとう。報酬は山分けという事で」

 

と、礼を言う。

 

紫はそれに満足したようで、俺の方を見ながら、次の質問をしてくる。

 

「ええ、そうね。ならあと一人は……幽々子は力が余りないし……やっぱり幽香ね此処は。それで良いかしら? 耕也」

 

と、俺が頼もうと思っていた人物の名を言ってくれたので、俺はそれに素直に頷いて返答する。

 

「うん、幽香なら力も十分有るだろうし、心強いね」

 

「なら、一緒に来なさいな。幽香に頼みに行くわよ。いらっしゃい」

 

その言葉と共に、俺は頷きながら立ちあがり、紫の隙間へと身を滑らせていく。

 

とはいっても、何時になってもこの気味の悪い空間には慣れない。紫や藍、幽香、幽々子は何の躊躇いも無くこの空間を出入りしているが、俺はやはりきついモノがある。

 

人間だからだろうか? という疑問もあったりはするが、考えても仕方が無いので、放っておく事にした。

 

そして、隙間の中を少し歩くと、目の前に幽香の家が見えてくる。

 

何時もと変わらぬ白く綺麗な家。ひまわり畑に、存在を誇示する様に太陽の光を反射させ、侵入者を拒んでいる可能ようである。

 

まあ、管理人は侵入者が嫌いではあるが。いや、危害を加える侵入者が嫌い、か。

 

そんなどうでもいい事を考えながら、家の玄関に2人して並んで玄関をノックする。

 

「隙間で入ってしまいましょうよ耕也」

 

「幽香怒るぞ……」

 

仕方が無いわねえ、なんて言いながら紫は素直にその場に直立している。

 

そして、数秒後。何の足音も無くガチャリとドアが開けられた。

 

隙間から緑髪の幽香がひょっこりと首を出し、此方の様子を窺ってくる。

 

幽香の顔は、面白いように変化していく。二種類に。

 

俺の方を見た瞬間に、歓喜の表情を。紫の顔を見た瞬間に、口をへの字にして嫌そうな表情をして見る幽香。

 

この待遇の差に、紫は納得がいかず抗議を始める。挑発という名の抗議ではあるが。

 

「あら、幽香。客人に対してそんな顔をするのが花妖怪の常識なのかしら? 恐ろしいわね」

 

「あらあら紫。歳を取り過ぎてついにボケが始まってしまったのかしら? 藍に介護してもらわなくちゃね」

 

どう見てもこの後は嫌なことしか起きそうにないので、俺がサッサと介入して止めてしまう。

 

「はいはいやめんかコラ。幽香も紫もそこで抑えて抑えて」

 

と、言うと幽香と紫は不満げな表情を浮かべながらも口喧嘩を収める。

 

ちょっとした安堵のため息を俺が吐いて、幽香に対して依頼を始める。

 

「幽香、ちょっと頼みごとがあるんだけれども良いかな?」

 

そう言うと、幽香は意外といった感じの表情を浮かべて、俺と紫を交互に見る。

 

整った顔にある眉毛をピョコンと上げて。

 

「なら、中に入って話した方が良いんじゃないかしら?」

 

「いや、すぐに終わるから此処で良いよ。それで、話してしまっても良いかな?」

 

すると、幽香は俺の言葉に頷き、返答してくる。

 

「良いわよ。私にお願いなんて珍しい……? のかしら」

 

と、ちょっと不思議そうに首を傾けるが、俺はソレを気にしないで話しをしていく。

 

「ちょっと鬼達と腕相撲をする事になったのだけれども……もう一人協力者が欲しくてね。そこで、幽香に頼みたいんだ。是非腕相撲に協力してくれないかな? いや、お願いします」

 

と、頼み込む。

 

殆ど経緯は話していないが、彼女ならきっとそこら辺は察してくれるだろうと思いながら、俺は彼女に話した。

 

すると、幽香は

 

「ええ、良いわよ。やってあげるわよ」

 

「あ、ありがとう。じゃあ、報酬は山分けという事で……」

 

あっさりと簡単に承諾してくれた。俺の予想としては、もう少しややこしくなりそうなモノだったのだけれども、これで良いのだろうか?

 

 

 

 


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