東方高次元   作:セロリ

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94話 もっと知りたい……

本当に困ったものね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふう、と息を吐きながら、私は目の前にある書類に判を押していく。

 

先日、またもや地底で紫達が馬鹿騒ぎを起こしたとかで、その報告書に目を通す羽目になったのだ。

 

なにぶん、地底に来て日が浅い鬼達と、大妖怪である紫、幽香、更には人間である耕也までもが鬼達と闘ったのだ。

 

腕相撲という血が飛び散る死闘というものでは無かったものの、人間と鬼が戦ったのだ。話題になってもおかしくは無かろう。

 

それにしても、いくら依頼とは言え、確実に騒ぎが大きくなると予測できる事に参加するとは……耕也にも困ったものである。

 

本人としては、特にそのつもりは無かったかも知れないが、それでも事態は私に報告書が届くまで大きくなってしまったのだ。古明地も頭が痛いであろう。

 

と、そんな事を考えながら、チラリと部屋の右端に目をやる。

 

「やっぱり……暖かい物でも飲もうかしら……」

 

少々肌寒い季節であるが故か分からないが、此処も地上の季節と連動しているのだろう。地底と違って温度変化が著しい。

 

そう思い立った私は、身体を温めるために席を立つ。

 

「不思議なモノよねこの……湯沸かし器という物は……見えない火でも出てるのかしら?」

 

そんな事を呟きながら、上蓋の窪みに手をいれて蓋を開ける。そして中に湯気立つ「蒸留水(軟水)」とやらがあるのを確認して、注ぐと書かれているボタンとやらに人差し指をおく。

 

「えいっ!」

 

そんな掛け声と共に、力を込めてボタンを沈ませる。

 

だが、私の異様に力の籠った掛け声とは真逆に、鈍く低いうなり声を上げながら、ゴポゴポと泡立つ音が一瞬、そして次には「まぐかっぷ」に湯が注がれていく。

 

何故か掛け声をしてしまう。それも大きな声で。

 

思わず周りを見渡してしまい、そのあまりの落差に顔が熱くなる。

 

「ぶ、ぶれんでぃのかふぇおれは……混ざりにくいです……くっ」

 

と、すでに完全に混ざっているこのカフェオレに対して八つ当たりをしながら、自分の恥ずかしさを書き消そうと必死になる私。

 

何ともこの短い時間に何てアホらしい事をしてしまっているのだろうか?

 

と、自己嫌悪に陥りながら、私は熱い容器の取っ手を持って机に座る。

 

「まあ、息抜きも大切よね……」

 

と、私は独り言を呟きながら、目の前の書類に再び目を向ける。

 

紫から聞いてはいたが、本当に彼の力は摩訶不思議なモノである。長年生を歩んでいる私ですら、彼の力の詳細が分からない。一体どうしてあのような力が発現されているのだろうか? と。

 

まあ、あの胡散臭い紫ですら検討が付かないと言っているのだから、仕方が無いと言えば仕方が無いというべきだろうか?

 

「落ち着く甘さね……」

 

と、この時代には非常に珍しい甘味料を使っているらしく、そのほんのりとした甘さに頬が緩む。

 

そう、どれもこれも耕也からもたらされている娯楽といっても良い。だが、そこが非常に問題である。

 

一体何故人間にあのような力があるのか。一体何故あのような人間が千年を超える時を生きているのだろうか?

 

私の浄玻璃の鏡ですら、明かす事のできない彼の過去。一体彼は何処で生まれ、何処でそのような長寿を身につけ、そして地底にまで至ったのか。

 

口から聞いたことはほんのわずかであり、全くと言っていいほど、彼の過去を聞いてはいない。

 

聞きたい事は山ほどある。隠し事は誰にでもあるものだが、あれほど謎に包まれた人間というのも珍しい。しかも私と耕也は非常に親しい仲なのだ。もう少し開示してもらっても良い気がしないでもない。

 

まあ、彼にしてみれば話しても良い事は多くあるのだろうけれども、話を聞けないのは私が切り出していないだけなのかもしれないが。

 

いや、浄玻璃の鏡の前では話したがらないのが人間なのだからそれは仕方が無いと言えば仕方が無いだろう。

 

「今度……もう一度話してみましょうか……」

 

と、呟いた瞬間に、目の前の空間に亀裂が入り始める。

 

今更こんなモノで驚くような事はないし、こんな事をしてくるのはただ一人しかいないというのは十分に理解している。

 

「紫……何用ですか……?」

 

と、完全に此方の空間に姿を見せる前に彼女に向かって淡々と言い放つ。

 

すると、向こう側からふふふ、とした胡散臭い笑い声と共に、一人の妖怪が……いや、更にもう一人の妖獣が姿を表す。

 

その姿は、勿論紫の式である八雲藍。随分とまあ、力の大きい式だこと。と、目の前の藍を見ながら紫にそのような感想を持つ。

 

とはいえ、毎度毎度こんな事を思っていても仕方が無いと言えば仕方が無いが。

 

そいsて、漸く完全に姿を露わにした2人に、私は質問をもう一度繰り返す。

 

「それで、何用ですか? 紫……」

 

すると、目の前の紫はニヤニヤするという反応を、此方の質問に示す。藍の方は、苦笑しているといったところだろうか? この主は本当にもう……と言いたげな感じで。

 

なぜだか、その紫のニヤニヤには嫌な予感がして、ついつい聞いてしまう。

 

「何故ニヤニヤしているのです? 質問に答えなさい」

 

すると、紫はニヤニヤを一層大きくして、一言言ってきた。

 

「えいっ!」

 

御丁寧にボタンを押す仕草を添えつつ、似もしない声を似せようとしながら。

 

しかし、私はその似ていない声にもかかわらず、顔が赤く燃え上がるほどの熱さを覚えた。

 

やられた……。完全に見られていたのだ。あの、ぶれんでぃのかふぇおれを作る時の仕草を。

 

しかも紫は、調子に乗って更に口を開いてくる。

 

「ぶ、ぶれんでぃのかふぇおれは……混ざりにくいです……くっ……ぷふっ」

 

と、扇子を開きながら、大げさに踊って言い始める紫。

 

あんまりにも恥ずかしくて、穴があったら入りたいと思ってしまう私。

 

本当にこの女の能力は卑怯かつ陰湿だと思った。

 

だから

 

「耕也はそういった陰湿な行為は好まないと思うわ?」

 

と、少々意地悪な事を言ってみた。すると

 

「わ、私がそんな事をするわけが無いでしょう? ま、まままったく変な事を言うもんじゃないわ!?」

 

と、顔を真っ赤にしながら焦ったように扇子をブンブン振りまわす紫。

 

こんな紫を見るのは、私にとっては2回目で、側に控えている藍にとってもかなり意外な事だったようだ。

 

彼女の焦った顔というのは、非常に珍しいモノであり、見られるのは殆ど無いのではないだろうか? 実際のところ、彼女が此処に来る時には常に余裕の表情を浮かべ、扇子を口にかぶせながら、此方に対して色々と要求をしてくる。

 

そう、特に一番無礼な訪問は、耕也と肌を重ねた時であったか。まあ、あの時は色々と此方も焦っていたし、正直なところで言えば、あまり印象に残っていない。

 

が、彼女が此処まで焦るのは非常に珍しいのは事実であって。

 

ソレをもっと見てみたいという感情になるのも自然なものだと思い、私は彼女に対して更に言葉を続けていく。

 

「そうかしら? ……彼の行動を結構監視していた貴方は陰湿なんじゃないかしら?」

 

と、ちょっとづつ抉っていく。

 

すると、彼女の顔は面白いように変化し、焦燥の表情から何とも悔しそうな顔へとなっていく。

 

が、流石に此処までやるのは可哀そうかなとも思ってしまい、彼女の口から反撃の言葉が出る前に、此方から話を飛ばしてしまう。

 

「それで……。今回来たのは一体どんな用件があっての事なのかしら?」

 

と、至極普通の尋ね方をして、彼女の話の路線を戻す。

 

紫は、これ以上色々と言われるのが嫌だったのか、露骨に安心した表情をしながら、口を開く。藍が置いてきぼりな気もするが、まあ仕方が無いだろう。

 

「さて、閻魔様。いえ、映姫。……先ほどまで貴方が思っていた事。したかった事を……今夜実行しようとは思わない?」

 

と。

 

その言葉を聞いた瞬間、紫に対して阿呆な事を言うもんだなと思ってしまう。

 

が、それもすぐに感心へと変わってしまう。

 

ああ、彼女達が言っていた事はこのような事もあるという予想を元に成されていたのだろう。という感想を。

 

彼女達が普段耕也に対して言っていた事。

 

それは

 

「違和感が強いから、家にいる時や私達がいる時ぐらいは、領域関係を外してくれないかしら?」

 

このような言葉を耕也の耳にタコができるぐらいに言っていたのは、これを実行するために画策していたのではないだろうかという事。

 

わたしは、ソレを頭の中で浮かべてから紫に確認を取る事にする。

 

「では、今は耕也の領域が外部、内部共に解除されている状態である……と?」

 

すると、御名答とでも言わんばかりに、紫の表情がニッコリとほころび、次いでその表情のまま口が開かれる。

 

「すでに確認してある事よ。彼の夢の中に入る事ができても、過去の記憶までは見る事ができないから、此処に来ているのよ。それに、利害は一致しているとは思うのだけれども?」

 

と、すでに協力して耕也の過去を暴くという事を前提にして話している。

 

とはいえ、彼女の言う事も尤もである。先ほどまで、私は彼……耕也の過去を見たいと自分で思っていたのだから。それを察知されていたのは知らなかったが、とにかく了承しておかないと彼女は引きそうにないというのもひとつ。

 

だから、私は

 

「良いでしょう、協力します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で……。何でこんなにいるんですか?」

 

そうツッコミが入るのも無理は無いと思った。

 

なぜなら寝ている耕也を中心として、ヤマメ、白蓮、私こと映姫、紫、幽香、藍、幽々子がこの場にいるのだ。

 

私と、紫、藍がいる事まではまだ良い。そう、まだその三人までなら良いのだ。

 

だが

 

「もう一度言います。何でこんなにいるのですか?」

 

そう言うと、紫は若干目を逸らしながら、言い訳のように此方に口を開いてくる。

 

「計画には此処にいる皆が参加するのですし……良いではありませんこと?」

 

と、如何にも誤魔化しを即興で考えたかのような口調で言ってくる。

 

が、即興で考えた事にしては結構な的を得ているので、反論する訳にもいかず、少々溜息を吐きながら、私は浄玻璃の鏡を出して全員の顔を見る。

 

「これからすることは、勿論耕也の過去を見る事です。耕也の外部領域及び内部領域が解除されている今、全ての過去が明らかになるでしょう……」

 

そして、全く起きる気配のない耕也の顔を見ながら、少し考える。

 

現在、耕也は藍の調合した薬によって深い深い眠りについている。明日の昼になっても起きるかどうかといったところだろう。

 

耕也の過去を知るという行為。謎だらけで、あまりにも不思議な生い立ちを求めて、私達は今真実を目の当たりにしようとしているのだ。

 

「その覚悟はできていますか? すでに後戻りできない所にまで来てはいますが、これが終わった後は泣いて謝っても決して引き返す事のできない状態にまでなります。紫の考えている計画はすでに紫本人、皆さんも知っている事でしょう……。では、もう一度聞きます。皆さんは、耕也の過去を知るその覚悟はありますか?」

 

と、見回しながら伝わるようにはっきりと口を開きながら、言葉を放つ。

 

すると、紫は

 

「全ての計画の責は私にあります。発案者も、実行者も私です。その覚悟は疾うにできておりますわ」

 

続いて藍

 

「耕也は私のモノでもあります。今更失っても良いという事はできませんし、此処に留めておきたいので、勿論覚悟はあります」

 

3番目に幽香

 

「まあ、流石にどこかに行ってしまうのは勘弁してほしいわね。耕也がどこかに行ってしまうのなら…………その時は四肢切断してでも縫いつけるわ」

 

次に白蓮

 

「そうですね。過去を知るのはその者の事をより深く知るという事でもあると思います。恩人である耕也さんとはこれからも付き合いを重ねていきたいので、共に責を負う覚悟はあります」

 

引き続き幽々子

 

「ふふふ、流石にどこかに行ってしまうのは許容できないわね……無理にでも行こうとわがまま言ったら……肉体を捨ててもらうだけよ……勿論、その後は……」

 

そして、最後にヤマメ

 

「まあ、蜘蛛糸で雁字搦めにするのにも、こう言った相手の歴史を知ってからの方が対処がしやすいし、征服感も増すさね……賛成してるよ勿論」

 

そう、各々の意見を述べて、自身に彼を縛るための覚悟があるという事を再確認させる。

 

そして勿論私にも覚悟はある。

 

「私にも勿論覚悟はあります。閻魔としてではなく、一人の女としてですが……。そして、更に包囲網を広げるのでしたね。紫?」

 

そう紫に確認を取る私。

 

すると、紫は嬉しそうに頷きながら、肯定をしてくる。

 

「ええ、元よりそのつもりで私は皆さんに計画を進めてきたのですわ……これで耕也の出自が確認できれば、更なる計画の推進をする事ができるというもの」

 

そう言ってくる。

 

私は彼女の言葉に頷きを返し、浄玻璃の鏡を差し出しす。

 

「では、そろそろ始めるとしましょうか。……彼の今まで歩んで来た人生は数千年に及ぶと思われます。ソレをこの耕也が目覚めるまでに全てを見終わらなければならないのですから、かなりの圧縮したものになります。いいですね?」

 

すると、それは全員分かっていたようで、一斉に此方に頷きを返してくる。

 

ソレを確認してから、私は紫に一言尋ねる。

 

「逆行する感じで良いでしょうか?」

 

それは、彼の生れから今までに至る所を普通に再生するか、それともある一部分を区切りとしながら、断続的なモノとして逆行させていく方式のどちらか。

 

私達の問題点は、彼との接触している時間が、生に対して非常に短い時間であるというモノなのだ。善悪の判断なら、すぐさま移しだしていくのだが、人生全てともなると、かなりの手間を要する事になる。

 

なので、私の提案としてはこの生を受けて眠っている、たった今から逆行して言った方が、確実性が増すというもの。

 

だからこそ、私は紫に尋ねたのだ。

 

すると、紫は私の質問を予め理解していたかのように、すぐに返答してくる。

 

「逆行で行きましょう。勿論、ぶつ切りの再生方法であることと、飛ばしても良いと思ったところは相当な速度で飛ばして行きましょう……」

 

その言葉に、特に周りは不満を持たないのか、紫の言葉にただただ頷くばかりである。

 

私の印象としては、もっと幽香や幽々子が意見を出してくると思っていたのだが、2人が黙っているのがやけに気味が悪い。

 

本当に紫と私の意見に全面的に賛同してくれているのか、それともただただ耕也の過去が見たいだけで、此方の方針等気に掛ける必要はないと思っているのだろうか?

 

そんな事を思いながら、私は全員を見渡して一言呟く。

 

「では、行きます」

 

 

 

 

 

 

 

遡っていく。どんどん遡っていく。

 

耕也が、鬼と腕相撲をし、そして勝っていく様をこの目で初めて目にした時、耕也はこんなに感情的になる事があったのだと、自分でも驚いてしまった。

 

そして

 

「紫……今は血で良いかもしれないけれども……流石にこれを二回目にやったら私が直々にぶっ殺すわよ? 見てられないわ……」

 

と、幽香が血塗れの耕也を見て、紫に対して脅すように言い始める。

 

これは、紫が暴走してしまい、耕也の肩を食いちぎった映像を見ての噛みつき。

 

流石に、此処にいる大半の者が苦い表情をし、紫を非難するかのような目で見る。

 

特に幽香の紫に対しての睨めつけが凄まじい。

 

話に聞いてはいたが、此処まで酷い事になったとは思っていないのだろう。

 

が、幽香、貴方も血を飲んでいるのだから、そんな人の事を言えないのでは?

 

と、私が思ったところで

 

「まあ、血を飲んでいる私がそこまで強く非難できたものでもないのだけれどもね……」

 

そう言う。

 

そして、その言葉に反応するように、今度は幽々子が一言。

 

「死んだら死んだで私が直接保護したのに……惜しいわね」

 

そんな、世迷言を言い始めたので、私がすかさず

 

「彼の魂は閻魔である私が直に管理します」

 

と言ってしまったのだ。

 

自分でも、何を暴走していしまっているのだろうとは思う。だが、まあ…………何と言うのだろうか。それは流石に仕方が無いと思う。

 

内部領域にも外部領域にも保護されていない彼の身体から見える魂が、余りにも魅力的な輝きと質を持っていたのだから。

 

それは、死神である小町が見たら、確実に肉体から奪ってしまうであろうと容易く予想できるほどの魂。

 

が、自分の感情に押し流されたまま言葉を吐くのは良くないと、自分を叱り、そして唾をコクリと飲み込み、言葉を訂正する。

 

「いえ、叱るべき手段を通して私が誘導します……」

 

といったは良いが、流石に無理があり過ぎたのか、全員から訝しげな目で見られてしまう。

 

すると、幽香が咳払いして紫に顔を向ける。

 

「で、お返事は?」

 

と聞いた。流石に彼女もあそこまで非難されては自分の罪を認めるしかないのだろう。いや、すでにこのような事が起こると知っていたのか、本当に自分の行いが悪いと思っていたのかは分からないが、彼女は少々眉へをハの字にして小声で言う。

 

「分かったわよ……もうしないわよ」

 

妖怪としての欲がそうさせてしまったのだろうが、流石に今回の事は非難されてしかるべきなのかもしれない。

 

が、流石にこれ以上長引かせるのは耕也の睡眠時間内に終わらなくなりそうなので、私が一気に空気を変える。

 

「さて、もう良いでしょう。さっさと続きを見なければ、終わるものも終わりません」

 

そう言って、強引に彼女達の話を打ち切らせ、鏡に集中させる事にする。

 

やはり妖怪というのはさっぱりしている輩が多いのか、すぐにその表情を元に戻して顔に鏡を寄せてくる。

 

私は彼女達の見る準備が整った事を確認してから、操作を進めていく。

 

「やっぱり興味深いですね耕也の領域というのは……あのような強烈な結界をいとも簡単に吹き飛ばすとは……」

 

と、聖白蓮の結界を解いた所で、藍が驚きの声を上げる。

 

私も思わず

 

「なんですかこれは……」

 

と言ってしまう。

 

解放された本人である白蓮も同じ感想を抱いていたのか

 

「流石にこれは吃驚です……私は腕を突っ込まれただけで解放されたのですか……」

 

「でも、私の力を完全に封じることのできる人間でもあるから、それも不思議ではないかもしれないわね……

 

と幽々子。

 

「でもこの力の秘密が、解き明かされていくのが段々と分かるとなると、結構冷静になってしまうものね」

 

と、紫が耕也の結界を解く様を見ながら、言って行く。いや、確かこの時は仕事をしながら耕也の事を注視していたと言っていたはず。ならば、そこまで驚かないのも不思議ではないか。

 

そんな感想を持ちながら、次々に映像を流していく。

 

すると、耕也が泣き叫びながら、箱を蹴り飛ばしているシーンが出てくる。

 

「何が起きたのかしら?」

 

と、私は呟きながら更に前の方から再生を初めて行く。

 

この逆行という方式は、時系列は掴みやすいのだが、逆にその動作における理由が見つけづらいという欠点もあるのだ。

 

このように、何故耕也が箱を蹴り砕いているのか。そして、耕也は一体どこにいるのかといった情報を得にくいという部分もある。

 

が、今回の目的は耕也の出自や能力の検証なので、そこまで物語性が重要視されているわけでもないのだが。

 

流石に耕也の過去を知るという事は、此方としても結構ワクワクするもので。ついつい回してしまう。

 

すると、ある部分から耕也が蹴り飛ばしていた理由が分かるようになってきた。

 

それは、蹴り砕かれていた時、箱の周りに散乱してた札のようなモノ。それは耕也が押し込められていた箱を封印するためのモノだったのだ。

 

「こうやって封印されたのね耕也は……」

 

と、紫が呟きながら、扇子を口に当てて鏡を睨みつける。

 

流石にこんな事をされたら耕也だって従わざるを得ないだろう。恐らく耕也の性格からいって、人質を取られるという事は、非常に苦しい事だったに違いないのだから。

 

ましてや、耕也の口からはその人質が何故この場にいるのかという言葉さえ聞こえていた。

 

つまりはその子供とは顔見知りであり、なおさら耕也にとって見過ごせるものではなかったのだろう。

 

そして、耕也の封印されていた箱は、地底へと投げ込まれ、蜘蛛の巣のようなモノに引っ掛かる。

 

「この蜘蛛の巣のようなモノは……?」

 

と、白蓮が一言言う。

 

すると、聞かれる事が分かっていたのか、スッと手を上げてヤマメが答える。

 

「私の家です……」

 

そう苦笑いをしながら答える。

 

そして、映像を見ていくと……ヤマメが突然声を上げる。

 

「あっ……!」

 

と。

 

そして最初はこの声に疑問を持っていたが、一体どうしてこんな声を上げたのかが良く分かった。

 

ヤマメが、啜り泣く耕也に対して抱きしめ、そして慰めの言葉を言っていたのだ。

 

が、結構この時の体勢には問題があり……。

 

つまりは、胸をぐいぐいと押しつけながらの抱きしめだったのだ。結構露骨に。

 

この映像を見た瞬間、幽香が微笑から無表情へとなり、スッと立ちあがり一言。

 

「ちょっとヤマメの家を爆破してくるわ」

 

その言葉を放ってから襖を開けて出ていこうとする幽香。

 

その瞬間、ヤマメが半泣きになりながら、幽香の足に縋りつきながら訴える。

 

「やめて! 私の家が無くなっちゃう!」

 

「離しなさい、思い出が残らない様に一撃で吹き飛ばしてあげるわ」

 

「お願いだからやめて! だって美味しそうだったんだから仕方が無いじゃないか! 耕也物凄く美味しそうに見えたんだもの!」

 

「ならもっと吹き飛ばさなくちゃね」

 

「お願い! ほーむれすになるのだけは嫌だ!」

 

と、何処の三文芝居だと言いたくなるような問答が繰り返されるので、紫が2人に注意を始める。

 

「ほらほら、いい年してそんな事をしてるんじゃないわよ」

 

すると、流石に恥ずかしくなったのか、顔を少し赤くしながら2人は元の場所に戻る。

 

と、此処まで大きな声を出したのにも拘らず、未だ起きる気配のない耕也を見る限り、相当強力な睡眠剤を使ったのだろう。

 

そんな下らない事に感心を覚えながら、私は映像を更に走らせていく。

 

彼が影のような物体と戦い、山の斜面を丸ごと抉り取る水準の何かを落して妖刀を滅ぼしたりしているのを見ていると、何とも不思議な感覚に陥っていく。

 

普段は人間の過去を見て善悪をつけているというのに、今回に限って言えば、想い人ということもあってか、何ともこそばゆい感覚をおぼえるのだ。私の過去を晒しているという訳でもないのにも拘らず、だ。

 

「でも、事件がとかが無い平和な時間も結構あるのね……」

 

と、幽香。

 

此処にいる妖怪や神、亡霊と接触している耕也だが、それでも結構な時を歩んでいるせいか、平和な時間が多い。

 

それはまあ、妖怪と同じくのんびりとした人生を送る人間もいるのだから、当然と言えば当然ではある。

 

「これは一体……」

 

が、過去に遡っていくにつれて、彼の言動の中に雑音が混じり始めていくのが気になっていった。

 

例えば

 

「輝夜。良い事を教えてあげよう」

 

という言葉から始まり

 

「輝夜、――――――――――――――――――――――――――――――だから安心しろ。そして会ったなら、訳を話して地上のどこかへと逃げるんだ。逃走の手伝いは俺もしよう。」

 

といった感じに、砂嵐が起こったように雑音が入って声がかき消され

 

さらには

 

「普通の旅人ならば、―――――――――――しないだろう?」

 

耕也の話している言葉だけではなく、かの有名な守矢諏訪子の言葉にまで雑音が混じるようになっていた。

 

段々と酷くなっていくこの雑音に、皆不満げな表情を浮かべ始め、ついには

 

「どうなってるのよこれは……」

 

幽香が呟くほどにまでなってしまった。

 

そして、ついには音声だけではなく、映像すら表示することが困難になってきたのだ。

 

耕也が守矢とのやりとりのあたりから、殆ど耕也の姿は捉えられなくなり、そしてその範囲は拡大。

 

ついには、そこの集落全体、青空すらも灰色の砂嵐のような映像に妨害されてしまうのだ。

 

ザリザリと砂と金属が擦り合わさったような何とも耐えがたい不快な音を出しながら。

 

そして、ついには完全に映像が表示されなくなり、唯の鏡に戻ってしまったのだ。

 

「耕也の領域は解除されているのよね。紫?」

 

と、私は鏡を見ながら紫に再び聞く。

 

すると、勿論だと言わんばかりに頷きながら、紫は耕也の身体に触れて確かめる。

 

「ええ、完全に領域は解除されているわ。これは確実よ」

 

その言葉を受け、私は再度鏡に映像を走らせようとする。

 

が、またもやその時間帯で音声、映像共に何かによって妨害されて鏡に戻ってしまう。

 

「これは……耕也の何かしらの力が働いているという事でしょうか?」

 

実際のところ、そうとしか考えられないのだ。

 

今まで相当数の人間の過去を見てきたが、彼のような異常が見られたのは初めてであり、実際に前にも靄のようなモノが掛かって彼に対して能力が聞かなかった覚えがある。

 

が、今回は本当に不思議である。その妨害装置の役割を果たす内部領域、外部領域共に解除されているのにも拘らず、途中で壊れてしまったかのように見えなくなるのだ。

 

皆一様に訳が分からないといった顔をしており、鏡と耕也を見るだけである。

 

「やはり……耕也に何かしらの保護が掛かっているとしか思えないわね……。その時間軸に見られてはいけないものがあったりしたのかは分からないけど」

 

何とも分からないこの事態に溜息を吐くしかなく、仕方が無く解散をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

収穫はあまり無かったというべきか……。

 

 

 

 

 

 

 


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