東方高次元   作:セロリ

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外伝です。相変わらず注意です。一話に収まらないので、分けました。ですので、ぶつ切り状態です。


外伝ss……剥離(上)

確実にそれは迫っていて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……やっぱ領域は相当な補助をしてくれていたんだなあ……」

 

そんな事を呟きながら、俺は目の前の酒樽を抱えると、その重さに顔をしかめてしまう。

 

普段、このような酒樽を抱えていて不便さを感じた事は無いというのにも拘らず、最近になってその違和感が現れていたのだ。

 

それは、普段持っている酒樽が徐々に重くなる違和感。そして、時間が経つごとに全くと言っていいほどの領域の保護を感じなくなってしまった。

 

だからこそ、現時点では地底の妖怪達にばれない様に、普段通りの表情、態度で彼らに接している。が、身体が接触しない様に気をつけてはいるが。

 

その中で思った事。

 

人間は、やはり自分の身が安全ではないと知ると、確実に不安を覚えるものである。

 

ソレが今の俺の状態を作り出していると言っても過言ではないが、今のところ生活をする上で大した支障は出ていないし、創造関係も出力が落ちているとはいえ、食材や電力などのライフラインは維持できるレベルであるという事にはホッとしている。

 

だが、だからこそ安心できないのだ。この薄く張った氷上を歩いているような危うい状態が、ふとした拍子に自分の命を奪い去ってしまう可能性があるのだから。

 

「やっぱ地底は人間には厳しいな……」

 

そう呟きながら、淡々と仕事をこなしていく。

 

なんだか調子が悪そうだな。もう上がっていいぞ耕也。

 

という声を背に受け、俺は了承の返事をしてからトボトボと帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体どうして領域が使えなくなり、そして、創造の出力が落ちてしまっているのかは、自分には全く見当のつかない事態であり、正直動揺を抑えきれないでいる。

 

が、見当がつくつかないを関係無しに、現時点で領域が使えないのは事実であり、俺の力が此処で失われているのは避けようの無い事態なのだ。

 

避けようのない事態だというのは分かっていようが、人間というのは「藁にもすがる思い」という言葉があるように、俺はもう一度自身の身体に力を込めて能力を発現させようとする。

 

息を深く吸い、そして限界まで吐く。いわゆる深呼吸を数回繰り返し、身体に酸素が行きわたった事を確認してから、身体の表面に鉄の鎧があるように意識を集中させる。

 

「…………駄目か」

 

やはり、どんなに集中しても、領域が復活した事を確信するような感覚が湧きおこってこない。実際な所、未だに生活支援が回復してない所を見るに、領域が回復していないと判断するには十分足りる要素であるだろう。

 

さて、このままでは結局のところジリ貧であるし、地底での生活に支障が出てくる可能性があるのだから、何かしらの対策を打ち出さなくてはならないだろう。

 

その対抗策。地底の妖怪達への能力衰退の情報が漏えいした場合、如何に此方の被害を無くし、向こう側への影響力を保つか。

 

実質そこが焦点になってくるであろう。

 

例えば、紫や幽々子等といった強力なバックをちらつかせるという多少危険であり、かつ情けない方法が一番手っ取り早いのだが、それでは根本的な解決にはならないし、彼女達も忙しいのだから、そう簡単に話がまとまるというものでもないだろう。

 

では、二つ目の案。

 

例えバレたとしても、俺がその都度反撃をして、全体防御のみが此方の持ち味ではないと認識させるか。

 

が、それはあまりにも現実的ではない事に、すぐに気が付く。

 

「威力が両極端な上に……現時点では出力が落ちているしなあ」

 

それなのだ。元々俺の能力は威力が両極端な上に、出力が低下している現時点では、数で圧倒的に勝る妖怪達を納得させるだけの攻撃ができない。

 

恐らく鉄球を想像するのがやっとというべきだろうか? ソレもかなりの小さいサイズで。

 

どう考えても、この案を実行したら死しか見えてこないため、俺はゴロリと畳みの上に寝転んで、天井の木の板と板の境界の線を眺める。

 

真っ直ぐとした歪みの無い線。その線は、隣の線と確実に平行関係にあり、何処まで行っても交わらないように見えてくる。

 

まるで、家の前の真っ直ぐと伸びている地霊殿へと続く道に見え……

 

「こっちの案もあったか……」

 

すると、それが元となり、俺の中にもう一つの代替案となる可能性が浮かび上がってきた。

 

それは、地霊殿への保護の申請である。

 

以前から何かと交流があり、そしてそれなりにも彼女達とは仲が良いと自負してはいる。

 

自負してはいるが、彼女達からして、それが事実であるかどうかは分からないし、これが上手くいくかは限らない。

 

別に、彼女達と深くかかわることで、此方が商店街の連中と関わりづらくなるとか、そんな事を懸念している訳ではない。

 

ただ、この上手く行くか分からないという懸念は、こいしと燐の性質に由来しているのだ。

 

数か月前といえど、俺は良く覚えている。それは、燐とこいしが俺の身体の事をいたく気に入っていた事についてだ。無論死体と怨霊的な意味で。

 

彼女らは、俺の死体を手に入れ、そして怨霊に変えてしまおうと画策して、茶に猛毒を仕込んだのだ。姉、そして主人でもある古明地さとりの意向を無視するという強行的な行動によって。

 

だから、そこが唯一の心配な点なのだ。俺の領域が消滅している今、そのような猛毒に曝された場合、確実に俺の命が潰えるだろう。

 

ならば、本当に危ない時に頼る、最後の手段として残しておいた方が、後々都合がよいのではないだろうか?

 

そんな事を考えながら、結局のところ俺の頼れる所は己の創造という力のみであるという事なのだろう。

 

「本当にどうしよう……」

 

と、独り言を呟いた矢先であった。

 

一瞬にして、この家が軋みによる悲鳴を上げるかのように、パキパキと鳴りだした。

 

「なっ……!」

 

そう俺が驚きの声を出しながら、寝ころんでいた体勢からすぐさま起き上がり、何時何が起きても対応できるように身構える。

 

何かが外部から圧倒的な力を持って此方の家を潰そうとしているのではない。圧倒的な気配、存在感を持って此方に侵入しようとしているのだ。

 

これはあちらからの故意的な存在の示し方。お前の住処に侵入してやるという完全なる意志表示。

 

ソレを俺は、己の感覚で感じながら、数秒後に現わすであろう姿を、高まる緊張と共に迎える。

 

心拍数は跳ね上がり、一瞬にして脳内の血流が増していく。

 

が、その示威行為に近い登場の仕方をしてきたのは、俺の最も良く知る妖怪の一人であり、日ノ本にて最も強い妖怪とされる大妖怪の中の大妖怪。

 

「こんにちは……。耕也?」

 

八雲紫であった。

 

大妖怪そのものが持つ圧倒的な力を振りまきながら、此処に顕現したのは、俺の良く知る紫であったのだ。一体何故、こんな大掛かりな仕掛けとも言うべき気配を振りまきながら、俺の家に来たのだろうか?

 

「こんにちは……と言いたいところだけれども、感心しないね。正直敵襲かと思って焦ったよ」

 

と、俺は彼女を咎めるように少々語気を強くしながら、彼女に話しかける。

 

すると、眉をハノ字にしながら、困ったように笑いながら、俺に話しかけてくる。

 

「ごめんなさいね……。別に貴方を脅すために此方の気配を全開にしたわけではないのよ? ただ、少々この地底にいる物騒な雑魚に向けてちょっとした示威行為をしたのよ。……分かって下さるかしら? この意味」

 

すでに、俺の事をどこかで見ていたのかは分からないが、俺の領域が消えてしまった事に気が付いていたらしい。つまりは、彼女が行ったのは周りに近寄るであろう雑魚に向けて、地底全体に圧倒的な気配を撒き散らしたのだろう。

 

それならば仕方が無いと思い、俺は彼女に対して礼を言う。

 

「ああ、そうだったのか。ありがとう、紫」

 

そう言うと、彼女は満足そうに微笑みながら深く頷き、俺の側に腰を下ろす。

 

服装は、何時もの紫色のドレスではなく、南蛮風の垂れのついた服である。

 

ふふ、と彼女は笑い、口を開く。

 

「いいわよ耕也……当然の事だもの。ね?」

 

と、思わず赤面してしまうほどの花のような笑みを浮かべ、俺に返答してくる。

 

が、俺は内心彼女の行動に少しばかりの違和感を覚えていた。

 

この違和感は、確信を持てるようなモノではなく、数十分という短い時間があれば、すぐに消えてしまいそうな、そんな淡い違和感。

 

また、その淡さはテストで己の導き出した答えが、合っているのかどうかといった疑問を投げつける程度の些細なモノであり、どれほどの間違いがそこに生じているのか、分からないのだ。

 

だが、紫が俺の為を思って、その行為をしたというのならば、頭脳がずば抜けて良い紫に間違いは無いのだろう。それが後々の利益に繋がるという事は間違いなさそうだ。

 

そう、俺は自己完結をして、彼女に尋ねようと口を開く。

 

「それで、今日はどうしたんだい? 先ほどの示威行為に関連してるのかい?」

 

すると、その質問を待っていましたと言わんばかりの表情をしながら、紫は俺に言葉を返してくる。

 

「良く聞いてくれたわね耕也……。ええ、その通り。私の質問は……耕也、貴方領域が消滅してしまっているでしょう? という事を聞きたかったのよ」

 

やはり、俺の推測通り、紫にはバレてしまっていたらしい。まあ、紫にソレがバレてしまっていたから、俺の身に何か害や危険が及ぶという事は無いのだが。

 

ソレを察してくれたのか、紫は扇子をフリフリしながら、俺の懸念に応えてくれる。

 

「まあ、その表情で分かるわ。……安心なさいな。貴方を狙う危険人物にこの情報を漏らしたりなんてことは、絶対に無いから……ね?」

 

と、あくまで俺を安心させようとしてくる紫。

 

俺はそれに感謝しながら、紫に礼を言う。

 

「ありがとう紫……助かるよ」

 

すると、紫はこれで用が済んだとばかりに立ちあがり、隙間を開こうとする。

 

俺は、その異様な滞在時間の短さに疑問を覚え、彼女に質問をする。

 

「今日は随分と早いね紫……。何か用事でも?」

 

そう言うと、紫は隙間に入る途中で此方に振り向き、笑顔を浮かべたまま一言。

 

「今日はこの後大事な仕事がありますの。申し訳ありませんが、失礼いたしますわ」

 

そして、ソレを言った後は俺が声を掛けることもできないほどのスピードで、この場から離脱していった。

 

「何なんだ……? 仕事があるにしては、妙に機嫌が良かった気がするんだが……」

 

特に気にする事でもない、と自分に言い聞かせて、仮眠をとるために、横になった。

 

 

 

 

 

 

 

これはマズイ。一体何故このような事態になったのだろうか? いや、そもそもあのような事態になるまでの予兆などはあったのだろうか? いや、それも無かった。なら、何故消えてしまったのだ?

 

と、私は自問自答を繰り返しながら、隙間の中を歩く。

 

彼の前では気丈に笑顔を振る舞ったが、内心では非常に焦っている。自分でも分かる。これ以上無いほどの焦りが心から湧きでてくるのが。

 

賢者として有るまじき醜態だが、それでも彼の能力の異常性を鑑みると、それも致し方なしというべきだろう。

 

彼が地底に存在していられるのは、極端に防御、守護としての機能が強い外部及び内部領域が働いているからこそなのである。

 

また他にも創造などの各種能力を持ち合わせてはいるが、それは領域があって初めて完全な力を発揮すると言っても過言ではないのだ。

 

そして何より、耕也の領域が消えた事によって、今後どんな障害、弊害が生じるのか全く予想できないのだ。

 

今後地底での生活で、火山性のガスによって耕也が死んでしまう可能性も零ではない。だからこそ、この不測の事態に私は焦っているのだ。

 

そして実際に耕也と接してから分かった。普段誰も寄せ付けないような強烈な守りを持つはずの耕也から、全くと言っていいほどの力を感じなくなっているという事を。

 

領域が存在していた頃と消滅した後の姿を比べた場合、例えで言えば象と蟻の程の差にまで広がってしまっていると言っても過言ではない。それほどの落差を感じたのだ。

 

つまり、今現在の彼は非常に弱体化しており、地底での生活に何らかの支障がきたしているという事に他ならないのだ。

 

そんな事を考えながら、私は親しき友人である、幽々子の元へと向かった。

 

隙間から、顔を出すと、幽々子は案の定縁側に座って庭の花を見ながら茶を啜っている。

 

ズズッ……という、空気と液体の振動音が微かに聞こえる位置にまで来た私は、容易に彼女の視界に収められたらしく、茶を置き、笑顔を浮かべながら私を歓迎してくる。

 

「よく来たわね紫。今日はどんな御用件かしら? 用が無くても歓迎するけれどもね」

 

彼女の醸し出すのほほんとした空気と私の焦りとの余りの違いに、かなりの違和感を感じてしまい、思わず顔を顰めてしまう。

 

自分でも不味いと思ったのだが、それでも彼女との落差に顔の筋肉の固定が上手くいかなかったのだ。

 

そして、頭の良い幽々子は私の焦りを悟ってくれたのか、のほほんとした空気から一気に緊迫した空気へと変えて、私に話しかけてくる。

 

「あら、でもそんなのんびりと挨拶を交わしている状況じゃあないみたいね紫。何か不味い事でも起きたのかしら?

 

その実に良い切り替えの良さに私は感謝しながら、幽々子の隣へと歩いて座り、一言だけ伝えていく。

 

「耕也の領域が消失したわ……」

 

これには流石に幽々子も驚いたのだろう。口を少しだけ開けて、此方の言っている事が本当か否かを見極めようと必死になっているようだ。

 

「そ、それは本当なの? 紫……」

 

が、見極めようにも、私の発言を飲み込むのに時間がかかり過ぎて、どうにも理解しきれないようだ。

 

まあ、仕方が無い。が、それでも私は彼女に一言言う。

 

「本当よ幽々子……耕也の領域が消えたのは事実だわ」

 

その言葉に、幽々子は飲み込むのに数十秒要し、そして理解するのにまた数十秒。私に返す言葉を考えるのにさらに数十秒を要し、ようやっと言葉を返してくる。

 

「なら……なら此方としても非常に好都合じゃない……?」

 

幽々子は、何かしらの考えがあるのか、口に笑みを浮かべて言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

幽々子が好都合じゃない? といった瞬間、相対するように座る紫から焦りの表情が消えた。変わりに出てきたのは、幻想郷を設計する際に出てくる真剣な顔。

 

考えを必死に巡らせているのだろう。その好都合という言葉にどんな意味が込められており、そしてそれからどんな利益が此方に転がり込むのか。

 

紫の考えでは、幽々子の言葉から耕也への利益がどのように生じるのかが全くビジョンとして浮かび上がってこなかったのだ。

 

いや、それは彼女の落ち度ではなく、幽々子の考えが突飛なだけであった。

 

「ちょっと考えが及ばないわね……。この状況から、どうやって耕也に利益が生まれるのかしら?」

 

と、納得がいかないという表情と共に、幽々子に向かって口を開く紫。

 

彼女からしてみれば自分自身、そして幽々子の力を合わせる事により、耕也の領域消失という未曽有の危機に対して対処をしていこうという事を考えていくつもりであった。

 

だが、それはあくまでも紫の考えであり、幽々子の考えとは全く違っていたのだ。

 

紫はもう数百年前にあった出来事を思い出していれば、幽々子の考えが少し、いや殆どは分かったであろう。

 

数百年前、幽々子がしきりに耕也を殺したがっていた事を思い出せば、彼女のこれから話す実に軽快な話を予想できたであろう。

 

「あのね紫……。何も耕也が地底に暮らす必要はないのよ?」

 

と、幽々子は簡単な事じゃない、とでも言いだしそうな軽快な口調で紫に問いかける。

 

そう、幽々子からすれば、耕也の利益など全くと言っていいほど考慮してはいないのだ。それは耕也自身の絶対的に優先されるべき事項である、身の安全すらも彼女の頭の中から完全に排除されていた。

 

だからこそ、彼女はこう紫に言い放った。

 

「此処に住めばいいじゃない? 紫の家は忙しいから無理でしょうし……此処なら耕也も住めるわよ?」

 

と。

 

これには紫にとっても予想外の言葉であった。

 

聞いた瞬間に、紫はその言葉に疑問を持った。一体ここに住まわせてどのような事を耕也にさせるつもりなのだろうか? 四季映姫も此処の事情には非常に詳しいだろうし、耕也が此処に住むとなれば、必ずや情報が漏洩してしまうだろう。

 

そうなれば、地底を捨てた耕也に住むべき場所、その身の依り所を無くしてしまう。耕也は絶望に囚われ、地上で打ち取られてしまうという悲惨な運命を辿るという所まで、はっきりと彼女の頭の中では出来上がっていたのだ。

 

流石に耕也にそのような運命を辿らせる訳にはいかない。そう思い、幽々子に返答する。

 

「流石にそれには賛成しかねるわ。それでは耕也の身の安全が保障されないという所まではっきりと――――」

 

と最後まで言おうとした瞬間

 

「耕也が不老のままでいられるのかしら?」

 

と、幽々子は一言言い放った。

 

その口調は冷たく、また凍てつく冬の白玉楼を思わせるような冷たい言葉。

 

そしてその抑揚に釣られて、紫が幽々子の目を見た瞬間、紫は一種の恐怖のようなモノを抱いた。

 

私の友人は……親友は、耕也を一体どうしようというのだろうか? そんな感想を、疑問を持ったのだ。

 

が、それよりも頭の中では不老ではないという事の可能性を考えている紫がいたのもまた事実。そして、そんな自分がいる限り、幽々子への信頼はまだまだ強いものなのだという事を再認識しつつ。

 

そして考える事数秒。ああ、幽々子はこんな可能性を指摘してきたのだ。という答えに辿りついた。

 

「領域が耕也に不老をもたらしていると言いたいのね?」

 

その言葉に、幽々子は長い時間考え続け、ようやっと問題を解く事ができたと喜ぶ子供のように、純粋無垢な笑顔を浮かべて、大きく頷いたのだ。

 

そして、その頷きを見て、紫は一つ納得した。

 

確かに、領域が彼に不老をもたらしているという可能性も無きにしも非ずだなと。いや、むしろ可能性が非常に高いとさえ思うようになっていたのだ。

 

彼の絶対的な防御を誇る内部領域。紫の境界を操る程度の能力でも全く手出しが出来なかった、彼女の知る限り最硬の鎧。

 

だが、耕也の鎧はそれだけではないのだ。彼が思う限りの害的な干渉。そして、何よりも耕也を守るために特化している。

 

それは死からも。そう彼女達は考えていたのだ。

 

だが、紫の脳内には一つ疑問が残る。耕也を死から守る為なら、なぜ不老不死にしないのか? という疑問が。

 

そこがどうにも喉に引っ掛かる感覚をもたらしてくるので、紫はその違和感の処分に取り掛かる。

 

不老不死。文字通り、老いもせず死にもしないという事。

 

彼の不老とは訳が違う、正しく絶対的な生存を約束された禁忌の法によってのみ成し遂げられる永遠の生。

 

耕也の身を守るために存在する領域なら、迷わず耕也を不老不死にするのではないだろうか? と考えていく紫。

 

茶を一口飲み、足を組み、扇子を顎に突き立てながら、その頭から答えをひり出そうとする。

 

一体、何故耕也を不老不死にせず、不老のままで留めておいたのか。もし自分なら―――

 

そう思った瞬間に、フッと脳内から答えが浮かび上がってくるのを彼女は感じた。

 

不老不死は、死ねない。絶対に死ぬ事ができない。ならば、それは耕也にとっては永遠の生き地獄の他ならない。だから、不完全な不老という位置で留めさせたのだ。と。

 

(不老不死は害のある要素に分類されてしまう。だからこそ、不老で……)

 

その答えが出た瞬間、紫は酷い寒気を感じた。

 

一体どうしてこんな簡単な事に気がつかなかったのだろう。と。

 

その余りにも悲惨なビジョンが、彼女の頭の優秀さゆえに即座に浮かびあがったのが原因でか、全く起こる気配のしなかった吐き気、怖気、悪寒が一気に彼女の全身を襲う。

 

不味い。マズ過ぎる……。

 

そんな言葉が、彼女の頭を埋め尽くし、やがて一つの得てはいけない答えが容赦なく浮かびあがってくるのだ。

 

領域が完全に失われた今、耕也の身体が崩壊する可能性もある……と。

 

そして、また別の答えも彼女の中で浮かんでいた。

 

(今までの、領域を切らせていたのは、最低限の機能以外を落していたのね……)

 

と。

 

現時点での彼女の考えは、耕也の身体が領域の消失によって、その反動が来てしまうのではないかという事であった。

 

ゆっくりと、口に溜まった唾を飲み込み、艶のある唇をフルフルと震わせながら、眼を数回瞬かせる。

 

焦り、恐怖、そして何よりの自分への怒りが、彼女の身体に熱を灯し、汗を流させる。

 

タラリ……と、彼女の額から頬へと伝い、そして衣服へと落ちていく玉粒。

 

が、それに構うほどの余裕など、今の紫には持ち合わせてはいない。全て、耕也の事を考えるだけで精一杯なのだ。

 

それだけ、彼女は耕也の事しか考えられなくなっている。良き人として長年過ごしてきた人間が、突然死んでしまい、この世から去ってしまう可能性がある事が、彼女としてはどうしても認める事ができない程のものだったのだ。

 

拳をギュッと握り、紫はギリリと歯を噛み締めながら、俯く。

 

(駄目だ。もう少し冷静に考えるのよ私)

 

と、自分に必死に言い聞かせながら、紫は耕也をどのようにこの世に留めておくかを必死に考える。

 

彼が地底で死んだ場合、勿論魂は閻魔の下に行くだろう。そして、そのあと此方に来ればまだ良い。

 

だが、耕也が地獄行きになってしまったら? もし、もし彼が、私が前々から予想していた他の世界の住人だとして、それが当たってしまっていたら? 彼が死んだ場合、その世界に帰ってしまうのでは? と、そんなネガティブな事が次から次へと頭の中に浮かんでくるのだ。

 

紫は更に深く、極短い時間で素早く考えていく。

 

今までで一番頭脳を酷使するように、自分の脳神経が焼き切れてしまっても良いと思いながら、考えていく。

 

彼女の顔が段々と赤くなり、次いで出てくる汗の量も増えてくる。

 

対する幽々子は、紫の考えが纏まるのを待っているのか、耕也を想うが故の歪んだ思考、笑みのままで西行妖を見続けていく。

 

幽々子の中では、すでに耕也の死にざまがありありとその目に浮かんでいたのだ。耕也を殺したい。そして、魂を犯しつくし、完全に我が物にしてしまいたい。

 

そんなどす黒い考え、感情がグルグルねっとりと渦巻いており、それは自然と彼女の表情に表れていた。

 

だからこそである。耕也を殺してしまいたいという欲求その一点を考えていたがために、余計な考えを必要とせず、己の最も取るべき最善の方針を脳内に描く事が出来たのだ。

 

そう、耕也を殺すプロセスを。

 

紫は表に熱を。幽々子は表ではなく、裏に激しい熱を持っていたのだ。

 

また幽々子自身、こうまでも上手く行っている事に、内心驚いてさえいた。例え狭い範囲を考えれば良いとはいえ、考える範囲は常識的に考えても広い。だというのに、耕也の領域が消失したと聞いた瞬間に、思い浮かべた考えが一瞬で組み上がってしまっていたのだ。

 

不老ではない耕也をどのように此方に招くか……。そして、どのような計画を持って、耕也を殺すのか。

 

この何とも言えない感覚は一体何だろう? 私はそこまでして耕也を手に入れてしまいたかったのだろうか? と、幽々子は表情に出さずに、心の中で苦笑していた。

 

紫も此方の考えに賛同してくれるだろう。私が少しの手掛かりを提示してやるだけで、私よりもずっと頭の良い紫は、全ての可能性から算出してくるだろう。幽々子はそんな考えを浮かべていた。

 

幽々子は、身が震えそうになるのを必死に抑えながら考えていた。紫が私の案に賛成してくれたら、どんなに素晴らしい事だろうか? と。

 

彼女の計画には、自分は勿論、妖怪の賢者である紫の存在も不可欠であった。どちらかが欠ければこの計画は破綻してしまうし、耕也は2人の手から抜け落ちて行ってしまうのだから。

 

だから、幽々子はひたすら紫の納得するまでの時間を待つ。確実に此方の意図に気が付き、そして賛同してくれるという事を確信しながら。

 

また、最後の仕上げにもう一言…………止めの一言を添えてやるのだと。そうする事によって必ずやこの計画は成功するに違いない。そう幽々子は内心ほくそ笑みながら、茶を啜る。

 

ああ、亡霊は素晴らしい存在なのだと。ソレを耕也に深く刻みつけてやると考えながら、一つまた考える。

 

(もうすぐなのよ……。私の計画が遂行されてから数日で決着が付く。そうすれば、私と紫の両方に、完全に依存した亡霊が出来上がる。耕也の亡霊が……)

 

ゆっくりと湯呑を置き、紫の方を見る幽々子。その笑みは、早く食べたくて仕方が無いと待っている肉食獣のような表情であった。

 

そして、紫が考え始めてから十数秒程が経過した時、赤みが差していた紫の顔から、スッと汗が引いて行き、赤くなっていた顔もすぐに元の肌色へと戻っていく。

 

この時点で、すでに紫の考えは完全に纏まっていた。

 

耕也をどのようにしていけば、此方の世界に留まらせ、且つずっと暮らしていく事が出来るのか。

 

ソレを考えた瞬間、彼女の中では、耕也に対しての評価、価値観等がガラリと変わってしまっていた。ただ、耕也と共に在りたいと思うがために、己の価値観すらも捻じ曲げてしまったのだ。

 

「殺して亡霊化……かしら? 幽々子」

 

と、幽々子に対して一言答えを言い放つ紫。

 

その答えは幽々子が期待していた答えであり、より一層彼女の計画を推進させる一言であった。

 

紫の一言に満足げな笑みを浮かべながら、幽々子は紫に応えを返す。

 

「ええ、その通りよ……耕也を亡霊化させてしまえば、この世の理に縛られ、その命は永遠のものとなり、そして私達と暮らしていけるわ……」

 

数十分前までの紫ならば、この答えを聞いた瞬間に、幽々子の頬を引っ叩き、湯呑を投げつけていただろう。そう、数十分前までの紫ならば。

 

だが、すでに紫の価値観は変わってしまっていた。砂糖が水に曝され、その身を溶かし一体化、同調するかのように、彼女の考えは幽々子の思考パターンに非常に近くなりつつあった。

 

だからこそ、幽々子の次に吐く言葉に賛同したのだ。全面的な協力を申し出たのだ。

 

「耕也を死に誘うわ……。死に誘った後、肉体は紫が食べ、魂は私が食べて両者の魂に縫いつける。徹底的に恐怖を味わわせ、生きたい、生き残りたいという感情を植えつけて強烈な未練を伴わせるのよ……いかがかしら?」

 

その口から出ていく言葉は、聞く人間を殺してしまうほどの邪気を持っており、自分の理想が完成するのをビジョンとして描いていると、認識できるほどの笑みを浮かべている。

 

ただただ純粋に耕也と共に在りたいという感情、そしてこの世界では全くと言っていいほどの異質な存在である、領域が無くなってしまったという焦りもあったこそ、彼女達を強引な方法へと向かわせる結果となってしまったのだ。

 

彼女達の理論。それは、実際とは全くと言っていいほど違ったものだったのだが、彼女達の現時点での保有している情報からでは、それが精一杯であった。

 

耕也の持つ途轍もなく大きな謎。またそれも、彼女達を焦らせてしまった原因の一つなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? なんだって?」

 

と、俺は目の前の紫に対して、聞き返してしまう。

 

それも俺にとっては仕方が無い事ではあった。領域が消えてから数日後、何時領域のように消えてしまうか分からない創造のために、俺は出来る限りの対策として、保存食と水の大量創造を行っていたのだ。

 

それのせいか、俺の家は今非常に狭くなっている。人を招くなど常識では考えられないほどの狭さ。

 

とりあえず、2Lのペットボトルが壁のように反り立ち、鯨肉等の缶詰もツナ缶等と一緒に存在しているのだ。

 

とまあ、紫が来た瞬間、俺の予想通りの反応をしてくれた。要は、何この汚い部屋……。

 

心から涙がドバドバと流れていくのを感じるが、ソレを気にしていられるほどの用うは現時点の俺には全く無く。ただただ、紫が何をしに此処に来たのかを聞くだけであった。

 

すると、紫は突然言ったのだ。

 

「もう一度言うわ。白玉楼に来ないかしら?」

 

そう、俺に移住の話を勧めてきたのだ。

 

一体何故彼女が移住を勧めてきたのかは、少し考えればすぐに分かる事である。

 

当然のことながら、俺の身を案じての事だろう。

 

その事は非常にうれしいし、俺としても是非その提案を受けたい。

 

が、それには非常に大きな弊害が伴う可能性があるのだ。それも極めて高い確率で。

 

それは勿論、亡霊の幽々子である。

 

紫達と友人の関係になって間もないころ、俺は幽々子と友人になって欲しいとせがまれ、白玉楼に足を運んだ。だが、そこで待ちうけていたのは死に誘う蝶。

 

幽々子の持つ圧倒的な力によって顕現した蝶が、一斉に襲いかかってきたのだ。

 

勿論、その時は領域が完全に稼働して俺の身を守ってくれたし、その後も何度か死に誘われはしたが、この身を死に誘われる事無く、なんとか人間として生活してきている。

 

だが、今回は全く事情が違う。勿論その事情の違いというのは、俺の領域が消失している事であり、極めて致命的なレベルでの欠点である。

 

彼女が今、俺の領域が消失している知ったとしたら、俺の事を殺さずにいられるだろうか? と、そんな事を思ってしまう。

 

俺は勿論紫の事を信頼している。そして、この案を出してくるという事は、それなりの対抗策をとっていると考えても良いだろう。

 

だがしかし、そこで俺の中に一つの疑問が生まれた。

 

「紫の家は……やっぱり駄目なのかい?」

 

厚かましいかと思ったが、一度聞いてみる。今の俺には聞く事ができないのは苦しいが、ソレの欲求に従うことしかできない。

 

何故、彼女の家は駄目なのだろうか? という事である。

 

彼女の家に行った事はあるが、紫と藍の2人で住むには広すぎる屋敷であるし、そこに俺が一人行っても問題ないような気もするのだが……。

 

そう考えていると、紫は難しそうな顔をして、此方に顔を近づけてから話す。

 

「ごめんなさいね……。私の家に招きたいのは山々なのだけれども、結界等の作業や、此方の仕事の関係上人を住まわせるだけの余剰分が無いのよ……」

 

と、酷く悲しそうな顔で言ってくる。

 

それならば仕方が無いし、彼女の口から態々事情まで話させる事自体が愚かしいと思った。

 

そして、俺は一言彼女に謝った。

 

「いや、それなら良いんだよ。此方こそごめん。図々し過ぎたね……」

 

本当に図々しいと思った。此方が洗濯できる立場ではないと分かっているのに、紫に聞いてしまったのだ。

 

紫が俺の安全を考えずに、移住先を決めることなんてしないだろう。ましてや、幽々子は紫の親友なのだ。事情を話してくれてさえいれば、俺が襲われる事など無いはずなのだ。

 

そして、俺の予想通りに、紫は応えてくれた。

 

「安心して頂戴。前のような事は起きないから……。ふふ、耕也を殺すなんて事はしない様にと、流石に私も言い含めたわよ……大丈夫、私を信じて頂戴?」

 

と、俺が安心できるように配慮してくれる。

 

ソレを俺は、感謝しているのだが、その感謝している時に一つの重大な事を忘れていた事に気が付いた。

 

それは

 

「ありがとう紫……。ああ、でも流石に移住というのは無理かもしれない……」

 

と、俺が言うと、紫は途端に眉を顰めて、少々焦った様な口調で、俺に尋ねてくる

 

「どうしてかしら? 貴方が今現時点で非常に危険な状態にあるというのは、貴方自身が一番よく知っているはずよ?」

 

「いや、それでも流石にちょっと……」

 

彼女の言葉に否定の返答をするたびに、彼女の機嫌がどんどん悪くなっていく。

 

此方も否定をしたくてしている訳ではないのだ。

 

ただ、一つだけ……。いや、二つの意味で彼女の誘いに乗ることはできないのだ。

 

それは

 

「俺は今酒屋の化閃の所に勤めているから、移住は厳しいと思う」

 

仕事の関係である。もちろん、ジャンプが使えれば問題ないのだが、今現在では使える気配すら無いため、彼女の申し出を受けることはできないのだ。

 

そして、もう一つの理由。それは、紫の手を煩わせるという事である。

 

もし、このまま彼女の案に乗って、白玉楼で暮らした場合、確実に紫の隙間を使わなければならないという事。

 

無論、空を飛んで地底に行くという方法もある。あるとはいえ、それは全くもって現実的な話ではない上に、俺の体力が持たない。

 

その現実的な話ではないというのは、勿論俺が封印されているという事である。世間一般に知られている状況で、一体何故俺が姿を晒しながら飛ばなくてはならないというのか。

 

飛んでいる間に、人に見られてしまう可能性は十分にある上に、もし見られてしまったら大事になる事間違いなしである。

 

もし、そのような事が起きれば、今度こそ俺を殺してしまおうと、地底に討伐軍を差し向けてくる可能性もある。そして、ソレのせいで地底に居場所がなくなってしまった場合、最早俺は白玉楼以外に住める場所が無いのである。

 

だからこそ、俺は彼女の言葉を断る。

 

だが、彼女はそんな事を予想していたのか、微笑みながら懐から一枚の札を取り出す。

 

見ただけで、唯の札ではないという事が分かる。

 

周りの空間が僅かに歪むほどの妖力を込められた、正真正銘の紫が作った札。

 

一体どんな札なのか。どんな効力を有しているのか。それが頭の中に浮かび上がり、俺は思わず

 

「それは……?」

 

と、呟いてしまう。

 

俺の声は、何時もの声ではなく、まるで声がかれてしまったかのような掠れた高い声で彼女に聞いてしまっていたのだ。

 

紫は、俺の驚き様を満足そうに微笑みながら、口を開いてくる。

 

「ふふ、これは私特製の転移札。一応何十回も転移しても繰り返し使えるように力を込めてあるから、大丈夫なはず。……これで、分かるわよね、耕也?」

 

と、俺に断るための要素を次々と封じてくる紫。俺の事を考えてくれるのは嬉しいが、少々強引過ぎやしないかい?

 

なんて思ってしまうが、よくよく考えていくと、彼女が強引でも仕方が無いのかなと思ってしまう。

 

目の前にいる余裕の笑みを表にしながら、様々な事を考えて適切な答えを導き出していく彼女は、俺の大切なヒトである前に、妖怪なのだ。

 

欲に忠実で、人の話を聞かない妖怪なのだ。

 

だからこそ、仕方が無いと思った。

 

そして、俺は此処まで彼女に断る術が潰されてしまったのならば、断ることはできないと観念し

 

「じゃあ……宜しくお願いします」

 

そう言って、紫に頭を下げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫に連れられ、隙間の中に身を滑らせていくと、眼前に現れたのはやはり白玉楼。

 

現代の建築技術なら容易く建築できるであろうが、この時代に一体どんな手法で建築したのか分からない程の見事な屋敷。

 

だが、この見事な屋敷が今日から俺の住処になるのだと思うと、なんだか緊張してしまう。

 

前にも友人として此処に来た事は何度もあるといのにも拘らず、だ。

 

ただ、それは俺自身の気持ちであって、幽々子の気持ちではないのだ。俺が緊張していても、彼女は普段通りのんびりとしている可能性の方が高い。

 

それでも、この俺の緊張の要因は分かる気がする。いや、恐らくそうであろう。

 

それは

 

(やっぱ領域が無いせいだろうなあ……それにそのせいか、空気が薄い気がする)

 

そう、普段は領域があるからこそ、この死の世界に足を踏み入れても、胸が締め付けられて、息が止まってしまいそうな緊張感も無かった。

 

さらに言えば、この高空での僅かな息苦しさというのは、今まで領域がカバーしてくれていたという他ならない事を示しており、それが無い分余計に息苦しさを感じさせる。

 

俺は、精神と物理的な部分の息苦しさに、何とも先が思いやられる様な感じがしながらも、紫の後に付いて行く。

 

まあ、此処で暮らしていく内に身体が慣れてくれるだろうという何とも計画性の無い楽観をしながら、一言紫に言う。

 

「本当に大丈夫なんだろうね?」

 

やはり、俺は人間であるから、念のために紫に聞いてしまう。本当に紫が幽々子に注意をしたのかという事。

 

そして、俺が此処で暮らしていても、彼女が殺しに走る事が無いのかどうか? ということを。

 

この彼女の返事が来るまでの僅かな時間が、非常に長く感じてしまうのは、俺が早く安心したいという焦燥感ゆえだろうか?

 

彼女達の事を信用したいのは山々なのだが、俺の体質の事を考えると、それもやむなしと言いたいところ。

 

現時点で、俺の身体……高次元体は無防備な状態で空気に曝されているのだ。ならば、妖怪の紫も俺の事を食いたいと少なからず思っているはずなのだ。

 

だからこそ、俺は念を押すのだ。

 

この奇妙な間の後、紫は俺の方をクルリと向きながら、ニッコリとして口を開く。

 

「ええ、それは私が保証するわ。安心なさい。私も、幽々子も決して貴方に危害を加えないわ?」

 

そう、危害の所をやたら強調して言ってくる紫は、何処となくわざとらしくもあり、何とも奇妙な違和感を感じてしまうほどの口調であった。

 

俺の事を本当に心配していないような……。まるで、これからいなくなって、どうでも良くなってしまうような人間に対して言う言葉に聞こえる。

 

確かに、表情は非常に柔和な笑顔であり、口調も非常に説得力のある自信に満ちた物であった。

 

だというのに……何故だろう……。酷く冷めているというべきだろうか? 彼女から、感情というモノが全く感じないのだ。どこか遠くから話しているようにも感じてしまう。こんなに近くにいるというのに。

 

いや、そんな事は無い。彼女に限って俺を見捨てるわけが無い。等という非常に情けない事を考えながらも、彼女に対して礼を言って行く。

 

「ありがとう紫……うん、ちょっと心が不安定だったみたいだ……」

 

この違和感は、俺の心が不安定だからこそ感じてしまったのだろうか? 自分で言っておきながら、頭の中に疑問が浮かび上がってくる。

 

対する紫は、俺の言葉に一定の満足を得ているのか、その笑顔を維持したままコクリコクリと小さく連続で頷き、そしてまた前を向いて歩きだす。

 

その歩き方は、まるで今にもスキップをしてしまいそうなほど非常に軽快な足取りである。

 

先ほどの俺の返事が影響しているのかどうかは知らないが。とりあえず、彼女の肩の荷か何かが下りたのだろう。むしろ、俺の不安を取り除けたという事が嬉しかったと見るべきか……。

 

そこまで詳しくは分からないが、俺は彼女の後を着いて行くことしかできず、ただただ彼女の足取りに誘われるように、白玉楼の玄関へと片足を踏み出して行った。

 

 

 

 

 

 


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