東方高次元   作:セロリ

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外伝ss……剥離(下)

「いらっしゃい、耕也。待ち詫びていたわ、本当に…………本当に待ち侘びていたわ」

 

彼女の顔は、どこか蕩けた様に頬を赤くしながら笑顔を浮かべて迎える挨拶をしてくる。

 

だが彼女の目は、まるで俺ではなく、俺の中の何かを見るかのような鋭い目でとなっている。

 

紫もそうだが、俺の領域が消失してから態度が変わってしまったような気が……いや、確実に何かが変わっているだろう。

 

ひょっとしたら、普段は領域通してからから彼女を見ているという色眼鏡という可能性もあるが、それでは領域を解除していた状態で見ていた彼女達の表情は色眼鏡なのか?

 

いや、彼女達の表情は変わらなかった。だが、今回は変わっている。偶々という可能性も無きにしも非ずだが、それにしてはかなりの急変模様。

 

ならば、俺の領域の消失が何かしらの影響を及ぼしたのだろう。それが悪影響かどうかは分からないが。

 

俺は、彼女達の態度の違和感に、何とも言えない居心地の悪さを覚えながらも、挨拶を返す。

 

「今回は居候の許可を頂き、誠にありがとうございます。雑務の一切を引き受ける所存で―――――」

 

と言おうとした途端、彼女が手で制してくる。

 

「硬い事は無しよ耕也? さあさ、上がって頂戴。紫ももちろんね?」

 

と、紫に向かって微笑みを向ける幽々子。

 

それに紫は軽い頷きを返して、靴を脱いでいく。

 

俺も紫に倣い、靴を脱いで揃えて彼女達の方へと向き直る。

 

「さて、行きましょうか……こっちよ」

 

そう言いながら、幽々子は俺に背を向けてゆるりゆらりと足を前に出していく。

 

水が流れる如くの滑らかな動きは、身体全体がエンジンオイルでできているのではないかと思ってしまうほど。

 

何とも無機質で風情の無い表現の仕方かもしれないが、第一印象で俺がそう思ってしまったのだから、それは仕方が無い。

 

彼女らに比べて身体が硬い俺は、どう踏ん張っても途中でよろけてしまいそうな歩き方。まあ、亡霊だからという事も要因としてあるのかもしれないが……。

 

そんなどうでもいい事を考えながら、俺は隣にいる紫の事を見る。

 

紫も元々の身体のバランスが良いせいか、美貌と相まって非常に目の保養になる。

 

くっだらねえ事を考えてんなあ……。なんて、思いながら、今後の身の振り方について考えねばならないと思い、彼女の後に着いて行く事に専念する。

 

ゆっくりと歩いて行くと、彼女はふと足を止めて此方を向く。

 

そして、歩いて来た時と同じような雰囲気を持ちながら、ゆっくりと此方に向いて口を開く。

 

「此処で少し今後の事について話し合いましょうか……?」

 

そう言いながら襖を開けて中に入っていく。

 

続いて紫、そして最後に俺が足を滑らせるように入っていく。

 

用意された座布団に腰を下ろし、丸い卓袱台を囲んで話し合う。まるで俺の家で話しているかのように……いや、ちょっと待て。

 

そう俺は自分に対して厳しく突っ込みを入れていく。

 

この既視感というべきものだろうか? やけに俺の部屋にいるような感覚をさせるこの卓袱台。

 

そう、この変なというべきか、異様な感覚が妙に頭の中で燻り続ける。

 

そして、俺は部屋を見回した瞬間に、この違和感の下人に気が付いた。

 

それは、この部屋に入った瞬間に気が付くべきだったかもしれない事であった。俺が感じていた既視感は、全てこれが原因だったのだと。

 

そう

 

「もしかして……俺の部屋?」

 

俺の視界一杯には、地底にある俺の部屋が広がっていたのだ。

 

「ふふふ、満足してもらえたかしら? 耕也?」

 

と、紫が満足げな表情で俺に言ってくる。

 

「え? あ、いや……」

 

突然の事なので、返事ができない……。

 

恐らく、間抜けな顔を晒しているだろう。それはもう、人生で上から片手で数えられるほどの吃驚顔。

 

「ふっふふ、紫。耕也が吃驚して反応に困っているわよ? 説明してあげなさいな」

 

と、幽々子はコロコロと笑いながら紫の肩をツッつく。

 

まるで、その顔は悪戯が成功した子供のように無邪気な笑顔。

 

俺の反応が随分とお気に召したようだ。

 

一体どうしてこのような事態になっているのか、自分でも理解できないまま、カラカラに乾いた口の中で、舌を必死に回しながら質問する。

 

「いや、俺の部屋だというのは分かるんだけど……ちょっと……あれ?」

 

やはり完全に事態を把握しきれていない。

 

紫が俺の部屋と白玉楼を繋げたのか、それとも紫が精巧に俺の部屋を再現したのかどうなのか。

 

もしくは……俺の部屋を丸ごと此処に転移させたか。これらのどれかであろう。

 

そう思いながら、コクリと少量の唾液を飲み、紫の返事を待つ。

 

「ふふふ、驚かせてごめんなさいね?」

 

そう言いながら、懐から取り出した扇子を横に一閃すると、目の前にあった卓袱台が歪み始め、グネグネと形を崩し始める。

 

「え、ええ……?」

 

状況を把握しきれないまま、俺は目の前で繰り広げられている事に驚嘆の声を上げながら、その変化が収まっていくのを待つ。

 

そして、そのスライムが形を崩していくような動きをしている景色は、段々と形と色を変えながら、白玉楼に違和感のない部屋へと変貌していく。

 

「本当は、このままの方がいいと思っていたのだけれども。まあ、貴方に説明するために一度解いたわ」

 

解く……。つまり、彼女の言っている事は、俺に何かしらの幻術か何かを見せて、この部屋を見慣れた自宅の一室に変えてしまっていたという事だろう。

 

まあ、彼女はかなりの回数で俺の家に来訪するため、部屋の何処に何があるかなどは覚えてしまっているのだろう。

 

いや、むしろ一回目で覚えてしまっている可能性も無きにしも非ずだが……。

 

そんな事を考えながら、俺は紫に返事をする。

 

「もしかして……幻術で再現してた?」

 

すると、やはり俺の推測と答えは合っていたのか、紫は微笑みながらコクリと頷く。

 

「その通りよ耕也。幻術が掛かったままの方が精神的に落ち着くと思ったのだけれども……どうする? 部屋だけでも似せておきたいかしら?」

 

と、あくまでも気遣いの一つとして行ったという事を強調してくる紫。

 

無論、俺はそれに対して何の嫌悪感などを覚えている訳でもなく、素直にうれしいとさえ感じていた。

 

が、それ以上に現実を目の前に突き付けられた感覚がするのだ。

 

(やっぱり……領域が消えてるのはどうやっても動かない事実なんだなあ……)

 

この現実。

 

普段ならこの程度の幻術など全く食らいはしないし、それが何かしらの食らわなければならない物でもない以外、行使された事にすら気が付かないであろう。

 

もしかしてこの幻術というのは、紫が俺に対して領域が使えなくなってしまった事に対する再認識をより深く突き付けるためのテスト……。それにすら感じてしまうのだ。

 

だが、ソレを何度認識した所で、俺の領域が回復するわけでもないし、何より俺はこれから危険が増した日常を送らなければならないのだ。

 

だからこそ

 

「ありがとう紫……いや、それは流石に止しておくよ……しっかりとこの身に刻みこむためにもね……」

 

そう二つの意味で礼を述べて、そしてもう一つの方に対して補足を加えておく。

 

すると、紫は自分の意図に気が付いてくれたとでも言うかのように安堵した溜息をし、幽々子に話を振る。

 

「さて、幽々子。耕也が住む部屋は……此処でいいのかしら?」

 

そう言いながら、地面に向かって指を向けて上下に振る。

 

その動作を受けた幽々子は、微笑みながらコクリと頷き、俺の方へと向く。

 

「そうね……此処なら居間にも近いし、この広い白玉楼でも迷う事は無いわ……。いかがかしら耕也?」

 

と、同意を求めてくる幽々子。俺は当然自分の身分をはっきりと認識しているため、彼女の言葉に文句は出てこない。

 

「お願いします幽々子さん……」

 

すると、幽々子は苦笑しながら俺の返事に対して注文を付けてくる。

 

「居候とはいえ、そんなにかしこまらなくてもいいのに……。困った時はお互い様でしょ?」

 

「いえいえ、親しき仲にも礼儀ありという言葉もありますので……」

 

俺は、そう言いながら幽々子の言葉に反論……という言い方はおかしいかもしれないが、彼女の厚意に感謝しつつ立場を明確にする。

 

「まあ、それでいいのならいいのだけれども……ね」

 

そう呟く幽々子は、なんだか悲しそうでも有り、今後の何かに期待しているかのような目でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、基本的には雑務が殆どか……」

 

蝋燭の光一つの薄暗い部屋の中で、溜息と共に言葉を出していく俺。

 

夕食を食べ終わった後、俺は与えられた自分の部屋に入り、布団に包まっていたのだ。

 

が、いくら慣れた白玉楼とはいえ、今回は心境が全く違うというのを認識させられる。

 

何時も通りに接してくれた幽々子。何時も通りに俺に付き添ってくれた紫。そして、何時も通りの態度で話しかけてくれた妖忌。

 

殆どの事が何時も通りであるがゆえに、今回の事は非常に残念に思ってしまう。

 

心の中にポッカリと穴が空いてしまったかのような感覚。そして、自分の身体が今まで領域にどれだけ助けられていたかという後悔の念と虚しさと情けなさ。

 

それらが同時に襲ってくるため、何とも言えない悔しさが襲ってきてしまい、全く寝つく事が出来なくなっていた。

 

その中で、ふと彼女が俺に渡してくれた札の事を思い出し、バッグの中から取り出して蝋燭の光にかざしてみる。

 

「それにしても……往復50回連続で使用可能な転移札か……」

 

彼女が通勤用にと言いながら、何とも言えない巨大な妖力を込めた札を渡してきた札。

 

僅かに立ち上る妖気に、失礼ながら、何とも言えない気持ち悪さを感じてしまうのは、俺が人間だからだろう。

 

そして、こんなにも間近で妖力が込められた物を触るのは初めてであり、それがまた妙な興奮を俺にもたらしていたのだ。

 

「さあて、明日から通勤用に使わせていただきますかねえ……」

 

と、このペラい札に書かれている転移という文字を、指でなぞるように撫でながら、俺は溜息を吐く。

 

高空ゆえに夜は少々冷えるのか、吐く息が妙に暖かく感じてしまう。

 

そんな些細な事に感想を持ちながら、眼をつぶって無理矢理にでも寝てしまおうと、蝋燭に向かって息を吹きかけようとする。

 

 

「耕也……まだ起きているかしら?」

 

と、障子を隔てた縁側から声がする。

 

その声に少々驚きながら、布団からムクリと起き上がってその姿を確認しようとする。

 

相手が女だというのは分かったのだが、突然の事に声の判別が上手くいかず、紫か幽々子のどちらかを目で確認する羽目になってしまったのだ。

 

幸い、今夜は満月だったせいか月明かりによってくっきりと明暗が分かれた影は、障子にその姿を容易に映し出していく。

 

「あ……2人ともか……」

 

そこには、障子の外側に2人の影が映し出されていた。

 

俺から見て、右側に大きなリボンの付いた丸い帽子。そして下半身を覆うように開かれている衣服。間違いなくそれは紫の着ている南蛮風のドレスの特徴であった。

 

そして、左側には、扇子らしき細長い棒を持っている姿。少々尖がった部分が強調されている帽子、そして右とは違ってシュッと細くなっている下半身。

 

紛れもなく幽々子であろう。

 

2人の姿を確認した俺は、どちらかが発したであろう問いに応える。

 

「どうしたんだい? 2人とも」

 

そう俺が、どちらにも聞くように配慮しながら言うと、答えたのは紫であった。

 

「耕也……入ってもいいかしら? 少し話があるのだけれども」

 

そう言ってくる紫。

 

勿論、寝てもいなければ、何か用事があるわけでもない俺は、彼女の問いに許可を出す。

 

「良いよ勿論。寒いだろうしね、入っておいでよ……」

 

すると、少しの間の後に、彼女等が障子を開けて入ってくる。

 

その2人の顔は、何とも言えない悲しいような、怒りが混じっているような、複雑な笑顔をしていた。

 

何が起きているのだろうと、俺は不思議に思いながら、彼女らがこの部屋に入ってくるのをただひたすら眺めるだけ。

 

紫達はゆっくりとした足取りで、俺の方まで近寄って来たかと思うと、幽々子が指を鳴らして炎を作りだす。

 

まるで、松明の明かりを思わせるほどの柔和な光は、何ともこの肌寒い夜に心地よい暖かさを俺の身体にもたらし、何とも言えない開放感が身を満たして思わず目をつぶってしまう。

 

俺の反応を見てかは知らないが、幽々子がふふふっと軽く笑って口を開く。

 

「突然で悪いけれども耕也……。ちょっと聞きたい事があるのだけれども……良いかしら?」

 

そして、先ほどの笑みとは真逆な顔をしながら、俺に質問してくる幽々子。

 

その顔は、何時もののほほんとした表情ではなく、何と言うか、切羽詰まったというべきか、焦燥感に駆られているというべきか、それとも何らかの強迫観念に囚われているというべきか。

 

どれとも似ていて、それで遠いような表情は、否応なしに俺の口から了承の言葉を引き出させる。

 

「う、うん……どうしたんだい?」

 

正直なところ、彼女の顔が怖いと認識してしまっている可能性も無きにしも非ずだが、彼女の顔からは話の内容がそう軽いものではないという事だけは読み取れる。

 

だから、少々重い話しでも確実に聞き取れるように、少し近寄っていく。

 

俺の聞く準備が出来たと感じたのか、幽々子は少しだけ頷いて目を見ながら口を開いてくる。

 

「耕也は……領域が使えなくなったと紫から聞いているのだけれども、ソレから体調等の変化は無いかしら?」

 

少し幽々子の言いたい事が分からず、俺は聞き返してしまう。

 

「うん? どう言う事?」

 

すると、幽々子は少し起こったように眉を顰めさせながら、再度聞き返してくる。

 

「だから、領域が消えたことで、貴方の身体に変調を来すことは無いのかを聞いているのよ耕也」

 

「ああ、ごめん。……そうだねえ…………今のところは何の異常も無いけれども……自覚症状があらわれるものとは限らないから、そこら辺は自分でもはっきりとは分からない……」

 

すると、少し残念そうに幽々子と紫が溜息を吐く。

 

だが、俺としても分からない物は分からないのだから、答えようがない。此処で嘘をついて彼女達を安心させたとしても、その場限りの薄っぺらい安心を彼女に与えるだけであり、根本的な解決には至らない事は間違いなしである。

 

が、自分の体調を知りたいというのもまた事実。

 

この身体が人間であるという事には絶対的な自信があるが、それでも領域が消えた事による何らかの皺寄せが来ないとは限らないのだ。

 

だからこそ、俺はそれに心配してくれた幽々子と紫に感謝をして、此方から補足を入れていく。

 

「例え、自覚症状の無い変調があったとしても、人間が暮らすのと変わらない生活を送れば問題は無いはずだよ……。それに、白玉楼には何らかの毒性を持った瘴気などは無いだろ?」

 

そう俺は、彼女らを少しでも安心させようと補足をなるべく入れていく。

 

すると、俺の質問に応えるためか、紫が幽々子より少し前に出て口を開く。

 

「それは無いわ……。貴方も分かっているとは思うけれども、此処には死者の魂が集まる程度で、特に貴方に害をもたらすものは無いはず。現に、領域が健在だった頃でも、解除しても問題は無かったでしょう?」

 

ゆかりは、貴方の安全はすでに確保されていると言わんばかりの口調で言ってくる。いや、実際に確保されているのだろうが……。

 

「ありがとう紫、幽々子。安心したよ……」

 

そう言いながら、俺は彼女らに向かって頭を下げる。

 

すると、今度は紫ではなく幽々子が口を開いてくる。

 

その顔は、先ほどよりも更に真剣さが増しており、何とも言えない圧迫感を覚える。

 

「耕也……今から一番重要な事を言うわ……良いかしら?」

 

その言葉が来た瞬間に、ある種の緊張感というべきか、足から下が無くなってしまったかのような錯覚を覚え、俺は少々身ぶるいをしてしまう。

 

「良いよ」

 

淡々とした返事ができない俺は、幽々子の口が開かれ、言葉が放たれるのをひたすら待つのみである。

 

「耕也は……後どれほど生きられるのかしら?」

 

残酷な言葉だと思った。

 

今まで不老だという自己の認識で生を営んできたというのに、此処に来てあとどれぐらい生きられるかという寿命に関しての質問である。

 

まるで彼女の言葉は、余命幾許もなしと医者が宣告するかのようにすら感じた。

 

恐らく、これが恐怖というものだろう。己が命の灯火の時間的猶予が一体どれほど残されているのか。

 

当然と言えば当然。考慮されてしかるべき問題である。なぜなら、今の俺には領域が全く無いのだから。

 

もし、俺の命が領域によって保障されていたとしたら? もし、解除したとしていても、その内部である生命維持という最低限の保障を行っていたとしたら?

 

もし、もしもだ。もしも領域が消失したとして、その皺寄せが、体調ではなく、直に命という人間の根本的な問題に影響を及ぼすのだとしたら?

 

幽々子の言葉によって、自身の置かれている身の状況を確認するという情けなさも恥もかなぐり捨てて、俺は恐怖した。

 

一体どうなってしまうのだろうか?

 

一体俺の命は後どれほどなのだろうか? 一気に皺寄せが来るのだとしたら、あと10年? 1年? いやいや、あと1ヵ月?

 

急激な皺寄せが来るのだ。その余命は通常の長さではないだろう。

 

事実でもなく、唯の憶測にすぎないというのにも拘らず、幽々子の言葉は妙に現実味を帯びているようにも感じられ、俺はそれを現実に起こってしまうものだと認識しようとしていた。

 

そのため、言葉では言い表せないほどの恐怖を感じ、ただただその言葉を放った幽々子の顔を見続けることしかできない。

 

何も言葉を返す事ができないのだ。何とも情けない事に、俺は自身の考えによって生じた恐怖と心配性の相乗効果により、幽々子に対しての返答が出来なくなってしまっていたのだ。

 

気道が段々と絞まってしまう感覚がして、思わずヒュッと息を吸ってせき込んでしまう。

 

「――――――っ!!」

 

ゲホゲホと出てくる咳が、どうにも止まらず、そのせいか涙が滲み出てくる。

 

すると、俺の気持ちを察してくれたのか、幽々子が俺に近寄ってきて頭を抱えて抱きしめてくれる。

 

「ごめんなさい……突然の事だったわよね。……確かに厳しい事かも知れけれども、貴方の身体の事だから教えてほしいの……ね?」

 

その言葉に、気道が広がっていくのを感じ、呼吸が大分楽になるのを把握できた。

 

そして、俺は幽々子の言葉に返そうと口を開く。

 

「いや、分からない……あと10年なのか、1年なのか……自身でも把握しきれないんだ……ごめん」

 

俺自身、把握できていないのだから、この程度の言葉しか返す事ができない。

 

内心は不安なのだが、永琳に診断を受けたり現代の病院での精密検査等をしなければ、それらの異常は分からないだろう。

 

が、俺の満足のいかない回答でも良いとばかりに、幽々子は更に強く抱きしめてくれる。

 

甘い香りが鼻腔をくすぐり、心が洗われていくような爽快感と同時に、身も心も蕩けてしまいそうな感覚に陥る。

 

「ありがとう幽々子、紫……でもごめん、満足の行く答えが出せなくて……」

 

「いいのよ耕也……。私達は貴方の味方なんだから…………ね?」

 

そう言いながら、俺の側に寄って、後ろから抱きついてくる紫。

 

幽々子と紫という美女に挟まれながら、慰められるというのも男としてどうなのかという疑問もあるであろうが、それでも俺は非常のこの状況に救われていた。

 

 

「抱きついたついでに……慰めてあげましょうか?」

 

そう言いながら、紫が強く強く抱きしめてくる。

 

「流石にそこまでは良いよ……」

 

先ほどとの空気の変わり様に俺は驚きながらも彼女の言葉に返答していく俺。

 

が、なおも彼女の力は増すばかりで、それを幽々子はふふふ、と笑いながら胸へと俺の顔を沈ませていく。

 

「それも良いわね紫……肉体的な接触もまた、確実に精神の安定をもたらすわ……」

 

そう言いながら、俺が逃げようとするのを防ぐように力を込めていく幽々子。

 

「いやいや、それは……」

 

そう言いながら、巻きつかれた紫の腕を離させようとするが、いかんせん相手は妖怪。人間の力で対抗しようなど鼻で笑われる所業である。

 

それでもなお俺が腕を離してもらおうと力を込めていくと、突然口の中に異物感を感じる。

 

「んあ? あ、ああぁあ?」

 

「耕也……申し訳ないけど。……今は貴方が意見出来る立場ではないのよ?」

 

紫が口の中に指を突っ込みながら、舌を摘まんでくるのだ。

 

妙にひんやりとした彼女の手は、どこか心地よささえ感じさせ、次いで身体を弄られる手の感触に力がグッと抜けてしまう。

 

「素直になりなさいな…………ね?」

 

素直と言ったってどう素直になれと等と言う意見はすでに封殺されており、全くの抵抗にならず、そのまま俺は受け入れるしかなかった。

 

そして、余りの快楽に気絶する瞬間

 

「決して帰さないわ……絶対にね」

 

そんな言葉が聞こえてきた気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

「随分とまあ、やってくれたじゃないか……力が入らない…………」

 

そう言いながら、目覚めた耕也は何とも情けないほど腕をプルプルとさせながら、布団より身体を起こしていく。

 

快楽に伴う悲鳴を何度も上げながら、精を搾り取られる様は、まさに逆強姦と言っても過言ではない有様であったが、本人としては心のどこかに充足感のようなモノを感じていたのだろう。その表情に紫や幽々子に対する怒りなどは感じられない。

 

彼も実際のところ人間なので、不測の事態に対応しきれない事は多々ある。偶々それは今回の領域消失と言う事故によって引き起こされただけであって、彼自身の落ち度は殆ど無かった。

 

強いて言えば、寿命の変化の事に着いて考慮をしていなかったことぐらいであろうか。領域が消失していた時点で、彼にそこまで考える余裕があれば、また違ったかもしれない。

 

とはいえ、耕也自身これからの身の振りようによっては、自分の命を延ばすかもしれないし、縮ませてしまうかもしれないという事は分かっていたので、流石に無茶などはしないと彼の中では決めていた。

 

そして、彼が明かりを頼りにアナログ時計を見やると、先ほどの行為からすでに

 

「2時……もう3時間も気絶していたのか……どおりで喉が渇くわけだ……」

 

かなり長い事気絶をしていたのだ。

 

そして、耕也は疲れの余り口を大きく開けて寝てしまっていたせいか、酷く口渇感を感じていた。

 

ふと、彼は水飲み場等を案内されていなかったなと思い、少し探索もどきも兼ねて探してみようと考えたのだ。

 

どうせなら、もっと早く幽々子から聞いておけばよかったなと思いながら、耕也は腰を上げた。

 

本来ならば、彼自身の能力である創造で水を創造すれば良かったのだが、この不安定な状態での力の行使は、いざという時の燃料切れと言うのも考えられるので、それだけは避けたかった。

 

だからこそ、節約という意味も兼ねて彼は水を飲みに行くのだ。

 

「あ~……やっぱ寒い……」

 

頭の中でカーディガンが欲しい等と言った年寄り臭い事を考えながらも、耕也は襖を開けて廊下をペタペタと歩いて行く。

 

毎日の拭き掃除が功を奏しているのか、彼の足に誇りが付くなどといった不快感を及ぼす事が無く、掃除が行き届いているなという驚きを彼の心にもたらした。

 

「早く飲んで寝ちまおう……」

 

あんまりにも年寄り臭い言い方で、側に紫や幽々子がいたら幻滅してしまいそうなほど。

 

だが、彼は眠気もあるせいか殆どそのような事は気にせず、今は喉の渇きを癒したい一心で水飲み場へと向かう。

 

「台所に無いかねえ……?」

 

そんな事を言いながら目的地を設定し、しばらく彼が足を進めていくと、どうやら台所と水飲み場はセットになっているらしく、彼のちょっとした予想は当たっていた。

 

「水がうめえ……」

 

等と言いながら、口を着けない様に、柄杓からトポトポと口に水を輸送し、喉の渇きを癒していく耕也。

 

人間として、必要不可欠な水分補給を終えた彼の顔は、水の冷たさもあってか眠気が顔全体から取れてしまってた。

 

「眼が覚めちゃったな……」

 

そう苦笑しながら、耕也は自分の部屋に戻って寝ようと足を踏み出していく。

 

また長い廊下を歩く羽目になるのかと思うと、気が滅入りそうになる耕也だが、ソレを乗り越えなければ暖かい布団には辿りつけないぞと自分を叱咤しながら歩みを止めない。

 

ふと、しばらく耕也が歩き続けると、一室だけ妙に騒がしく、またほんの少しだけ開いた襖から光が漏れている。

 

漏れた光は、ゆらゆらと頼りなく、蝋燭によってもたらされている光だということが彼には分かった。

 

(紫達ももう寝てると思ったんだけど……?)

 

そう疑問を持つのは仕方が無かった。

 

なぜなら、先ほどまで彼が歩いていた廊下と逆の方向を歩いていたのだ。その時には、襖から漏れる光は無く、無音に近い状況であった。

 

だからこそ、非常に彼にとっては違和感の感じるものであり、妙な興味を持ってしまう物であったのだ。

 

(こんな時間に何を……?)

 

そう考えながら、耕也は襖に顔を近づけていく。

 

最初は興味から顔を近づけたのだ。誰が、一体何の話をしているのか? 盗み聞きなどは良くないと思っているが、彼としては、先ほど光が付いていなかったという確信があったため、ソレも気になった。

 

無論、起きてからさほど時間が経っていない状態であったので、彼の見落としと言う可能性もあったが、今の彼にその選択肢は無かった。

 

彼は、まるでその隙間に吸い込まれるように顔を近づけて、中の様子を見、そして話を聞いていく。

 

(紫と幽々子か……)

 

そう頭の中で呟きながら、更に深く見いるように話を聞いていく。

 

心の中では、どこかしらに聞いてはいけない。見てはいけないという警告音が鳴っていたのだが、興味とその背徳感が彼の背中を押していた。

 

だが、それは聞いて行く内に間違いだったという事を彼は明確に思い知らされた。

 

時間が経つごとに、彼の表情が高揚した微笑から無表情へと変わり、次いで頬が引きつっていく。

 

「ひっ…………」

 

という、息をヒュッと吸い込む際の声と共に、顔がクシャリと歪んで泣きそうな表情へと。

 

そして、身体が小刻みに震え始め、歯がカタカタと鳴りだす。

 

次の瞬間には

 

「「そう思わない、耕也?」」

 

という大きい声に、一粒の涙と恐怖の表情を浮かべた耕也が、尻もちを付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、一体どうしてこんなにも彼の魂は青白く輝いているのかしらね、紫?」

 

と、茶を飲みながら紫に尋ねる幽々子。

 

その表情からは、最早耕也に対する一切の配慮が抜けてしまった、欲望の塊がそこにいた。

 

無論紫も、先の行為と、事前でのやりとりによって耕也の事を返したくないという束縛願望が強く強く前面に出ていた。

 

自身の理論と幽々子の願望が合わさった結果、すでに引き返すことのできない所にまで事態は進行しており、無論双方引き返すつもりなど毛頭なかった。

 

それに紫は、軽く受け流すつもりで一言

 

「別の世界から来たから……とでも言うべきかしら?」

 

そう随分前に彼の事を計算によって予測した事を彼女に伝える。

 

今まで藍以外誰ひとりとしてこの予測の事について教えていなかった。言えば確実に狂人扱いされていただろうし、何より紫自身が、自分の持ちうる耕也に近いという証拠だと思っていたのだから。

 

「ふふ、決して帰さない……ね。紫の言葉にはこういう意味があったのね……」

 

そう言いながらも、どこかしらに思う所があるらしく、コクリコクリと頷きながらニヤリと笑みを浮かべていた。

 

ああ、どうしてこうも私の思う通りに事が進んでいくのだろうと思いつつ、幽々子は茶を啜っていく。

 

より確実性のある殺し方。

 

包丁で刺す? 服毒させる? 単純に暴力で磨り潰す? 否。そのようなモノは余りにも華が無く、確実性に欠けている。

 

相手はあの耕也。万が一というのもある。

 

言い方はおかしいが、私の能力で死に誘った方が、この世で最も手早く確実性のある方法であろう。

 

耕也を殺し、魂を私に封じ、肉体を紫に融合させる。そして死の直前に、幽世ではなく現世で生きたいという圧倒的な人間の根本に迫る欲望を曝け出させ、ソレを未練とす。

 

耕也の死にざまを思い浮かべるだけで、身体が興奮でカタカタと震えてくる。そんな感覚を幽々子は覚えていた。

 

一体どれほど彼をこの世の物ではなく、私の世の者にしたいと思ったか。

 

一体どれほど長い時間、彼の魂を愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛でて愛で尽くして、口の中で飴玉を転がすように舐めしゃぶりつくし、溶かしてコクリコクリと飲み込みたいと思った事か。

 

魂が私の食道を通る時は一体どんな感じがするのだろう? 彼の魂が……耕也の魂が私の舌に絡まれ、唾液に塗れていく時は一体どんな震えと味を醸し出してくれるのだろう?

 

私の中に収まった時、一体どんな感覚を覚えるのだろうか? 痛いのだろうか? 苦しいのだろうか? それとも、恐怖を覚えたまま私に縛り付けられるのだろうか?

 

それともそれともそれともそれとも…………私の魂に犯しつくされて壊れてしまうほどの快楽を味わうのだろうか?

 

ああ、どれでもいい。耕也のその魂を私に縫いつけるという最終目的さえ達成できれば、後はどうにでもなる。

 

白玉楼から出られない様に術式を掛けてしまうのも良いだろう。紫と一緒に耕也を3日3晩犯しつくすのも良いだろう。

 

亡霊となった耕也がどれほどの嘆きを見せたとしても、私達から逃れる術は無い。だからこそ、私達は耕也が全力で此方を向いてくれるように犯し、愛し、嫐り尽くすだけなのだ。

 

人はこう言った事を愛の強制等と言うが、それは間違いなのだ。人間と私達との間には天高くそびえ、地底の岩盤よりも厚い壁が立ちはだかっているのだ。

 

ならば、愛を教えてやるのが道理というもの。それが種族の違いを乗り越え、この険しい壁を破壊するのに最も正しい道であり、最も近しい道であって、最も適した手法なのだ。

 

そう、幽々子は短い時間の中で耕也に対しての感情を頭の中にぶちまけ、そして考えの中で口内に多く溜まった唾液をコクリと大きく呑み込む。

 

(こんな風に耕也の魂を飲み込む事が出来たならば………………どんなに心地の良い事だろうか?)

 

そんな事を幽々子は自分の唾液を耕也の魂に見立てて飲み込みを繰り返す。茶を含み、また耕也の魂を意識しながら飲み込んでいく。

 

意識していくだけで、幽々子の身体にビリビリと電撃が走るように快楽が頭を貫通して上へと抜けていく。

 

その快感に素直に従って、身体をフルフルと小刻みに震えさせて、湯呑を卓袱台の上に置く。

 

「紫……耕也はやっぱり今日中に殺してしまわない?」

 

幽々子は、先ほどの想像のせいもあるのか、顔を赤く上気させ、発汗に伴う滴りをそのままに服のふくらみをツンと尖らせる。

 

紫は、幽々子の提案を受けながら、また高速で思考していく。

 

やはり、此処で殺してしまうべきなのか。耕也が気が付かないうちに……いや、すでに手遅れか。

 

「そうね、殺してしまった方が此方としても非常に後々楽だし……ね」

 

耕也を殺した後、一体どうしてくれようか?

 

(幽々子が耕也を死に誘って、魂は幽々子が縫いつけ、そしてその抜けがらとも言うべき大事な肉体を私が食らって自身の身体と融合させる……)

 

一度誤って肉体を傷つけてしまった事がある紫だが、すでにそのような事は考慮しておらず、ただただ耕也の肉体が自身の身体とどのように融合していくかだけに興味があるようだった。

 

そして、何よりその行為が最も自分の持つ境界を操る程度の能力と相性が良いという事を自覚してしまったから。

 

だからこそ、紫は考えていく。

 

私の身体に彼の身体が溶け込んだら、一体どんな快楽が待っているのだろう。充足感が、満足感が、爽快感が、悦楽感が、背徳感が、そして何よりの愛情を感じる事が出来るのだろうか?

 

考え出しただけで止まらない。紫の耕也に対する欲が此処に来て一気に願望としてあらわれていた。

 

紫もまた幽々子と同じく、種族の壁を鬱陶しく思っていた。

 

彼との悠久の時を幽々子と共に歩んでいきたい。私と幽々子に依存させた耕也が一体どのように私達を求めてくるのかを知りたい。求めて欲しい。

 

「ならば、耕也を殺した後は、勿論魂は幽々子……貴女が取り込んでちょうだい。私は耕也の肉体を食み、身体に融合させるから」

 

そして、幽々子が頷くノを見た紫はまた極短い時間の中想像に没頭する。

 

今度は耕也の悲鳴を聞かずに済むと。有るとしても、アレだけ。あの程度ならばそこまで酷い悲鳴を上げること無いだろう。

 

そう紫は、自分の立てた計画について検証し、自分の嗜好と合致しているかどうかを確認する。

 

そして

 

(それにしても……血の一滴ですらあの回復量だというのに、全てを摂取したら一体私はどうなってしまうのだろうか?)

 

と、思う紫。

 

彼女の中では最早、彼の肉体は確実に手に入るものだという事が前提となっており、尚且つその前提は決して崩れ去る事のない未来となるという事が頭の中で浮かべられていた。

 

ただただ、耕也の事が愛おしく、そして悠久の時を過ごしたいという願望が、何時の間に彼女の考えを歪めさせ、そして耕也を死に至らせる事になったのか。

 

それは、全て耕也に原因があると言えるし、そうでもないとも言える。

 

だが、最早彼女達にとってその歪みは決して歪みではなく、正規の道を歩んだ結果によって導き出されたものであって、決して自身の歪んだ願望によってなされる事ではないという認識へと昇華していた。

 

「本当に楽しみよね紫……」

 

だからこそ

 

「ええ、本当にそう思うわ……。耕也は一体どんな快楽の悲鳴を上げてくれるのかしら?」

 

だからこそ

 

「耕也の魂はどんな味がするのかしら? ……壊れるまで犯しつくしてあげたいわ……」

 

だからこそ

 

紫達は

 

「「そう思わない、耕也?」」

 

背後の襖にグルリと首を廻してニッコリとした顔で言った。

 

 

 

 

 

 

耕也は完全に恐怖に囚われたと言っても過言ではなかった。

 

それは当然というべきか、自然の摂理とでも言うべきというか。

 

圧倒的な存在からの死刑宣告に、一体誰が恐怖を抱かずにいられるのだろうか?

 

耕也はヘナヘナと腰をその場に下ろしてしまい、惨めに悲鳴を上げるしか出来なかった。

 

「あ、ああ…………冗談……だろ?」

 

そう言いながら、彼は襖を隔てて向こう側にいる彼女達に問うように呟く。

 

 

「冗談でこんな事を言う訳無いでしょう? すでに……分かっているはずよ?」

 

紫が微笑みながら襖を開けて、耕也を見下ろしながら口を開く。

 

その姿は、耕也からすれば最早恐怖の対象以外の何者でもない。当然だ。先ほどまで心の底から信じていた彼女からの言葉が暗殺計画だったのだから。

 

「ど……どうして……?」

 

そう耕也はただただ呟くことしかできない。一体目の前の人物は何を言っているのだろうか? と。

 

ついさっきまで話し、親しく付き合い、身体を重ねた中であるというのにも拘らず、突然殺す等と言う言葉には、到底理解、経緯等の処理が及ばずただただ疑問をぶつけることしかできない。

 

ソレを分かっているのか、紫は耕也の眼の位置にまでしゃがみこみ、頬をそっと右手で撫でながらニッコリと笑いながら呟く。

 

「耕也……死んだらどこかに行ってしまうでしょう…………?」

 

その言葉を聞いた瞬間、耕也の頭の中にあるフレーズが浮かんできた。

 

(決して帰さないわ……絶対にね)

 

このフレーズである。

 

つまり自分が何処から来たかまでは理解してはいないものの、この世界の出身ではないという事は察していたという事だろう。

 

そして、その死んでしまうというのは、領域が失われてしまってからどのような事が身に降りかかるのか分からないから。

 

「そう……そうよ耕也。貴女の考えている通り……。貴女が死んでしまっては何もならない。ならば、此方から意図的に殺して私達の世界に留まらせる。これが最善…………素晴らしいと思いません?」

 

と、まるで初めて難しい問題を解けた子供のようにニッコリと。

 

褒めて褒めてとジャンプしながら笑う子供のような快活さを備えた笑顔を耕也に送る紫。

 

だが、その笑顔は耕也にとっては恐怖以外の何物をも生み出さない。

 

そして止めに

 

「だから…………死んで頂戴?」

 

幽々子が紫の背後から出てきた瞬間には、もう限界だった。

 

先ほどまで腰が抜けていたとは思えないほどの素早さで、耕也は彼女達から逃げていく。

 

「あ、ああ! 騙したな…………! 騙したな騙したな! ちくしょうっ!」

 

涙を流しながら。嗚咽しながら。自身の最愛の存在に裏切られたという絶望感を心に満たしながら、白玉楼から脱出しようと耕也は必死に足を進める。

 

だが、その速度は紫達から見ても余りにも遅く、そして攻撃の意欲をそそられる動きでもあった。

 

「随分頑張るのね耕也……ふふふ」

 

すでに完全な狩人と言っても過言ではない立場になった―――――いや、すでに最初から捕食者と言う事なのだろう。

 

幽々子と紫は、耕也が逃げいてくことに然したるシナリオの修正は必要ないと判断しているのか、全く動じない。

 

「ゆっくりと追い詰めてあげればそれでいいの……第一段階は、生存本能への点火ね」

 

紫は、そう呟きながらゆっくりと歩き出す。まるで何処に耕也が向かっているのかが分かるかのような足取りで。

 

それは耕也の必死さとは悲しいほどに落差があり、雲泥の差と言っても過言ではない。

 

対する耕也は、夜中という要素も加わっている上に、この広大な白玉楼の地理を把握しきれていないせいか、何処に出口があって、そしてどのような経路で自分の家に帰ればいいのかが今一把握できないようであった。

 

どうしてこんな事になったのだろうと、己の不運さ、不遇に涙を零しながら、唯無我夢中に足を前に出していく。

 

ふと、その中であるる異変に気が付いてしまった

 

「耕也、痛くは無いわよ……? 怯えずに戻ってきなさいな。とってもと~っても気持ちいいわよ?」

 

先ほどから、自分を呼ぶ声が全くと言っていいほど遠ざかっていないという事に。

 

一体どうしたというのだろうか? 自分はこんなにも必死に走っているというのに、一体どうしてこの音は小さくならないのだろうか?

 

そんな異変を耕也は直に肌で感じ取っていた。

 

「ちくしょう…………」

 

そう呟きながら、ソレが幻術によって齎されるものなのかさえ分からずに、耕也はただ闇雲に走る。

 

そこで、ふと有る事を思い出す。

 

(これを使えば……)

 

耕也は一瞬で先日の事を思い出して、ポケットをまさぐる。

 

「あった……!」

 

耕也の手に握られていたのは、通勤用の転移札。

 

これを使えば耕也は自宅に戻る事が出来、尚且つ耕也は古明地等といった妖怪の援助を受けられる可能性がグンと増える。

 

耕也は、流石に紫も完ぺきではないと思ったのか、すぐさま転移札の発動を試みる。

 

それが、本当に彼を自宅にまで送り届けてくれる転移札かどうかも、碌に確かめもせず使う。

 

傍から見れば非常に愚かしい行為であり、眼を覆いたくなる行動そのもの。

 

だが、彼の頭の中では逃亡、逃走という文字で埋め尽くされており、ソレが実行できるのならば何でもいいと、藁にもすがる思いで札を発動させたのだ。

 

しかし、ソレが彼の人生を左右する分岐点となった。

 

日だが光った瞬間、耕也の喜びと共に、爆発音。

 

空気が圧縮され、衝撃波となって周囲にばらまかれる。

 

熱により肌が焦げ、衝撃波によって肘から先が吹き飛ぶ喪失感。

 

全てが一緒くたになって耕也に激痛という名の警告を信号として送る脳。

 

「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

最早断末魔と言っても差し支えないほどの絶叫。

 

タンパク質の焦げた異臭が周囲に立ち込める。が、そのような匂いに対して反応するほどの余裕など耕也には無く。

 

ただただ、気が狂ってしまうほどの激痛の為に、地面をのた打ち回ることしかできない。

 

「うあああああああああああ―――――――っ!!」

 

声がかすれ、その激痛を悲鳴に変換して拡散させることすらもできなくなりながら、耕也はただひたすら痛みを受け取っていく。

 

どれだけの時間が経っただろうか? あまりの激痛が耕也の脳を圧迫し、漸く遮断した。

 

荒い息を吐きながら、耕也はジャリジャリと近寄ってくる足音に気が付いた。

 

「耕也……大丈夫かしら? 痛くないかしら?」

 

と、紫の余りにも非常識な物言いに、耕也の眼が怒りに染まる。

 

残った右手に力を込め、安定していない精神に鞭を入れて、無理矢理創造を敢行させていく。

 

この万が一の時の為に創造の力を温存させていたのだと。そう自信に言い聞かせながら、殆ど感覚の無い身体を気遣う事無く。

 

彼は霧状の無水エタノールを周囲に撒き散らす。

 

異臭とでも言うべきだろう。

 

「こ……の…ぉ………!」

 

かすれて殆ど音を出さない声帯から僅かに声を出して無水エタノールに点火しようとする。

 

耕也は霧状の無水エタノールに点火し、紫達を爆発で消し飛ばそうとしているのだ。

 

自身の肉体が消失しても構わない……とでも言うかのように、彼の眼は紫達を凝視していた。

 

 

「酒精をばら撒くなんて…………危ないじゃない耕也ぁ……」

 

紫がそう呟くと、あたりには暴風が吹き荒れ、一瞬で霧が飛ばされてしまったのだ。

 

そして、紫はそのまま耕也の背後に回り、彼の両脇に手を指し込んで無理矢理立たせる。

 

幽々子は紫の行動の意図に気が付いたのか、笑みを浮かべながら耕也に近づいて行く。

 

耕也は、妙にはっきりとしてしまった自らの意識に疑問を持ちながら、幽々子の接近に恐怖を抱く。

 

自分がこれから何をされるのか。自分が今後此処で永遠の時を過ごさなければならないのだという事を理解したのだろう。

 

無駄な抵抗をしつつ、自身の安定を望む。

 

対する幽々子は、逃げ出すことのできない獲物であり、永遠に愛する良き人となる耕也を目の前にして、興奮が抑えきれないのか、再び赤面させ、臀部からドロリと濃密な液体を滴らせる。

 

下着を下着としての役割を無くさせるほどの濃厚な液。それはゆっくりと高い粘度を持ったまま太腿、脹脛を伝わって、地面を濡らしていく。

 

息を荒くさせ、今にも行為に及んでしまいそうなほど潤んだ瞳のなかに、性欲等の様々な欲望蓄えた光を爛々と輝かせながら、耕也に更に近づいて行く。

 

「耕也ぁ…………」

 

その様は、耕也には死神……いや、それ以上の何かを思わせ、ただただ恐怖で足を震わせる。

 

力が出せず、紫からの拘束を解けない耕也は、ただひたすら呟くのみ。

 

「死にたくない……死にたくない…………」

 

小声で。今にも消え去ってしまいそうなほどの小さな声で。

 

だがその声は紫と幽々子の耳にははっきりと届いており、ソレがそろそろ頃合いなのだという双方の認識にもなった。

 

幽々子は更に接近し、耕也を抱きしめる。

 

丁度その姿は耕也を紫と幽々子で挟んだ状態になり、完全に拘束された状態でもあった。

 

そして、ねっとりとした声で耕也の耳元で幽々子が囁く。

 

「今から死んでしまうのよ耕也……。死ぬ時の感覚って。私は覚えていないのだけれども……」

 

そこで一度呼吸によって間を置き、再び囁く。

 

「ソレってとっても素敵な事だと思うの……。多分、物凄く心地よかったと思うわ。全ての柵から解放されるのだもの……」

 

耕也はその誘惑とも脅しともとれる言葉に対し

 

「いやだ……生きたい……死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない…………」

 

その生存を、延命を欲する言葉に漸く満足がいったのか、ふふっと笑いながら

 

「死にたくないの耕也? …………………………………………でもね耕也?」

 

そう呟いて、耕也を抱きしめつつ片腕を顎に添え、自分の顔の真正面に向かせる幽々子。

 

そして、眼で紫に合図をし、それに紫は頷きで返す。

 

「私は貴方を…………つ~かま~えたぁ……」

 

そう言いながら、耕也に唇を重ねる。

 

すると、その瞬間に耕也の身体がガクガクと震え始めていく。

 

眼を限界にまで開かせ、必死に何かに抵抗しようとしている。

 

そして、強引に耕也の口を舌で割り、中を蹂躙していく。

 

舌を絡め、唾液を送り込み、毀れても無理矢理飲み込ませていく。ねっとりとした舌技が全てを狂わせていく。

 

そして、ガクガクと痙攣していた耕也はついに何もする事が出来なくなったのか、段々と身体から力が抜けていく。

 

数十秒の長い口付けの後、漸く離された口には銀の橋がいくつも出来上がり、その行為の激しさを物語っていた。

 

幽々子が荒い息で一言耕也に呟く。

 

「ねえ、言ったでしょう……? 捕まえたって……」

 

その言葉が向けられた耕也からは一切の返事が無く、ただただ眼をうつろにして虚空を見上げるのみ。

 

そして解放された耕也の、小さく開かれた口からは、小さな小さな白く淡く輝く蝶が虚空へと飛び去って行った。

 

「紫……身体の方は頼んだわよ?」

 

紫は、非常に嬉しそうな顔をしながら

 

「任せなさい」

 

そう言いながら、彼女は耕也の亡骸と共に隙間へと潜って行った。

 

 

 

 

 

 

舌に転がし、鋭く銀色の丸い球を舐め上げていく。

 

甘くもなんともない完全な無味無臭の魂だが、幽々子に深い深い安心感をもたらす。

 

耕也の身体から魂が剥離する瞬間。あの時が耕也の見せた最も美しい瞬間であったと幽々子は自負する。

 

対する紫は口の周りを真っ赤に染め上げながら耕也の身体を食いつくし、その身を自身の身体と融合させてしまった。

 

食べられている間、幽々子の口の中で長いごとブルブルと震えていた耕也の魂は、幽々子の欲を刺激させるには十分な意思表示あったらしく、幽々子はそれを逃さずに舌で撫で尽くした。

 

そして、口に含んでから大凡3時間。彼女はもう味わいつくしたと言わんばかりに耕也の魂を飲み込む。

 

コクリと飲み込んだ瞬間に、身体からボワッと熱が湧きあがり、次いで劣情を湧きあがらせてくる。

 

(まだ早い。まだ早いのだ。欲望に身を任せるのは私の魂に耕也を束縛してから。そして、耕也を亡霊と成してからが全ての始まり)

 

そう幽々子は思いながら、完全に自分の魂へと取り込んでいく。

 

熱が身体に広がり、そして自分ではない優しい何かが心を満たしていく快感。

 

その双方に非常に満足感を得ながら、幽々子はほうっと溜息を洩らしてから、いつの間にか隣にいた紫を迎える。

 

「そちらも終わったのかしら?」

 

そう呟いた幽々子に、紫は微笑んでから一言

 

「ええ、準備は万端よ……と言うよりもすでに亡霊化が完了してるわね」

 

そう言いながら、真正面に紫が指を指すと、そこには

 

「幽々子……紫……探したよ…………」

 

幽々子と紫に完全に依存していた耕也の亡霊がそこにいた。

 

その表情は、何処となく空っぽのようであったが、そんな違和感は僅かにしかなく。

 

紛れもなく耕也の亡霊であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達に永遠に依存し続ける耕也。

 

また逆に彼に依存し続ける幽々子と紫。

 

肉体から魂を剥離させ、その双方に取り込み、生存本能を引き出して亡霊化させた結果。

 

人々は皆口々にこう言うであろう。

 

「本当の幸せではない……」

 

と。

 

だが、それでも。

 

だがそれでも、だ。

 

彼女達は互いに依存するという事に非常に満足していたし、ソレをも受け入れるのが幻想郷である。

 

だからこそ。

 

だからこそなのだ。

 

自分の放つ言葉に絶対的な自信を持ち、そして眼の前の疑問を持つ人間に対して。

 

幾人の人間が疑問を投げかけようと、彼女達は己の自信を崩さない。

 

そして彼女達は胸を張って言うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は幸せだと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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