ナツノウタ 作:夏草
「先生っ! お願いがありますっ!」
始まりは突然だった。それは四月のある平日、少しばかり気温が低かったが特筆するべき点もない晴れた日だった。まだまだ慣れない事務作業を職員室で行っていた俺にそんな声がかけられた。覚束ない手つきでポチポチと打ち込んでいたキーボードから手を離しそちらを向くと職員室の入り口付近に一人の少女が立っていた。
「高海か。どうかしたか?」
肩までかかる程度の茶色の髪をサイドで結い、目は大きく第一印象からでも活発な印象を受ける。実際にその印象は間違っていないと思う。俺もまだ新学期が始まって数日なため確かなことは言えないが、昨日行った自己紹介では元気いっぱいと言った感じで周りのクラスメイトの反応を見ても一年の時からクラスの中心にいた生徒だと安易に想像できた。
ちなみ俺が副担任に就任したクラスの生徒であり、本名は高海 千歌(たかみ ちか)と言う。物はついでだ、覚えて行ってくれ。
「あ、あの! 先生、実は……」
そんな彼女を見ていると少しばかり昔の知り合いを思い出すことがある。まだ、俺が高校時代の話だ。
まぁ、昔の事は今は置いてこう。また時が来れば話す時が在るかもしれない。その時が来ればまた話させてもらうとしよう。
それよりも、だ。
「おう、どうした?」
今は高海の話を聞くのが何倍も重要だろう。
「はい、実は私が作る部活の顧問をやって欲しいんです! 先生はまだ顧問を持たれてないはずですよね!」
「まぁ、確かに俺は部活の顧問はまだ何もやってないけど……」
部活の顧問どころか教師になってまだ数日の新米も新米だ。学校の事も俺よりもよほど高海の方が詳しいだろう。教師としての今のところの役職と言えば二年の副担任と昨日の会議で決まったと図書委員会の監督教師と言うよく分からん称号の二つだけ。
「それなら! 是非、顧問をっ!」
「いや、そんなに頭を下げないでくれ」
「いえいえ、お願いする立場ですので……」
「分かった分かった、と言いたいんだがなぁ……」
教師になって一年目の俺では部活の顧問やら委員会の監督やらと言われても仕事量が全く想像できん。生徒のために色々としてあげたいのは山々なのだが、色々と請け負った結果、どれもが中途半端になってしまったら本末転倒もいいところだ。それに優先順位的にはまずは部活よりも図書委員会の方が優先だろう。こういう時はまず先輩に色々と指示を仰いだ方がいいだろう。勝手に請け負えるほど俺はまだ教師と言う組織の形態を知らない。
俺が普段は使わない脳でそんなことを考えている時だった。
「受けてやれよ。どうせ部活の顧問もやってないんだろ?」
俺の右隣のデスクから声が飛ぶ。少し高い女性の声だ。
「た、滝本先生……でも、一応委員会が」
クルリと回転椅子を回してこちらを向くのは一人の“少女”。黒髪のポニーテールにコスプレにしか見えない白衣を羽織り偉そうに腕を組むその姿は、その容姿も相まって背伸びのしたい女子小学生そのものだ。
しかし、こんな形でも彼女は俺の大先輩にあたる上司。かれこれ彼女との付き合いは十年近くにもなったりする。十年来の付き合いなのだが、容姿も言動も出会った時のまま。まるで成長せず、まるで年をとらない。生きる都市伝説であり、浦の星の七不思議だ。
彼女の名前は滝本 茜。二年の担任をしており、俺の上司でも先輩でもある教師としては大ベテランの女史だ。
「委員会なんてやることなんかほとんどない。部活との掛け持ちも余裕だ。そもそも生徒が出来て教師が出来ない言われはないだろ」
淡々と滝本先生はそう言うと手に持っているマグカップを啜る。中身は恐らくコーヒーの風味も味もぶっ飛んだ茶色い液体だろう。昔から彼女は甘ったるいコーヒーをよく好んでいた。
「それはそうですが……」
「何処かの問題児なら兎も角、本当なら高海みたいに可愛い生徒の頼みは私が率先して聞きたいんだがな。何分私も生徒会とソフトボール部の顧問で正直手がいっぱいでな。と、言うわけでキミが聞いてやれ」
何がと、言うわけかはサッパリと分からないがとりあえず頷くことにしておく。意味が分からなくても先輩や上司の言葉には頷いておけ、馬鹿な俺でもここ数年で学んだ処世術ってやつだ。
日本で働く以上は上司の言うことには一も二もなくYes or はい、だ。
例えそれが見た目が小学生で威厳も何もないような人だとしても役職的に俺よりも遥かにも上の人なのだ。ならば俺が出来る返事はただ一言、はい、と言う二文字しかなかった。
「はい。分かりました」
「分かればいい。――それに、彼女のようなタイプをサポートするのはキミしかいまい」
大人しく頷いた俺に対して滝本先生は含みのある笑みを一瞬浮かべると、ヒラリと白衣とポニーテールを揺らしながら回転イスを回し今度は高海を見る。何か聞こうと思ったころには既に口を開いていた。
「そんなわけだから、高海、そこの冴えない新米教師なら好きに使って貰って構わない。冴えないし、経験もないがいないよりましだろう。存分に使ってくれ」
本人が目の前にいると言うのに何とも酷い言いようである。この物言いから言うにまだこの女史は俺の事を教師と思っていないのではないだろうか。いや、間違いなく思っていないに違いない。
「よろしくな、高海。顧問何て初めてだから何をすればいいとか分からないけど、まぁ頑張ってみるよ」
「ありがとうございますっ! タキちゃん! そして、先生っ!」
「おう、気にするな。それと、私の事は滝本先生と呼ぶように」
「で、高海。俺は何の顧問をすればいいんだ?」
「あ、それはこれです!」
そう言うと高海はゴソゴソとカバンの中を漁りそこから一枚のプリントを取り出す。
そこに書かれていた物は可愛らしいデフォルメされたキャラクターとスクールアイドル募集の文字。
――スクールアイドル。
一般の高校で一般の高校生が行うアイドル。それをスクールアイドルと呼ぶ。
その人気は凄まじくラブライブ!と呼ばれる全国大会まで開かれ、今では日本だけでなく世界でも一風を成し始めている。特にスクールアイドルの聖地と呼ばれる東京は秋葉原には多くのファンが全国全世界から集まってくる。今や世界的社会現象と言っても差し支えないだろう。
「スクールアイドルか……」
「先生、勿論ご存知ですよね!?」
「あ、あぁ」
「あははははは、知ってるも何も、なぁ?」
そう言って含みのある笑みを向けながら滝本先生がポンポンと俺の肩を叩く。
「――?」
「いや、気にしないでくれ」
ニヤニヤと笑みを浮かべているであろう滝本先生を無視して高海の方へと向き直る。長年の付き合いからも分かる突っ込むと面倒ごとになる。火を見るよりも明らかだ。
君子危うきには近づかず。面倒ごとは無視に限りる。
「そ、そうですか」
「まぁ、とりあえず部活動申請書見せてくれ」
部活動を設立するには教師を一人以上顧問としてつけた上で、部員を五人以上を集め生徒会に提出しなければならないと言う決まりがある。
まぁこういう格式ばったものと言うのは学生の世界でも大人の世界でも面倒な手順を踏まないといけないと言うの相場が古今東西決まっているのだ。
まぁ、色々とまだまだ話したりない部分も在ったりするのだが、それは置いておいて、俺の教師生活初顧問はこうして特段して語るべきもないある四月の、ある平日の、ある昼下がりに――
「はいっ! これですっ!」
「―――――ってこれ、部員一人しかいないじゃないかっ!」
「えへへ……」
――始めるのかどうかは誰も知らないことである。