ナツノウタ   作:夏草

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始まりはある春の日に 4

「はい、高海。お茶でよかったんだよな?」

 

そう言って近く自動販売機で買ってきた缶を高海に渡す。ホットがあるかどうか微妙な季節だったのだが、自動販売機には何とか暖かい飲み物が残っており買うことが出来た。とりあえず、買ってきたのは無難にお茶とミルクティーとブラックコーヒー。お茶の端っこに申し訳なさそうに並べてあったおしるこも迷ったが、流石に止めておいた。古臭いとか言われたら結構傷つくしな。

 

「あっ、はい。ありがとうございます。それよりも、先生、大丈夫ですか?」

 

バチバチと音を立ててに燃えるたき火。火を起こすのにそこそこ手間取ったせいか、空の割合は赤よりも黒が目立つようになっていた。

 

「あぁ、俺は全然大丈夫だから気にしないでくれ。それよりも高海とキミは大丈夫か?」

 

昼間は暖かかったからスーツの上着はカバンに入れていたため難を逃れたが、スーツのズボンとカッターシャツはしっかりと海水に使っていた。こりゃクリーニングに出さないとどうしもないなぁ……。

 

それと――。

 

ズボンのポケットを上からなぞる。

 

中に入っているのは携帯と財布。財布は兎も角、携帯はきっともう無理だろうなぁ……。先ほど確認したところ電源すら入らず画面はブラックアウト。うんともすんとも言いやしない。もはやどうしようもない。

 

バックアップも取ってないし、こりゃ連絡先の復旧も無理かなぁ……。特に連絡を取り合っている人間はいないが、急に連絡が取れなくなると面倒になりそうな奴が数人……。

 

――そこはまぁどうにでもなるだろう。なるようになるはずだ。

 

「私は大丈夫です。それよりも……」

 

持っていたらしいハンドタオルで髪を拭きながら高海は少女の方を向く。先ほどから水着姿の上に俺のスーツの上着を羽織り、火に当たっている少女。先ほどから口数は少なくうつむいたまま火をボンヤリと見ている。

 

「はい、ミルクティでよかったよな。暖かいやつがあったから温まるぞ」

 

「あ、ありがとうございます。それと巻き込んですみません」

 

おどどどした感じで缶を受け取った彼女に、気にするな、と声を掛けて防波堤へと腰かける。

 

――さてさて、どうしたものかな。

 

プルタブを開けてブラックコーヒーを一啜り。あぁ、苦い。

 

俺のことは兎も角濡れた高海と少女を家へと早く返したいのだが、この雰囲気を見るに少女の方はここからまだ動きそうにない。四月とは言え日が落ちれば気温は下がる。いくら火を焚いてみたとは言っても早く帰った方がいいのは誰が見ても明らかだ。

 

立場を無視した意見を述べれば二人とも俺の下宿先に連れていき、風呂でも入って貰って服を乾かして帰らすのが一番いいのだろうが、そんなことをしてみろ。直ぐに教育委員会やらPTAやらが飛んでくるに決まっている。それで済めばいいが、お回りでも飛んで来てみろ。無職になるどころか、囚人にあっという間にジョブチェンだ。

 

本当言うなら放課後に生徒と一緒にいるというこの状況でさえ避けたい。一般の人に見られたら何と勘違いされるか分からない。ただえさえ教師の不祥事で最近世間の目が教員と言う職業に厳しいと言うのに……。

 

しかし、だ。いくら世間の目が厳しいとはいえ流石にこの状況を放棄して帰れはしやしない。謎の少女は動くつもりもないようで、高海もそれにならいここから帰るという選択肢はないようだ。

 

「それで、一体どうしたんだ? この辺りはまだ泳ぐには早いぞ」

 

あまり色々と聞くつもりはないが、望んでも無い海水浴としゃれこんだのだ。これくらいの事は聞く権利はあるはずだ。

 

沖縄なら兎も角今の季節に日本で泳げる場所なんてそうそうないだろう。後、一か月ばかり待てば気温も大分上がって泳げもするんだろうけど。

 

「……海の音が聞きたくて」

 

「海の音?」

 

高海は首を傾げる。

 

「そう、海の音……」

 

「海底の音ってやつか?」

 

そう言えば昔、知り合いが普段とは違う場所に行って普段とは違う音を聞くとイメージが湧くと言っていた事を思い出した。波の色を聞くのなら海にわざわざ入る真似はしなくていい。

 

「はい、そんな感じです。私、実はピアノをしていて、それで作曲もしているんです……。でも、どうしても海の曲のイメージが湧かなくて」

 

あの高校でピアノをしていて作曲をしていると来たか……。なるほどなるほど。

 

「なるほど……それで海に入ろうとしたんだね。ここら辺の高校?」

 

そうか、高海は内浦生まれの内浦育ちだ。なら彼女の制服を見ても分からないのは仕方がない。

 

「東京」

 

UTXと並びに、今ではもう東京で知らない人はいないと言っていいほど有名になったその高校の名前は――

 

「東京!? す、凄いね! わざわざ?」

 

「わざわざと言うか……」

 

「あっ、東京なら誰かスクールアイドル知ってる?」

 

「スクールアイドル……?」

 

「そう、東京なら有名なスクールアイドル一杯いるでしょ?」

 

「……スクールアイドル? なにそれ?」

 

「え、え、ええええええええええええええ!?」

 

春空に高海の声が響き渡った。帰るのはもう少し遅くなりそうだ……。

 

 

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