桃華ちゃまにお兄ちゃまと呼ばれたいだけの小説   作:しゅちゃか

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第一話

 2度目の生を受けて早幾年月か。

 

 最早前世の自分の顔も思い出せんが、前世の記憶による強くてニューゲームに加えて、富豪の家に生まれたことによる所持金MAXとくれば人生イージーモード待ったなしだ。今日も朝起きて一番に目につくのは、慌ただしく掃除をしているメイドさんたちである。

 

 ……ちょっと富豪すぎやしませんかね? 旧華族かな?

 もう何年も過ごしてきた今でも偶に戸惑うことがある、廊下に飾ってある壺とかいくらするんだよこれ、怖ええよ。

 

 そんな今世だが、前世と大きく異なることがある。それは妹の存在だ。

 前世の自分が一人っ子だったこともあり、兄弟に多少の憧れは持っていたのだが―――

 

「あらお兄ちゃま、おはようございます。今日は少し遅いんですのね、折角の紅茶が冷めてしまいますわよ」

 

 ―――こんなんシスコン不可避ですわ。

 

 こちらを振り向くと同時に鮮やかな金髪がふわりと揺れた。

 バルコニーに優雅に佇んでいるのは我が妹の桃華である。お嬢様言葉で精いっぱいのレディ感を醸し出しているが、お兄ちゃまという2人称がそれを台無しにしている。まあそれが可愛いんだけど!! ちなみに(あに)ちゃまではなくお(にい)ちゃまである。チェキよ! とかは言ったりしない。

 

「お兄ちゃま? 私のことをそんなに見つめてどうなさったの?」

 

「ああ、今日も桃華は可愛いなぁと思って」

 

「まぁ! わたくしはもう立派なレディなんですのよ。褒めてくださるなら綺麗とおっしゃっていただかないと……嬉しくもなんともありませんわ!」

 

 桃華はそう言ってぷりぷり怒りながら紅茶を飲むが、少し赤らんでいる顔が隠し切れていない。冗談やからかいの類でないと思っているあたり素直なのだろう、いやまあこちらも本気で言ってはいるのだが。また、レディにこだわること自体が子供っぽいよねと言うと、ぷんすこ怒って機嫌が悪くなるので言ってはいけない。

 

「ごめんよ、紅茶のおかわりはいる?」

 

「……いただきますわ」

 

 機嫌をとるために紅茶を淹れる。桃華は俺が手ずから紅茶を淹れると喜ぶのだ、なんでも俺の温もりが感じられて安心するらしい。一度、悪戯心で紅茶ではなく桃華の苦手なブラックコーヒーを淹れたことがあった。それを飲んでぷるぷるしながら涙目で此方を睨む桃華は大層可愛かったが、その日は終日口をきいてくれなくなったので二度とやらない。

 

 基本的に朝の紅茶を淹れてくれているのはメイドさんだが、だいぶ前から桃華が俺に紅茶のおかわりを要求するようになったので、メイドさんが淹れてくれているのは一杯分だ。それゆえ数種類の茶葉も、温められたポットも、お湯も用意されている。

 ……これは俺が淹れたと言っていいんだろうか? 一度桃華にそのことを話すと「お兄ちゃまがわたくしのために淹れてくださったことが重要なのですわ」との言葉を頂いた。

 何だろう……桃華のために馬車馬のように働く俺が見たいということかな? 下らない思考を打ち切り、紅茶を淹れる。ほぼ毎日俺も淹れているので動作に淀みはない。一連の工程を終え、桃華の前にカップを差し出す。

 

「はい、桃華の好きなローズヒップティーだよ」

 

「ありがとうございます、お兄ちゃま」

 

 そう言ってゆっくりとカップを口元へ運んでいった。まだ熱かったのか、ふーふーと息をふきかけながらゆっくりと飲み下していく。最後の一口を飲みほした後、優雅な笑顔で此方を向いた。 

 

「とてもおいしかったですわ、お兄ちゃま」

 

「そっか、それは良かった」

 

 そう、この笑顔で俺の一日が始まるのだ。

 

 ―――

 

 とは言ったものの今日は日曜日、普段は学生の身であるが故せっせと学校に通ってはいるが今日の予定は特に無い。また桃華を眺めて一日を終えるか……

 そんな下らないことを考えていると、桃華が首をちょこんと傾げながら聞いてきた。

 

「お兄ちゃま、今日はなにかご予定はございますか?」

 

「いいや、今日は特に何も考えてなかったかな」

 

 そうは言ったものの、仮に予定が入っていたとしても桃華のためにキャンセルしただろう。自分、シスコンですから……

 

「そうなのですか? でしたらちょっとお買い物に付き合ってくださる?」

 

 ―――

 

 桃華が街へ出るとなれば俺が行かない理由はない、桃華のルックスはその鮮やかなブロンドも相俟ってとても目を引く。流石にそこまで物騒な世の中ではないことは理解しているが、兄としては目を離した隙に何か事件に巻き込まれないか心配で心配で仕方ないのだ。たとえそうで無くても、一応俺達は良いところの坊っちゃんと嬢ちゃんなのだ。流石に黒服の男達がギッチリ周りを固めたりはしないが遠巻きにボディーガードが2、3人居たりする。

 

「お兄ちゃま! 次はあちらのお店ですわよ!」

 

 そう言って俺の袖を引っ張っていく桃華。正直、服とかの買い物は親とかに任せればいいやと思っている完全なる非モテ思考な俺は、ほぼ自分で買い物に行くことはない。そんな俺と違って桃華は本当に買い物が好きだ。

 

 はしゃぐ桃華に手を引かれながら歩いていく。すると横を向いた桃華が急に足をとめた。何事かと思い同じ方向を見ると、赤信号の輝く横断歩道の向こうに一人の背の高い男の人が立っていた。スーツ姿の男の人は明らかに此方を向いており、その瞳は鋭い。軽く2、3人は東京湾に沈めてそうな勢いだ。

 

「あの方、わたくしを見る目つきが普通の人のそれと違いますわ」

 

 たぶんロリコンだと思うんですけど。

 

「いったいナニを考えていらっしゃるんでしょうね。ふふっ、気になりますわ」

 

 たぶんナニすること考えてると思うんですけど。

 

 とまあ冗談はここまでとしても桃華は人の感情とか、そういったものに鋭い。先ほどの目つきが普通の人と違う、というのは桃華に向けられる羨望や嫉妬だとかの正の感情や負の感情、そのどちらでもない何かを見出し、そこに何か感じ入るものあったのだろう。

 

 やがて信号が青になりその人がゆっくり歩いてくる。

 基本的に桃華のその感覚は信用しているが、万が一ということもある。半分、桃華を後ろに隠す形で前に出た。兄貴ってのは後から生まれてくる妹を守るために一番最初に生まれてくるのだ。

 

「あら……ありがとうございます、お兄ちゃま。まるで騎士様みたいですわね」

 

 妹の愛くるしさを噛みしめていると、件の男の人が近づいてきた。かなり大きい、180cm以上はあるんじゃなかろうか。

 

「あの……少しお時間、よろしいでしょうか」

 

「はい、何かご用でしょうか?」

 

 響くバリトンボイス。間近でみると顔の迫力が倍率ドンだが、不思議と邪なものは感じられない気がする。

 

「私、こういう者ですが……」

 

 そう言って懐に手を伸ばす、その瞬間、ボディーガードが臨戦態勢に入ったので手を掲げて制する。確かにこの人は悪人顔であるが、どうせ取り出したるは名刺とかそんなオチだろう。うちのボディーガードはちょっと血の気が多すぎる。男の人が取りだしたのは案の定名刺だった。

 

「あ、これはどうもご丁寧に……美城プロダクション?」

 

 ―――

 

 その後喫茶店に入って詳しい話を聞いた、まあ美城プロダクションの名前を聞いたときから解っていたことだが、桃華をアイドルデビューさせたいらしい。そしてこの―――武内さんと名乗った―――男の人はスカウト兼プロデューサーらしい。俺は武内さんにどうしても聞きたいことがあったので、一つ質問することにした。

 

「ちなみに、桃華を選んだ理由は?」

 

「笑顔です」

 

「……」

 

 なんだろう、この、お約束をきっちり決めたような不思議な充足感は……

 

「わたくしをアイドルに……それは面白そうですわね!」

 

 俺が話を聞いている間はだんまりだったのだが、目を輝かせながら桃華はそう言った。桃華は乗り気だった。確かに桃華は普段は淑女として優雅に振舞おうとしているが、性根は意外にも負けず嫌いで、トップを取るだとかリーダーになるだとか、そう言ったことを好むきらいがある。

 

 しかしアイドルかぁ……

 前世と違い、今世のアイドル界はかなりの様変わりを見せている。まず、SからFまでの7段階からなるアイドルランクなるものがある。様はファンクラブの人数や実績でアイドルのランク分けを行っているのだ。それに伴い世の中には多種多様なアイドルたちが跳梁跋扈し、世はまさにアイドル戦国時代といったところ。そんなご時世でありながらもアイドルのスキャンダルとかいった報道は前世より圧倒的に少なく、割とクリーンなイメージでアイドル活動を行っている。

 

 だが、俺にとってはそうもいかず、前世の方が長く生きている弊害か、アイドル事態に悪いイメージを持ってるわけではないが、いざ身内がアイドルをやると聞いて思い浮かぶのは、枕営業だとか、スキャンダルがばれて坊主になるとか、悪いことばかりだ。

 俺がそんなことを考えていると、何かを察したのか、伏し目がちに桃華が話しかけてきた。

 

「お兄ちゃまは……反対、ですの?」

 

 正直に言えばそうだ、だが俺の思っていることは偏見だと言われればそれまでで、桃華のやりたがっていることを頭ごなしに否定することもしたくはなかった。だから、すこし確かめるために2つ質問をした。

 

「桃華、アイドルといっても、きっとテレビで見るような華々しいしいことばかりじゃないと思う。それは理解してる?」

 

「……ええ、勿論ですわ」

 

「じゃあ、なんでアイドルをやろうと思ったんだ?」

 

「それは……お兄ちゃまにはまだ、お教えすることはできませんわ……でも! 伊達や酔狂でアイドルをやりたいと言っているわけではないことは理解してくださいまし!」

 

 目を見てわかった。本気だ。

 どうやら思い付きで言っているわけではないようだ。それに、俺には言えないこと……少し何か葛藤があったのかもしれない。後は俺自身の意識だけ、ということだ―――

 

 ―――そうだ、なんのために俺が居るんだ。多少の挫折はまだしも、アイドル活動で桃華が傷つくことが無いように守るのが俺の役目じゃないのか。アイドル界の闇がなんぼのもんじゃい! 櫻井家の力を舐めるなよ!

 

 覚悟が完了してちょっとおかしくなってきたテンションを深呼吸して落ち着かせる。まだこっちをじっと見ている桃華に向かって口を開いた。

 

「そうか……そこまで言うのなら父様と母様に相談してみようか」

 

「お兄ちゃま……宜しいのですか?」

 

「ああ、ただ! やるからには、櫻井家の名に恥じぬよう全力でトップを目指すんだぞ」

 

「勿論ですわ! 老若男女全ての視線を、わたくしに釘づけにして差し上げますわ!」

 

「良し! その意気だ!」

 

 そう言って桃華の頭をがしがしと撫でる。されるがままの桃華は得意げにむふふと笑った。レディであることを強調するくせに、まだまだ甘え癖は治ってないようだった。そんな桃華が偶に見せる年相応な反応もなんだか面白く、思わず()()()しまった。

 

 すると、今まで静観を決め込んでいた武内さんが急に口を開いた。

 

「!……あの、お兄さん」

 

「あ、はい、何でしょう」

 

「アイドルに……興味はありませんか?」

 

「……まあ!」

 

 ふぁっ!?

 




父親はお父様なのに兄貴はお兄ちゃまなの?とか言ってはいけない
主人公どんなアイドル活動させよう……
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