桃華ちゃまにお兄ちゃまと呼ばれたいだけの小説 作:しゅちゃか
「そろそろ、リハーサルを開始するので衣装への着替えおねがいしまーす」
衣装の着衣を促すADさんの声が響く。
武内さんに説教を貰ってあとなので、少ししょんぼりしながら衣装室へ向かう。
衣装室ではスタイリストさんが待機しており、さっそく衣装に着替えてほしいとのことだった。
渡された衣装は……ツナギだ。加えて横に小物としてバケツとデッキブラシ、長靴が置いてある。これいる?
まあ衣装に関しては大体予想通りだったので、特に文句もなく受け取る。ツナギの左胸には「しいくいんさん」と書かれた名札が付けられており。その名札には俺の宣材写真がはってある。何か無駄に芸が細かいな……
ツナギにいそいそと着替える。まさかTVデビュー初めての衣装がツナギになるとは……別に拘りを持っていたわけではないが、なんだか微妙な気分だ。
着替え終わり、最後にキャップをかぶる。一応どんなものか鏡で見てみよう。
……うわ、私の飼育員役、ハマりすぎ……?
鏡に映っていたのは、飼育員だった。
いや、なんだこれ。自分で言うのもなんだが……ちょっと似合いすぎている。似合っているとかいうレベルではない、鏡に映っている俺を表現するのに、俺は「飼育員」という単語以外が見つからない。
その自己評価を裏付けるように、スタイリストさんが手放しで俺を褒め称える。なんでもツナギを着ただけでこんなに飼育員っぽくなるアイドルは初めてだそうだ。おい褒めてんのかそれ。
何故こんなに似合うのか、俺自身も困惑していると衣装室の扉がノックされた。おそらくふもふえんの皆だろう。
「しつれいしまーす、飼育員さんの衣装は……うわー! しろーくん、なおくん、すごいよ! 飼育員さんが飼育員さんみたいだよ!?」
「はぁ? かのんお前なにわけわかんねー事言って……うおっ! 飼育員のにーちゃんって飼育員だったのか!?」
「す、すごく似合ってる……」
もふもふえんの皆にもすごいすごいと褒められる。悪いことではないんだろうが……凄く微妙だ。もふもふえんの皆はそれぞれ動物のデザインをあしらった可愛らしい衣装を身につけている。
「ありがとう、皆も似合ってるよ」
「へっへーん、そうだろ? なんたって狼だからな!」
「ウサギさんだよ、可愛いでしょ~?」
「あ、ありがとうございます、ひつじさんです……」
三人とも自分の衣装を気に入っているようで何よりでだ。四人でまたわいわいと話をしていると急に廊下から声が響いた。
「てめェ、ふざけんなコラァ!」
「うおっ、何だ!?」
ばたばたと急いで廊下へ出る。そこでは、スーツ姿の男性にアイアンクローをかけている、もふもふの衣装を身に纏った向井さんがいた。
何だこの絵面!?
いかん、ぼさっとしてる場合じゃない、流石に止めないと。
「痛っいい、わ、割れるう……」
「向井さん、それ以上いけない」
「あぁん!? んだてめぇ……ってお前、マジで動物園の人みてーだな……」
それはもういいです。
だが、余りにも似合いすぎるツナギのおかげで向井さんがちょっと冷静になった。今しかない!
「向井さん、どうしたんですか、そんなに怒って。この方の顔面陥没寸前でしたよ……」
「どうしたもこうしたもねー! “また”こんな衣装着させられるなんて聞いてなかったんだよ! 『今度こそお前に似合う仕事だ』ってコイツが言ってたから受けたのに……」
「あ、安心しろ……最高に似合ってるぞ!」
「テメェは黙ってろ!」
その怒号とともにアイアンクローをかけていた男の人―――おそらくは向井さんのプロデューサーだろう―――を投げ捨てる。
ああ、何か今のやり取りで色々察した。アイドルとして苦労しているんだろう。南無。
「大体、アタシにこんな衣装に合うわけが……」
「えー? そんなことないよ! おねーさんのお洋服、とっても似合ってるよ」
「は?」
激おこ状態の向井さんに物怖じせず言葉を発したのは、衣装室から様子を見ていたかのんくんだ。
「うん、もふもふの耳もーふわふわの毛皮もー、みーんなおねーさんにぴったり、カッコカワイイライオンさんだよ!」
「そ、そうか?」
「おう、ねーちゃん十分カッコイイぜ! ま、オレの狼ほどじゃねーけどな!」
かのんくんの言葉に志狼くんが追従する。こういう時、子供の他意のない純粋な言葉は、良し悪しは別として響くものだ。現に向井さんも自分の格好を受け入れる方向に傾こうとしているように見える。そして直央くんはまだ向井さんにビビりまくっている。そりゃ女の人が大の男をネックハンギング気味にアイアンクローで釣り上げてたらそらビビるわな。
向井さんの衣装は、オレンジと黒のツートンカラーでフードや手首には動物の毛をイメージしたファーがあしらっており、何より目を引くのは大胆なへそ出しルックだ。おいこれ本当に子供向け番組の衣装か!? 青少年の何かが危ない!
「もしかして……おねーさん、かのんたちと一緒に動物さんのお洋服着るの……イヤ?」
「うッ……」
瞳をうるうるさせて向井さんを見上げるかのんくん。これはノックアウトも近いか……
「……しゃーねーな! 今回だけだ。絶対今回だけだかんな!」
「わーい、やったー!」
あ、ちょろい。
でもまあこれで一件落着……か?
―――
「こちら台本となります」
「あ、どうもありがとうございます」
衣装についてなんやかんやあった後、スタジオ入りした俺たちはさっそく台本を貰って、リハーサルの準備に入った。
台本とはいっても、オープニングの挨拶や、ゲストの紹介方法、全体の流れが載っているだけで、トーク等はこちらの裁量に任されてある。確認のため、早速俺は台本を開いた。どれどれ……
……
……
……
……これ、本当に俺がやんの?
―――
「テレビの前の皆、元気かな? はじめまして、もふもふきんぐだむ飼育員の椿おにいさんだよ。じゃあ早速、もふもふきんぐだむ、はっじまっるよ~!」
「わーい!」
そう言ってカメラ外からもふもふえんの三人がフェードインしてくる。これがこの番組「もふもふきんぐだむ」の導入だ。
これ、俺もまあまあガラじゃないことやらされてないか?
まあ確かにちょっと恥ずかしいが、これもお仕事だ。アイドルにとって仕事なんてあるだけ有難いんだから、ある程度なら甘んじて受け入れよう。
「まずは初めて会う皆のために、この動物園の仲間たちを紹介するよ! じゃあまず、志狼くんから!」
「狼の志狼だぞ! ダンスが得意なんだぜ、みんなよろしくな、わおーん!」
「うさぎのかのんだよ、かわいいお洋服が大好きなの、よろしくね、ぴょんぴょん!」
「ボクはなおっています……ひつじです、めえ~」
軽く自己紹介を済ます皆、流石に手慣れている。というかそもそも芸歴だけで言えば彼らの方が圧倒的に先輩なのだ。
だが……ここからがどうなるか。
「みんなありがとう、今日は開園のお祝いに、別の動物園の動物さんが駈けつけてくれたよ! みんなで呼んであげよう、せーの、ライオンさーん!」
『ライオンさーん!』
「よ、よう、たくみライオンだぜ。わ、悪い子はくっちまうぞー、が、がおー」
掛け声とともにフェードインしてくる向井さん、その顔にはいくつも血管が浮き上がっており、怒り心頭なのは間違いない。だが、顔はしっかり笑顔を保っており、そこは流石アイドルといったところか。先ほどのやり取りで半ばプロデューサーに騙されて衣装を着せられた怒りは落ちついたが、台本を開いた途端またプロデューサーへの怒りが再燃した様だ。
その理由としては……
「みんな知ってるかい? 百獣の王であるライオンさんは、みんなを笑顔にしてくれる必殺技を持ってるんだ、すごいよね!」
そう言った俺をじろりと睨みつける向井さん。
ち、違う、台本にそう書いてあるんだ、俺は悪くねえ!
と言うかこれ確実に向井さんのプロデューサーの入れ知恵だろ。向こうでにやにやしながらこっち見てるし。そしてそのにやけ面が拓海さんの怒りを加速させている。控え目に言ってクソ野郎だなって思いました。
「うんうん、皆もみたいよね。それじゃあ早速やってもらおっか! いくよ、せーの、たくみんスマーイル!」
「た、たくみんすまーいる……」
ニコォ……
……うっわ、もう、これ、うっわ。なんて言ったらいいか、その、うっわ。
確かに一見するとただの可愛らしい笑顔だろう。
だが間近で見ている俺にとっては、なんというか、もう気の毒というか、可哀想と言うか。ヤバいなコレ。しかもちょっと小慣れ始めているっぽいのがさらに哀愁を誘っている。向井さんのプロデューサーが「カワイイぞ!拓海ー!」と叫んでいる。ちょっと黙ってて。
「はいOKでーす! 次は歌のコーナーのリハーサルいきまーす」
……そっか、まだあるんだよな。もう何か、どっと疲れたよ……
―――
そしてリハーサルの全工程が終わった。向井さんは色々と、もう本当に色々と危うかったが、何とかやりきったという感じだ。
「お疲れ様でーす、休憩の後の本番もよろしくお願いしまーす!」
「……うーす」
向井さんもかなり燃え尽きてしまっているようだ。
疲れたようにその場を去ろうとする向井さん、俺はその背中を見送るしかできなかった……
「あ、あの、向井さん!」
だがその背中に声をかける人が一人。さっきまで向井さんを怖がっていた直央くんだ。
「え、お、おう、どうした?」
まさか直央くんに声をかけられるとは思ってなかったのだろう、少ししどろもどろになりながらの向井さんは答えた。何か言いたい事でもあるのだろうか
だが、声をかけたはいいものの、緊張で中々話を切り出せないでいる。向井さんも急なことでどうしたらいいか迷っているようだ。このままにしていてもしょうがないので、俺は直央くんに声をかけ、肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、怖い人じゃないから。さっきみたいに落ちついて言ってみて、ね?」
「あ……はい、ありがとうございます……あの、向井さん……げ、元気出してください!」
「……え?」
「少し嫌なことでも、ちゃんとやる向井さんは凄いです……僕は、嫌なことからは逃げちゃうから……」
「直央くん……」
「嫌な事にも、恥ずかしい事にも立ち向かっていく向井さんは凄いと思います! だから、本番も一緒に頑張りましょう!」
「え、あ、お、おう! ま、まかせな!」
「あ……よかった……し、失礼しました!」
そう言って立ち去る直央君。
向井さんも当然のことで驚いたのか、唖然としている。少しの間そうしていると、向井さんがばつが悪そうに呟いた。
「アイツには、ビビられてると思ってたんだけどな……」
「いえ、多分今も怖がってましたよ」
「え……? なんで解んだ?」
「まだ手が震えてました。でも、その怖い気持ちを抑えてでも、向井さんに元気を出してほしかったんじゃないんですか? 一緒に仕事をする仲間なんですし」
「仲間……か」
向井さんがしんみりと呟く。さっきもそうだったが、やはり子供の純粋さと言うものは心に直接響く。加えて今回は言葉だけでなく、怖がりな直央くんの勇気も見せてもらった。それに感化されたのか、向井さんが自分の両頬は叩いた。
「うしっ! 気合上等ォ! あんな子供でも気合い入れて頑張ってんのに、アタシがこの程度で腐ってるわけにはいかねーな!」
「その意気ですよ、向井さん」
「おう! お前も、ありがとうな、リハーサルの時はフォローとか色々させちまって……その向井さんってのも止めろ、アタシの事は拓海で良い」
「お礼なら後で直央くんにも言ってあげてください。俺も椿で良いですよ、拓海さん」
「『さん』は抜けねーのな、まあいいか。そうだな、あいつ……直央にも礼言わなきゃな。本番も宜しくな、椿!」
そう言って握手を交わす。出会いがしらの時とは違う、普通の握手だ。
この分だと本番はもう大丈夫だろう。俺が安心していると、拓海さんの背後から声がした。
「さっきは良いスマイルだったぞー、拓海、本番もあの調子で頼むな! たくみんスマイーイル☆」
声の正体は拓海さんのプロデューサーだった。
オイオイオイ、死ぬわアイツ。拓海さんの手からミシミシと音が鳴る、強く握っているのは握手している手ではなく空いた左手の方だ。拓海さんが悪鬼もかくやという表情で後ろを振り返った。
「丁度よかったぜェ……プロデューサー、いまちょぉっと気合いが有り余ってンだよ……ちょっとこっち来いオラァ!」
「あ、ちょっと待って拓海、苦しい」
「いいから来い!」
そう言ってプロデューサーを引きずっていく拓海さん。この扱いは残当である。
俺がそれを見送っていると、武内さんが声をかけてきた。
「椿さん、そろそろ本番の準備を……向井さんはどうなさったんですか?」
「拓海サンなら生意気な”ジャリ”を”シメ”に行きましたよ……」
「!?」
また説教されました。
―――
その後
「おうセンパイ、見たぜテレビ……くふっ」
「ちょっと、晴さん、わ、笑ったら、駄目ですよ……ふふっ」
「……そんなに可笑しかった?」
「い、いや逆でさ、ちょっと似合いすぎてて、思いだしたら笑いが……んふっ」
「んんっ! こ、この前行った動物園の飼育員さんに、そっくりでした……」
「そっかー……」
「……」
「……」
「……みんなー! 集まれー! もふもふきんぐだむ開園だよー!」
「ぶはっ、ちょっ、それ、いきなり……んぐっ」
「っ……!? やめ、止めてください、卑怯です……っ、っ!」
「おやあー? 返事ががないぞー? じゃあもう一回、開園だよー!」
「あっはははは! も、もう駄目だ、腹いてー!」
「んふっ、んんっ! く、苦しい、です、やめてください……んふふっ」
楽しんでくれたようで何よりです。
何とかSSRちゃまお迎えできました。はやく特訓したいんじゃあ^~