魔法科高校の留年生   作:火乃

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※今話で登場するオリキャラ二名は書き直した入学式3に登場しています。


疑惑2

「生徒会の阿僧祇(あそうぎ)です。今日の試走で俺がタイムを計りますんで、よろしくです」

 

 宗一郎の助け船によって香澄から逃れられた紅葉は、手を高々と上げて水路前に集まったロアー・アンド・ガンナーの代表選手達の視線を集め、自分の名前と役割を一気に告げていく。

 

「では、全員いるかどうか点呼を……とり……たいと……」

 

 そのまま、ザッと周りを見回しながら点呼に移うろうとしたのだが、彼の目はある場所で言葉と共に止まってしまった。その顔はなんとか引きつりそうになるのを我慢しているようにも見える。

 目が止まった先にいたのは、背が高く肉付きのいい男子とセミロングの黒髪にスレンダーな女子の二人。男子の方は少しばかり苦笑いになっているが、紅葉の顔を引きつらせている原因ではない。原因になっているのは女子の方。その女子は愉快そうに笑っていた。

 

「(そうだった。あいつら、ロアガンの代表だったな)」

 

 紅葉はタブレットを持っていない方の手を顔に当て気怠げに頭を振る。

 

「阿僧祇?」

 

 その様子を彼の後ろから見ていた香澄が不思議そうに声をかけていた。

 

「あー」

 

 香澄の声の他に別の生徒からも言葉が止まった事に対する疑問の目を向けられ、紅葉はこれ以上怪しまれるのを避けようと何事もなかったかのように二人からタブレットに目を落とした。しかしそこに表示されている名簿を見てまた顔が引きつっていく。幸いにも香澄は自身の後ろにいたため、顔を見られることはなかったが、愉快そうに笑っている女子の笑みはよりいっそう増し、他の生徒の疑問は深まっていった。

 さて、苦笑いをしている男子の名前は柊 蒼真(ひいらぎ そうま)。笑っている女子は久我原 黄泉(くがはら よみ)と言う。

 二人とも紅葉の二年前のクラスメイトであり、今年の入学式後に行われた復学祝いパーティーにも参加していた生徒である。

 

「ふふふ、驚いてる驚いてる。見た蒼真? あの間抜け面」

 

 その笑っている女子、黄泉は紅葉の様子をずっと見ていた。それはもう心底楽しそうに笑っている。彼女はこの水路に紅葉が来たのを見つけた時から今まで気付かれないように目で追っていたのだ。それは紅葉が自分に気付いた時の驚いた顔をしっかり見てやろうと思ってのこと。実に意地が悪い。

 

「笑いすぎ」

 

 そんな周りを気にせず今にも爆笑しかかっている黄泉を彼女の隣にいる蒼真が静かに窘める。

 

「いいじゃないこれぐらい。あいつ、私を見かける度に無視してたんだから」

「それはあいつが不要な接触はしない言ってたからだろ」

 

 蒼真の言葉は紅葉が復学祝いパーティーの最後の方で言っていた事だった。

 

「あの時あいつが言ってたのはクラスに行く行かないであって、会わないって訳じゃなかったわよ。なのにあいつときたら、目を合わせば背けるし、声をかけようとすれば逃げるしで、もう無視しまくりよ!」

「(それは、まぁ、仕方がないことだと思うが)」

 

 プンスカプンスカ怒っている黄泉から視線を外して明後日の方を見上げる蒼真はそんな事を心の中で呟いていた。

 二年前、紅葉、蒼真、黄泉が一年生の時、三人の中で一番トラブルを起こすのが黄泉だった。その黄泉を抑えるのが紅葉であり、トラブルを解決するのが蒼真の役割になっていた。そのため、紅葉と蒼真に共通認識として、黄泉が動く=面倒事が起こるとなっていた。

 だから紅葉は校内で黄泉を見かけた時、全力で声をかけられないようにしていたのだろうと蒼真には容易に想像できていた。

 

「蒼真、今失礼な事を思わなかった?」

 

 そんな想像をしている蒼真の心中を読み取った黄泉がジト目で見上げてくる。

 

「気のせいだ。それよりも黄泉。あいつ、お前を飛ばしたぞ」

「え?」

 

 そんな黄泉の横に手を伸ばして、紅葉を指差す蒼真。それに併せて黄泉も身体ごと紅葉の方を向くと

 

「えーっと、男子ペアの歌倉先輩はさっきいたから、森崎先輩いますかー?」

「いるぞ」

「はい。では次は女子ペアの国東せんぱ──」

 

 それはもう見事に黄泉を飛ばして、点呼を取っている紅葉がいるではないか。

 

「ちょーっとまったー!」

 

 まさか飛ばされるとは思ってもいなかった黄泉はすぐさま声をあげ、紅葉の目の前にまで駆け出ていく。

 

「──(チッわざわざ出てくんなよ)なんです久我原先輩? 先輩方はイチャイチャしてる間に呼び終わりましたよ」

 

 内心の舌打ちと悪態を隠そうともせずに嫌な顔をする紅葉。

 実際のところ、彼は黄泉を飛ばしてはいない。ただ、呼んだ時に余計な事を言われたくないと思っていたので、蒼真と黄泉が顔を合わせて何かを喋っているのをいいことに小声で名前を呼んで済ませていただけだった。

 

「呼ばれたとしても私、返事してない!」

「はいはい。じゃあ、久我原先輩いますねー」

「もうちょっと敬う言い方しなさいよ後輩!」

「(ああ、殴り……面倒くせぇ)」

 

 目の前で騒ぐ黄泉を殴りたい衝動に駆られる紅葉だが、なんとか我慢して顔を引きつらせるだけに留まらせる。

 

「ちょっと!」

「……」

「何か言いなさいよ!」

「……」

「あーそーうーぎー!!」

「……(殴って黙らすか)」

 

 しかし、そんな反応をしている紅葉を見るのが久しぶりな黄泉は、止まることなく煽り続けていく。対して紅葉は我慢が限界に達しそうだったが爆発する手前で二人に声がかかった。

 

「はいはい久我原さん、阿僧祇くんの邪魔しちゃダメだよ」

 

 そう言いながら近づいて来たのは紅葉の後ろにいた宗一郎だ。

 後ろから紅葉と黄泉のやり取りを見ていた宗一郎はこのままじゃいっこうに進まない、むしろより面倒になると思ったので黄泉を止めるべく動いたのだった。

 

「邪魔なんかしてないわよー、ただ──」

 

 紅葉に食ってかかっていた黄泉は一旦止まり、宗一郎に言い訳を言おうとして最後まで言えなかった。それは、宗一郎に合わせてもう一人動いていたから。

 

「黄泉、騒ぎすぎ」

 

 そう言って、黄泉の後ろにピッタリとついたのは蒼真だ。そのまま有無を言わせず彼女の両脇に腕を差し入れ羽交い締めにする。

 

「ちょっ、蒼真?!」

 

 突然の事に驚く黄泉を無視して蒼真は紅葉に軽く目礼をした。

 

「すまんな阿僧祇。邪魔をした」

「えぇ、さっさと連れ去ってください」

 

 そしてズルズルと黄泉を紅葉から引き離していく。

 

「聞いた蒼真!? やっぱりあいつ、一発殴らないとダメみたいよ!」

「はいはい、あとでな」

 

 そんな引きずられながらも黄泉は、紅葉の発言が気に食わなかったためジタバタと暴れるが、それを蒼真はサラッと流しながら二人はもと居た場所へと戻っていった。

 

「(おいこら、後でも殴られねーぞ)……ハァ。ええっと、次は女子ペアだったか?」

 

 蒼真の聞き捨てならないセリフに内心で拒否をしつつ紅葉は、一息ついてタブレットに目を落とした。その口調は黄泉を相手にして疲れたためか素になっていたが

 

「そうだよ、国東さん達だね」

 

 幸いにも宗一郎にしか聞こえておらず、周りには気にした様子はなかった。

 

「じゃ、すみません。女子ペアの国東先輩と明智先輩は──」

 

 宗一郎の肯定に紅葉はやっと点呼に戻る事ができた。

 それからは特に妨害されることはなく、代表選手が全員いることが確認し終え、ようやくロアー・アンド・ガンナーの試走が開始することとなる。

 しかし、紅葉には一つの疑問が生じていた。それは最後の点呼になる新人戦女子ペアの二人、香澄を呼んだときすぐに返事がなかったのだ。

 後ろにいるのはわかっていたので、振り返って見るとなぜかむくれっ面で睨まれていた。紅葉は睨まれる理由が宗一郎の助けで逃げた事かとも思ったが、それならむくれっ面になっている理由がわからない。

 結局、わからないまま再度香澄の名前を呼ぶと「なによ」とブスッとした返事だけが返ってきたのだった。下手に刺激するのも面倒と思った紅葉は、疑問を晴らすのは二の次にして、練習を始めることにした。

 

 香澄がそんな顔になった原因は少し時間が遡る。

 宗一郎が黄泉を止めに動いた時、宗一郎と入れ替わるように香澄の隣に他の女子生徒が現れていた。

 

「阿僧祇くんって、上級生の知り合い多いよね~」

彩愛(あやめ)

 

 彼女の名前は笠井 彩愛(かさい あやめ)

 ロアー・アンド・ガンナーで香澄とペアを組む一年生である。彩愛は香澄と同じクラスで入学してからすぐに仲良くなった友達だ。その為、香澄経由で何度か紅葉とも話したことがあった。初めて話した時の目的は紅葉ではなかったのだが。

 

「やっぱり生徒会役員だからかな?」

「そうじゃない? あいつ、なんだかんだで仕事はしっかりやってるみたいだしね」

 

 これは香澄自身が紅葉の生徒会活動を直に見た訳ではなく、双子の妹である泉美からもたらされる情報であった。

 少し前─正確には七草の双子VS七宝戦前─までは、夕食後の雑談に紅葉が話題になることは少なかったのだが、七宝戦後に少しずつ話題になる率が高くなっていた。とは言え、内容はそれぞれの愚痴の類になることが多いようだ。

 

「そうだよね~。生徒会に居れば会頭や委員長とも仲良くなれるんだろうなぁ。ちょっと羨ましい」

 

 彩愛が羨望の眼差しを紅葉に向ける。それを見ながら香澄の頭には疑問符が浮かんでいた。

 

「いや、彩愛。いくら生徒会役員でも、そんなすぐに会頭や委員長と仲良くなれないと思……」

 

 ただでさえ風紀委員である自分自身が風紀委員長である花音に親しく接する事が出来ていないのに、紅葉が先に親しくなるわけ、とまで考えてあれ?と思い直す。

 

「香澄?」

「(確か、和菓子店に行った時、委員長も五十里先輩も一緒に行ってたっけ?)」

 

 恒星炉実験の練習帰りにあずさ、花音、五十里、泉美と一緒に紅葉が働いていると言われた和菓子店『那由多』に行った時のことを思い出した。

 あの時は紅葉の働く姿を見たい一心で疑問にも思わなかったが。

 

「(そういえばなんで会長、あそこで阿僧祇が働いてるって知ってたんだろ?)」

 

 あの時、あずさはこう言った。

 

『日曜日はお手伝いに行くって決まってるから、来れないんだよ』

 

「(決まってるってことは前々から阿僧祇があそこで働いているのを知っていた……)」

 

『阿僧祇くんの知り合いが和菓子店を営んでいてね。そこのお手伝いに行ってるんだよ』

 

「(あの和菓子店が阿僧祇の知り合いのお店だって教えるぐらいの関係……)」

 

 そこまで考えてある可能性が頭に浮かび上がった。

 

「(阿僧祇と会長は付き合ってる?)」

 

 仮に想像されている両者がこう問われたら猛烈に否定するのだろうが、香澄の頭の中に否定する存在はいない。

 

「(それだったら、あいつが他の上級生と仲が良いのも頷けるけど……)」

 

 付き合っていれば服部や花音と話す機会があるこもないとは言えない。

 そんな風にその可能性が香澄の中で正の方へと傾いていく。それと同時に胸にモヤモヤとしたものも広がっていた。

 

「(……なんか、やだなぁ)」

「おーい、女子ペアの七草香澄さーん?」

「っ?!」

 

 そう思った時、紅葉に名前を呼ばれ思考の渦から現実に意識が引き戻される。

 呼ばれた相手、紅葉を見ると訝しげな表情でいて、その顔が妙に腹立たしく思えて「なによ」と素っ気ない返事をしてしまったのだった。

 




お久しぶりです。
だいぶ間が空いてしまいすみません。

詳しいことは活動報告にあります。
留年生を再開しますが、投稿ペースは前のようにいかないと思います。でも、ひと月に1、2回は投稿したいと思います。

改めて、これからもよろしくお願いします。

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