魔法科高校の留年生   作:火乃

43 / 52
モノリス・コード選抜戦4

「(二回戦は龍善とクロス・フィールド部の奴か)」

 

 戦闘場の端に着いた紅葉は腕組みをして二回戦が始まるのを待っている間、次の対戦相手になる二人を見ていた。

 

「(そう言えば、あいつの戦う姿は初めて見るか?)」

 

 なんだかんだで紅葉は龍善と一緒にいる時間は多い。ただ龍善が風紀委員として働いている姿を紅葉が見たことがあるのは部活勧誘週間の時だけ。それ以外では見たことがない上にその時でさえ、魔法を使ってる姿を見ていなかった。あの時はあの時で使う必要性はなかったかもしれないが。

 

「(風紀委員としての仕事ぶりは悪くないっていつだったか千代田が言ってたな)」

 

 しかし見たことはなくても紅葉が風紀委員と連携を取っている生徒会にいる事で、風紀委員の成果を耳にすることは多々とあった。

 その中で一年生風紀委員の仕事ぶりはとても良いと花音が言っていたのを思い出す。

 

「(そんじゃその実力、とくと拝ませてもらおーじゃねーか)」

 

 塵一つ見逃さないと言わんばかりに紅葉は鋭い視線を二回戦の二人に注いだ。

 

 

 そんな視線が向けられているとは思わない龍善は、気を落ち着かせる事に集中していた。

 

「(術式解体とか、あの野郎マジか)」

 

 気を乱したというよりは興奮したと言った方が正しいのかもしれない。

 術式解体という対抗魔法は名前は有名なのだが、使い手が少ない分、中々見ることのない魔法だ。初めて見る魔法と知り合いが使ったとなれば興奮するのも仕方がないだろう。

 

「(ずっと隠してたってのか?)」

 

 龍善は入学当初、紅葉の一年生とは思えない風貌から話かけにくかったのだが、部活勧誘週間の時に起きた問題で彼が仲裁に入った事がきっかけで話すようになっていった。そして、紅葉と軽口の応酬をやるようになってはいたが、お互いの魔法についての話は一切なかったなと思い返す。

 確かに個人の魔法技能の詮索はマナー違反になるのだが、それ以外、例えば授業内容とかの会話はなかったなと。

 

「(くそっ余裕綽々で終わらせやがって。……あいつのことは後回しだ。今はこの勝負に勝たないと)」

 

 龍善はおもむろにパンっと両手で両頬を叩いた。

 今、紅葉の事を考えたところで意味はない。彼と当たるにはまずは目の前の相手、クロス・フィールド部の一年生を倒さないとならないのだから。

 

「(初戦負けなんかした日にゃ、委員長に何言われるかわかったもんじゃないしな)」

 

 それはもうグチグチと花音から色々言われるのが目に浮かぶ。そんな光景にゲンナリしそうになる気持ちをぐっと抑えて龍善は構えた。

 両者の準備が整ったのを見届けた審判、部活連会頭の服部はゆっくりと右手を挙げ

 

「モノリス・コード選抜二回戦、籠坂龍善対田巻秋継(たまきあきつぐ)……始め!」

 

 開戦の言葉と共に振り下ろした。

 

 

 

 

「籠坂くんの魔法は偏倚解放(へんいかいほう)かい?」

 

 開戦の合図から龍善は自己加速術式を展開し相手との距離を一気に詰めようと動いていた。

 しかし、それを嫌ったクロス・フィールド部一年生、田巻秋継は前には出ず後退しながら移動系魔法、陸津波(くがつなみ)を放つ。陸津波は土を掘り起こし土砂の塊を相手に叩きつける魔法だ。

 陸津波による土砂の塊が迫る中、龍善は真正面から短銃型CADを向け魔法を放って土砂の塊を弾き飛ばしていた。

 その魔法を見て少し驚きを含んだ言葉で言ったのは生徒会役員席に座る五十里だ。

 

「そのようですね」

 

 彼の言葉に同意を示したのは右隣に座る達也である。達也にとってその魔法は少し記憶に残るものだった。

 

「偏倚解放って、確か去年の九校戦で一条くんが使ってた?」

 

 その理由は五十里の左隣に座るあずさからもたらされた。

 収束系魔法、偏倚解放。

 空気を圧縮し破裂させて爆風を一方向に放つ魔法である。円筒の一方から空気を詰め込み蓋をして、もう一方を目標に向けて蓋を外す、というのがイメージしやすい。

 去年の九校戦で十師族直系である一条将輝がこの魔法を使っていた事と、達也が急遽モノリス・コードに参加することになり一条と対戦していたことから、

その時の光景がこの場にいる全員の頭を──場面は様々だが──よぎった。

 

「一条の場合、殺傷性ランクを下げる為に使っていましたが、使い方としては籠坂くんの様な使い方が正しいでしょうね」

 

 偏倚解放は圧縮空気を破裂させるより威力を出せるのと、爆発に指向性を与える事が出来ることから物体を押し出すような事には適している魔法と言える。

 

「そう言えば、シールド・ダウンの千倉さんも偏倚解放を使っていましたね」

 

 数日前に行われた今年から追加された新競技シールド・ダウンの模擬戦で女子ソロ代表の千倉朝子が偏倚解放を使っていたのをあずさは思い出した。

 あの時は対戦相手に選ばれた女子の動きに翻弄され不発に終わっていたが、当たれば効果があるのは間違いない。

 

「それにしても、彼は随分戦い慣れていますね」

 

 達也の目には陸津波を対処した龍善がさらに田巻に接近しているところが映っていた。

 なおも田巻は自身が得意とする距離を取ろうとさらに後退しようとして、出来なかった。

 

「なっ?!」

 

 田巻の背中に謎の感触があった。

 慌てて振り向くもそこには何もない。だが、背中には何かが当たっていて後ろに下がれない。

いや、下がれてはいるがそのスピードは牛歩の様に遅かった。

 

「くっ……どうなってる?!」

 

 後ろがダメならば横に、と動こうとするがいつの間にか謎の感触が左右に広がって、思うように動けないでいた。

 

「チェックメイトだごらぁ!」

 

 そうこうしている内に田巻は目の前まで龍善に近づかれ慌てて防御魔法を展開するが至近距離からの偏倚解放の圧力に負け、それが決め手となり龍善の勝利となった。

 

 

 

「えげつねぇ」

 

 紅葉の二回戦の感想は苦笑いと共に呟かれた。

 

「相手の動きを止めた魔法はなんだ?」

 

 紅葉の位置から二人の戦う姿は丸見えだった。ただでさえ障害物がないフィールドなのだから、遮られることもない。

 にも関わらず、龍善が使った魔法の正体がわからない。

 

「目に見えないって事は空気で壁でも作ったか?」

 

 しかし、候補がないわけではない。

 

「攻撃も圧縮解放みたいだったし、収束系がメインっぽいな」

 

 ちなみに紅葉は龍善の攻撃が偏倚解放だとはわかっていない。それはただ単に偏倚解放という魔法を知らないだけで、空気を圧縮して放っているのだろうとだけはわかっていた。

 

「警戒すべき点はわかったから、あとはどう叩き込むかだな」

 

 紅葉の頭の中で勝つ為のプランを構築していく。そしてあーでもないこーでもないと考えて、気づけば

 

「……しまったなー」

 

 四回戦、部活連の七宝対山岳部一年生の戦いに決着がついたところだった。

 別に目を閉じて考えていた訳ではないが、試合様子にまったく意識が向いていなかった事を悔やむ紅葉。特に七宝の魔法を見逃したのが痛かったのかつい口に出ていた。

 

「阿僧祇!」

 

 悔やんでいるのも束の間、自身を呼ぶ声に目を向けると服部が位置に付けとジェスチャーしている。

 

「そうか四回戦終わったから、もう俺の番か」

 

 思っていたよりも早い五回戦に、身体をほぐしながら開始位置へと向かう紅葉。

 すでに開始位置に立つ龍善は紅葉を睨み続け、対して紅葉は軽く笑うだけ。

 

「(さーて、うまく行くことを祈ろうか)」

 

 そして第五回戦が始まる。

 

 

 

 

「この野郎、ちょこまか逃げんじゃねえ!」

「うっさいわ! そんなもんまともに受けてられるか!」

 

 服部の合図の後、紅葉は後退、龍善は前進と二回戦の様な形で始まった五回戦。

 龍善は短銃型CADで偏倚解放を撃って紅葉に迫る中、紅葉は龍善と観衆全員の予想を裏切って動いていた。

 

「(くっそ、またかよ)」

 

 五発目の偏倚解放を放つも、またしても寸前のところでかわされる。

 そう、紅葉は術式解体は使わずに、回避することに徹していた。

 

「(つか、なんであいつ術式解体使わないんだ?)」

 

 魔法の射撃開始地点をバラバラにしているにも関わらずことごとくかわされるのは本来なら驚くことなのだが、それよりも紅葉が術式解体を使わない事の方が不気味で、龍善はどうしてかわされているのかということまで意識が回っていなかった。

 

「(そう言えば、術式解体って早々連発できるもんじゃなかったな)」

 

 術式解体を使うには大量の想子が必要となる。一回だけでも常人なら一日かけなければならない量だ。

 

「(って事はあの一回限りってか? いや、でもな)」

 

 普通に考えれば術式解体は連発どころか一日に一回しか撃てないはずなのだが、一年生(男子)の中では紅葉と一緒いることが多いことから、普段の言動や態度からそんなことはないのではと思わざる得なかった。

 

「(だー、くそっ!)」

 

 思考は巡らせながらも攻撃の手は緩めない。だが、残念なことに当たりはしない。

 

「(このままじゃ埒あかないな。術式解体があろうがなかろうが構わねえ!)」

 

 龍善は腕輪型CADを操作して自分が得意とするもう一つの魔法を展開した。

 

 

 

 

「(ま、じ、か。全方位とかふざけんな!)」

 

 龍善の攻撃を避け続けていた紅葉は龍善が新たに展開した魔法に即座に反応した。正確には紅葉が、ではないが。

 

「(抑える身にもなりやがれっ)」

 

 勝手に発動しようとする魔法(・・・・・・・・・・・・・)を意識的に抑えながら、紅葉は右手首の腕輪型CADに手をかける。

 

「(勝負をかけてくるか?)」

 

 龍善の攻撃を寸前のところで避ける事を意図的にやっていた紅葉。

 当たりそうで当たらないというのはだいぶストレスになる。

 さらに術式解体が使えるかどうかがはっきりしなければ、よりストレスは溜まり、普段の思考ができなくなる。

 龍善が二回戦で見せた相手の動きを止めた魔法。それをすぐに展開しなかったのは術式解体を警戒してたからだろうと推測。

 普段の龍善ならばさらに警戒して、他の魔法や手段を講じるだろうが、最も得意とする魔法で勝負をかけてきたところからいい具合にストレスが溜まっているんだろうと紅葉は感じていた。

 ただ、まさか全方位に展開されるとは思わず、思わぬ負荷がかかった事に愚痴らずにはいられなかった。

 

「(さあ、来やがれ龍善!)」

 

 紅葉は展開された魔法に気づいていない様に、徐々に近付いていった。

 

 

 

「(もう少し)」

 

 龍善が紅葉の周りに展開したのは厚さ五ミリ程の圧縮した空気の層で触れた物を制止させる空気壁(エアウォール)という魔法だ。展開する層の厚さや範囲によって制止ではなく減速になることもある。

 それに紅葉はあと五メートルの距離まで来ている。

 

そして

 

「っんだぁ?!」

 

 ついに空気壁が紅葉を捕らえた。

 突然、後ろに下がりにくくなった紅葉は一瞬後ろを振り向いてしまった。それを見逃さない龍善ではない。

 好機と、短銃型CADを紅葉に向け引き金を引く。

 龍善の想子がCADに流れ起動式が展開。魔法式が展開され魔法が発動する、ところで魔法式が吹き飛ばされた。

 

「っ?!」

 

 何が起きたかなど考えるまでもない。

 目の前の紅葉が右腕を突き出している。術式解体(やつかのつるぎ)を放ったのだ。

 

「(まだ使えたのか。だがもうねぇだろ!)」

 

 その証拠に紅葉は右手首に添えていた左手を右脇に収められている短銃型CADを取りにいっている。

 二度目のキャンセルはないと踏んだ龍善はすぐさま引き金を引いた。

 

「祓え」

 

 だが、今度は起動式が吹き飛ばされた。

 

「は?」

 

 何が起きたのかわからず龍善の思考が止まる。

 逆に紅葉の左手は止まらずに短銃型CADを手に取り

 

「グッバイ、龍善」

 

 龍善に向けて引き金を引いていた。

 一度目の衝撃で頭が激しく揺さぶられ、二度目の衝撃で平衡性が失われた龍善は片膝を着く。だが意識はまだ失っていない。

 

「タフな奴だな。まだやるか?」

「クソが……」

 

 まさか二度、魔法を喰らわせて気を失わないとは思わなかった紅葉は龍善に銃口のない銃身を突き付けた。

 そんな身体に力が入らない龍善は勝ち誇った顔をしている紅葉にイラつきながらもこれ以上は無理と判断。

 

「俺の負けだよ、ちくしょうが」

 

 悪態をつきながらも白旗を上げたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。