インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 作:白崎くろね
ここまで続けられたのは、ひとえに、皆様のおかげです。
「…………う」
ハンマーで叩かれたかのような頭痛が襲い、俺は目を覚ます。
(知らない天井だ……って保健室か?)
横に首を回して見れば、ベッドがカーテンで仕切られている。
どうやら、俺は無人機戦で気絶してしまったようだ。
……何か、長い間寝ていたような気がするような。
(というか、俺って何が原因で気絶したんだ……?)
きちんと無人機の沈黙を確認したはずだ。コアを貫通させる勢いで貫いて、それから――、
……あれ、思い出せないぞ。
「起きたか」
カーテンが引かれ、織斑姉が姿を見せる。
「あ、はい。えっと、どうなったんでしたっけ?」
「その前に、どこまで覚えている?」
「無人機を倒した辺りまで、ですね」
「……そうか。お前はその後に頭を押さえて気絶したんだ。理由はわからんが……」
「そうですか。まあ、目立った外傷がないなら問題ないですよね」
そう言って、ベッドから状態を起こす。
頭痛がする以外に目立ったダメージはないように思える。
「お前の方は然程ダメージはないはずだ。少ししたら部屋に戻ってもいいぞ」
「……はい。というか、一夏はどうなったんですか?」
「ああ、一夏ならまだ隣で寝てるぞ。背中に衝撃砲を受け、無人機のビームも食らったんだからな」
「……なるほど。確かにダメージは結構蓄積されてますね」
「だがまあ、救命領域対応のおかげで生死に関わりはしないからな。直に目覚めるさ」
「そういえば、そんな機能もありましたね」
「……授業で説明したがな」
本当に忘れていた。絶対防御の印象が強すぎて。
救命領域対応は絶対防御の一部であり、すべてのエネルギーを防御に回すことで操縦者の命を守る状態のことを指す。この状態になった時、シールドエネルギーが自然回復するまで操縦者は目覚めなくなるというもの。シールドエネルギーがどういう原理で回復するのか、それはわからない。が、そういう機能が備わっているのは事実だ。なので、死に関わるということはない。それでも織斑姉は弟のことが心配なのだろう。表情筋の動きが――?
「先生。俺って外見とか問題ってないですよね?」
「急にどうした。特に問題はないぞ」
「……そう、ですか」
一瞬、ほんの一瞬だけ金瞳になった自分の顔が浮かんだ。が、そんなことはないらしい。
……どちらにせよ、俺は何故か目が良くなっている。元々視力が1・3ぐらいだった俺の視力が、2・0を軽く超えているような気がする。検査してみないとわからないが。
(後でフィジカル・スキャンで確認してみるか)
「じゃあ、俺は部屋に戻ります」
「そうか」
ベッドから立ち上がり、保健室から出ようとして、篠ノ之箒の姿が目に入る。
織斑姉同様に一夏が心配で待っているんだろう。
「篠ノ之箒もお疲れ様」
「あ、ああ……って前から気になっていたんだが」
「……?」
「何故、私だけフルネームで呼ぶ?」
少しだけ俺を睨みながらに言う。本人からしたら睨んでいるつもりはないのかもしれないが。
……少なくとも、俺にはそう見えた。
「……特に深い意味はないけど」
「セシリアや一夏のことは名前で呼ぶではないか。それに鈴も」
「……ああ、最初はフルネームで呼んでたけどな」
俺は基本的に人の名前はフルネームで呼ぶようにしている。
一夏やセシリアだってそうだ。単純に俺が人の名前を忘れやすいっていう理由で苗字と名前で呼ぶようにしているだけだった。それが篠ノ之箒にとっては気に入らないらしい。たぶん。
「じゃあ、篠ノ之でいいか?」
「……箒でいい」
「そうか。じゃあまた明日な箒」
「ああ」
そう言ってから、俺は保健室を出る。
保健室から出ると、セシリアと鈴が廊下に立っていた。
こいつらも一夏が心配で待っているんだろうか。一夏はモテモテだなあ……。
どんな手管を使ったらこんなに女子を侍らせれるのか。逆に疑問だ。おまけに鈍感ときたもんだ。本当に謎
「静馬さん、目覚めたんですの?」
「一夏は?」
「ああ、さっきな……で、一夏はまだ目覚めてないそう」
「そうでしたか。でも、静馬さんが元気そうでよかったですわ」
「ふーん……ま、静馬も無事でよかったじゃない」
「頭痛以外は特に問題ないらしいからな。一夏みたいにビーム直撃したわけでもないし」
「では、一体何が原因で倒れたんですの?」
「そうよ、突然倒れたりしちゃって」
「それは俺にもわからん」
これは本当だ。どのタイミングで気絶したのか、全く覚えていないのだ。倒したことは確実に覚えているんだが……。その後が、どうしても……。
――思い出す必要はないわよ
ふと、誰かの声が聞こえた気がした。
「何か言ったか?」
「何も言ってませんわよ?」
「そんなに頭の打ち所が悪かったわけ?」
「……いや、言ってないならいいんだ」
まあ、いいか。
俺も結構疲れてるのかもしれないな。それで倒れたって可能性が高い。
シャワーで汗でも流して部屋でゆっくりとするか……。
ああ、そういえば昼飯を食べてないな。
「静馬さん、よかったら一緒に晩御飯でもいかがですか?」
「……一夏が起きるまで待ってなくていいのか?」
「ええ、それは鈴さんや箒さんにお任せいたしますわ」
「……セシリアって静馬のことが――」
「り、鈴さんっ!?」
鈴が何かを言い掛けた途端、顔を赤くさせたセシリアが遮る。
「……どうかしたか」
「い、いえっ! なんでもございませんわ! ささ、食堂まで急ぎますわよ!」
「お、おいっ……」
俺の腕を引っ張り、セシリアが早足で食堂へと向かう。
それに引っ張られながらも、俺は特に抵抗もせずに付いて行く。
……セシリアって見た目に反して行動派だよなあ。
そんな俺たちの姿を、鈴は意味深に眺めながら手を小さく振っていた。
セシリアに連れられ、食堂へ到着。
時間が六時ということもあって、生徒の姿は少ない。
俺は券売機の前でメニューに悩んでいた。
(……いつもならラーメン一択だが、昨日も一昨日もラーメンだからなあ……)
そんな風に悩んでいると、セシリアが何かに気付いたように適当なボタンを押した。
「お、おいっ!?」
「ふふ、優柔不断な殿方はモテませんわよ?」
俺が最初にセシリアとご飯を食べた時に俺が勝手にメニューを決めたことを思い出す。
……まさか、セシリアにそれをやり返されるとは。というか……前と今じゃ状況が違うだろ!
で、押されたメニューはなんだ? …………は?
券売機から出てきた券を見て、固まる。
「どうかしましたの?」
「……あの、お前さ……本当に適当に押したな?」
「ええ。でも静馬さん嫌いなものは一切ないとおっしゃってましたわ」
「いや、確かに嫌いなものは……ない、が」
流石にこれはどうなんだ? マジで。
「……恨むぞ、セシリア」
「そ、そんなに変なものでしたか!?」
「あ、ああ……嫌いではないが、最悪なメニューだ」
そう言って、俺はセシリアに券を見せる。
「泰山風激辛麻婆豆腐、ですの?」
「…………」
泰山風激辛麻婆豆腐。泰山というお店には行ったことはないが、相当に激辛な麻婆豆腐を提供するお店として有名であることは知っていた。辛い麻婆豆腐には花椒と呼ばれる中国由来の調味料がふんだんに使われているのが特徴だ。花椒の辛さは痺れるような辛味が特徴である。当然、この泰山風激辛麻婆豆腐にも使われているだろう。……嫌いなものが一切ない俺だが、激辛麻婆豆腐は別だ。というか、極端に辛い食べ物は苦手だ。激辛ラーメンも好みではないし……。
それでも、注文してしまったものは食べる他ないだろう。
「お待ち!」
「…………うっ」
食堂のおばちゃんが泰山風激辛麻婆豆腐をトレーに乗せ、笑顔で食券を受け取る。
……うげぇ。あまりの刺激臭に視界が一瞬だけ真っ白に染まり、意識が飛びかける。本当に人間が食べてもいい代物なんだろうか。あまりの辛さに絶対防御越しにダメージを受けそうだ……。これ、マジで食べるの? 本気? 俺ってセシリアに殺されるんじゃないだろうか。
「…………あ、あー、とりあえず席に座ろうぜ」
「あそこが空いてますわね」
「……おう」
座りたいのに、座りたくない。一見して矛盾しているように思えるが、この泰山風激辛麻婆豆腐を席に座って食べるのかと考えると最悪な気分になる。あはは、せっかくだし楽しいことでも考えるか! これをたっちゃんに食べさせたらどんな反応をするだろうか。あの学園最強の更識楯無ことたっちゃんが泰山風激辛麻婆豆腐を食べたらどんな
反応をしてくれるんだろう。うん、なんか楽しくなってきた……。
セシリアと向かい合うような形で座り、泰山風激辛麻婆豆腐をテーブルに置く。その存在感が半端ない。本気を出した織斑姉並に威圧感を放っていると言えばわかるだろうか。きっと、一夏ならば高速で首を縦に振ると思う。間違いない。
「……で、俺はこれを――」
ゴクリ、と喉を鳴らす。
額から汗が流れ、鼻頭を通って、顎から滴る。
動悸が激しくなり、呼吸が上がる。心なしか瞳孔も開いているような気がした。
(……オレは、これを――?)
感覚が一瞬だけ、飲まれた時のような感覚になる。
しかも、知らない銀髪少女が困り顔で『……ふざけてるの?』とでも言いたげな顔しているのが見えた気がした。
「い、いただきます……」
食事の挨拶してから、レンゲを持つ。
まるで血を吸った魔剣のような重さ。これが、人を殺める重さか……。
レンゲで一口分をすくって、口に運んでから気付く。
(あ……ご飯も用意すればよかった)
瞬間、俺の口の中で熱が弾けた。焼ける焼ける焼ける焼ける――ッ!? 舌が焼ける、歯茎が焼ける、鼻腔が焼ける、喉が焼ける。熱い熱い熱い熱い熱い痛い――!? 辛いというのはダメージなのだと改めて痛感する。目も玉ねぎを刻んだ時のように涙が溢れ、記者会見で号泣する人みたいに大粒の涙が溢れる。レンゲを麻婆豆腐の海に落とし、素早く水を飲む――。
「――ァッ!?」
水が痛い。痺れを通り越して、神経が痛みを発する。全身からぶわっと汗が吹き出す。……これが人間火力発電機か。なんて考えたのも一瞬、次は胃が熱を発する。
痛い痛い痛い――ッ! もうダメだ、俺ってここで終わるのかもしれない。
「し、静馬さんっ!?」
もがき苦しむ俺の姿に、セシリアが慌てたように俺の名前を呼ぶ。
セシリアから見た俺の姿は、全身から汗を出し、どこか遠くを見た深見静馬という人間が目を見開いてあっちへこっちへ身体を揺すっている姿だろう。最早、これは拷問の一種だ。
「……ぐ、ぅ……せ、セシリア……ぁ」
「み、水ですわー! 水を飲むんですの!」
「い、いや、水は――ぁああががあああ!」
セシリアに水を飲まされて激痛が走る。
絶対にやりたくないが、炭酸水やガムを食べたらどうなるんだろう? なんだか試してみたい気持ちになるが、後で絶対に後悔するからやらない。というかやるわけがない。
「ぅぐぐぐぐ……」
何とか痛みを堪え、麻婆豆腐と向き直る。否、これは麻婆豆腐ではない。化学兵器だ。
余談ではあるが、この麻婆豆腐を普通に平らげる人間は少なからず存在する。それどころか、更に辛さのレベルを引き上げる人間もいる始末だ。
「セシリア」
「な、なんですの?」
俺は笑顔を浮かべる。今までしたことのない笑顔を。
笑顔は大事だ。人の警戒心を削ぎ落とすどころか、他人を幸せにする。
そうだな、幸せという字は辛いとよく似ている。そういうことだな。
「あーん」
「あ、あーん?」
「ほら、口を開けて」
「し、し、静馬さんが食べさせてくださるんですの!?」
「そうだよ。さあ、口を開けて」
「で、ですが、その食べ物は……その、か、辛いんですのよね……?」
ニコニコと笑顔を浮かべる。今の俺は最高に輝いてる。最高にキャラ崩壊を決めてるし、最早お前誰状態だ。しかし、人にはやらねばいけないタイミングが存在する。さあ、元凶には報復を。
「あーん」
「あ、あーん――!?」
素直にゆっくりと口を開けるセシリア。口を開けるだけで上品な彼女の口に、真っ赤なマグマのような麻婆豆腐が乗ったレンゲを差し込む。すると、セシリアの顔が淑女にあるまじき顔へと変化した。
英国淑女であるセシリアであっても、この破壊力には勝てなかったらしい。声にならない絶叫が目の前で響いていた。……人を虐めているようで心苦しいが、許せ。
そっと水を差し出し、勢いよく水に口を付け、更に顔を歪めるセシリア。
――あまりに辛いものを食べた時に水を飲むのは逆効果。
そんな教訓が彼女の身体に刻まれただろう。
結局、この日の麻婆豆腐は半分近くが残った。
残すのは心苦しいが、食べれないものは食べれないのだ。仕方ない。
…………次はたっちゃんに食べさせてみよう。
そう心に決め、麻婆豆腐と食事を後にしたのだった。
本当ならもっと早くに投稿する予定だった第二章9話。
セシリアの口調にすごい悩んで、その挙句がこの麻婆豆腐ネタ。
ちなみに元ネタは某麻婆神父が食べている麻婆豆腐です。
てか、一夏がまだ眠ってるのに二人で何やってるんだか。
第三章がもう少しで始まりますが、その前に幕間の物語を挟もうと思います。
時系列的に二章の間のお話になります。主に空白の数週間に起きた出来事をやっていく予定です。よろしくお願いします。