インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 作:白崎くろね
「ただいま」
一夏たちとの街遊びも終わり、俺は自分の家に帰宅した。
既にお姉ちゃんは帰ってきているようで、家の鍵は開いている。別に鍵が掛かっていても鍵は持ってるから問題はないんどけどな……。
玄関に入るとリビングからテレビの音が聞こえてくる。内容まではわからないが、見ている番組がニュース系であることまでわかる。
(本当に強化されすぎだよなあ……)
強化されたのは視力だけではない。聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった五感が強化されている。特に嗅覚は今まで以上に敏感になった気がする。今日の昼ご飯が今まで以上に香ばしく感じたのだ。まあ、悪いことではないので気にするほどでもないが……。
「ただいま、お姉ちゃん」
リビングのドアを開け、お姉ちゃんがリクライニングチェアに座っているのを確認してから声を掛ける。
すると、お姉ちゃんは背もたれだけを後ろへと倒し、俺の方を見る。
「……おかえり」
お姉ちゃんの名前は深見神夜。神の夜と書いて"かや"と読む。年齢は俺の三つ上で19歳。綺麗な銀髪が特徴で、真紅の瞳を持つ。何もかもが俺の一歩、二歩上を行く人物で、一夏で言うところの織斑千冬のような存在だ。今の俺ができることなら何でも俺以上にこなすことができる(IS操縦は例外とする)。
「静馬……?」
「どうした? そんな怪しい物を見る目をして」
「…………いつの間に結婚したの?」
「は?」
「それ」
そう言って指を指したのは、右薬指に嵌められた指輪――《シルヴァリオ・ヴォルフ》の指輪だった。
「ああ、これね。ISの待機形態だよ」
「へー」
「だから、俺は結婚してないよ。というか入学して三ヶ月足らずで結婚ってやばいだろ」
「静馬なら可能かと思って」
「……ないだろ。どんな男だよ」
言ってから考える。一夏ならば可能なのではないか? 仮に一夏から鈍感属性を消したら三ヶ月足らずで結婚まで持っていくことが可能になるのではないだろうか。……あ、ありえる。
「どうしたの。そんな心当たりがあるような顔して」
「……いや、別に」
「ふーん。そんなことより座ったら?」
「そうだな」
俺はお姉ちゃんの真向かいにある座椅子に腰掛ける。座椅子も一応リクライニングできるが、お姉ちゃんの座っている椅子に比べると機能性で劣る。それでもこの座椅子には圧倒的な柔らかさがある。身を委ねたらすぐに寝れそうな程の。
「今日はどこか行ってたのか?」
「あー、今日は買い物とかに行ってた」
「そうなのか。連絡してくれれば付き合ったのに」
「べ、別に頼るほどじゃない……」
「……?」
なんか珍しいな。お姉ちゃんって積極的に荷物持ちとかさせるタイプなのに。たしか、高校生の時なんか告白してきたって言う男子を荷物持ちに使ってたぞ……? その男子は喜んでたけど……。
「ま、まあ……その話は置いておいて。学園はどうなの?」
「どうって……割りと連絡してるだろ?」
「うん。セシリアちゃんって子の話とか、鈍感な一夏くんの話とか。あとは篠ノ之束博士の妹のこととか」
「……いいじゃん、それで」
「全然良くないから。静馬の話が欲しいんだけど」
「あー……」
確かに俺の話は全然してなかったな。指輪の話もしてなかったし、俺の成績の話も一切触れてなかった。
別に話すのが嫌ってわけじゃなくて、なんつうか、身内に話すのって恥ずかしい……的な? 本来なら母親に話すようなことをお姉ちゃんに話すのは気恥ずかしい的な感じがあってだな。
「そんなに気になるのか?」
「当然。お姉ちゃんは静馬の話が聞きたい」
「……はいはい。お姉ちゃんは俺のことが好きだね」
「もちろん。弟や妹のことが好きじゃない姉や兄がいるの?」
なんだかんだであの織斑千冬も弟の一夏に対しての愛情が見え隠れしているもんな。訓練の時に少しだけ除いてたり、一夏に勝ち筋の瞬時加速を教えてたりするし。
相手が姉だとはいえ、改めて好きだとか言われたら、妙に恥ずかしい気持ちになるもんだな……あー、暑くね?
俺は頬を掻きながら、目を逸して返事を返す。
「……そうだな」
「照れてる?」
「うるさいなあ」
今の俺は相当に赤い顔をしてると思う。こんなに恥ずかしい気持ちになったのは数年振りくらいだろうか。
「それで?」
「……ああ、俺の話ね。本当に面白い話はないぞ」
「面白くなかったら聞き流すからね」
「おい」
「冗談」
「……ったく。入学した時のことから――」
俺はクラス代表候補決定戦が始まった経緯のことから順に話す。
セシリアと仲良くなった経緯。中国から転入してきた鈴と意気投合した話。その繋がりでティナと仲良くなったこと。生徒会役員の虚さんと紅茶をよく飲むこと。よくたっちゃんが過激なスキンシップを仕掛けてくること。自分が自分じゃなくなるような感覚のこと――今日までにあったことを話した。た。
お姉ちゃんは俺の話を遮ることなく、最初から最後まで静かに聞いていた。
最後まで聞いたお姉ちゃんがチェアから立ち上がり、キッチンへと向かう。
「ご飯食べるよね」
「まあ、食べるけど」
「よかった」
そう言って鼻歌交じりに晩御飯の準備を始めるお姉ちゃん。
「……俺の話に感想はないのかよ」
「んー。楽しそうだね」
「そ、それだけ?」
「……体調には気をつけてね」
「……あ、うん」
本当に言いたいことはそれだけらしい。
聞きたいって言ったのはお姉ちゃんなのにな。まあ、いつものことだからいいけど。
座椅子の角度を下げ、ゆったりとした角度にする。
晩御飯の準備をしているお姉ちゃんの背中を眺めながら、俺は晩御飯が出来上がるまで眠気に身を委ねることにした。
「……寝ちゃダメだよ」
「……あ、ああ?」
「もう出来たから」
一瞬だけ意識が飛んでいたが、お姉ちゃんの声に起こされた。
すんすんと鼻を小さく鳴らすと、嗅ぎ覚えのある匂いであることに気付く。
「まさか、ラーメン?」
「……正解。昨日からスープと叉焼を作ってたの」
「わざわざ作ってたのか……」
「……まあ、ね」
流石はお姉ちゃんだ。俺が一番好きな物を用意しておくとは……。それにお姉ちゃんが作るラーメンは下手なラーメン屋よりも旨い。結構前にラーメン屋の店主から教えてもらったとか言ってた。俺は流石に面倒くさすぎて作ったことはないけども。
俺はラーメンの匂いで完全に目が覚めた。
我ながら単純な人間だと思う。
「……静馬は好きな人いないの?」
テーブルを拭きながら、そんなことを言う。
「……なんだよ唐突に」
「周りに女の子がいるみたいだから」
「そりゃそうだろ。IS学園なんだから」
「そうだけど……一人くらいは好きになってもいいじゃない?」
「……いないよ、そんな人」
周りが女の子ばっかりだとしても、好きな人ができるとは限らないだろ。それに恋人とかそんな関係にまで気を使えるほど俺は器用じゃないしな。自分のことで精一杯だ。当面はそんなこと考えないだろう。
「ふうん。そっか……」
納得のいかない顔のお姉ちゃん。一夏にも言ったが、興味がないってわけじゃない。人並みに興味はあるし、恋人関係になった末の行為にもきちんと興味はある。だけど、やっぱり特別な関係になるのは非常に面倒に思えるのだ。
「お姉ちゃんだって彼氏とかいないじゃん」
「まあそうだけど……私のことはいいじゃん」
「同じことだろ。お姉ちゃんに彼氏が出来たら考えてやるよ」
そんなことはありえないだろうけど。お姉ちゃんに彼氏? 絶対に認めないからな。俺に勝てたら彼氏になる権利を認めてやる。それとISに乗れたらな。まあ、そんなの無理だけど。……むむむ、まるで俺がシスコンみたいじゃないか。よく考えたら俺とお姉ちゃんって血が繋がってないから恋人関係になることも可能なわけで……。これ以上はやめておこう……色々な意味で。
「なーんか静馬が変なこと考えてる顔してる」
「…………」
「図星? 図星なの?」
「うるさいなあ」
「はいはい」
無駄にいい笑顔で頷いてから、テーブルにラーメン丼を運んでくる。
ラーメン丼からは味噌の良い匂いが漂ってくる。それだけで、俺のお腹がぐううっと鳴った。
結構前からお腹がぺこぺこだったのだ。ゲーセンではエアホッケーに始まり、ガンシューティングや音ゲーなどを遊び倒したのだった。特に疲れたのはISをモデルにした仮想VRだ。実際にISに乗るほどの爽快感はないが、それでもスポーツ感覚で対戦ができるというものだ。残念ながら、コントローラーで遊ぶ『IS/VS』とは違って、テュランの操作は至難の業だ。これで大会に出たっていう選手が相当にヤバイ奴だってことが実感できる程度には。
結局、テュランで一勝もできなかった。
「いただきます」
「いただきます」
二人でお馴染みの挨拶を交わし、食べ始める。
先にスープをレンゲで飲んでから、麺を食べる。それが俺の食べ方。
やっぱりお姉ちゃんの作るラーメンは最高だ……。
「美味しい?」
お姉ちゃんがラーメンを啜りながら、髪を掻き上げて言う。
その姿はお姉ちゃんにも関わらず、すごく色っぽく見えた。
「あ、ああ……うまいぞ」
「よかった……久しぶりに作ったから」
そういえば今年はほとんどお姉ちゃんに会えていなかったな。高校の勉強で少し忙しかったし、進学するってタイミングで政府からIS適性があるってことで半ば強引に軟禁されてたから。ISに関わらなければ今頃は……。関わってなかったらIS学園での出会いはなかったわけだが。
スープまで飲み干したお姉ちゃんがその場を立ち、キッチンから紙で包装された物を持ってくる。
「……これは?」
「入学祝い」
「……遅いね」
「仕方ない。静馬がなかなか帰ってこないから」
「まあ、それもそうだけど」
何だかんだで忙しかったのだ。クラス対抗戦の練習とかが。それに外出するのにも外出届けを出さないといけないのである。
「開けてもいいか?」
「もちろん」
俺はなるべく綺麗に包装を剥がしていく。中身は装飾のない黒い箱だった。
一体何が入っているんだろうか。お姉ちゃんから高校入学祝いで貰ったのは、ティーセットだった。丁度紅茶にハマり始め、ほぼ毎日のように淹れていた当時の俺にとって嬉しい贈り物だったのを覚えている。
思い出しながら、俺は黒い箱を開ける。中に入っていたのは携帯用ディスプレイのサングラス型だった。
たしか、最近発売された最新モデル。サングラスでありながら、サングラス機能をカットすることで普通のグラスとしても使用することのできるタイプ。機能性重視の携帯用ディスプレイだった。
「……これ、高いんじゃないのか?」
「人に貰った物の値段を聞くのはナンセンスだよ」
「……そうか」
少なくとも数ヶ月分のバイト代は吹っ飛ぶ代物だと推測できる。こんな高価な物を受け取るのは気が引けるが、お姉ちゃんがわざわざ用意したのだったら素直に受け取るべきだろう。
「ありがとな。もしかして、今日いなかったのってわざわざ買いに行ってたからか?」
「……うん」
「本当にありがとう。愛してるよ」
「……う、うん」
珍しく照れた顔をするお姉ちゃんに自然と顔が綻ぶ。
……こうして俺は休日の最後を家族水入らずで過ごした。
一夏くん以上にシスコン度合いが高い静馬くん。
本当はもっと掘り下げようかと思ってたシーンですが、今後もっと登場させる予定なので今はこれぐらいで。