インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者 作:白崎くろね
▼第四章 運命の福音編
1.更識簪
VT事件から一週間ほど経った頃。
「静馬くん……お願いっ!」
パンッ、と両手を合わせて、上目遣いがちに頼み込んでくるたっちゃん。おまけにウィンクを入れるのも忘れない。
女性が男性に物を頼む上で断りづらいパターンのうち一つが揃っていた。
しかし、だからといって、オレはそう簡単に絆されたりする人間ではない。
「妹をお願いします!」
「は?」
理解のできるお願い事ではなかった。
今なんて言った? 妹をお願いします? 一体全体いつからオレはお見合いの相談なんて引き受けてしまったのだろうか。否、そんな記憶は全くない。
「お見合いか」
「妹はあげないわよ?」
「いらねぇよ」
この人の妹というだけで気が滅入りそうだ。
だが、妹はまともというパターンも大いにありえるのも事実。というかそうであってくれると助かる。
「じゃあどういう意味だよ。急に妹をお願いしますとか言われてもな」
「そ、そうね……えっと、私には一年生の妹がいるんだけど」
「っていうことはオレと同じ学年……ていうと更識簪って名前か?」
「あら、知ってたの?」
「たまたま学年別トーナメントの時に名前を見てな」
姉妹か何かだとは思ってたが、本当に姉妹だったとは。
普通に珍しい苗字だからほぼ確定だとは思ってたけど。
「これが簪ちゃんの写真ね」
そう言って見せられたスマホの写真にはどこか陰のある少女が写っていた。髪色や瞳の色は非常に似ており、姉妹だと言われれば間違いない少女だ。しかし、活気的なたっちゃんに比べて写真の少女はどこか暗い。クラスに一人はいるタイプだ。だからといって、別に写真の彼女が不細工というわけでもない。
「あと、本人には言わないでほしいんだけど……私の妹って暗いのよ」
「騒がしいよりは静かな方がオレは好みだけど」
「ど、どういう意味よ……」
「どういう意味もそのままの意味だが」
少しは落ち着きがあれば、たっちゃんもまともに見えるはずなんだがなあ……。
……それはそれで落ち着かないけど。主にオレが。
「それで?」
「でもね、実力はちゃんとあるのよ」
「姉妹なだけあるな」
「うん。でね簪ちゃんは専用機持ちなんだけど専用機がないのよ」
「…………は?」
「専用機がないのよ」
…………なるほど。言葉で聞けば矛盾しているように思えるが、要は専用機用のISコアは所持しているが何らかの要因でIS自体が完成していないということだろうか。
そう考えれば何となく理解できる。
「あー。コアはあるけどISが完成していない、と」
「そうなのよ! でも原因は一夏くんと静馬くんのせいでもあるんだけどね」
「何だと?」
「簪ちゃんの専用機開発元は倉持技研。つまり……白式の開発側に人員を回されちゃって、未だに未完成のままなのよね」
「じゃあオレは関係なくねーか?」
「それがそうでもないのよ。静馬くんの製作元である門倉技研は主に兵装を製作してる所なんだけど、倉持技研がダメなら門倉技研にも協力してもらおう……ってところに静馬くんの入学も決まっちゃったから……」
「オレと一夏には一切責任はないが、それは可哀想になってくるな」
ISのシステムを一から構成するのは並大抵のことじゃない。それこそ学年主席を名乗れるレベルの生徒でなければ不可能。
もちろん、オレも無理だ。
「それで? 妹を頼むって何をだ? まさかISの製作を手伝えとか言わないよな?」
「流石にそんなことは言わないわ。ただ、そういう理由でクラスから浮いちゃってるわけなのよ」
「……はあ」
「だからそこでお願い! 今度の臨海学校で一緒にいてあげてほしいの!」
「……はあ」
「き、聞いてる?」
聞いてる聞いてる。なんで人の妹の面倒をオレが見なければいけないのか、と思っていたところだ。それこそ妹さん的にも余計なお世話って感じなのではないだろうか。
オレだったら勘弁してほしい。それにこういうのは一夏の得意分野ではないのか。
「聞いてるけど、オレに拒否権はないんだろ?」
「そんなことないわよ……? あくまで"お願い"だから」
「そうか。じゃあ、面倒だからパスってことで」
手を軽く振りながら、完璧な笑顔で断ってみる。
「えっ……」
まさか断られるとは思っていなかったのか、捨てられた子犬のような顔を見せるたっちゃん。
不覚にも少しだけ可愛いと思ってしまった。
………………まあ、たっちゃんには世話になってることだし、頼まれてやるか。
別にたっちゃんの可愛さに絆されたわけじゃない。本当にそうじゃない。
まあ、姉が妹を思う気持ちがオレにはよくわかるからだ。
立場が逆であろうと、お姉ちゃんが似たような状況に陥っていれば誰かに相談をしていると思う。
……実際に行動するのはオレだが。
「冗談だよ」
「そ、そう……割りと本気に見えたけど」
「じゃあ今の話はなかったことに――」
「じ、冗談よ! 冗談のわからない男の子ね」
「…………」
……なんだろう。少しばかりムカつくのは。
「……さて、早速行動に移そうと思うんだが問題ないな?」
「うん。でも私の名前は出さないでね?」
「なんでさ」
「その、私が言うと自意識過剰っぽく聞こえるかもしれないけど……あの子、私に対して対抗意識というか……引け目があるというか」
「はあ。完璧すぎる自分に対して劣等感に似たような感情を妹が持っていると?」
「う……」
どうやら図星らしい。実際、姉に対して劣等感を持ちたくなる気持ちも痛いほど理解できる。だってそれはオレも同じだったから。それでも姉の方は下の子に対して構うことをやめられないのだろう。
――ああ、これは割りと面倒な相談を受けてしまったな、と思った。
心の底からそう思ってしまった。が、今更断るのは何かが違うだろう。それにたっちゃんに対しては色々と借りがあるし、できればさっさと返してしまいたい。何かにつけて頼られるのは面倒だからな。
「はいはい。名前は出さないでやるよ」
「信用できないわね……」
「……本当に困ったら名前ぐらいは借りるかもな。だけど、妹の更識簪とコミュニケーションを取ることを姉に頼まれたとは本人には言わねぇよ」
「うん、ありがと。無理そうだったら諦めてもいいからね」
流石にオレが原因で姉妹仲がおかしくなったら寝覚めが悪すぎるからな。
「話は変わるけど、静馬くんにもお姉さんがいたんだっけ?」
「ああ、お姉ちゃんのことを言ってなかったか?」
「ぷっ……静馬くんがお姉ちゃんって呼び方なんか面白いわね」
「殴るぞ」
「冗談よ♪ お姉ちゃんはどんな人?」
お姉ちゃんがどんな人か。一言で表すならば――
「完璧。それが似合う人だ。オレができることは全てできるといっても過言じゃないな。流石にISは無理だろうけどな」
「静馬くんがそう言うってことはよっぽどね。そんなお姉ちゃんが大好きなの?」
いたずらっぽい笑みで、勝ち誇ったように言うたっちゃん。
……オレが恥ずかしがるようなリアクションを期待してるとでも言わんばかりだ。
そんなの、言うまでもないことだが……。
「大好きに決まってんだろ。姉のことを好きにならない弟がいるのか?」
と、オレは自信満々に言い放った。
流石のたっちゃんもオレの淀みのない言葉に面食らった様子で、しばし放心していた。
「さ、流石ね……姉冥利に尽きるじ、じゃないの」
「たっちゃんだって妹のことが好きなんだろ?」
「当たり前じゃない! 妹を好きにならない姉がいるの!?」
この日、オレたちは家族の話で盛り上がったのは言うまでもない。
(――更識簪、か。一体どんなヤツなんだろうか。面倒な性格をしてなければいいが……)
◆
次の日の昼休み。
「静馬。昼休みは空いているか?」
「静馬さん。わたくしとランチしませんか?」
「なあ、静馬」
そんな三人の言葉が聞こえてきたが、生憎とオレには用事がある。
昨日の夜に頼まれた件だ。
昼休みの時間に一度会ってみるのがいいだろう。
「悪い。オレは用事があるんだ」
「そうか。機会を改めるとしよう。ではな、静馬」
「うう……残念ですが、予定が埋まっているのでは仕方がないですわね」
「何の用事なんだ?」
用事を訊いてきたのは、この学園でオレを除けば唯一の男子高生である織斑一夏。
ラウラがVTシステムの影響で暴走した時の一件から、オレと一夏の間には何ともいえない気まずさがあった。向こうから話しかけてくることはあっても、オレから話しかけることはなくなっていたのだ。それに一夏の言いたいことはわかっている。どうせ、あの時のことを謝るか何かがしたいのだろうと思う。しかし、間の悪いことにオレは一夏との関係修復よりも重要度の高い用事があるのだ。悪いな、一夏。
「少し、な。先日の件で色々とやらなきゃいけないことが山積みなんだよ」
「私のせいだな……すまない」
「お前は悪くないだろ。悪いのは不細工なシステムを勝手に積んでいた国のせいだ」
「まあ、そうなのだが……お前には怪我もさせたのは申し訳ないと思っている。私がしっかりしていればあんなことには……」
確かにラウラの心が強ければ、あの事件は起きなかっただろう。でもそれは既に過ぎたこと。そんなことを一々気にしていては面倒なだけだ。
「まあ、なんだ。そんなに気になるなら今度組手にでも付き合ってくれ。それでチャラだ」
「あ、ああ。わかった、静馬がそういうのならそうしよう」
「おう」
「…………静馬さんとラウラさんって妙に仲良いですわよね」
出自が一緒だし、昔からの知り合いだからとしか言い様がない。が、そんなことをセシリアが知っているわけもないので、その疑問はもっともだと思う。だからといって説明するのは面倒だ。適当に流しておくことにするか。
「そりゃあアレだろ。河原で殴りあえば仲良くなる理論だ。セシリアとだってクラス代表決定戦の後から仲良くなっただろ?」
「そ、そうですわね! 仲の良い友達同士、よろしければ今度ショッピングにでも付き合ってくださいませんか?」
「あー、いいけど。土日とかでいいんだよな? 臨海学校も近いし」
「ええ、もちろん構いませんわ!」
「ほう。では私も参加してもいいか?」
「……っ。え、ええ……構いませんわ……?」
ほんの一瞬だけ物凄い顔になったけど、大丈夫か? まだラウラに対して思うところがあるのだろうか。それなのに受け入れるセシリアは本当に良い奴だな。最初の印象はアレだったけど。
「じゃあオレはこれで」
軽く手を振って、教室を後にする。
教室を出ると二組の鈴が誰かを待ち伏せするかのように仁王立ちしていた。そんな鈴にオレは声をかける。
「一夏を待ってるのか?」
「そうよ。アンタはどこに行くのよ」
「オレは四組に用事があってな」
「四組ぃ? 知り合いでもいるの?」
「まあ、似たようなもんだ」
これから知り合いになるんだけどな。
「あ、そうだ。ティナが最近アンタに会ってないってボヤいてたわよ。たまには遊びにきたら?」
「確かに最近あってなかったかもしれないな。暇ができたらお邪魔させてもらうか」
「じゃ、伝えたからね」
そう言ってオレに興味が失せたのか、再び仁王立ちへと戻る鈴。どうでもいいけど、まるでゲームに出てくるNPCみたいな所作だな。
(さて、と……教室で話してたら思ったよりも時間を食ったな)
姉のたっちゃんによれば、更識簪は学食ではなく購買のパン派らしい(どうして知っているのかまでは追求しなかった)。ということは既に教室でパンを食べているに違いない。それに合わせてオレも朝のうちにコッペパンを買っておいた。
オレが四組の教室に入ると……。
「あ! 一組の深見くんよ!」
「えええっ! うそ! 本当に深見くん!?」
「よ、四組にどんな用事なんだろう!」
「もしかして私に用事とか!? きゃーっ!」
女子が一斉に近づいてきて、甲高い声でオレを出迎える。
(…………そんなに騒がなくても聞こえてるっつーの)
心の中で悪態を吐いてから、更識簪に会いに来たことを伝える。
「……更識簪に会いに来たんだが」
「え……?」
周りにいる女生徒のテンションが一気に下がった。
「『あの』更識さん?」
何か含みのある言い方だが、こんな所で事を荒げていても意味はない。
女生徒たちが更識簪のいるところを視線で教えてくれたので、視線を移動させる。
パンを齧りながら、空中投影ディスプレイを凝視しながら光速でキーボードをタイピングしている更識簪の姿がそこにはあった。
(ん? ISのシステムを入力してるのか……?)
指の動きから入力されている文字を見ると、そんな感じの内容を打っているのがわかる。詳しいことは流石にわからないが、システムの根底はプログラミングと大差はないように思える。
さて、どうしたものか。
とりあえず女生徒たちから離れ、更識簪の前にある椅子を勝手に借りて座った。
「………………」
「………………」
――カタカタカタカタカタカタ。
耳心地の良い打鍵音がお互いの間で響く。
かなりの集中力で、こちらに気づいていないようだ。
流石に声をかけるのが躊躇われたので、オレは更識簪のことを観察することにした。
髪は青のセミロング。姉のたっちゃんとは対照的に髪が内側にハネている。常にいたずらっぽい笑みを絶やさない姉に比べれば、どこか儚げな印象の目元に意志の弱そうな瞳。それをカバーするかのような長方形レンズの眼鏡が人を近寄らせないオーラを放っている。実際、眼鏡には度は入っていない。
――カタカタカタカタ、カタカタ。
「………………」
「………………」
キーボードのリズムが崩れ、不規則なリズムへと変わる。タイピングに苦戦しているのではなく、自分が見られていることに気付いたからだろう。
遂には目線が合い、キーボードの音が響く中でお互い見つめ合う。
そして、痺れを切らしたのかキーボードを打つのをやめ、オレに話しかけてくる。
「……なに」
か細い声だったが、不機嫌であることを一切隠そうとしない声色。
……オレや一夏に対して恨みに似た感情があるのは間違いようもない。
「……オレの名前は深見静馬」
「……知ってる」
それは自己紹介をする前に言ってほしかった。
そう思った時、おもむろに立ち上がった更識簪が腕を僅かに上げたが、すぐに腕を下ろしてから席に再び座った。
「理性的なんだな」
「……違う。ただ、疲れるから……やらないだけ。それに……やっても余計に惨めになるだけ」
「……そうか。理由はどうであれ、自分の意志でやめたのは素直にすごいと思うな、オレは」
彼女はオレを軽く殴るつもりだったのだろう。いや、実際は殴られるほどの理由はないのだが、オレたちぐらいの年齢であればカッとした瞬間に手が出てしまうのはよくあることだ。近くの人間でいえば、箒なんかはよく一夏に手を出しているわけだし。それを自制したという事実はやはり素直にすごいとオレは思う。
「……そう」
特に気にした様子もなく、更識簪は会話を続ける。
「……要件は?」
「……よかったら、一緒に昼食を食べないか?」
「――イヤ」
即答だ。だからといって、簡単に諦めるわけにはいかない。面倒な約束だとはいえ約束は約束だ。
さて、どう攻略したものか。
「じゃあオレはここで勝手に食べるよ」
「……そう」
あんパンを二つ取り出して、一つを更識簪の方へ差し出す。
「購買で一番人気のあんパンだけど、食べるか?」
「………………いらない」
「めっちゃ考えたな」
「考えてない」
そう言う更識簪ではあるが、目線はしっかりとあんパンを捉えている。別に遠慮することはないんだが……初対面の男からいきなり物を貰うのは抵抗があるよな。
手早くあんパンを食べ、いらないと言ったもうひとつのあんパンを食べようとする。
「………………」
「欲しいのか?」
「…………っ」
「オレと食べるのが嫌だっていうなら、オレはこれで帰るわ」
あんパンを残して、オレは早々に席を立つ。
そのまま振り返ることもせず、四組の教室を後にした。
もう少し居座ってもよかったが、作業の邪魔をしているようだったし、無駄な時間を取らせるのは気が引けたので仕方がない。別に今日一日で仲良くなる必要もないしな。ゆっくり、時間をかけて仲良くなる方法を探すさ。
…………それにしても、オレがまさか自分から積極的に仲良くなろうとするとはな。
頼まれたとはいえ、何か違和感を感じる行動だ。……はあ、やっぱり面倒な頼まれごとを受けちまったな。
だからといって、手を抜いて適当に相手するのは更識簪に対して失礼だからな。真面目に、本気で仲良くなるとしますか。
――こうして、オレの更識簪攻略作戦は始まったのだった。
お久しぶりです。
前回の投稿から二ヶ月近くも間が空いてしまい、申し訳ありません。
執筆する時間がなかなか取れず、そのクセに創作ネタはぽんぽんと浮かんでくるものですから執筆するのに手間がかかってしまいました。
それに、久しぶりに書くと口調とかに違和感があるような気がして不安です。念のため何度も書き直してはいるのですが……。そこら辺に違和感があれば、遠慮なく言ってください。
さて、私の事情はここまでにして。
ここから先は作品内容について。
新章「運命の福音」が始まりました!
原作3巻の内容になっていますので、今までで一番長い章になると思われます。
4章からかっこいい展開を色々入れていきたいので、書くのも楽しみ。
それと同時にオリジナル設定がたくさん盛り込まれるので、そういうのが好きな人にはいいかもしれませんね。
では、この辺で。