インフィニット・ストラトス - 二人の男性操縦者   作:白崎くろね

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4.姉への想い

 簪は自室のベッドの上に座り込み、上の空という感じでぼーっとしていた。

 意識の外側では、誰かが簪に向かって話し掛けているのだが、簪の耳には入っていない。

 つまりは考え事をしているわけで、その内容は静馬との件である。

 

「………………」

 

 あれから数時間も経っていないが、簪は何度もその時のことを思い出していた。

 ……その記憶というのは、静馬に食べさせてもらったラーメンの味のことではなく、静馬が既に口を付けたレンゲで食べた時の記憶。

 一歩譲って、あーんされて食べたことは良しとしよう。だがしかし――

 

(か、間接キス……し……しちゃった……)

 

 女子相手にならしたことはあるが、男子相手にしたことはなかった。それも同年代の男の子相手にしてしまったともなれば、簪にとって重大な問題だ。

 高校生にもなって間接キスを気にするなんて、子供っぽいかもしれないが……気にしてしまうのだから、仕方ないのだ。

 しかも、静馬はこれっぽっちも嫌そうではなかった。いや、少しは「面倒だな……」って感じの側面が見えなくもなかったが、簪の記憶にあるのは、優しそうに笑みを浮かべる静馬の顔で……。

 

「………………!」

 

 顔が熱くなり始めたのを感じ、誰に隠すでもなく両手で顔を覆う。

 これがアニメであったならば、軽く湯気の一つや二つはでていたのかもしれない。

 

「……ぅうう!」

 

 本当に恥ずかしい。恥ずかしいのだが……。

 ほんの少しだけ冷静になって考えてみると、静馬はいったい何をしたいのだろうか。

 いきなり現れて、仲良くなりたいと言われて、姉さんのことを言われて、やっぱり優しくされて……。

 本当に、何がしたいのかわからない。

 が、それ同時に私が何をしたいのかがわからない。

 

(どう、したら………。ど、どうしたいの、私は……?)

 

 考えれば考えるほどにわからなくなっていく。

 ただ、あの笑顔を――

 

「っ~~~~~~!」

 

 恥ずかしさが限界で、変な声が出そうなのを必死に我慢する。

 

『そういうのはさ、お前の思うようにしたらいいんだ』 

 

(え……?)

 

 聞こえてきたのは、静馬の声。

 考え過ぎでおかしくなってしまったんだろうか?

 いや、しかし……。

 

『別にオレは強要なんてしないぜ? ただ、オレはお前と仲良くなりたいんだ』

 

(う、う……」

 

『深く考えるなくていい。お前が、オレとどうなりたいのか……それが、答えだろ?』

 

(…………っ)

 

 優しく諭すような声色で言われる。何だか兄さんが出来たかのような感覚で心地がよい。

 

「もう一度言うな? オレは簪と仲良くなりたい。そして、お前の手助けがしたい。だから――」

 

 その言葉の続きを待つ。既に答えは決まっているが、その言葉を最後まで聞きたかった。

 

「オレと友達になってくれ」

「う、うん……!」

 

 静馬の手を握り、簪は出来る限りの笑顔で答え――

 

(……って、あれ?)

 

 気がつけば、静馬の顔が目の前にあり……。

 その場所が自分の部屋であると気がついた。

 

(…………!? どうして!? 深見くんが私の部屋に……?)

 

 今日という一日で何度も記憶を辿ってばかりだが、ここまでの経緯を思い出そうとする。

 

 ……………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 思い出した。夕食を食べ終えて、何だか変な感じになっていた私は部屋に誘ったのだ。

 

(ええええっ!?)

 

 どうして、そうなるのだろうか。

 しかも、だ。この部屋には、自分と静馬の二人だけであり、他には誰もいない。

 それはつまり、静馬に何をされても文句は言えないどころか、抵抗の一つすらできないということに他ならないわけで……。

 

「うううっ~~~~!」

「いきなりどうした……」

「け、軽率すぎる行動に、た、倒れそうになっただけだから……きに、しないで……」

「はあ……」

 

 流石にこれはどうなんだろう。

 本気でそう思った簪だった。

 

「まあ、手伝うって言っても明日からな」

「う、うん……」

「簪が作業していたのは第二整備室だったか」

「う、うん……」

「申請書は通しておく必要があるか」

「う、うん……」

「…………聞いてるのか?」

「う、うん……」

 

 はあ、やれやれ……と、頭をガシガシと掻きながら「少し待ってろ」と静馬が言って、そのまま部屋から出て行ってしまう。

 

 そして、数分もせずに戻ってきた。

 

 両手には小さな缶と、二つのティーカップ。他にも色々と抱えている。

 どうやら、静馬は紅茶のセットを持ってきたようだ。

 まさか、紅茶を入れるのだろうか? ……少し、似合ってない。

 

「くすっ……」

「まあ、待ってろ。そんなに時間は掛からない」

「うん」

 

 寮の部屋はどの部屋も同じ構造をしているので、特に迷わずに慣れた手付きで始めた。

 手慣れたところを見るに、かなり手慣れているようだ。

 無地のエプロンを付けているところとか、特に不釣り合いな感じがする。

 

「始めてから聞くのもおかしな話だが……紅茶は飲めるんだよな?」

「…………飲める、よ」

 

 実際、実家の方では頻繁に飲んでいたのだ。

 嗜むというわけでもないが、お嬢様と呼ばれていたくらいなのだから、何もおかしいことはない。専属のメイドもいることだし。

 

「それならよかった」

「……あの」

「ん? なんだ?」

「……茶葉は、なに?」

「すごいな、簪」

「え……?」

 

 いきなり褒められ、何が何だかわからない。 

 え? 何を褒められたの?

 

「茶葉を聞くってことは、ある程度は紅茶を把握してるってことだろ? 普通の人は茶葉なんて気にしないだろうしな」

「……そう」

「ああ、それで茶葉だがディンブラだ」

「し、知ってる……飲んだことも、ある」

「ほー。前に飲んだのがどんなのかは知らないが……まあ、味は期待しないでくれ」

 

 紅茶が完成するまで、それっきり会話はなくなった。

 元々簪は喋る方ではないし、静馬もどちかと言えば無口な方である。そうなってくると、話題が尽きれば会話などなくなってしまう。だからといって、落ち着かないということはなく、それはそれで落ち着く時間でもあった。

 

「よし。待たせて悪いな」

「だ、大丈夫……あり、がとぅ……」

 

 言葉が尻すぼみになってしまい、顔がまたしても熱くなっていく。

 言い直そうとも考えたが、それも恥ずかしいので言い直すことはしなかった。

 しかも、静馬の動作一つ一つが非常に様になっており、まるで本職の執事のようだった。これでスーツでも着ていれば、周りから見れば専属の執事にも映るだろう。

 

「……うむ、ディンブラはやはり(うま)いな」

「で、ディンブラ……すき、なの……?」

「ああ、他にも好きな紅茶はあるんだが、ディンブラは紅茶を淹れ始めたキッカケのようなものだ」

「そう、なんだ……」

「オレにも姉がいるんだけど、姉は所謂完璧超人ってやつでな。オレはそんな姉に色んなことを教えてもらってたんだが、そのうちの一つである紅茶の淹れ方を教えてもらう際、最初に淹れたのがディンブラなんだよ。姉が好んでたってのもあるとは思うが……。それでオレもディンブラが好きになった、というわけだ」

 

 悪い、長々と話しすぎたな。と手を振って話は終わりだと言わんばかりに、紅茶を飲み始める。

 ……姉さん。静馬の姉がどんな人物かは今の話でしかわからないが、完璧超人という部分は自分の姉と非常に似ていると思った。

 

(……姉さん……)

 

 常に高みに座しており、強くて、魅力的で、友人がいて、優しくて……。まさに完全無欠の姉。

 そんな姉のことを、強く意識し始め、更識の名に苦痛を感じ始めたのは、いつ頃のことだったか。

 最初は憧れがあった。しかし――今では、背中を追うことすらを諦めていた。諦めたら人生終了という名言があったが、まさにその通りだろう。あの時、あの瞬間から、更識簪は――、

 

「……もしかして、姉の話が苦手だったか? 悪い、配慮が足りなかったか」

「ぁ、や……そ、その……ち、違う……から、大丈夫……」

 

 いや、間違いはなかったのだけれども、それは静馬が悪いというわけではない。ただ、自分の心が弱かっただけだ。それに、思考が暗い方へ向かっていたからタイミングがよかった。

 落ち込んだ気持ちを晴らすようにして、静馬の淹れた紅茶をそっと口へ運ぶ。

 

「――――美味しい」

 

 それ以外の感想がこれっぽっちも出ないほどに、その紅茶は美味しかった。

 今まで飲んできたのがまるで泥水だったとでも言うかのようで、今日初めて紅茶というものを口にしたのかもしれない。それほどまでに完成された味をしていたのだ。これを否定できる人間が果たしているのだろうか。いや、いないだろう。今まで見てきたヒーローに誓って、ありえない。

 

「……そうか。気に入ってくれたなら淹れた甲斐があったよ」

「……あ、あの」

「んあ?」

「深見くん……は、姉さんことを苦痛に感じたことは、ない……?」

「…………苦痛に、か」

 

 こめかみに親指を当て、何やら考える仕草を見せる静馬。

 少しだけ考えた後、ゆっくりと答えてくれる。

 

「それはアレだろ? 完璧超人な姉と自分を比較されたり、姉に出来ることを期待されたり、ってやつだろ?」

「う、うん」

「小学校くらいの時はあったような気がするが……ほとんど比較されたりしなかったな」

 

 静馬は軽快に笑いながら、

 

「そもそも、だ。オレの姉は超が付くほどの過保護なんだよ。紅茶の淹れ方とかもその一環。出来ないことはイチから総て教えてくれるし、オレが嫌なことはほとんどしない。まあ、悪いことは悪いで言うけどな」

 

 そこには嫌味などはなく、ただ純粋に姉のことが好きなのだという思いが伝わってきた。

 それが逆に、簪の心を締め付ける。

 勝手に邪推して、静馬も自分と同じような想いを抱いているのかもしれない……と、勝手に期待してしまった。

 

「……家族の関係性は人それぞれだ。仲の悪い家族もいれば、特に干渉しない家族もいるし、仲が最悪なまでに悪い家族もいる」

「追いつきたいっていう気持ちはよくわかる。だけどな、人の歩みは人それぞれだ。歩幅を早い人に合わせる必要はないんだよ。自分にあった速度で成長していければ、それで十分だろ」

「…………」

「あー、悪い。いきなり偉そうなこと言って」

 

 黙っていたのは気分を害したとかではなくて、ただ……そんな風に言ってくれた人がいなかったから。

 それが何故か嬉しかったのだ。兄さんがいたらこんな感じなのかな、とか。

 

「あ、ありが……とう……」

 

 この時、本当に久し振りに簪は心の底から笑えたような、気がした。

 

「お、おう」

 

 それから少ししてから、静馬は自分の部屋に帰っていった。

 また紅茶を淹れてくれると約束をしてくれて、ティーカップまでプレゼントしてくれた。

 

(また、明日……話せるといいな……)

 

 少しだけ冷たくなった紅茶を口に含んで、簪はカップを撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




流石に3巻の内容と7巻の内容を同時に消化するのは内容過多な気がしてきた。
しかも、そこにオリジナル展開とかが挟まってくるわけで……。
うわー、すごい大変そう。




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